プライベート・ライアン

監督:スティーヴン・スピルバーグ

 冒頭のノルマンディ上陸作戦の凄まじい描写に息をのみ、一気に戦場に送り込まれた。そんな気分だ。
 今まで聞いてた話と違うじゃないか。「史上最大の作戦」では、もっと連合軍の圧勝みたいに描いていなかったか? こんなにドイツ軍に狙い撃ちされて、まるで桶狭間の戦いの様に、嬲られる様にバタバタと撃ち殺されていくなんて。
 腕は吹き飛び腹から臓物は出、顔に穴が開き脳髄が飛び散る。
 援護はなくて、兵隊はどんどん送り込まれるばかり。
 恐怖と混乱の中で、兵士の死は数字として扱われる。死亡者何名、負傷者何名……。
 死者から名前が消えて数字となる時、現実感が減っていく。阪神淡路大震災の時もそうだった。死者数千名のすべての人に名前があり、それぞれの人生があったのだ。
 死ぬ時は、数字として扱われる場所では嫌だ。名前のある個人として扱われたい。死ぬ事は仕方ないかもしれないが、こんなに恐ろしい目にあって苦痛を感じながら死んでいくのは、嫌だ。小林よしのりよ、戦争したければオマエが行け。俺は絶対嫌だ。愛国心も民族意識も、そんな類の物はクソクラエだ。
 見ている時、ずっとそう思っていた。
 
 幸いというかなんというか、近年(ソマリアでの戦闘以来)アメリカは、『戦死者』を出さないというのが大方針になったようだ。だからコソボ問題でも空爆ばかりで地上兵力が投入出来ない。
 ……兵士を殺せないというのは、最高の戦争抑止力なのではないか、と思ったが、よく考えれば、この作品と同じような情勢は、今も、この瞬間も起こっているのだ。この作品に描かれた様に、どこから弾が飛んでくるかも判らず、どこに敵が潜んでいるかも判らず、一瞬一瞬が恐怖と隣り合わせな空間が。
 戦争とは、恐ろしいものだ。今更ながら、こんな『当たり前な事』を実感する。
 
 映画としては、とにかく、恐ろしいまでによく出来た作品というしかない。上陸作戦の、あの地獄絵図を、観客に痛みを感じさせ恐怖を感じさせるほどリアルに迫真的に描けるのは、スピルバーグを置いていないだろう。スピルバーグだからこそここまで描ききれた、と思う。
 彼は、自身の持てるテクニックをすべて注ぎ込んで、戦場というものを臨場感たっぷりに、劇場に再現した。
 冒頭の30分(?時間の感覚が無くなった)で、僕は、無力感に打ちひしがれ、ひたすら惨めになった。僕らは、機関銃の乱射にあえば、あっけなく消えてなくなる存在でしかないのだ、ということを、大声で判らせられてしまった感があったからだ。
 
 スピルバーグの演出は(「アミスタッド」を見ていないが)、一作ごとに細かく綿密になっていく。それは戦闘シーンのディティールはいうに及ばず、車から降りた牧師の喪服を見た瞬間に崩れ落ちてしまう母親の姿を後ろからフルショットで捉える、さり気なくも砥ぎすまされた感覚の鋭さ。
 決戦を前に、廃墟の中に流れるエディット・ピアフのシャンソンの、なんと命を洗われるような潤い。このシーンの間合いの、何と見事な事。
 苛烈な任務を受け、部下の詰問に正面切って答えられない(説得しきれない)中隊長ミラーの心情を、細かなディティールで積み上げて見せていく、その芸の細かさと神経の細やかさ。
 もちろん、戦闘シーンのど迫力とシャープさは本領発揮というべきだろう。
 ぬっと現れるドイツ軍戦車の無気味さと恐さ。
 「激突!」でスクリーンに登場して以来、スピルバーグは自分の持ち味と能力を見失う事なく(一時、見失ったか?と思ったこともあったが)磨き上げ、人間描写も円熟味を増して、とてつもない監督になった、と思う。
 すべてのテクニックを自在に使え、映画というメディアを熟知した男。その意味では、スピルバーグは、ヒチコックよりもワイルダーよりも、そしてキューブリックよりも映画を我が物にした監督といえるかもしれない。
 ラスト、生き残って老人となったライアンが、「私は、いい人間だったろうか(生かされた価値のある男だったのだろうか)」と呟く。ここで、どーんと来る。
 ここまでの物を作られては、もう、スピルバーグに平伏するしかない。
 3時間が、あっという間に過ぎていったのだ。これでもかと戦場の恐怖を体験させられながら、まったく長さを感じさせない。
 この作品に、なにを批判する?一人の兵士を救うというお話の偽善さを?戦闘シーンのリアルさをあざといと?
 まるで意味のない批判だろう。
 
 トム・ハンクス以下の個々の俳優を論じるよりも、映画という『観客は、自分は安全だと思い込んでいて、完全な受け身の』メディアにおいて、こんなにも恐怖を感じさせた、この魔法はなんなのだろうか、ということに考えがいってしまう。
 アップの多用、手持ちキャメラの「ブレも視覚効果」な撮影か。コマ落としを常用して、目まぐるしく変化しながら展開していく戦場の時間の流れを表現し得た事か。空気や匂いが伝わるほどにハイ・フィディリティな音響か。
 いや、やはり、「兵士」を演じきった俳優陣の成果か。トム・ハンクスとマット・デイモン以外は無名に等しく馴染みも薄いから、よりリアルに「兵士」というものを感じる。そして、兵士達の描き分けも見事で、彼らの人生が浮かんでくる。
 
 「反戦」のはの字も登場しないけれども、これほど強烈な反戦映画もないのではないか。今まで僕の最高反戦映画はペキンパーの「戦争のはらわた」だったが、この作品の方が強烈だ。