医療と教育研究会第21回公開研究会 
2006年11月11日 筑波大学大塚キャンパス
「医療的ケアの必要な障害児者の豊かな地域生活を目指して」 発表用レジュメ

報告者:NPO法人さくら会 川口有美子

♪「進化する介護」この3年間の軌跡とこれから
 
法とは多数決の結果の道徳であって、少数の者を法の他者にして排除する道具になりえる。たとえばALS。医師法第17条の解釈は、ALSの家族には医療行為を許したが、かえって家族を介護に縛ることになった。だから、神経内科医は家族にまず24時間つきっきりで介護ができるかどうかを打診した。そして到底そんな介護はできないと判断した家族は、最後まで本人に病名を告げることができなかったりした。やがてインフォームドコンセントの普及で病人も病名を知るようになってきた。もちろん、人工呼吸器の選択や介護地獄も知らされる。だが、その上で呼吸器を着けますか?と聞かれても、誰が本気で呼吸器を望めるだろう。病気の辛さも並みではないが、家族まで介護で働けなくなる。稼得もなくなるという現実だ。一家全滅を怖れた患者の諦めが「自己決定」などと呼ばれているが、誰のための「自己決定」か。
だからNPO法人さくら会では吸引ができるヘルパーの養成に専念してきた。家族を介護から解放し患者には生きられる選択肢を与えるためだ。前身は93年にALS患者の橋本操が作った任意団体、在宅介護支援さくら会だが、2003年5月に私の会社と協同で研修部門を立ち上げ、翌年には法人格を取得して研修部門だけを独立させた。だから現在はさくら会が二つあり少々ややこしいが、自分たちでヘルパーを毎月養成してそろそろ3年になる。
 
♪「進化する介護」日常生活支援ALSヘルパー養成講座
 
2003年、在宅ALS患者へのヘルパー吸引容認を受けて、さくら会の日常生活支援ヘルパー養成講座「進化する介護」はスタートし、この4月で修了生は300名を超えた。もちろん全ての受講生がALSのヘルパーになるわけではない。だが、この人たちには20時間の研修課程で、在宅医療の現状と医療的ケアに必要な手続きを学んでもらった。私も倫理と制度を担当させてもらい、ALS当事者も講義をしている。受講生たちは、口文字や透明文字盤などのコミュニケーション技術を見て驚嘆するようだが、当事者の心情が伝わったと素直に喜んでくれる。これは嬉しい副産物で、世間的には非常に評判の悪い人工呼吸器も身近に感じる機会を提供していると思う。
東京では、一般事業所のヘルパーでも吸引してくれるようになってきた。しかし、地方では吸引だけではなく経管栄養の注入も厳しい制限を受けていると聞く。たとえば昨年、隣県の男性ヘルパーから悲鳴のようなメイルをもらった。胃上部の皮膚に増設した胃ろうからの栄養注入が保健所にばれて禁止されたという。その女性患者は既に意思疎通が困難で文句も言えない状態でケアカンファレンスが開かれたが、情けないことにかかりつけ医もヘルパーの医療行為には責任が持てないと、遠隔地の病院への長期入院を勧める始末。夫は医師に同意したが息子は泣きながら拒絶した。結局、病人は家族の留守中は訪問看護が来るまで12時間以上も飲まず食わずになった。途端に痰も固くなるなど体調が急変したので、私は密告してきたヘルパーに、皆には黙って水分だけでも時々補給するように言った。長年連れ添ったヘルパーの「違法行為」のおかげで、病人は脱水を免れて自宅で細々と生き延びている。しかし、私たちの気持ちは収まらなかった。そこで省の某課へ出掛けて行って、こんな不条理が許されるのか、患者が死ぬぞと訴えた。すると課長も経管なら8月の通達で容認されたのではないかといい、政省令等を課長補佐らと即座にその場で調べてくれた。だがどこにも「経管栄養」の文言はなく、取り締まりが突如強化されたカラクリだけが見えた。つまり、医療行為容認の通達の文面になかった「経管栄養」は自治体レベルの管理機構によってますます制限され、禁止行為だけが浮き彫りになったのだ。私は橋本の鼻から出ているマーゲンチューブをつまんで見せ、橋本「サッキ、ドトールコーヒーデ、ノンデキタヨ」と言ったら、「・・・そうだよなあ」と課長も課長補佐も仕方なしという風であった。世の中こんなことばかりである。だから何が法律だということになる。
都の西北では歴史的に強力な障害者運動があり、私たちの活動は彼らやALS患者自身によって要請され守られてきたものである。古株の家族やヘルパーは自分が覚えたように素人に医療的ケアを代々伝え、育てたヘルパーを他の患者に紹介してきた。しばしば無責任と批判されても、どの患者の命も大事なので跳ね除けてきたのだ。
だが今後は、私はもしかしたら医療的ケアの拡大解釈にブレーキをかける立場に転じるかもしれない。というのはヘルパーに医療的判断を求める家族、見まねで膀胱洗浄までしているヘルパー、専門知識が乏しい訪問看護師、アドボカシーのないケアマネの介入など、医療的ケアの広がりは別の困った局面を見せ始めているからである。これは、ヘルパーの吸引がいけないというのではなく、地域医療システムや訪問看護のボトムアップの立ち遅れが原因である。だから、ここでやっと道半ばと思うのだが、本稿では過去を振り返りつつ、近未来の在宅医療を展望してみたい。
 
