みんなのエアロエッセイ (^。^)
(予想は年に2,3人も投稿があればいいかなーと思っています。常連さんも、普段ロムっていらっしゃる方も、ベテランの方も、初心者の方もお気軽にご投稿下さい。自分の気持ちをエッセイにする事で今一度自分自身を見つめ直すよいきっかけになるかもしれません)
エアロビクス(以下エアロで省略)が大好きで本当はエアロビクスのサイトを立ち上げたいけれど、HPの作成方法がわからない、時間がない。でも自分なりのエアロに対する思いを語りたい。そんな方の為に立ち上げました。
文章の内容の上手下手は構いません。あなたなりの言葉で自分のフィットネス&エアロ感を語って下さい。
・エッセイというコンテンツの都合上、多少長目(A4用紙1枚分以上)でお願いします。
・推敲の上、「てにをは」を治したり半角全角を直したりすることがあります。
・数字は半角で、カタカナは全角でお願いします。
・エッセイの中での個人名の表記はご遠慮願います。(イニシアル可)
・勝手ですがお1人様1年に1回程度の投稿でお願いします。
・匿名HNでの投稿は御遠慮下さい。又掲載後の削除は致しかねます。
・HPをお持ちの方はご自分のサイトコンテンツのコピペ投稿は御遠慮下さいませ。又掲載へのお礼としてエッセイのページからHPへのリンクを張らせて頂きます。
・エアロビクスやフィットネスに関するあらゆるエッセイ(セミナー体験記/大会奮闘記/怪我の治療記録/自分は何故フィットネスをしているのか/ウェアについて/理想のシューズについて/今後の目標/減量体験記/イントラ誕生記/私の好きなイントラさん/好きなレッスンについて/エアロを始めたきっかけ/日頃考えていること/等)
タイトルは「エアロエッセイ投稿」でこちらへお願い致します。投稿後1週間以内に掲載させて頂きます。尚、常識を外れた誹謗中傷文など内容によっては不掲載の場合もあります。その場合は掲載の有無についての問い合わせにも応じられない時もありますのでご了承願います。
■あれから3年■
大人しく??今まではレッスンを受講してリバウンドと戦う日々だったのですが、2006年12月のある日或るイントラさんより、「実は来年4月に岡山市内にJと言うクラブが新規出店するみたいよ。」と話があり、初めは冗談だろうなって感じでした。しかし、3ヶ月が経過し、「折角資格持ってんだから挑戦してみたら??」と話があり。迷いに迷った結果、次の月2007年2月末にそこのマネージャーに話をし面談→オーディションとなったのであります。
■でびう迄■
そんなこんなで早速3月初旬に面談→オーディションとなり、採用となった為(4月某日オープン)そこからあわただしく練習の日々が待ち受けてました。
とくに焦ったのが1週間前~当日レッスンする前1分間の間でした。
スタジオ(出来たばっかり)が広くて、今まで練習しているスタジオとはギャップが激しくて(特に位置関係を把握するのに時間が掛かった)右往左往してました。
で当日ちょくちょくひろくんが通っていたイントラさんと会話してて「あんた、あたしのレッスンを受けに来る顔と全然違うよ(むっちゃ引きつってる)」と言われたしかにひきつっていました。で、レッスンが始まる10分前にスタジオに入ったのですが、インカムが上手く入らず(ボリュームが入ってなく)緊張もMaxで違う汗がだらだらでした。
で、レッスン自体も緊張と経験不足から来るもので手応えがまったく無いに近い状態でした。
■2回目■
しかし4/22のレッスンはその反省を踏まえ色々対策をしてレッスンに望みました。
分解が未熟のせいもあって(難しかったと楽しかったの半々の意見が分かれていたのが今のひろくんのレベルだなって直感的に思った瞬間でした。)でも何か不思議と充実もしたレッスンでも有った感じでした。
■余談■
これからもっともっと場数を踏んでレッスンに来た方が「気持ちよかった」とか「どうやったらそう言う風に動けるの??」等と言って頂ける様レッスンが提供出来たらいいなって思ってます。
最後にレッスンで組んだコリオをカキコしておきます。
■レッスンプログラム■
4/15のでびうレッスン
前4(4つ目ニーアップ×3)後4(4つ目ニーアップ×3) Vステップ×2 レッグカールシングル×2 ダブル サイドステップで後ろに下がる×4 グレープバイン×2で前 フロント3ステップ 4リピーター+α
4/22のレッスン
コンビ1 前4つとうしろ4つ×2 サイドランジの3ステップ+2マーチ レッグカール(シングルシングルダブル) コンビ2 サイドステップ×4 グレープバイン×2 フロント3ステップ 2リピーター+4マーチ コンビ3 マンボシャッセ ボックス×4 VAステップ×2(8歩目ニーアップ)
そもそも、無骨な私がエアロビックスをやるなんて事は想像だにしたこともなかった し、年齢不詳爺~さんのあずかり知らぬ世界ではあった。 それが、ひょんな事からこれほどまでにのめり込む羽目になろうとは!
