ソウルどたばた珍道中

 

 

< 日程 >

2006年11月30日(木)〜12月3日(日) 3泊4日

 

 

< お誘い>

 

フィットネスクラブのホームジムの友達から「ソウルに行きませんか?」と誘われたのが秋も深まるとある日だった。1つ返事で「行く行く〜♪」ソウルがどんな所なのかよ く解らずに単純なノリの私である。 今回のツアーは空港からホテルまでの送迎が付いているだけであとは全くの自由行動ら しい。「何をしようかな?」「美味しいものを食べようっと」 旅行会社とのやりとりは全て彼女に任せて、ガイドブックを片手にあれやこれやと想像を膨らませるノー天気な毎日だった。

 

 

 

<ハングル勉強開始>

 

 

とりあえず、「ハングルだけは勉強せねば」とガイドブックの巻末に記載されている会話集をひもとくのだった。物を買う時や食事をする時、不自由をしない程度にとカタカナ読みで会話を繰り返す。ネットのハングル語講座も覗いてみたりした。カタカナ読みでも通じるのかしら?今迄、フランス語と中国語で痛い目にあったからな〜(カタカナ読みで全く通じなかった)一抹の不安を感じながらも母音と子音の一部を少しでも覚えよう と頑張ってみた。

 

 

 

 

【11/30/2006 (1日目)】 初日から事件発生!

 

 

<事件その1> 飛行機乗り遅れそう事件

 

 

初日から波乱万丈の幕開けだった。 

JR環状線の天王寺駅から関空快速に乗るのだが、関空快速は12両編成で前4両が和歌山行き、後ろ8両が関空(関西国際空港)行きのはずだった。(これがあとで逆になって いたことが解る) 

いつものように後ろの車両に乗り込み、これから始まる楽しい旅行の話に花が咲いた。 おしゃべりに夢中になっている時に車内アナウンスが。

「次は終点、和歌山ぁ〜和歌山ぁ〜♪」 

「!?」 

二人、お互いに顔を見合わす

一瞬彼女の顔が青ざめる「どうしよう」 

私も一瞬血の気が引く。 しかし、ここで慌ててもどうにもならない。 

和歌山で降車して、折り返しで一番早そうな快速天王寺行きの車両を見つける。 

「とりあえず、旅行会社に連絡して。私は駅員さんに接続を聞いて来るから」 

 

和歌山から関空に行くには日根野(ひねの)で乗り換えなのだがこのまま折り返しの電車に乗車しても日根野到着が8:50、日根野8:51発関空行きがあったが正式には接続していないので乗れるかどうか解らない状況だった。 

これを乗り逃すと日根野発9:05になり、関空到着は9:15。どう考えても9:35発の飛行機に搭乗する事は絶望的になる。日根野駅到着後は何が何でもダッシュで走らなければならないことが解った。

 

車掌さんを呼び止めて日根野駅の到着ホームの様子を再確認する。日根野駅の4番ホームに到着して、正面階段を駆け上り右へ曲がって2番ホーム発の車両に乗れば良い事が解った。

 2人共、普段からフィットネスをしているからここは本領を発揮した。日根野駅到着前に車内で体のストレッチと足の屈伸運動を繰り返し、走る体勢を万全に整えた。少し恥ずかしかったが、ここで又肉離れでも起こしたらたまったものではない。 日根野駅で降車してからスーツケースをかかえて階段を駆け上る、そして走る、走る〜 。 

 

何とか間に合った!これで関空到着が9:00頃になった。ホッと安心したのもつかの間、 関西国際空港の巨大なロビーをスーツケースを滑らせまた走る、走る〜エレベーターなぞ待っていられない。スーツケースを持ったままエスカレーターの階段を時折コケそうになりながらまた走る。この際恥ずかしいなんて言っていられない。9:35発の飛行機には何とか間に合いそうだ。 荷物を預けたらもうこっちのもの、絶対私達を乗せてくれるはずだ。(荷物を預けた人数と実際に搭乗した人数が合わないと飛行機は絶対に飛ばない)

 

同行の彼女が「ねぇ〜ちょっとDFS(免税店)で買い物してもいいですか?」何と頼まれたタバコとお化粧品を購入する姿は余裕すら感じられる。「どうぞ、どうぞ〜」 2人共旅慣れているせいか、リミットまで時間を有効に使う。(使いすぎ!) 

