MORIYANNがゆく


 「佐藤整骨院」の佐藤金一先生。治療は勿論、そのおおらかで楽しい話し方で患者さん達から絶大な信頼を得ている。何より、元気いっぱいで、こちらまでその元気さが伝わってくる。
 私と、佐藤先生との出会いは今から5年前の1998年10月5日。その頃、青森南高校に勤務していた私は黒石から通っていたが、、バドミントン部の顧問で、ゲーム練習の最中に、左足のアキレス腱を切ってしまった。そうとは知らず、真っ先に黒石に帰ってから駆け込んだところがここ。その時の先生との会話を思い出してみよう。

 先生「これはアキレス腱ですね」
 私「先生、何とかして下さい。後、1ヶ月後に修学旅行があるんです。何とか行かせて下さい。」(当時、私は修学旅行の責任者 で下見にも行ってきており、何が何でも行かねばと考えていた)
 先生「う〜む。分かった。ともかくやってみよう。朝、青森に通勤する前と青森から帰ってから1日2回治療してあげよう。」

 それからというもの、毎朝(土、日を含む)、朝の7時頃には、先生は病院を開けて待っていてくれた。電気治療、マッサージ、湿布・・・。しかも、その間、1日も学校を休まず、青森に通い続けた。そして、修学旅行当日の朝、午前5時頃に、旅行前の最後の治療を受け、何とか旅行に行くことが出来た(何枚かの厚紙で固定し、湿布は毎日取り替えた)。それまで、「自分に限って、骨折とかアキレス腱断裂なんてあり得ない」と思いこんでいたが、以後、完治するまで1年以上を要した。

 病院でここまでやってくれるところは普通はどこにもない。旅行出発のその日、辺りはまだ真っ暗闇の中、病院の室内の暖かい明かりを私は忘れることは出来ない(旅行団は、青森駅の出発であったので、早朝5時に旅行前の最後のテーピングをして頂いた)。先生、本当にありがとうございました。(以後も、五十肩、部活による腰痛等で、時々通院し、その度に先生から元気をもらっている)












 上「国重文高橋家」−黒石観光の中心こみせ(現在のアーケード)街の中心部にある。高橋家は江戸時代から続く旧家で、現在14代目の高橋幸江さんは、喫茶店を経営するかたわら、各種講演活動や各委員を務めるなど幅広く活躍されている。平成15年度、黒石市民で最も活躍が顕著であった人に贈られる「烏城賞」を受賞。
 引き戸を開けると、先ず、土間があり、左側には、写真にあるような囲炉裏のある座敷(夏は涼しい!)、右側にはゆったりとした中庭。本当にここに来ると、気持ちが落ち着く。高橋さんの気さくな人柄も手伝ってついつい話が盛り上がる。実は、私が小学校3年生から中学2年まで、先々代のご当主から書道を習っていたのもここであった。

左「高橋家の真向かい側のこみせ」−黒石は水がよく市内に著名な酒造店が多い。こちらは「菊之井」さんの屋敷。私が小学生の頃、写真の石畳の数を数えながらいつも帰宅していたが、いつも数が合わずにいつも不思議に思っていた思い出がある。







風の谷」(〒036-0162)青森県南津軽郡平賀町大字館山字上扇田16-10。電話0172-44-8839。
熱帯魚・関連用品・水槽リース以外に、和食・中華食堂もある(昼食時、結構混雑している。麺がなかなかいける。)
小さな水族館とも言える場所で、恋人達のデートスポットにもなっている。左は店長さんと田中君(私の教え子で、いつもまけてもらっています。これ内緒)


オーナーの木村さんは、写真撮影というと、さっと姿を消してしまったが、元々は、光学レンズ加工・組立会社を創設し、ふと目にした熱帯魚の水槽を見て、何とかこういう水槽をつくれないかということから、このお店を始めた。更に、食堂併設の為、ラーメン作りに没頭。今、大流行している東京の某ラーメン店(オーナーの友人で元ボクシング日本○級チャンピオンが経営)の指導も行っている。今後は、全くやったことのないギターをやってみたという積極的な人生観の持ち主。私は3度程しかお会いしていないが、早速、意気投合してしまった・・・・。人生は本当に出会いですね。













