ブギー・ナイツ

監督:ポール・トーマス・アンダーソン

 頭は悪いし顔だってたいしたことない。母親は異様にセックスにうるさいし父親はあまりに弱すぎる。憧れはブルース・リーだ。
 彼のとりえはチンポのデカさと律義な事。
 そんな彼が、伝説のハードコア監督に見出されデビューを果たし、水が合ったというかなんというか、あれよあれよとスター街道をまっしぐら。
 ポルノ(ハードコア)の「雨に唄えば」という感じで、前半は出世物語だから気分は快調でブッチギリのドライブ感がある。
 どんな業界もトップを取るのは大変だし、仕事だって楽じゃないけど、イイ仲間がいて意欲的な監督に恵まれて、人間、ハマると恐ろしい、ということを見せてくれる。
 が。
 スポーツ選手でもなんでもカラダを使う商売は、年齢的な限界というものがある。
 ダーク・ディグラーとして売れに売れた彼だが、肝心のナニが思うように立たなくなってくる。そこからの悲惨さ・物悲しさは、「知ってるつもり」や「驚き桃の木20世紀」のパターン。
 
 この作品はいろんな賞を取り、褒められているようだが、僕はそこまでのものとは思えない。
 演出に拙さを感じる部分がある。まず、長い。もっと整理が出来るだろう。整理というのは、ストーリー上の事もあるし演出上の事もある。エピソードは必要充分だと思うが、そのディティール処理。もうちょっと省略出来れば締まるんじゃないの、とか、なんかダレている部分を切り込めばもっと焦点が絞れてくるのに、と思う。
 撮影も、「er」のように1キャメ長回しの360度にパンをする方法を多用している。「er」はドキュメンタリー・タッチを売りにしているのだからそれでもいいが、この作品はそうでもない。だから、撮影にも(仕込みには凄い手間がかかり、それを出来るのは名手の証拠なのだが)下手さを感じてしまった。この撮影監督(ロバート・エルスウィット)も新人かと思ったら、007を撮るほどのベテラン名手ではないか。
 超大物プロデューサーのローレンス・ゴードンは、「もっと切れ」とかアドバイスしなかったのだろうか。
 僕なら各所摘まんで2時間に持っていくが。
 
 しかし。
 この映画は、いいのである。
 70年代後半から80年代前半といえばあなた、僕の青春時代である。そうなのよ、ステレオというかオーディオが大ブームで、秋葉原はオーディオが全面に並んでいた。そして、ディスコ。
 ビデオも勃興期で、マニア秘蔵の洋モノエロビデオ(裏ビデオはまだまだ一部にしか出まわっていない)を拝み倒して見せてもらったものだ。
 この『ダーク・ディグラー』シリーズのような。
 
 いろいろ考えさせられるのだが、宗教的タテマエが生きているアメリカじゃ、ポルノ者は堅気に戻れないのね、という感じで……日本は逆に「いいものを作れば出自は関係ない」という芸術的タテマエのほうが強いので、日本のポルノ者は生き易いので助かっているが。
 
 主人公とその仲間たちが破竹の快進撃を続けるあたりは、70年代の恥ずかしくなるようなサウンドと風俗満載で絶好調。こうして見ると、あの時代ってのは狂ってましたな。
 ダメ高校生は豪邸を持ち超高級車を持つまでになるし。
 途中に出てくる「ポルノ・アカデミー賞」授賞式のムードがいい。いかにもアメリカのギョーカイという感じが伝わってくる。
 
 が、映画としてうまいのは、主人公・ディグラーが立たなくなっておちぶれるあたりから、陰影が深くなり、切なくなってくる。
 ホーナーはビデオを撮れと薦められて「オレはフィルムなんだ!」と怒るし、ビルはついにセックス・ジャンキーな女房を射殺するし、『大佐』は児童売春で掴まるし、ディグラーたちは殴られるわ現金とヤク強奪作戦は失敗するわ。
 一番切ないのが、黒人俳優のエピソード。オーディオマニアでカントリーが好きな彼は店を開こうとするが銀行には融資を断られ、しかし真面目に働いて白人の奥さんは妊娠してそれなりに幸せに暮らしているのに、ドーナツ屋で強盗にあってしまう。このシーンの身も蓋もなさとあっけなさと彼のリアルな恐怖演技は、理屈なく、妙にじんとくる。
 
