|笠沙|地図
鹿 児 島 県 川 辺 郡 笠 沙 町
笠沙の紹介

野間岬(薩摩半島最西端)
故郷は、鹿児島県の古事記にも記載されている笠沙(かささ)です。神が降臨され後に、笠沙の御前(みさき)で、木花佐久夜毘売(このはなさくやひめ)を見初められ、笠沙の宮を造ったとされています。笠沙の語源はアラビア語の「幸ある浜」を表すとの説があります。黒潮と対馬暖流の分岐点の岬になりますので、黒潮に乗って色々な文化が、笠沙の御前(みさき)たどり着いたものと思われます。また、隣の町の坊津(ぼうのつ)は、 伊勢の安濃津、博多の那ノ津などと並び称され、諸外国の受け入れ口として古くから栄え、1400年以上前(聖徳太子の時代)に、肥後より百済に渡った僧、日羅により一乗院という寺が建立され、歴史的にも重要な地でした。また、坊津町秋目は唐招提寺を開山した鑑真和上の漂着地としても有名な場所です。笠沙町の片浦は、対岸の半島状の突き出した地形のため、天然の港として最適な場所で、薩摩藩の藩港として栄え、漁業、貿易の拠点になっていたようです。また、幕末になってからは、外国船の警戒の為に、藩の砲台(四番陣加世田組)及び取り締まり番所が設けられました。

笠沙恵比寿 この地は昔から漁業が盛んで、現在でも新鮮な魚が沢山と取れます。また、全国に「かささの新鮮なさかな」としても多く出荷されています。 近年では、「笠沙恵比寿」と呼ばれる海をテーマにした宿泊可能な施設が、オープンして活況を呈しています。ここのレストランで食べることの出来る魚は、新鮮で味もよく、遠くから魚料理を目当てにこられるお客さんも多いとのことです。また、この地は黒潮にのって北上してくる鯨(クジラ)や海豚(イルカ)が多く回遊してきており、それらをウォッチングするために船も出され、機会に恵まれるとマッコウクジラなどのウオッチングも楽しめ、日本でも有数のクジラウォッチングのポイントになっています。地元の笠沙小学校ではクジラ・イルカ留学(一年間)の募集も行っております。

ここより船で2〜3時間(南西60〜90Km)の東シナ海上に笠沙町の地域に入る二つの諸島があり、宇治群島・草垣群島と呼ばれ、釣り人のメッカとして石鯛やカンパチなどの釣り場として人気があります。宇治群島は、宇治島(宇治家島)・宇治向島の主な二つの島からなり、縄文時代の土器等も発見されています。現在は、台風避難用の港有るだけの絶海の孤島になっております。過去には、住居等が有って人も住んでいましたが、現在は全くの無人島になっております。草垣群島は宇治群島よりも小さく、港もなく、岩場の多い崖に囲まれた孤島です。

上・下にあるリンク先を、選択して頂ければ、笠沙の各場所を御案内いたします。

 |1|・・・野間岳
 |2|・・・片浦港
 |3|・・・仁王崎港
 |4|・・・小浦港
 |5|・・・笠沙の御前の碑
 |6|・・・笠沙美術館周辺




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初稿 2001年09月21日
更新 2004年01月07日
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