2003/8/6 UP
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先日、熱烈な朱理ファンのお仲間である
安稀さんから、こんなメールをいただきました。
最近
「朱夏」という言葉を知って一人顔がにやけてます。
朱理と夏。夏生まれの朱理。
それをわずか2文字で表わしているなんて、
何て素晴らしい言葉なんでしょう!!
チッチッ、安稀さん。この言葉のもとにある思想が象徴しているのは、「朱」と「夏」だけじゃーありませんわよ♪
「青春」という言葉に対して「朱夏」という言葉があるのは、東洋の五行思想(ごぎょうしそう)がもとになっています。今回は、その辺りのことについて、私が思ったこと、感じたことを語ってみようと思います。
※あらかじめお断りしておきますが、これから述べる事柄は「作者はこれを表現したかったんだ」と決めつけるための考察ではありません。これまで何度も説明してきたことですが、私の一連の考察は、
「『結果として符合していること』を列挙して楽しむのが目的の企画」であるということを充分ご理解・ご了承の上、お読み下さいね。
尚、テーマの関係上、朱理以外のキャラにも話が及んでいます。何故かは、最後まで読んでいただければわかります☆
【目次】
●占いと朱理
●陰陽五行と朱理
●丙(ひのえ)の話
●色とバランス
●五行思想と「BASARA」
● 占いと朱理 ●
朱理が占いとものすごく相性がいい、と言う理由の1つに、彼が
“古典的な象徴体系にかなり忠実なキャラクターである”
という点が挙げられます。
占いには多くの場合、背景に何らかの思想体系や象徴体系があります(西洋占星術は、占術そのものが1つの象徴体系となっています)。仮になかったとしても当てはめやすいケースが非常に多く、私が行っているタロット占いも起源そのものがハッキリしない代わりに、後から様々な思想体系と結びつくことによって、拡大発展してきました。このため、
『古い時代の思想体系を反映させた占い』と『古典的且つ氾世界的なシンボリズムをたくさん備えている朱理』の相性が良いというのは、極めて自然なことではないかと思うのです。
※あかね注:朱理が「古典的且つ氾世界的なシンボリズムをたくさん備えている」ということについては、過去の聖誕祭で行った考察『神話』(2001年聖誕祭)や『トリックスター』(2002年聖誕祭)を参照されて下さい。
私が勉強している東洋占術の1つに、「四柱推命(しちゅうすいめい)」というものがあります。これは西洋占星術同様、生年月日及び誕生時刻からその人の生涯に渡っての運命を推し量る占術で、こうした占術は「命術(めいじゅつ)」と呼ばれています。先頃ブームになった動物占いは、この四柱推命の限られたごく一部分を応用した占いです。(一部分のみの利用なので的中率は格段に落ちてしまうのですが、それでもそこそこ当たってたと評判でしたよね)
※あかね注:易やタロットのように、占った時点における物事の状況とその行方を判断する占術は「卜術(ぼくじゅつ)」になります。また九星気学や風水など、方位の吉凶で開運を図るものは「開運術」になります。(これら各占術の特性をきちんと区別して用いているかどうかが、良い占い師の目安になると個人的には思っています☆)
四柱推命のベースは、
「陰陽五行(いんようごぎょう)」という思想体系です。これは東洋の思想体系としては最もポピュラーなもので、易や風水や九星気学もこの思想をベースにしており、欧米人にもとても人気があります。陰陽五行思想については改めて後述しますが、この思想を基にした四柱推命の考え方は、私が朱理について様々な考察をする上で、とても示唆に富んだものでした。
その理由はおそらく、四柱推命が、古代中国においては、基本的に
『男子の社会運をみる』ことを主目的とした占術だったからだと思います。四柱推命が一見ミもフタもないような成敗(せいばい・成るか成らないか)・イエスノー・白黒を決めつける占術であるのは、このように「社会に出て成功するか否か?」「名なり功なりを挙げられるか?」というものをみることを目的としていたからなんですね。少女漫画としては珍しく、社会での立ち回り方や仕事能力をたくさんご披露してくれた朱理をみる上では、すっごくふさわしい占術だと個人的には思っています♪(でもこの占術だと鑑定できないんですよね〜。理由は後述)
