Le impressioni(運営委員の雑感)2008年01月04日〜2008年12月21日


「サンタに願いを」   投稿日:2008年12月21日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)

娘はサンタクロースを待っている
僕にはいないサンタクロースを

娘の世界にはいるのに
僕の世界にはいない

でも信じてあげられる
娘の世界は娘のものだから

Merry X’mas!


「変化」   投稿日:2008年12月14日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
最近私の中で、「戦争」という言葉が引っかかっています。戦後60周年のときに特別番組を行なっていたときは、なんだか怖い、考えたくない、と見るけど思考は止めていたように思います。

私にとって戦争は学校で学んだことでしかありません。その中でも印象に残っているのは、小学校6年に行なっていた授業で、国語、社会ともに戦争の話だったように思います。私の中でつながっており印象に残っています。国語では「ヒロシマの詩」、社会では戦時中のことを、祖父に聞きみんなで意見を出し合ったことを覚えています。

授業は常にコの字で行なっており、クラスメイトの誰かが司会し、1時間の授業で黒板に発言が埋められていったことを覚えています。私もその中で発言を行なっていました。しかし私は今考えると、私の考えは、話している間にも言おうとしていたことではないことを話していることもありました。ただそれも私の中にある考えだったと思います。これはクラスメイトの話を聞いて、自分の中で考えて変化していきました。また、そんなかっこいいことだけではなく、自分の考えが定まらず変化し続けていたのでしょう。

変化していった考えとして、祖父は、戦争当時体が弱く、兵隊検査で引っかかり行かなくてすんだと話していました。小学校当時私は先生から言われた、祖父が戦地に行かなかったから、私が生まれてきたのかも、という話をしてくれて、単純によかったと思っていました。でも、何年後に戦争に反対している人は非国民となじられていたということを知りました。祖父は、戦争を反対している立場であったかは言わなかったが、反対していなくても、男性で戦地に行かなかったことで攻められていた可能性もあるのだと思うと、簡単によかったと言えないと思えてきました。

こんな私の中で変化していくことは当たり前のことなのだと感じています。私の周りで起こったことを、私の中で必要なことを記憶してそれを使用して、新たな考えが作られてきた。そんなことを繰り返す中で変わってくる。

まだ、戦争は怖さと、避けていたいという気持ちは多いけど、思考が時代によっても、変化することを知っておくべきなのかもしれない。

そういえば、今年の漢字、「変」でした。ニュースの中では嫌な意味も多かったように思うが、よりよい自分に変化していけるように。私自身の理解の中で作り上げていくものが、よりよいものになるように。私の中で変化するだけでなく、私の働きかけで、患者さんも変わってくるところがよりよく変化できるように。


「歴史的空間で身体を感じ思考する。」   投稿日:2008年12月07日(日) 尾崎 正典(尾張温泉リハビリかにえ病院)
先日、福井県の永平寺へ参拝する機会があった。永平寺とは、今から約760年前の寛元2年(1244)道元禅師によって開かれた坐禅修業の道場です。境内は三法を山に囲まれた深山幽谷の地に大小70余りの建物が並んでいます。永平寺を開かれた道元禅師は正治2年(1200)京都に生まれ、14歳の時比叡山で出家し24歳の春中国に渡り天童山の如浄禅師について厳しい修行をされて、お釈迦さまから伝わった「座禅」という正しい仏の教えを受け継がれて日本に帰られました。初め京都に道場を作りましたが、寛元元年(1243)、波多野義重(はたのよそししげ)公の要請もあり越前の国(福井県)に移られ永平寺をひらかれたのです。現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と壇信徒の信仰の源となっています。(永平寺パンフレットより)

永平寺の持つ独特の空気や静寂さや質感は何とも言えないものがあった。そこにある伝統の重み、そして、自分もその中の一員として存在していた。700年以上そこにある重厚な雰囲気は言語化することが難しい。視覚情報から得る雰囲気は何なんだろうか?伝統というものなのか?伝統とは何なんだろうか?

「伝統」という単語を後日、国語辞典で引いてみると「昔からうけ伝えて来た、有形・無形の風習・しきたり・傾向・様式。特に、その精神的な面」と書かれていた。

いく人の人間がそこに訪れ様々な質感を感じ、そして人生の1ページを刻み、死んでいったのかを想像すると何とも言えない気持ちになる。建造物を拝観するうちに私は、靴下を脱いで裸足になり直接感じてみようと思った。足底からの感覚情報を得て、そこから何を感じ、何を思うのだろうかを、自分自身に問うてみようと思ったのである。足底へ注意の集中をしたところ、色々な情報が入ってくることに気が付いた。永平寺は木造の建造物でありその木の質感はやはり、年代により変わる感じを足底からの情報入力により感じた。重厚な感じ、パサパサした感じ、さらさらした感じ、水分を含み冷たくネチョっとした感じ、つるつるした感じ、光沢のある感じ、また木の質感とは別に廊下のわずかな傾斜、水平性、形状、素材など意識を向けていくと別の情報がどんどん入力されていく。そこから治療を行う上で考えなくてはいけないと改めて思ったのは、さまざまな情報が入ってくる中で、どの情報に注意を向け、集中し、意識を向けなければいけないのかをセラピストは、患者さんにきちんと指示をださないといけない。漠然と「感じて下さい」ではわからないことを自分自身感じた。

永平寺のいくつかの建造物は、建てられた年代も違うし、素材も違うが、それ以外で何かを感じていた。言語化は難しい。

永平寺は毎日修行僧が掃除をしているそうである、確かに木は光沢がありピカピカである、磨き上げられた床には何か伝統、僧侶たちの思いが込められていた。建築物は1本1本の木から創造され、建築されたものは、新たな質感を創発している。

認知運動療法では関節、筋力、関節可動域などの要素還元主義ではなくシステムとしての身体を考えて治療していかなければならない。永平寺の建築物は何千本という木の集合体と瓦や仏像など1つ1つの集合体との中から創発され、創発されたものは人間1人1人の感情に働きかけているように感じた。永平寺という空間は、建造物に使用されている「木」からのクオリアと、その建造物の周囲の何百年と生き続け、まだ成長し続けている「木」や空気などから感じるクオリアとの調和により、新たな別のクオリアを発している感じを受け取った。

参詣の最後の空間に道元禅師の教えがいくつかあり、そこにはこう書いてあった。

「知る」ということと
「わかる」ということとはちがうのです
知ってはいても実行されなければ
わかったことにはなりません
薬の効能書を読んだだけでは病気は治りません
禅も実行してはじめてわかることなのです

これを読んで感じ取ることは人それぞれである。私には私の解釈があり、私の拙い雑感を読んで頂いている方それぞれの解釈、感じ方があると思う。
改めて思ったのは、ペルフェッティ先生の言葉
「何を見ても患者の治療に結びつけるように思考せよ」であった。


「算数を学ぶ目的は考えることを楽しめるようになること」   投稿日:2008年12月01日(月) 井内 勲(岡崎共立病院)
「あ〜いつものやつね、またやるの。」
「きっと、今日も駄目だよ、わからんよ。」
「先生の言ってること難しくて…私がバカだから、上手く出来ないし、言えないよ。」
こんな言葉が臨床中に患者から聞こえることがある、これらは自分を自己嫌悪へと陥れる。

ある子供の教育誌に『算数の好きな子 嫌いな子』というテーマで小学校教諭が答えていた内容に、『算数に限らず、すべての勉強に欠かせない要素に、自分の知らない事に出会ったときに「何だろう?」と思える好奇心があります。』とあった、好奇心・・・物事に、強く興味や関心をむけること・・・よく認知運動慮法ではセラピストは、学習を促す教師的な立場だと喩えられる。では自分は臨床家、認知運動療法士として、患者が認知問題に対して「何だろう?」と好奇心を抱くことが出来るような課題を選択、またはそこに至るまでの対応をしっかりと展開できているのであろうか?患者が苦手意識をもったまま課題に取り組んで、そこからどんな気付きが生まれるのであろうか?

またそこには『算数は、「答えを出して○か×か」という教科だとおもわれることが多々ありますが、答えが○か×ということは、全体から見れば本当に最後の一部で、重要なのはそこに至るまでの考える過程をどれだけ楽しめたかなのです。』とも書かれていた。今日、自分の担当患者が退院した。これからの社会生活の中で、いろいろな環境を身体を通じて情報性の選択をし、有意義な活動をしていけるのだろうか・・・そんな身体になり得たのだろうか・・・

時に、自分自身、分からない事をそのままにして妥協したくなる事がある。生徒の好奇心が沸かなくなるのは、少なからず教師自身がもっと「何だろう、なぜだろう?」と強く追求する、好奇心から逃避している結果なのかもしれない、と反省させられる。

認知運動療法を学ぶ(受ける)目的は、考えること(気付けること)を楽しめるようになること。明日からも悶々としながらも、活路を見い出そう!


「パウル・クレー、現象学的意識、問題、そして経験」   投稿日:2008年11月24日(月) 荻野 敏(国府病院)
今回の雑感は、ちょっと絵画について語ってみたいと思う。なんとなく長くなりそうな予感がしているが、そうすると僕の長編雑感は第3弾ということになる。第1弾は文学、第2弾は音楽、そして第3弾が絵画とすると流れ的にもいい感じ。そんなことを思いながら、書き始めることにしよう。さて、なぜ絵画について雑感で書こうと思ったかというと、そもそもはいま名古屋市美術館で開催されている「ピカソとクレーの生きた時代展」を見たからだ。2008年10月18日から12月14日まで開催されているこの展覧会は、ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が多く所蔵している西洋近代美術を展示してくれている。中でもピカソとクレーのコレクションは高い評価を受けているらしい。美術館が改修されるために日本で展覧会を開催することができたそうである。その展覧会を見に行く機会があり、ピカソ・クレー・マティス・マグリット・エルンストなどの作家の絵画をじっくり見ることができたのだ。

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「パフォーマンスに及ぼす感情の影響」   投稿日:2008年11月16日(日) 間島 大心(岡崎共立病院)
先日、とあるテレビ番組で「アスリートの脳」について採り上げられていた。

それによると、我々の脳には運動をより効率よく実行するために「高速道路」なるものが作られるとのことであった。そしてこの「高速道路」を使用しているときというのは、脳が活性化した状態にあるとのことであった。この「高速道路」というシステムは、一般の人も有しておりアスリートとなんらかわりがない。では、一般の人とアスリートは何が違うのか? それは、一般の人は努力して苦労して試行錯誤して「高速道路」を使用するに至る。しかし、アスリートはいつでも「高速道路」を使うことができる。言い換えると、自分が望むときにいつでも脳を活性化することが可能で、それにより質の高いパフォーマンスを実現できる(もちろんこのようになるまでの絶え間ない努力や試行錯誤、苦労があったことは言うまでもない)。・・・と、こんな内容だったと思う(違っていたらごめんなさい)。

さて、いかがでしょうかこの「高速道路」といわれているシステム。なんだか似ていませんか? 我々が学んでいる「認知運動療法」において、もっともよく耳にする「認知過程」に。多少、説明を加えなければならない箇所もあるような気がしますが、このような形で「頑張ればできる」といったような根性論から、認知理論が一般論に取って代われると良いと思う。

少し話がそれましたが、上記の「高速道路」についての続きを話します。この「高速道路」はある情報に対して非常に弱く、その情報が入ってくるとすぐに「高速道路」は閉鎖されてしまう。それにより運動の制御はいわゆる「下道」を使用することとなり、パフォーマンスの低下やエラーを引き起こす。そして、その情報というのが「負の感情」だという。例えば、ハンマー投げの選手が自分自身で最高の投てきができ、記録も期待できると感じていたとする。しかし、結果は自らの予想をはるかに下回り、「自分が最高だと思った投てきで、こんなにひどい結果ではこれ以上の記録は望めない」と、思った瞬間に「高速道路」は閉鎖され、「下道」を使用することとなる。それにより、必死に投げても集中力を欠いたような状態で急激なパフォーマンスの低下をきたす。・・・と、言ったように、以前の雑感において「脳は“感情”と“情報”の二つを解析する」との茂木健一郎氏の脳機能に関する考えを引用したが、それともつながるように脳が制御する運動の発現に“感情”は実に大きな影響を与える。

そうなると、気になるのが自身の臨床である。患者にプレッシャー与えているばかりで「負の感情」の往来で、回復するわけもない。・・・・反省する限りである。


「リハビリも変わらなきゃ!」   投稿日:2008年11月09日(日) 林 節也(岡崎共立病院)
先日、岡崎コンファレンスセンターと山手キャンパスにてせいりけん一般公開が行われた。せいりけんとは、3年に1度開催されているもので、「ヒトのからだと脳の働きを大学と共同で研究し、若手生理科学研究者の育成をしている研究機関」であり、普段研究されている内容を一般向けに公表しているようなものである。僕は、岡崎に住んでいるということや職場が近いということから、午前中は仕事だったが、午後からの参加となった。値段が無料ということもあり、とても混雑し大盛況であった。中でも、研究員たちの日頃研究しているテーマをポスター形式で発表するブースでは驚愕を覚えた。恥ずかしながら、わけもわからないような事や言葉も飛び交っていましたが、基本的には脳科学の分野であったため、温度覚や触覚といった知覚の分野や脳細胞をみるといった電子顕微鏡を使ったナノ単位の世界・マウスや霊長類を使った研究発表などもありました。色々な発表があるなか、僕は錯視の辺りが十分楽しめました。同じ色として知覚しているはずなのに、周囲の環境によって異なる色と認識してしまったり、動いていないはずなのに動いていると認識してしまったりと、脳は簡単に騙されやすいものだと再確認しました。

このように、最新の脳科学に直接触れることが出来たなか、ふと「今のリハビリテーションはこれでいいのか?」と思いました。脳科学がどんどん進化している中、僕たちリハビリテーション専門家は未だ昔と変わっていない事を患者様に提供しているのではないか?また、研究者たちが必死になって解明しつつある脳科学の現状を直接患者様に関わっている僕たちが検証作業を行えていない現実があるように思える。