先だっても、ジムの若い子から「おじさんお歳は幾つですか?」「う~~~~~ん」 笑ってごまかした。(^凹^)ガハハ いや~~~~、この言葉は、ジムに来る紳士淑女、うら若き女性が不思議がって聞く。 何故? そう、爺さん、顔を見れば年相応に見られるのかな~~~? しかし、エアロビックスを踊れば・・・「え~~~~~??」
難しいオリジナルエアロのコリオも、ステップのオリジナルも難なくついて行ける。 それが、不思議なのかね~~~??
スタジオの始まる前の数分間、ただぼけっとして待っていても詰まらない。 そこでだ、オイラは、競技エアロの力業の真似事をやっている。 例えば、L字アップで回ってみせるとか、或いは片手片足のプッシュアップ、V字バ ランス、ヒンジ等々。 待ってる皆があっけらかんとしている。 で、得意になってやってる始末。(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!
あ、前置きが長くなりすぎた。 本題に入ろう! かれこれ、5,6年前になりますかね~。 偶々ネットで、このサイトの”アイさん”と知り合うことになった。 その彼女が、”Pさん”という女性を、我がネットに来させてくれた。 その”Pさん”が名古屋の大会に出るというので、妻共々応援に駆けつけた。 始めて見る、エアロビックスの大会であった。 この時始めてエアロビックスの体育系の技である実感を見せつけられた。 スポーツとしての美しさに魅了されたものである。
このサイトの”アイさん”の岐阜サバイバルエアロに出場するって事で、見に出かけた。 この時、出来れば自分もやってみたいものだと感じたものである。
私は、今もそうであるが、山キチである。 日本百名山は云うに及ばず200名山300名山、今年は日本百高山全踏破を目論んでいる 始末。 中国地方の100名山、200名山、300名山全踏破の途中で、偶々、岡山で競技エアロの大会が催されるって”プーさん”から連絡を受けた。 その競技エアロの大会に出場する”プーさん”のビデオ撮りに立ち寄った。 檀上で踊る彼女に我を忘れてビデオを廻した。 日本300名山全山踏破して、次なる目標を失っていた頃である。
何時もただで好きなようにウエイトの訓練をやっていた会社の施設が改造されて、ジム形式の運用に様変わりした。 その中に、エアロビックスの教室も取り入れられたのである。 そこでだ! 我が輩は迷わずにエアロビックスの教室に参加したって訳! その、下地は、”アイさん”,”Pさん”のエアロを通じてのネットの交流があっ て、エアロビックスの素晴らしさを認識していたに他ならない。 ともすれば、”エアロ”を”エロ”と勘違いする向きもある。 有酸素運動では、エアロビックスに過ぎたるものは無いとさえ思うこの頃である。 通常の有酸素運動の、単一的な運動に比べれば、縦横柔軟筋力等々のバランスの取れ た素晴らしき運動である。 加えて、美しき女性の姿態・・・・・・・・(`´メ) これが主になってはいけませんぜ!(^∇^) アハハ! ま~~~~、難しいコリオになるとそんな余裕はありませんわね~~。へ(゜∇、°) へ ケケケケ・・ だから、って言うわけではありませんが、出来るだけ難しい教室に挑戦してるデス。 ハイ。 その、難しい踊りがこなせた時の爽快感たるや。 それも、他の殆どの者が出来ないのにやれた時は・・・・ 「ドーパミン」? ハイ、出まくってるかもね。((((^Q^)/゛ギャハハハ
今、得意満面になってエアロを踊るジ~~サン。 生き甲斐とはなんぞや?気力とは何ぞや?体力とは何ぞや? 我が自尊心を表現させて余りある。 それは、取りも直さず生きる力でもあり、生きた証にもなる。 万歳の人身を知らず! やがては、老いさらばえる身ではある。 されど、歳不相応に粋がる我のあることは、エアロとの出会いのきっかけになった” アイさん”に限りない感謝を思う。
(而青さんのHPはこちら)
■はじめに■
