aine's Healing Classics

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〜癒されるとき〜

最終更新日:2000年6月1日

 ヒーリング・ミュージックってご存じですか? 私がこの言葉を知ったのはそんなに古いことではありません。ちょっと落ち込んでいた時期に、ある友人が「ヒーリング・ミュージックって知ってる?」という言葉とともに、1本のテープを渡してくれたのが最初でした。そのテープには、シューマンのピアノ曲が録音されていました。でも、ずっと長い間、そんなに深く考えずに、そう、好きな音楽を聴いていれば心は落ち着く・・・くらいにしか思っていなかったのだけど、本当に、音楽によって、心だけではなく、身体も癒される・・・と実感したある夏のことを書いてみたいと思います。何か特別の処方があったわけじゃない、ただ、人から薦められたCDを、繰り返し繰り返し、聴き続けた夜のことを・・・。

レクイエム K.626(W・A・モーツァルト)
 95年・夏の終わり。特に暑いというイメージもなかったあの夏。ちょっとした気のゆるみから、私は、外出できないほど、アレルギーを悪化させてしまいました。毎日の通院と抗アレルギー薬の注射。絶え間ない痒みと火照り。症状は皮膚に出たので、隠したいと思うのに、お化粧をすることも止められた日々でした。余りの痒みに、手は無意識に全身を掻きむしろうとしていました。夜、寝ている間につい掻いてしまった小さな傷が、無数にありました。抵抗力を押さえているために、ホンの小さな傷でもなかなか治りきらずにいて、少し気を抜くと、赤く腫れてしまうのでした。特にひどかった首筋と腕は、火傷のようになっていて、痒いとも痛いとも言えない辛さでした。

 ただ痛がゆいだけで、他はなんともなかったので、家にじっとしていることはとても辛いものでした。落ち着いて本を読むこともできなくて、暇つぶしには、結局、ずっとCDを聴き続けるくらいしかなかったのです。あのとき、私は初めてヒーリング・ミュージックに出会ったのだと思います。その時に聴き続けたのが、ちょうど枕元にあったモーツァルトのレクイエム。ダニエル・バレンボイム指揮、パリ管弦楽団演奏のこのCDは、ソプラノのソロをキャスリーン・バトルが歌っているから買った1枚でした。この1枚のCDを、オートリバースにして、ひたすら聴き続けました。夏の終わりから秋が深まるまでの3ヶ月。そうして、痒みから意識を逸らせることができるようになった頃、いつしか抗アレルギー薬の注射は週3本に減っていました。レクイエムは、元から好きな曲だったけれど、いつのまにか、私にとってなくてはならないものになっていました。

 というわけで、今も大好きなモーツァルトのレクイエム。一番よく聴くのは、なんといってもキャスリーン・バトルが歌っているCD。ソプラノの最初のソロ、入祭文の「Te decet hymnus, Deus in Sion...」の部分を聴くともう天にも昇るような気持ちになれるんです。かなり大幅に改定されているモーンダー版では、モーツァルトのスケッチによる、Lacrimosaがお薦め。特に、アーメン・フーガは、一度聞くと二度と忘れられない美しさです。オワゾリールのこのCDでは、ソリストたちも合唱部を歌っているのですが、双方が溶け合っていて、本当に綺麗な響きです。3枚目は、荘厳な印象のレクイエム、カルロ・マリア・ジュリーニが指揮する1枚。なんだか少し圧倒されてしまうときもあるのですが・・・。

ロバート・ショウと晩祷(S・ラフマニノフ)
 レクイエム熱は、それからしばらく続きました。耳がすっかりモーツァルト色に染まりきった頃、CDショップの店頭で、ロバート・ショウのオムニバス・アルバムを目にしました。少し抽象的な表紙がこちらに向けておいてありました。裏返してみると、モーツァルトのレクイエムから「Lacrimosa」が収録されていたので、思わず買ってしまったのです。合唱の神様と言われているショウのこのアルバムから聞こえてくる響きは、私の中に通り過ぎてしまった時間を引き戻してくれるような気がして、しばらくの間、私は時間を忘れて聞いていました。そう、時間さえ戻れば元の私に戻れる・・・そんな気がして。

 ここにラフマニノフの無伴奏ミサ曲「晩祷」が入っていました。ミサ曲なのにラテン語ではなく、一般の人々が理解できるロシア語で書かれたこのミサ曲を初めて聴いた一瞬、静かなものが体のどこか深いところからすっと溶けだしていくような感じがしました。それは、私が持っていた、自分自身に、家族に、友人たちに、そして見知らぬ誰かに対する怒り、だったかもしれません。それは、固くしこりになって心の奥底に沈んでいき、簡単には浮かび上がってこないものでした。それがどこかにある・・・わかっていてもどうしようもない気持ち。ふと思いました。信仰心があれば、それは助けになったかも・・・けれど、私の心は頑なで(今もまだ頑なだけど)、そう言う悪い時期に、宗教に頼りたくない、そう思う気持ちの方が遙かに強かった。結局、ミサ曲に頼ったわけだけど、これも宗教に頼ると言うことなのかも知れないですね。不思議なことに、ミサ曲なら何でもいい、と言う具合にはいかないのですね。普段、バッハのミサ曲もよく聴いているのですが、なんだか落ち込んでいるときには全然合わないような感じでした。気持ちに対して、重すぎる課題を与えられているような具合で、耐えられない・・・わけではないけれど、積極的に聴きたいなぁ・・・とは思えなかったのです。

