野 間 岳
鹿児島県川辺郡笠沙町
■野間神宮・野間岳と小岳■

●野間岳(標高591m)は、航海の目印として古くから知られた山で、東シナ海を日本に向けて航海する船が、最初に日本の本土とし確認できる山です。
この野間岳の山頂近くには、野間神社と呼ばれる神社があります。元々は野間権現と呼ばれ山頂にあり、東宮に瓊瓊杵尊・木花開耶姫尊を、西宮にその皇子される火蘭降尊・彦火々出見尊・火照尊が祀られていたとのことです。
社殿は台風などの被害により度々に立て直され、東宮は、天文23年に島津忠良公(日新公)・貴之公が再興され、永禄十年には西宮が日新公・貴之公・義久公により再興されたようです。
しかし、その後も台風の被害を受け文政13年12月には東宮・西宮が現在の地に統合されて移築されました。
現在の社殿は、昭和51年12月に古くよりの社殿が老朽化したために立て直されたもので、古い様式を確認できるものではありませんが、祭礼は、毎年2月20日に行われ現在でも賑わいを見せます。
●下記写真の野間岳の手前に見える小高い山は、小岳と呼ばれる巨大な古墳を思わせる形の山で、周辺からは古墳時代の遺跡が多数発掘されています。麓に見える家並みは、赤小木集落です。 |
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●この写真を写した北東の小湊海岸(大浦町)では、平成14年1月22日に鯨が14頭も海岸に迷い込むという事態が発生しました。25日には、波浪注意報のでる悪天候の中、地元民等による必死の救出作業が行われ1頭を救出することができました。
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三校 2002年02月02日
更新 2004年01月09日
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