「BASARA」では、幼少時の朱理の手相を、占い師が凶相と断じたエピソードがありましたよね。(それが実在するか否かに関わらず)「星」の名のもとに運命を判断する占術においても、やはり凶星として扱われる星があります。しかしそこに、占いの面白いところ、そして社会運をみることの面白さがあるのです。
「凶の作用を持つ星」というのは、実はものすごいパワーを持っています。そのパワーを使いこなせるとしたら、それはすごいことです。例えば四柱推命の凶星の中には、組み合わせによっては「国引きができる星」とされるものもあります。一国を引っ張ることができるほどの力を持つ、ということですね。
実際に社会の中で活躍してしている人間には、凶の星を持っている人が多いそうです。大勢の人間の中でもまれて尚かつ頭角を現すには、凶星が持っているくらいのパワーが必要だということなのでしょう。
このような考え方でみてくると、朱理が赤の王として砂漠に旅立つ前に凶相を持っていたというのは〜〜仮に彼の行った残虐非道な行為を除いて考えたとしても〜〜実に筋が通っている、と私は思うのです。(まあ、「手相の凶相」と「四柱推命のような命術でいうところの凶星」ではちょっと意味合いが異なるのですが、朱理は多分命術系の占いで見ても「凶」を指摘されたに違いないと私は思ってマス)
手相にはそのときどきの自分の生き様や状況や健康状態がそのまま出ると言われているため、信憑性と的中率は占術の中でもトップクラスと考えられています。その意味では、占いというよりは医師の診断や鑑定士の鑑定に似ていると思います。そしてそれゆえに、状況や生き様が変われば(程度はあるにしろ)手相も変わってきます。なので手相から見た朱理の運命は、「BASARA」が終わった段階〜朱理が19歳の時点〜では変わっていたと思いますよ♪ ガキ朱理の手相と「KANATA」の朱理の手相を見比べてみたいものです(笑)。
四柱推命のような占術では、行き過ぎるパワーの功罪についても詳しく解説がなされています。良い方向に働いた場合にどんなことが成し遂げられるのか、また悪い方向に働けばどんな落とし穴が待っているのか。そもそも生年月日から運命を推し量る占術は、バランスがとれていることをもって良しとする思想に基づいています。何かの過剰は、必然的に何かの不足を表します。
突出した能力を持つ朱理の功績の背後に、常に陥穽(かんせい・落とし穴のこと)の闇が口を開いているのは、理屈から言えば当たり前のことなんですね。現に彼のドラマは、この手の思想体系からすると、実に説明しやすいものになっていたと思うんです(笑)。
「こういう星を持っている者は、このような人生の盛衰が考えられる」「この部分を押し通すとこのような目に遭う」「こういった部分を補えば、拡大発展する」というのを、ほとんど理論通りに、しかも極めて明解な形で展開していったかのような印象がありますから。
その意味でも、“何て占い(特に命術系)と相性がいい人なんだろう”って、すごく思います。
……朱理本人は多分、占いとか予言とかは全部キライだと思いますが……(笑)。
余談ですが、あかねは四柱推命でみると凶星だらけでしかもかなり偏ってます(爆)。“アンバランスだがその代わりに強いパワーやエネルギーがある”、とかいった前向きな意味でもなかったら、正直やってられません(^^;)。
● 陰陽五行と朱理 ●
さて次は、陰陽五行思想の「五行」の部分についてお話しましょう。
五行思想に含まれるシンボリズムの数々は、日本のマンガやアニメ作品の中でも実に色々な形で活かされています。お気づきの方も多いと思いますが、「BASARA」の王の名前と4本の宝刀の名前、そしてそれらが関係する土地は、いずれも五行思想のシンボリズムに基づいています。
五行思想というのは、木火土金水という5つの要素及びその陰陽が万物を生成する、という思想体系です。(内容は連想ゲームじみていて、調べてみるとかなり面白いですよ♪)
この5つの要素は森羅万象の様々なものと対応しているのですが、特にメジャーなものを挙げると以下のような感じになります。
木=青・青龍・春・東
火=赤・朱雀・夏・南
土=黄・中央・土用(季節の変わり目)
金=白・白虎・秋・西
水=黒・玄武・冬・北
つまり「火・赤・南・朱雀・夏」は、ワンセットです。
ついでに言うと、五行のそれぞれには陰と陽があり(それで陰陽五行思想と言う)、「男性性を表す陽」の火は、イコール
「太陽」です。
陰陽五行思想において「太陽」がシンボライズするものは、以下の通り。
●この世でただ1つの火。