アナウンス「ご搭乗の最終ご案内を致します」 

2人がダントツで最後の搭乗客となってしまった。ふ〜やれやれ、先が思いやられる旅行になりそうだ。まっ飛行機は定刻通りに離陸させたので良しとしよう。

 

 

 

 

<ソウル到着>

 

ソウルの仁川(インチョン)空港は独特の匂いがした。うん、これがウワサに聞くキムチの匂いなのか。気温は思った程寒くはない。冬のゲレンデの方がもっと寒い様な気が した。 

空港から市内の明洞(ミョンドン)まで車で約1時間だった。早速ホテルにチェックイ ンを済ませ、明洞周辺を散策する事にした。小雨が降っていたので近くのドラッグストアで傘を買った。 

初めておそるおそる話した韓国語「イゴ、ジュセヨ」(これ、下さい) 

通じた!嬉しいな〜でもそのあとで「計算はカウンターで」と韓国語で言われたのが理解出来なかった。(同行した彼女が通訳してくれた) 

安物でいいと思って日本のビニール傘を想像したのだが3,900W(ウォン)(約468円)で 結構立派な傘が買えたのでにんまりとした。 

 

朝からろくに食べていなかったので、午後から強烈にお腹が空いた。彼女がお勧めの蒸し餃子屋さんへ行った。餃子にも包み方にバラエティがあるし、中身の具にキムチが入っているのがいかにも韓国らしい。8-9個の餃子が3種類でお腹が一杯に膨れた 。 

 

明洞(ミョンドン)は古くからの繁華街なのでキレイなファッションビルがあったかと思えば、雑貨屋あり、屋台ありといろいろ雑多なものが混ざって回っていても飽きない。特にドラッグストアや雑貨屋さんは見て回るだけでも楽しいものだった。

 

夕方からホテル併設のミニジムでバイク&ウォーキングで汗を流し、スパで薬草風呂を楽しんだ。部屋にはバスタブがないがスパ(お風呂)があるのでこれで十分である。 

 

夕食は豚カルビ。彼女がソウルナビと言うサイトでちゃんと調べてくれていてインターネットの文字だけの道案内で奥まった暗いくねくねとした路地に入って行った。 「あった、あった」 観光客は殆ど来ないと思われるような地元の人ばかりのお店だった。 2種類の豚カルビを注文した。合計600gの豚のお肉+ビール+韓国焼酎で22,000Wだった。「えったったこれだけ?」あまりの安さに開いた口が塞がらなかった。この日は地下鉄の終電までフルに時間を使って遊んだ1日だった。

 

 

 

【11/31/2006 (2日目)】 板門店ツアー

 

今日は1日かけてDMZ(非武装地帯)の板門店(JSA)へツアーに参加した。 

板門店とはハングルではパンムンジョムと呼ばれ、韓国と北朝鮮の間に位置する停戦の ための軍事境界線上にある村の名前である。 

板門店へは個人旅行では絶対に行けない。許可された旅行会社(2007年12月現在は4つ)の主催するツアーに参加した人のみが訪問することが出来る。その中で板門店トラベルセンターが主催するツアーのみが北朝鮮からの脱北者も同行すると言う事で申し込んだのだ った。 

 

DMZとは1953年7月27日の朝鮮戦争(これは日本の呼称で韓国では「韓国戦争」と呼ぶそうだ)休戦協定に従い設置された軍事分界線=非武装地帯である。軍事分界線は西から東にかけておよそ248km(155マイル)の長さで韓半島を分けている。 

