| |京都と薩摩|1|2| |
京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町 |
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■城南宮と鳥羽・伏見の戦い■
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【城南宮】
●御所から見ると真南に位置するこの地は、名神高速道路の京都南インターチェンジと国道1号線が交わる南東角にあります。
城南宮(城南離宮)は、大きな池のほとりに在ったされ、神功皇后(じんぐう)が、朝鮮征伐(三韓征伐・新羅征伐)の際に、大国主命の御霊を憑けた御旗を納められた所です。その旗印は「三日月」と「星」、「太陽」を配したもので「三光の御紋」と呼ばれています。この御紋は、現在のパキスタン国旗やイスラム圏の国の旗に非常に似た図柄です。星を小円で表している為に、それらの物とは異質な感じを受けますが、星や月・太陽を象徴とするデザインには共通点を見出せます。隼人の移住した地域の神社には、三日月や太陽を彫りこんだ灯篭とをよく見かけるのは、偶然とは思えず何らかの関係を示していると思われます。
●また、この神社は西暦794年の桓武天皇が平安遷都に際し、平安京の守護神として立てられた古い由緒のある神社でもあり、白河法皇は、この城南宮一帯に鳥羽離宮を造営されました。承久の乱では、城南寺に後鳥羽上皇が、流鏑馬を行うとして、鎌倉幕府を倒す為の挙兵をされたところです。
●明治維新の鳥羽・伏見の戦いの際も、故事に倣ってか官軍陣所となり、薩摩藩の主力部隊が御香宮神社とこの地に置かれ、近くの秋の山や小枝橋では旧幕府軍と熾烈な激戦になりました。 |
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ここより西の鳥羽離宮公園の中に「秋の山」は有ります。→ |
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三校 2002年11月17日
更新 2004年01月27日
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