シリアナ
監督:スティーブ・ギャガン
このところ、「どうしてイスラム社会と非イスラム社会はこんなに違うんだろう」という素朴な疑問があった。その起源は例の「諷刺画問題」にあるのだが、アジアと言うか仏教社会というか、同じ非西欧でもイスラムだけは特異なんじゃないかとどうしても感じてしまって、いろいろ調べてはいた。
「諷刺画問題」に関連して、同じイスラムである、マレーシアのマハティール首相は「イスラム社会は15世紀から進歩していない」という発言をしたと報じられた。新聞に書いてあったのを記憶しているだけだから、本当の発言がどのようなものだったのかは知らない。とはいえ、アジアのイスラム社会は、マレーシアを筆頭に、かなり頑張って『近代化』(文明論的に言えば、近代化が果たして是か非かという話にもなるけれど、おれは生活が豊かになり基本的人権が保障される事が近代化なのであれば、近代化大いに結構であると言う立場に立つ)をしてきた。
一方、トルコも、近代化を着々と進めている。イランはパーレビの強権的近代化政策が大きな反撥を生んで逆にイスラム教が支配する非近代的国歌になってしまったようだ。
で、その他の国はどうなのかと考えると……オスマン帝国が『近代化』を阻んだ結果なのか、昔々の価値感が支配しているとしか思えない。
これは、いわゆる産業革命がイスラム世界に及ばなかったからという説が強い。
産業革命は、富の所在を、王侯貴族から一般庶民に移したと言う意味で人類史上画期的な事だった。その結果、生まれは卑しくとも富を持った中産階級が生まれて、やがてその中産階級の上層部は上流階級の豊かさに迫り、追い抜いた。一般市民もだんだんと豊かになって、王侯貴族が独占していた文化に触れて、賢くなっていった。その結果、『市民意識』(学問上、何という呼称なのか知らない)が生まれて、民主主義が生まれてきた。
西欧はこういうステップを踏んで、17世紀には世界中、勢力的にはあんまり変わらなかったのに、18世紀以降はヨーロッパがぐんぐん台頭して、イギリス的・フランス的・アメリカ的民主主義が生まれて育ち、政治・経済の実権が市民に移り、多くの制限を課してきた宗教が生活から影響力を薄くして、現在に至っている。
しかし、イスラム、特にアラブ社会では、産業革命以前の意識レベルが現在まで続いていると言ってしまえるんじゃないか。
だから、莫大なオイルマネーが入ってくると言うのに、国や民衆は貧しく非近代的で、一部の王族だけが贅沢三昧の生活をおくっている。オイルマネーは資金運用されて世界経済に影響を与えるが、そのお膝元は貧しいまま。同じアラブ・イスラムの非石油産出国が貧困に喘いでいても援助の手を差し伸べず(自分たちが豊かなのに、その応分の援助をしていないと言う意味)、いつまでたっても西欧を批難するだけ。
まったく困ったもんだ。
だが。
アラブ世界をそういう『後進的状態』のままにしておく方が便利だと考える勢力がある。
この作品は、そういう勢力について、描いた。
よく作ったものだと思う。関係者はヤバい連中から暗殺されなくて良かった。(これから暗殺されるかもしれないが)
テレビ・スポットを見る限り、石油とその利権に群がる連中をシニカルに描いている、ブラックな笑いに満ちた、皮肉な映画かと思っていた。
しかし、実物は全然違った。愚直なまでに真面目な、問題に正面から突撃する正攻法な映画だった。真面目過ぎて息苦しいほど。
前半は人物や事柄が交錯して、説明も親切ではなく、見ている観客がおいてけぼりを食ってもケアされる事もなくどんどん進行するから、正直、辛くて、疲れ切った。
しかし。
後半になって、バラバラだった人物たちが、一点に集約されてくる。そこが、この映画のテーマだ!
