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ANGKORWAT TOUR 2002/01/13
CHAPTER3
ベンメリアを見終えた僕らは、そうしてシェムリアップへ戻る。
帰りは、ちょっと遠回りになるものの、
「東洋のモナリザ」でバンテアイ・スレイを見てから戻る。
ベンメリアまで行ってしまったからもうバンテアイ・スレイは無理だろうなんて思っていたけれども、
ついでに寄ってもらえるのは大変ありがたい。
が、帰りの道は行きにまして地獄の行軍だった。
日はそろそろ高く上って来ていて、灼熱の太陽が僕を照らしつける。
体の調子は、いよいよをもってヤバくなってる。
食欲は全く無い。ただ水分のみをカラダは欲している。
モトバイの後ろで僕は座ったまま眠ろうとするがもちろん眠ることなど出来なかった。
30分乗っただけでもう何時間も乗っているような気分になった。
行きと違って帰りは結構対向車もやって来て、そのたびにもうもうとした土煙をあげて走っていって、
僕は苦しくてもうどうしようもなくなるんだけど、さすがに場所が場所だけにどうにもならない。
が、1時間も走ったらもう限界に達して、またも、
「セイン、休もう」と提案。
が帰り道は行き以上に休憩ポイントが無い。
村とか集落も無いありさまで、休憩できたのは提案してから30分も過ぎてからだった。
国立公園に入る入り口の所にあるところだった。
セインが昼食のパンをくれたけど、半分かじっただけでもう限界だった。
食べられない。
頭がガンガンしてて、体はもうふらふらだった。
どうしようもなくなって、休憩所にあったハンモックで30分、仮眠させてもらった。
「セイン、ごめん、寝させて」って言ったら、
その休憩所にあるハンモックを使ってもいいよって言うのだ。(そこのお店のやつだと思う)
ハンモックで寝るなんて当然のごとく初体験。
なんだかゆらゆら揺れて不思議な感じだが、とにかくこの30分間の仮眠で、体力は少し回復。
よく眠ったなんてとてもじゃないけど言えないけど。
ハンモックで寝るなんてなかなか体験できるもんじゃない。
貴重な体験をまたさせてもらったなあ。
少しだけだが体力を回復させて、ようやく僕らは次の目的地であるバンテアイ・スレイに向かう。
休憩したところからバンテアイ・スレイまでは一時間かからないぐらいらしい。
一時間ならばまあ何とか耐えられそうだ。
地獄の行軍は相変わらずだったが、後一時間耐えたらいいって思えば何とかなる。
それにバンテアイ・スレイに近づくにつれ道路の状態が良好になってきて、
疲れ切った体にかかる負担が大分軽減してきた。
外の景色もそれまでは薮の中をひたすら走るっていう状態から、再び農村風景に変わってくる。
そうしているうちにバンテアイ・スレイに到着した。

バンテアイスレイ。遠くまでわざわざ来る人も多いんだけど、かなり小さめの寺院。しかも目玉の「東洋のモナリザ」はロープが張られてて入れないのだ。 |
バンテアイ・スレイは、
「東洋のモナリザ」と呼ばれる彫刻で有名な寺院である。
シェムリアップから40キロ離れたところにあるのだが、
思った以上に小さな寺院で、拍子抜けしてしまうぐらいだった。
肝心の彫刻を近くで眺めようとしたが、
ロープで立ち入れないようになっていて近づいてみるのも無理。
なんだかなあ・・・まあベンメリアのついでに立ち寄るぐらいでちょうどいいぐらいだったのかもしれない。
セインはと言うと、外で待ってるとのことで、
なんか一人でうろうろするのもつまらないのですぐ出て
「自分一人でゆっくり回らせてくれよ」なんて思うけど、
いざ一人だと、結構のんびり見られないものだな〜
なんて思いながら見学した。
本を見ながらでも分かると言えば分かるけど、
やっぱり、日本語ガイドがいるといないとでは大違い。
理解を深めるには日本語ガイドは雇うなりした方がいい。
ところでロープが張られたのはごく最近のことであり、
昨年妹が来たときにはそんなものは無かったんだって。
羨ましい。
忌々しきは、このロープなんです。 |
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ここから先は楽だった。