天に太陽が1つしかないように、たった1つあれば事足りるもの。
●自らの力で燃え、何からも影響を受けず、他者に一方的に作用する存在。
朱理も人間社会に生きる1人である以上、太陽のように“何からも影響を受けず”というのはさすがにムリですが、“何かに流されることなく”というニュアンスで考えれば、その意味では圧倒的な強靱さを持っていたと思います♪
FC19巻172Pの更紗のセリフを思い出して下さい(^^)b。
『あたしの大好きだった 揺るがない炎!』
同じ「火」であっても「陰の火」の方は、たとえるなら「ロウソクの炎」、つまり燃料がなければ消えてしまう人工の「揺らぐ炎」です。だとすれば、やはり
「揺るがない炎」というのは、
「陽の火」=「天の火」=「太陽」ってことになるんじゃ〜ないでしょうか♪ )*^^*(キャッ♪
また
朱雀(「すざく」「すじゃく」とも言う)はご存知の通り、鳳凰・不死鳥・火の鳥とも呼ばれる聖獣です。(厳密には区分されてるのかもしれませんが、元型イメージは共通だと思います) 朱理が一度死んで甦るという擬似再生体験を、「BASARA」中の他のどのキャラよりも明確な形で行っていることは、以前『神話』の考察の中でも語った通りです。(ちなみにタタラ軍の船・朱雀の沈没が、朱理の「紅丸」自爆のエピソードと色々な意味で対比可能であることについて、いずれ言及したいと思っています)
余談ですが、陰陽道で有名な安倍晴明が使った六壬(りくじん)と言われる占術の中に「朱雀星」というのがあります。一説によれば(解説書によって説明が若干異なるので、“ある本によると”という意味です)、この星が象徴するものは
「知恵」「華麗」「実行力」「ドラマチックな生き方」「目立つものすべて」などだそうです(笑)。
赤に夏に南に朱雀に火に太陽。
もう、全てが
『朱理のためのセット』という感じですね(笑)。
ビバ、五行思想(* ̄▽ ̄*)!!!
こんなところでも、朱理と占いの相性の良さが立証されていますっ♪♪♪
● 丙の話 ●
次に、五行の火に関する考察を進めたいと思いますが、その前にまず、五行思想に基づいて人の運命を知るための具体的な方法について簡単に説明しますね。
私たちが東洋的な見方で暦をみる場合、「干支(えと・かんし)」という概念があったのを思い出して下さい。このうち、十二支ではない方の、上の「干(かん)」の部分は、五行の木火土金水のそれぞれを陽・陰の2つずつに分けて10個で表したもので、全部まとめて「十干(じっかん)」と呼ばれています。(←おそらく国語や古典の授業で習ったのではないでしょうか) これは順に
木=甲(きのえ、陽の木)・乙(きのと、陰の木)
火=丙(ひのえ、陽の火)・丁(ひのと、陰の火)
土=戊(つちのえ、陽の土)・己(つちのと、陰の土)
金=庚(かのえ、陽の金)・辛(かのと、陰の金)
水=壬(みずのえ、陽の水)・癸(みずのと、陰の水)
で、計10個となります。正確には直線ではなく円環のイメージでとらえるべきで、「水」の次は再び「木」がくる、と考えて下さい。
さて、四柱推命やその他の主な東洋占術では、生年月日及び誕生時刻からそれぞれの干支を調べ、それをもとに占うという方法が使われています。この方法で朱理をみた場合、彼は
寅年生まれの未月生まれということになります。
わかりやすいように具体例を挙げてみますと、例えば1980年8月6日午前6時30分生まれの人は、
生まれた年の干支:庚申(かのえさる)
生まれた月の干支:癸未(みずのとひつじ)
生まれた日の干支:辛亥(かのとい)
生まれた時刻の干支:辛卯(かのとう)
という風になります。(これは専門の暦で調べます)
この中で一番肝心なのは「生まれ日の干支」です。特に十二支の方ではなく上の「干(かん)」は“その人自身の持って生まれた性質を表す”とされており、この部分を
「日干(にっかん)」と呼びます。上の例では、「生まれ日の干支=辛亥」の「辛(かのと)」部分が、この人自身(の性質)を表しているということになります。
しかし生まれ日の干支は当然ながら毎年全くバラバラなため、そもそも生年の干支がわからないと(十二支だけわかっててもダメ)求めようがないので、一般的にマンガのキャラをこの占術で鑑定するのは、ほぼ不可能です(苦笑)。しかし占い師としては是非とも、朱理と更紗の日干を知りたいんですよね〜〜〜。
とはいえ、私は四柱推命の勉強を始めて以来、
“朱理の日干は「丙(ひのえ)」(=「陽の火」=「太陽」)に違いない!”
