生存への道標 1
《 ALSと制度―介護保険と支援費制度をめぐって今起きていること― 》
平成16年7月1日



今、にわかに介護保険と支援費制度の統合案が浮上しています。
そのことで、厚生労働省(以下厚労省)に対して、日本ALS協会会長でもあり在宅介護支援さくら会の主宰者でもある東京練馬区の橋本みさお会長がALS患者を代表して他の障害者団体と共闘していますが、これまでの経過を簡単に中間報告します。[i]
まず、このような事態に至った経緯について少し述べます。2003年度にスタートした支援費制度はそれまで措置で介護サービスを使っていなかった人たちにも、気軽にサービスを使うきっかけを作りました。たとえば知的な障害を持つ人もヘルパーとの外出を楽しむことができるようになりましたし、ALSの患者さんも移動介護のサービスを使えば外出の機会が多く持てるようになり、活動的になりました。そのように、たったの1年で障害者や患者のエンパワメント[ii]が進みました。これは支援費制度が利用者にとってはとてもよい制度である証拠を示すものです。 しかし、その反面、ニーズは爆発的に増加し、施行初年度から国の財源確保の目処がたたなくなり、制度自体が破綻寸前になったのです。(もともと、支援費制度の財源がちゃんと担保されていなかったのが問題なのですが)そこに来年2005年の介護保険の見直しの時期が重なり、(というか、ずいぶん以前からこのふたつの制度は一本化を期待されていたそうです)、両方とも保険制度に一本化して、保険料の徴収年齢も20歳からに引き下げて財源をしっかり確保しよう、という国の提案が障害者団体にも示されました。
そのような厚労省側からの呼びかけがあり[iii]、2004年の社会保障審議会の下部に障害者部会が設けられ、さらに検討会としては03年5月から19回に渡って「障害者(児)の地域生活支援のあり方検討会」が開催されました。そして、それぞれの障害者団体の長たちが委員となり、毎月2回から3回ものペースで厚労省の役人や国側の委員と討論を繰り返してきました。そして、2004年6月、8つの代表的な障害者団体の意見聴取で、「選択肢の一つとして検討」など統合案に前向きな姿勢を示したのは、知的障害者の親らでつくる全日本手をつなぐ育成会(育成会)と全国精神障害者家族会連合会、日本身体障害者団体連合会。しかし、DPI日本会議、日本障害者協議会(JD)、日本盲人会連合、全日本ろうあ連盟などは「現状では賛否が判断できない」とし、8団体の中でも意見が割れました。そして、それらの正式な交渉団体の中には入っていませんが、日本ALS協会も「統合には強く反対する」[iv]という意見表明をしました。
また、さまざまな団体や障害を持つ人々や支援者の強い抗議の結果[v]、6月、社会保障審議会の介護保険部会は意見書をまとめ、反対の声を無視できないものとして、保険料徴収拡大・障害者福祉統合に関しては、結論を先送りとしました。[vi]
さて、ではなぜ障害当事者が主宰している障害者団体[vii]は支援費と介護保険の統合に反対するのでしょう。
それは支援費制度が、施設から地域へという自立生活運動を繰り広げ拡大してきた障害者団体が30年以上もの年月をかけて、厚労省との信頼関係を築く中で練り上げてきた理念を具現化したものだったからです。その理念の特徴は第一に、セルフマネジメント/自己選択、第二に支給量に上限を設けないこと、そして、第三に自己負担があっても少額で済む等が挙げられます。たいへん当事者寄りの制度なのです。だから、自立生活を目指してきた当事者団体[viii]はどうしても介護保険的な制度に納得できないのです。
一方、介護保険は高齢者介護を社会化するとは言いながら、実際は家族の介護負担の軽減や事業者の利益が優先され、地域の介護支援体制を公的サービスから民間に移行することを目的にした、いわば介護の社会基盤整備のための制度設計でした。つまり、介護保険は利用者の自己決定を語りながらも実際には、皆さんもご存知のとおり利用当事者に主体性はありません。サービス内容も限定され事業者都合で左右されることが多く(ヘルパーの交代や夜間や休日は派遣しないなど)、要介護度認定や安くない自己負担、ケアマネという第三者によるマネジメントの介入などによって、需要に抑制力は働くけれど供給支援システムは未発達で、いわば保険者の方に調整がしやすく設計されているものです。ですから、支援費制度の理念を作り使ってきた人たちとしてはむしろ、介護保険を支援費制度に近づけるべきで、高齢者にも社会参加を、外出支援を!と主張しているのです。