♪ 使えない介護保険
 
2000年、日本ALS協会は介護保険施行に伴い全国実態調査を行った。434名から回答を得たが、ヘルパーの業務内容が制限され吸引ができなくなった、訪問看護の回数も減った、自己負担額が高すぎるなど切実な苦情が目立った。これらのどれもが利用者側からみた介護保険制度の落ち度を言っていた。だから、協会は同年7月津島厚生大臣に、さらに2001年5月には坂口厚生労働大臣に対し「痰の吸引」「介護保険の利用料の減額」「訪問看護の推進」などを求めている。ヘルパーの吸引を求める運動も当初は介護保険制度に対する消費者運動に近かったようだ。
そもそもヘルパーの吸引をめぐっては、障害者と患者の意識に隔たりがある。実態調査でも明らかなように、多くのALS本人は実は家族介護を強く望んでいて、24時間の他人介護保障の要望は最初から抜け落ちていた。ALSにとって介護と家族愛は切り離せない部分があり、患者会の主流も家族や遺族である。だから、他人による24時間介護のためのヘルパーの吸引だ、などという急進的な主張は一般の患者家族には受けが悪く、ヘルパーには的確な技術が求められ、家族介護の穴埋めとしての即戦力が求められている。だが障害者には違っていたはずだ。自立生活運動に不可欠な手段として、ヘルパーの医療行為が求められてきた。だから、介護保険にはない長時間滞在型の見守りというサービス類型が使われ、ヘルパーも一から自分で育てることが基本である。
そこで、彼らは国と取り決めを交わして、波風立てぬように、わざわざ医療行為を制度のグレーゾーンに残していたが、その最中に患者組織が全国で大々的に署名運動を開始したのだ。結局、NPO日本せきずい基金、全国低肺機能者団体協議会、SMA家族の会、頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会、バクバクの会(呼吸器を着けた子どもの親の会)、SSPE青空の会(亜急性硬化症全脳炎の親の会)などから署名が回収され、橋本の部屋には17万8千もの署名が山積みされていった。
 
