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ロックトインの後に見えてきたこと 私とフラメンコ
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ロックトインの後に見えてきたこと
母の目玉が止まって、もう2年以上が経つ。残酷な(これ以上ひどい仕打ちは想像できない)病といわれる所以である。
家族は最愛の母を母の肉体の中に失い、母は出口を失った。
そうして暗い数ヶ月を過ごした。母の心情は顔色、血圧、体温が明確に表し、娘や身近な介護者は、動かぬ顔に表情を見出そうとした。
しばしば、うかつな人が植物人間なのか?と聞いてきたが、腹もたたなくなって来ていた。この母の状態の過酷さを「簡単に思い至れる人」と「いくら説明してもわかんない人」大雑把に巷の人はこの二つに分類できることがわかってきたので、「いくら説明してもわかんない人」には、わかる時がきたら、わかるのだから、私が説明する義務もないと思えるようになってきていた。万事が神のご意志ということで、自分の感情をそういうことですり減らすのは、もったいないとも思えるようになっていた。
しかし、どうしたものだろう。母のこの状態を見続けて、こっちまで頭がおかしくなりそうだった。
哲学に一時救いを求めた。人間はなんのために生きているのか。生きている価値とは、どこに見出せるのか。どういうことが生きがいと呼べるのか。母は今どこにいて、何を思っているのだろうか。
そんな事ばかり朝から晩までえんえんと考えた。しかし、答えは用意には見つからず、悔しくてこのHPを作り始めたのだ。
それから半年。今、答えではないが、母の状態を記す。
毎日のバイタルチェックの結果は非常に安定している。ロックトインの直後、あんなに乱高下した血圧も体温も脈も一定。血液検査の結果も良好。脳波は計ってはいないが、T先生いわく、こういった患者さんはゆるやかなα波の波形を描くことが多いそうだ。盛んに活動している人間はβ波であるが、深い瞑想状態や睡眠状態、ゆったりとした寛いだ状態に表れるというα波である。解脱したお坊さんの脳波もそう。どうやら母は解脱してしまったらしい。こうやって顔を覗きこむが、そこには閉じ込められているという苦行の表情はない。いったい母はどこにいるのだろう、とさえ思う。
クリスチャン志望の私としてはここに聖書の言葉を引用したいところであるが、母や私がイエスを信じたから母が今安らかなのだろうか?どうもそうではない気もする。宗教的な解釈はちょっとそっちにおいておいて,今私が思うのは「人に知れない人の能力が存在している」という事実についてだ。
最後の最期に至る苦しみの中で、母はその「何か」によって確実に救われている。それが何によるのかは、誰にもわからないのだが。
1999年に入ると私は、24時間体制の介護生活から解放され、毎日朝9時〜12時、曜日によっては午前中も10時までつきそえばいいようになってきていた。
介護ヘルパーさんで気管からの吸引をしてくださる方々が、どひゃっと一度に5人も見つかったのだ。必死になって探しても見つからなかったあの頃。追い詰められて親子心中さえ思い至ったあの頃がうそのようである。そう、優秀なヘルパーさんは、なかなか見つからない。第一、難病患者の在宅介護は口コミの世界であるから、ツテがない初級の患者家族には、出会いの場も機会もない。一番苦しい不慣れな頃に優秀な介護ヘルパーさんがいてくれたら、どんなに助かったかしれない。「在宅での医療行為はご法度」と相変わらず頭の固い厚生省のおかげで、私達はプロの介護派遣業者に「いい人探して!」のお願いをすることもかなわず、自力で探さねばならない日々、それも病人を抱えて看病しながら、である。
いわゆる、「闇」のルートで「できるヘルパーさん」を探しだし、「家族の責任で」在宅介護に入ってもらうのだ。
まあ、そんな訳で在宅5年にして突如自分の時間が持てるようになったので、さっそくサボっていたダイエットを考えた。まだ、三十路も半ばだから、鍛えれば必ず回復する「スタイル」「体力」「美貌」と信じきっていた私であった。しかし、近くのジムへ通うこと3ヶ月。すぐに飽きてきた。もくもくと身体を動かしてなにがおもしろいんだろう、と疑問の雲ももくもくと湧く。人には向き,不向きがあってどうにもこういったストイックな運動は私には無理らしい。。。。
どうしようか、と思っていたら、何気なく見ていたテレビ番組にスペインのフラメンコ舞踊家,コルテスの美しいお姿を発見。見惚れていたら、すぐ近くのビルにフラメンコ教室があり、そこに入っていくではないか。教室の中はおばさんたちの熱気でむんむんしている。もみくちゃにされながら笑顔を振り撒くコルテスを見て、そういえば、「私はラテン系の美男子が好きであった」と思いだした。
