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ふたたび【告知】のこと 初めて聞くアルファベット3文字。まさか自分の運命を左右する難病とはね、信じられないですよね。和名はむちゃくちゃ長くて難しいのに、簡単に言うと3文字の英語ですよ。ふざけたもんだ!と思われた方も多いのでは?でも、貴方がここにたどり着いたということは、自分(ご家族)の病気の正体を知ろうとしているってことですね? ★ お医者さまは貴方にどう告知されましたか? すごく非人情なことを言われた?それともじっくり時間をかけて話してくれました? 最初の関門は「告知」だと私は思います。どんな告知をされたのかによっては、その後歩むALS道がイバラの道になってしまったり、舗装されたピカピカの道路だったり、それくらいの差がでてくるようです。 ★ 呼吸器着けたら生きられます。長く長くね。 死ぬ病気じゃないですからね。 そんなことも言われたりします。だから、この病のもっとも残酷だけどマシってゆうのは「死なない」ってこと。「死ねない」って思う人もいるかもしれないですが・・・ ★ 着けますか?呼吸器 ★自己選択という言葉。よく聞きますよね。自分の命は自分で決めるって、当たり前のことのようによく言われています。でもこの病の場合、私は(勝手にですが)、まだまだ患者の自己選択とか★自己決定はないに等しいと思っています。 たとえば、娘がいる母親がALSに罹患してしまったら、まず心配するのは介護負担が愛する娘に集中してしまうだろうということ。まだまだ介護は女の仕事です、この社会では。だから手塩にかけて育てた娘に自分のせいで迷惑かけたくない。苦労はさせたくない。お母さんたちは大抵そういうことをまず考えるようです。 たとえば、人生がむしゃらに働いてきて、突然こんな病気になっちゃったっていうお父さん。健康だけは自信があったはず。なんでどうして?こんな病気になっちゃったんだろう???クエスチョンマークいっぱいだ。しかもいろいろ調べていくうちにトんでもない病気だと分かってくるし。死んだほうがましだ、ってちらっとそう思うものの、なんだか死ぬのはまだ早いって気もする。どうしよう・・。 ★ 迷う、迷うウ、人生で一番迷う時・・・ そうこうするうちに、「どうします?早く決めてね」なんて言われる。お医者や周りで介護する人たちに急かされる。早く決めてねって。家族までどうしよう、どうするの?なんていったりする。あるいは、呼吸器を着けろとか着けないでとか、人の気持ちも知らないで言う!(笑)病気の進行など考えたくないのにそういうことばっか周囲は言う。実際、着けるなら早いほうがキケンがないからです。最後の最後まで頑張ってしまうとある時突然意識不明になって低酸素で脳がやられちゃう、なんてことも結構あるのです。だから、周囲の健康なものたちは、何とか最良の方法をと思って、早く呼吸器着けるかどうするのか決めてって貴方を急かすの。 それに、主治医が心無い人だったりすると、 ★ 「尊厳死ってこともありますよ」なんていう。 ★ 「介護が大変だよ」とかね・・・。 ★ 「治らないし、薬もないし、もう来ないでいいよ」とかね 新人患者に介護の心配をさせるな。 人の命だと思って、、もっと気を遣えィ 現実問題として介護負担をまず最初に言う福祉職・医療職が多いのも事実。ま当たり前っていえばそうかもしれない。難病患者の在宅医療とか介護の制度がまだまだ全然整っていないので、どうしても介護負担は家族にのしかかってくるからね。ご家族は大変ですよーって、思わず本音でちゃう。だから呼吸器つけるなとは言わないけど。 ★ でも、その言葉で患者はかなり 落ち込んだり、暗くなったりします。 だから、告知っていうよりも宣告に近い。 尊厳死なんて言葉は生命倫理という学問の中の学術用語だと思ってたのに、自分の身に降りかかってくる不思議。家族の話題がお父さんの尊厳死だったりするってことの実感のなさ。癌とかの尊厳死というのとわけが違うよ。ALSの場合はちゃんと生きる方法があるのに、それを断わって死ぬっていう尊厳死なんだから・・・自殺みたいなもんです。 ★ そんなこんなで、精神的に耐え難い時期・・・ しかし、呼吸器の選択など せねばならない。 私は「決められるわけないじゃん」って思います。