■CRT Nikkor 55mm F1.2 Legend

CRT Nikkor 55mm F1.2 Legend, 
Super Hight Resolution Dreaming Lens in Japanese Rice Field

CRTニッコール55mm F1.2 伝説の誕生

UN BUCO NELLA SABBIA

ロスアラモス国立研究所

このレンズは、不思議な出現をした。
とつぜん姿を現した。

CRTニッコール55mm F1.2は、前に述べた通り、 最初の原型がオシロスコープ画面撮影専用レンズとして1964年にデビューしている。
しかし、その存在を知っていたのはごく一部のマニヤだけだ。
存在を知っていても、彼らが実物を目にすることはなかった。

1997年夏。
このころ、まだ主流だったパソコン通信で、情報が飛び交った。

当時米国に駐在していたある方が、カメラ店でこのレンズを入手した。
ディラーの話ということで、レンズが出てきた背景を説明してくれた。

CRTニッコール55mm F1.2は、米国の核実験関連施設から大量に放出されたという。
情報のソースは未確認だが。
そのスジの方ならば、すぐにロスアラモス国立研究所とか ローレンスリバモア国立研究所の名前が思い浮かぶだろう。
ネットに出た情報は「米国ニューメキシコ州にある核実験施設」だ。
これは間違いなくロスアラモス国立研究所と思われる。

ことの真意を確かめようと、ダメ元で、 ロスアラモス国立研究所に真偽を尋ねてみようとも当時考えた。
が、そのうち忘れてしまった。

このWebを立ち上げた頃は、 2001年9月の同時多発テロからはじまる一連の事態の真っ最中だった。
米国の国家的な核関連施設へコンタクトとるのは、さすがに、できなかった。

アルバカーキの乾燥空気

ニューメキシコ州の街アルバカーキからはるか160キロ離れ、 標高2,000メートルを超える乾燥空気のなかで、 大量のCRTニッコール55mm F1.2が、 目に見えない鮮鋭な光をみていたということは想像するだけでも物語だ。

もっとも、このディーラの話では、CRTニッコール55mm F1.2は、
水平解像度200本/mmの超高解像度レンズである
とか、
L39マウントなので、引き伸ばし機のレンズに最適である
そして、
オレゴン州立大学で写真を教えている教授が引き伸ばしに使用してバッチリだった

などなど、レンズにまつわる話も披露してくれたという。
セールストークか否かはわからない。
すべて、ここまで未確認の話だ。

ブルックリン

次に、こんどは裏付けのある話。
シャッターバグ誌の広告で、CRTニッコール55mm F1.2が登場した。1997年5月の話だ。
このときに入手された方は、私のまわりにも数人いるので、 気が付かれた方は購入されたのではないか。

ライカスクリューマウントだから、ライカマウントのアダプターさえ用意できれば、 どんなカメラでも装着できる。
ブルックリンの広告では、オリンパスOM1Nに付けてお花の接写写真がグレート最高、 とのユーザ激賛の話が載っている。

スティーブのパパ

私もだてに、マニヤをやっているわけではない。
真実を確認することが、世界的な資源を後世に正しく伝えることができる。
以下の情報は、ネット上に流れたメーリングリストから採集したものだ。
このメーリングリストがガセネタだったら、それはそれでしかたないが、 メーリングリストの存在は本物だ。
プライバシーの観点から、メールアドレスやオリジナルのソースは掲載できない。

題して「ニコンの本格派コレクターへ」と題された1通のソースだ。
原文は英語だが、あえて日本語にした。

---- ニコンの本格派コレクターへ ------------------------------

1996年 10月 12日 土曜日 20:19:56 発

CRTニッコール55mm F1.2レンズを売ります。続き番号で用意しています。
コレクター向きです。実用にも活用できるでしょう。

  • 連番で2本(10セットあり)
  • 連番で3本(6セットあり)
  • 連番で4本(6セットあり)
  • 連番で5本(1セット限定)
  • 連番で6本(1セット限定)
  • 連番で7本(1セット限定)
  • 連番で9本(1セット限定)

これはすごい。
すべて連番だ。しかも、9本が連番というレンズ群もある。
その数合計すると89本。
大量の89本と考えるか、全世界で89本しか存在しない と考えるかは意見の分かれるところだ。

売り出したのは、米国のスティーブ氏。これは本名だ。
メールを読む。じんときた。
このCRTニッコール55mm F1.2レンズは、 スティーブのお父さんが持っていたという。
スティーブはこのメールを打ったあと、2週間ほど旅行に出るので 音信が途絶えると書いてあった。
母親と家族を連れてスティーブはオレゴン州の海に行った。
海岸線の美しいオレゴンは西海岸か。
彼のお父さんが愛したお気に入りスポットがあるのだ。