♪ 医療的ケアの夜明け
 
2003年2月、厚生労働省では「看護師によるALS患者の在宅療養支援に関する分科会」が短期間のうちに行われ、そして最終的には、坂口大臣の口から「自らの政治的決断で決定する」という意見を引き出した。こうして8回に渡る分科会の末、ヘルパーの吸引について報告書に記載された条件は、@カニューレの内部のみとすることAヘルパーの業としないことBヘルパーと利用者との個人契約であり事業者の責任は問わないことC医師や看護師の指導を受けること、などとなった。
だが、容認にも関わらず、ヘルパーの医療行為は必要以上に危険なイメージを世間に植え付けてしまった。特に介護保険事業者は業務でないとインセンティブが持てず、福祉業界には医療行為の普及にいち早く反対を表明する人もいた。また職能団体は傷心し反動のように職域を主張した。
分科会後は日本看護協会もALSの24時間在宅看護を目標に掲げ、橋本も私も数回に渡って理事や看護研究者からヒアリングを受けている。だが、現場の訪問看護の体制については考えさせられる点もある。そもそも24時間対応など一般のステーションでは無理なのだ。パート感覚の看護師、人員不足に低報酬、在宅医療には地域格差があり主治医さえいない座敷牢住まいに見紛う者さえいる。ICUに勤務していた看護師でもなければ人工呼吸器には不慣れで、これではステーションの所長は怖くて呼吸器装着者など引き受けられない。さらに地域の医師会はどうなのか。在宅診療は儲からず、夜半でも呼び出す患者を引き受ける医師は少ない。だから、地域医療システムの遅延に乗じて障害ヘルパーの医療的ケアを推進すれば、熱心なヘルパーの手技は向上するだろうが、いずれ歪みとなって跳ね返ってくる。また、ALSでも障害者制度の自薦ヘルパーのほうが使い易いと分かれば、ヘルパーに医療を拡大していくだろう。だが、安上がりの福祉で医療まで賄えると証明してしまえば、制度の功利化に拍車がかかる。
日本難病看護学会の川村佐和子氏は、60年代に日野市の医師会に働きかけて、筋ジストロフィー、石川正一君の在宅療養でボランティアの主婦らに気管吸引を指導した人だが、ある時私に「30年かけてもできなかったこと」だが、「今度こそきっとお役に立てると思う」という言葉をかけている。だが分科会で川村氏は「吸引行為は難しく危険」と言い、当事者の反感さえ買っていた。だから患者サイドではその真意を測りかねてさまざまな憶測が飛び交ったのだが、国の難病政策の創設に寄与した川村氏の言動には必ず裏の意味があると私は思った。資格や職域の問題というより国レベルの地域医療システムの構築が課題であり、そのためには予算を先に引き出さないといけない。戦略が必要であった。
 
♪ その後
 
2004年早々、運動の成果を振り返るべくALS協会主催で吸引フォーラムが計画された。だが新会長となった橋本は、今度は看護協会と患者会の連携を強くアピールしたいと言い出して、国から一銭も取れなかった吸引促進運動は事実上の敗北であったと断言した。驚いたのは執行部である。橋本の呼びかけで全国展開した署名活動だったのに、旗揚げした本人が敗北宣言をしてしまったからだ。
また、これは運動なのだから、あくまでも医師法改正によりヘルパー吸引を業にすべしと主張し続ける者たちと、突然の方針転換をしたようにみえる橋本との間で意見が対立した。だが、橋本にしてみれば療養現場における医療職不在はヘルパーが吸引しない以前の大問題であった。特に患者家族を励まして学生や素人ヘルパーを組織するためにも、難病ケアに精通した専門職の配置を先行させる必要があったからだ。
さくら会が目指した神経難病ケアとは、当事者が自ら育てた生え抜きのヘルパーによって長時間個別になされる介助であり、中西正司氏らが率先していた障害者のパーソナルアシスタントを手本にしていた。また、ALSの当事者でも家族介護を望めない橋本や、私のような子供介護者にとっては、ヘルパーの吸引とは自分たちの自由への鍵であり、24時間の介護保障が最大の目標だった。だが同時に訪問看護職へ財源を調達し、専門職のボトムアップを図ることで素人ヘルパーとの領域を明確にしてから医療的ケアを普及することも悲願であった。
職能団体が本気で動き出せば、障害者福祉とは違った時限での目標「在宅医療の充実」が促進されることになる。あくまでも24時間公的介護を実現するための医療プロフェッションとヘルパーのコラボレーションにより、呼吸器ユーザーの生存権保障と人間としてのプライド奪回を全国に広げる運動を私たち目指してきた。
だから、医療専門職に対する不信感や病院施設での人権侵害といった話を自立的なALSの患者家族からはあまり聞かない。希少ではあるが一部の専門職はALSにとって力強いアドボカシーであり続けたからだ。これは資質をもった者との出会いの運もあるが、特に在宅療養において医療プロフェッションの活躍がいかに患者家族のエンパワメントに重要かを物語っている。
だが、一方では医療専門職や権威、病棟や施設に対する患者や障害者の嫌悪には相当なものがある。昨年書いた論文にも、入院患者の生の声を反映させてもらったが、もし彼が訴えたような管理的で非人道的な扱いを、訪問看護師が家庭に持ち込むつもりならば、当事者はいつでも排除する方向に一斉に動くであろう。
 
