1stシングル「波動」LINER NOTES by watoto

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 20世紀の終わりにもの凄いバンドが誕生した。まずはそのメンバーが巡り会い、一緒に音楽を作っていくこと、それがなにより嬉しい。『波動』、『金の泥』ともそれぞれの波があり、楽しさ、淋しさ、切なさ、悲しみ、いろいろな感情がいっぱいに詰まっている。

 僕の感じるところでは、『波動』はベンジー色がかなり出ていると思う。とは言ってもBJC時代の時の様な色ではない。今までの彼の音は自身の心の中にあるものと、彼のそれを排出したいという願いから形成されたものであったように思われるが、今回のこのAJICOで聴かせてくれるベンジーの音は外からの感情の流入を妨げることをしない音。そんな色がとてもきれいに描かれている曲だと思う。

 一方の『金の泥』はUA色が強い。裏打ちを続けるベンジーのカッティングにのせて唄う彼女の歌。普通、裏打ちは聴く人を高揚させるような効果があるように思われるが、逆に淋しさを感じさせるこの不思議さは、一体何処からやってくるものなのだろう。それがこの曲の全てだと感じたのは僕だけだろうか。

 この2曲に感情をいっぱいに詰め込んだのは、ベンジー、UAだけではない。その2人を包み込むかの様な強さを持つリズム隊のTOKIEと椎野。『波動』での2人の力は大きい。ベースとドラムが入ってからの4人の躍動感は素晴らしく、また最初のセッションが元になっているというアウトロではどの時の緊張感が失われることなくよく出ていると感じる。

 このAJICOという名のヨットが音の海、僕等オーディエンスの海、メンバー自身の海で漂い続け、その様々な海を行く時の音をもっと感じたいものだ。(あつし)


 愛の唄、である。孤独も悲しみも喜びも憎しみも、全て綺麗に味わった後の、愛の唄。沈みかけた飛行船は、新しい波として生まれ変わって、静かに、軽やかに、リズムを刻んでゆく。

 大きな嘘を前に涙を流すことすら出来ない現実から逃げ出してみても、ようやく辿り着いた夢の国でさえ、どことなく違和感があったりする。そこに愛が不足している限り、何処に逃げてみたって満たされることはないのだから。だからこそ、自由に浮かぶ船に乗って、愛の唄を歌う。君が君で居られるために、(I like you for who you are)、精一杯の愛を込めて。足りないような事があったら、海を飲み込むことさえも厭わない、そんな覚悟をもって。

 AJICOというスウィート・ホームから、4人はどんなかたちの愛を紡いでゆくのだろうか。

 還るべき場所を見つけたからこそ生み出される愛の響きを、少しずつ受け止めていける幸せに、感謝したい。(まやこ)


 『波動』は聴いていて、やんわりとした自己肯定が出来るような気がする曲だと思う。決して押しつけられている訳でもなく、すんなりと受け入れられる感じがして、聴いていてホント心地良いです。

  序盤のベンジーのギターソロだけだと孤独で淋しい感じだけれど、、UAの歌声、そしてトッキーのウッドベースと椎野さんのドラムが徐々に加わっていく過程で、相変わらず静かなテンポなんだけど、だんだんと迫力が増してくる。それと共に、聴いている私は「ああ、このままでいいんだ」と自分を確認出来るような気がしてくる。そして終盤のアウトロは、そんな自分の気持ちにゆっくりと浸っていられる時間になる。そして、曲が終わると、その自分の気持ちがすんなりと心の中に残っている。そして、これは自己肯定出来るだけじゃなくて、すんなりと自分の周りの人達を受け入れられるような気持ちにもさせてくれる。それだけ前向きに考えさせてくれる4人にありがとうと云いたい。

 AJICOは必然的なバンドだと云う。それはこれらの曲を聴けば当然だと思えてくる。そして私がこの曲を耳に出来た事も必然であったと思いたい。(こーた)


 僕がこのシングルを聞きながら思い浮かべるのは, 風雨にうたれながら棒立ちになってステージを凝視する自分の姿。 それと,僕の隣にいた,ハンディキャップを抱えて車椅子に乗っている彼。 僕と同じような境遇で原っぱにたたずむ数万人の人間。

初めてAJICOという名前を聞いたのは,2000年8月12日,茨城県ひたちなかの 草っぱらだった。フェスへの参加は1999年のEZOが最初,ひたちなかが 2回目だった。広いところで寝転がって聞くもよし,前に行って もみくちゃになりながら飛び跳ねてもよし。すっかりフェスの虜になっていた。

 AJICOの演奏が近づくのと平行して,茨城県に台風が接近する。 しだいに風雨が激しくなる。髪を額にはりつかせて吉井が歌ってる。 EMMAのギタープレイを見ながら,僕は「感電しないのだろうか」と心配する。

 横殴りの雨を避けようと,僕は合羽を着てる人たちの左側にぴたっとついた。 夏といえども,風雨にさらされると体も冷えてくる。数万人が 体を寄せ合っていた。僕の左斜め前方には,仲間達に車椅子を押してもらったり, ときには持ち上げてもらったりしながらひたちなかの原っぱにたどりついた彼がいた。 彼が何をいっているのかは,僕にはなかなか聞き取れない。しかし仲間には 彼の言葉がわかる。「ステージが見たい」仲間は彼を抱えて,ステージを 見せてあげる。「ごめん,もうだめだ,支えられねぇよ」また彼は車椅子に 座った。音楽に身を任せて体を揺らしている。揺らしていると言うよりは, くねらしている,と言った方が的確かもしれない。しかし僕は揺らしていると 表現したい。

 一瞬の突風。ステージの屋根を作っていたシートが吹き飛んだ。

 結局,僕はひたちなかではAJICOの演奏を聴くことはできなかった。 しかし,僕の記憶は,想像力によって書き換えられ始めている。 風雨に打たれながら棒立ちになってステージを凝視する自分の姿。 それと,僕の隣にいた,ハンディキャップを抱えて車椅子に乗っている彼。
そしてその仲間達。(2000年12月14日 だいすけ)

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