 

非武装地帯は軍事分界線を境界に南北2kmずつに分割されている地域である。およそ6400万坪に至る広大な区域である。軍事分界線を境界に南北側では100万名に近い軍隊が24 時間体勢で銃を構えて待機している。これが韓半島の現実である。 

 

155マイル休戦線で観光が許可されている場所は10ヶ所にすぎない。この中でオドウ山統一展望台→(昼食後)→西部戦線の板門店をツアーで見学した。 この日は旅行会社のプロモーションビデオ撮影日に当たっていて、50人弱のツアー客の内、約半分は英語圏の観光客だった。アメリカ人を中心に、スウェーデン、香港、シンガポール、その為、韓国人の通訳ガイドさんが2名(日本語・英語)北朝鮮から脱北者 であるガイドさんも2名+カメラマンと言う国際色豊かな大所帯だった。おまけに朝日 新聞の記者2名も取材の為に同行されていた。今年12月中旬に朝日新聞全国版に掲載されるコラム「岐路のアジア」の取材らしい。 

 

何と言っても衝撃的だったのは、脱北者のガイドさんによる証言の数々だった。彼女はまだ若い女性だった。 

彼女は北朝鮮の北東に位置する地方の出身者だった。去年の秋に中国へ逃げ、北朝鮮当局に捕まり殺される所だったのだが、中国の刑務所で7ケ月間過ごして今年2006年6月より韓国へ入国出来るようになったラッキーな脱北者だったと紹介された。私は去年の秋頃北朝鮮から中国へ大量の脱北者が逃げ込んだと報道されたニュースの内容を覚えてい た。彼女はその時の1人だったんだと思うと感慨深い。 

 

彼女から北朝鮮の実情をいろいろと告白して頂いた。1980年代頃まではそんなに不自由しない生活をしていたのだが1990年代になるとかなり生活も困窮を極めたと言う。脱北する前の彼女のお給料は1ケ月僅か100-200W(ウォン)だったそうだ。(200Wで約24円:2006年12月現在)信じられない位の薄給だ。 

 

以下彼女が話してくれた内容の数々を忘れない程度に書き留めておこうと思う。 

 

・学校の教育内容は主な4つは思想教育に時間を割かれる。 「身長の伸びが止まるまでに国に対して忠誠を誓います」と言う様な内容を書いたバッ チを左の胸につけられる。 

・女の子は13歳になると手の小さい卵型の顔のきれいな人だけが選ばれる。 (何に選ばれるのかはハッキリ言わなかった)

・身分は厳しく分けられているので、下の身分の者は幾ら勉強をしても大学の先生などにはなれない。(彼女は学校の先生になりたかったそうだが、それも無理だとわかったそうだ) 

・ピョンヤンに住んでいる200万の人は選ばれた人達である。見栄えが良くて幸せそうに見える人達が選ばれている。そういう人達の中に身体障害を持つ者が出たり、障害を持って子供が生まれたりすると一族郎党全て田舎の方へ移動させられる。 

 

板門店見学は基本的に外国籍の者しか訪問出来ない。韓国籍の人は通訳ガイドなど限られた人しか訪問は許されていないのだ。非武装地帯へ近づくと何となく緊張感を覚えてきた。国境近くになると武装した韓国の警備兵がバスに乗って来られた。訪問団の身の安全を守る為、護衛で来られたのだ。ここで全員パスポートを見せて身分を明らかにしなければならない。

服装の規定も厳しい。女性はミニスカートは禁止。またジーンズなども禁止。(ジーンズはアメリカの象徴であり北朝鮮の兵士を刺激することになるから だと言う)肌を露出するような服装も禁止であった。韓国軍の先導車に見守られて国境付近へと奥に進んで行く。 