ロンドン駐在時に、スペインには行ったことがある。マヨルカ島という地中海に浮かぶ小島が気に入って2夏連続で海水浴に行ったのだ。輝く陽光のもと、乾いた黄色い大地に揺れるオリーブの木々。どこまでも透き通った海の色はコバルトブルーからグランブルーへと1日に幾度も色を変えた。さざめく波間には無数の稚魚たちが戯れ、獲って遊んでいたら地元の子供達に「かわいそうだから、後で必ず逃がしてあげてね。」と言われた。豊かな思い出とともにスペイン人たちの明るさと熱さ、優しさが、介護生活で疲れきっていた私の心に蘇ってきた。これだ!と思った。人生の悲しみも情熱も喜びも憂さも、すべて表現できる踊り。それがフラメンコなら、今すぐに習えばきっと60歳に手が届く頃には、私はもうひとつ自分を表現できる方法を身につけているに違いない。どうも、昨今、「自己表現」について貪欲になっているが、これはALSの患者さんたちといっしょにいて、いかにコミュニケーションが大事か、自分を表現することが大事か,学んだせいであろう。
翌日にはお教室の門を叩いた私は、今日で丸3ヶ月習ったことになる。セビジャーナスという初級の「春のお祭り」の踊りを、ゆっくりゆっくり習いながら、身体の動くことのありがたさ、音楽に合わせて歌える喜びを噛み締めている。
ALSも末期になると呼吸をつかさどる部分の麻痺が始まり呼吸が苦しくなりうつらうつらとする時間が長くなってくる。二酸化炭素が血液中にとどまり血中酸素濃度が薄くなってくる。酸素濃度92%くらいを切ったら連絡するようにと主治医に言われていたが、ためしに父の親指で酸素濃度を測ってみたら病人よりも低い値で全員びっくりしたことがあった。肥満のせいか飲酒のせいか老化のせいか知れないが父は気管切開しなければならぬ値であった。だから一概に何パーセントを切ったら気管切開だ、とは言えないのだろう。
呼吸器をつけないと決心した患者さんは最終段階でモルヒネを投与されるか、あるいは精神安定剤を与えられながら酸素の量を増やしていく。
それによって患者の苦しみは和らげられ次第に呼吸をサボるようになり二酸化炭素を過剰に溜め込むことで意識は朦朧として気持ちよく天に召されるらしい。この方法は現在、消極的安楽死として唯一患者に認められる尊厳死の方法である。
そしてそれ以後は患者がいか望もうと呼吸器のスイッチを止めることはできないから尊厳死のチャンスは廻ってこない。もし介護者が情に流されてあるいは介護疲れで呼吸器を外してしまったら、それは法を犯す行為なり手が後ろに回る。だから医師は呼吸器装着時、その確認をしつこいくらい患者の家族に迫ってくるが、患者も家族も判断力が人生で一番鈍っているといってもいい時にそんな難しい決断を迫られるので完全に混乱してしまう。こういう時、人は地位もなにもあったものではない。人間が丸裸にされる一瞬である。要職についていたはずの父があの時はカンペキなボンクラであった。
まったくなっていなかった。何の力にもならなかった。家族の中の父の尊厳は地に落ちた。身内の安楽死、尊厳死を考えねばならないとは、そのくらいむごい瞬間でもある。
さて患者といえばこれが自分のことかと思えないほど病気の進行が早い人も多いので、ぼーっとしたまま自覚する間もなく呼吸器につながれたりつながれなかったりしている。主治医の先生はよく「こればかりは神の意志」と言っておられたが、それは本当で、たとえ着々と呼吸器装着の準備をしていた家族にもなんらかの人知を超えた事柄が起こって患者の人生が閉じてしまう場合もあるし、願ってもいないのに呼吸器がつけられてしまって、その後の人生を受け入れるのに手間取ってしまったり、、といろいろである。
母など絶対に延命はしないで欲しいと元気な時に言いつづけていたのだ。それが、こうやってもう6年も生かされている。人の命はいったい誰が決めているのかわからない。尊厳死というが果たして人間が勝手にそう思っているだけで、尊厳ある死とはいったい何なのだろう、そう思わざるを得ない。
もし人間の意志による尊厳死が可能になるとするなら、やはりそこには法の存在が不可欠だ。呼吸器をつけてしばらくして冷静になった時、やっぱりもういいや、「では外していただこう」と言えるのであれば、もしかしたら、呼吸器装着してみようと決断する人の数が増えるのではないか?
(呼吸器を)着けたら二度と外せませんよ、と言う言葉でいったい幾人の患者が消極的安楽死を選ばされているか、、
それは尊厳ある死ではない、絶対に。
註:この文章を書いた頃(2000年)、は母親のTLSが気の毒でならず、自責の念を持って暮らしていましたが、現在、母はまだ健康に長生きをしています。あっけなく死んでしまう人もいますが、母のような人生も尊いものです。人々にはいつの間にか「死のほうが尊い」という勘違いが刷り込まれています。また、患者のことを熱心に支援している人の中には、自分は呼吸器をつけないと言い放つ人も居ます。それこそが変ではありませんか?患者の命をそれほど尊いものと思っていない証拠です。自分はイヤだけど人は着けてもいい、というのもおかしい。自分も人もかわいそうだからつけないほうがいい、というのはまだ、ましだとしても、勝手にかわいそうだと思われる人はもっともかわいそうではないでしょうか。(2004年10月)