最終更新日:2007年7月11日
『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒 江國滋闘病日記』(新潮文庫) 2000/11/26 UP
【闘病記】
辞世の句をタイトルにした壮絶な闘病記。でも、「敗北宣言」と題されたこの辞世は、とても清々しくて、「敗北」だとは思えない。ゆっくりと酌み交わしたら、きっと癌の方が参ってしまうに違いない・・・。
『荷風散策−紅茶のあとさき』(新潮文庫) 1999/8/4 UP
【評論】
この鋭い感性に、二度と再び出会えないのだと思うと、とても哀しくなります。もともと読み飛ばせる本ではないですけれど、たまたま手にしたときが今だったので、いつもよりずっとゆっくり読んでしまいました。でも、読んでいても「なぜ?」とばかり思ってしまいます。ただ今はご冥福をお祈りするのみです・・・。
『夫婦の一日』(新潮文庫) 2000/3/5 UP
【フィクション】
最初の1編を読んだときには、エッセイだと思ったのですが、読み進むにつれて、やっぱりこれは短編集だ・・・。
でも、どの作品にも、著者の影が色濃く落とされているので、フィクションではあってもやはり「半自伝的」というのがふさわしい。
人の姿は消えてしまっても、形あるものが残っている・・・私にはそれはとても幸せなことだけれど、亡くなった人にはどうなんだろう?
『最後の花時計』(文春文庫) 1999/12/17 UP
【エッセイ】
一番最後まで新聞に連載されていたエッセイが本になりました。
著者は亡くなっても、こうしてまた、その心に触れることができる・・・それはとても、幸せなことですね。
エッセイ自体は、読んでいても悲しみを思い起こさせるようなことはないけれど、あとがきを読むと、じ〜んときます。病気の最中に書いているのに、その苦しみは片鱗も見せず、ただ、外の世界のあれこれを書き綴ってあります。こういう人こそ、真に強い人なんですね。
『ほんとうの私を求めて』(集英社文庫)
【エッセイ】
箱のふたを開けたら・・・そこに本当の私が、座っていたらいいのに。自分のことだからこそ、かえって見えないもの・・・。内に潜む自己への旅は人知れず始まり、大きなピリオドで終わりを告げるのですね。
『十一の色硝子』(新潮文庫)
【フィクション】
「半自伝的な」短編集。色硝子−光が射し込めば、様々な色に輝きますが、薄暗がりの中ではただ暗いだけ。でも、硝子は、はっきりと透けて見えるよりもぼんやりと暗い方がいいのかもしれません。
『深い河』(講談社文庫)
【フィクション】
この本については、どう書けばよいのか。読み終わった後、しばらくは何も考えることができませんでした。「自分は何を求めているのか」−いつまで経ってもぐらつく思いを抱えながら生きていくことに、一体どんな意味があるのか−私の目の前を流れてゆく河は深い…、あまりにも深いです…。
『カプグラの悪夢』(講談社文庫) 2001/9/25 UP
【ミステリ】
ちょっと変わった味わいの短編が5編。連作集です。一見、なんでもない人探しや尾行が、思わぬ事件になっていって、楽しめる1冊でした。
『この生命(いのち)を凛(りん)と生きる』(講談社文庫) 2001/12/12 UP
【ノンフィクション】
事故で半身が麻痺してしまって、車椅子での生活を送る娘と、彼女を支え続けた母・・・時が流れ、確実に老いの影が忍び寄り、母がぼけ始める・・・死までのわずかな時間。車椅子の娘が、たった一人で母を看取る。逆流させたくなる時間を感じた。どんなことがあっても、この人たちは同じ人生を選ぶんじゃないか・・・
『ヴェネツィア奇譚』(郁朋社) 2000/12/3 UP
【紀行】
すっかりイタリアへ行く気分になっていたときに買った本。
気分はオペラ!の今になって読んでいると、ちょっと残念な気持ちがこみ上げてくるなぁ・・・
とってもよい雰囲気を味わえる本です。こんなのを読むと、またイタリアへ行きたいって気持ちのほうが高まってくるじゃない(笑)
『ホスピスでむかえる死』(文春文庫) 2008/8/15 UP
【ノンフィクション】
この本は3年前にまとめられたものの文庫化。ほんの数年前になってもまだ、こんなひどい医者がいる!ということへの驚きのほうが、ホスピスの話よりもぐっと迫ってきます。
考えていても、考えていなくても、こうして毎日生きている、視線のずっとその先には、誰にでも同じ死が待っている・・・病気であれ、事故であれ、自然死であれ、それが安らぎでないのであれば、それは人の最後として一番悲しいのではないか? その一生がどれだけ恵まれ光に満ちたものであったとしても、のた打ち回らねばならないような悲惨な最期をむかえるのであれば、すべては帳消しになってしまうのではないか?
