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1959(昭和34)年 / 74歳
- 1月、田畑晃(こう)が秘書となる、津島の友人の娘。月給二万円。『日本』で「谷崎潤一郎対談」連載開始、この月は有馬稲子。
- 2日、「東京新聞」に取材記事。
- 12日、千萬子より書簡、吉井を訪ねたが留守。
- 14日、大映『細雪』封切、監督島耕二、京マチ子、山本富士子、轟夕紀子、叶順子。
- 15日、川島雄三監督「グラマ島の誘惑」で春川ますみ映画デビュー。
- 18日、志賀高原より千萬子の書簡。
- 20日、千萬子宛自筆書簡、君のスラックス姿が大好き、アノラックというのが何か分からず秘書(田畑? 女子大卒278歳アメリカ旅行をしてきた)に訊いて分かった。スポンサーになるが小瀧を使ってこっそり現金を持ってこさせる。潤。
- 29日、千萬子宛自筆書簡、たをりがトランジスタラジオが欲しいそうだがどんなのがいいか。今度市川崑が『鍵』を映画化するが主演は京マチ子がいいか山本富士子がいいか意見を。千萬子より書簡、別便で自作帽子を送った。たをりは男の子にもてる。
- 30日、千萬子宛自筆葉書、前便見たと思う、君からは新しい時代の風俗等を聞きたい。4月に日劇で「白日夢」をやる。もう一通。
- 2月1日、千萬子より書簡、たをりの附属入園のための知能テスト。ラジオは一万八千円もする。テレヴィのおかげでたをりは何でも知っている。日経新聞社から出ている『光琳』(田中一松編)が欲しい。
- 2日、千萬子宛現金書留、二万円、夜になると手が痛い。
- この間、千萬子が来て、上京の際重子もついてくる。アノラックとスラックスを買う。
- 5日、NHKラジオでデコちゃんとイヴ・モンタンの対談を新村猛(50)が通訳し、新村出感激す。
- 9日、千萬子より書簡、お礼、たびたび出掛けると松子重子に気がさす、恵美子のことは小さいことでも隠す。
- 14日、帝国ホテルで笹沼金婚式祝賀会。松子・重子が出席。
- 16日、千萬子宛書簡、私もあの日重子が上京とは思わず夕刻女中に聞いて驚いた、複雑な人なので折りを見て忠告する。恵美子のことを隠すのは余りにあなたに対して劣っているから。いずれ谷崎家も渡辺家もあなたに支配されるでしょう、私はそれを喜んでいる。私に遠慮することはなくどんどん意地悪してくれ。あなたは橋本関雪の天才をただ一人受け継いでいる。同日、「白日夢」ゲラ刷り送る。
- 18日、千萬子宛書簡、今度雇った秘書についてあなたが、「そんな高い給料を払う価値はない」と言っていたそうで、松子から二度も注意を受けた、一二ヵ月内に解雇して、書斎を整理するだけの少女を雇う。同日千萬子より書簡、思ったことをぱっぱっと書いて出してしまって後悔、シナリオのこと、最近はショートショートというのがある。
- 19日、千萬子より書簡、秘書については松子の主観が混じっている。私が何とか言ったから首というのはやめて。松子は最近経済ノイローゼ。
- 20日、千萬子宛代筆書簡、手紙の件了解。たをりの試験は今日、結果分かったら報せて。
- 25日、新村から書簡、近所のナショナル電機店からデコちゃんのポスターを沢山持ってきてくれたのであちこち張った。
- 26日から5月5日まで、日劇MH七周年豪華公演「白日夢」
- 28日、日劇パンフレットに「観客になって楽しみたい」掲載。
- 3月、『日本』5月号のために春川ますみと熱海自宅で対談。
- 1日、千萬子宛自筆書簡、松子は千萬子の言うことを私が聞くのを悟った。秘書はこれから本格的に使ってみる。
- 3日、千萬子宛書簡、「白日夢」パンフ同封、後のほうは丸尾が書いたもの。春川は映画の人になったが特別出演、谷内リエの踊りが素晴らしいそうだ。私は四月末か五月でないと行けないので3月に行って感想聞かせてくれ。
- 5日、千萬子より書簡、出したいけれど遠慮していた。早くよくなって一緒にMHへ行きたい、日本のバレー・オペラは色彩のセンスが悪いが、三島の「葵の上」は良かった。明日はカルメン。
- 8日、千萬子宛書簡、シミオナートのカルメンはどうだったか、きっと気に入ったと思う。先日新潮社の佐藤亮一が来たので君の写真を見せたら清宮(島津貴子)に似ていると言われ松子も同意したが清宮などあなたには比較にならない。「千萬子拝」は他人行儀なのでやめてください。
- 9日?『週刊新潮』3月16日号に「谷崎恵美子さんの御難−−間違えられた初舞台の写真」掲載。産経ホールの武智鉄二演出の道成寺舞踊会に恵美子が出たが、別人のヌード写真が間違えられて某週刊誌に掲載され、縁談が壊れたと谷崎が怒っている。
- 12日、千萬子より書簡、カルメン素晴らしかった、デル・モナコを観るのもこれが最後かと思うと。週刊新潮見ましたが、誰も伯父様との関係まで気づかないので、あまり抗議や手記など書かず黙殺がよいのでは。あれで縁談が壊れたというならそんな人はいいでしょう。拝と書くのは敬愛の印。
- 14日、千萬子より書簡、清治と喧嘩した、金がない、毎月一定額送ってほしいとお願い
- 16日、千萬子宛、松子は22日はとで入洛、週刊新潮は私が書いたのではなく松子と恵美子が相談して作った、私の全集十七巻を発送する時ついでに出した。(全集はいつも署名してあなたに発送してからでなくては他の人にはあげない)恵美子があんな仕事をしているのが不賛成で、不愉快。あなたは自分で自分の美しさが分かっていない、拝はやめてください、それならこちらも拝をつける。潤一。
- 22日、松子入洛か。
- 25日、サイデン宛代筆書簡、「鍵」翻訳気が進まないなら辞退してもよし、澤田と会ったそうだが何か意見は。
- 27日、自宅で銀婚式?