道の舗装もちゃんとされてて、土煙を上げながらトラックが走りぬけていくことも無い。
外の景色を楽しみながらシェムリアップへの道を進む。
後はもう一つバンテアイ・サムレと言う寺院に寄って、シェムリアップに帰るだけだ。
時間も3時を回ったぐらいで、日は傾きかけて大分涼しくなっている。
この頃になると僕も大分気分が良くなってきた。
何事も、喉元過ぎれば熱さ忘れると言った感じで、
あの灼熱下の地獄のようなライディングもすっかり忘れてしまっていた。
セインと他愛も無いことを話しながら、カンボジアの農村風景を進む。
それがまた、本当に気持ちがいい。水牛がのそのそと動いている。
高床式の家で人々が生活をする。子供たちの笑い声もしている。
多くの人を乗せたピックアップトラックが時々僕らを追い越して行く。

バンテアイ・サムレ。こちらも本当に小さな寺院だった。人もほとんどいない。 |
セインの運転は、どこまでも丁寧で、無理矢理スピードを上げて行くことも無い。
それが僕が彼を信用しようと思った要因のひとつだったりもするんだけど。
こんな感じでシェムリアップへの道は大変楽しかった。
最後はアンコールワットの脇を通り、南大門を抜けて、シェムリアップへ戻った。
三人乗りの女の子達がキャーキャー言いながら僕らの脇を猛スピードで追い越して行く。
「追っかけるかい?」ってニヤリと笑ってセインが言うが、
「いやいや、いいって」って苦笑いで返す僕。
カンボジアの女の子はなかなかかわいらしかった。
キャーキャー言いながら騒ぐ姿はさすがに日本と変わらない。
セイン曰く性モラルの低下みたいなものはやっぱりカンボジアでもあるみたいで、
その辺は日本と変わらないな〜って思う。ま、日本ほどひどくはないんだけど。
カンボジアも20年後には今の日本みたいになってんだろうか・・・
その一方で、カンボジアにも売春を目的に行く日本人もいるんだろう。
それは同じ日本人として本当に恥ずかしいと思う。

このバイクに二人乗りで行くのはキツかったなあ。でもセインは本当に好青年だった。 |
そして僕らはシェムリアップまで戻ってきた。
セインには5時に迎えに来てもらうように頼んで、一旦ホテルに戻った。
一旦チェックアウトをしてしまったのでもう風呂とかには入れないが、
トイレで顔を洗う。
・・・すごい泥だらけ。服も顔も。
シャツは変えられるし顔も洗えるが、この状況では髪も洗えないし、
泥まみれのズボンを穿き替えることも出来なかった。仕方が無い、
日本までこの汚い格好で行くしかないか、とほほ。
セインが迎えに来てくれるまでの間、買い物に向かう。
まあ今回は大した物を買うつもりはほとんどない。
やることと言ったら、昨日行ったマッサージの女の子、チリに別れを告げることと、
そんで後は絵葉書でもスーパーで買って帰ろうと思ったぐらい。
チリは接客中だったが、仕事が終わると顔を見せてくれた。
さすがに昨日の今日だから名前も覚えててくれたのが嬉しい。
「じゃあまたね」そう言って別れを告げる。
「また」はあるのかな。
でも本当にまた行きたいと思う。また会いたいと思う。
「またね」って言葉はそう思ったら使ったらいい。
本当に会えるかどうか分からなくても、でもその気持ちがあるならば。
セインが迎えに来た。
バンコク行きの飛行機が飛び立つのは7時50分。
6時ぐらいには着いていた方がいい。
空は、乾季としては珍しく、曇っていた。まるで僕の旅行に合わせてくれたみたいだ。
昨日一昨日綺麗な夕焼けが見られて本当に良かった。
空港に向かう途中、オールド・マーケットを通りかかったときにマッサージルームの前にチリがいた。
さっきもお別れしたところだったんだけど、もう一度大きく手を振る。
チリも手を振り返してくれた。別れが本当に惜しい。
いよいよカンボジアもこれでおしまいだ。
もう少し滞在したかった気もするけど。それも仕方がない。
6時まではもう少し時間があったから、戦争博物館へ。
博物館とはもう名ばかりで、戦車とか飛行機とか銃が陳列してあるだけのものだった。
地雷も一杯陳列してあった。
今は平和だが、この国にはまだ戦争の傷痕が残っている。
地雷が撤去されていないところも多くあるんだろう。
兵器を見ながら、なんだかすごい辛くなった。
