日本犯罪社会学会第29回大会(2002年10月27日・明治学院大学白金校舎)

シンポジウム「「科学的な」犯罪研究の可能性―シカゴ学派を手掛かりにした理論・方法論の再検討―」
報告タイトル「ドラッグ使用を事例にした質的研究―シカゴ学派の伝統の活用―」


ドラッグ使用を事例にした質的研究――シカゴ学派の伝統の活用(報告要旨:当日使用した 分析データは除いています)

 本報告では、シカゴ学派の伝統に連なり、主としてシンボリック相互作用論の観点から観察やインタビューを用いた リンドスミスとブルーマーの研究を取り上げ、それらの特徴を述べ、さらに問題点を指摘し、その問題点を克服する提案を行った。
 まずはじめに指摘しておくべきことは、社会問題や犯罪の「科学」研究を志向したシカゴ学派のモノグラフにおいても、ド ラッグ使用が単一のトピックとして取り上げられていないことである。ドラッグ使用は、初期シカゴ学派のモノグラフが執筆された時期にようやく人種問題とし てではなく都市問題として受け入れられ、そのためシカゴ学派モノグラフには、1939年出版の生態学的研究の中に登場するにすぎなかった。
 しかしながら、初期シカゴ学派の研究方法をベースにしながら、シンボリック相互作用論の構築に大きく貢献したアルフ レッド・リンドスミスは、ブルーマーの指導の下で阿片依存の研究を始め、シカゴ学派のようにさまざまなデータを利用したが、やがて分析的帰納法によって 「薬物依存の社会学理論」を構築したのであった。
 彼の研究の特徴は、まさにその分析的帰納法にあった、と一般的には考えられている。分析的帰納法とは、少数の事例にも とづいて初期の仮説を構成し、さらなる事例研究において、仮説には当てはまらない否定的証拠を探すことでその仮説の検証を行い、これを繰り返すことで仮説 を洗練していく理論構築方法である。これは後にドナルド・クレッシーやハワード・ベッカーの研究でも使用されることになるが、その有効性を最初に示したの がリンドスミスである。彼の場合は、観察と会話にもとづいて初期仮説を構成し、さらにそれをインタビューで検証して仮説を再構成、さらにインタビューと文 献で最終仮説、すなわち依存理論へと組み立てていったのである。
 しかしこのように考えてみると、彼のデータ自体は、観察なら観察だけ、インタビューならインタビューだけ、といった形 であらかじめ限定していたのではなく、むしろ彼は、彼が指導を受けた初期シカゴ学派の社会学者のように、さまざまなデータを使っているといえる。シカゴ学 派と異なっているのは、理論構築におけるデータの使用方法である。つまり、初期シカゴ学派の質的研究ように、いわば例示的・羅列的にデータを用いるのでは なく、理論構築のプロセスにおいてそれらを「特定の形に編成」し、検証のために用いているのである。その意味で彼はまさにシカゴ学派の後継者でもあるとい えるのだが、その一方で、「科学的な」理論構成を行う観点からすれば、まさにその「特定の編成」の仕方がポイントとなっているということが分かる。
 しかしその「特定の編成」は、観察データやインタビュー・データに基づく帰納によって常に可能なわけではない。という のは、分析的帰納は一般的には帰納として考えられているが、実は帰納ではないからである。帰納であれば、それらは個々の事例の羅列であって、一つのまとま りとして有意味にはならない。それらを有意味な一まとまりのものとして見るためには、何らかのパースペクティブが必要なのである。つまり分析的帰納法は、 一見その名ゆえに帰納であると誤解されるが、それはあらかじめ何らかのパースペクティブがあってはじめて成立する仮説演繹法なのである。
 しかもリンドスミスは、たとえば「get hooked」といった使用者の語りを、「退薬症候を示す言語的リソース」として、カテゴリー化している。これは調査者の側が作ったカテゴリーであり、こ の作業自体が一つの概念構成なのである。
 したがって、重要なのは、パースペクティブとそれにもとづいた概念構成である。彼の場合、デューイとミードを参考に、 行為の因果連関を過程として捉えていた。つまり、原因と結果はいずれも相互作用のプロセスとして位置づけられるものであって、結果と呼ばれているものと原 因と呼ばれているものは、問題として捉えられている過程全体における特定の段階や局面として捉えていたのである。これにもとづき、彼は、依存の発端を一連 のプロセスとして捉え、さらには、依存さえも過程として捉えた。しかも一般化すれば、言語的リソースの存在(退薬症候を示す言葉)、それにもとづく洞察 (退薬症候の認識)、洞察にもとづいた行為(投薬)、行為による洞察の正しさの証明(因果関係の確立)、という過程として、ある行為(ドラッグ使用)の習 慣(依存)を理論化したのである。