とほとんど決めてかかっています(笑)。参考までに、「丙日生まれの人の性質」を挙げるとこんな感じになります。
「太陽」「昼」「陽気で明るい」「屈託がない」「楽天家」「単独トップ」「自己顕示」「派手」「華美」「激しやすい」「短気」「調子に乗りやすい」「持続性に欠けやすい」
この他に「陽」が象徴するものとして
「男性的」「陽気」「積極的」「リーダー」「乾燥」「太っ腹」「荒っぽい」
といった特徴も加味されると考えて下さい。
これら「丙」の表す性格が、朱理に100%噛み合ってるとは決して言いません。例えば「天の火」には競争相手がいないためか、「穏やか」といったニュアンスも含まれます。「楽天的」というのも、本来は「(競争のないゆとりから生まれる)鷹揚さ」といった意味合いが強いのではないかと思います。朱理は実際には戦いと競争の中で生きてきた人なので、「太陽」が象徴するこの部分だけは当てはめづらいかもしれません。けれどその点を除けば、太陽のイメージが朱理にフィットする部分というのは、多いと思います。作中でも朱理は、浅葱に「お陽様背負ったヤツ」と言われてますしね。
もともと五行思想における火のセットの内容がまんま朱理のイメージなのですから、五行思想がベースの暦でみた場合、彼自身を表す日干が「火」であっても全然おかしくないと思います!!!(願望1000%(笑)) というより、火のシンボリズム自体に朱理を思わせる部分が非常に多いので、この際彼の日干が何かということよりも、彼を表すのにふさわしい干として「丙」を想定したいと思うのです♪
もし「丙」以外なら、私的には「豊か」「性質は剛」「人力が及ばない」「停滞しない」「勇気」「頭領」「臨機応変」といった
「壬(みずのえ=陽の水)」が一番近いような気がします。力が強すぎると洪水を起こし氾濫する、といったニュアンスも含めて。。。 もしかしたら、
「競争の中で生き残る力」という意味では、こっちの方が四柱推命的な見立てとしては近いかもしれませんね。
ただタム先生は、朱理の性格を考えた上で西洋占星術における彼の太陽星座を「獅子」にしたと思うので、朱理&「獅子座」のイメージに一番近いのは、十干の中ではやっぱり「丙」だと思ってしまうのです〜(笑)。
先に少し書きましたが、陰陽五行は「多すぎるものは抑えて、足りないものは補ってバランスをとる」ことを良しとする思想です。このため、干支の組み合わせから「この人には火が多い」「水が少ない」というような見方をした上で、
“それらを抑えたり補ったりしながら、自らを良い方向に発展させていくためには、どの要素を採り入れたらいいか”という考え方をします。
たとえば丙(丙日生まれ)の人が必要とするのは「壬(みずのえ)」になります。「壬」というのは大河や海のような水のことで、何故それが必要なのかというと、
太陽の光が大河や海の水にキラキラと反射しているのは、あるべき美しい姿
とされているからです。(実際には、必ずしもこのような理屈が先にあったわけではなく、この組み合わせを持つ人たちの現実の事例から導き出された説明である、とも考えられています)
これは後付けの理屈であっても、言い得て妙です。何故なら、太陽の光は強すぎて直接見ることはできません。天の恵みの光も、ときと場合・あるいは地域によっては、強烈すぎて忌み嫌われる存在であることはご存知の通りです。そう考えたとき、太陽を直接見なくてもその美しさを誰にでも感じられるようにするものとして、『光をキラキラと反射する美しい水面』を想定するのはとても自然な気がするのです。(いや、それですら眩しくて見れないケースはままありますが。。。)
私は更紗が、(彼女自身の魅力とは別に)
『朱理の強烈な輝きを、人々が受け止めやすいように緩和する形で映し出してくれる女性』であることを、ものすごーく願っています☆ 思えば、本編ラスト「常磐 −炎だけ残して−」の彼女の行動って、そんな役割を果たしていたのかもしれません。きっと夫婦になってグリーン商会を経営するようになってから、更にそーいう展開になっていったに違いありません。私の中ではそう決まっています!(笑)
● 色とバランス ●
上述のような「バランスをとる」という発想から、
「自分に足りない要素または必要な要素を採り入れると開運する」という考え方が生まれます。この足りない要素は、その要素が象徴する色などでも代替可能で、たとえば「木」の要素が必要な人は、青い服を着たり青いアイテムを買ったりすると良い、といったことになります。よく風水の開運法で「どこそこに◯色のものを置くといい」と言いますが、これには「その色が象徴する五行の要素を採り入れる」というニュアンスもあるんですね。(参考までに、しばらく前にその年の開運カラーとして話題になっていたラベンダー(紫系)やピンクは、赤と同じく「火」を表す色だそうです)
