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ペルー共和国 (2003.1.1-12.31)
「真実和解委員会」が大統領に最終報告書を提出した。1992年以降のすべての裁判を不公正なものにした「反テロリズム」法は、憲法違反であるとの判決が下され、修正が取り入れられた。多くの良心の囚人が引き続き投獄されている。刑務所の状態は依然として過酷である。
背景
世論調査によって、国民の間に政府の経済政策に対する不満が広がっていることが明らかになった。ペルー国家統計情報局によれば、国民の半数以上が貧困の中で生活している。
5月、賃上げを求める教職員組合その他の労働組合による全国的なストライキや抗議行動に対応するため、30日間の非常事態が宣言された。これにより、個人の安全に対する権利や移動および集会の自由が制限され、当局は令状なしで、家宅捜索ができるようになった。プーノでは、非常事態宣言に反対する抗議行動参加者の多くが治安部隊と衝突した。報告によると、治安部隊がデモ隊を解散させるために過剰な力を行使したものと思われる状況で、学生1人が死亡し、多数が負傷した。
2001年2月以降、暫定的なオンブズマンが任務に就いてはいるが、常設されてはいない。政府には強力なオンブズマン事務所を設置する意志がないと批判されている。
真実和解委員会
1980年5月から2000年11月までの国家と反政府武装勢力による人権侵害の実態を立証するために、2001年に設立された真実和解委員会が、8月に最終報告書を提出した。委員会は、この20年間に殺害されたり「失踪」した推定6万9000人のうち、54パーセントは反政府武装勢力「輝ける道」(センデロ・ルミノソ)の責任であり、46パーセントは軍の責任であるとの結論を出した。同委員会はまた、犠牲者の75パーセントはケチュア語を母語とする人びとで、「ペルー社会に浸透するアンデス系農村地帯の人びとに対する差別と疎外」を反映していると結論づけた。
真実和解委員会は、法の裁きは和解に不可欠な要素であり、正義が果たされるよう、2万4000人の犠牲者の身元を検察庁に提出したと述べた。委員会はまた、「免責という基礎の上には、倫理的に健全で政治的に存続可能な国家を築くことはできない」と述べた。委員会の勧告には、制度改革の提案、補償に関する統合計画、同委員会が記録した4644カ所の遺体埋葬場所の法医学的、人類学的調査のための国家計画などがあり、これらの勧告が確実に履行されるための措置も含まれている。
これに応えて、アレハンドロ・トレド大統領は「苦痛を受けたすべての人びと」に対し、国家の名において謝罪した。大統領は、最も甚大な被害を受けた地域の公共事業を改善し、国の機関や市民社会を強化するための「平和と開発計画」に、約8億米ドルを費やすと発表した。しかし被害者やその親族が求めていた個人補償については提示しなかった。免責問題に関して大統領は「治安部隊員の中には、苦痛に満ちた度を過ぎた行為を行なった者もいる」と述べ、真実和解委員会の結論に反し、治安部隊による人権侵害が広範で組織的なものであったことを認めなかったため非難を浴びた。大統領は、「免責、人権侵害のどちらも保護することなく」これらの事件に正義をもたらすのは、今や検察庁および司法当局に課せられた仕事であると強調した。
「反テロリズム」法
憲法裁判所は1月、終身刑、および軍事法廷における文民の裁判は憲法違反であるとの判決を下した。これを受け政府当局は判決に沿う形で一連の法令を発布した。これらの法令により、軍事法廷において「反逆罪」で言い渡された判決は無効となり、軍事法廷で裁かれたすべての人びとの通常裁判所での再審理が命じられた。同法令はまた、1992年から97年のあいだに「覆面裁判官」(匿名の判事)による裁判を受けたすべての人びとの再審理を命じ、「反テロリズム」法のもとで適用された刑期を修正した。この判決後、政治囚の中には通常裁判所で公開の再審理を受けた者もいた。同法令における「テロリズム」という犯罪の定義は依然として広く曖昧すぎること、および終身刑は30年に減刑されたものの、30年後に本当に釈放されるかどうかは再検討の対象になっていることがいまだ深刻に懸念される。
良心の囚人