さて、ALSの人は中高年以降の発症例が多いので、老齢化に伴う疾病であるという主張をしてわざわざ国にお願いをして介護保険に入れてもらったという経緯があります。1996年2月には管直人厚生大臣に患者家族みずから陳情に出向き介護保険適応のお願いをしています。ほとんど公的な介護支援制度がない当時、在宅介護の問題は協会をあげて取り組むべきこととしてずっと協会の目標にあったのです。ほとんどの患者家族は自費で介護者を雇ったり、すべてを自分達だけで介護を行っていたりしました。しかし、介護疲労は隠しようもなく、患者会の発行紙JALSAへ寄せられる投稿には、妻や夫の介護の苦痛をなんとかして欲しい、たまにはゆっくりと寝かせてあげたいという、患者さん自らがご家族の健康を思いやったものも多くありました。
しかし、どうにか介護保険の適応を認められてから施行までの間に、いろいろ詳細が決定されていき、いざ蓋を開けてみたら、ヘルパーは吸引ができないし、1時間半という細切れの身体介護、要介護度5の人の自己負担は3万円を越しました。使い勝手が悪いだけではなく、それまでのサービス内容よりも質が低下してしまい、しかも慣れ親しんでいた障害者サービスが使えなくなってしまった。そんなことが全国各地で報告されました。
介護保険と支援費制度の両方の制度を使っている人は実はそんなにたくさんはいません。地域で自立生活を送っている障害者の人々にも高齢者はまだそんなにたくさんはいません。つまり、特定疾患であるALSの人で40歳以上の人は、介護保険と支援費制度の両方の使い勝手を比べることができますから、証言できる立場にあるのです。
そして、それに加えてある意味もっとも切実な介護ニードがあるだろうということで、今回ALSの人の意見が重視され、厚労省との団体交渉の際にはDPIやJILなどの要請を受けて橋本会長がALSや医療的ケアの必要な人を代表して発言をしています。そこで橋本会長は、たとえ国側から制度を補完するために「二階建て案」[ix]や「包括払い案」[x]が提示されても、実施後のサービスの青写真が明らかにされていない現状では、介護保険と支援費制度の一本化はサービスの低下や停滞を招く危険もあるし、実際、介護保険導入後に吸引問題が浮上したりして大変な思いをしたので、このままでは認められないと何度も述べてきました。


これまでの話し合いを振り返ってみても厚労省側は、財源確保の一点張りです。国のお金が足りなくなれば支援費制度のサービス自体が停滞して最悪の場合、制度が突然破綻してしまうかもしれない。これまでは支援費制度の財源は税金で、国が半分、都道府県と市町村が4分の1ずつの負担ですが、国から地方へ譲渡される国庫補助金には一人あたりの上限があり、それ以上のはみ出し部分は各自治体で負担しているのが現状です。それでは、それぞれの地域で福祉や介護に対する考え方にも差があるので地域格差が広がる一方だから介護保険にしよう、そして財源を保険で確保しよう、というのが国の主張です。そしてまた、社会は障害者だけのものではなく、子どももいれば老人もいる、失業者もいる、この人たちの福祉はどうするのか、というのです。国側の委員やお役人たちは「障害者ばかりに税金を多く使うことは国民の同意が得られない」と何回も言いました。確かにそういう考え方もあります。何をもって平等となすのかという、みんなのお金や資源という《財の配分の仕方》で実はもめているのです。
しかし、どうしても譲れない障害者の人たちの主張はこうです。
つまり、《ニーズの平等》[xi]をもって真の平等を実現して欲しい。たとえば、障害者だって外出したいし、汗をかいたらお風呂に入りたい。観劇やお買い物にも行きたい。そのような基本的で当たり前の日常生活や社会参加のためには介助をしてくれる人手が必要でそこにはたくさんお金がかかるのだ。日常生活を送るという最低限の《ニーズの平等》のために必要なお金なのだから、自分たちの「障害」に対してきちんと財を分配するべきだ、というのです。そして、そのような障害者のための施策の財源は、保険制度ではなく、税金で賄うべきであるという主張です。 ここは少し分かりにくいところですが、今回の障害者の言い分のもっとも根源的な部分で理解を要します。つまり、財源がないから保険という共助で障害者の介護保障を行うというのではなく、障害者と健常者の《差異》は埋められない事実としてある以上、国の責任で公助で行うべきであるという主張です。ますますわかりにくくなりそうなので、また機会があれば稿を変えて考えてみたいと思います。
[i]「障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会」「社会保障審議会障害者部会・介護保険部会」などには出来るだけ傍聴参加してきた。厚労省の人や委員が橋本会長の実際の様子(介護者がいれば社会参加もできるということなど)を見たことである程度ALS理解は進んだと思われる。また、「6月9日地域生活確立実現を求める全国大行動」には東京都の橋本会長、吉本事務局長、小松、川口、埼玉の村木らがデモ参加。同日の厚労省との団交には名古屋から藤本(奥様)も参加。その後も障害者連合の会合や厚労省団体交渉などが数回あり、そこにも橋本会長は参加してALSのニーズを訴えた。