自分で言うのも変な話であるが、私はおそらくその辺にいる人たちと余り変わらない、ごく普通の人間だと思う。そんな私がエアロビクス(以下、エアロ)と出会い、危機的状況だった健康状態を大幅に改善できたばかりでなく、サバイバルエアロビクス(以下、サバイバル)で3時間のステージを完走できた。現在は、さらなる技量向上を目指し、日々努力を続けている。
しかし、私自身のエアロ歴は1年程度であり、スタジオの常連さんから見ればまだまだ駆け出しのレベルである。また、インストラクターを目指す予定はなく、今後もエアロ愛好家のひとりであり続けることになると思う。
ここでは、私がエアロを始めてから約1年経った現在までを振り返り、自分の今後の糧にするとともに、エアロを始めて間もない方、減量に苦しんでいる方たちに少しでも参考になればと思う。
文章が全体的に硬い印象を受けると思うが、ご容赦いただきたい。
■エアロを始める前の自分■
私は中学、高校の部活動(剣道)でそれなりに運動はしていた方だと思う。しかし、社会人になってから運動の機会が激減し、年を追うごとに洋服のサイズが大きくなっていった。しかも、食事量は学生時代とほとんど変わっていなかったから当然のことである。また、仕事が早朝から深夜に及ぶ状況だったため、ストレス解消に酒や夜食が欠かせぬ状態となり、肥満に拍車をかけていた。今考えてみると、一番やってはいけないことを毎日繰り返し、悪循環に陥っていたのである。
減量したいと思ったことは何度もあったが、少し運動するとすぐに体が痛くなったり、食事制限にしても長続きしなかったりして、きっかけさえも作れなかった。そうしているうちに、減量に対する意欲もなくなっていた。
2004年8月、鹿児島県霧島市に赴任、この年の健康診断において、ショックな結果を聞くこととなった。肥満、高血圧、高脂血症、高尿酸値血症、肝機能障害…、33歳とは思えないほど生活習慣病の項目をほとんど制覇したような状況であった。運動能力も50代くらいと言われていた。
このままでは、命に関わると感じ、減量はできなくてもせめて健康状態くらいは改善したい。市内にフィットネスクラブ(以下、FC)があることは職場でよく聞いていた。FCはまったく知らない世界だったので、興味はあった。家庭の事情もあり、すぐの入会はできなかったものの、何とか家族の同意を得て、単身赴任となった2005年3月にFCへの入会を決めた。このとき、体重103kg、体脂肪率45%くらいであった。
■入会初日■
私は数日前に入会手続きを済ませ、入会日当日ひととおりの運動用具をカバンに詰め込んでFCの門戸を叩いた。運動用具といっても色気のないジャージ上下、昔から使っていたバレーボールシューズ、日常履いているような靴下など、どう考えてもあり合わせのものばかりであった。
この日は初日だったので、トレーニングジムでマシンの取り扱い説明を受けることとなっていた。指定されていた時間まで2時間以上あったが、スタッフが空いていたため、すぐに説明が始まった。実際にマシンを取り扱ってみて、自分の体力がいかに低下しているか現実をとことん味わった。
ひととおり体を動かしたことだし、いきなり頑張りすぎても後が続かなくなりそうと思い、この日はこれくらいに終わりにするつもりだった。
ちょうどこの時間にはエアロの初・中級クラスが行われており、私はヒマだったので少しスタジオを眺めていた。みんな慣れた動きで、その雰囲気に圧倒された。そのときはスタジオに入ることなど夢にも思わなかった。
やがて、そのレッスンが終了し、スタジオから他のメンバーと一緒に私と同じ職場の人(以下、K)が出てきた。K氏は入会してから1年近く経っていて、エアロも半年以上の経験があった。私がK氏と会話を交わしているうちにスタジオでは次のレッスンの準備が進められていた。K氏は「次のレッスンは初級だから初めてでも大丈夫だよ。入ってみたら」と言ってきた。私は心の準備が全くできていなかったが、「ほら、もう始まるよ」とあおられて、言われるがまま慌ててスタジオに入った。
