シックス・センス
監督:M・ナイト・シャマラン

(ビデオ鑑賞)

 死人が見える男の子と、彼をなんとか救おうとする医師。しかし、この映画のミソは、医者は実は死人で、その死人(自分が死んだと気づいていない、成仏していない霊)の視点で描いたこと。
 見終った直後は、なーんだ、と思うだけだが、時間が経つと、じわじわと哀しいものが湧いてくる。
 それは、霊が見える少年と母親の関係であったり、医者と妻の事であったり。
 少年は、霊が見える事実を母親に話せない。が、彼女は、恐らく不仲であったのだろう、母親とその母親(祖母ですな)しか知らない心の襞の部分を言い当てられて、母親は鬱積していた感情を爆発させて(たぶん、親の愛情を確認出来て、救われた、と思ったのだろう)子供と硬く抱き合う。人は、他人にとっては些細な事でも、当人にとっては凄く大事で人生のキーになるような事柄を抱えている。それが些細な事であるだけに、気づかれず、本人もそう思い込もうとしている。しかし、その些細な事の行き違いは当人の心の中に深い影を落としている。そういう部分を、この作品はとてもうまく救い上げていて、映画の終盤を陰影深いものにした。これでこの親子は、他人がどう言おうがお互い守りあって、硬くて深い愛情で結ばれて生きていくだろう。
 医者は、担当していた患者に撃たれて自信を失い、それが夫婦関係にも影を落としてダメになってしまった、と思い込んでいる。妻には新しい男が出来たようだし、なんとか関係を回復させようとしても思うに任せない。が。
 彼はもう死んでいたのだ、と判ったとき、妻の行動は涙を誘う。独りで寝ながら結婚式のビデオを繰り返し見ていたり、寂しげな表情で、独りで結婚記念日を祝っていたり……。
 
 オカルト映画のようで居て、この作品はそうではなかった。残されたものの哀しみの映画だったのだ。母親に理解されなかったと思いこんでいた娘(少年の母親)。愛する夫に突然先立たれて感情の整理がつかない妻……。そう思うと、すべての挿話が、それに沿うように組み立てられている。
 
 『残されたものの哀しみの映画』というものは、この現代において、フランク・キャプラみたいに作ってもあまりに楽天的過ぎるし幼稚にさえ見えてしまう。しかし、こういうふうに謎解き風に作れば……。
 見ているときはいつものブルース・ウィリスが泣いているとしか感じなかったが、時間が経つと、彼の演技は、とても切なく、哀しみに満ちている。
 
 こんなキワモノのオカルトが、なんでアカデミー賞の主要部門にノミネートされるのだ、と思ったが、それは僕の完全な誤解だった。
 いろんな映画があって、見る側は相当にスレてしまった。その時、そんな客をどう感動させるか。ストレートなテーマをどう伝えるか。この作品はそのひとつの解答であると思う。
 
 とは思うのだが、「幻のラストシーン」がどうなっているか。上記の情緒的解釈と感動をぶち壊すホラー的なラストシーンが本来のモノだったとしたら、嫌だなあ。