- 4月初旬、伊吹を呼び、再び秘書になってくれないかと頼む。伊吹は嶋中の話も聞いてから、京都へ帰る。
- 8日、高浜虚子死去(86)。
- 12日、松子より伊吹宛書簡、秘書受諾の懇願、伊吹すぐ返信。
- 18日、伊吹宛書簡、田畑代筆、秘書受諾のお礼。
- 19日、たをり宛葉書、リリーがいるのにほかの犬を飼ってはかわいそう。
- 20日、千萬子より書簡、熱海へ行きたい。昨日は三人で映画「黒い稲妻」観てきた。千萬子。
- 21日?「高血圧症の思ひ出」を『週刊新潮』に発表(27日号−6月1日号、6回連載)、田畑の筆記。
- 25日、千代子と日劇へ、谷崎原案「白日夢」を観に行く。春川出る。
- 27日、伊吹宛代筆(千萬子?)書簡、六月一杯で構わない。
- 30日、永井荷風死去(80)、毎日新聞夕刊に談話「一番身近な作家失う」。
- 5月、平凡社世界名作全集『細雪』を刊行。『日本』の対談第二回、春川ますみ。
- 5日、千萬子宛代筆、8日のはとで行く、きみを連れて。「恋愛論」別便で返す。
- 8日、気分転換を兼ね京都へ。重子は熱海で留守。
- 10日より京大病院前川のもとへ通院。伊豆山からトキ男児出生の電話。
- 16日、松子より長尾宛書簡。
- 21日、長尾が渡邊家へメロンを持って見舞い、松子が応対するが、これから親戚の結婚披露宴だと。
- その後ほどなく熱海へ。
- 6月、『日本』対談第三回、松山善三、高峰秀子。
- 16日、金森徳次郎死去(74)
- 17日、「鍵」映画化の宣伝が行き過ぎだと大映に抗議、新聞紙上で謝罪広告。
- 20日、芦田均死去(72)
- 22日、千代子が、谷崎夫婦銀婚式の祝い品を持って福田家へ見舞いに来る。
- 7月2日、小津が谷崎来信を受け取る。
- 3日、伊吹、京都を発ち熱海へ。
- 8日、千代子、福田家へ見舞い。
- 16日から、伊吹による「夢の浮橋」の口述筆記。
- 福田家に泊まって東大で診察を受け、頸椎に異常のあることが分かる。
- 19日、笹沼・喜代子・登代子が熱海来訪、一泊。
- 26日、松子より長尾宛書簡、病状について、安倍能成から貰った明月上人の巻物の詩について質問。
- 田畑晃の務め、この頃終わる。全集完結。
- 8月1日、嶋中来訪、「夢の浮橋」の掲載決定と、伊吹の正社員としての辞令について話す。この後、伊吹、綱淵に質問の手紙を出す。
- 6日、千萬子宛伊吹代筆、誕生日には祝詞カードお礼、たをりさまが来ても私の病気の上大変なので今夏は諦める。
- 7日、千萬子宛代筆、生島様から経筒図頂戴、秋には京都へ。
- 8日、松子より長尾宛書簡、明月については秘書に調べさせたので同封する(と書いて忘れた)。
- 10日、長尾から松子宛。『婦人公論』9月号に恵美子「父谷崎潤一郎と私」。
- 12日、松子から長尾宛書簡、同封したつもりが忘れた。
- 13日、「夢の浮橋」第一稿完成の祝宴、嵐になる。
- 14日、長尾から、明月の詩について解説。
- 25日、千萬子宛代筆、こちらへ届いた軸大雅堂四幅はそちらへと思ったものなので返送する。夕刻、小瀧来訪、谷崎の機嫌の悪いのを心配する。
- 26日、小瀧、「夢の浮橋」三分の二を持ち帰る。
- 27日、川田宛葉書、『葵の女』恵贈のお礼、31日来駕待つ。
- 下旬、小出泰弘来訪、墨流しを実演する。
- 29日、伊吹、「夢の浮橋」全部を中公へ持ってゆく。
- 30日、安倍より葉書、明月の詩の解説について。
- 31日、川田順来訪か。
- 9月1日、松子より長尾宛書簡、安倍の葉書同封、お礼。
- 10日、「夢の浮橋」を『中央公論』十月号に発表。
- 12日、長尾より書簡。淀川宛、「風と共に去りぬ」の黒人メイドの女優はハデ ィ・マクダニエルでいいか。