今から3年前に第6回日本認知運動療法研究会学術集会が高知県で行われた。その中の一つのイベントでもあったシンポジウムで、僕は始めて30年前のリハビリテーションの映像を見させていただいた。当時、僕はショックを受けました。30年前から、歩行訓練や階段昇降訓練、上肢ではサンディングやペグなどの訓練が行われていた。これは、現在でも行われている訓練であった。現在、どんどん脳研究が進んでいる中、リハビリテーションは何も変わっていない。研究部門では新たに解ってきた事が多い中、僕たちリハビリテーション部門が古い事をやり続ける事は問題である。僕たちは目の前の患者様に直接関わる仕事をしている。研究者達が業績を挙げている中、僕たちが考えていかなければいけないことは何だろうか?責任をもって現状にぶち当たっていこうと思う。


「空気」   投稿日:2008年11月02日(日) 鈴木 智善(国府病院)
夏が過ぎ、今年は秋らしい秋を感じないままに、いつの間にかもう11月。空気は幾分か乾燥しているし、最近はめっきり寒くなったなと感じながら過ごす日が増えました。

日常生活で季節の変化を実感する経験としては、木の葉の色やファッションの変化など、視覚的に見えるものもありますし、気温や湿度や日光の明るさの変化など、肌で感じる空気みたいに視覚的には見えないものもあります。そういえば、空気といえば一般的には大気を指す言葉ですが、人と人の間にある空間の質も、「場の空気」という言葉で表現し、見えないものとして扱われています。誰しも身の回りを見渡せばどこにでも、一人や二人は場の空気を読めない人はいると思います。

場の空気は、空気の見えにくい、つまりは意識しにくいという要素をよりどころに存在する言葉ではないかと個人的には考えますが、「空気よめよ〜。」とか「あいつは空気を読めないなぁ。」などはなかなか便利な言葉で、ついつい多用してしまいます。多用してしまいますが少々引っかかる違和感を覚える言葉でもあります。そもそも場の空気は見えないことが前提で使われる言葉なのですが、その反面、見える人、つまり、空気の読める人の存在も前提にして使われているわけです。

ウェブサイトの「wikipedia」によると、場の空気を読むということは、他人の表情や言動の中から、自分の行動への評価に相当する情報を見つけ出すことだそうです。これは、社会への親和性という面から見れば、周囲の状況を意識することと言え、場の空気を読むことに長ける人は集団への親和性が高くなり、逆に場の空気を読めない人は集団内の人々からの評価が低くなる傾向が見られるようです。また、場の空気を読む能力は性格的なものではなく、状況の把握・対象の確認・行為の選択・行為のタイミング、の4つの要素に大分できる、コミュニケーション上の学習可能な技能であって、暗黙知であるとも扱われています。

僕が空気に感じる違和感はこの、場の空気を読む能力要素です。空気を読める人は状況を把握して対応できるわけですから、それぞれの状況ごとの差異を意識化して経験から判断して行動できていることになります。状況に対して適切に行為できているということは、認知過程は正常に機能しているので、行為の理由としての文脈は言語化でき、環境はもはや空気と呼ばれるほどの不可視ではなくなります。つまり空気が読める人は、空気などという曖昧な表現を用いなくても、文脈を読むという的確な言葉で事足りてしまうというわけです。ではどのような人が空気を読むという言葉を用いるのでしょうか?おそらく、状況を不可視な人が文脈を言語化できずに空気という言葉を用いるのではないかと思います。

この悲しい現実は、「空気読めよ〜。」と第三者に促している僕やあなたこそが、「空気読めよ〜。」と言われるべき対象だったというわけです。


「ある夜の雑感」   投稿日:2008年10月26日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)
我が家の土曜の夜の過ごし方は決まっている。妻のバレーの練習に家族全員で参加することだ。参加といっても僕と娘は開いている隣のコートで,追掛けっこをしたり,フラフープやユニバーサルホッケー(通常のホッケーに似ているが接触プレーが禁じられており男性の中に女性や子供が混じったりしても安全に誰でも楽しめるスポーツとして考案された。ちなみに僕の住んでいる幸田町では盛んに行なわれており,全国でもレベルの高い地域みたいだ)の道具で遊ぶだけなのだが,バレーボールを使ってキャッチボールをしている時の事だ。ワンバウンドしたボールを取ったり取れなかったりを繰り返していたのだが,ふとある事に気がついた。ボールをうまくキャッチできたときに目を閉じていたのだ。もちろん目を開いてキャッチすることもあるし,目を閉じて失敗する事もある。あるいは、目を開いて失敗する事だってあった。そこで一つ疑問がわいた。なぜ,娘は目を閉じたままでボールをキャッチすることができたのか?果たしてこれは偶然なのか?たまたま手を出したところにボールが飛んできただけなのだろうか?

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「くも?」   投稿日:2008年10月19日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
空を見上げると存在する、雲。雲は、いろいろな形をしています。名前にもあるように、ひつじ雲、または、形を見て、「魚みたい」とか、いろいろなことを話したり聞いたりしたことがあるように思い ます。

でも雲って何?と考えると、「白くて、空にあっていろんな形をしているけどつかめないもの」と出てきます。

雲が山にかかっているときは、園山の中にいるときは霧が出ている?そしたら、もちろん現象としては、同じことが起こっているのに違うものとして捉えています。それは誰といったら、私なのでしょ う。私が、何を見ているかによって、それを捉えているのでしょう。「魚みたい」と喩えたりすることも、私の視点が入っているのでしょう。

学校に通っていたときに、朝、霧が出ることがあり、電車が徐行していたように覚えています。この霧の中にいると、先の見えない不安のようなものも感じます。しかし電車に乗っているうちに、霧は晴れ、何事もなかったように到着していました。

遅刻してしまわないかという不安と、事故にあわなければいいなという部分があったのでしょう。これは私が捉えていたことで、同じ電車に乗っていた方は別の考え方をしている人も見えたのでしょう。これは私が知らないだけで、あったことです。

雲を白いものとして考えていますけど、夕日に照らされている雲は、夕焼け空のように、照らされて赤く染まっている雲もあります。雲が、灰色になり、黒っぽくなっているときは、雨が降るのだろうと感じています。色の違いがあったとしても、雲として考えています。これも、私の今までの中で教 えてもらったこと、感じてきたことを、私の中で、捉えているのでしょう。

同じものを二つの捉え方をするときもあれば、一つの言葉でもいろいろに捉えることができる。他の人の話を聞くときに捉え方が変わってしまうこともあるのかもしれないとつくづく感じてしまいます 。私の言葉に言い変えて表現したとしても「ちょっと違うよ」と話されたりされることもあります。でもこれは「違うよ」といってくれるから、「そうだよ」といってくれたときの信憑性があるのでしょう。遠慮されて「そうだよ」のみしか、話してくれない方は、その人の言葉を少し待つ必要があるように感 じています。


「心の理論」   投稿日:2008年10月12日(日) 尾崎 正典(尾張温泉リハビリかにえ病院)
我が家の周囲には、色々な季節の訪問者が現れている、夏には「かえる」、「バッタ」、「かめ」「へび」「かたつむり」「ザリガニ」「かぶとむし」「どじょう」、秋には「とんぼ」「コオロギ」など、何となく田舎なのが理解できると思う。私には2人の娘がいるが、訪問者が現れると彼女たちを呼んだり、呼ばれたりする、訪問者たちを観察し、時には、「つんつん」という行為をしている。そんな時ふと感じた、私は訪問者を観ながら、彼女たちの反応を訪問者を通じて観ている、また、彼女たちは、訪問者を観ながら「つんつん」して私がどのような反応をするのかを観ていた、これは「共同注意では?」とふと思った。

彼女たちは、初めは訪問者に夢中であるが、「つんつん」という行為をしはじめ、私が何らかのリアクションをおこすと「つんつん」しながら私の反応を観て楽しむ。

彼女たちの関係性の中で一つの道具を用いた遊びが多いが「共同注意」の連続性をふと感じた。思い起こせば、私の子供の頃は(まだ30代ですが)一つの遊び道具を使って友だち(二人の時、多人数の時)と遊ぶ機会が多々あった、いや、そんな道具しかほとんどなかった。しかし、現在は行楽地に行っても、運動会に行っても、子供たちは一人黙々と「ゲーム対自分」の世界で遊んでいる場面に遭遇する。時には、友だちと集団をつくり、友だちと一緒に遊んでいるとは観れるが「ゲーム対自分」の世界での集団である。色々な考えや思いはあるかもしれないが、「行楽地まで来てゲームなんかしないで、家族との時間をもっと大切にしてほしいな」と思ってしまうのは私だけであろうか?ほんの一場面だけしか見ないで言ってしまうのは良くないが「携帯電話」「ゲーム機器」など一対一の関係性のものが多くなってきており、「家電」ではなく「個電」になりつつあるように思う今日この頃である。

私たちは、一つの共通する対象を通じ、「私と他者」との間で色々な会話をし、他者の意図や目的、思考、知識、推測などを理解できるようになり、他者とのふれあいの中でコミュニケーション能力、言語を発達させ、学習し、他者の「心」を読むことができるようになってきた。現在の社会環境の中で、「個」というものが多くなり他者の「心を読む」「心の成長」というものが希薄になりつつあるように感じている。
 
リハビリテーションの治療が学習として成立するためには「認知問題―知覚仮説―解答」という状況をつくりだす必要性がある。そのためには患者様とセラピストの間に学習の対象として体験できるもの、体験を通じて認識できるものを介在させる必要性がある。共通の認識の対象物を通じて学習が成立していく。そして、患者様との治療の中でお互いの「心」に触れ合うことができる。
 
自然と子供との関係性の中で、知らないうちに「共同注意」をしていた自分に気がついた。我が家の周囲の訪問者たちは季節により様々だが、子供たちと私との間で、色々なことを学習させてくれていたんだなと、ふと思うのであった。子供たちとの「心のふれあい」のきっかけをつくってくれる季節の中の訪問者に感謝をしなくては。そして、四季のある日本の自然に。


「好きこそ物の上手なれ」   投稿日:2008年10月05日(日) 井内 勲(岡崎共立病院)
ある日、外来患者の訓練中、ふといつもとBGMが違うことに気がついた。当然、訓練最中の出来事であり、また常より音量も大きく流していなかった為、最初は一瞬の聴覚刺激にすぎず、自分の情報性としてあまり重要視されなかった。

しかし、「なんだ!?この曲調は…もしかしてこのコブシの効いた感じは…」という事から傾聴し、いつものポップスとは違う演歌と認識した。ある患者が持ってきて流したようだ。さっきも述べたように音量はいつも気になるかならないか程度の小さめだったことと、今までポップスの中で曲が変わった事はあったが、演歌がリハビリ室で流れたのは初めてだった(恐らく…)ので、まさかという感じで周りにいるスタッフも気付いていないようだった。

よって、その時に自分が対応していた患者に「今日っていつもと曲が違いますよ。」と得意げに、きっと気がついていないだろうと思いながら話した。すると「そうね。今の流れている曲は誰が歌っているかさっきから気になっているのよ?」とのこと。どうやらこの患者はリハビリ室に入ってすぐにいつもと違う、演歌が流れていることに気が付いていたらしい。僕はその患者に、自分は今気が付いた事を伝えると、「そんな、遅すぎるよ!先生だけじゃないの、みんな分かっているよ!!」と逆にびっくりされた。

この患者はかなりのカラオケ好き、それも演歌好きで、週に2回程度はカラオケ喫茶で3時間以上を費やし、また年に何度かプロ演歌歌手が地方営業で回ってくる、結構な数の観客がいるカラオケ大会にも公募し出場しており、お墨付きの演歌好きであった。まさにカクテルパーティー効果である。確認のため、周囲にいるスタッフ数名にBGMの違いに気が付いたかを聞いたところ、やはりまったく気付いていなかった。きっと自分がわりに早い段階で気がついたのも、おそらく、調度そのとき対応していたこの患者がいつもカラオケ喫茶の話、演歌の歌い方の話をするためだったのではと思われる。

この患者はリハビリ室の小さい音量のBGMから演歌独特のコブシの効いた曲調を感じ、さらに特徴を探し、誰の曲かを判断する為の情報性を探索していたのである。残念ながら、自分の訓練にはまったく注意は向いていなかったようである…

今回ここで自分が強く感じたことは、自分の訓練の内容のいたらなさ以上に、「情動」についてである。同じ時間に同じ場所、同じ状況で、同じ条件の刺激を、人によっては情報として認識する時の「情動」の影響についてであった。

BGMという聴覚からの求心性刺激をリハビリ室にいた多くの人には感覚として上行してはいたが情報とはならなかった、がその患者のように、同じ求心性刺激を日常的に演歌が「好き」とういう感情と、また人より上手くなりたいと差異としての情報を探求している者にとっては、すぐに意味を生成してくる。一人称の「情動」が注意を選択的に喚起し、記憶から必要な情報を判断し意識化にしてくれるものとして大切であることを再認させてくれた。

言うまでもなく、我々はいつも患者に一人称記述を言語として要求する、また「好き、嫌い」「気持ちがいい」など情動も問うことが多い。しかしなかなか上手く聞き出せない、その理由として自分の中でなんとなく情動は重要であるとは知ってはいたが、実感がわかなかったからである。まだ知らなければいけないことが多いテーマだが、今回の経験をきっかけにもう少し情動を上手く聞きだし患者の認知過程の円滑さに活かしたいと感じた。

今回を通じて、自分にとって演歌に対する見方が変化したかというと…その日、リハビリ室のBGMがいつ変わったか全く記憶にない…当然か…


「As long as ever we can」   投稿日:2008年09月28日(日) 荻野 敏(国府病院)
「SB」が終了しました。「SB」と言っても知らない人はまったくピンとこないでしょう。今年当院に就職したセラピストのイニシャルSとBASICのBを足して(略して)「SB」なのです。さて、ではその「SB」の目的とはいったい何だと思われますか?

