ハンニバル
監督:リドリー・スコット
世評に言われるように悪い映画だとは思えなかった。映像の趣味はいいし音楽も素晴らしい。古都フィレンツェを舞台に血生臭い事件が起こるのも(というか、レクターがこの街に居を定めるのも)かつてこの街は権謀術数渦巻く血生臭い街であったのだから、という知的刺激もある。ジュリアン・ムーアのクラリスは犯罪捜査に一心を捧げてきたFBIの優秀な捜査官を体現しているし、ジャンカルロ・ジャンニーニの刑事のあの渋さといったら!
ロー・キーのトーンで統一された撮影が素晴らしい。フィレンツェも主な場面は夜か宮殿の中で、暗闇に包まれている。FBIのシーンも窓のない暗いクラリスの部屋が中心だし、昼間のシーンもハイの部分は抑えられてくすんでいる。舞台がワシントンDCに移っても、やはりナイトシーンが中心。
人間の心の暗部を描く、という意図が理屈抜きに伝わってくる。テーマ的な是非は抜きにして、感覚的な部分では大成功で、レクターという希代の異常犯罪者を雰囲気的に描き出し、ムード的な説得力を持たせることに成功している。
それには音楽も多大な貢献をしていて、オリジナルとは思えない(というと非常に語弊があるが)分厚い弦楽が印象的な、クラシカルなサウンドトラックは見事だ。この作品のために作られたオペラも、古典的な何かからの引用だと思わせる重厚な出来で、フィレンツェの歴史の重みを感じさせる映像と完全にマッチして、作品に素晴らしい貢献をしている。
が。
前作の「羊たちの沈黙」とはまったく方向性の違うこの作品は、完全に、ハンニバル・レクターというキャラクターのための映画であって、はっきり言えば前作の成功によるスピン・オフだ。「ピンクの豹」の成功で「クルーゾー警部」という映画が生まれたような。
レクターは底知れぬ知性をもったスーパーマンで、自分の美学・センス・趣味に触れるものを完全に否定する。その対象はモノには向かわずに、それを生み出した人間に向かう。
原作にはどう描かれているか知らないが、レクターが『食う』というのは、その人間を完全に破壊し否定する(物体として扱う?)ための行為ではないのか。
とはいえ、この作品は、レクターの内面を描くものではない。この映画の中のレクターは『レクター』でしかない。そのレクターがとにかく脱走して、どんなテクニックを使ったのかは判らないが、フィレンツェに現れて図書館の司書になり、自分の秘密を暴こうとした(それは許せても金のために売った)名家の末裔の刑事を殺し、その経緯の中でスリの男も殺し、自分をつけ狙う大富豪を始末する為(?)にアメリカに戻って始末し、自分の最大の理解者・クラリスを窮地に落としいれた司法省のバカなヤツも始末する。そして彼は、また行方も告げずに旅だって行った……。
僕は、『レクター=座頭市』説を唱えるものである。この作品がヒットしたら、原作が書かれるかどうかは別にして、『トマス・ハリスが創作した人物に基づく』映画がいくつか製作されそうだ。
股旅のレクターはその行く先々で、教養のない、センスも悪い、悪趣味な人間を殺し、食い、彼を追うクラリスの窮地を救って(正当に自分を追える資格があるのは彼女だけだから)彼女に追わせるために、逃げる。
「逃亡者」のリチャード・キンブルとジェラード警部の間には、こういう『心理的共犯関係』はまったくないが、昔々の名探偵と怪盗の関係そのものではないか。ホームズとモリアティ教授とかジェイムズ・ボンドとスペクターとか……。
古典的探偵小説の、追う側と追われる(追わせる)側の関係だ。これに女が絡むと、日活映画のようにもなりますねえ。アキラとジョー、そしてルリ子との関係みたいな。
というか、続編が作られれば作られるほど、レクターの悪人の部分は減っていって、『彼の趣味にあわないことは悪なのだ』というレトリックになり、次第にレクターは正義の味方となっていくだろう。
だから、彼は、座頭市なのだ。座頭市も最初は悪党だったではないか。
この作品で、かなりそういう感じになっていると思う。
モノシリでハイセンスで、自分のルールは守る彼に反するのは、金がある事をいいことにいい加減な事ばかりやっているイカレポンチと金に目が眩んだ刑事と、クラリスを陥れるマイナスな役人。こいつらは殺されていい人間である。そういうふうに映画では描かれているのだから、レクターの行為は認められてしまうではないか。観客はレクターに感情移入しているのだから、彼らがどんなふうに死んでも、あまりなんとも思わない。豚に食われて死にたくないし、自分の脳味噌を食いたくもないが(それも脳味噌剥き出しの姿で)。
そう思っていると、歌が浮かんだ。
鳴呼
おまえ残して 旅立つおれさ
趣味の悪いやつらは 生かしておけぬ
くじらの香りも 脳味噌ソテーも
みんな おいらのハイセンス
鳴呼 誰も判ってくれぬ
だけどクラリス お前はべつさ
いつかどこかで幸せに 暮らせる日々を夢に見て
今日も股旅
鳴呼
ハンニバル ハンニバル
ハンニバル・レクター
大川栄策か鳥羽一郎に是非、歌っていただきたい。