まず、口だけでも、口先だけでも言えばよい
(第12章 さらにその先を生きること :第11節「その場にいる人について・無責任について」)

 

社会学者がALSの本を書いた。

著者の立岩真也はある筋では大変人気のある人で、日本における障害者の自立生活運動の創成期を障害者の視点を得て書いた『生の技法』(共著)以来、彼が書くものは障害を持つ人たちに多くの示唆と元気を与えてきた。単著はこれまでに3冊。『私的所有論』『弱くある自由へ―自己決定・介護・生死の技術』『自由の平等―簡単で別な姿の世界』がある。そして本書『ALS−不動の身体と息する機械』は4冊目ということになる。

ALSのことを調べてみたのは「安楽死でもしないと仕方のない状態があるかを考えたい。」と思ったからだという。そして実際にいろいろ調べて見えてきたのは患者だけではなく、そこに居合わせて狼狽しながらも、「本人の意志を尊重して」「周囲は口を出さないようにしようと言う」人々の姿でもあった。執筆にあたって立岩は患者家族が書き残した膨大な文章やHP等に資料を求め、彼らの言葉を多く引用した。既に亡くなっている人もいるが、彼らの思いや業績をここに知ることができる。ALSの人は病状の進行にしたがって発語が次第に困難になるので、実際に会っても家族や周囲の代弁者が多く答えてしまったりする。しかし、文面では彼らは実に雄弁なのだ。そのことを立岩は知っていたのだろう。だから、本書は患者家族の書き物からの引用ばかりで奇妙なようではあるが、圧倒的な事実と当事者の証言で紡がれているとも言える。

 常々、立岩の論考は難解だと言われる。ただ、どの著書をとってもその主張は一貫して自由で平等な独自の世界観を持つ。だから本書でも一途に「尊厳ある死」に瀕した問題群を論破していき、死の選択の自由を一方で認めながらも熱い記述で患者を生へと引き止めている。
 たとえば、ALSの周囲にはひっきりなしに戸惑いと問いが交差しており、呼吸器装着を選択する時にも医療者は主観的であってはならないように言われ、家族でさえ中立性が必要とされる。だから「生きたほうがいい」とただ言うことも憚られる。しかし、
 「まず、口だけでも、口先だけでも言えばよい。」と立岩は言う。そしてこう続く。
 
 「個人に向けられた愛着・愛情として表出されなければならないものではない。そして生存を支持すると言った人が、それを実現するために必要な負担を一人で背負わなければならないものでもない。」
 「たしかに私たちは無責任であるのだが、それを見越した上で、あまり無責任でないようなあり方を作っていくことは可能だ、そこから考えていけばよいということになるはずである。」
 ここで読者の立ち位置は問われることになる。
なぜ患者の自己決定だけが問われ、周囲の者たちは口出ししてはいけないのだろう?素朴な疑問だが、ALSの周囲にたたずむ者たちが必ず誘い込まれる迷路でもあり、私たちはいつもそこに考え込んできた。あなたは生きたほうがよいと断言できればよい。しかし結局は他者である自分を自覚して引き下がってしまう。責任感・・・それこそがどうなのか。
 自己決定の名のもとに他人の意見は無用な立ち入りのように言われるが、《命に関わる問題》にはそれが支持されてもよいのではないか、と立岩は言うのだ。
 だから、「そうではないだろう、別の考え方もありえる」と言う人々にこそ、本書を読んでいただきたいと思う。なぜなら、このままでは呼吸器を《着ける/着けない》《死んだほうがいい/死なないほうがいい》という大雑把な二文法に収斂されてしまいそうな人々の未来を、個々の命を大切に思う私たちは逆に放射させていかねばならない地点にいるからだ。私たちにはタブーではなくとも、討論することを避けてきたことがいくつもあるが、立岩はそれらを拾い集めて俎上にのせていく。だからこの本もかなり挑発的だ。闘う社会学者といわれてきた立岩真也らしい本である。



書 名: ALS:不動の身体と息する機械   (医学書院)

著 者: 立岩真也(たていわ・しんや)

=立命館大学大学院・先端総合学術研究科/教授

仕 様: A5版、タテ組、並製、452ページ

定 価: 2940円(本体2800円+税)

発行日:  20041115日  ISBN4-260-33377-1

著者による宣伝販売 http://www.arsvi.com/0w/ts02/2004b2.htm

編集者・白石正明

『難病と在宅ケア』2004年12月号 書評欄から

 



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