 ラフマニノフと言えば、ヴォカリーズが一番好きだったのですが、今は、どちらが好きかと聞かれると、ちょっと困ってしまいますね。

レクイエム 作品48(G・フォーレ)
 タイトルだけ出していて、1ヶ月以上何も書いていませんでしたね(^^;。
 レクイエム、といえば、なんたってモーツァルトが有名ですが、フォーレのレクイエムのほうが透明感があって、静かで、穏やかで、鎮魂の場にはもっともふさわしいかもしれません。
 この曲を聴いていると、どんなことも−それが哀しく辛いことであっても、切なく苦しいことであっても−もうぜんぜん問題にもならない・・・そんな気になってきます。暗闇の中でごくごく低い音で流していると、そのまま夜のしじまの中へ溶け込んでゆけそうです。

 望むと望まぬとにかかわらず、もう元の私には戻れないのだと、この曲は穏やかにそう言ってくれているようでした。そして、元の私に戻る必要もないのだ、と・・・。

アヴェ・マリア
 アヴェ・マリアと聞いて、あなたが思い浮かべるのはどれでしょう? シューベルトの? グノーの?
 私もその二つくらいしか知りませんでした。ある時、このアルバムを薦められなかったら・・・きっと今でも誰もが思い浮かべるアヴェ・マリア以外を聞くことはなかったかもしれません。
 スラヴァ・・・カウンターテナーのなんともいえない声の響き・・・男声とも女声とも違う、その響きは、とてもとても穏やかで優しく、耳から心の中へ流れ着いてきました。どのアヴェ・マリアも素晴らしく、何度も何度も繰り返し、時にはそっと一緒に口ずさみながら聴きました。中でも一番好きになったのは、カッチーニのアヴェ・マリア。

 ルネサンス期のイタリア、フィレンツェの宮廷音楽家だったカッチーニ。華やかな宮廷で活躍していた人が作ったアヴェ・マリアは、一見明るそうに見えながら、どことなく、哀しさに包まれている・・・それは、決して静かに悼む音ではなくて、もっと強い痛みがすっと前に現れ、また消えてゆく、ちょうどそんな感じがして・・・まるで、人の心のように。いつか、最後には、あんな風に落ち着けたらいいなと思います。カッチーニのアヴェ・マリアが、着くべきところにたどり着いて、静かに終わるように。

そうして・・・マレを聴いた・・・
 スラヴァのアルバムの次に薦められたのがマレでした。フランスの作曲家。薦められなければ、まず確実に手にすることはなかっただろう曲。ヴィオラ・ダ・ガンバという、チェロに似た古い時代の弦楽器のための曲集でした。はじめはなかなか探し出すことが出来なくて、薦めてくださった方が録音テープを下さって・・・それが最初だった。あの音、きっと忘れられないでしょう。抉り取られるような痛みが、どこかへ消えていった瞬間。

 あれから、何度聴いたことか・・・何度聴いても、サヴァールの弾くヴィオラ・ダ・ガンバの音色は、夜のしじまの中へ、いつもするりと、溶け込みなじんでいきました。今回、同じマレの曲を、サヴァールの弟子でもあるパンドルフォの演奏で聴いてみました。同じ曲なのに、なんという違いか・・・! サヴァールの魂の奥底にまで響くような、それでいて優しい包み込むような深い音色、パンドルフォの揺さぶるような激しく厳しい音色。同じマレの曲が、こんなにも違って聴こえるなんて。どちらもマレ。だけれど、どちらをより?と問われたら、私は間違いなくサヴァールを選ぶ・・・。

ここで紹介したCD(順不同です)

曲名/アルバム名(作曲者) レーベル名(No.)
レクイエム K.626(W・A・モーツァルト) EMI(TOCE-1553)
レクイエム K.626(W・A・モーツァルト) モーンダー版 オワゾリール(POCL-5245)
レクイエム K.626(W・A・モーツァルト) EMI(TOCE-4119)
Vespers 晩祷(ラフマニノフ) テラーク(CD-80172)
レクイエム 作品48(G・フォーレ) グラモフォン(POCG-7080)
レクイエム(フォーレ&デュリュフレ) テラーク(CD-80135)
Slava アヴェ・マリア(カッチーニほか) ビクター(VICP-5640)
アヴェ・マリア100% BMG(BVCC-7461)
ヴィオール曲集(M・マレ) アストレ(E 7708)
Le Labyrinthe(Marin Marais) GLOSSA(GCD 920404)

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