コージー大内・角打(かくち)ブルース
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CDまたはコージー大内に関するお問合せはマルヨシレコード(アドリブ内)まで
0422-40-1066
adliv@mitaka.ne.jp
吾妻光良氏コメント:
日本でも解る人は極めて少ない日田弁に乗って疾走するブルーボイス。独自の「弁ブルース」で日本ブルース界に新境地を切り開く大内コージの登場だ。
 
角打ブルースジャケット
コージー大内
角打(かくち)ブルース

●MARUYOSHI-02
●2,500円(税込)
●発売元:マルヨシレコード
 0422-40-1066(アドリブ内)
●配給:
  株式会社メタカンパニー
●JAN CODE :
 4580296240015
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 プロフィール
■その1
 東京駅から西部へ、東日本旅客鉄道の列車(東海道新幹線のぞみ・博多行)に揺られること5時間半、終着駅から九州旅客鉄道の鹿児島本線に乗って南部へ向かい、更に久留米で久大本線を乗り継いで1時間半、大分県日田市はそこにある。とある界隈では、この日田を「日本のテキサス」と呼ぶ人がいる。田園風景と人情とブルース・フィーリングに満ちた、林業とナバと焼酎と濃霧と雷(ライトニン!)の街、日田は、本作の主人公、「九州カントリー・ブルースの大統領」こと、コージー大内の出身地である。

 10代の頃はボブ・ディランを愛聴していたコージー大内は、21歳の頃に本場米国テキサスのブルースマン、ライトニン・ホプキンスを聴いてテキサス流儀のカントリー・ブルースの雷に打たれ、その年に上京。座右の一枚に、ライトニンの《ライトニン・ストライクス》を掲げ、東京のアパートでブルースを爪弾く日々が続く。1980年代の終わり頃の話である。

 20代後半くらいから、東京のブルースバーを中心に、弾き語りでブルースを歌うようになり、30代に突入すると、芸風を徐々に広げ始め、「自己のルーツ(日田の文化)に根ざしたテキサス流儀のカントリー・ブルース」をテーマに、唯一無比の「日田弁ブルース」のスタイルを確立する。

 そして、満を持して登場したのが、本作『角打ブルース』である。ライトニンのカバーから、オリジナルの日田弁ブルースまで、コージー大内の魅力が詰まった快作である。
 ライナー(山本慎也氏)より

■その2
 大内のこれまでの人生やブルースとの関わりにまつわる話は、さながら昔のブルースマン達の様にカラフルなエピソードに彩られている。67年(66年という説もある)大分は日田で生まれた。大内の父は、いわゆる飲んだくれであり昼間から仕事をさぼって競輪場や角打(カクチ:立ち飲みで簡単なツマミを出して客を飲ませる酒屋のこと)に顔を出し、金がなくなると息子のラジカセを質に入れたり、貯金通帳をくすねたりしていた人物であり、現在も地元の角打会会長を務めている。ちなみに角打会会長、という立場にどういう権利や義務があるのか、は筆者には知る由もないが。中学からフォークにしびれた大内は、尾崎豊などの歌をコピーする様になったがある日ライトニン・ホプキンスのレコードに出会い衝撃を受けた。「そん時からプロのミュージシャンを目指したばい。ライトニンの様に弾いて歌えれば日本でも絶対に売れる、紅白出れる、そう思っちょった。」何とまあ世間知らずな、という反応もあろうが、それだけ純真な少年時代を過ごした、ということでもあろう。

「ここいら辺に、じょうもんな、おらんかい、
 Oh, Askin' All!」
(この辺に、いい女は、いねーのか。おー、
 あそこにいるぜ!)
  コージー大内 & ローンウルフ造田
           「タップでナンパ」より

 果たして日田というところが日本でも稀な美人の産地なのかどうか筆者はあずかり知らないがプロ入りを決意した大内は片手にギター、傍らに現在の大内の妻でもある彼女を連れて東京に出てきた。そしてとある中央線の駅のトンカツ屋で二人でバイトをしながら生計を立て、暇さえあればライトニンのブルースをコピーする、そんな日々を過ごしていた。そして人生は数奇なもので、そのバイト先から2〜3ブロック歩いたところにあったのが、いまや伝説となっていると言っても過言ではない阿佐ヶ谷のブルース喫茶「ギャングスター」だったのである。しかし、日田から出てきた大内にとっては東京のブルース喫茶で演奏をさせてほしい、と頼むどころか、その店の中に入っていくこともできなかったという。そんなある日・・・、

「アンタ、アンタ、あそこ座っとる人!」
「なーにゃ?」
「あん人、ギャングスターんマスターばい!」
「そげなこつあるもんかい!」
「ホントって! 歌わしちくれ、言うてみたら?」
「・・・・・・」
「もーう! 私が言うちゃるばい! あの・・・
 すいませんけど、ギャングスターのマスターの方ですよね?」

 この驚くべき内助の功あって、ギャングスターのマスター、ジョニー氏はライトニン大内を知ることとなった。以下省略
 ブルースインターアクションズ、Blues & Soul Records #80 
吾妻 光良氏Blues is my business no.156より抜粋
2008 Kozy Ouchi“Kakuchi Blues”Maruyoshi-02  All rights reserved.