 一口にポルノというが、日本にも輸入されて劇場で公開される『洋ピン』と、バート・レイノルズ扮するジャック・ホーナーが作るようなハードコアは違う。『洋ピン』は日本のピンク映画のようなものでソフトコア。修正すれば大衆に見せてもいい程度のもの。だから、ポルノ表現には限度がある。
 一方、ハードコアは、この映画の中では16ミリで撮影されていたが、例えばニューヨークのタイムズスクエア付近のポルノ映画館とかの、そういう専門の「秘めやかな場所」で観る、そのものズバリのものだ。日本ではそういう場所がなく、8ミリのブルーフィルムがそれにあたるのか。今で言えばもちろん裏ビデオ。
 で。
 端から見れば、「抜くため」だけに存在価値のあるハードコア・ポルノに、「抜いたら帰るんじゃなく、客を釘づけにして最後まで惹き付けて見終らせる」作品を求めてはいけないのだ。というか、それをすると無理が出てくるように見える。現在、文字の世界でそれをやっていていろいろ編集者から叱られている僕から見てもそう思う。
 だけど……やる気のある作り手ほど、「ただ手を変え品を変えてファックしまくるだけ」じゃなくて、いろいろ工夫したいし新機軸にも挑戦したいじゃないですか。
 セックスなんて、そんなにやる事は違わないのだから、ただやってるだけじゃ観る方も作る方も食傷して飽きてしまうし。
 だから、ジャック・ホーナーが熱っぽく「俺の作りたいポルノ」を語る姿には我が意を得たりという気持ちになった。
 まあ、「ビヨンド・ザ・グリーンドア」とか「ディープ・スロート」はそういう作品になり得たのだから、あながち無謀で無茶な事でもないのかもしれないが……。
 
 脇役に面白いキャラクターを揃え、面白い役者にやらせているのがいい。製作主任兼チーフ助監督格のビジネスには正確だがのべつまくなしに他所の男とセックスする女房にほとほと困っているビルを「er」のモーゲンスタン部長が好演しているのをはじめ、ホーナーの資金源である『大佐』役の役者(シャルル・ミュンシュに似ている(^_^;)し、この映画は彼に捧げられている)はムードがあって渋い。ホモの助手役のフィリップ・シーモア・ホフマンは好きな俳優だが、この人は切ない。
 ローラーガール役のヘザー・グラハムは凄い美肢。ばっと脱いでどっと絡むシーンはショックですらあった(^_^;)。この人も「ベテラン」格になって人生を考え出すあたりしみじみした味を出していた。
 で、ベテラン女優・アンバー役のジュリアン・ムーア。この人は、人生を感じさせてくれましたなあ。母性愛の人、という設定だが、それがプロットに絶対必要な設定で、このキャラクターはうまい。
 ダーク・ディグラー役のマーク・ウォールバーグは、この役をディカプリオと争ったそうだがホントかね。もしデカちゃんが出ていたら日本でのディカプリオ人気の方向は変わったであろう。役に振幅があるので否応なくドラマティイクに盛り上がるのだが、バカ高校生時代とおちぶれ時代が出色。
 で。
 バート・レイノルズ!
 感嘆した。おかえり!と言いたい。バート・レイノルズはこのまま着実にいけば、バート・ランカスターのような「立ってるだけで感動を与える」伝説的スター(「フォールド・オブ・ドリームス」のランカスターを見よ!)になるんじゃないかと思わせる滋味を感じさせる素晴らしい出来。いろんな映画賞をかっさらったのは当然だろう。
 
 ま、どんな商売でも、真面目にコツコツやってれば、おちぶれることもないのだ。なーんてことを思っちゃいましたね。
 
 26歳の監督作だが、上記のように、けっしてうまい映画ではない。演出は下手だと思う。しかし、それ以上に脚本がいい(読んではいないけど)し、いい役者たちを揃え、いい演技をしているのを的確に捉えていると思う。
 アメリカ映画にしては珍しく金のない貧乏臭さが滲み出る映画だが、そういう世界を描いたのだから、それは演出の成功といえるのかもしれないが。