WEBで論文を公開するようになって何年か経つ。当初はそれこそ書いた論文自体が少なかったために(とはいえ、今でも多いとは言い難いが)、多少遠 慮気味だったけれども、この間主として紀要論文や報告書論文などを追加することで、公開本数を増やしてきた。本当は、同僚の池田さんのように 書籍化されたものまで含めて公開したいと思うのだが、出版社と交渉するのが面倒で、これらについては書誌情報だけにとどめている。これらについてもそのう ち何とかしたいと思っている。(その後、池田さんは大阪大学に移られました→こちら)
そもそも公開しようと思い立ったのは、自分が専門領域としている薬物に関する情報が、世間であまりに少ないか、あるいは偏っていると思ったからであ る。この件については、以前報告書で触れたこともあるが、ようするに、「どれだけ危険であるか」という薬 物へのアレルギーを煽る情報か、あるいは逆に「どれだけ気持ちいいか」という薬物への賛美といった、両極端な情報しか利用できないような状況を、僅かなが ら変えていきたいと思ったからである。あるいは、そのような状況は受容するものではなく、それ自体が考察の対象でさえあると考えたからである。この辺りの ことは以前、熊本大学学報でも書いたことがある。
そしてこの間、WEBで公開して良かったと思うことが、僅かながらあった。たとえば、ある大学院生がメールを送ってくれて、第二次大戦下で行われた ヒロポンの治験について情報を寄せてくれたこと。残念ながら私がまだ英国で研究中であるために、彼に教えてもらった情報を検証してはいないけれども、これ はとても嬉しかった。さらに、何人かの学生が卒論などで参考にしたいと思っているということ、しているということを、直接あるいは間接的に知った。中には 旅行がてら熊本まで訪ねてきたいとまでいってくれる学生もいたが、残念ながら私が英国に来た直後だったのでこれは実現しなかった。いずれにしても、自分が 書いたものを人が読んでくれて、何かしらの感想をくれたり意見をいってくれたりするのは、非常に嬉しいものである。とくに私のような地方大学勤務の研究者 には、東京に本社のある雑誌などで書かせてもらえる機会はなかなかない。それゆえWEB公開によって、そうでもしなければ読んでもらえることもなかったよ うな人に読んでもらえるというのは、非常に嬉しいものなのである。
余談だけれども、私の友人の中にはそれこそミリオンセラーを書いたライターもいるが、彼も同じようなことを言っていた。彼の場合、それこそ山ほどの ファンレターや感想の手紙を受け取る。それでも彼はその一通一通に目を通すという。「あれが嬉しいんだよね」と彼は言っていた。
もちろん逆もある。私の友人の比較的有名な研究者は「論文は排泄物である」と公言して止まない。私自身はこれを半分ポーズだと思っているが、ゆえに 振り返らず、黙って流すのみと彼はいう。
したがって、多くの研究者がそうだ、とまではいわないけれども、やはり自分の書いたものを人に読んでもらえることを望んでいる研究者はいると、少な くとも私は思っている(国立大学であれ私立大学であれ、研究費は国庫からの補助金なのだから、研究成果は「原則として」公開するべきだという意見もあるだ ろうし、私もそう思うが、その辺りのことは今回はおいておこう)。
その意味で、この論文のWEB公開というのはとてもいい方法だと思う。熊本大学の図書館でも試験的に、文学部の紀要(『文学部論 叢』)をPDF化して公開している。これはとてもいいことだ。そもそも紀要論文などは、人目に触れることがあまりに少ない。おそらく同業者でさえ見ること は少ないだろう。
しかし問題は公開形式がPDFということである。確かにPDFは元のレイアウトそのままに見られるという点で書いた側からすれば、非常にすぐれた公 開形式である。だからこそ私も版下をPDFで制作した論文については、これをそのままダウンロードできるようにしている。しかしながら問題は、WEB検索 にかからない、あるいはかかりにくいということである。
私のこのホームページにたどり着いて、論文を読んでくれた人の中には、他のどこかで私のホームページのアドレスを知って訪ねて来たという人もいる が、中にはWEB検索によって知ったという人もいる。それがためか、HTML化した覚せい剤研究の論文 の方を読んで感想をくれたりする人がいたり、あるいは別のところからその論文に直接リンクが張られていたりもする。しかしその一方で、PDF化した薬物使用の調査論文の方は、ダウンロードしたという話を聞くものの、これについての感想は少ない のである(覚せい剤研究の論文の方がはるかに読みにくいにもかかわらず)。
このような状況からすると、PDF化して公開するというのは、公開することによって多くの人に読んでもらうという主旨からすると多少不便なことは否 めない。もしPDF化するのであれば、アブストラクトや内容紹介文を添えて公開するのが適当ではないかと思ったりもする。この辺りは、なるべく知りたい人 には出来るだけ簡単に目に付くようにする努力が、引き続き必要だと自分では思っている。
いずれにしても、大学の研究者は、紀要に書いたものも含めて、できるだけ論文をWEB公開することによって、もっともっと人目に付きやすいようにし てもいいのではないだろうか。あるいは大学の紀要はそのような形での公開を前提として編集作業を行ってもいいのではないだろうか。マスコミで取り上げられ るような、分かりやすい、消費されやすい物語に、わずかながらでも抵抗するためにも、それは大事なことではないかと私は思っている。
(30/May/2001)