
昭和44年頃から気運が高まり始めた第二次怪獣ブーム(これを第三次怪獣ブームとする見解もあり)の怪獣玩具の主役はブルマァクであった。 ブルマァクが怪獣玩具復活の立役者となるまでの道のりは決して楽なものではなく、怪獣玩具復活の前には玩具業界のジンクスが大きく立ちはだかっていた事を知る愛好家は少ない。 すなわち、「一度死んだ商品は二度と日の目を見ない」というジンクスである。 鉄腕アトムや鉄人28号などのキャラクター玩具、ダッコちゃん、フラフープなどの玩具がそれで、昭和44年までは怪獣玩具もこれらの玩具と同一視されていた。 しかしながら、「ウルトラセブン」放映終了後から僅かな期間でウルトラセブンと怪獣が再び「たのしい幼稚園」などの児童誌に返り咲き、そして、ウルトラシリーズの再放送もあって、静かではあるが怪獣は再び、確実に子供達の耳目を集めていった。 その人気に先ず着目したのが、丸昌や山勝が発売したウルトラシリーズのブロマイドである。 ウルトラシリーズのブロマイドが好調な売れ行きを見せる中、怪獣玩具の復活に奔走したのがブルマァクの経営陣であった。 他の玩具メーカーはと言うと、玩具業界がテレビキャラクター不使用を宣言していた事もあり、また、キャラクター玩具の失敗を思い起こせば保守的な姿勢を取らざるを得なかった訳で、新興メーカーのブルマァクのような自由さは無かった。 しかしながら、前述の玩具業界のジンクスがあった為、ブルマァクが怪獣玩具を再発売するに至るまでの苦労は想像以上に大変であったと思われるが、兎にも角にも怪獣玩具は昭和44年4月23日に再発売され、見事な復活を果たしたのは周知の事実である。 ブルマァクの功績の一つが、この玩具業界のジンクスを打ち破った事で、これはどの玩具メーカーも成し得なかった快挙であり、今日も新しい怪獣玩具が発売されているのは、ブルマァクの遺産とも言えるだろう。
さて、ブルマァクの怪獣玩具の中心に位置するのがソフトビニール怪獣人形である。 これは安価に製造でき、その製造方法も簡単という利点があったが、逆に考えれば、誰もが作り易い玩具でもあった為、ブルマァクのソフト怪獣人形を真似た商品が続出する事になる。 しかしながら、この頃になると版権料を払ってキャラクター玩具を発売する仕組みがほぼ定着しており、ウルトラシリーズ、ゴジラをはじめとする東宝怪獣などの主要な怪獣キャラクターはブルマァクが版権を獲得して発売していた為、他のメーカーはこれらのキャラクターを使ったソフト怪獣人形を作れなかった。 そこで登場したのが、これら既存のキャラクターとは異なるテレビや映画に登場しない独自のソフト怪獣人形である。 それを生み出したのは、再び到来した怪獣ブームを見過ごせぬと感じた利に聡い玩具メーカーのマルサン(再興)、米澤玩具、三浦トーイ、大協、I.K.B、タカトクなどである。 この他にも、おみやげ品的な安価な玩具を作る名前も知られぬ小さな玩具メーカーもあったろう。 こうした玩具メーカーが独自のソフト怪獣人形を発売したのは、玩具業界のジンクスの存在を考えれば、ブルマァクのソフト怪獣人形の発売と同時ではなく(再度の怪獣ブームが本物であるか否かを見極める時間が必要だったはずである)、その復活劇が玩具の業界誌に取り上げられた頃、つまり、玩具店からの需要が非常に高くなった頃からだろう。 それでは、品薄状態のブルマァクのソフト怪獣人形の穴を埋めるべく玩具界に登場したソフト怪獣人形たちを紹介する・・・。
以上が、怪獣ブームを当て込んで登場したソフト怪獣人形であるが、これ以外にも多数のソフト怪獣人形が存在している。 製造メーカーや製造時期すら判らぬものが少なくなく、現物だけが資料となる場合も多い。 しかしながら、昭和46年の夏季頃から人気が本格化した「仮面ライダー」の登場と怪獣人気の低下に伴い、ブームを当て込んだソフト怪獣人形は自然消滅して行った。 こうしたソフト怪獣人形が再び登場するのは、ポピーのキングザウルスシリーズの頃まで待たねばならない。
さて、弊サイトでは、友人への情報提供を機会として、これらの情報を簡単にまとめて紹介した次第である。 結局、正規の怪獣玩具に比べると、ブームを当て込んだ怪獣玩具の資料は極少で、その探求と研究はなかなか大変である。 そうした苦労を厭わず、こうしたソフト怪獣人形をきちんとした形で研究・発表できる方の登場を期待している。
最後にお願いとなりますが、こうしたソフト怪獣人形に関する資料(人形、カタログ、広告など)をお持ちの方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せ下さい。

【参考文献】
本記事を書くにあたり、主に以下の書籍を参考としました。
・商報社「玩具商報」
・TOY・PRセンター出版局「よいこの太陽」
・商品化権資料センター「マーチャンダイジングライツレポート」