認知運動療法の基礎的な知見をBASIC、更なる探求をADVANCE、自らが研究を行いかつ後進の育成を目指すのがMASTERであるとします。そうするとMASTERはBASICを教えるという構図ができあがります。今回の「SB」の目的とするところはそこでした。当院就職のセラピスト1名と以前当院に実習に来ていた近隣の病院のセラピスト2名という対象者3名に対して、約30分の講義45コマを当院の認知運動療法士5名で解説するというのが「SB」の根幹です。もちろん、数週間で終わるなどというなまやさしいものではなく、修了までには4ヶ月もの歳月が必要でした。

さて、肝心の「SB」の内容はというと、人間の基礎的な知見から観察・評価・訓練まで相当幅広く網羅しました。ちなみに、5人で行うので一人当たり9コマが担当であり、かつその順番は5回ずつきっかりと回ってきます。ぼくの担当した講義のタイトルを9コマ紹介すると、
第01回:「リハビリテーション理論」
第06回:「ポパーの認識論と運動療法」
第11回:「脳は身体と環境との相互作用に意味を与える」
第16回:「空間作業と運動療法」
第21回:「運動単位の動員異常」
第26回:「整形外科疾患に対する認知運動療法」
第31回:「一人称・二人称・三人称」
第36回:「訓練器具A2-4」
第41回:「どのようにイメージ・注意・言語化・学習するか?」
以上です。
これだけ見ても幅広いことがお分かりになると思います。もちろん、ぼくの講義タイトルだけの抜粋なのでどうしても飛び飛びの印象ですが、連続して45コマあることをご想像ください。

今回の「SB」は対象者だけでなく、我々講義する側も相当にプラスになりました。「The learning pyramid」(学習のピラミッド)でも、講義で聞いただけでは5%しか残らないが、教えることで90%学習を保留することができるとあります。また、言語化して人に伝えるためには自分が「知覚」し「注意」してそれを「記憶」し必要かどうか「判断」して「言語化」しなければいけません。講義は認知過程で成り立っているのです。言語化にいたるまでには相当な量の情報の収集と棄却と整理が必要になります。今回我々認知運動療法士はその経験をすることができたと考えています。もちろんぼくも勉強になりましたが、同僚のセラピストは自ら能動的に仕事が終了した後も講義の準備を行っていました。そんな彼らの後姿を見ながら、頼もしく思えたものです。

認知運動療法は難しい。でも認知運動療法に限らず、難しいからやらない(つまり治療しない)なんてのは不条理以外のなにものでもなく、そんなことは許されるはずがない。想像してください。「私はまだ勉強途中だから、あなた(患者)の治療はもう少し勉強した後でするね」なんて言えますか? 患者や患者の家族はそんな悠長なことを言われたくないし、とにかく治療して欲しいと思うはず。患者や家族には時間がないんです。セラピストのリハビリテーションの仕事は定年まで続けられるけど、我々に合わせていてはいけない。

目の前の患者に、今できる自分の最善・最良・最新の治療を行う。これができないと基本的には給料をもらう資格はないと思います。厳しいですかね? でも最善・最良・最新の治療をしていなくても患者のリハビリテーションをして保険点数を取って給料をもらうというのは社会的に許されるのでしょうか? 忘れてはならないのは「我々は患者や患者の家族の不幸の上に成り立っている仕事である」という認識です。もう少し勉強してからなんていうのは、体のいい言い訳だと思います。とにかく全力で考察し自分が何ができるのかを問い続けること、治療の経験を積み重ねていくこと、思考を重ねること、思考を絶やさずに常に自分を改変していくことを忘れずに毎日を過ごすことで、認知運動療法の治療のヒントになることがふっと頭に浮かぶようになってくると考えています。ぼくもまだまだ甘いです。はやくそうなりたいと願いながら、日々起こる出来事を認知運動療法に結びつけながら、毎日を生活しています。

そんなことを考えながら、相当昔に養成校に勤務していた頃に書いたエッセイのネタを思い出しました。イギリスのジョン・ウェズリーという神学者が書いた名文です。

Do all the good you can,   (君ができるすべての善を行え、)
By all the means you can,  (君ができるすべての手段で、)
In all the ways you can,   (君ができるすべての方法で、)
In all the places you can, (君ができるすべての場所で、)
At all the times you can,  (君ができるすべての時に、)
To all the people you can, (君ができるすべての人に、)
As long as ever you can.  (君ができる限り。)


「SB」は修了しましたが、今度は対象者3名のセラピストが、それぞれ我々認知運動療法士の前で45分間のプレゼンテーションをすることになっています。そのプレゼンテーションでさらに理解を深めて欲しいと願っています。日本のリハビリテーションの中に生きるほんのわずかな数のセラピストかもしれませんが、それでもそれが進歩だと信じています。彼らも勉強に臨床に大変かもしれません。でもそんな時にこそ一歩前に進んでいきましょう。As long as ever we can(私たちができる限り)。


「認知運動療法の可能性」   投稿日:2008年09月23日(火) 間島 大心(岡崎共立病院)
つい先程、日本認知運動療法研究会主催の認知運動療法講習会ベーシック・コース(愛知)が無事終了し帰宅した。今回、私はスタッフとして参加させていただいた。そのコース初日終了後に行なわれた懇親会にて、ある講師の先生より認知運動療法を通しての貴重で興味深いお話が聞けたので、そのお話を元に少し考えを巡らせた。

まずは、その講師の先生のお話(お酒が入っていたのでうる覚えですが…)。

11才頃に脳梗塞を発症した20才ぐらいの症例を担当したという。その症例は、その講師の先生のところに来るまで認知運動療法の経験はなかった(おそらくその他のリハビリテーションは受けてきたものと思われます)。症例の麻痺側手は、健側手とは明らかに異なる小さな手であったという。それはまるで発症当時のまま成長が止まってしまい、幼い頃の小さな手のままであるかのような・・・・。しかし、その講師の先生の元、認知運動療法が進むにつれ、その手は大きく成長し始め、年相応の手になった(期間は不明)という。
以上のような内容だった。

とても衝撃を受けた。認知運動療法を進めていくことで情報をより受け取りやすくするために、受容表面である身体が変化するということは本で見たり、実際の治療場面で経験すことはあった。しかし、その変化が止まっていた成長を促進するまでにいたるものであるとは認識していなかった。改めて認知運動療法の凄さに驚くと同時にもう一つの可能性を感じる。

以前、やはり認知運動療法講習会で、その時の講師の先生のお話(講義)に、変形性膝関節症などに見られる骨棘においても認知運動療法を進めていくと、骨棘の吸収が起こったという結果、若しくは起こるであろうという仮説を聞いた覚えがある(2・3年以上は前なのでこれもうる覚え・・・)。これは、骨に対する圧の偏りがあり、その圧を少しでも分散させるために骨棘が形成されると考え、認知運動療法により骨への圧の偏りをなくすような正常な運動を学習させる過程で骨棘が骨代謝により次第に吸収されていくと、いったような考え方であったと思う。

この骨棘を運動療法で改善できるということは、ノーベル賞もの(?)だと言われているようで、「止まった成長を促進させた」という事例はそれを後押しするものであるように思える。

最後に少し話が外れますが、今回でスタッフも含め6回目のベーシックになりますが、いまだに勉強になる内容が多いです。特に“飲ミニケーション”いいですね。“裏学会”だとか“裏ベーシック”とはよく言ったものです。


「視覚障害者」   投稿日:2008年09月14日(日) 林 節也(岡崎共立病院)
最近、街中で白杖を周囲に当てながら歩いている人を見た。盲目の方だ。実は僕の知っている人も失明の方がいて、その人も白杖を付いている。その人は、明暗は認識できるのだが物体を認識することが出来きない。そのため、白杖を壁やちょっとした段差などにあて、物体と自己の身体との位置関係を認識し日常生活を送っている。

僕の知っている人は、白杖で移動する他に、盲導犬や他者の肩に手を掛けて移動する方法がある。そのため、僕は「3つの移動方法の中でどの方法が一番歩きやすいか?」を聞いたことがある。すると、肩に手を掛けたときが人の微妙な動きが伝わり安心だから他者の肩が一番分かりやすかったと答えた。

我々は、段差や障害物があると歩幅や歩行スピードを減速させ、障害物を回避しようとする。盲目の人は視覚からの知覚情報を入手することが出来ないため、白杖や他者の肩に手を掛け、手の触覚情報から環境を的確に捉えようとしている。僕は、何度か肩を貸して一緒に歩いたときがある。その時も僕のちょっとした歩幅や歩行スピードの変化を、肩から知覚し状況の変化を捉え、自己の運動をコントロールしていた。盲目の人にとって、白杖や他者の肩は目の代わりと言われている。白杖や肩から物体の大きさや硬さを知覚しそれが何なのかを認識している。

視覚が遮断されていることにより、他の感覚モダリティー(聴覚・嗅覚・触覚など)が優位に働く。よって、視覚の代償として触覚や聴覚から情報を入手し生活を送っている。

我々が日々行っている認知運動療法も、視覚情報を遮断して閉眼で訓練を行う。視覚情報を遮断し、他の感覚モダリティーを優位に働かせるということは、全身で生活空間を知覚することが出来る受容表面となり、コントロール出来るようになるのではないだろうか?


「SVの悩み」   投稿日:2008年09月07日(日) 鈴木 智善(国府病院)
今年度もまた臨床実習指導者(以下:SV)として、数名の理学療法士養成校の臨床実習生(以下:実習生)を指導するという貴重な経験をさせて頂くことができた。

SVとして実習生の指導をするにあたっては、これは正にセラピストが患者さんに向ける視線と等しいのではないかと、常々考えさせられ頭を悩ませている。患者さんは外部・内部の環境をどのような視点で観察・評価し、解釈し、意味のある関係を構築し、運動を学習しているのか?実習生は患者さんの外部・内部をどのような視点で観察・評価し、解釈し、情報に意味を持たせ、患者さんに学習させているのか?そして同じくしてSVは実習生の外部・内部をどのような視点で観察・評価し、解釈し、セラピストのいろはを学習させているのか?

SVとしての僕の指導は、実習生に答えを与えることなく答えの導き方を学習させることが出来ているのだろうか?実習生にとって科学と成り得ているのだろうか?実習生に随意的な治療プログラムの展開を獲得させられたのだろうか?指導の名称を拝借しただけの自慰行為に成り下がってはいないだろうか?

もし僕の担当した実習生がこの文章を読んでいるのなら、どうかここから先は読まないで欲しい。実習生としてSVである僕の指導に不満や不安を感じているのなら、僕の指導に欠点を見出しているのなら、その感情は僕の担当患者さんがセラピストとしての僕に向けている感情と等しいと考える。恥ずかしくて消え入りそうだ。もしこの文章を読んでしまったなら、その感情をどうか僕自身に告げて欲しい。SVとして、セラピストとして、一人間として、潔く成長の糧と受け入れたい。贋作者の糧と貪りたい。

全ての実習生に対して手前勝手に叫びたい!これは全てのSVが胸に秘めている悩みだと。


「2週間ほど前になるが」   投稿日:2008年08月31日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)
2週間ほど前になるが,お盆休みを利用して僕の実家の大分に家族3人で帰省した。いつもは飛行機を利用するのだが今回は予約を忘れたため陸路にした。名古屋から小倉まで新幹線を利用し,小倉で日豊本線に乗り換え,別府で乗り継ぎ佐伯駅へ。さらにそこから車で1時間弱。合計7時間弱の移動だ。正直、飛行機なら海外に余裕でいける。遠いなと思いながらも,電車の車窓から見える景色の変化に近づいてくる郷里を感じた。正月に帰省して以来なので7ヶ月ぶりの実家だ。僕の実家は特になにか変わるわけでもなくのんびりとした時間が過ぎていく漁師町だ。ヤフーで『西野浦賛歌』と入力して検索していただければ僕の親戚が作ってるHPが閲覧できるので興味のある方はぜひどうぞ。

閑話休題。特に何か変わるわけではないと書いたが娘には大きな変化があった。今年のお盆は僕の両親,長男家族(僕のことだが)3人,弟夫婦2人,妹夫婦2人の合計9人で過ごすことができた。この間2歳になる娘がどんどん成長していくのを感じた。いつもと違う環境で過ごすことで成長したのだろうが,もちろん身体的特徴が変化するわけではないし,運動能力が変化したわけでもない。心が変化したのだ。心というとあまりにも漠然としているが,その定義はよくわからないし,娘の変化を適切に表現する言葉が見つからないのであえて心と書かせていただいた。ここでいう心とは他者との関わり方や,話し方,自己の表現,などだ。どこがどう変化したか具体的に説明を求められると困るのだが,そう感じるのだ。なぜ,そう感じるのか?それは,娘と接している時に違和感を感じるからだ。どんな違和感かと言われてもこれもまた言葉にうまく表すことができない。この違和感は僕自身の持っている娘の情報と実際に娘から得られる情報に違い,つまり『差異』が生じているからだろう。この差異は僕自身に生じている。そして僕はこの差異を基に娘との接し方を変化させる。次に娘は父親である僕の接し方に差異を感じ,自らを成長させる。さらに,この成長を感じ僕が変化していく。これが延々と続くことで人は成長していく。つまり,互いの差異が互いを成長させるのではないだろうか。認知運動療法では患者に差異を求めることがある。しかし,認知運動療法は他者とのやりとりの中で行われる。となれば,患者側の差異のみに目を向けるのではなく,自分自身の差異にも目を向ける必要があるのではないだろうか。また,今回の帰省で変化を感じたのは娘だけではない。それは,娘の祖父。つまり,僕の父親だ。父はどうも娘との接し方が下手でなかなか抱っこをすることもできなかった。近所の子供や,親戚の赤ちゃんには好かれるのに,自分の孫となると勝手が違うらしい。そんな父の姿を見て,僕ら家族は父や娘に色々と発破を掛けたり,わざと二人きりにしたりと作戦を練った。そうしていくと自然と2人の距離が縮まっていった。川遊びに家族みんなで出かけたときなど父親である僕より,娘は祖父と遊んでいたくらいだ。二人の距離を縮めたのは二人だけの力だけではなく,きっとその場にいた家族みんなの力だと思う。先に環境が違うから成長したと書いたが,この環境とは単に田舎だからとか,大家族での生活とか物質的な物だけではなく,他者との関わり方だ。

人を成長させるのは人である。それは一対一で行なわれるのではなく,多くの人々とのやりとりで成長していく。それも自分だけが成長するだけではなく自分も含めた多くの人々が成長する。だからこそ,共に歩んでいく仲間が必要なのだ。勉強会などで自分が成長すれば患者さんにも変化がでてくる。いつもうまくいくとは限らないが,自分の成長がなければ患者さんの回復は無い。9月6日に第1回認知運動療法フォーラムが開催される。このフォーラムはさまざまなテーマで認知運動療法について対談形式で展開される。ここでも多くの出会いが生まれるであろう。この出会いが自らを成長させ,他者を成長させ,そして認知運動療法を成長させていく事だろう。今から楽しみである。