だから、自分で決められないんだったら、決められないってはっきり言っていいんだと思います。そんなのどうしたって無理な人には無理に決まっているもの。決められないっていう自己決定だ。 ★ じゃ どうする 運命を天に任せているうちに、言動に表れてくる。 自分の所作に生きたいか死にたいか、きちんと出てきます。心配しないで、無為の意識だね。生命力ともいうのかもしれないし。覚悟が出来ていない人は行動が覚悟を表すのです。 だから周りの人は要注意。ちょっとした言葉の端々、死にますと言いながら、大工さんを呼んで壁にコンセントの数を増やしていた母。窓は出窓にして呼吸器を置けるほどのスペースを確保しながら、着けないって言い張ってた。観察力のある、なくても、家族にはわかるはずです。 ★ 察してあげてください。 どうしたいのか、なかなか決められないわけですが、死ぬのが嬉しい人はいないってことも事実です。あの「モリー先生と火曜日」のモリー先生も最後はモルヒネ盛られても泣いてたのよ。だから死にますと言いながら最後に本音がでる場合もあります。その本音を拾ってあげてください。だから土壇場の決定権は家族にあるようであっても、それは必ず本人の意志です。その時、苦しくなって生きたいって言ってしまったとしよう。呼吸器が着いてしまったとしよう。確かに心を決めていたのに、「意志が弱くて」死に切れなかったっていうこともあります。でも、生きている間は努力が出来るのだから、自分が生き易いように工夫を続けることができるのだから、もしかしたら生きててよかったと思える人生が広がっていくかもしれない。呼吸器を着けた人は最初の頃、後悔したり落ち込んだりするようですが、だんだんと開き直って与えられた人生をふたたび謳歌しだします。痛かったりだるかったり動けなくなってしまったりして、初めは心がついていかなかった現実にも、不思議とだんだん慣れ、病気の自分さえ肯定的にとらえることができるようになってきます ★ 医療サイドの査定と家族の許可があって 初めて患者は生きられる。 だから、患者は医者や病院を選ぶことが大事です。自分の意志を貫かせてくれるという意味です。ただ、なかなか選ぶっていうこともできません。行き当たりばったりでであった人が自分たちの運命を左右するといっても過言ではないかも。人生観があわねば医者を変えることがもっと楽にできたらよいかもしれません。また、ご家族は患者本人の意志を尊重してあげてください。無理強いとか懇願とか、は、ダメです。死ぬにしても、生きるにしても、です。介護が大変そうだしイヤだから、どう考えても無理そうだ、っていうご家族には介護負担をどうやり繰りするかについて、いろいろ策があります。なんとかなります、実際にどうにもならないということはない社会です。足りないながらも、どこかに救いが出てきます。絶体絶命のピンチを幾度とくぐり抜けていくうちに、よい方策が必ず見つかり、みんなにとっての最良の道が開けてきます。こんなひどい病でも、生きるためにがんばっている患者さんやご家族には、自然に素敵な人々が集まってきて、元気だった頃とは一味もふた味も違う豊かな生活が始まります。 その証言をいくつか患者さんのHPや著書の中からご紹介できます。 【 この時期のご家族に大切なこと 】 ・仕事や学校は一時的にお休みする必要も あるかもしれないけど、なんとかなる。 そんなに不幸なことではないとあとでわかる。 価値観が変わるので、自分への評価も変わるから。 ・介護ローテーションを作り役割の分担をすること ・患者さんをできるだけひとりにしないようにすること ・SPO2。血中酸素濃度を測ること。 気切の時期がわかる。 ・胸押しの人工呼吸方法を知ること。 ・栄養摂取の方法を工夫すること。 栄養価の高い飲み込み易いもの ・家族で過ごす時間を大事にすること ・福祉事務所の人と仲良くなっておくこと ・「介護保険や支援費制度」について そろそろ勉強をはじめること ・連絡先リストを作成して壁に張る。 ・ばい菌を持ち込まないように、手洗いうがい。 ・記録をつけておくこと(なんでもよいので) ・フットワークがよく、人生観の明るい 主治医を探すこと (最重要事項) ・そろそろよい介護者を見つけること ・いっしょに泣くこと |
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