「金づるは、バカなままがいい」
だから、問題を打開してオイルマネーを国の建設や民衆の福利厚生に使って、国の将来をも考えようとした聡明な王子は暗殺され、自分たちに有利(利権を確保出来ると言う意味)な王子を次期国王に推すのはアメリカの石油会社でありアメリカ政府であり、それに邪魔な人間は平気で消される。
ある弁護士は、自分の職務に忠実で、有能さを注ぎこんだ結果、世界は着実に悪い方向に向かうのだが、それはパラドックスでもある。
シリアナとは、CIAが作った概念上の、アラブにある架空の国の事。民主的で西欧と共通の価値感を持つ、理想の国。しかしそれはアメリカにとって都合のいい国と言う事でしかない。
この映画は、シリアナにしたいとアメリカが願っている架空の某国が舞台。とはいえ、実質上、これはサウジアラビアの事だろう。今だに王族が支配する絶対君主制を維持しているしアメリカ軍が駐留している大産油国。
この映画で描かれるのは、犯したミスにつけ込まれてしまうCIAの工作員、石油会社の合併を有利に進めるために合併相手の弱点を探るよう命じられた弁護士、息子を失う不慮の事故をキッカケにシリアナの聡明な王子のアドバイザーになるエコノミスト、そしてその王子、パキスタンから仕事を求めてシリアナに来た労働者の五人。彼らを軸に、石油利権を巡る恐ろしく汚い世界が描かれていく。
ここには、何のカタルシスもない。正義が働いて悪が倒されるわけでもないし、今は正義は負けているがいずれ悪は倒されるだろうと言う予兆すらない。
むしろ、世界は複雑に繋がり交わり連携していて、アメリカの石油資本の利権が、いろいろ周り回って我々の日常の安全にまで及んでいるのだ、と言う事を暗示して終わる。
実にイヤな映画である。夢も希望も救いもない。しかも、映画の中にユーモアのカケラもない。ジョージ・クルーニーは歌も歌わないしヒロイックな活躍もしない。うらぶれたひげ面のオヤジでしかない。マット・デイモンも、息子の死を乗り越えようと仕事に励み、正論を述べて王子と共鳴し、この手で国を作ると言う壮大な夢に駆り立てられるが、それは一挙に崩壊し、家族の元に帰ってくる。有能な弁護士は見事に自らの職責を果たしたが、上司を売り、アル中の父親からは倫理的に責められる。次期国王の座を逃がした開明な王子はアメリカから危険分子扱いされて暗殺される。
この世には神も仏もないのだ、と言いきっているわけだから、救いはないしカタルシスもまったくない。
だが、それが現実だ。
この作品のスタッフやキャストは、多感な若い頃が70年代で、その頃は「大統領の陰謀」を始めとした政治的な映画が数多く作られた。だから自分たちもそう言う映画を作る、というわけ。アメリカ映画にはそういう伝統もあるわけで、極めて羨ましい。というか、日本の場合、娯楽性を兼ね備えた「見せて楽しませる政治映画」があまりなかった(山本薩夫の諸作品は例外に近い)からなあ。ロードー組合の映画にオモシロイものがあったためしがない。というのは偏見か?
が、あの頃の政治映画には、どこか救いがあった。ニクソンは退陣したし。
しかし、この映画には、ひたすら、そういう救いはないのですなあ。この映画で描かれた構造が続く限り、テロリストは供給され続けるし、中東は不安定なままだ。
しかし、マジで、石油がなくなったら、面倒なアラブ世界なんか、だれも見向きもしなくなって相手にされなくなるよ。
この脚本に惚れ込んで、多くの俳優がギャラを格安にしてはせ参じた。それほどスゴイ脚本なのだろうが……。考えに考えられた末に、今の形になっているんだと思うけれど、とにかく、観るのが辛い。ぐいぐい引っ張って行く力はもちろんあるし、描かれているモノゴトには興味もあるんだけど、ひたすらリアルに描かれるので、疲れてしまう。
興行的ヒットをまったく狙っていない、と言う姿勢が伝わってきて、それゆえにこっちも背筋を伸ばしてみる事になるのだが、それってけっこう辛いものがある。
この作品は、何度も繰り返し見て、いろんなディティールを頭に叩き込まないと、軽々に感想を述べられないと思う。只者ではない映画だと思うが故に。
この映画を製作して世界的に配給してしまった関係者の努力には、惜しみない拍手をおくる。