「ことのは」   投稿日:2008年08月24日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
ふと見ていた、東海テレビ(フジテレビ)の全国一斉!日本人テストという番組の中で、六根清浄が語源となった現在使われている言葉は?という問題の中で回答が「どっこいしょ」として紹介されていました。

六根清浄は仏教用語で六根(感覚や意識をつかさどる六つの器官とその能力。すなわち眼根(げんこん)・耳根(にこん)・鼻根・舌根・身根・意根の総称。六つの根)から生じる迷いを断って、清らかな身になること。また、霊山に登るときや寒参りなどの際に、六根の不浄を清めるために唱える語です。

これを聞いて感覚や意識の混在しているのを整理するものとして使われていた言葉なのかと感じました。年寄りくさいといわれ、敬遠されている言葉がこんな意味であるとすると少し使い方を変えてしまいそうな気もします。今ではこの意味でどっこいしょを使っているわけではないけど言葉って面白いなぁと感じてしまいます。

でも、知らない怖さも感じます。言葉の意味は、伝える側と、受け取る側がそろって伝わるもので、知らなければ言葉として伝わっていないことになってしまうのか?と。言葉には同じ発音でも意味の異なる言葉もあり、その意味を感じ取ることが必要になっていると思います。ただその情報をただ集めるだけになってしまうと迷いが生じることもあると思います。

私は患者さんにも、聞いたり、患者の様子を見たりいろいろなことを感じて、いろんな情報を手に入れます。でも情報が多すぎると時として、本当に患者さんが言いたいこと、感じていることが見失われることあります。私の整理が足りていないのでしょうが、突き止めても、突き止めても見えてこなくなったとき、「六根清浄」といってみて、一度無にして整理していくことも必要なのかもと、感じています。


「世界でただ一人の君へ」   投稿日:2008年08月17日(日) 尾崎 正典(尾張温泉リハビリかにえ病院)
運営委員の雑感の原稿を書いている中、北京オリンピックの結果が何度も何度も報道されていた、「北島康介100メートル平泳ぎ 金メダル オリンピック2連覇」という言葉がなぜか耳から離れない。そんな中、前大会のアテネオリンピック以前つまり、4年ほど前に北島康介選手のコーチである平井伯昌氏の書いた「世界でただ一人の君へ」という本を読んだことを思い出し、本棚の奥から探し出し再度読んでいる自分がいた。4年ほど前、認知運動療法を学習している中で「言語化」について色々な書籍を読み「言語化」について、学んでいた時期であった。この本の中で平井氏の「言語化」に対する重要性を読み取り、自分の臨床の中で、いかに「言語化」することが大切なのかを学んだことを思い出す。

この本の第三章「人を教えるということ」の中で「自分の泳ぎを言語化させる」と平井氏は述べている。以下に一部抜粋してみる。

水泳とはある意味、教えるのがむずかしいスポーツである。選手は泳いでいる自分の姿を見ることができず、自分の泳ぎを感覚でしか判断することができない。選手が用いる言葉とは次のようなものが一般的だ。「今日は水にノッテいけた気がします」「なんだか今日は水が重くて・・・・」普通の人にはうまく伝わらないかもしれない。しかし、選手というのは感覚を大切にするようになるものなのだ。いつも同じプールで泳いでいても、肌で感じる水は日よって感覚が違う。この感覚の違いが分かる「感覚」こそ、大切にする必要がある。それは選手それぞれの「感性」を表しているからだ。どんな言葉を使って説明してくるか、それは選手の個性である。だから練習や試合の後、まず、自分の泳ぎを総括させるのは大切なことである。選手にしてみれば、水泳というものは、自分の感覚と泳いだ後のタイムでしか泳ぎの「質」を判断できない。ただし、プールサイドで見ているコーチの目からは、泳ぎのテクニック、ストロークやキックの巧拙が分かる。これを言葉に置き換えるときが、コーチの能力が問われる部分である。このとき、選手に理解してもらい、修正できるようにするには言葉を選ぶ必要がでてくる。別にむずかしいことではない。選手が納得して、自分がいい部分と悪い部分に気づくようにするだけだ。観察する。気づく。選手に話す。これがコーチングの現場の基本である。しかし、気づく→選手に話すという段階で、自分の意見をまくしたててしまうと、選手はずっと受け身になってしまい、自分で考える時間がなくなってしまう。そうなると選手は「ロボット」だ。そこで考えたプロセスが次のようなものだ。観察する→気づく→選手に考える時間を与える→まず選手の話を聞く→そして選手に話す自分の泳ぎを反省し、言語化してくるので、自分がアドバイスするときのヒントをつかむこともできる。

4年前、この文章を読んだ時、リハビリテーションの世界でも同じことが言えると感じた。平井氏の文章の中には、認知運動療法を学習していく上でのキーワードがたくさん含まれていることに気がついた。「言語化」「一人称表現」「外部観察」「内部観察」「気づき」「思考」「話を聞く」「内言語」「外言語」「差異」など、水泳の世界でも同じことが行われていることに、自分の中で正直驚きを感じた。この一冊の本は当時、私の中で自分の臨床と重ね合わせ、患者様の治療に対する考え方を学ばせて頂いた本であった。そして、この本を読んでしばらくして、2004・アテネオリンピックにおいて北島康介選手は平泳ぎでゴールドメダリストになった。しかも、100・200メートルの二冠であった。ある意味、平井氏の指導方法は2人の間では、間違っていないことの証明の大会であったことを思い出す。そして、4年後・・・北京大会にて100メートル二連覇を達成した北島康介選手がメディアの中にいた。素晴らしい、感動した。そして、平井伯昌氏の思考に改めてすごさを感じた、そして認知神経リハビリテーションの理論にも。また、何を思ったか「運営委員の雑感」を差し替えている自分がそこにいた。

宮本省三先生の著書である「脳のなかの身体」の中で、ペルフェッティ先生からは「何を見ても患者の治療に結びつけるように思考せよ」と教えられた。ある脳科学の研究論文を読んだら、それをどのようにしたら治療に生かせるかを考える。哲学書、たとえば、サルトルやメルロ=ポンティの本を読んだら、それをどのように治療に生かせるかを考える。スーパーマーケットや子どもの玩具屋に入ったら、その商品や遊び道具をどのように治療に生かせるかを考える。ある絵画を見たら、その絵画が描かれた仕組みをどのように治療に生かせるかを考える。ある人間関係の現象を見たら、それをどのように治療に生かせるかを考える。つまり、自分自身が生きて経験していることすべてに、患者の治療に生かせるヒントがあると考えよということである。と述べている。

北島選手と平井氏から学んだことは、ペルフェッティ先生の言われることに通じる。私も常に「何を見ても患者の治療に結びつけるように思考せよ」を忘れてはいけないと。オリンピック開催の時期、痛切に感じる。

平井伯昌著:「世界でただ一人の君へ」新人類 北島康介の育て方   幻冬舎


「暑中お見舞い申し上げます」   投稿日:2008年08月10日(日) 井内 勲(岡崎共立病院)
連日の真夏日が続く8月、家の中でうだうだとTVを見ていると、熱闘の甲子園、高校球児が暑さを忘れさせてくれるような一生懸命のプレーを繰り広げています。そして少し目線を上げると、窓の外の庭には伸び放題の草・・・2,3日前にお隣まで草が侵入しているのを確認済みでしたから尚更、選択的注意も喚起され、いよいよ重い腰を上げなければと外に出て手入れを始めました。しかし外に出た瞬間から物凄い暑さ、鳴き叫ぶセミの声、二日酔い気味の身体からはかなりのアルコール分の濃い汗が出てくるような感じで、1時間半程庭から家の周りを掃除しました。そんな中結構なセミの幼虫の抜け殻がありました。先ほどから聞こえてくるセミです。

セミといえば、幼虫は地下で5年以上過ごし、成虫でたった数週間(一般的には1週間程)しか地上で生きられないという事は周知だと思います。地上に出ると短期間で死んでいくセミは、日本では古来より感動と無常観を呼び起こさせ、「もののあはれ」の代表とされています。そういえば自分もセミの一生を「暗く湿った土の中で何年も暮らし、たった一週間しか地上(現世)で楽しめずにかわいそうだね。一生懸命に生きているんだよ、短い命を」と小学校の先生か親に教えられた気がします。でもこの考えは外部観察で、地上が楽しい時期で地下が苦しい時期というのは完全に人間目線です。もしかするとセミは何年もいる地下生活がとても快適で、外敵も少なく安心した楽しい生活で、苦渋の思いで地上に出て幼虫から成虫になり、一生の終焉を「暑い」「くるしい」と泣き叫んでいるのかもしれません。では真実はというとセミを内省するしかなく、限りなく困難なのですが…。我々はこのような目線が意外に多く、例えば桜がきれいな花を咲かせる時期が短く、はかないという事に風情を感じるように。もしかすると感情や情動の教育にはこのような擬人的な見方は教育上重要なのかもしれません。(思いつきですが…)

しかし我々が対患者との治療を進める中では当然、内省が重要です。最近の自分の治療上の悩みもやはり患者の内省に関わることです。立ち上がりや、歩行の方法を身体の動きの順番を手順として記述するものの、体性感覚がその中に一人称として一緒に記述できない、体性感覚に注意が喚起できない、という事です。とても難しく時間が掛かります。しかし諦められません。これしかないのですから…

まだまだ真夏日が続き、猛暑日もありかなり過ごしにくく、セミの鳴き声も嫌になりがちですが、患者の訴えには嫌にならず正面から向き合いたいです。


「クラシックのオムニバス盤が苦手な理由」   投稿日:2008年08月03日(日) 荻野 敏(国府病院)
クラシックを聴き始めたのはいつ頃だったのだろうか。そんなに昔のことではなく、ごく最近のような気がする。若いころは、当然JPOPなどを聴いていた。そういえば転換期となったのは2007年の学術集会だったようだ。クラシックやイタリアの音楽を取り入れたほうがいいのではないかと勝手に考えて、とりあえず入門用として「100曲クラシック」というお徳用の10枚入りCDセットをCDショップで買った。すぐにMP3プレーヤーに全曲を入れて聴きまくっていた。昔は真剣にクラシックを聴くということはあまりしていなかった。ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を高校生の時、音楽の授業で聴かされたことがあったが、もっとも有名な旋律の後はすぐに寝てしまったので、高校生の時に聴いた「田園」は殆ど覚えていない。そんなクラシックに無縁だった僕が、なぜこんなにはまったのか。確かに「100曲クラシック」で聴いたメロディが美しかったからなのは間違いない。「クラシックってこんなに面白かったのか」と今まで興味を持っていなかったことに後悔を覚えたぐらいだった。

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「図書室と臨床との往復」   投稿日:2008年07月20日(日) 間島 大心(岡崎共立病院)
映像を見たり、音楽を聴くと、脳は「情報」と「感情」という、2つを解析する。「情報」とは、物を見て丸なのか四角なのか、音ならバイオリンの音なのか、ピアノの音なのか、を解析すること。もうひとつの「感情」は、クオリアと非常に関係があり、脳は「情報」を解析する以外に質感を感じることができる。例えば、赤色を見ると、情熱や命といったイメージを想像する。この「感情」を脳が解析することで、我々は映像を見たり、音楽を聴いて感動したり、満足できる。「情報」だけならコンピューターでも解析できますが、「感情」までも解析できるのが、脳の最大の特徴といえる。と、以上のように脳科学者;茂木健一郎が述べている。

これに臨床を重ねる。

上肢の骨折が治癒しているにもかかわらず運動に伴って痛みを訴える・・・と、いった経験がある。もちろんもう一方の上肢(健側)には疼痛の訴えはない。そのかわりに、「少し突っ張りがあるような感じがする」や他の感じがあるといわれる。このような場合、認知運動療法では、この健側の運動イメージを患側にうつすといったことが行なわれることが多い。その後で、同様の運動を患側に行なうと、健側と同様の感じがあると言う。そして、患側からは疼痛が消失している。・・・・と、いったことを臨床で経験した。

これは、正常な状態で感じる例えば「突っ張り感」という筋感覚(情報)が、骨折をきっかけに、その“突っ張り感”に対して、「痛くなりそう…」といった不安感(感情)を抱くようになり、整合性がとれなくなり、痛みという認識に至ったのではないかと考える。

考察としてはかなり雑ではあるが、大目に見てもらうとして・・・・

このような(図書室で)得た知識を臨床で応用してみるといったことで、苦手意識を持っていた「現象学的意識」や「クオリア」といったもの、「認識としての痛み」といったものを解釈することや臨床に活かすといったことが少しできたのではないかなあと・・・・おこがましいようですがジガジサン。

誰でも同じであるとは思いますが、期待していた結果が得られると心地よいものです。今回参考にした文献の中で茂木氏は、「この世の中で一番リッチな人は、お金を持っている人ではなく、好きなものがいっぱいある人だと思う。」といっております。これから更に「図書室と臨床の往復」を重ねることで脳をより活性化させ、患者さんだけでなく自分自身もリッチ(幸せ)なれる道を進みたいと思う。


「映画『最高の人生の見つけ方』」   投稿日:2008年07月13日(日) 林 節也(岡崎共立病院)
つい先月、映画「最高の人生の見つけ方」を観た。監督、ロブ・ライナー。主演にジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマンによって手掛けられた作品である。勤勉実直な自動車修理工と大金持ちの豪腕実業家が病院の一室で出会う。末期ガンで余命6ヶ月と宣告された見ず知らずの2人。残りの人生をただ単に「待つ」のではなく、「人生でやり残したことを叶えるため」に、「棺おけに後悔を持ち込まないため」に、そして「最高の人生だったと心の底から微笑むため」に旅に出る内容の映画である。

この映画を見た後、何とも言えないもどかしさを感じた。私の対象としている患者さんたちは余命宣告をされた方たちではないものの、疾患によって障害を負ってしまい、行為のしづらさが今後の生活に影響をもたらしている方たちである。

誰しもがこの映画の様に厳しい現実を受容し、望みを持つことができるとは限らない。しかし、このような考え方が出来るのであればそれを手助けできたらと思う。私たちセラピストに要求されること。それは障害前の身体に近づけることだと思う。私たちセラピストが患者さんの障害に対してあきらめてしまったら、誰がこの障害に立ち向かうのか。誰が患者さんの要求に応えるのか。質の高い人生っていったい何なのか。