それは、お父さんの遺灰を海に散らしにいく旅だった。
スティーブのパパは89本のCRTニッコール55mm F1.2レンズを家族に残し、 8月に亡くなっていた。

深まる謎

スティーブのパパが、なぜこれだけ大量の特殊レンズを持っていたかは不明だ。
核研究施設とのかんれんも分からない。
オレゴン州立大学教授の話とオレゴンの海を愛したスティーブのお父さんは 関係あるのか、ひょっとして同一人物か。 スティーブ本人に聞いてみようかなとも思うが、まだその気にならない。
それは伝説なのだから。
すくなくとも、日本で突然出現したCRTニッコール55mm F1.2の源流は ここにあるとするのが有力だ。

スティーブが売り出したレンズをブルックリンがすべて買い取り、 そして広告をうって販売したのだろうか。
その裏付けとして、当時ブルックリンからレンズを購入した人が まだ在庫が70本近くあると聞いている。
別な見方をすると、全世界で100本に満たない存在といえるかもしれない。

販売するほうも、買うほうも、何のレンズか分からない状態だった。
情報がなかった。
いまだに、中古カメラ店の販売リストに用途不明のレンズとして登場することがある。

値段のほうもブルックリンに登場したころは適価であったが、 末端価格は上昇してきた。
当時、末端価格でも飛びついてしまったのが私だ。
こういうときもある。

時代の終焉と高性能レンズ

CRTニッコールは特殊な産業用レンズだった。
その製造数も定かではないが、55ミリで開放F1.2の大口径、 6群8枚のゴージャスなガラスブロックが、 能力限界を超えたパフォーマンスを引き出す。

手指が切れるほど鋭利に工作された精度の高い、ライカスクリューマウントを持つ。
絞りリングが銀色、鏡胴が黒。
オートニッコールと逆の色設定は、スマートな工業製品という印象だ。

オシロスコープの画面撮影用という本来の役目は、遠い昔に終焉している。
安価なレンズに高感度ポラロイドを搭載したカメラにその主役を譲り、 さらに観測記録そのものが今ではパソコンと接続したデジタル記録になった。
ゼロックス社と並び優良な高収益企業の代表だったポラロイド社も、 2001年10月米連邦破産法11条適用を申請した。
考えられない事態が現実となった。
デジカメの優位性は、夢のポラロイドシステムをとっくに超えた。

そして、レンズだけがしずかに残った。
高性能な超高速マクロレンズだけがしずかに残った。

現在の市場から

ウイーンのクラシックカメラ店の販売リストに連番のレンズが2本出ていたのは、 2001年は春の話だ。
国内でも数年前、秋葉原や新宿で入手することができたし、 また名古屋のクラシックカメラ店の販売リストに見出すことができた。

現在のネットオークションでもたまに見かける。
状態のよいのが多い。
絞りだけのレンズで焦点ヘリコイドがない分、空気の吸い込みがないためか、 内部はチリ1つなくきれいなものだ。
実物を見たことない、といっていたレンズが、いきなり出現した実例である。

夢か幻のレンズ

最後に、これもごく一部のマニヤが存在は確認しているのだが、 市場に出現しないこのレンズの兄弟を紹介しておこう。
CRTニッコール58mm F1.0のFマウントモデルだ。
Fマウントというところが珍しい。F1.2ではなく、なんとF1.0だ。
ニコンカメラ用のレンズカタログには出てこない。
文献や雑誌の記事にも出てこない。
唯一、産業用・工業用ニッコールレンズカタログだけに記載がある。
1974年あたりの専用価格表を見ると、特注品となっている。
特注品であることから、数が極端に少ないと推測できる。

これは幻のFマウンレンズだ。 UVニッコール55mm F4と同じように、その存在は確認されているが、 実物が出てこない夢か幻のレンズである。
今世紀中の出現を望みたい。

優等生な知性派レンズ

上の写真に写っているのは、CRTニッコール55mm F1.2の前期型。
52ミリ径のニコンフィルターをつけている。
収穫まじかの、稲の穂をながめて、 イナゴの行動を監視する姿は、なかなか知性的である。

レンズも哲学をもてば田畑で毅然とし、 オシロスコープの光跡をトレースしながら レザー光の解析もこなす仕事人の顔ももつ。

風景になじむ銀色の絞りリングを持つCRTニッコール55mm F1.2。
どんなカメラにも似合う優等生な超高速マクロレンズだ。

砂にきえた涙

CRTニッコール55mm F1.2がデビューした1964年。
イタリアを代表するカンツォーネ歌手ミーナが発表したのが 「砂にきえた涙」。
UN BUCO NELLA SABBIA

♪青ひ月の光を浴んびながら ウ わたすは 砂のお なかにいい〜♪

ミーナのなつかしい歌をカセットで聴きながら、
アルバカーキ。オレゴンの海。秋葉原。
レンズをめぐる数奇な物語。伝説を想う。

UN BUCO NELLA SABBIA

UN BUCO NELLA SABBIA

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