第12回訪問看護在宅ケア研究交流集会 シンポジウム 
平成18年11月25日 東京ビッグサイトレセプションホール

「医療・介護のニーズを併せ持つ重度者が住まいで生活を持続するために必要な支援とは」

http://www.jvnf.or.jp/formmail2/12koryu.htm

ALSヘルパー養成講座 さくら会の「進化する介護」 発表要旨
― 専門職と非専門職のケアミックスのために ―
                          NPO法人さくら会  川口有美子

10月から完全実施の自立支援法で前進することもなければ。たとえばヘルパーの医療的ケア。2002年に日本ALS協会が呼びかけ、全国で17万8千もの署名を集め、公的なヘルパーでも吸引ができるよう国に対して要望したことは皆様もよくご存知のことと思います。その結果3年間の時限付きでヘルパーの吸引は認められましたが、NPOさくら会ではこの結果を受けて、「進化する介護」と題して吸引実習も含めたALSヘルパー養成講座を企画し、2003年の秋から都内で毎月開催してきました。それもこの10月までに460名以上の新人ヘルパーに修了書を発行してきたことになりますが、彼らは都内近県のALS患者宅で日常生活支援(今秋からは重度訪問介護)の介護従業者として夜勤および長時間滞在型のサービスを提供しています。このプログラム、実に大っぴらにヘルパーに吸引を教えてきたので、当初は方々からご心配をいただきました。でもヘルパーが吸引しなければ専門職を高額しかも自費で雇わない限りは、家族だけで24時間365日介護をすることになるのです。必ず疲労により考えられないようなミスが多発し患者の命が危うくなります。だから私たちの活動は言ってみれば法の無情や制度の不備に業を煮やした当事者が開き直って自分たちの手技や経験知をやはり医療の素人の一般市民に伝授しだしたようなものでした。
 
■ALSのパーソナルアシスタント
振り返ってみれば、それはALSの在宅療養に日本の全身性障害者の自立生活運動の理念を取り入れた生存を賭けた運動でした。そうして展開してきたのはALSのヘルパーにも専門性はいらないというテーゼ。むしろ全くの素人のほうが自分専用のパーソナルアシスタントとして手塩にかけて育成できる、あうんの呼吸でケアをしてくれるようになるとベテラン患者さんたちはいいます。これは支援費制度の前身の全身性障害者介護人派遣事業を利用していた自立的なALS患者なら誰もが経験的に知っていること。この制度は患者が自薦した人に対して直接現金が支給される自治体独自の事業でしたから、ヘルパーに資格はいりませんでした。その代わり患者家族は責任をもって介護の仕方を教えなければなりませんでした。辞められたら困るのでヘルパーをとても大事にしましたし、サービスの中身にも細かい取り決めはなくダイレクトペイメントに近い利用方法もでき、融通がきいたのです。
しかし、介護保険が始まり利用者もサービス料の1割を負担するようになったので、適正なサービスの提供者としてヘルパーには資格が問われ、事業者を通して派遣されるようになりました。だから以前では考えられなかったのですが、ろくなヘルパーがいないと事業者にクレームをつけるALSの家族も出始めたのです。古くからの患者家族は、それこそ誤解だ、ヘルパーは自分で育てるものだといいます。高齢者や病人というよりも重度障害者としてのALSのためのスタンダードケアの方法は、いまだその理論的枠組みさえできていませんが、長時間の「見守り」を基本にした「身体の微調整」と「コミュニケーション介助」が主要なケア。いってみれば「待ちのケア」であるとともに「積極的な攻めのケア」。慎重かつ大胆に患者の身体に挑まねば務まりません。そして、このような疾患特有で個別性が高いケアはいくら講習を受けても学ぶことができないものです。言葉が発せないALS患者とのバトルにも似た目と目が絡む濃いやりとりの中で、時間をかけてゆっくりと、信頼関係と共に築かれる技なのです。
 
■求められるケアミックス
吸引問題の影響もあって、ALSのケアというとどうしても吸引ばかりが際立ってしまうのですが、調査してみると多々あるALSの介護ニーズの項目の中で「吸引」はさほどの時間的比率を占めていませんでした。
昨年度から3年間、川村佐和子先生そして遷延性意識障害者のケアで成果を上げてこられた紙屋克子先生や日本訪問看護振興財団の佐藤美穂子理事らと看護と介護の協同について研究を進めています。この「在宅重度障害者に対する効果的な支援の在り方に関する研究」班は、ALSと遷延性意識障害者の在宅療養におけるさまざまなケアミックスの実現を目指して結成された厚生労働省の研究チームです。昨年は私の分担研究は試行錯誤し、川村先生や佐藤理事、北里大学の古和先生にご指導いただいたにもかかわらず拙い報告書になりました。でも24時間1分単位で在宅療養中のALSのケアニーズを調査したところ、興味深いデータを得ることができましたので、これを分析してALSのケア理論として提示すべく、経済学や社会学を学ぶ院生や現役の介護福祉士も交えて考えている最中です。
私は必要な人に必要なだけ惜しむことなくケアは提供されるべきと考えますが、それでは財源がいくらあっても足りないといわれます。必要な医療まで節約する財源優先論や優生的功利主義への反論はすべきですが、ただ習慣的に行ってきた家族介護に専門知を生かして効率化や標準化が図れる場合もあるだろうと思います。それはケアワーカーと患者双方の負担を軽減し良い関係を長続きさせるためにも是非必要です。
また、患者は家族介護者には遠慮してもヘルパーには次第に遠慮しなくなるので、介護制度の利用によって患者のQOLは格段に向上することが多いのです。ただし介護保険の身体介護ではせいぜい1、2時間ほどしかヘルパーは滞在してくれませんが、障害者自立支援法では夜間や長時間の見守り介護も可能なので、まずはこの滞在型長時間介護サービスを全国に普及すること。そして家族も含めた非専門職への支援を訪問看護の正式な仕事に位置づけて公費で提供できるようにする必要があります。今は訪問看護師による家族やヘルパーへの基礎的な手技の指導は、多くの場合、無償ボランティアに留まっています。また研修中のヘルパーの給与は事業所の持ち出しです。しかし医療や介護に関することは、ケアワーカーの善意に頼りつづけることはできません。特にゴールのみえない難病の在宅ケアに関わる訪問看護師に対しては、相応の報酬とある程度の裁量権を約束する必要があると思っています。
 