あかねは、干支の五行に「水」がとても多いです。多いというより、ある条件が揃っているためパワーが強いんですね。(水が多いと冷え症になりますが、四柱推命のプロの話によると私はそれが極端だそうです。確かに私は見事なまでに冷え症で、トイレがすっごく近くていつも困ってます〜るるる〜(;;))で、私の場合、とりあえず五行の5つはみんな揃っているものの、「火」と「土」が弱いんです。あるにはあるんだけど、あまし役に立ってないというか(笑)。だからもう、ほとんど水の独壇場ってゆうか。
で、私がバランスをとるために必要なのは何かとゆーと……
「丙」なんです〜〜〜(^^)。
「丙」は「火」で「赤」です。私が赤の王・朱理に惚れてファン活動を始め、赤いものを優先的に買うようになって以来、朱理業(笑)を通じて仕事のスキルがアップしたりと、色々な意味で人生が開けてきたのは確かです♪
そう、あかねも占いとは相性のいい人間なのでした。(悪かったら占い師なんてやってないって(笑))
でも逆に、朱理みたいにもともと「火」や「赤」の属性を強烈に持っている人が、この上更に赤いものをまとうなると、当然ながら自分本来の力を良い意味でも悪い意味でもムチャクチャにパワーアップすることになると思われます。戦場においては“我が身をバックアップする”という意味で良いのかもしれませんが、「赤まみれの赤の王」が凶運も同時に抱え込まなければならなかったのは、陰陽五行の考え方からすると自然かと思われます。。。少なくとも朱理以外の王や宝刀関係者たちは、名前や本拠地以外は彼ほどには五行のシンボリズムと一致してるようには見えませんでしたからね。(その意味では、青まみれの揚羽は、全国各地を周遊して色んな属性の人間と交流することでバランスをとっていたのか?とか思ってみたり(笑))
ところで、万物の根源とされる各要素が対応している色が、何故「青」「赤」「黒」「白」なのかについて(とりあえず「黄」は除いて解説します)、浅学ながら参考になると思われる話がありますので、ここでちょっとご紹介いたしますね。
古代において、「くろ」は「暗」、「あか」は「明」のことでした。また、「あお」は「漠」(私が読んだ日本の古代物のファンタジー小説では「幽」の字が当てられてました)、「しろ」は「顕」でした。「漠」は「漠然」という言葉からもわかるように、ハッキリしないボヤけたものをイメージする言葉です。「顕」は「あらわ」とも「しる(す)」とも読み、「漠」の反対のハッキリしたイメージです。
つまりかつて色は、今でいうところの「虹の七色〜赤橙黄緑青藍紫」のような「色相」的な発想ではなく、明るいか暗いか、ハッキリした色かぼやっとした色かという、「明度」と「彩度」によって区別されていたわけです。「彩度」の意味がよくわからない方は、イタリアやフランスの国旗の色と、パステルカラーの違いを思い浮かべてください。前者の色が彩度の高い色、後者が低い色です。(白い肌の人によく似合うのが、彩度の低いパステルカラーの服です←ただしこの場合は暖色系ね)
この発想で言うと、対立概念としてセットになっているのは
●「赤」と「黒」
●「白」と「青」
ということになるでしょうか。
赤の朱理が叩いたのが青でも白でもなく黒の領地とその王だった、蒼の王と白の王は密接な関係を持っていた、というのと偶然にも符合してるかも(笑)。
そういや、黒で象徴される北の地で朱理と同じ顔で中身大違いのキャラと出会い別れた後、更紗は
「南へ行けば 朱理に会えそうな気がする」
って言ってましたよね。
今自分が立っている北(黒)の地と正反対のところに行けば、赤で象徴される朱理に会える、というのは極めてシンボリックなセリフだったとも言えそうです☆
● 五行思想と「BASARA」●
最後に、五行思想と「BASARA」全体との対応について考えてみたいと思います。
「BASARA」世界において、国王を除く各地の王と宝刀は4つの要素において重層関係にありました。つまり中央・黄・土で象徴される国王以外の4人の王たちは、「拠点としての土地」も「名前」も4つの宝刀を携える者たちと同じ象徴を持っていたわけです。以下、関連項目に絞って対応を示してみます。
【白・金(=地金・宝石)・西・白虎】
○宝刀サイド
:タタラ(=製鉄に関係する用語。「金」関連の名前)
山陽地方(日本の西部)の白虎村出身・白虎の宝刀所持
○国王サイド
:銀子(白の王。「銀」は「地金」なので、「金」関連の名前でもある)
京都在住(一応、日本の中では西という位置づけ?)