■初めてのエアロ■
最近は男性もスタジオに入るようになったとはいえ、まだまだ女性が多いこの世界は私にとって異次元の世界であった。開始前に「初めての方はおられますか?」とインストラクター(以下、先生)が確認するところを見ると、まったくの初心者でも参加するのは問題なさそうだと思った。とりあえず、60分間先生の動きをマネすればいいとのことだったので、やれるだけやってみることにした。
マーチ、ステップタッチ、レッグカール、Vステップなど次々と進められていく。ステップの名称を知らなかったこともあり、ウォーミングアップの段階から反応が悪かった。約15分間のアップが終わり、水分補給が入った頃、ジムからスタッフの方がやってきて、「レッスン受けるときは受付の名簿に記名してください!」と慌てた様子で言った。私は慌ててスタジオを飛び出し、記名を済ませた。スタッフの方も私がスタジオに入っていたことは想定外だったようで、ここでまた説明をいただいた。
こうしているうちに次の動きがスタートし、また慌ててスタジオに入ったが、最初よりテンポが上がっていて、収拾がつかない状態だった。特に、グレープバインのような大きな動きになると、お隣さんとニアミスすることが度々だった。こうして、半分冷や汗をかきながらローインパクトを消化していった。
後半からはハイインパクトであったが、ここ数年まともに走ったことがない私にとっては地獄だった。自分のペースでいいと言われながらも、このときの私が他の人たちと違ったペースでやろうなどできる勇気もなかった。
K氏にだまされたとこのときは思った。
地獄のハイインパクトもやっと終わったかと思ったら、最後はマットでカールアップ(腹筋)が待っていた。回数としてはそれほど多くなかったが、筋力のなさを痛感させられた。また、自分のお腹周りがものすごくふっくらしていることも改めて実感した。
60分のレッスンがやっと終わり、ふらふらになりながらスタジオを出ると、ジムスタッフから新しい自分のカルテが手渡された。その後、先生からスタジオレッスンについて個別に説明を受けた。あれだけ動きがボロボロだったので、穴があったら入りたい気分だった。そんな私に「初めてのレッスンでVステップがしっかり踏めているから、自信を持っていいですよ。回数を重ねるうちにできるようになります」と言葉をくれた。
この日はこれで帰宅したが、寝ているときも体中がほてったままだった。
参考までに、このFCではメンバー全員にカルテが支給され、トレーニングだけでなくスタジオレッスンでもカルテを記入するようになっていた。レッスンカルテは元々当日の健康状態をチェックするのが目的であるが、実際は5行日記のような形で任意にコメントを書けるようになっていた。これに対して先生方もコメントを返していたので、交換日記に近いものであった。先生方はレッスン後に数十名分のコメントを書くことになるので大変な作業になるが、レッスンの記録が残せる上に、顔と名前を早く覚えてもらえるので、とてもいいシステムだと思った。
■初級クラスでの悪戦苦闘■
初日のレッスンを皮切りに、FCに通う毎日がスタートした。単身赴任になり、夕方以降の時間が有り余るほどあったので、初級又は初心者クラスのレッスンを見つけてはしつこく参加することとした。同じレベルのクラスでも先生が代わればレッスンの流れも変わってしまうので、リズムをつかむのは非常に苦労した。しかも、体育の授業みたいにみんなを1箇所に集めてステップのやり方を説明することもなく、動きの中で覚えていくのがエアロのやり方だった。何でもいいから動くという考えからすれば理にかなっていると思うが、正確に認識するにはだいぶ時間がかかった。先生に質問すれば済むことであったが、当時の私にはそれだけの勇気がなかった。