この映画の主人公たちは、余命宣告された後、残りの人生でやり残した事を実行し、幕を閉じた。障害を負った患者さんたちも、限られた世界において残存機能で生活を送るのではなく、計り知れない世界において生活を送れるように追求しなければいけないと思う。「最高の人生の見つけ方」。この映画によって、セラピストである私のあるべき姿を再度確認出来たように思う。


「1997」   投稿日:2008年07月07日(月) 羽田 真博(国府病院)
最近、コピーを頼まれた関係で1997年に書かれた某雑誌を読む機会があった。以下、一部の抜粋である。

文献1
・単なる筋の伸長や強化が、活動中の身体の安全を保証するものではないことを考えれば感覚‐運動の関係、言い換えれば運動学習の観点を考慮した訓練が、我が国の整形外科疾患系運動療法にもっとも積極的に導入される必要があることを強く感じた。
・ヨーロッパ諸国のPTが、整形外科系の運動障害を、ROMや筋力といった個々の運動要素に偏った形で捉えていない。
・部分の改善が必ずしも全体の改善を導くわけではないことは、近代医学の大きな反省点であり、運動療法についてこのことを指摘する声もある。また、それを示唆する臨床的なデータも少なからず存在する。

文献2
・随意運動は単に大脳皮質からの遠心性指令のみによるものではなく、筋や関節からの位置、角度、張力等の求心性情報を即時処理して大脳の錐体細胞に伝え、その遠心性指令を次々に修正しており、運動遂行における感覚機能の果たす役割も大きい。
・感覚障害は、表在感覚の触覚では足底部接地感の減少、欠如等により患側荷重が減少し健側優位の日常生活活動となり、筋活動量が減少し筋力低下をきたすことが予想される。また深部感覚においては患側荷重の減少の上に、関節運動の方向、程度、速度の認知力の低下または欠如を生じ、潜在的に筋力があっても十分な出力を出すことができない等の影響を及ぼすことが考えられる。

文献1の中には、「ここで述べていることはすでに繰り返し指摘されていることでもある」ともあった。

今日は七夕だ。

「もとのように歩けるようになりたい」

リハビリテーションが変わらなければ願い事も変わらない。僕が年老いた時、リハビリテーションが科学として発展していることを切に願うと共に、その発展に微塵でも寄与出来るよう努力しようと思う。


あ、そういえば森岡先生と摂南総合病院がフライデーされていましたね。AKB48とレースクイーンの間に掲載されていたので、一瞬目を疑いましたが、これも一種のセレンディビティっていうんですかね?まさかフライデーで見るとは思いませんでした。


「患者の人格」   投稿日:2008年06月22日(日) 鈴木 智善(国府病院)
もし自分が脳卒中片麻痺患者だったら、「良い方の脚は動かさなければ関節の動きが硬くなってしまう」と、訓練効果の是非はともかくセラピストにきつく釘を刺されれば、せめて非麻痺側の膝関節屈曲拘縮は免れるだろうに。と思ったことはないだろうか。「時に脳卒中片麻痺患者の非麻痺側にも屈曲拘縮が起こるのはなぜか?」

患者が前回の訓練内容をうろ覚えだったりする場合、(自分の訓練設定は置いといて)担当患者には学習能力の低下がみられる。仕方ない。なんて思ったことはないだろうか。「時に脳卒中片麻痺患者の学習能力が低下しているのはなぜか?」

中枢疾患の急性期では損傷に伴い、機能解離の抑制現象による運動機能の低下状態が起こる。機能解離を適切に解除していくことがまだまだ普及していないリハビリテーションの臨床では、セラピストによって残された運動麻痺が蔓延している。認知運動療法に携わっているセラピストは、もちろんこのことをよく知っている。

機能解離によって、脳の損傷部位から離れた、機能的に連絡している部位にも抑制現象が起きる。これにより運動の多様性・適応性は低下する。では、高次の運動機能に関与する脳領域に抑制現象が起きたとき、その脳領域が司る運動以外の高次脳機能にも抑制現象は影響を及ぼしている可能性はないだろうか。つまりは、「高次の運動機能が低下状態にある脳卒中片麻痺患者の多くは、同様に多少なりとも高次脳機能の低下状態にある」という可能性は。

ペルフェッティは、中枢神経系の損傷に対する自然発生的な運動機能回復において、その目的は生体システムが生き延びていくことへの速やかな対応のみであるようにみえるし、非特定的で選択の可能性が欠如した個性や表現力に乏しい品質の劣る幾つかの運動に限られていることがわかるとしている。生体システムの持つ、高度な運動を緊急的な回復対象に含まないという対応は、おそらくその対象に高度な運動と密接に関わる知性や精神も含んでいないと思われる。つまり、患者の人格や個性は自然回復の対象外ということになる。

人間の随意運動は単純から複雑へと向かう中枢神経系の階層性と多様性を有している。ジャクソンが19世紀末に、脊髄・脳幹・大脳皮質という3つのレベルにおける神経系の成熟に準拠して「反射」、「反応」、「粗大運動」、「巧緻運動」、「特殊運動」の順で発達していくという考え方を起源として提出した階層モデルでは、全ての機能は中枢神経系の複数のレベルに表象されており、同じ機能でもそれぞれのレベルでの表象のされ方は、高位のレベルほど機能の表象が複雑で、表象の回数も多いとされている。つまり、高位レベルほど高度な選択性と適応性を有することを意味している。しかし、あるレベルに主病変がある場合、急性期がすぎるとここで展開されていた機能は、高位レベルに比べて簡略な機能表象しか持たない下位レベルの神経機構によって遂行されるようになり、選択性と適応性が低下する。これは、損傷以前の機能の状態に復帰できるという意味での回復はありえないということを意味し、病変部から機能を引き渡された下位のレベルで、どれだけその機能を遂行できるかにより多少の低下を伴った機能回復がなされることになる。

もしも、この視点を受け入れるなら、機能解離現象は、病変した高位レベルでの機能表象を抹消し、下位レベルへの機能の移行をスムースに干渉無く行なうための企ての意味を持つことになる。とペルフェッティは示唆している。

また、シェリントンは20世紀前半に中枢神経系の階層レベルの存在を前提としたうえで、中枢神経系の階層性制御を、脊髄を中心とした下位機能の「反射」、運動野と中脳や脳幹を中心とした中位機能の「シナジー」、前頭葉連合野を中心とする高位機能の「運動ストラテジー」、に区分している。その中でシナジーとは、自動的で定性的な複数の筋収縮パターンであるため、運動の自由度は極めて限定された反応であって、環境変化に対応した文脈的な運動調整機能はほとんど有していない。

発達や学習の中心に「心の器官」としての自己意識がある。ベントンらは、心の器官としての前頭連合野の認識機能を重視した脳機能の階層モデルを提唱している。そのモデルでは、下位機能外部の行為、下位機能の「注意、警戒心、情動、視空間、知覚、記憶、言語、運動、判断」、中位機能の「動機と文脈状況」、思考中枢としての前頭前野や前頭連合野の働きである上位機能の「予測、目標、設定、計画、監視」区分し、階層性の頂点に自己意識が反映されている。

前頭連合野が司る運動の上位機能が、機能解離によって中位機能のシナジーに移行したとき、同じく前頭連合野が司る心の器官としての上位・中位機能が機能的に抑制されている可能性がある。

心理学者のウィリアム・ジェームスは「意識は物質ではなくプロセスである」とし、哲学者のメルロ=ポンティは「身体こそがあらゆる意味生成の根源である」としている。これは心的経験の基礎は運動と知覚の円環性であり、身体の動きという能動的な知覚探索と知覚の延長運動が知覚情報を生成し、それを意味として解釈することで現実の世界が生起されてくる。運動とは「生きていく世界に意味を与えるための手段」に他ならない。身体が動くことは運動と知覚の偶発的同時性を「知ること」であり、認知の源泉である。生きる経験は身体を介して世界を意味化する。哲学者フッサールが提起した「キネステーゼ(身体意識)」であり、メルロ=ポンティの言う「現象的な身体」の受肉である。これは物理的な身体というよりも「精神としての身体」、つまり、自己の身体の世界に開かれた可能性を自覚するという「心の誕生」の源である。現実という世界に確信を与えている意識は脳の働きであり、知性を含めた随意運動のメカニズムは「心とは何か」という問題を抜きにして解明することはできない。

ここに、大脳皮質が司る高次運動機能、運動機能に育まれる意識や知性が見えてくる。

高次脳機能障害には一般的な定義が無いが、概ね「器質的な疾患(脳のある部分に病巣が限定できる疾患)により生じる大脳の障害で、発症以前に訓練や学習していて身に付いた知識や経験により、物事を感じ取り、状況を瞬時に分析判断、推理して、適切な行動を計画し、調節しながら実行していく機能の障害」とのことである。

脳損傷によって機能解離が起きているとき、高次の運動機能が抑制状態に陥るのと同様に、高次の認知機能も抑制状態に陥っていると思われる。このことは、脳損傷に際し、セラピストによる機能解離の解除が速やかに、かつ適切に行なわれなかった場合、患者にとって多様性のある運動機能を取り戻すことが困難になるだけでなく、高次の認知機能に由来する多様性のある意識、つまりは“人格”の回復をも放棄せざるをえない可能性はないだろうか?もしそうであるなら、高次運動機能を放棄する治療はセラピストの“重罪”となる。セラピストは運動機能の障害には高次脳機能障害が併発するという可能性を考慮して治療に臨む必要があると思われる。

【参考・引用文献】
1)カルロ ペルフェッティ:生物学との戦い.脳のリハビリテーション,協同医書出版社,2005
2)カルロ ペルフェッティ:リハビリテーションにおける機能解離の解釈.認知運動療法研究 bV,日本認知運動療法研究会,2007
3)宮本 省三:リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦,協同医書出版社,2006
4)筑波記念病院ホームページより


「共感覚とメタファー」   投稿日:2008年06月15日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)
子どもと遊んでいると多くのことに驚かされる。その1つに挙げられるのが『記憶力』ではないだろうか。親の僕でさえ忘れていた出来事、絵本やぬいぐるみのある場所など「よくそんなことを覚えているな〜」と思う事まで覚えている事がある。

なぜこんな事が可能なのだろうと考えてみた事があった。考えていくと1つのキーワードが浮かんできた。それは『共感覚』だ。共感覚は数字を見ると色や形、あるいは感情が浮かんできたりする複数の感覚が連動して出現する現象だ。有名なケースはロシアの心理学者A・R・ルリアの著書「偉大な記憶力の物語」に登場するシェレフスキーではないだろうか。彼は言葉や数字が様々な形や色として見えるとういう共感覚者であり、50桁の数字の羅列を3分間じっと見ただけで完璧に記憶し、さらに何年経ってもそれを忘れる事がなかったという。ルリアは、彼の共感覚は驚異的な長期記憶や短期記憶を基盤としている、と考えていた。この共感覚は「交じり合った接合」として2つの異なる領域の概念間の過剰なコミュニケーションが引き起こされる事で出現すると考えている研究者もおり、一見無関係と思われるようなそれぞれの発想につながりを作ろうとしそれが驚異的な記憶に関係していると考えている。また、ラマチャンドラ博士は詩人や作家の用いる隠喩も共感覚が関係しているとし、その言語想像につながりがあると述べている。このように共感覚は複数の概念を関連付ける役割があると考えられている。

子どもの場合、ただの石ころや空に浮かぶ雲が動物に見えたりと大人には見えないものを子供は見ることができる。またそのことについてまったく意味不明の文脈で語る。子供は大人に比べてしっかりとした概念が確立されていないし、固定観念がないため物事を柔軟に考える事が出来る。そのためまだ曖昧な概念同士が共感覚を用いる事で柔軟に接合しやすい状態にありそれが子供の記憶に大きく関与しているのではないかと考えた。(この考えは後日、テレビ番組でも紹介されていたので大きく間違えてはないと思います)

では、この共感覚がある特定の人々や子どもたちに特異的な能力かといえば決してそうではない。心理学者のウォルフガング・ケーラーは丸みのあるなだらかな形と鋭く尖った形の二つの異なる形を被験者に見せ、どちらの形が「タカテ」で、どちらの形が「マルマ」かを答えさせた。この二つの単語はまったく意味もなく実験のために作った造語であるにもかかわらず圧倒的な数の人たちが丸みのあるほうが「マルマ」で、尖った方が「タカテ」と答えた。これは、誰もが言語共感覚を持っている事を示した実験だ。

さて、認知運動療法ではアプローチの際にメタファーを用いる。「つきたての餅みたいに動く」「草原で竹とんぼを飛ばすような感じ」ある患者さんの記述である。患者さんはなぜこの記述を語ることができるのか。運動は創発特性である。複数のモダリティーが絡み合ってひとつの動作を成立させる。このモダリティー間の結びつきが現れてくるとき、つまり運動が学習されていくときに運動共感覚(適切な表現かわかりませんが)が出現しそれを外言語として表出したものがメタファーではないだろうか。

あくまで僕の私見です。批判的な意見もあるとは思いますが雑感なので多めにみてください。ご意見があれば掲示板にお願いします。


「反省」   投稿日:2008年06月08日(日) 佐藤 ゆかり(三九朗病院)
最近、学生さんのバイザーをする機会がありました。
その中で評価は何の為にするの?とか、この評価で何を知りたいの?とか、問題点や治療にどう活かされてるの?とか、
さんざん聞いた割に、

あれ?
私の認知運動療法って、ちゃんと評価できてるのか!?
観察プロフィールをしっかりとったのはいつだったかな…。

いつも患者さんに質問することがだいたい固定されていて、病態解釈が不十分で、課題を立案できない…
というサイクルが幾度となく繰り返されてる様な。
なんちゃって認知になってるなぁと、つくづく反省しました…。

塚本先生の「臨床思考の手続きと治療」の著書の中の序論にて

 認知運動療法では、治療の入り口となる病態の解釈の段階で、患者の認知過程の活性化の状況を正確に把握するための
 問題を考察しなければ評価が行えない仕組みになっている。