『沖田総司を歩く』(新潮文庫) 2003/12/13 UP
【紀行】
いつの間にか本屋さんに注文していたらしい・・・先週、図書館に届いた中にあったのだけれど、本人は、まったく覚えなし(笑)。でも、結構面白かった。新撰組って興味なかったけど、なんか、凄すぎるくらいひどい(爆)
『須賀敦子のローマ』(河出書房新社) 2003/10/12 UP
【紀行】
須賀敦子の跡を辿る旅第3弾。ローマ、永遠の都。私にとってはどうだろう?
『須賀敦子のヴェネツィア』(河出書房新社) 2002/6/4 UP
【紀行】
いつか、必ず、行きたい、ヴェネツィア。
そのときには、ぜひ、手にしていたい、本。
『須賀敦子のミラノ』(河出書房新社) 2002/6/1 UP
【紀行】
須賀敦子の本を読むことは、ある意味で自虐的。これもまた、同じ意味のある本。
須賀敦子の生きた時代、歩いた場所、暮らした家、眠った部屋・・・イタリアという遠い、今よりもはるかに遠い国で、「淋しい生き方」を自覚したのは、やはり、イタリア時代なのだ・・・そう感じさせるものがここにあった。
淋しくて、豊かさに満ちた生き方−須賀敦子が自覚していたものは、淋しいだけではなかったとつくづく思う。そして、私は、自分に出来ないこと、自分にないものを、本の中に求めている・・・
『ウィーンに生きて』(音楽之友社) 2002/10/3 UP
【エッセイ】
桐朋第1期生、ウィーンに留学し、長い間その地で打楽器奏者として活躍した著者のエッセイ。とても威勢のよい言葉で、スカッと読める1冊。
『近衛秀麿−日本のオーケストラをつくった男』(講談社) 2006/9/7 UP
【伝記】
ついこの間までの日本には、型破りだけれど、なんとも魅力に溢れた素晴らしい人たちがいたのだと、改めて痛感。いいことばかりではない。それは理解しているけれど、何かを成そうとするならば、ある意味で形に囚われない、その人でなければ!と言える「何か」を持ち合わせていることが重要なんだろうなぁ・・・でも、今は、そんなことは許されないのだろう。すべてが小粒になってしまって、本当につまらない世界に思えてしまう。もちろん、良くなったことだってあるには違いないけれど。
『オペラの運命−十九世紀を魅了した「一夜の夢」』(中公新書) 2001/7/18 UP
【評論】
新刊を検索していて見つけたものの、書店で手に取ったときには、「ちょっと難しいかも・・・」(笑)
まあ、何とか読み終わることができました。肉体的に疲れているのと頭が疲れているのとは違うんですね。もっとも、頭の方も、全く疲れていないわけじゃないようですが・・・
オペラに関しては、かなり独断的な本だと感じましたが、一読の価値はありました。
『須賀敦子のアッシジと丘の町』(河出書房新社) 2004/2/6 UP
【紀行】
こんな小さな町々を、ゆっくりと、時間をかけて歩いてみたい・・・
少しずつ読みながら、まだ知らぬ町を想像し、ページを繰り、添えられた写真を見る。
この街角、この坂道、いつか、歩けるかしら?