♪ 在宅医療の未来を開く
 
病院のDPC(包括評価)にも見られるように、将来の在宅介護では財源もサービス内容も包括の方向だ。たとえば現在は医療保険で行われている訪問看護も、難病患者には介護保険で、という将来も考えられる。また、10月開始の重度包括支援とは、最重度の障害者のための看護と介護の協同の場として準備された枠組みである。また、重度訪問介護に携わる従業者の追加研修には、医療的ケアを解説したビデオが作成されつつある。10月に入った現在も厚生労働省の障害福祉課では専門官が、看護研究者とJILと当事者の三者の意見調整に奔走している。もっとも作業は予想通り難航して意見はなかなかまとまらない。そして、まだ重度包括支援サービスの提供者に手を上げる事業者もいない。包括となれば、どうしても赤字覚悟だし、24時間をカバーするケアプランを立てることになるから責任も重いのだ。できるだけ避けたい。
だが、利用者にとっては、サービス内容は細分化されない包括的なもののほうが使い勝手が良いはずだ。本人には、どの職種が何を担当するかということよりも融通が利く人の安定的確保が肝心で、それは痒い所がすぐに掻けるというような見守り介護から、合併症を予防し改善する専門的な医療サービスまで幅広く包括的に用意されるべきなのだ。だがサービスの提供者側では、報酬を見込めば、包括支払いより出来高払いがよく、医療も福祉もそれぞれの領域を守ることが、財源を独自に確保することにつながる。ところが医療財政縮小を政策として強く打ち出す政府が続投する。将来は看護も介護も包括の方向であろう。看護のアイデンティティが揺らぎ始める。特に訪問看護は地域での障害者団体の過去の活動と比較すれば歴史が浅く、難病ケアを必要とする当事者や家族に対してどう関わっていいのか、まだよくわかっていないところもある。でも職能団体も努力を始めた。だからこそ今後は看護と介護の協同は非常に重要で、仕事を分担し互いに正しく評価しあうことである。そして障害福祉から医療を、介護から看護を逆照射し、彼らに専門仕事を注文するのである。それが結果として利用者のためになるのだから。
最後に。人々は現在ALSにだけ立ち現れている事態を、近未来社会のわが身の予兆と見るべきである。病院の在院日数や診療点数の削減により病人も高齢者も在宅へとその療養の場を移しているが、もし在宅医療や介護の現状、この欠乏状態が改善されず、代わりに死の法(尊厳死法や脳死臓器移植法)が出現すれば、人々の終末期は政策的に他者により設定され、適正な治療さえも延命と呼ばれるようになるだろう。
法の他者であり続ける人工呼吸器利用者や重度の障害者の視点からは、不可視な法も不気味な像を結ぶ。そして次に何が近づいているのかがよく見えるのだ。だから不穏な事態に備えるべく、終末期医療にも対応できる自立生活システムを創設して欲しいと、看護と障害者運動の双方のリーダーたちに頼んだりしている。
 
*本文は、2006/06「医療的ケアの拡大と近未来の在宅医療」(特集暮らしの中の医療的ケア『福祉労働』111号,pp20-27,現代書館)を一部改稿したものです。

up:20061022