とあります。

まさに!!
私は、この評価が行えない状態になっているなぁと。

今一度、自分のわかっていること、わかっていないことを整理して
認知運動療法をしていかなくてはっ!!
と思い直すきっかけをとなりました。


「観念」   投稿日:2008年06月01日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
『ハル−哲学をする犬』において「おとなの影」という詩があります。その中で、「おとなになるってことは、(中略)固定観念が生まれるということなのです。」と。

固定観念というとこの詩の中にも書かれていますが、「自由がでないこと、うごかず、ながれず、こり固まって、その場にそのままとどまること。」となっており、あまり良いイメージのある言葉ではないように思います。

ただこの詩の中に「もっと進もうと、もっと見ようと、もっと手に入れようとして、おとなの影はだんだんと長くなっていきます。」という言葉があり、おとなになるために観念を培ってきたもののように私は捉えました。

ここでいっているのは観念の意味なのでしょう。観念(私の中では概念という言葉のほうが使い慣れていますが)は私たちが生きていく中でいろいろ培ってきています。

今も、考えながら私の考えとして固定観念も入ってしまっているでしょう。しかし、よい言い方をすると、私の信念なんですよ。

私はいままで色々な観念を作ってきています。言葉もそうですし、好き嫌いの観念も私の中であります。荻野先生が前に書いていた両目の視力を失った人の色について語れることも、いままで経験してきたものだったり、教えてもらいながら作られてきたものなのかもと感じています。

色については、感情の表現もできるものとして、心理学にも関与しているとのことで面白そうだと感じています。みんなが同じように感じている観念から導き出しているのかもと感じていて。同じようであっても違うところもある、不思議なものなのかもしれません。

この詩の最後に「その影の大きさはほかでもない、あなたの孤独の大きさなのです。」と、後考えると、孤独というものは、個人的な固定観念に囚われてしまったことによるものなのかもと感じました。

私の中での観念「物事に対して持つ考え方」の一部なのでしょう。


「襟を正す。」   投稿日:2008年05月25日(日) 井内 勲(岡崎共立病院)
最近ある会のイベントで演芸に参加させて頂く機会がありました。その演芸は私が参加出来るほどですから当然、素人ばかりが集まり練習して舞台に立つ、という感じでした。そのため当初、自分は軽い気持ちで請け負ったのですが、その練習たるもの肉体的、精神的にもかなりハードでした。そんな中で自分の臨床への姿勢を正してくれる経験がありました。

練習は、素人ばかりという事からメンバーみんなで、自分もしくは他の人を観察し何が足りないか、どのように演じたらいいか、どのように歌ったらいいかを徹底的に言語化し、追求していくというのが基本的なスタンスでした。よってみんなが良いものを作り上げる為に、まさに贋作者的態度での批判を行っていくという点で精神的に厳しい時もありました。自分の歌も他のメンバーから「今はどんな気持ちで歌ったの?」「今のパートはどんな風景をイメージしていた?」と、どこかで聞いた馴染みのあるフレーズの質問を受け、意識的経験で答えるといった事を繰り返しました。いつもと全く異なる場所で、異なるメンバーから、しかも自分が質問されそれに対して答える。という患者側の疑似体験のような(厳密には自己の身体を使った内容ではありませんが・・・)練習が連日行われました。みんなが納得するまで・・・

この練習を通して、改めて内言語を表現する事の難しさを感じただけでなく、このスタンスを問題提起する側、考え表象する側が本当に真剣に取り組み進んでいくことで、次第に内容も充実し、一体感を感じ取れるようになりました。出来ない事、分からない事をただ教えられて修正するのではなく、「何が足りないのであろうか?」「どうすればいいか?」を常に能動的に探索し、真剣に前に進む努力を、考えを表象する側も含めみんなで挑戦することで得た一体感や充実感、まさに我々の臨床と相通じる思いがしました。

年度末から最近、忙しさの中で自ら自身の限界を作って、なかなか臨床が、ETCが充実せずにもどかしさを覚えていた時の体験でした。最近は自分の職場にも同じ志を持つセラピストも増え、またETCAの勉強会を通じ、興味をもって一緒勉強したいという仲間も増えている現状、再度、今の自分をメタ認知し、多くの仲間や患者と一体感を心から得られるように、自分の襟を正したいと思います。


「カフカの『城』の不条理を考える」   投稿日:2008年05月18日(日) 荻野 敏(国府病院)
フランツ・カフカ「城」(訳:前田敬作、新潮文庫)を読んだ。620ページというボリュームの小説である。たまたま、購読している雑誌の特集に著名人が選ぶ海外長編小説というものがあり、その第5位に位置付けされていたために興味があって読みはじめたのだ。就寝前に少しずつ読んでいたのだが、ボリュームもさることながら、文字自体が多くて(一人一人の会話が長いので改行がほとんどない!!)なかなか前に進まない。また、内容自体も取り立ててスペクタルなわけでもなく、淡々と事体が進行していくだけ。なぜこの小説が、著名人が選ぶ第5位に入ったのか不思議に思いつつも、読みすすめていくと、そこに現代社会との関連性がそこはかとなく見え隠れすることに気が付いた。

とにかく不条理なのである。フランツ・カフカといえば「変身」を思い浮かべる人が大多数だろう。この「城」という小説を読んだことがない人でも、「変身」は読んだことがあるという方は多いのではないだろうか。「変身」はフランツ・カフカが生前発表した作品で、数多ある短編小説の中でも相当に著名なものの一つとして挙げられる。この作品のすごさは、もちろんその内容もさることながらその引用の多さだろう。河本英夫先生も(「現実性の変容」春秋、第480号p15-18)引用されていた。そういえば、むかし大好きだった高橋留美子の漫画にも引用されていた覚えがある。もちろん「変身」も不条理だが、不条理さならこの「城」も決して劣らない。

測量師のKは深い雪の中に横たわる村に到着するが、仕事を依頼された城の伯爵家からは何の連絡もない。村での生活が始まると、村長に翻弄されたり、正体不明の助手をつけられたり、はては宿屋の酒場で働く女性と同棲する羽目に陥る。しかし、神秘的な“城”は外来者Kに対して永遠にその門を開こうとしない・・・・・・。職業が人間の唯一の存在形式となった現代人の疎外された姿を抉り出す(新潮文庫、フランツ・カフカ「城」裏表紙より)。

この小説の中に出てくる様々な不条理、それを様々なレベルでのメタファーとして捉えることができるのではないかと考えた。すると、現代社会だけではなく、リハビリテーションの世界、認知運動療法の世界にも当てはまるようなそんな空々しい寒さを覚えるような感覚が湧き出てきた。我々は何のためにこの世界に生きるのか。普段はあまり考えることがないような、あたりまえすぎることに対して疑問を投げかけることにより、フランツ・カフカが我々現代人に対して警笛(もしかしたら嘲笑)を与えているのではないかと思えてしまう。

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「本当の患者に会いに行く」   投稿日:2008年05月11日(日) 間島 大心(岡崎共立病院)
今月のOTジャーナルに宮口先生(広島大学大学院)のコラム「臨床に生かす認知運動療法」の第8回目として「音楽療法との認知運動療法のコラボレーション〜認知症をもつ対象者への試み〜」が掲載されている。その中に登場する音楽療法士(以下MT)の言葉で「・・・・音楽がその人にぴたっとあったときには、対象者の方の生き生きとした表現をキャッチできます」とある。宮口先生も思わず尋ねてみたという、この「ぴたっ」という瞬間について「表情です。眼が輝くとか、口元が笑うとかそういった瞬間です。・・・・ぴたっとはまる、つまりその人の生活とかかわりのあるなじみ深い歌や思い出の歌、好きな歌を選曲することで、その音楽に関係するさまざまなことが思い出され、当時の情景や出来事を語り出されます。・・・・このような関わりを通じて、私は徐々に対象者の方を理解していくのです。音楽は対象者の方が表現するきっかけをつくり、私たちセラピストは音楽で関わることにより、対象者の方を理解するきっかけを得ているのです。要するに音楽によって、共感できる場をつくるということです」と同MTは言う。これは認知運動療法に通ずるものを強く感じ、大いに共感するところである。

しかしながら最近の私の臨床はというと、日々の業務に追われっぱなしの毎日で、「ぴたっ」という瞬間には久しくめぐり会えていない。そして、そのことは同時に患者に対して提供していたつもりの認知運動療法が、まさに「つもり」で終わっていて、自己満足以外の何もでもなかったことを物語っているように思える。ここらで今一度、仕切りなおして、目に見えている患者ではなく認知運動療法を通じて見えてくる本当の患者に会いに行きたいと思う。

なんだか私の恥ずかしい一面をさらすような雑感になってしまいましたが、コラム「臨床に生かす認知運動療法」を皆さん是非読んでみてください。ただ、今回のコラムが最終回だそうです。残念。


「患者との対話」   投稿日:2008年05月04日(日) 林 節也(岡崎共立病院)
普段、臨床を行っているとき、私たちは患者の意識経験を「一人称記述」として聞こうと様々な質問を患者に投げかける事が多い。例えば、スポンジ課題ではスポンジの硬さを「どんな柔らかさ」や「例えるとしたらどんなものか」などと聞くことが多い。空間課題においては筋の伸張感や窮屈間といった身体感覚を内部観察しようと質問する。しかし、患者は「何かに例えてと言われても」や「なぜそのように感じたと言われても、この角度だからなぁ」などと答えることが多い。なかなか記述が得られないときはヒントを与えることもあると思うが、結局ヒントを与えることでセラピストの尺度に患者の経験を当てはめているだけなのかもしれないと思う。

患者との対話。認知運動療法を展開していると患者の意識経験を捉えることが非常に難しいと常に実感している。セラピストの一言によって患者の思考がガラッと変わってしまうこともある。対話を深めることで患者は「実は分かっていなかった」と気づくこともある。患者の世界観に触れていたつもりが全く触れていなかったと後から気づくことも多い。

私が常に心がけていること。「分かったつもりにならない」である。患者の言語に対して「そういうことか!」と分かったつもりにならず、逆に「どういうことだろう?」と疑問に思うように心がけている。患者の世界観をセラピストが理解することで、患者の脳の中の身体に初めて触れることが出来るのではないだろうか?

皆さんも認知運動療法を展開し、患者との対話の中で気をつけている事や意識していることがあると思う。この雑感を読んで、皆さんからの意見を聞いてみたい。どんどん「何でも掲示板」に皆さんからの意見を記載してください。


「負けっぱなし」   投稿日:2008年04月27日(日) 羽田 真博(国府病院)
最先端の知見を応用することが、現場では非常識。

こんなことを何度も経験すると、その場限りでも喜ばれることを選択しようとする自分自身の思考が嫌になる。空気を読むとはこういうことじゃないんだと分かってはいるが、いわゆるKYとなるよりはマシだと思ってしまう。いや、もうすでに片足突っ込んでるのかもな・・・。

動作訓練・筋トレ・マッサージ等々とどれも理学療法士として働く以上は必要だし、使い方次第では認知運動療法よりも効果がある場合だってある。科学的根拠以上に、求められるものがある。それが現状なんだ、臨床なんだと思わざるをえない。そう思わなきゃやってられない。

僕だって利用者さんの笑顔という成功報酬がほしい。たとえ、それがその場限りのものであってもだ。しかし、目を閉じたら自分の身体が消えてしまうという人に、もっと上手に歩けるようになりたいという人に対し、上記のような訓練を行ってもほとんど効果がないことは歴史が、そして目の前の利用者が教えてくれている。

どうやったら認知運動療法に対し興味を持ってもらえるか、どうやったら周囲のリハビリテーションに対する過去で止まったままの見解を変えることができるのか。麻痺の回復期間は6ヶ月。もうそんな時代じゃない。兎にも角にも、行為レベルでの変化を、誰が見ても分かる変化を出せるように勉強するしかない。僕にとっては認知理論以上に難解な問題が山積みだ。

雑感とはいえ、非常にネガティブな内容になってしまった。不愉快な気持ちにさせてしまった方もいるかもしれないが、若手の戯言だと思って、流してもらえれば幸いです。

次はポジティブな雑感を書きます!!多分!!


「もう作りました?」   投稿日:2008年04月20日(日) 鈴木 智善(国府病院)
4月、年度が変わり、第8回日本認知運動療法研究会学術集会が過去の出来事と認識されてきたころ。認知運動療法に取り組む新人セラピスト達が新しい仲間として愛知県認知運動療法研究会(ETCA)にも加わる季節です。去る12・13日、第2回認知運動療法アカデミアに参加して、新たな展望に胸躍らせつつ、改めて認知運動療法の厳密さを痛感し自分の至らなさを思い知りました。同時に我々ETCA運営委員も新たな知識を訓練に組織化し、認知運動療法を勉強会で的確に伝達していくために日々研鑚する意欲が掻き立てられています。

治療理論に脳科学を扱うセラピストである我々が厳密な訓練を展開していくために必要とするものの一つとして、認知運動療法内外でディスカッションする際に、その意図を正確に交換するための共通言語となり得る、神経生理学的知見を挙げることができます。しかし、神経生理学的知見の難解なイメージから踏み込むに躊躇することもあるでしょうし、創発特性として複雑な認知システムを形成する身体を総合的に理解する事もまた、一筋縄ではいかないことと思います。

そこで、足掛かりとして、まず神経生理学的知見を収めるパズルのフレームに相応する、神経解剖学的な中枢神経系および末梢神経系の座標を理解することが有効であろうと思います。平たく言えば解剖学やブロードマンの脳地図、脊髄伝導路です。これは例えば、市町村の特性や地域の繋がりを理解するためには、まず地理を理解することが有効な方略の一つに挙げられるのと同様だと思います。個人的には、昨年の夏に森岡先生が執筆された「脳を学ぶ」には、この辺りの意図があるのではと解釈させて頂いています。

皆さんはもう作りました?