そのため、K氏以外に話ができる相手がなく、ほとんど一匹狼だった。コミュニケーションが上手であれば、もう少し違ったのかも知れないが、自分から会話を切り出せる方ではなく、精神衛生上好ましい状態ではなかった。それでも会費を払って入会しているので、その分はしっかり元を取ろうという気持ちが私を奮い立たせた。当時の私は、レッスンの参加状況を手帳に残し、月会費を参加回数で割って1回あたりの参加コストを計算するということもやっていた。現在はさすがにそこまでやっていないが、これが後にシューズの使用時数計算に役立ったことから、手帳への記録は続けている。
5月連休前までそんな状況が続き、その頃までには初級の動きは曲がりなりにもこなせるようになった。メンバーさんとは相変わらず会話に入れなかったが、FCのスタッフとはだいぶ会話ができるようになった。ほぼ毎日のようにスタジオに入っていたので、それで覚えてもらえたようであった。ちなみに、私は身長が177cmあったので、特に女性が多いスタジオではものすごく目立っていたかも知れない。
■ワンランク上の世界■
5月連休中は家族サービスのため、レッスンはお預けとなったが、自分ではほとんど実感していなかった体の変化を家族は感じていたようであった。
このとき体重は95kg、慣れない運動で体が驚いた程度だと思っていたが、顔つきが少し締まったと言われたことから、少しは成果があったようである。しかし、これはほんの序章にすぎなかった。
連休が終わり、またFC通いの毎日が始まった。基本的には初級及び初心者クラス中心であったが、ある初心者クラスで突然物足りなさを感じるようになった。連休明けからスケジュールが一部変更したこともあり、これを機に初・中級クラスに挑戦してみることにした。
このクラスになると、ウォームアップの段階から強度が高くなり、また、慣れた人たちがほとんどだったため、最初はそのただならぬ雰囲気に戸惑いを覚えた。それでも、1ヶ月半の下積みの成果もあって、思ったより自然に流れに乗ることができた。基本中心の初級と違い、コンビネーション中心の動きになっていたので、とても面白く感じた。
しかし、初級には出てこない動き(ヒールジャック、フライ等)が出てくることから、足腰にかかる負担も重くなった。初級ばかりやっていた頃は、筋トレはそれほどやっておらず、レッスンだけで十分だと思っていた。
ここでケガでもすると、それまでの努力が水の泡になってしまうばかりか、仕事に支障を来す恐れがある。学生時代の部活動ではケガに泣かされた経験もあり、長く続けることを考えるとそれだけは何としても避けたかった。そこで、筋トレの必要性を認識し、レッスン前には筋トレをほぼ欠かさず実施するようになった。また、初・中級クラスはレッスンだけのウォームアップはきついと感じ、そのときだけは早めに体を温めるように努めた。
こうした努力の甲斐もあり、当分の間ケガをすることなくレッスンを続けることができた。その後、筋トレの効果が減量に大きく影響することとなり、6月上旬には90kg、8月上旬には85kgまで減らすことができた。
■減量の効果を振り返って■
減量の効果が得られたのは、おそらく運動だけによるものではなかったと思う。ここでは、食生活について少し触れてみたい。
FCでエアロを始めてからある程度のカロリー消費は期待できると考えていたが、これで夜食などを食べてしまってはまったく意味がないと思い、入会を機に食生活の見直しに踏み切った。特に、酒類はほとんど夜食を伴い肥満への引き金になると考え、レッスン初日の夜に家の酒類を全て処分し、当面の間酒類の購入を禁止した。職場の付き合いでどうしても酒を拒絶できず、禁酒を継続できないこともあったが、その場合でも酒量の制限に努めた。
この方法は、毎日飲んでいる人が2週間継続すれば、運動をしなくても2~3kgは体重が落ちると思われる。これは私の憶測であるが、酒を飲んでしまうと、カロリー消費が酒の方に優先されるため、食事で取ったカロリーを消費できなくなると考えている。この効果は、夜と翌朝に体重を量ってみるとよく分かる。ただし、検証するには100g単位のデジタル体重計の使用をお勧めする。また、計量は時間、服装等を同一条件にする配慮も必要である。この禁酒ダイエットは後にサバイバル直前の追い込みで非常に効果を実感することができた。