[ii] 能力開化。本来もっている資質や能力が引き出され権利付与されたこと
[iii] 厚労省側からの呼びかけに応じる形で。
[iv] 6月6日付け、6・9集会実行委員会事務局御中として金沢公明事務局長が6・6大行動の趣旨に賛同する意見表明をしている。 「当協会では5月30日の理事会において「ALSで呼吸器を着けた全身性障害者は24時間365日の介護保障が必要であり、現状より後退することには反対していく」との基本方針を確認しています。支援費導入1年経過で「財源がないから介護保険への統合を来年1月に決定する」という結論から議論を進め現在、統合の内容さえが「障害者施策のうち介護保険の範囲に収まらない分を別建てで対策を取ること」程度しか提示されておらず、厚生労働省の拙速姿勢には日本ALS協会として納得できません。」http://www.arsvi.com/2000/040609.htm#0606から抜粋引用。
[v] 経団連も反対を表明。「日本経済団体連合会はこのほど、介護保険制度の抜本見直しに関して現役や将来世代の負担を過重にすべきでないとする、被保険者の範囲拡大に反対する
意見書を提出した。40−64歳が支払っている介護保険の第2号保険料は加入している医療保険によって異なるが、サラリーマンの場合は企業と本人の折半で負担している
。徴収の対象が、現行の40歳以上から30歳または20歳以上などに拡大すれば、企業の負担も増える。」
[vi] 9月中には厚労省から改革案を公表、来年の通常国会には介護保険改正案を提出する予定。
[vii] ピープルファースト(知的障害当事者の会)や精神障害者の当事者団体は統合反対。
[viii] 各地のCIL(ピアカウンセリング等の活動を行っている障害者当事者団体)の協議会であるJILやDPIが強く反対している。これらの団体は運動体と事業体の両方を持ち、自治体と交渉しながら制度(サービスの供給量)を伸ばし地域の障害者の自立環境を整えてきていた。重度の全身性障害者の自立に必要な24時間サービスを目標としている。
[ix] 介護保険で足りない部分は「横だし(介護保険にないサービス)」や「上乗せ(時間の延長など)」を各自治体独自で行うという提案。この部分の財源は一般財源(税金)となるが、地域の一般市民の同意(地方議会など)が得られなければ無理。現行の介護保険の上乗せ横だしサービスでさえも第一号保険料ではなく税金で賄っている。お金が足りなくなれば保険料を引き上げて財源を確保する、というが住民への負担増を考えたら自治体はそうそう保険料の引き上げなどできない。「国の国庫補助事業として要介護認定で制度の対象外になった高齢者を含めた在宅高齢者に対する介護予防・生活支援・生きがい対策等の総合的な実施をする「介護予防・生活支援事業」(※2003年から「介護予防・地域支えあい事業」に改正)が実施され、2001年度には500億円が計上された。しかしながら、2003年から一部のメニューについては一般財源化が行われ、補助金額も減額されてきている。(※2004年度予算では400億円)。予算の減額と一般財源化は、長期に安定したサービス提供を実質的には不可能なものにしている。従って、サービスの「上乗せ・横だし」は、介護保険の仕組みにおいても、国庫補助の仕組みにおいても、有効に機能していない。」http://www.j-il.jp/jil.files/kaigohokenn/ronten03.htm(JIL「上乗せ・横だし論の限界」から引用)
[x] 長時間介護の必要な人にはたとえば6時間いくら、12時間いくらというような一括した支払い方法を設定する案。パーソナルアシスタント制度に近い発想のようだが実際は時間単価の削減を狙ったものと思われる。単価を削られれば介護者への支払いが安くなり、安い時給ではよい人材の長期確保は困難。しかし、一方ではパーソナルアシスタント制度はALSなどの長時間介護を必要とする人にとっては念願でもあり、充分に検討の余地はあると思われる。国から利用者への直接払い(代理受領方式ではなく直接償還払い)、アシスタントの自薦方式、事業者を通さない直接契約方式などの制度設計。スウェーデンのパーソナルアシスタント制度に見習う点は多いが、その前に検討されるべきなのは当事者のエンパワメントとアドボカシー団体への公的な支援体制、NPOへの優遇策など。
[xi] 経済学にもケアの視点が導入されてきている。アマルティア・センはノーベル経済学賞をアジアで初めて受賞した人で、障害者や病気の人の「基本的潜在能力」、生きるためのニーズの平等を主張した。日本の経済学者や倫理学者、社会学者、医学研究者の中にもこのようなセンの主張に賛同する人が増えてきている。