『須賀敦子のトリエステと記憶の町』(河出書房新社) 2003/10/12 UP
【紀行】
須賀敦子の、というよりも、ウンベルト・サーバの跡、といった方がいいのかもしれない。が、サーバの跡を追いかけているのは、私ではなくて、須賀敦子だ。私はただ、その後姿を眺めているだけ。耳に聴き覚えのある地名が、目の前の地図の中で、少しずつ形になってくる。今度こそ、私の中に、新しく記憶として止まってくれるだろう、そんな予感がする。
『ヴェネツィア ラグーナの風』(河出書房新社) 2003/5/1 UP
【エッセイ】
イタリア・ヴェネツィア在住の日本人の手になるエッセイ。1編が2,3ページほどで、ちょっとした時間でも簡単に読めて、イタリアの露地に入り込んだような印象を受けられる本。粒子の粗い写真が、それぞれの人を表しているようで興味深い。イタリアというよりも、イタリアの人々についた語っている本といったほうがいいかもしれない。
『偶然の祝福』(角川文庫) 2006/1/3 UP
【フィクション】
いつか失ってしまうかもしれない・・・
だからこそ、人は、こんなにも「何かを手に入れること」に執着するのだろうか?
こんなにさらりと、失ってしまえること。それは、物事にこだわっていないようでいて、その実、誰よりもこだわっていて、こだわっているから、来るべき時にはきちんと手放すことができるのだと、そんな風に感じた。
『余白の愛』(中公文庫) 2005/12/17 UP
【フィクション】
愛はどこへ行ってしまうのだろう?
読み終わったとき、それだけを感じた。
手放したくなくても、手放さなければならないもの・・・
人には誰にでも、その人だけの「愛」が用意されているのだろうか?
『薬指の標本』(新潮文庫) 2005/12/17 UP
【フィクション】
生きている、それだけで、私たちは日ごとに何かを失っている・・・そんな思いを抱かせるストーリー。最近の分厚い文庫本に比べると薄さが目立つけれど、その重過ぎない量がしっくりとくる。
『博士の愛した数式』(新潮文庫) 2005/12/17 UP
【フィクション】
何を言えばいいのだろう? 言葉がない。口から出てくる言葉がないのではなく、心をよぎる言葉もないのだ。ただ、読み終えた本をそっと胸に抱きしめて、誰にも聞こえないようにそっと、本当に密やかにほぅっとひとつ、ため息をつきたくなる。
『完璧な病室』(中公文庫) 2004/12/10 UP
【短編集】
この人の言葉には、何かこう、しっとりとした、しなやかな重み、と言うようなものがある・・・
捉えようのない、だけれど、確かな手ごたえを感じさせるものが。
『凍りついた香り』(幻冬舎文庫) 2001/10/1 UP
【ミステリ】
読んでいる間中、心がどんどん凍り付いていくようだった・・・
自分自身でさえわからないのに、どうやって人を理解できるというのだろう・・・
『アンネ・フランクの記憶』(角川文庫) 1999/7/18 UP
【ノンフィクション】
アンネの足跡をたどって、フランクフルトからアムステルダム、アウシュビッツへと続く道を歩き、書いた記録。
読むほどに、10代の頃に「アンネの日記」を読んだことから、言葉で自分を表現することに心惹かれて、作家への道を歩み始めた著者の想いが、痛いほどに伝わってきます。
アンネたちの隠れ家生活を支えたミープさんやアンネの親友ヨーピーさんとの会話もはめ込まれていて、薄いけれど、たとえようもなく重い本に仕上がっています。
『困った人間関係の精神分析』(新潮文庫) 2003/11/14 UP
【エッセイ】
読んでいて思わず笑っちゃった。もちろん、困った人間関係の中で過ごしている人々にしたら「笑い事」なんかじゃないだろうけど、そして、私だって、ある意味では困った人間関係の中にいるのかもしれないけれど、だけど、そうだって、笑わないわけにはいかない(笑) 願うらくは、私自身が「困った人」ではありませんように、ただそれだけだ。
『やわらかな心をもつ』(新潮文庫)
【対談集】
指揮者と数学者の対談。対談を企画した人は思ってもみなかったことに、この二人はもう長いつきあいの「親友」で、武者修業時代の話がぽろぽろと出てきたりして面白い。
『螺旋館の奇想』(文春文庫) 2006/8/28 UP
【ミステリ】
この人のミステリは、書店ではついつい手にしてしまうのだけれど、読み始めると、凝りすぎていて、とてもとても読みづらい(^^;。面白くないとは言わないけれど・・・面白いとも言えないかも(笑)
『黄昏の百合の骨』(講談社文庫) 2007/7/11 UP
【ミステリ】
過去にも、未来にも、繋がっている話。だけれど、これだけでも独立している話。どちらにも依らず、阿ることなく独り立ちしている物語。

