最終更新日:2006年5月27日
『愛をこめ いのち見つめて〜病床からガンの友へ』(集英社文庫) 1999/7/3 UP
【往復書簡集】
原因不明の病気で、入退院を繰り返し、歩くことさえままならぬ日々の中で、ガンと闘う友へ手紙を送りつづけた人・・・。時に励まし、時に叱咤し、死を見つめ、生を見つめ、病気への不安に対抗し、互いに支え合う一本の糸が織り上げたもの・・・それがたくさんの手紙となって交換されました。
たとえ病に侵されてはいなくても、人として生まれてきた以上、いつかは必ず死ななければならない・・・けれど、死を語ることは今はほとんどタブーに近い。闘病して生きて病院の外に出て行くことばかりが医者の関心を集めてしまって、病気との闘いに負けてしまえばそれで終わり、その人がどんな生を、どんな死を生きたかは語られることもない・・・。心理学的な人の心に隠された襞も、科学的な遺伝子や細胞の話も、手紙に綴られたすべての話が、どんな人に対しても、よりよく生きるということだけが人生のたったひとつの目標である、と、語りかけているようです。
「どれだけの苦労をしたとか、どれだけの努力をしたとか言わなくても、人生の決算の時に、それはおのずとそのひとの中にあらわれてくるのだと。その姿を美しくするために、きょうも一日自分に厳しく生きなければなりません。」死の淵を見つめ続けると、人は自分に対してこれほど厳しくなれるのでしょうか。
『言葉の力、生きる力』(新潮文庫) 2006/2/8 UP
【エッセイ】
この人の本を読むと、どんなに落ち込んでいても、前に進む勇気が湧いてくる。この人の言葉には、本当の命が溢れている。そんな気がするのだ。豊かな言葉は、心の豊かさだと思う。そして、心の豊かさは、この世のどんな宝にも替えがたい。
『時代と人間が見える−読むことは生きること』(新潮文庫) 2003/3/14 UP
【エッセイ】
ノンフィクション賞受賞作品の案内本。ノンフィクションは、当たりハズレが大きいように思うので、こういう案内書をよく参考にします。小説のあまり面白くないのは無理してでも最後まで読み通せるけれど、ノンフィクションはダメ。絶対に無理できない。
今回も読書リストに追加した本がたくさん。そして、読んだ当時はノンフィクションだなんて思わずにいた、懐かしい本のタイトルを見つけてちょっとしんみり。「あ、これはあのころ読んだ本だ・・・」タイトルから昔を思い出すなんて年かなぁ?
『人生がちょっと変わる−読むことは生きること』(新潮文庫) 2003/1/31 UP
【エッセイ】
何か、ほんの少しのきっかけが、すべてを変えてくれるかもしれない・・・
そう信じることが辛くなったとき、こんな本を読みたいです。
『脳治療革命の朝(あした)』(文春文庫) 2002/9/26 UP
【ノンフィクション】
脳低温療法による救急救命法。最先端の医学が、あとは死を待つばかりの人たちを救っている。単なる延命に使われるのではなく、こんな風に、生きるために使われる医療って素晴らしい。
『いのち−8人の医師との対話』(講談社文庫) 2000/3/22 UP
【対談集】
本のタイトルはいのちですが、それよりもむしろ、「死」について語り合われている印象の強い本です。
ここの登場する医師たちは、いずれも、第一線で活躍中なおかつ、ただ生かすだけの医療ではなく、ある1人の患者にとって、どのような生が、あるいは死が求められているのか、時間との戦いでもある場で、寸暇を惜しむかのように、真剣に考えている人たちです。こんなに考えてもらうのならば、患者の方だって、もっともっと親権にならざるを得ないようです。もちろん、患者ではなくても。なぜなら、死は、誰の傍にもひっそりと、しかし大きく立ちはだかっているのですから。
『犠牲(サクリファイス)−わが息子・脳死の11日』(文春文庫) 1999/6/27 UP
【ノンフィクション】
単行本が出版されてから4年。文庫化されました。単行本が出版された時には、まだ日本では脳死は死とは認められていませんでした。でも、この4年の間に社会は変わり、脳死が死と認められ、脳死者からの臓器移植も法律化され、もうすでに何例かの脳死移植が行われています。たった4年とみるか、それとも、もう4年とみるか・・・読む人によって受け取り方はまちまちでしょうけれど、4年前には考えられなかったことが、現実に行われる社会になった・・・ということは、この4年の重みを感じずにはいられません。本の最後に書かれている、脳死と移植に関する著者の問いかけに対して、脳死移植にGOサインを出した今の世の中が、答えを出せているのかどうか、あらためて自らの心に問いただしたいと思います。
『かけがえのない日々』(新潮文庫)
【エッセイ】
本当にかけがえのないものって、喪わないと目に見えてこないのかもしれませんが、喪ってしまってからそう気づく前に、毎日毎日を「かけがえのないもの」として過ごしていくようにできたらいいのに・・・。
『「死の医学」への日記』(新潮社)
【ノンフィクション】
『「死の医学」への序章』のその後、毎日新聞に連載されていたものをまとめたものです。前著は何度読み返しても新しく問われることが多いのですが、この本もそうなりそうです。人間にとっての死−どのように死ぬか−は、昔なら、日常生活の中に自然にあったことなのでしょうけれど、いつの間にかこんなにも難しいことになってしまったんですね。
『犠牲ーサクリファイスー』(文芸春秋)
【ノンフィクション】
一気に読み上げました。表紙のコラージュから目が離せません。細かい字でびっしりと書かれた日記。一人の人間にできること、できないこと。少なくとも、私にはできない一つのこと。著者がタイトルに込めた意味を深く噛みしめたいと思います。
