色ガラスの街

ガラスの街」大正14年11月

(春になって私は心よくなまけてゐる)

私は自分を愛してゐる

かぎりなく愛してゐる

このよく晴れた

春ーーー

私は空ほどに大きく眼を開いてみたい

そして

書斎は私の爪の大きさもなく

掌に春をのせて

驢馬に乗って街へ出かけて行きたい

眠っている私の胸に妻の手が置いてあった

髪のように薄い手であった

何故私は一人の少女を愛してゐるのであったらう

昼は雨

ちんたいした部屋

天井が低い

おれは

ねころんでゐて蝿をつかまえた

   

小石川の風景詩

電柱と

尖った屋根と

灰色の家

新しいむぎわら帽子と

石の上に座る乞食

たそがれときの

赤い火事

ある男の日記

妻をめとればおとなしくなるーーー

私は きげんのよい蝿に取りまかれて

昼飯の最中です

お可しな春

たんぽぽが咲いた

あまり遠くないところから

楽隊か聞えてくる

   

   十一月の晴れた十一時頃

じっと

私をみつめた顔をみました

いつか路を曲がろうとしたとき

突きあたりさうになった少女の

ちょっとのぞきこんだ眼です

私は 今日も眼を求めてゐた

十一月の晴れわたった十一時頃の

部屋に

十ニ月

虹を染めた夕やけ

風と

ガラスの汚れ

 

明るい夜

一人 一人がまったく造花のようで

手は柔らかく ふくらんで

しなやかに夜の気が流れる

煙草と あついお茶と

ーーーこれは

カステーラのような 明るい夜だ

   
           

お可しな春

たんぽぽが咲いた

あまり遠くないところから

楽隊か聞えてくる

二人の詩

   薄氷のはつてゐるやうな

   二人

   二人は淋みし

 二人の手は冷めたい

   二人は月を見ている

かなしめる五月

たんぽぽの夢に見とれてゐる

兵隊がラッパが吹いて通った

兵隊もラッパもたんぽぽの花になった

床に顔をふせて目をつむれば

いたづらに体が大きい

四日も雨だー

それでも松の葉はとんがり

眠っている私の胸に妻の手が置いてあった

髪のように薄い手であった

何故私は一人の少女を愛してゐるのであったらう

東雲(しののめ)

しののめだ

太陽に燈がついた

遠くの方で

機関車の掃除が始まってゐる

そして 石炭がしっとり湿ってゐるので何か火夫ぶつぶつ言ってゐるのが聞えるやうな気がする

そして

電柱や煙突はまだよくのびきってはゐないだろう

雨降り

地平線をたどって

一列の楽隊が くずぐす してゐた

そのために

三日もつづいて雨降りだ

私は椅子に座っている

足は重たくたれて

寂びしくゐるむ

私は こうした私に反抗しない

私はよく晴れた春を窓から見てゐるのです

 

無題詩

から壜の中には

曇天のような陽気でいっぱいだ

ま昼の掘る男のあくびだ

昔ーーー

空びんの中に祭りがあったのだ

美しい娘の白歯

うっかり 

話もかけられない゜

気むずかしやの白い美しい歯なみは

まったく憎らしい            

 

旅に出たい

夜る

青いりんごが一つ

テーブルの上にのってゐる

はっきりとしたかげとならんで       

利口な唖のやうに黙りこんでゐる

そして

この青いりんごは大きい足の前に

二十五のやせた未婚の女のやうにやさしい

春の街の飾窓

顔をかくしてゐるのは誰ですか

 私の知っている人ではないと思ふのですが

その人は私を知ってゐさうです

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七月の 朝の
 

あまりよく晴れてゐない
七月の 朝の
ぼんやりとした負け惜みが
ひとしきり私の書斎を通つて行きました

――後
先の尖がつた鉛筆のシンが
私をつかまへて離さなかつた
 (電話)
「モシモシ――あなたは尾形亀之助さんですか」
「いいえ ちがひま

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