「テロリズムに関連する」犯罪で誤って起訴された多数の良心の囚人およびその可能性のある人びとが、依然として拘禁されている。これらの事件を再調査するために法務省内に設置された特別委員会は、軍事法廷および「覆面裁判官」による裁判を受けたすべての人びとが再審理されると発表した後、活動を停止した。これらの囚人が即時無条件に釈放されずに、時間がかかり非効率な司法制度の中で再審理を受け、その結果さらに多くの年月を刑務所で過ごすことになるという重大な懸念がある。
刑務所の過酷な状況
「テロリズムに関連する」罪で起訴された人びとが拘禁されている重警備刑務所の状態は依然として過酷であり、残虐な、非人道的なおよび品位を傷つける取り扱いに相当するものもある。2月、米州人権委員会は当局に対し、チャジャパルカ刑務所の閉鎖を再度要請した。この刑務所は海抜4600メートル以上の極寒の地にある。近づきにくい場所であるため、親族、弁護士、医者などの外部の人びとと接触を保つ囚人の権利が極めて制限されている。同委員会はまた、プーノ県のジャナマヨ高警備刑務所の閉鎖も要請した。この刑務所は建築工事後、1月に再開された。
人権活動家とジャーナリズムに対する攻撃
首都リマの人権擁護活動家、およびカンチス郡政府と対立しているジャーナリストに対する脅迫や威嚇の報告があった。
拷問
治安当局者による拷問・虐待が依然として懸念されており、被害の申し立てについてはほとんど調査されていない。
・11月、検察官は1993年に拷問されたルイス・アルベルト・カントラル・ベナビデスの事件についての調査を終了する時効を発動させた。検察官は政府の重大な身体的損害や侵害への起訴のための時効での期限は終了したと主張した。刑法は1998年の改正まで特別犯罪として拷問を含めていなかった。12月、米州人権裁判所はペルー政府がこの事件の裁判所の判決に従うことを避けるために時効を発動することはできないと裁定した。2000年、人権裁判所はペルー政府は特に人道的な取り扱いを受ける権利と個人の自由の権利を破っていると裁定した。人権裁判所は政府がこの事件を調査し、責任者を裁きにかけ、被害者やその家族に補償すべきであると2000年と2001年にも裁定した。米州人権裁判所はペルー政府に2004年までに裁判所による2000年と2001年の裁定を実行するための措置を詳述する報告書を提出するように命じた。
1996年の超法規的処刑に関する申し立てについての続報
反政府武装勢力「トゥパク・アマル革命運動」(MRTA)のメンバーを超法規的に処刑したとして起訴された軍人15人の事件を審理した軍事法廷は、訴訟棄却の決定を下した。軍事法廷は独立性にも公平性にも欠けるという重大な懸念が持たれている。犠牲者の親族はこの判決に対し上告した。1996年12月、MRTAのメンバーが日本大使公邸に押し入り人質を取った。1997年4月、この人質事件は当時のアルベルト・フジモリ大統領が軍事攻撃を命じて終結した。人質を取った14人のMRTAメンバーは全員殺害され、そのうちの何人かは超法規的に処刑された疑いがある。
反政府武装勢力による人権侵害
反政府武装勢力「輝ける道」(センデロ・ルミノソ)の小集団が、いくつかの地域で活動を継続しているとの報告があった。6月、「輝ける道」のメンバーがトッカーテの近くにあるアルゼンチン企業テチント社の作業員60人以上を誘拐した。トッカーテは首都の南東約350キロにあり、彼らは天然ガスのパイプラインを建設中だった。作業員たちは36時間後に解放された。
「輝ける道」のメンバーがレケーナ郡タバロソスで人権擁護活動家を脅迫していたとの報告がある。
タンボグランデ 社会経済権に対する脅威
北部ピウラ県タンボグランデ地区の住民は、カナダの鉱山会社がその地域で鉱物採掘をおこなえば水や土壌が汚染され、農作物に被害がおよぶという不安を訴え続けている。鉱山会社は自らがおこなった環境アセスメントで、住民の不安は誤りであることが実証済みだと述べた。その地域はペルーのマンゴーおよび柑橘類の40パーセントを生産している。地元の人権擁護団体は、採掘事業は環境に害をおよぼし、その結果地域住民の社会経済権を脅かすことになるため、鉱山会社の調査を認めないよう当局に求めた。2003年末の時点で当局は結論を出していない。タンボグランデの自治体と住民によって実施された2002年の住民投票で、鉱物採掘計画に対する圧倒的な反対が明らかになっている。
フジモリ元大統領の身柄引き渡し請求
7月、政府は日本政府に対して、人権侵害と汚職の容疑でアルベルト・フジモリ元大統領の身柄引き渡しを請求した。日本政府は2003年末の時点で決定を下していない。 |