■市場原理と在宅介護
 自立支援法導入に伴う10月からの単価改定に備えて事業者は一斉にそろばんを弾いているところで、そんな事業者の所長からの問い合わせがあります。うちの事業所(ケアサポートモモ)も、今後は果たして今までの報酬を維持できるか微妙です。こうしてみると私のような者のわずかな経験からも、介護や医療に市場原理が導入される中でそれらの財源はいくつも小分けしてあったほうがいいように思えます。今なら看護と介護は別々の財源からそれぞれ拠出できますし、ケアの内容もさくら会方式では看護には専門的なケアを求めていますので、ヘルパーと仕事の内容が重なるようなことにはならないのです。ですがサービスはさりげなく共同して当事者の希望を叶えて欲しいので、実力のある介護事業所には訪問看護ステーションを併設するよう勧めていますし、その逆もあります(そしてどんどんALSや筋ジスを受け入れて)。それは専門職と介護職を同事業所から患者の元へ送り込むことで継続的な観察が可能になり連絡体制も密になり、医療的ケアを実施するヘルパーの責任を軽減すると同時に介護サービスの提供者も医療制度に慣れ経営感覚が磨けるからで、その他のメリットも書ききれないほどです。  
病院の在院日数の削減に伴い、今後は医療の基盤整備の遅れた地域では家族のみならずヘルパーまでが不慣れな医療処置を素人判断でやらねばならなくなるのではないか。今度は医療的ケアの普及に伴う過剰な拡大解釈が心配な私です。いくら簡単に見える処置でも安全性の担保と専門家による日常的なアセスメントが伴わなければ、ヘルパーに吸引を求めた私たちの運動もこれまで家族の負担であったものを今度はヘルパーに肩代わりさせることになり、予期せぬ事態を招くことになりかねないからです。
 
◆参照
1、川口有美子「ALSヘルパー養成講座「進化する介護」」『訪問看護と介護』平成18年7月号、医学書院
2、川口有美子、古和久幸、「ALS班分担研究報告書 在宅重度障害者としてのALS患者の実態とニーズに関する研究」『在宅重度障害者に対する効果的な支援の在り方研究』主任研究者川村佐和子、厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業平成17年度報告書
3、的場和子、片山知哉、川口有美子、「非悪性疾患の緩和ケア」勇美財団平成17年度在宅医療研究助成報告書
 
◆     資料
1、ALS5名のタイムスタディ 1日の介護ニーズの内容別時間とその割合

介護内容・協力者

Eさん

Dさん

Aさん

Bさん

Hさん

 

時間

(min)

(%)

時間

(min)

(%)

時間

(min)

(%)

時間

(min)

(%)

時間

(min)

(%)

整容・衛生

160

(8.4)

176

(11.0)

459

(20.3)

102

(5.6)

146

(6.3)

食事

198

(10.4)

216

(13.5)

109

(4.8)

358

(19.8)

44

(1.9)

医療

322

(17.0)

50

(3.1)

413

(18.3)

300

(16.6)

82

(3.5)

安楽(痛みの解除)

485

(25.6)

259

(16.2)

265

(11.7)

327

(18.1)

144

(6.2)

移動

0

(0.0)

0

(0.0)

0

(0.0)

0

(0.0)

775

(33.4)

コミュニケーション

535

(28.2)

812

(50.7)

350

(15.5)

301

(16.7)

537

(23.1)

家事

5

(0.3)

90

(5.6)

107

(4.7)

73

(4.0)

190

(8.2)

記録

25

(1.3)

0

(0.0)

28

(1.2)

175

(9.7)

42

(1.8)

見守り

165

(8.7)

0

(0.0)

527

(23.3)

171

(9.5)

363

(15.6)

合計時間(分)

1895

100.0

1603

100.0

2258

(100.0)

1807

(100.0)

2323

(100.0)

 
「在宅重度障害者に対する効果的な支援の在り方研究」平成17年度報告書より
 
2、ALSの週間ケアプラン       *KもIも東京都の在宅療養者。Kは呼吸器未使用。
平成17年度勇美財団在宅医療研究助成報告書より

up:20061022