最終更新日:2006年4月7日
ここは、aineの囁きのページです。思いついたことを勢いに任せて書いてしまうので、後から読み直すと大変なことになっていることもありますが・・・。
まあ、そんなことは気にせずに・・・(^^;)
◆ 2006年 ◆
彼方より![]()
◆ 2004年 ◆
暁の夢
◆ 2003年 ◆
マレをふたたび/行け! わが想いよ・・・
◆ 2000年〜2002年 ◆
Quarterly Opera/新しいパソコンがやってきた!/ストレスを計る/ウィルスの脅威
◆ 1999年以前 ◆
A先生のこと/犠牲−サクリファイス−/祈り、バッハ、宣告:再び/フォーレのレクイエム
夏の夜にはボレロ/バッハ、祈り、宣告/マレを聴きながら/アランフェス断章
アールグレイを飲みながら/心の中の宝石
Earl Grayを飲みながら
ティーポット一杯にアールグレイを入れて、Concierto de Aranjuez を聴いています。盲目のギタリスト、Joaquin Rodrigoがつくったこの協奏曲を聴くのは久しぶりのことです。
初めて聴いたのはたぶん高校の時。NHKFMで放送されたのを、エアチェックした。まだテープが残ってる、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団&ジョン・ウィリアムス。それから何度も何度もエアチェックした。演奏者が変わるたびに。
短大に入ってもまだ、私はアランフェス協奏曲を追いかけていた。一般教養の音楽のレポート。テーマに選んだのは、アランフェス。レポートのはずが、仕上がってみたら、原稿用紙30枚にも及ぶ小論文になっていた。枚数超過で「不可」になっても文句は言えないところだったのに、「とても良いレポートに仕上がりましたね。」
何年か前、マドリードからアランフェスへ行ったときのことを思い出した。あいかわらず、私はアランフェス協奏曲を追いかけていた。アトーチャから列車に乗ってアランフェスへ。マドリードをでると、すぐに、平原が始まる。枯れ草色に広がる平原。冬なのに抜けそうなほど青い空だった。雲の影が何処までも広がる平原のそこかしこに落ちていた。アランフェスの小さな駅。離宮は、街とは正反対の方角に延びている道を真っ直ぐに歩いた先にあった。スペインの夏の離宮。噴水と水路−タホ河の水を引き込み、常に水の音に包まれていた小さな宮殿。緑濃き蔭を落とす樹々も香しい薔薇も深い眠りの中にあった。ひびの入った漆喰の壁と見事なアラビア風のシャンデリア。色硝子に透ける灯りは、夕暮れの色。観光のために残されているだろうに、目立って補修もしていない。そこにかえって暖かみを感じた。この小さな宮殿が愛された理由がわかるような気がした。大きくて冷たい石の宮殿にはない暖かさが、ここには、ある。
マドリードで、アトーチャ駅まで、案内してくれた親切な人がいた。窓口で、早口のスペイン語でアランフェスまでの切符を買ってくれた。ホームまで見送り、見えなくなるまで、手を振ってくれた。日本に帰ってから、ホームで撮った写真を送った。1週間後の日曜日の朝、速達が来た。"I'll fall in love with you"−「何、これ?」悩んだけれど、返事を出した−「ペドロ、ごめんね。私、好きな人がいるの。それは、あなたじゃない」−暖かな国へ送った冷たい手紙。−「わかったよ。君は、彼が好きだ、私は、君が好きだ。友達をやめることはないね?」−ペドロとの文通(英語とスペイン語と日本語とのチャンポン)は未だに続いている(人生の不思議)。ペドロは、ずいぶん日本語を覚えた。私はちっともスペイン語を覚えていない。二人の英語は、相変わらず(笑)。
CDが終わった。アールグレイも冷めてきたみたい。私はここにいる。誰かに愛されている私が…。
アランフェス断章
マイルス・デイビスのアランフェス。これは、スペインそのものだ。哀愁を帯びた曲想の向こうに紛れもなくスペインの光と影が見える。
溢れ、迸る光…。マドリッドの大きな宮殿の片隅、静謐さをたたえたカトリック両王の像。静かな美しい大理石のこの姿から、イザベラ女王のあの激しさを感じることはできない。しかし、穏やかなこの眼差しは、しっかりとスペインの大地を、そして海の彼方をも見つめていたはずなのだ。しなやかなこの腕が、士気を鼓舞していたはずなのだ。
一方で、スペインを包み込む影。グエル、サグラダ・ファミリア、ゴヤ、そしてゲルニカ。背筋を凍らせるような狂気。輝いている光のすぐそばに沈む漆黒の闇。目を逸らしたい…、けれど逸らすことのできない絶対的な事実。明るさが「あの」明るさである限り、スペインに課せられた暗さだ。
第2楽章・アダージョ。スペインらしい激しさを秘めた第1・第3楽章に挟まれたシエスタ。この曲だけでは、スペインを語りきることなど、到底できないと思っていた。光と影があるからこそ、ゆったりとしたこの楽章が生きてくるのだと思っていた。
ゲルニカ−防弾ガラスで覆われたこの絵画を、私は声もなく見つめていた。多くの人々がその絵をカメラに収めているその横で、私は、言葉もなくただ立ちつくしていた。あの絵を、カメラに、収めることは、できない、と。言葉で言い表すことができないように。あれは、衝撃。頭の中が、身体中が真っ白になるほどの衝撃。アルバムの中に入れることのできなかった衝撃だ。明るさに満ちた写真の中で、ふと思い出す、その瞬間だけで、心を、身体を、凍らせてしまうほどの衝撃だ。
昼下がりの広場。大聖堂で結婚式を挙げたばかりのカップルが踊っている。カスタネットとサパテアドの響き。テーブルの上で踊り出す幼女。ドレスが翻り、ヒールが石畳を蹴る。リズムが音楽になっている。人々の動きが音楽になっている。生きていることの喜び、悲しみ、怒り、憐憫…、あらゆる人々の中に渦巻いている、そんな感情の全てが音楽。以前見たアントニオ・ガデスのフラメンコのように!
この小さな1枚のCDの中に、スペインが詰まっている…、光だけではない、影だけでもない、スペインのすべて、私が感じたスペインが詰まっている。
心の中の宝石
金曜日の夜、長崎発大阪行きの最終便に乗った。周りはほとんどビジネスマン風。ビジネススーツを着ている人が多いと、飛行機の中ってこんなにもイメージが違う。いつも仕事でなく、遊びに飛行機を使っているから、なんだか堅苦しい。
飛行機に乗るのは、窓際に座るのは、これが最初でも最後でもないのに、窓際の席に座るとどうしても外の景色から目が離せなくなってしまう。日の落ちた地上。真っ暗な中に流れる光の帯。私たちが空の上にいるのでなければ、こうして見下ろしているあの光の流れのほうこそが空の上の出来事のようだ。
一番好きなのは不思議な空の色。昼とも夜ともつかぬ、まるで時のはざまに落ち込んでしまったような不思議に淡い空の色。それから、夜の光。大事にしまっておいたビーズをぶちまけたような光の煌き。厚い雲を透かして届く奔放な光の流れ。
どんな夜景もその時々に美しいと感じるけれど、一番好きなのは飛行機から見る大阪の夜景。初めてのヨーロッパの旅から帰ってきた私を迎えてくれた、高速道路の黄色い光の帯。「帰ってきた・・・」という想いで、この胸を満たす懐かしい光の色。いつまでも大切にしたい、心の中の宝石。