「アンパンマンのマーチ」   投稿日:2008年04月13日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)
−アンパンマンのマーチ−
『なんのために〜うまれて〜♪
 なにをして〜いきるのか〜♪
 こたえられ〜ないなんて〜♪
 そ〜んなのは〜い〜やだ〜♪』
 
この歌を聴いた事がない人はいないんじゃないでしょうか?
そう、アンパンマンのマーチです。
この歌詞、じっくりと読んだことありますか?
みなさんは、何の為に生まれて、何をして生きるのか堂々と胸を張って答えられますか?
リハビリテーションに携わるセラピストとして患者さんを回復させていると胸を張って答えられますか?
正直、僕は答えられません・・・

歌詞の最後は次のようになっています。

『そうだ!うれしいんだいきるよろこび♪
 たとえどんな敵があいてでも♪
 ああアンパンマンやさしいきみは♪
 いけ!みんなのゆめまもるため♪』
 
セラピストとして麻痺という敵に立ち向かい、患者さんの夢を守ることで喜びを感じるアンパンマンに僕はなりたい。


「空耳」   投稿日:2008年04月06日(日) 佐藤 ゆかり(三九朗病院)
先日、「解体新ショー」というテレビ番組を見ていました。その日のテーマのひとつが『空耳』というものでした。
初め、日本語なのか、言語なのかもわからない雑音が流れます。みんなそれぞれ何が聞こえているのかを問われ、「宇宙人の言葉?」とか「ガス欠(の音)?」などとさまざまな答えが出ていました。そして、何といっていたのかが文章で提示された後、もう一度雑音を聞くと、それと聞こえ、それにしか聞こえなくなります。また、途切れ途切れの音楽が、途切れた部分に雑音を入れることにより、滑らかな音楽に聞こえてくる。テレビの前で私もそれを体験しましたが、巻き戻しをして何度聞いても意味のあるものとして聞こえてこなかったものが、文字を見た後は、もうそれにしか聞こえないんです。数日後、また番組を見返してみると、文章をはっきり覚えていなかったからか、また雑音に聞こえました(はじめよりは若干言葉のように聞こえましたが…)このような現象は、入力された音を意味のある情報にするために脳が今までの経験や知識、その場の環境などに合わせえて音を作り出すのだという。 

 『雑音を、脳が意味のある言葉に作り上げる』

日々の臨床も、患者さんにとって雑音ではなく、意味のある(意味を生み出せる)リハビリテーションを行っていきたいと思いました。


「教えるって、、、」   投稿日:2008年03月30日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
「人に教えること」を考えていくと、小学校5年か6年のときに算数の時間に問題を解いた後、解らない子に教える時間があったことを思い出しました。これが、私の中での初めての「人に教えること」だったと思います。二人に交互に説明していたように記憶しています。

少しずつヒントを出しながら、わかってもらえた後、もうひとりの子に説明します。私はその説明の中で算数の問題を噛み砕き、考えていました。  

もちろん今考えると足りていなかった部分は多かったのでしょう。説明を行なっていた子が算数を 得意になるほどではなく、その問題のみ理解していただけ、もしかしたら、その場で解ったつもりになっていただけなのかもしれません。ただ、私の中で噛み砕き考えることは、私の理解を深めることになっていったものと感じています。

言葉に出して説明する難しさ、説明しながらわかんなくなってしまう時、私は常に振り返るようにしています。でもそのときと比べるとすでに変わっている自分もいてさらに複雑になっていってしまいます。解っているようで解っていないこと、そんなことが多くなっていっているように思えてくるのです。でも「ここが第一歩なのでしょうかね」と思っています。


「徒歩通勤から得たことのひとつ」   投稿日:2008年03月23日(日) 井内 勲(岡崎共立病院)
「今、右側にあった家の軒先の木はなんて名前だった?」
「えっ、どれ・・・・気付かなかった。」
「気が付かなかったの!あんなにたくさん大きな白い花が咲いていたのに。」
「うん、まったく・・・よくこんな車のスピードで気付けたね。」
ある日の車でのドライブ中の会話でした。

晴れた日は努めて歩いて通勤する事を心がけるようになってから、以前より四季を身体で感じるようになりました。特に植物の葉の色や柔らかさ、花の色などにおいては、四季の変化だけでなく、風情としても情報として立ち上がってくるようになりました。私の歩くスピードで、木々の葉や花を観察 していると、今まで自分の中ではただの物体だったものが、生命観を感じられる植物になってきました。・・・と私の趣向の変化については措いておき、実は前述の会話よりも前から、通勤に限らずいろんな場面で木や花などの植物が、特に色彩として目に入ってくるな、と感じるようになっていた時の出来事でした。確かにこの時は車を運転中、スピードも出ていましたが(当然、法定速度!?)、結構鮮明な風景として視覚入力されました。

おそらくこれがカクテルパーティー効果、つまり雑踏の中でも自分の名前を呼ぶ声は聞こえるといった事と同じで、通勤という日常の中で注意が向けられた対象(植物の葉の色や硬さ、花の色など)へのニューロンの反応が高まり、たとえ移動スピード上がったり、人となにげない会話していたりといろいろな場面であったとしても選択的注意が働き意識となる事を、森岡周先生の『リハビリテーショ ンのための脳・神経科学入門』を読んで気付きました。

今回の気付きは自分が認知運動療法を進める際に、患者自身が課題に対して、選択的注意を伴った意識経験をおこなえるようにする事が、より複雑な要素が含まれた状況(例えば歩行)の中においても必要な要素はごく自然に意識として立ち上がってくることを、身を持って再認識出来ました。 ガソリン高騰、健康増進目的で始めた徒歩通勤は、自分の趣向を広げ、色々な気付きを生んでくれるきっかけとなりました。なんだかこれからも続けそうです。

ちなみに白い花の木の正体は・・・ハクモクレンかな・・・


「『それ』を言葉にしてみて」   投稿日:2008年03月16日(日) 荻野 敏(国府病院)
目からウロコが落ち、自分の地平線が一気に広がったような開放感。それは、彼らが自分たちの感覚や考えを「言葉」にしていくありさまに接したときだ。

「で、なお〜めは何を感じたの? 『それ』を言葉にしてみて」

私たちは、下手をすると自分たちが何を感じているのかもわからなくなってしまう。感覚に光をあてて、名前を与える。悲しみに、喜びに名前を与える。それが、とりもなおさず、自分の立ち位置を確認していく大切な手がかりなのだ。
エスプレッソを飲みながらやグラッパをすすりながら、膨大な無駄話の合間に、サラリと自分たちの感覚を言語化していくだけで、モヤモヤしていたことが、コトンと音を立てて腑に落ちるような経験を何回もしてきた。

(朝岡なおめ:体当たり〜なイタリア極楽生活のすすめ、2005年、実業之日本社)

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われらが「なおめねーさん」の著書からの一節。なおめねーさんはもちろんわかりますよね。最近のアドバンスコースやマスターコースで小池さんとともに通訳をしてくれている翻訳家です。今年(2008)のマスターコースのときにこの本を持参してなおめねーさんにしっかりとサインをいただきました。さすがなおめねーさん、イタリア人です。「おぎの」を「Oghino」と書いてくれました。これを読んでくれているイタリア語わからない人に簡単に説明すると、イタリア語では「ギ」は「gi」ではなく「ghi」と書きます。「gi」だと「ジ」になっちゃうんですよ。

さて、余談はさておき、冒頭の文章はなおめねーさんの著書の「おわりに」に書かれていた一節です。

とにかく認知運動療法をしていて、記述が出てこなくて難渋しているという経験はありませんか? 僕はしょっちゅうです。そんなことをさまざまなところでよく聞きます。記述を出さなければいけない、一人称で、現象学的記述で、メタファーで、とよく聞きますし、理解もしているつもりだけども、セラピストだけがそれをわかっていたって患者が記述を出してくれなければ意味がない。では質問の仕方の問題かといえば、決してそれだけではなくて、自分の感覚を臆面もなく晒してくれるという患者はそれほど多くないという印象をどうしても持ってしまう。もちろんそれはセラピストと患者の信頼関係の影響もあるかもしれないけど。はたして、単なる信頼関係の問題だけなのだろうか?

そんな疑問を常に持っていて、上述の一節に出会いました。イタリア人は自分の感覚を言葉にしていくことを、文化として確立しているのではないだろうか、と。とかく日本では「男は黙ってサッポロビール」という名キャッチコピーのように、語らずに黙することが美徳とされてきています。「武士に二言はない」でもそうだけど、あまり語ったり、意見をコロコロ変えるのは美しくない所業のように思われていませんか。

「ピアプレッシャー」という言葉があります。簡単に言えば平均化させようとする圧力と言うところでしょうか。何かひとつのことに抜きん出ようとするとそれを平均値まで落とそうとするし、何か足らないところがあると平均値まであげようとする無言の圧力。日本にはそんなピアプレッシャーが良くも悪くもたくさんあるように感じてしまいます。だから人と同じことをしたがるし、人と違うことをしたがりません。考えてみれば多いな、そんなこと。「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」なんて昔懐かしツービートの往年のギャグをふと思い出しちゃいました。

日本は目に見えるものを重要視してきたし、目に見えないものは視覚化してきたのではないでしょうか。もちろんそれは日本だけでは決してありませんけど。でも、さまざまな色にさまざまな名前をつけ、見えない物の怪を視覚化して想像し畏敬の存在として祀りました。物の怪なんて想像の塊ですよね。形や目に見えることを大切にしてきて、互いの感覚を共有する、そんな文化、祭りや祈り、それらのもつルールやルーチンなども一種の形であり、文化的な遺産でもあるのでしょう。でも決して見えないものを疎かになんかしていなくって、侘び寂びや博愛、自愛なんて精神は形では表せないけど、僕らの根底に脈々と流れている文化です。

如何に感覚を言語化するのか。「『それ』を言葉にしてみて」のように、当たり前に他者の感覚を問い、言葉で語り合って他者の理解を深めようとするイタリア人。今年(2008)のマスターコース終了後、Padovaへ向かうバスの中で研修中の鶴埜先生が言っていた「イタリアに生まれるべくして生まれた治療概念」という言葉、納得せざるを得ない文化的背景が見え隠れします。

リハビリテーションが文化によって違うのなら、イタリアと日本では治療方略が違ってくる可能性があります。もちろん人を治療するということ、その根底にある認知運動療法の礎は揺るぎないものであるはずです。しかし、言語を用いるなら、日本独自の言語、日本人独特の感覚や感性を如何に引き出すか、ということは常に考えていかなければいけない事柄でしょう。本当に悩ましい問題ですね。


「対怪物inカオス」   投稿日:2008年03月09日(日) 間島 大心(岡崎共立病院)
映画「ジュラシックパーク」のなかで、無秩序理論(カオス理論)学者のマルコム博士が古植物学者のサトラー博士にカオス理論について簡単に説明するシーンがある。
サトラー(S):「カオス理論て?」
マルコム(M):「ああ、平たく言えば複雑なシステムにおける予測不可能性のことだよ。早い話がバタフライ効果さ。北京でチョウチョが羽ばたくと、ニューヨークで雨が降るってやつ。」
・・・・
M:「もっと分かりやすく説明しよう・・・」と、手の甲の示指MPに2回同じように水滴を垂らし、その水滴の手を伝って流れ落ちる方向をサトラーに予測させた。1回目はサトラーの予測どおりに親指側に流れたが、2回目はサトラーの親指側という予測に反して別の方向に流れ落ちた。
S:「やっぱり同じ方向かしら?」
M:「さっきと同じだね?・・・あ、ああ違った。どうしてか!原因は微妙な変化さ。つまり、産毛の生えてる方向だとか、肌の肌理の粗さが原因で、それで・・・」
S:「肌理が粗いのかしら?」
M:「いや、顕微鏡で見ればの話だよ。とにかく、微妙な変化が結果に絶大な変化をもたらす。これが・・・」
S「予測不可能性ね」

 このカオス理論が“ヒト”というシステムや“脳”のシステムが生成するものにそのままあてはまるものであるとは思えないが、かなり近しいものであると考える。その“ヒト”であるとか“脳“といったシステムが“障害”という怪物をもち、我々セラピストは怪物を内に秘めたシステムに戦いを挑む形となる。そこで疑問に思うことが、戦い方について。セラピストの価値観による目標を提示して、それに向かわせるだとか、同じ運動要素が含まれているからと異なる要素の行為のエラーに対し、同じ筋力増強訓練をさせるなどといったように、ある一定方向の視点のみで問題に対している。“障害”という怪物の影響で、できなくなったことをやらせる又はするように仕向ける、単純で非科学的過ぎると感じ、戦いに勝利しえるとは思えない。だから私は認知運動療法という戦略をもって、怪物を有したカオスに対する為の戦術を創って行きたい。

*カオス理論:複雑系の一種。無秩序理論と言われるが、まったく秩序がないわけではなく、複雑な多様性のなかに隠れた規則性が見られる。


「下を見ない。前を向いて」   投稿日:2008年03月02日(日) 林 節也(岡崎共立病院)
「下を見ない。前を向いて」
臨床中、周りで歩行訓練をしている患者様とセラピストとの会話である。患者様はセラピストにこのように言われたため、必死で前を向こうとするがすぐに下を向いてしまう。するとまた同様の言葉が投げかけられる。

実は、私も同様のことを言っている時があり、後から「しまったっ!」と反省することがある。患者様は前を向いて歩かなければいけないことは判っている。しかし、どうしても見てしまうのだ。

つい先日、同じようなことが起きた。私は約2年ぶりにスノーボードに行って来た。もともとスキーやスノーボードと行った経験が少なくほとんど滑走できない。住んでいた環境上、雪山はそんなに珍しくはなかったが、機会がないままこの歳になっていた。そのため、滑れるようになりたいという気持ちが高まり、友人たちと雪山に行って来た。実際に滑ってみると、歩行訓練をしている患者様と同じように足元ばかりを確認している自分がいたのだ。もちろん前方を見なければいけないことぐらい判っていたが、そんなことは不可能であった。ツルツル滑る雪山に慣れず、足関節を固定されたブーツを履き、自分の足よりもはるかに長い板を装着する事で、自分の身体イメージが崩された状況の中、足元を見なければ転倒してしまうのではないかという不安で仕方がなかった。前方を見ることでさらにふらつきが増し、すぐにでも転倒してしまうという恐怖心が強く出てしまった。このような状況の中で、私は上手く滑っているイメージが全くつかなかった。畿央大学の森岡先生はその著書の中で「身体イメージは体性感覚や視覚の統合によって生成される。そして運動イメージは身体イメージを基盤に生成される。」と言っている。板を介して雪山を知覚することが出来ず、そのため身体の何処にどれくらいの筋出力を発揮すればいいのかが全くわからない。また、自分の行動の1秒先が全く予測できないために不安が生じる。足元を直視することで不安と闘っていたのだ。