 さらに重要なことに、そこには、間接的にのみ観察されるデータ、たとえば一般的な心理学的な事象であるパーソナリティ といったデータは見当たらない。あくまで、直接的に観察可能なデータによって理論が組み立てられている。逆に言えば、それゆえに反証が可能になっているの である。その意味では、リンドスミスの理論構築において着目すべきは、言語的リソースと行為といった「観察可能なもの」の間の「反証可能な関係」なのでも あり、これはベッカーのマリファナの継続的使用に関する研究にも共通する特徴である。
 したがって彼に対する批判は、多くの場合、残念ながら的外れであることが多い。というのは、彼の理論の力点を、言語的 リソースにもとづいた洞察そのものの存在、すなわち、退薬症候の認識、として捉らえてしまうからである。しかしそうではない。あくまで言語的リソースと行 為の間の過程的関係に力点があるのである。
 一方、ブルーマーによるドラッグ使用研究は、これらとは異なり記述的なもので、行為ではなく、使用者の世界を扱おうと している。彼が用いたパースペクティブは、やはり過程に着目したものではあるが、より記述的で自然史的なスタイルをとっている。このスタイルは、実はシカ ゴ学派でもスラッシャーらに用いられたものでもある。
 しかし問題はデータの使い方である。というのは、彼は、観察、インタビュー、使用者同士の討論、という形で確かに「観 察可能なもの」のみを扱っているのであるが、これらの概念構成を行っていない。むしろ、そこで得られたデータが、そのまま世界を描写したものとして扱われ ているのである。
 しかしながら、使用者の語りを細かくみると分かるように、使用者の語りは、世界をそのまま描写したものではない。むし ろ使用者の語りは、調査者との相互作用過程において、あるいは使用者同士の相互作用過程においてデザインされている。したがって、使用者の語り自体を調査 者が概念構成として利用するのではなく、それがそのまま世界を描写したものとして扱う限り、理論化も合理的な説明もできない。概念構成しないということ は、仮説演繹法のためのパースペクティブを用いないということであるからである。これは、ブルーマーの研究だけではなく、ジェームズ・キャリー、アラン・ サターなど、当時のシカゴ大学やカリフォルニア大学出身の犯罪研究者によるドラッグ使用研究比較的共通な問題であり、シンボリック相互作用論に基づいたド ラッグ使用研究という意味では、このような研究スタイルの方がポピュラーであった。
 とはいうものの、ブルーマーをはじめとした彼らの研究が無価値であるというわけでは決してない。いやむしろ、リンドス ミスやベッカーによる研究のように調査者によって概念構成されていないデータの魅力にあふれているのである。しかもその魅力というものは、実はシカゴ学派 が備えていたものでもある。そのようなデータだからこそ、使用者の語りを再び細かく見ることが可能だったのである。それゆえ、そのようなデータをそのまま 生かして合理的な説明を構築しようというのであれば、むしろ、使用者同士(会話)あるいは使用者と調査者の間(インタビュー)で生じた語りそのものが、使 用者の世界そのものであるとして分析するべきである。つまり、世界があって語りがある、のではなく、語りが世界なのだ、という観点から分析すべきである。
 その際利用可能な方法として、個人的には最近、構築過程分析というものを考えているが、より一般的にはディスコース分 析(DA)がある。DAにはいくつかの方法があり、たとえばある事象についての語り方(レパトワール)が、まさにその事象の現実的なありようを編成してい るものとして、その配置や、使われ方を分析する方法などもある。このような「言語的リソース」に志向した方法は、したがって、「観察可能なもの」だけを扱 い、しかも再検証も可能であるということからも、犯罪研究において、これから利用していくべき方法だと考えられるのである。



関連論文(「薬物使用の質的研究における説明と記述―シンボリック相互作用論における科学性・合理性とディスコースの分析―」、『犯罪社会学研究』28、 pp.82-95、2003年)のダウンロードはこちら

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