左「喫茶カプリース」(黒石市前町55-1。0172-52-6600。E−mail cap@soleil.ocn.ne.jp)
写真にあるように、各種骨董品を幅広く扱っている。ママさん(画面の右端)は宇治市出身で、夏場には、冷たい宇治ビールが飲め、家族的な料理で少人数のパーテイーも出来る。私はここで、蓄音機や78回転のレコード、青森県の地券、各種端切れ、小作関係の文書等を入手している。写真のドラムセットが欲しいよう〜。



左「法眼寺」−青森県内でも珍しい黄檗宗の寺院。
左から2つ目の山門は寛保元年(1742年)に建立され、右の本堂(明和六年−1769年)よりも古い。本堂には代々の住職が乗った駕籠があり格式の高さを窺わせてくれる。



左「法眼寺鐘楼堂」延享三年(1746年)建立。建築様式は県内でも珍しい唐風造。梵鐘には棟方志功画伯が描いた「三尊仏」が描かれている。

右「中村旅館」−かつては遊郭であった。外見以上に内部にその名残が見られるらしいが、残念ながらまだ入ったことがない。





左「鳴海酒造」酒蔵−黒石には酒屋が多く、そのどれもが味わいのある名酒。いい水と米に恵まれているからなのだが、人口たった4万のこの小さな町を私はとても好きである。


右「中村酒造」の「杉玉」−杉玉は、新酒が出来たことを知らせる広告。「中村酒造」(特に一階の帳場)は、NHK大河ドラマ「いのち」のロケでよく使われたことで有名。



早朝ウオーキングの途中で、思わず目にとまった花々。2005年春の撮影ですが、なぜか、白い花が多かった。
花は、自分の花弁の色を出来るだけ多彩にし、昆虫を招き寄せ授粉に導く(蜜も昆虫を招き寄せるもの)。





その花の中でも白い花が一番、蝶々を招き寄せるという説が、朝日新聞で紹介されていました(2004年5月)。
そう言えば、何となく白い花が春には多いように思います。






MORIYANNが歩いた夏 2005

 この夏はともかく外に出て歩き回りました。リハビリを兼ねての早朝ウオーキングの延長ですが、エリアは地元の黒石周辺。普段、行けそうでなかなか行けない、あるいは一度は行ってみたかったという場所ばかり。どこへ行っても知らないうちに、吉田拓郎の「夏休み」や井上陽水の「少年時代」を口ずさんでいました。

左−黒森山浄仙寺。お寺は、書斎の窓からいつも見える山にあるのですが、前々から、この山でサックスを思いっきり吹きたいと思っていました・・・そして今年はついに何年ぶりかで訪れることが出来ました。
ここのご住職は、ご自分で来訪者にコーヒーを入れることで有名。(1杯300円)

実は、自分で辿り着いた人生上の解答を再確認するために、ご住職に聞いてもらったことがありました・・・・・「いい加減に生きることも大切」「過去も未来も実は存在しない。確かに存在するのは、今、この時だけ。だから、この今を一生懸命に生きる。そして人との出会いも」・・・・・・



左−青少年森の家とその内部、前面の森。
一見すると洋風の建物。中にはきっと入れないだろうなあと思いながらドアを開けてみると簡単に入れた!
私はここで、サックス、ラジカセを持ち込み、バリバリ吹きまくります。ライブ会場のようなデレイがかかり気分爽快!
おまけに電気まで使える。ついでに前面の草地でもサックスを吹きまくります。
左−ル・グレ。浄仙寺からの帰途、必ず立ち寄る喫茶店。ログハウス風の建物は、マスターのこだわり。確かに丸太造りは、夏涼しく冬暖かい。メニューの中で一番人気は、マルゲリータ(ピザ)。さっぱりした食感が心地いい。それにワインもなかなかいける。
喫茶店の右奥に見える建物は、車庫兼スタジオ。二階がにはドラムセット、キーボード、ギター等が置かれている。実はマスターはベーシストで、週二回、仲間が集まりここで練習している。いつでもドラムを叩きに来てもいいという許可をもらっています・・・・・。
右−草地に大の字になり空を眺めていた時に、余りに綺麗だったので思わず撮った入道雲。


尾上町盛美園−国文化財。ここは実に小学校の遠足以来、来たことがありませんでした。
建物は、一階が和風、二階が洋風でいかにも文明開化期の時代精神を表しています。
庭は日本三名園の一つに数えられ、武学流による回遊式庭園。