【赤・火・南・朱雀】
○宝刀サイド
:ハヤト(=九州南部の先住民族や土地の名前)
九州南部(日本の南部)の朱雀村出身・朱雀の宝刀所持
○国王サイド(とは言い難いが。。。)
:朱理(赤の王。「火」「血」「ルビー(紅玉)」などのイメージで描写されている)
山陰・山陽・四国・九州地方(日本の西南部)を統治
【青・木(風)・東・青龍】
○宝刀サイド
:雷蔵(「雷」は、五行との対応では「木(風)」に相当)
関東・青藍出身・青龍の宝刀所持者
○国王サイド
:藍良、浅葱(蒼の王)
関東・東海地方(日本の東部)を統治
【黒・水・北・玄武】
○宝刀サイド
:多聞(多聞天は四天王の中では「北方の守護神」)
東北の鹿角(日本の本州北部)出身・玄武の宝刀所持者
○国王サイド
:黒栄(黒の王)
黒の王による東北・北陸の統治ほか、国王の甥その仲間による北海道地方の統治
これらを見る限り、名前と土地だけでなく性格・人格に至るまで、極めて明確な形で五行要素が投影されているキャラって、やっぱりダントツで朱理だと思うのです♪
ところで北方担当の多聞と黒の王には、「水」の属性ってあったのでしょうか? 敢えて探すなら、多聞の何者にも影響を受けない独立独歩のあの性格は、「水」〜特に「癸(みずのと=陰の水=雨・雪)」〜っぽいなと思いました。「癸=雨」には「他の影響を受けない」「一見柔らかいが内面は強固で、他人の意見では動かない」という意味合いがあるので(笑)。それと、黒の王も国王の弟も、死ぬときは「水」で死んだってのがありましたね。(←そんな対応ってあんまりなんじゃ…(苦笑))
そう言えば網走には、1カ所で4つが揃ってたなあ(笑)。「風の梟」「水の鹿」「火の狐」「土の熊」。。。ちなみに「風・水・火・土」は五行思想ではなく、西洋の4大元素の考え方からとったものだと思いますが、それでも五行にも当てはめられるところが面白いデス。(この件については後述)
さてこうして見てくると、宝刀サイドにも、中央・黄・土と同じシンボルをもった存在がいなかったか気になりますよね?
