第29回保健医療社会学会(2003年5月17日・龍谷大学大宮校舎)
シンポジウム「病いをめぐる意味・語り・会話」
今回のこのシンポジウムは「病いをめぐる意味・語り・会話」と題し、三人の先生方の報告をもとに行われます。しかしな
がら語りや会話の分析に馴染みのない方もいらっしゃると思いますので、まず最初に、なぜ「病いをめぐる意味・語り・会話」なのかということを簡単に述べ
て、今回のシンポジウムが拠って立つ、いわば土台のようなものについて、あくまで参考程度ですが、あらかじめ補助線を引いておきたいと思います。
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さて、医療や病をめぐって、というわけではありませんが、思想史や社会科学において、言語論的転回(ターン)とも呼ば
れる現象が話題になったのは、1980年代の初め、おそらくは今から20年ほど前のことだったと思います。そこでは、それまで前提として自明視されてき
た、言語と言語外の現実という対比、あるいは言説と客観的構造といった対比が問題視されまして、たとえば「テキストの外部はない」などといったスローガン
などが唱えられました。
そのような態度はさまざまな議論を巻き起こしましたし、一部ではいわゆるポスト・モダンの流行として受け取られること
もあったかと思いますが、社会学に与えた影響という観点からすると、結果的には、データとしてのテキストやトークを解釈あるいは分析する際の方法論的問題
が提起されたと位置づけることができるのではないかと思います。いわゆるテキストとコンテキストとの関係などです。
また言語論的転回とほぼ同時期に、語り、すなわちナラティブも関心を集めていました。たとえば『クリティカル・インク
ワイアリー』という雑誌では、1979年にシカゴ大学で開催されたシンポジウムを受けて、1980年にナラティブに関する特集号を組んでいます。ちなみに
この特集はさらに翌年本になりましたし、翻訳も出ていますが、そこでは、言語論的転回とナラティブへの関心が、世界を理解する方法としてリンクしたもので
あることが、示されています。
また、社会学において、ナラティブ的転回(ターン)が語られるのは、90年代に入ってからですが、それ以来、例えば、
ディスコース分析の展開、ライフヒストリーへの関心の高まり、あるいはストーリーの社会学の構想、物語論の興隆など、言語そのものや、人々の言語活動への
社会学的関心が持続的に高まっているといえるのではないかと思います。
このようないわゆる転回(ターン)は、しかしながら、決してアカデミズムの枠内にとどまっているわけではないとも考え
られます。というのは、たとえば、食糧の安全問題への消費者の発言力の増大や、自分史出版の流行といった社会現象なども含めて、さまざまな場所で、語るこ
とそのもの、あるいは語ることの力、が見直されているように思われるからです。そしてそれと同時に、たとえば、臨床哲学などでは聴くということの重要性さ
えも語られるようになりました。
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さて、ここでようやくこのシンポジウムとのかかわりが問題になってきます。以上のような流れは、保健医療の研究におい
て、どのような意味を持っているかということです。
一つには、今日の午前中の部会に見られますように、「患者中心の医療」というものが、医療の現場において、あるいは医
療の調査研究において、重要なテーマとなってきています。もちろんそれが重要なテーマとなる前提としては、患者がある意味では十分に語れなかったこれまで
の状況や、そのような状況を支えた技術において生じた問題というものがありました。しかしいずれにしても、「患者中心の医療」においては、何よりもまず
「患者が語る」ということが基本にあると考えられます。したがって、患者の語りから、病の世界を分析するという観点が挙げられると思います。
そしてもちろん、患者が語ることだけではなく、患者が語り、そして医師が語る、あるいは逆に医師が語り、患者が語ると
いう会話あるいは対話(ダイアローグ)が、医療の中で、そして医療に対する調査研究の中で、これまで以上に重要視されていくようにも思われます。特に会話
分析やディスコース分析は、医師の語りが、医学的なものではなく、医療場面の秩序を構成することに志向していることを明らかにしてきました。そしてそれは
一方では、医師の語りの問題、すなわち、医師の語りを通して、医療の世界を分析するという観点の重要性にもつながっています。つまり、語りが世界を構成す
る・構築するという観点から、医師の語りを分析することを通して、医療的世界を明らかにしていこうという問題構成です。
そこで今回このシンポジウムでは、「病いをめぐる意味・語り・会話」と題し、三人の先生方に報告していただき、それら
を材料にして、病をめぐる語りを分析する意義と方法について考えていきたいと思います。
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ここで報告してくださる先生方を簡単にご紹介したいと思います。まず一人目に報告してくださるのは、帝京大学医学部の
橋本英樹先生です。橋本先生は、公衆衛生学を専門とされ、これまでクローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患に関するQOLの研究や、慢性関節リウマチ
患者と医師とのコミュニケーションの日米比較研究などをなされてきました。今回は、「病世界の構造と医師との会話における表出」と題し、慢性疾患を患う患
者のインタビューや、外来会話記録などを材料に、患者による病の語りの形成過程において、医師の語りがいかにかかわっているのかを、論じてくださる予定で
す。
二人目に報告してくださるのは、静岡大学人文学部の栗岡幹英先生です。栗岡先生は、主として医療産業や薬害に関する社
会学的研究を専門に行ってこられました。その成果は、たとえば『薬害の社会学』や『役割行為の社会学』という本にまとめられております。今回は、「薬害
HIV感染を媒介した医師の語り」と題して、非加熱血液製剤によるHIV感染被害事件において、その感染を媒介した血友病患者の担当医のインタビューを材
料に、医療的世界がどのように構築されているのかを、論じてくださる予定です。
三人目に報告してくださるのは、徳島大学総合科学部の樫田美雄先生です。樫田先生は、エスノメソドロジーと、それに基
づいた会話分析を専門とされ、エスノメソドロジーの観点から、医療にかかわるさまざまな現象を分析されてこられました。たとえば解剖実習の分析、119番
通報の分析、あるいはインフォームド・コンセントの分析などです。今回は、「エスノメソドロジー・会話分析からみた医師と患者の会話」と題して、医師・患
者間の分析におけるエスノメソドロジー的観点の重要性を、癌患者への医師による病状説明場面を材料として、論じてくださる予定です。
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