『自己愛上司があなたを悩ます』(洋泉社新書) 2005/8/16 UP
【エッセイ】
エッセイと読んでしまえるほど軽くはないけれど、読んでいて、もう、爆笑もの。あまりにも、良く似た存在が、周りにたくさん居過ぎて・・・(爆)
でも、ここに書かれていることは、真実で、それはたぶん、日本中に広がっている・・・予想を超えたスピードで。これからどうなるんだろう? どうなってしまうんだろう? 答えが出せるのであれば、いいけれど・・・
『キッド・ピストルズの妄想−パンク=マザーグースの事件簿』(創元推理文庫) 2000/5/2 UP
【ミステリ】
パラレルワールドのイギリスを舞台にしたミステリ。中篇が3編収録されています。ちょっととんでもない人たちが探偵になっているけれぢ、推理は正統派。見かけによらぬ博学ぶりが愉しい。
『上品な人、下品な人』(PHP新書) 2006/5/27 UP
【エッセイ】
こんな風に、私も見られているのでしょうか? どこかで誰かが見ているんだと思うと、何をするのにも勇気がいりますねぇ(笑)。
『ここが僕たちのホスピス』(文春文庫)
【エッセイ】
ホスピスは、「死を待つ」場所ではないー人は、死ぬ瞬間まで「生きている」のだと改めて実感します。今更特にいう必要もないくらい「当たり前のこと」かもしれないけれど。
『藪の中の家』(文芸春秋)
【ノンフィクション】
芥川龍之介の自殺の真相に迫る物語。未発表の主治医の日記を丹念に読みすすめながら、どうしても出てこない真実までの溝を埋める最後の1%。推測するしかないその溝が、完全に埋まることはあり得ないことですが、十分に納得できる結果を導き出しているようにも思いました。自殺という事実にかわりはなくても、「どのような手段で?」と言うことが一冊の本に値する重みがあるのかどうか、意見の分かれるところかもしれません。ただ、解剖もされなかった、と言うことは、読んでみて始めて知りました。
『熱月(テルミドール)』(講談社文庫)
【フィクション】
実在のモデルがいますが、フィクションとして読むのが相応しい本だと思いました。テンポもあり厚さの割には読みやすいですが、同じことの繰り返しのようで、そういった他人の人生を垣間見ることに飽きてきます。
『みんないってしまう』(角川文庫) 1999/10/16 UP
【フィクション】
12の短編が収録されていますが、本当のことを言うと、最初の1編「裸にネルのシャツ」以降の物語は、ちゃんと読んだのかどうなのか自分でもわからないのです。最後のシーンが、とても考えさせられたので・・・。なんだかすごく貧乏くじを引いちゃったみたいな気もするけど、でも、ああでなきゃ、恋愛なんてできないんだろうな・・・と、少し自嘲気味に思いました。だって、私なら、絶対に立ったりしないと、そう思ったから・・・。
『きらきら星をあげよう』(集英社文庫)
【フィクション】
著者のデビュー作だそうで、コバルト文庫の復刻版だとか(あとがきを読んだ初めて知りました)。そう思って読みなおすと、なんだか所々に初々しさが感じられるような気がしてきます(笑)。
環境が変わることによって、ヒロイン・日和が出会った様々な人たちと彼らが紡ぎ出す数々のエピソード。それは誰もが一歩一歩登りつめてゆく階段にも似ているようで、なんだかとても懐かしい気分になりました。私は日和がちょっぴり大人に感じられた最後のエピソードが好きですが、みなさんはどうでしょうか。
『絶対泣かない』(角川文庫)
【フィクション】
全部で15の短編と付録の1作品が収録されています。そのお話も、何らかの職業に携わっている女性たちの内面を描いていますが、一番印象に残ったのはあとがき。あとがきの最後の数行が、ぶすりと胸に突き刺さりました。
『眠れるラプンツェル』(幻冬舎文庫)
【フィクション】
この人の小説は、本当にひと味違っていて、そこがちょっと不気味なんだけど(といっても、文字通り”不気味”というわけでもないのですが)、目が離せないです。ちょっとしたボタンの掛け違い・・・それは普通に生きていたらよくあることだけど、たいていは、最後には上手くいくものなのに、この人の手に掛かると「あ〜あ」と言う結末が待っていて、そう言うところが何とも言えず魅力的。小説は捨てがたい人だなぁ〜。
『あなたには帰る家がある』(集英社文庫)
【フィクション】
久しぶりに読みました。エッセイが気に入らなかったので、しばらく離れていたのですが、日常生活に潜んでいる何気なさをこれほど恐く書ける人は、やはりこの人ならでは、ですね。これでも「帰る家がある」というのは何とも言えず切ないような気もします。
『きっと君は泣く』(角川文庫)
【フィクション】
この人の本は・・・救いのないのが辛いなぁ・・・といいながら結構読んでいます(笑) でもこの間、エッセイを読んで、小説なら読めるけど、エッセイは二度とごめんだと思いました。写真や鏡にうつる「私」が、他ならぬ「他人」の目にうつる自分なんだと、改めて思い知らされました・・・。鏡はありのままの姿を映しているけれど、なんとなく、「そうありたい姿」とか「そうあるべき姿」を映してくれるものだと思い込んでいるようなことってありますよね。
『ブラック・ティー』(角川書店)
【フィクション】
納得のできる短編、身につまされる短編、思わず頷いてしまう短編が詰まっていました。そこはかとなく漂う独特の「怖さ」がこの方の特長なのかな? 「群青色の〜」でも感じたあの「怖さ」の片鱗を、再び感じました。

柳田邦男