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309/04 死の脅迫、安全の懸念
ペルー共和国
グロリア・カノ(女性)、弁護士、APRODEH職員
人権擁護団体APRODEHの弁護士であるグロリア・カノは最近死の脅迫を受けた。その脅迫は反政府武装勢力トゥパクアマル革命運動(MRTA)の3人のメンバーの家族のために彼女が働いたことと関係があるようである。報告によるとその3人のメンバーたちはアルベルト・フジモリ元大統領政権下の1997年、日本大使公邸における人質72人の市民を救出するための軍事作戦中に超法規的に処刑されたという。これはAPRODEHに対する脅迫の一連の行動の最新のものである。
2004年10月20日リマにあるAPRODEHの事務所にいたグロリア・カノは、彼女の携帯電話にメールで脅迫を受けた。その内容は「やあ、尻軽女、おれたちは刑務所にいるが、お前の影だって分かるんだ。お前は地獄で「テロリスト」たちと再会するだろう」とあった。
この脅迫を受け取って2日後、グロリア・カノと別のペルーの人権擁護活動家は米州人権委員会に出席するために米国に行き、そこでペルーにおける人権状況について報告した。帰国後、10月25日グロリア・カノは検事総局にこの脅迫についての申立書を提出した。米州人権委員会はペルー政府にこの申立書を調査するために取った手段についての情報を提供するよう要請した。
この脅迫はAPRODEHによるプレスリリース発表の翌日になされた。このプレスリリースはブラディミーロ・モンテシーノス(元諜報部門大統領顧問)、ニコラス・エルモザ・リオス(元軍司令官)、ロベルト・ウアマン・アズクッラ(元軍情報局SIE長官)の釈放について憂慮を表明したものであった。この3人はアルベルト・フジモリ元大統領の政権期間にこの地位にあった人間である。彼らは1997年の軍事作戦における3人のMRTAメンバーに対する殺人に関与したとしてこの18カ月拘禁されている。裁判の遅れのせいで、ある程度は文民法廷と軍事法廷の間の司法上の論争のために、被告は法によって定められた裁判前拘禁の最大期間を超えて拘禁されているので、判決の前に釈放されなければならない。グロリア・カノは2001年から犠牲者の家族の代理人を務めている。アムネスティはこの脅迫はAPRODEHを威圧するためのもので、被害者のために真実と正義を求めるという彼らのキャンペーンから手をひかせようという目的であると考える。
2003年1月、グロリア・カノはAPRODEHの事務所の外で約20人の正体不明の人びとに囲まれ、暴言を吐かれ、殴られた。この襲撃は2003年1月23日にAPRODEHが開始したアルベルト・フジモリを日本からペルーへ送還せよというキャンペーンに関連があると考えられている。しかし報告によるとこの件について当局による調査はなされていない。
背景情報
2004年5月、1997年の日本大使公邸での72人の人質救出軍事作戦に参加した142人の軍人全員が、その作戦中に少なくとも3人のMRTAメンバーを超法規的に処刑したという容疑についての軍事法廷で無罪となった。人質の1人を含む複数の目撃者や法廷での証拠によると、何人かのMRTAメンバーは軍によって射殺される前に降伏していた。
APRODEHは繰り返しアルベルト・フジモリ政権下で犯された人権侵害のキャンペーンへの反応として脅迫を受けてきている。APRODEHが1992年のラ・カントゥータ大学での殺害の犠牲者家族のために申立書を提出した時、
複数の死の脅迫と、APRODEH の事務長の名前が書かれた葬式用の花輪が届いた。
APRODEHはこれらの出来事すべてについての申立書を検事総局に提出している。しかしながらこれら脅迫行為のうち当局によって独立して公正に調査されたものはない。
(以下は期限切れのため省略)
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