浅瀬石川周辺−早朝ウオーキングの定番コース。
小学生の頃、よく友達と泳ぎに行ったり、かじかを取りに行った場所です。

夜明けの浅瀬石川。このショットをとるために、朝、4時に起床しました。
ズックのまま、川にじゃぶじゃぶと入り、手前の中洲で、サックスを吹くこともあります。川の音で、サックスの音が目立たず、練習にはもってこいなんですね。

サックスを吹いている私の姿をご想像下さい。


左−花火の観客席(?)・・・いつもここを通る度に「ここで野外ライブなんかやればいいかな」と思います。反響板、電源、チケット、ポスター・・・・こんな自由で楽しい連想が出来るのも、ウオーキングの賜物。

右−これも好きな川辺の風景。流れの緩やかな岸辺には鴨の親子が泳いでいます。
刈り取られたばかりの草からは、草いきれの匂いが・・・・これが私はたまらなく好きです。



行く先々で目にする可憐な野の花。決して自分から誇るようなことなく、ひっそりと小さな花を咲かせている姿に感動!右側はキキョウ。
今は、どこに行っても舗装道路で、従来の土の道路は少なくなりましたが、やはり歩いていて大地の優しさを感じるのは土の道路ですね。




黒森山ぶなの森コース 8月28日(日)3時間20分歩き続け、山中で誰とも会わなかった贅沢な時間と空間。

8月28日(日)、たった一人で、自然のみちコースの中で最長、アップダウンの多い過酷な「ブナの森コース」に挑戦。未知の体験は、子供の頃の冒険心をかき立てられる。
リュックに麦茶の魔法瓶と、懐かしいソーセージ入りの昼食、チョコレートを詰め込み、9時にスタート。

右端の写真は、羽化したばかりのバッタ。付近は蝶の見本市のよう。この次は昆虫採集用の網を持って行こう。

アップ−ダウン−アップと起伏に富んだコースで、辺りには人っ子一人いない。そこにあるのは、悠々たる大地と生き物達の営み・・・・初めのうちはまだ余裕があって、デジカメでパシャパシャやっていましたが、次第にただひたすら標識通りに、坂道を駆け上がっていました。
こんな所で事故っていたらどうしようなどと考える余裕なんか全くなかった。まるで24時間テレビの丸山弁護士。

標識9番の前には舗装道路があり、「ここが最終点か」「それにしてはブナ林がないぞ」と思いながら、傍らに倒れていた「林道終点」の古い標識に騙され、帰途へ。実は舗装道路の更に向こうにブナ林はあったのです。
帰路は、アップコースを避けたため、何と倍の距離(その半分はだらだらと坂を登る)を歩くことに・・・・・。やはり人生、楽な道ばかり歩いていてはダメなんですね。次回は、必ずブナの森へ到達するぞ!!(続く)


沖揚平コース   9月29日−この時は2時間半かかりましたが、ほとんど利用されている形跡はなく誰とも会いませんでした。コースがちょっとハードすぎるからなのでしょうね。沖揚平は、昭和20年の頃から入植が始まり、寒冷地野菜の栽培など行われています。

前半は、左にあるようにかなりきついアップコースが続き、途中で何度も一息入れながら登りましが、本当に水のありがたさが身にしみました。木の葉で地面に光がささず、キノコ類がが至る所に。粘菌を採集していた南方熊楠もこうだったのかなあ。

右−下りに入りようやく気持ちに余裕が。

左−目標地点。左端に岩木山。右側に青森の市街地と陸奥湾が見えます。まさに気分爽快。ここで、おにぎりを食べ、思わず「バカヤロー!」「○○○○!」と大声を発し、意気揚々と帰途につきました。道ばたにはススキと赤とんぼが。季節はもう秋なんですね。




温川温泉  2006.8.4   夏季休業に入り、一番最初に訪れたところ。黒石市から車で約40分。十和田湖へ向かう国道120号線沿いにある。何と言っても有名なのは、吉川英治がここに10日間程、逗留し「宮本武蔵」の構想を練ったとされていること(左の写真中央にその碑が)。
思えば、最初に読み始めた歴史物といえば、英治の「新平家物語」や「三国志」だった。




 高校1年生の時、「新平家物語」の「平氏都落ち」の箇所を、読んでいる時間帯と描写の時間帯が重なり、徹夜で読み通したこともありました(あの頃は若かった!)。

 周辺は左右の写真のような樹林が続き、強烈な夏の太陽の光を和らげてくれます。このまま、十和田湖まで歩こうかと思いましたが、車で来たときのアップダウンを思い出し断念。





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