次に、食事は3食きちんととること。ただし、夕食はたくさん食べ過ぎると余分なエネルギーが蓄積される恐れがある。また、レッスンの時間帯は夕方から夜が多かったことから、食べるタイミングを考える必要があった。
そこで、私は夕食をレッスンの前後に分けて食べることにした。これは、空腹でレッスンに入ることを避ける上でも有効だった。空腹でのレッスンは危険性が非常に高く、下手をすれば命を落とす恐れがある。また、レッスン後にドカ食いすることにつながり、リバウンドの原因にもつながる。
そして、分けて食べる場合は、レッスン前に炭水化物(おにぎり等)、レッスン後はタンパク質(低脂肪牛乳等)を中心に取るように配慮した。おそらく、雑誌にも出ている話だと思うが、徹底して実施すれば効果は現れると思う。この考えに従うと、夜のラーメンがいかにとんでもないことかよく分かる。
その他として、レッスン前後にアミノサプリを積極的に取った。この効果は精神的なものだけかも知れないが、疲労回復の一助につながったかもしれない。しかし、それなりに金はかかるので、できるだけ安い店を見つけてまとめ買いすることで経費削減に努めた。
結果として、先に示した減量効果を得ることができ、それまでの洋服に違和感を持つようになった。周囲からは逆に心配されるほどだったが、それだけ効果を実感できた証拠だった。しかも、この年の健康診断では前年に診断された症状が全て解消されていた。やがて、一部のメンバーさんから話しかけてくれるようになった。私が毎日スタジオに足を運んでいることもよく見てくれていて、地道に続けてきた努力は無駄ではなかったと感じることができた。
それまでは自分のことがイヤでたまらなかったが、周囲から認めてもらえたことで自分に自信を持つことができるようになった。そして、たまに会う友人等の反応を見るのに一種の快感を覚えていた…^^;
■初めてのアウェイ■
話は少し戻るが、5月連休明けにスケジュールが変更したことにより、私が初めてレッスンを受けたY先生が初級から外れることとなった。この初級だけは最後まで苦戦していたこともあり、リベンジが果たせず非常に悔しい思いをした。最後のレッスンの終わりに「日曜の上級クラスでお待ちしています。これからも自分のペースで頑張ってくださいね」なんて言われたが、その時は遠くに行ってしまったような気がした。
5月からレッスンのランクを上げ、毎日レッスンを続けたが、Y先生の初級だけはクリアしたいという気持ちはずっと残っていた。
5月下旬のある金曜日、仕事が休みになったことから、鹿児島市内にある姉妹店FCに行くことを決意した。姉妹店であったため、会員証プラス500円で利用できるとのことであった。事前にHPでスケジュールを確認したところ、Y先生の初級があり、リベンジのチャンスでもあった。自宅からは車で約1時間程度だった。
昼食時に到着、その後利用手続きをした。何事も初めてのときは緊張が伴うが、それも一瞬のこと。何事においても行動を起こした人間が偉業を達成できる。いつの間にか私の人生のモットーとなっていた。
私はロッカーで着替えを済ませ、メインのフロアに入った。当然のことながらスタッフの方々は初顔だったので、エアロの先生方が唯一の頼りだったが、その時に限って不在だったので心細かった。Y先生のクラスまでは時間があったので豊富なトレーニングマシンを存分に使い回していた。やがて時間となり、スタジオに恐る恐る入った。Y先生とレッスンが離れて3週間以上経っていたので、覚えてくれているか不安がよぎったが、レッスン前に目が合うと、かなり驚いた表情で私の存在に気付いた。これで、心が満たされたような気がした。
レッスンは相変わらずパワフルだったが、以前のように動揺することなくしっかりついていけた。こうして少しでも成長した自分を見せることが、先生への恩返しになるのかなという気がした。
