いやあもう! まったくなんという映画だ!
度肝を抜かれた。完全に、アゴが外れた。
映画って、こんな風に作ってもいいんだ、というとてつもない爽快感が全身に漲る。
とにかく、身も蓋もない。「フロム・タスク・ティル・ドーン」の比ではない。なんの感情移入もなくどんどん人が死ぬ。
主人公の女ペルディータ(今はなき「2時のワイドショー」の看板スター『鬼嫁』に似ている)は、ヒスパニックな悪女である。そんな彼女が出会って意気投合するのは彼女を上回る超悪党。しかしこいつが憎めない。「おれには才能が有る」と言って国境の検問を死体と銀行から奪った金をのせたままパスするし、がんがん悪事を重ねていく。
で、モノゴトはすべてこの二人に有利になるように展開する。スーパーご都合主義だが、ここまでやるとギャグになってむしろ爽快だし痛快だ。
なんと言っても、ノリのいい音楽と物凄いテンポでエネルギッシュに見せきってしまうから、文句を言うヒマすらないのだ。あっという間にとんでもないところに連れてこられている。その意味では、「ソウル・ガーディアンズ」の好対照だ。
ペルディータは男の「儀式ショー」(死人の心臓を食らう)を見て、「白人を殺して食う方が受けるんじゃないの」と提案。彼女に惚れている(というか、恋人同士以上の硬い硬い結合がなされている)男は、ああそうか、と街でいきなり善男善女の若者をひっ掴まえる。この無造作な悪事が唖然とするが、このうえもなくおかしい。
アメリカ南部の大学生カップル。二人は処女と童貞。どっちを殺すかで投票したり、とおかしいシーンがあるが、男を執念深く追っているFBIがいる。このFBI、見た目は登場してすぐ死ぬ程度のさえない男。たしかに登場してすぐに車に跳ねられるのだが、驚異的な回復力ですぐに復帰。白人の女の子をぶち殺して食うショーをぶち壊すが男の逮捕にはいたらない。
白人カップルを連れて逃げる二人。このカップルもただの可哀想な被害者じゃなくてキーキー泣き叫ぶは卑怯だわと一筋縄ではいかない。
ここで面白いのは、男が回想するシーン。回想に入る時、ワイプにシンクロして「どずわー」というような大仰なサウンドが入る。これは他の映画でも使っている手法だが、この映画で使われると、たまらなくおかしい。その回想で、彼は「ヴェラクルス」のバート・ランカスターに憧れていることを語る。バート・ランカスターが好きだなんていい趣味してるじゃないか。で、「バートのように死にたいんだ」という。
で、例の不死身のFBIは、がんがん撃たれながらも不死身の精神で捜査を続行する。これがまたおかしい。「太陽を盗んだ男」の菅原文太以上の不死身さだ。
男は、「組織」の命により殺される事になる。ここから悲劇的要素が入ってくる。パセティックになってくるのだ。それだけヒロイン・パルディータの愛が強いということなのだが、これがラストシーンで胸を打つ。こんなトンデモ映画で、胸を打ち、感動してしまうのだ! 何と不思議なこの映画の魔力なのだろう。
男はイトコに撃たれて死に、その直後に現場に入ったパルディータの助力も虚しい。
男が死ぬ時に、なんと彼は、ゲイリー・クーパーと共演してしまうのだ。もちろん彼がバート・ランカスターになって。
それと相次いでFBIが現場に突入。男の死体はFBIに回収され、パルディータは不死身のFBIに見逃してもらう。
彼女は、一番大切だったものを失って、虚ろにラスベガス(ここが映画の最終現場)の街を歩く。すべて虚しい。あの男がもういないから。
嗚呼、なんと胸を打つシーンだろう。
というように、この作品は、なんとも不思議な魅力を湛えた作品だ。この作品に出会えて幸福だ。