最後に、「たとえ死ぬような事があっても文句は言いません」と言う趣旨の誓約書にサインをさせられた。いよいよ緊張感が増してくる。 

国境のすぐ向こうには北朝鮮の兵士が双眼鏡でこちらの様子を伺っている。 

 

南北会談が行われた小さな部屋にも案内された。「ふーん、ここで南北会談が行われたのか」部屋全体の写真は取ることが出来なかったが内部の写真はOKだった。一見粗末な掘っ立て小屋のようである。ここの線の半分向こうは北朝鮮の領土になるのだが、この部屋に限っては通行可能とのことだった。部屋の真ん中には線が描かれて私達は一応北朝鮮の領土の一部に足を立てた事になる。 

中では2人の韓国の兵士が直立不動で立って警備をされていた。1回の警備が40分→10分休憩でこれを1人1日3回繰り返すそうだ。一緒に写真を撮っても構わないとのことなので恐る恐るシャッターを切るのだった。 

 

 

<事件その2>  パンツ紛失事件

 

宿泊したホテル(イビス明洞)の部屋にはシャワーが付いているが、バスタブは設置されていなかった。その代わり日本の公衆浴場のようなミニジムとスパの設備があった。 お風呂のお湯は薬草を使用されており、快適だった。毎朝、朝風呂に入り(贅沢!)夜は1日の疲れを癒す毎日だった。 

 

事件は2日目の夜に起こった。 うっかりスパのロッカーにパンツを忘れていたのだった。翌朝気がついてフロントに連絡してみたが、見つからないとのこと。なくなったパンツだけが唯一のボトムで荷物になるからと余分な衣服は持ってきていなかったのだった。幸い、同行の彼女が余分にパンツを持って来ていたので借りることにした。サイズが合ってよかった〜。 とりあえず翌日買うことにして、何とか一件落着をした。

 

 

 

【12/1/2006 (3日目)】 昌徳宮(チャンドックン)見物

 

 

この日は世界遺産の建物「昌徳宮(チャンドックン)」見物と「お買い物」に費やした 。 

 

「昌徳宮(チャンドックン)」 

 

東アジアの建築史において非定型的な造形美が目立つ代表的な宮殿で、周辺の自然環境と完璧とも言われる調和をなし、1997年にはユネスコの世界文化遺産として登録された建物である。 

 

アクセス:地下鉄3号線安国駅3番出口徒歩5分 

 

決まっている3-4kmのコースを各国語によるガイドとともに1時間半弱の時間をかけて観覧することが原則であり、自由観覧は木曜日以外は出来ない。日本語のガイド観覧は1日4-5回(季節により変動)なのであらかじめ時間を確認してから出掛ける事が必要。 殆どの日本人がソウル市内観光コースの一環としてミニバスなどのガイドさん付きで到着していた。私達みたいに「9:30〜の日本語ガイド開始時間に間に合わないっ!」と焦りながら地下鉄の駅の階段から早足で到着する人は皆無だ。(それにしても今回の旅はよく走る) 

 

この日は事の他寒かった。手袋をしていなかったら、手がかじかんでガタガタと震えそうな位である。説明するガイドさんも、寒さに体をゆすりながら説明をされていた。

 

 

 

 「お買い物」 ジーンズ 

 

海外旅行に出掛けると殆どの方がDFS(免税店)でのお買い物をされると思うが、私は殆どしない方だ。それよりもその土地地元で売っているような安いモノを買うことが多い。ソウルは雑多なものが溢れていて、買い物ココロをくすぶられることが多かった。 歩いていると屋台も多く見受けられる。

お昼はいろんな屋台の食べ物を食べたがどれも美味しかった。日本のさつま揚げみたいな魚の練り製品やトースト屋台、お菓子、揚げたもの、蒸したもの、焼いたもの・・・名前を挙げたらキリがないほどだった。 衛生面を考えれば問題もあると思うが、「作りたて」を食べられる幸せはこの上ない。 

