わ国にタイムスリップ

 Amazon.co.jpアソシエイト
↑クリック
本が読みたくなったら。
¥1,500以上購入で送料無料!

メールマガジン「古代幻想視(第一部)ー海を渡って来た倭王」

ご案内

購読登録受付中!!


イントロダクション

紀元2世紀末頃、すなわち、今から1800年ほど前、アジアにある、世界的に見ても群を抜く超大国
中国が、動乱の時代を迎えていました。ご存知のように三国時代です。この時代のことは「三国志」
という本で、活き活きと描かれています。私たちがよく目にする「三国志」は、後代になって「三国志
演義」としてかなり脚色がついたものの翻訳ですが、史実に基づいて書かれたものであることには違い
がありません。劉備玄徳や関羽・張飛、諸葛孔明、曹操とか孫権も実在の人物ですし、赤壁の戦いも
現実にあったことなのです。
それに対してこの時代の日本のことは「正史三国志」の中で少しだけ触れられているのですが、概略
すると、中国の東方、朝鮮半島の南の端から、海を渡って小国が点在し、総称して「倭」と呼んでい
ました。その首長国が「邪馬台国」で卑弥呼という女王が統治していたと記されています。
では、日本ではこのあたりの時代のことはどのようにとらえているのかというと極めて曖昧なものと
なっています。だから、邪馬台国はどこにあったのかとか卑弥呼は誰なのかといったことが不明瞭で
論争にまでなっています。
そんな謎めいた時代のことを現代に蘇らせてみたいと思っております。

メールマガジン「古代幻想視(第一部)ー海を渡って来た倭王」

なぜ、大和朝廷は、邪馬台国との連続性について曖昧さを残しているのか。三国志に記された卑弥呼
は、記紀の中に明確に示していないのか。推理小説より、ミステリーな日本の古代史。謎が謎を呼び
空想が駆け巡る。架空の人物を通して、日本の古代の謎に迫る!
購読は、こちらから。

時代背景

日本の時代区分でいうと弥生時代。中国では、後漢末から三国時代へ移行していく頃。この頃の東アジ
アは、気候が寒冷化し、小氷河期と呼べるほどでした。そのため、農業は、大打撃を被り、大飢饉とな
りました。
中国では、後漢の終末前、人口が増加し、5000万人ほどに膨れ上がりましたが、この寒冷化に伴ない、
わずかの間におよそ10分の1の500万人ほどに激減します。
これは、飢餓や戦禍によるものだけでなく、大量の人口移動があったのではないかと推測できるでしょう。
事実、この頃、弥生時代の日本では、特に西日本で急激な人口増加が確認されています。
また、後漢末、未曾有の飢饉にも関わらず、漢朝自体、内部腐敗を起こし、政治の乱れが黄巾の乱を
招き、自壊していくのです。そして、三国時代へ。
そもそも、三国時代を現出させたのは、蜀の劉備玄徳を補佐した諸葛孔明と言われている。その孔明の
死によって、三国時代に綻びが生じる。孔明亡き後、歴史の舞台で主役を演じることになるのが、魏の
大老司馬仲達。仲達は、直ちに、魏の東方、南満州を領有していた公孫氏を滅ぼし、公孫氏に牛耳られ
ていた東夷の権益を魏に奪還した。東夷とは、中国から見て、東の野蛮人の住む地、つまり朝鮮半島や
日本列島のことで、東夷の権益とは、東夷に対して、軍事的・経済的に睨みを効かせるべく設置された
楽浪郡・帯方郡のことである。仲達は、このことを魏の内外にアピールすべく、後漢以来絶えていた、
東夷のはずれに住む倭人に朝貢させることを目論んだ。すなわち、倭の邪馬台国女王卑弥呼が、歴史の
舞台に登場することになる。

感想や情報をお待ちしてます。