探すとすれば、それはやはり「タラ」だろう、と私は思います。
これは別に「タラが中央や黄色の属性を持っていた」という意味ではありません。ただ、王族サイドの4人の王に対応する存在として4本の宝刀・4人の戦士を配置することできるなら、ついでに王族の中心としての国王に対応する存在を想定してみるのも面白いかな、と思っただけなのですが(笑)。
中央・黄・土というのは、五行思想をベースとした九星気学においては「五黄土星(ごおうどせい)」という星に相当します。「五黄土星」が象徴するのは、天変地異・破壊・闘争・争乱・権威・支配力・殺害などで、要するに「凶」という言葉を連想させるものばかりです。タラが災いを成す子としてあのような生い立ちを持ち、戦いの中で生きて死ぬ生涯を選ぼうとしたのは、みなさんもご承知の通りです。
ここで興味深いのは、「土」というのは五行思想において
『時間をかけて目的を遂げる性質』
を示すものだということです。
九星気学の凶神の1つに「五黄殺(ごおうさつ)」というのがありますが、これは
『ゆっくりと時間をかけて凶作用をもたらす』
ものとされています。
タラと宝刀を奪った4戦士の時代には、王家打倒の夢は叶いませんでした。四方に散った宝刀とは別に、王家に災いをもたらすべくタラはまさに「中央」の王城の中へと入っていきました。
そして数十年後―――タラの血を受け継いで生まれてきた「中央」の子孫たちは、宝刀の子孫らと共に、自らの手で王家を滅ぼすことになりました。内側から王家を滅ぼしたのが朱理1人でなく、青と白の属性をもった子孫も含まれていたことはご存知の通りです。黒の子孫も、領土や身内?から王家への離反者を出していたという意味では、これに含まれるかもしれません。(一応風の梟たちも「黒」に含めるってことで。。)
そして、王家を倒すべく4本の宝刀を携えて最終戦に赴いたタタラたちを、中央の存在・国王の後継者として黄色いマントと黄金をまとった朱理がバックアップしたことは、みなさんもよくご承知の通りです(^_^)。中央では後に蒼の王の立位がありましたが、白虎・朱雀・青龍・玄武の連合軍に、あくまで“表の立場として合流した”という意味では、「黄をまとった朱理=中央を象徴する5番目の戦士」と想定してもよいんじゃないかと思います。(揚羽や浅葱を無視して考えるという意味じゃーないですよ。それを言うなら、宝刀の連合軍にだって、宝刀とは無関係の〜例えば熊野軍みたいな〜欠くべからざるメンバーもいたワケですから)
そう言えば、朱理が“生まれたときから忌み子とされていた”のも、タラとかぶるなあ〜とか思ったり。白虎の先祖・玄象も、白の属性?のクセして「髪が赤くて狼男とか言われてハミにされた」って言ってましたよね(^^;)。(あ、それから玄象の嫁さんに相当する雪子さんは白い色の名前になりますね) その玄象とタラが関わり、そしてそのタラの血が中央に入っていった辺り、更紗と朱理の宿縁には浅からぬものがあるんだな〜と思った次第です。
以前『神話』の考察のところでも朱理は英雄の役をやったかと思うと、次の瞬間滅ぼされるべき悪竜としての王の役をやったりと忙しい人だった、というお話をしました。これを五行思想的に表現するなら、朱理は赤の役をやったかと思うと黄色の役をやったりしてほんとに忙しい、ということになるのでしょうね(笑)。
ところで、更紗の絵的な表現としてのイメージカラーは、私の解釈では白・黄・緑、朱理は赤・黒でした。ストーリーの中では、更紗は白・緑、朱理は赤・緑・黄の属性をあてがわれていたと思います。陰陽五行思想というのは、過不足を調整してバランスをとるという思想なので、この視点からも、やっぱりここには揚羽や浅葱に象徴される「青」のテイストが必要になってくると言えそうです。
易のベースである易経の八卦(はっけ)の思想によると、五行思想の「青=木」に相当するものは「風」になります。これは私の憶測ですが、木が気に通じるからじゃーないかなあと。。。先ほど網走メンバー4人について語った際に「西洋の4大要素」の話をしましたが、この考え方には木と金がなくて、火・風・水・土となり、五行の木の役目を担当していそうなものとしては、「風=気(空気、大気)」があります。
八卦の風は、「どこにでも入り込む」という属性を想定されています。揚羽はもともと風のイメージと重ね合わせる形で描写されているためあえてここで語る必要はないと思いますが、八卦の「どこにでも入り込む風」のイメージは、「陰」の意味において当初の浅葱のイメージに合っていると思うんですよね。
浅葱は実際の行動においても、「色々な場所に潜り込むことによって目的を果たす」というスタイルをとっていましたし、もっと象徴的な意味でもこれに対応していたと思います。つまり「どこにでも入り込む」というのは、別の視点から言えば「どこにでもいる」「どこにでも存在する」ということです。それは
“様々な人間の「影分身」としての役目を演じるキャラクター”として登場した浅葱には、いかにもふさわしい属性のような気がします。(この辺りの考察については、「朱色の研究・第2弾『影』」に譲りたいと思います)
思えば、「青(=風=木)」の浅葱と相性が良かったひーなちコンビは、「木の国」の住人でしたよね(笑)。ついでに言うと、物語の中で「黄色」のイメージをあてがわれていた熊野コンビのかたわれ・聖が、革命後、自らの意志で「中央」に乗り出すことになったというのも、興味深い話かも。
それでは、次回【Seven Mirrors for SHURI】〜 VOL.3 でまたお会いいたしましょう(^o^)/!
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