レッスン後、Y先生と少し立ち話に入り、近況などいろいろ語った。入会時からの成長ぶりはしっかり認めてもらえたようだった。とりあえず、当初の目的は達成できた。
その喜びもつかの間、1時間後には中級クラスのレッスンが控えていた。興味はあったものの、数日前にホームFCの中級(担当:F先生)に参加して自信をなくした直後でもあり、参加するかどうかものすごく迷った。すると、Y先生が「せっかくだから中級もどうですか」と言ってきた。「怒られるんじゃないかな」という不安に対して「逆に喜ばれますよ」という回答を受けて、やれるところまでやってみようと思い、受付で名前を書いた。
中級の担当はS先生、初級や初心者クラスではとても分かりやすいレッスンで定評があり、私もホームFCでよく参加している。噂では、教員からイントラに転身したらしいが、この人ほどイントラがピッタリしている人はそういないと思う。
不安と緊張の中で中級のレッスンがスタートした。このクラスになるとターンもたくさん入ってくる。音楽のペースもローインパクトでもかなりペースが速い。S先生の絶妙な誘導もあり、思ったよりスムーズに入っていくことができたが、動けるようになった分体力も消耗した。最後は完全にスタミナ切れとなってしまったが、中級クラスの面白さを存分に味わうことができた。
レッスン後にS先生から「よくついてこられましたね、あの内容は上級クラスと同じですから。向こうでもどんどん参加してくださいね」と言葉をいただいた。それまでS先生とはあまり話すことはなかったが、これを機にいろいろ質問したりして会話を持つようになった。
あれだけ動いた後だったので疲労も並大抵のものではなかったが、新たな週末の楽しみが見つかり、初のアウェイは予想以上の収穫が得られた。それ以来、金曜日はほぼ毎週鹿児島に足を運ぶようになり、現在も続いている。この頃から、健康増進からスキルアップへ目標が変わっていた。
■シューズの新替■
初のアウェイ以来、私は上級クラスにも参加するようになった。そんな7月上旬のある日、S先生がレッスンの前にシューズの話に触れた。私はこのとき入会時からのバレーボールシューズで続けていて、レッスン強度が上がるにつれて足の裏が腫れるようになった。偶然とは思うが、S先生は私が気になっていることがあると、タイミング良くその話題に触れることがある。レッスン後、いろいろな先生方からシューズのことを指摘された。最初は商売っ気を出してそんな話をしているのかなと思ったりもしたが、そのうち私のレッスンの参加状況に触れて(週に10本以上、上級への参加)、ケガには代えられないことを説明された。この説明に心を動かされ、フィットネス用のシューズを購入することにした。
最近はメンズものも市場に出回るようになったが、レディスものに比べると種類は格段に少なく、男性にはまだまだ馴染みが薄い印象を受けた。特に、27cmを超えると在庫も少なく、このときばかりは自分の足の大きさ(28.0cm)を不憫に思った。
また、靴下も日常履いているものでは明らかに耐久性に乏しかった。ひどいときは1回で穴が空いてしまうこともあり、靴下もスポーツ用のものを3~4足購入した。靴下で1足1000円以上金をかけるとは思いも寄らなかったが、さすがに履き心地は良く、金をかけただけの価値はあった。
■他社FCでのレッスン、初めての負傷■
10月中旬、仕事で約1週間の出張を命ぜられ、横浜方面に赴くこととなった。横浜は私の生まれ故郷、20年以上過ごしていたので私にとっては庭のようなものだった。とはいえ、最近は1年経たないうちに町の雰囲気がガラリと変化するので、帰省の度に戸惑いを覚えている。
そんな私の実家から歩いて10分程度の場所に大手のFCが数年前オープンし、話題になっていた。幸いにもそのFCでは法人会員としてチケットを購入することができたため、仕事が終わった夜に足を運ぶこととした。