- 19日、毎日新聞「今月の小説」の平野謙、読売新聞に正宗白鳥の「『夢の浮橋』を読んで」が出る。
- 20日、『潤一郎訳源氏物語』新書版第一巻を中央公論社から刊行(35年5月完結)。内山完造死去(75)
- 21日、朝日新聞文藝時評で臼井吉見が「夢の浮橋」を酷評。
- 26日、伊勢湾台風近づく。
- 「文壇昔ばなし」を小瀧が口述筆記。
- 29日、鷲尾丁未子が笹沼千代子を訪ね歓談。
- 10月、「台所太平記」の草稿「女中列伝」の筆記が始まる。東横劇場で「お国と五平」再演、久保田演出、配役は31年と同じ。
- 吉田精一編『谷崎潤一郎−−近代文学鑑賞講座 第九巻』(角川書店)刊行。
- 精二、ポオ生誕百五十年で、「ポオ小説全集」全六巻を邦訳した功績で日本探偵作家クラブより表彰される。
- 2日、千萬子より書簡、吉井が悪いようで、五年前から睡眠薬を飲んでいて、切れると機嫌が悪い、これは内緒。妹の式があと数日に迫り、母が悲しんでいる。
- 8日、高折八洲子結婚式。
- 16日、「朝日新聞」に「谷崎潤一郎氏の近況」の記事。右手が悪く口述筆記をしている、とあったため、全国から見舞いの状が届く。長尾より書簡。
- 17日、源氏新書版刊行記念で挿絵原画展を新宿伊勢丹で。午後松子のサイン会。
- 下旬、陶器店「喜多川」開店祝の文章、「幼少時代の食べ物の思ひ出」、「伊豆山放談」を筆記、石黒敬七(63)『写された幕末』全三巻(アソカ書房、57−59)に触れる。
- 11月、「文壇昔ばなし」を『コウロン』に掲載。日本文学全集『谷崎潤一郎集(二)』を新潮社から刊行。新版『幼少時代』刊行、序を記す。歌舞伎座「京舞」筋書に「京舞礼讃」を掲載。「あの頃のこと(山田孝雄追悼)」を記す。「探美の夜」最終回。
- 『週刊公論』創刊。
- 1日、テレビ出演のため、松子、看護婦のみや子、医師中沢と上京、福田家。
- 2日、午後七時半からのNHKテレビ「ここに鐘は鳴る」に出演。稲葉夫人、笹沼、津島、長田幹彦、金子竹次郎、内田吐夢、紅沢洋子、岡田茉莉子、伊藤整、山中美智子、吉井勇、今東光、小学校の同級生長谷川良吉、杉浦貞二、峯岸鎮治が出演。伊吹は和服を届けるが、出演は背広だった。出演料の少なさに激怒。
- 3日、里見ク、文化勲章受章。
- 「或る日の問答」、「おふくろ、お関、春の雪」を筆記。
- 4日、円地文子の娘素子と富家氏が帝国ホテルで結婚披露宴。
- 12日、千萬子宛代筆、手袋お礼、一月号心に短歌載せたのでできたら送る。
- 17日、千萬子宛、「心」原稿コピー、この頃北白川辺をあの気狂い女が徘徊すると聞き彼奴を刺激するのを恐れて題を変えた、たをりについて書くのもやめた。
- 19日、千萬子宛代筆、手袋お礼。
- 21日、杉並区和田本町実篤文庫中川孝宛代筆葉書、武者小路の挿画「紫式部」教えられて気づいた。単行本「夢の浮橋」に「文壇昔ばなし」も入れるので武者の挿画も二、三入れる。武者によろしく。
- 12月、「幼少時代の食べ物の思ひ出」を『あまカラ』に掲載。「おふくろ、お関、春の雪」を『週刊朝日別冊』に掲載、硲伊之助の挿画。「大坂」に「ざか」とルビが振ってあったので手紙を出し、編集者水野多津子から詫び状が来る。『探美の夜 完』講談社刊行。
- 3日、水野多津子宛、再度手紙。雑誌掲載用。
- 10日、「或る日の問答」を『中央公論』新年号に掲載。「石仏抄(千萬子抄)」を『心』1月号に発表。
- 11日、千萬子より速達、出産が迫っている、重子来るそうだが今回は遠慮したい
- 12日、千萬子宛代筆、羽子板送った。
- 19日、山田孝雄一周忌のために「あの頃のこと」を筆記。
- この年、中央公論文庫『幼少時代』刊行、鏑木清方「カットについて」「『幼少時代』で思い寄ること」、安田靫彦「蠣殻町界隈」を併載。
- この年、大坪砂男、作家廃業。