セインがやってきて、「どうしたんだ」って聞くから、
「僕は戦争は嫌いだ」と言ったら、彼は、
「戦争は誰だって嫌いさ」って答えた。
うん、そうさ、そうだろう、だけど、この世の中には戦争を望んでいる連中だっている。
そう思った。そんな連中、最低だ。
日本人は平和ボケしてる。
本当にしている。
僕だって現実で戦争を見たわけじゃない。
こういう所があるんだってこと、忘れちゃいけない。
地雷が埋まったままのところがまだいっぱいあるこの国のことを。
そして僕らは空港へ向かった。
セインともここで遂にお別れだ。
今日一日の報酬を渡す。
すげえいいもの、いろいろ見せてもらったから、
ホントはもっと渡したかったんだけど、困ったことに小銭がもう全然無い。
カンボジアの小銭と、行きの飛行機でもらった和菓子、日本のキャラメルをあげた。
やっぱり思うんだけどね、
「Good driver and English speaker guide should to be paid much
money」
僕はそう言ってセインに報酬を渡した。
そりゃあ彼にとっても、25ドルの報酬はすごい収入って言うのも分かる。
公務員の一ヶ月の収入が20ドルとか言うんだから。
だけど僕が今日一日安全に、かつ楽しく旅が出来たのは、
まさしくセインのおかげと言っても過言じゃない。
だから25ドルは全然僕にとっては安くない。
あんまりお金で感謝するのも嫌なんだけど、でも今僕に出来んのはそれぐらいだから。
最後に写真を一緒に撮って、握手して別れた。
セインに本当に感謝。
すげえ楽しい時間を一緒に過ごせて良かった。
本当にありがとう。

最後にセインと撮った写真。セイン本当にありがとう。きみのおかげで本当に楽しい旅になったよ。日本に帰ってもきみのことは絶対に忘れない。 |
こうしていよいよカンボジアともお別れだ。
シェムリアップ国際空港は建造中で免税店なんてものは当然無い。
小さな本屋があるぐらいである。本日の最終フライトと言うことで、
かなり多くの人たちが待っていた。
そうそう思い出した、そういや今回このフライトキャンセル待ちで取ったんだったっけ。
そういう訳で飛行機は満席だった。フライト時間50分だからいいけど。
で、帰りも軽食が出た。
が、もう体力的にもお腹的にも限界で、ほとんど食べられず。
3日目は結局ものをほとんど食べてない。食欲も無かった。
久しぶりのアジアで、久しぶりにやっちまった食あたり。
そんでも楽しかったのはセインのおかげだな〜。
その後はバンコクから日本へ。
シンガポール航空はやはり混み合っていた。
お腹の調子の悪い僕は飛行機は当然通路側。
和食だったらもう少し食べられるかなと思ったのだけれども、
結局機内食もほとんど食べられなかった。やはり日本で作られる和食と、
タイで作られる和食では微妙に違うみたいだ。
どうも行きの日本で作られたほうが美味い。
アイスクリームも食べられず。あ〜あ、折角のシンガポール航空なのに勿体無いなあ。
が体力は限界だった。どうしようもないくらい。
混み混みの飛行機では横になることもままならず、結局ほとんど眠ることも出来ずに日本へ着いた。
ところでここで疑問なのだが、
行きの飛行機は時差を入れても5時間フライト時間があったのに、
帰りは4時間で着いてしまうのだ。これは一体どういうことなんだろうか? 気流の関係?
大きな疑問を残したまま、今回の旅は幕を閉じる。
今回もまたハードな経験値稼ぎの旅になってしまったが、
カンボジアで僕の旅レベルは確実にアップしたはずだ。
結果的に素晴らしい旅になったと思う。
最終日にもっといいコンディションで楽しめていればなお良かったけど、これはまあ仕方が無い。
何よりも一人で行ったって言うのも自信に繋がったし。
だからすげえ、いい旅作れたと思う。
アイスランドに続いてね。
最初で最後のアンコールワットと思っていったのだけれども、また行きたいなって思った。
とりあえず、セインにまた会いたい。
一ヶ月も過ぎてから手紙をやっと書くことができたんだけどね。
また返事が来るといいな。
アンコールワット紀行 完
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