施設の中は大手だけあって、最新の器材が所狭しと設置されている。ここの器材を2~3台でもうちのFCに置いてくれたらだいぶ違うのにと感じた。ちなみに、私のホームFCに置かれている器材はおそらく5~10年ほど前の世代のもので、ルームランナーに至っては最高8km/hという代物がまだ現役で使用されているほどである。
しかし、人間であるスタッフはおそらくバイトで雇われているのであろう。何となく頼りない印象を受けた。マシンの取扱いについてはひととおり教育を受けていると思うが、それ以上にメンバーさんに話しかけたりする様子もなく、そう考えてみると人とのつながりが非常に希薄に感じた。ここだけでなく最近のFCでは、カルテや個人的なアドバイスは別料金という考えが主流となっていることを後に知った。一長一短はあるが、多分こういうFCだったら長くは続けられなかったと今では思う。横浜で生まれ育ちながら気が付けば南九州の人間味あふれる空気が好きになっていた。
さて、スタジオレッスンはどうかと言うと、エアロ、ステップ、ボディパンプ、ヨガ等種類は非常に豊富で、最近の主流はほぼ網羅されていた。スタジオを2面持っていてこそこれだけのメニューを組めるものと思う。地方のFCの場合、スタジオが1面しかないところもあり、私のホームFCも例外ではなかった。しかも、ジュニアスクールが組み込まれていると、土日でも夕方以降に追いやられることになる。
肝心のレッスンの中味であるが、中級クラスでも極端に飛び跳ねるようなハイインパクトが少なく、その代わりターンを多く取り入れていた。動きは複雑だったが、息が上がることはなかった。エアロは入門からいろいろなクラスがあったが、中級以外は40~50分と全体的に短めで、レッスンの中でマットを出してストレッチをすることはなかった。個人的には初級や初心者クラスだからこそマットまでしっかりやってほしいと思うが、経営上これが現実なのかもしれない。
横浜滞在中はほぼ毎日のようにそこのFCに足を運んだ。1回あたり1
,500円の出費だったが、居酒屋に行くことを思えば大した額ではないと思った。行くたびにホームFCとのギャップを感じつつも、自分なりに楽しんだ。帰投する2日前のことであった。この日もFCに足を運び、コンビネーションクラスに参加することとなった。レッスンが始まって10分程度経ったとき、慣れない跳躍動作が入り、着地したときに左足に激痛が走った。内反捻挫だった。慌ててスタジオの隅に退避したが、普通に歩くのもままならない状態で、休憩に入ると同時にスタジオを後にした。フロントに行くと、状況を聞いていたスタッフが待機していて応急処置が施された。氷水で冷やすだけであったが、2時間近くそこで座って待つ形となった。やがてレッスンが終わり、先生が心配して駆けつけてきた。申し訳なさそうに話してきたが、レベルの高いクラスだったので先生を責めることはできないと思った。しかし、メンバーにケガを負わせると、場合によっては先生の責任問題になる恐れがあり、そうならないことを祈るばかりだった。
その先生とはその後1時間近く会話をしたが、このFCで会話を交わした唯一の人だった。基本的にレッスン以外で先生方と顔を合わせることがなかったので、とても貴重な時間となった。ある意味でケガの功名かもしれないが、これで後遺症を残すことになればそれどころでは済まされない。
今回こうしてお話したことで、ケガの原因についても究明することができた。第1にホームFCの動きに慣れたことで、逆に動きが凝り固まってしまったこと、第2にシューズを購入してからヒモがほどけなかったことを理由に約4ヶ月近くそのままにしていたことが考えられた。改めて結び直してみると5~6cm伸びてしまっていた。
これらの教訓から、シューズはレッスンの都度ヒモを結ぶこと、他社FCのレッスンに参加する場合は少しずつ足を慣らす、機会があれば他社のレッスンへ積極的に参加してマンネリ防止に努めることを肝に銘じた。
さらに、シューズを買ってから4ヶ月が経過して、踵のエアーが弱くなっていた。ちょうど新しいモデルがリリースされたのを機に新替えし