昨日パンツがなくなったので、彼女お勧めの「韓国製のジーンズ」を捜して数店を回った。場所によってはファッションビルの中に「一坪店舗」みたいに仕切られたスペースでお店を構えているので、フィッティングルームがないのだ。その代わり、大き目のスカートのような形をしてウェストがゴムの部分になっているような布を貸してくれる。 これを着ている服の上に被り、ボトムの着替えをするのだ。慣れないと人前で着替えると言うのは抵抗感があるものだ。しかし、ジーンズは試着しないとお気に入りは見つからないのでこの際恥ずかしいとか言っていられなかった。お店のおばちゃんが私の腰を 左右から両手であてるとピッタリとしたサイズのジーンズを持ってきてくれた。凄いな 〜(1週間経ったら少し伸びて来て大きくなってしまったけれど) 

 

 

 

「お買い物」 お菓子 

 

スーパーやコンビニには日系企業のお菓子も沢山あるが、やはり韓国企業の「普通に売られているお菓子」はお土産に最適だ。安いしかさばらないのでスーツケースの隙間に ピタリと入る。いろいろ食べてみたが、お勧めは「たこせんべい」と「チョコレートの コーティングされたひまわりの種」である。私は食べなかったが結構激辛のお菓子もありそうだ。辛い物が苦にならない人はいろいろ挑戦してみると楽しいだろう。

 

 

 

 

「お買い物」 韓国お化粧品 

 

ついに買ってしまった。韓国の最高級化粧品「雪花秀(ソルファス)」

お肌のキレイなガイドさんが強く勧めるので、ついお財布の紐が緩んでしまった。化粧水、乳液、クリ ームの3点を購入して、DFS(免税店)の10%の割引券を使用して$139だった。もちろん、私が生涯購入した中で一番高いお化粧品だ。さて、この化粧品でどこまで効果があるのか興味深々だ。やはりこれだけ投資したならば、少しは効果があって欲しいものだ。DFSで購入したのはたったこれだけだった。 

 

 

 

「屋台」 

 

ソウルを歩いていて目につくのは、あらゆる種類の屋台である。練り製品からお菓子、 揚げ物、蒸し物、朝食用のトーストまで日本では考えられない程の数々の屋台の味を賞味した。味は殆ど口にあった。その中でも一番印象に残ったのはソウルリピーター6回 目の彼女が「ここがソウルで一番のトースト屋台」とお墨付きの屋台だった。場所は南大門のインフォメーション前の所にあるのでとても解り易い。 

 

 

<事件その3> お店にポーチ忘れ事件

 

この日お昼ご飯を食べたお店にピルケース代わりにしていたポーチを忘れてしまった。 中身は薬、ルージュ、アイシャドウ、紅筆など。ポーチも新しかったし、お化粧品も買ったばかりだったので、ちょっとショックだった。今更取りに戻れないし、悔やんでも仕方がないことだけれど。お店に若いお嬢さんがいらっしゃるみたいだし、忘れ物の日本人が残したお化粧品、使ってもらえたら嬉しいなと思う。(それとも即、ゴミ箱行きになったのだろうか。だとしたら哀しいなあ)

 

 

 

【12/2/2006 (4日目)】

 

最後の日は午後7時半のフライトなので時間はタップリあった。 とは言っても午後3時半にはホテルに迎えに来ると言う。(早すぎ!)乗り遅れないよ うに十分に余裕を持っての事だろうが、行きが行きでギリギリに飛行機に乗り込んだだけに随分早いお迎えのような気がした。 

 

限られた半日間を有効に過ごそうと朝からまたまたお買い物三昧。地下鉄でソウル駅側のロッテマーケットへ。巨大な店舗で迷いそうになる位広い。カートも巨大ならば、置いてある品目もハンパじゃなかった。ここでまた彼女お勧めのソウルのお菓子や海苔な どをしこたま買い込んだ。荷物はかさばったが、重さは軽いものばかりだ。折りたたみの手提げ袋を準備していたが足りなかったのでビニール袋を買うことになってしまった 。省資源化の為、ビニールは有料となっているのだった。 