こういった事は障害に関係なく起こってくる。「下を見ない。前を向いて」と表出された行為のみで判断するのでなく「なぜ下を向くの?」「なぜ前を向けないのか?」と患者様の脳の中の身体に耳を傾けなければならない。患者様が下を向いてしまう行為には必ず理由がある。ただ単に、外部観察だけで行為を捉えるのではなく、何処に原因があるのかを対話しなければ本当の治療は出来ないのではないか。


「人を知る」   投稿日:2008年02月24日(日) 羽田 真博(国府病院)
ピグマリオン効果とは、1964年にアメリカ合衆国の教育心理学者ロバート・ローゼンタールによって実証された教育心理学における心理的行動の1つで、簡素に説明すると、期待することによって、相手もその期待にこたえるようになるという現象である。

この知見を知っているから僕の治療成績が劇的に向上するということはないが、認知運動療法に出会わなければ、教育心理学なんて、およそ見向きもしなかった分野であろう。いや、教育心理学だけではない。脳科学に現象学と、認知運動療法を展開するためには学校教育では学ぶことのなかった分野の知識を応用することが必要とされる。

人を治療するためには、人を知らなければいけない。それは器質的な物体としての人体としてだけではなく、抽象的な塊としての人間を知ることも必要なのであろう。

と、ここまでは格好のよいことを書き連ねたが、実際はこんなこと知らなきゃ楽だったのにと、逃げ出そうとする自分を押さえ込むのに精一杯な毎日である。


「当然のようにそこにいる」   投稿日:2008年02月17日(日) 鈴木 智善(国府病院)
少し戻って2007年末の12月28日金曜日、仕事納め。12月26日〜28日にかけて行われ た第76回全日本フィギュアスケート選手権のテレビ放映のこと。職場から帰宅し、いつも通りにコ タツで夕食を食べ始め、カミさんと話をしながら何気なくテレビを眺めていた。普段は特にフィギュアスケートに興味があるわけではないけれど、安藤美姫・浅田真央両選手の対決には地元愛知県民として少々興味が湧いたし、ひょいとチャンネルを変えるとどうやらCM後に安藤選手のフリースケー ティング演技が始まるらしい。思いっきり傍観者気分でご飯をもぐもぐしながらテレビをチラ見する 。

CMに少々焦らされた後に安藤選手の演技が始まる。しばらく眺めていたとき突然身体を何かが突 き抜けた気がした、ちょっと違うな…、身体に何かが打ち込まれたように注意は安藤選手に釘付けになった。一般的には心奪われたと言うのだろうか。

セラピストという立場からスケートという競技の氷上を翔る行為がどれ程の不安定性の上に成り立 っているかは推測できる。トップアスリートがプレッシャーの中で要求される高精度の演技は、多くの選手がそうであるように、極限の集中力と精神力に支えられ全能力を最大努力で振り絞るように繰り出されるべきだろう。当たり前のように漠然と理解した気でいたが、自分の浅さに愕然とした。

目の前の安藤選手は満面の笑みで滑っている。美しさを競うスポーツでは顔の表情も重要だということは知っているが、ここで見た笑みの表情は顔だけに作られた業務用の表情ではない。躍動する身体そのものが放っている、幸福や快感に似た感情だ。その姿はあたかも穏やかな日常を彷彿とさせる 。訓練の努力もライバルや転倒のプレッシャーも微塵も感じられず、最高難度の演技を最高精度で表現することがまるで当然であるかのように自然体で、不安定なはずの氷上に存在して舞う。

正座でコタツに身を乗り出し、口の中の食物を咀嚼せず、箸を咥え、瞬きをせず、カミさんの話声も聞こえずにうんうんと空返事を繰り返している僕の「身体」は、安藤選手の身体から放たれる感情をひどく羨ましく思っているらしい。演技が終わるまでの4分間、ターンをするたびジャンプをするたびに、僕の主導権を振り払い「躍動させろ!」とミラーニューロンをけしかけてくる。

この日、当然のようにそこにいる安藤選手が見せた他の選手と明らかに異なる質の演技は、塚本芳久先生が2006年のベーシックコース愛知での講演で言われた重き言葉、「認知プロセスが異なる 」の意味をずっと僕に問いかけ続ける。

リハビリテーションの現場において患者さんの日常行為は、極限の集中力と精神力に支えられ全能力を最大努力で振り絞るように繰り出されるべきだろうか?第8回日本認知運動療法研究会学術集会 、認知の樹プロジェクトでのETCA首藤扮する学会長荻野の台詞、「怪物はいる。現にそこにいる 。」患者さんとセラピストが一丸となって闘うべき怪物「障害」とは「疾患」であって、断じて「日常」ではない。患者とセラピストの最大努力は疾患による障害を克服することに向けられるべきであり、日常の中で患者さんの行為はあたかも当然であるかのようにそこに存在しなくてはならない。残念ながら現時点では、僕の担当する患者さんの日常の全てが当然のようにそこにあるとは言い切れな い。陰で日常行為に努力する患者さんの姿をセラピストである僕の恥として、反省とともに昨年末を締めくくった。


「日常にある脳科学」   投稿日:2008年02月10日(日) 首藤 康聡(岡崎南病院)
娘はパズルが好きでいつも一緒に遊んでいる。
よく見ていると娘は手に取ったピースが左を向いていても、右を向いていても、上下逆さまでもすぐに正しい向きにして「これはここ」「これはこっち」と置いている。

パズルを行うということはもちろんできあがる絵柄を知っておかなければならないし、そもそもバラバラのピースを合わせることで絵が完成するというパズルのルールも理解しておかなければならない。考えてみるとその他にも色々とかなり難しい事を行っているように思えるが、そういった一連の工程の中でピースの絵柄を正しい向きに変えてはめ込む作業が必要となってくる。娘はこの作業をいとも簡単にやっていたのだ。

なぜ、この様なことが可能なのか?
この、正しい向きにピースを変える作業は向きを変えたときに絵柄がどのようになるのかが想像できていなければできない。つまり『心的回転』が行われているのだ。
そう、小脳の機能の1つだ。

例えば、地図を見るとき地図の向きと自分の向きが異なっていても方角を一致させて考えたりするような場面で心的回転は行われている。テレビゲームのテトリスもそうかもしれない。

この小脳の心的回転の機能は脳科学の知見の1つである。どうしても脳科学は難しい学問で自分には関係ないと拒否してしまいがちだ。でもこんな身近でも脳科学を感じる事ができる。他にも野球のバッティングでは入来篤史の「身体図式の延長」が関係してくるし、まだまだ例を挙げたらきりがない。

僕は脳科学者ではありません。でも常に身近に存在し我々に関わってくる学問だと思っています。どうしても敬遠されがちな脳科学ですが見方を変えてみるとちょっと身近なものに感じられませんか?

決して脳科学は一部の学者だけの物ではなく、僕らの身近に感じることができるのです。
それは、人そのものを考えていく学問だから。
そして、考えてみてください。僕らの目の前にいるのは人間(患者)だということを・・・


「あなたの言葉は人に伝わっていますか?」   投稿日:2008年01月27日(日) 佐藤 ゆかり(三九朗病院)
あなたの言葉は人に伝わっていますか?

私の携帯電話の機能、使用率ナンバーワンは“メール”です。
そのような人は多いのではないでしょうか?(もちろん電話の機能も使いますけど・・・)
メールでのやり取りの中で、自分の伝えたいことがしっかりと伝わっていないことってありませんか?またはその逆に、メールを読むときの自分の心情や状況によって同じ文章でも違った意味で読み取れてしまうことありませんか?

メール(文章)は、表情や声色がわからない分、読み手の受け取り方で捉え方が変化してしまうことがあると思います。
それだけでなく、面と向かって話していても、
「言葉」は同じ「言葉」でも、その人の生きてきた環境や経験が違えば微妙に違ったその人の感情の様なものがあって、伝えたいことを100%他者に伝えることは難しいことだと思います。

私たちの経験したことのない環境にいる患者さん(特に脳血管障害の方)の記述を解釈するということ。
これは本当に難しいことだと思います。
記述を解釈する際、自分の経験に基づく解釈になっていないだろうか。
また私の伝えたいことをどれだけ伝えられているのだろうか。

あなたの言葉は人に伝わっていますか?


「人偏に夢と書いてなんと読む?」   投稿日:2008年01月20日(日) 佐藤 郁江(岡崎南病院)
「人偏に夢と書いてなんと読む?」昔、中学生のころだったか祖父から言われた言葉である。
「『儚い』、、、人の夢ってはかないものだよ。」と

何でこんなこと、という疑問は浮かんだ?そのころは学校では夢とは悪い言われ方はしていなかったと思う。この時私は、確かにそういう部分もあるかもしれないけど、夢でだめだとは思っていなかった。

最近になって、何を私に伝えたかったのだろう。と考えることがある。夢と聞いて、夢(憧れ)で終らせてはいけないということも含まっていたのか?夢でなく現実として捉えていくようにいいたかったのか?そのために行動を起こさなければいけないのか?と、、、

いままで、いろいろな人にいろいろな言葉をかけてもらってきた。親や親類の言葉は特に何かを子供である私に投げかけているのかもしれないと思う。

私の中で、学生のとき、勉強が好きではないという私たち兄弟に父は
「やりたくなければやめておけ、働くようになったら嫌でも勉強しなければいけなくなる。」 
と言っていた。(父の実体験のようだが)

新しいことが増えていく世の中でどのような仕事でも常に進化し新しく覚えたり、学ばなければいけないことがあるのと感じている。

今では私の中で、仕事をしていく上で、生きていく中でも、多くのことを学び私たちは、変化していかなければいけないと感じている。

夢(憧れ)で終らせないために、、、
儚いものにしないように、、、


「ゆとり教育」から   投稿日:2008年01月13日(日) 井内 勲(岡崎共立病院)
年末に何気なく観ていた番組に、定番の如く一年間を色々なテーマで振り返る内容のものがあった。 そのテーマの中に『教育』があり、「ゆとり教育」について視聴者や著名人がコメント、対談する場面があった。内容としてはゆとり教育がもたらした、学力低下を非難する内容で、特に視聴者からは 「週休二日制や、総合的な学習という内容が多くなり、受験に必要な教科の授業時間が減っている。」「教科書も自分達のときに比べ薄くなり、基礎的な事ばかりで、学校以外の学習塾に頼るしかない。」といった不満がほとんどであった。実際、自分の周りの子供をもつ親にそれとなく質問してみたが、やはり答えは同様であった。そしてその対策として単に授業時間数を増やす、教科書を厚くする、土曜日の復活といった、量的な事柄が一般的であった。

そもそも「ゆとり教育」とは、学習者が詰め込みによる焦燥感を感じないよう、学習者の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念で、1970年代以降の詰め込み教育の反省に立って導入された教育理論とのことであり、かなり本来の意図したかった事と、世論との温度差があるようだ。 ここで「ゆとり教育」の是非を深く検討するのは、自分自身の知識不足と少々難解な問題なので避けたいと思うのだが、このゆとり教育がもたらした学力低下の問題に対して、世間一般は、やはり量的な事を解決策として求めるのか…という事が一番気になった。

教育という観点からすると、自分達も日々患者に対して病的な状態からの学習を促す教育者的立場であると思う。そんな中で、臨床場面においての量的研究に基づいた、反復訓練、ADL訓練、365 日のリハビリテーション訓練は、臨床家だけでなく、患者の家族やそれを取り巻く世間一般として、安易に受け入れやすいのかもしれない・・・

しかしここで考えたい、この様な状況は外からの観察からであって、実際の渦中の人たち(患者・子 供)の声はどれぐらい考慮されているのであろうか?本当に量を増やせば解決する問題なのであろうか?本当にそれが患者・子供の為の最良の方法なのか?いや決して量的教育だけで認知過程が活性化するはずがない。

一年の締めくくりに自分自身、臨床への姿勢を再度考え、挑戦する意欲となった。


「石になってしまう」   投稿日:2008年01月04日(金) 荻野 敏(国府病院)
何もしなければ迷わない。何もしなければ石になってしまう。

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2007年の大晦日は例年のごとく家族で年越しそばを食べに行った後、NHKの紅白歌合戦を見て過ごした。いつもよりも出演者が多くてなんか派手だったという印象を受けた。2007年は激動の一年だった。それは僕にとっても愛知の研究会のメンバーにとっても。そんな一年の締めくくりをゆっくり噛みしめながら、のんびりテレビを見ていて、ハッとした言葉を聞いた。昨年亡くなられた阿久悠という作詞家。有名な曲の詞たくさん書いているので名前やその歌を聞いたことがあると思う。その阿久悠さんが大切にしていた言葉があったそうだ。それが「何もしなければ迷わない。何もしなければ石になってしまう。」であった。

すごく、ドキッとした。
何もしなければ確かに迷うことはない。それはそうだ。動かないんだから、迷うこともない。安定しているということかもしれないが、故に発展もない。当然、変わらない。それでは生命といえない。無生命なもの、その代表は石だろう。しかしながら生物は動的平衡を持つ。ルドルフ・シェーンハイマーにより、生物はその細胞内の物質を常に入れ替えながらダイナミックに動いていることが発見された。ある時は土の一部を形成している元素、ある時は空気に漂う元素、ある時は大きな海に流れる元素、ある時は目の前の道具の中の元素、ある時は私の一部を形成する細胞の中の元素・・・・。生物は常に身体の一部を壊し、入れ替え、そして動的に平衡を保っている。一見、なにも変わっていないかのような身体は実はダイナミックに壊し続けて変わり続けている。それがdynamic equilibrium(動的平衡)である。人間の身体も同様だ。身体が動いていないなんてことはない。そう考えればstatic(静的)なんてことはありえないのだ!

リハビリテーションは果たしてdynamic equilibrium(動的平衡)状態であると言えるか?数年前、数十年前の学生時代に教えられた知識のみを静的に維持し、患者に対峙していないだろうか。科学は常に新たな知見を創出している。脳科学の分野の目覚しい発展と論文の量に目を向ければ一目瞭然だろう。常に新たな知見に対してアンテナを向ける。患者の治療に対する仮説の検証を続けていく。常に仮説を壊し、入れ替える。仮説を動的に保つ。決して静的ではなく。そんな治療を続けて行きたい。