 

この日はゆっくり食事をする余裕もなく、ドーナツ&コーヒーなどの軽い食事で済ませた。 

毎日辛目の食事が続いていたので甘い物が胃の中にすんなり入ることが出来た。韓国の某ドーナツショップ(欧州系:最近新宿に1号店がOPENしたとか)は太っ腹なのだ。その店のプレーンタイプのドーナツは来店した人全員に無料で配っている。だから追加で注文するのは飲み物のみ。驚く事にその無料のドーナツをもらって、飲み物も注文せず にお店を出て行く人も多い。しかしお店の人は一向に構わない様子だった。かと言えば 、一方でダース単位で大量に注文している人も多くあり、結果的に儲かっているから「 ケンチャナヨ?!(構わない)」 

 

 

<感想> 

 

韓国は6年程前に釜山(プサン)へは行った事があるが、ソウルは初めてだった。日本人観光客の殆どはミニバスなどで「観光+食事」付きのツアーに参加する事が多いらし い。言葉が通じない不安があるからそれも当然の事だろう。今回は同じジムのお友達で ソウル6回目のリピーターと同行だったので移動は全て地下鉄を使用した。(2日目の板門店ツアーと空港→ホテルの移動を除く)ソウルの地下鉄はくまなく網羅されているの でどこに行くにも不自由をしない。しかも1回僅か900W(約108円)なのでとても安いのだ。11/30〜12/2迄の3泊4日で、航空券とホテル代その他で55,000円、板門店ツアーが8,000円、1日3食×4日分の外食代と交通費を合計しても日本円で2万円からお釣りが来る程安かっ た。 

リピーターの彼女曰く、「それでも昔よりは円よりもウォンが強くなっているし、ソウルの物価そのものが上がりつつあるので以前よりは日本から旅行には行きにくくなっている」そうだ。 

逆に韓国から日本への方が金額的には行きやすくなっているのかもしれない。 

 

今回の旅行は、同行の彼女のおかげで普通の観光では行かないような路地裏のお店に連れていってもらったり、北朝鮮との国境まで出掛けたり、ユネスコの世界遺産を見学したり出来たのだった。 

僅か3泊4日の旅行だったが、短いながらこんなに充実した旅行は久しぶりの事だった。

旅行の最後の日に彼女がこう言った。

「またソウルに行く時があったら、声を掛けて下さいね」 

赤の他人と気持ちよく過ごせたのは、きっと私達がとても気が合ったからに他ならない。 

朝起きたら、ベットにいないなと思ったらホテルのジムでヨガやストレッチをしていた彼女に脱帽しつつ、

こんなに楽しい旅行を提供してくれた10歳年下の彼女と過ごした4日間はずっと忘れられないだろう。 

ジムで出遭ったお友達に改めて感謝・・・

Mさん、本当にありがとう。 

又、一緒にエアロビっちゃいましょうね。

 

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1日目昼食

1日目夕食

2日目朝食

統一展望台

向うは北朝鮮

米国人の方に

撮ってもらった写真

いよいよ板門店

国連の建物

き、北朝鮮領土ですよ

向うから双眼鏡で・・

警備中の韓国の兵士と

お人形ではありません

北朝鮮領土をバスから

北朝鮮側の見張り台

(右奥に建物)

韓国側の見張り台

(中央の青い建物)

バスの護衛兵士と

これ、ナンだったっけ?!

「帰らざる橋」

2日目の夕食

昌徳宮

建物が韓国らしい

青い瓦です

内側はこんな風

お庭です

(「チャングムの誓い」の撮影現場)

3日目の昼食

イルミが綺麗でした

3日目の夕食

鳥まるごと一匹!

明洞(ミョンドン)の町並み

ホテルのフロント

ホテルイビス明洞

オススメ