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このページは「星崎龍著書プレゼント」に応募して下さったみなさんのご感想を中心に、HP『LIBRA』の掲示板「アレクセイの花園」で、星崎作品をめぐって交わされた議論の記録です。
星崎龍作品論から、作品と通しての文化論や性愛論。話題は多岐にわたっていますが、個性的かつ忌憚のない面 白い議論になっていると思います。
ほかのショタ系HPでは、ちょっとお目にかかれない、けっこうヘヴィーな議論を、ぜひお楽しみ下さい。
(管理人敬白)
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アレクセイさま・・・・・・ 投稿者:M.U 投稿日: 3月 8日(木)00時06分55秒
昨日、御本届きました。なかなかハードな。色々な?????が湧いてます。いや面
白い、いろんな意味で。と、とりとめのない感想をとりあえず。
ありがとうございました。もそっと、マシな感想はおって・・・。
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ああ〜、ご無体な、 投稿者:をとめざ
投稿日: 3月 8日(木)01時48分22秒
園主さま、本当にお手数をおかけしました。本日、ご丁寧にお送りいただいた星崎龍シリーズが届きました。ありがとうございました。あなた様は本当に書籍がお好きなのですね。手の掛かった梱包をみて、仇やおろそかにすまいと、手を洗い柏手を打っておそるおそる2冊読ませていただきました。
ええ〜っと,「受難な日々」と「2x2チャンネル」を読みました。常日頃疑問に、というか、ベールの奥の領域だった男同士の愛の交換の実際が、あの、その、ですね、物理的によくわかりました。私が一番気に入ったのは、絵の丁寧さ、美しさです。「君のいる場所」はとても普遍的な、よくわかる設定ですーっと入り込めました。人が人と、ふれあい惹かれあい、魂の交接をする。それはきっかけは、さまざま。
肉親でも縁が薄かったり、憎みあったり・・それなのに何の必然性もないところで人は恋に落ちたり、禁断の実をかじる羽目になったりする。ちょっと過去を振り返って、私はいったいどうして人を好きになったり、嫌いになったりしたのかを考えてしまいました。
もう一つ、今まで呼んだ限りで特徴的だな、と思ったのはこの人の作品群では「守る」「保護する」「かばう」、というのが愛情の大事な部分をしめているのですね。昔、寒い冬の夜道で、背が高くて肩幅広い男性が後ろをかばうように歩いてくれたとき、ふっと木枯らしのエアーポケットに入ったようでたまらない安心感に、「もうどうなってもよい」と本能的に思ったのになーんにも起こらなかったという、泣きの涙の若き日の私を思い出しました。
とても生活感のある、細部の現実性が確かな作品を書ける方だと思いました(という私の漫画史は
うる星やつら、や、パタリロぐらいで終わっているので、聞き流してください)ので、いろんな愛のあり方、老女と若い男とか、時代も性別
も年齢も国籍も関係なく、人が人に惹かれていくきっかけと過程を描いたら、それもこの人の持つ愛への絶対的、楽天的な肯定を根底してに描いたらバリエーション楽しめそう。
こんなことでもなければ一生知らずに終わったもう一つの文化、教えていただいてありがとう。読み終えたら送り返します。布教うまくいきますように。
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ご感想、ありがとうございます。 投稿者:園主
投稿日: 3月 8日(木)03時20分51秒
★ M.Uさま
ご感想、楽しみにしております。もとより興味のない方にはキツイ内容だというのは承知しておりますので、
忌憚のないところをお聞かせ下さいまし。
★ をとめざさま
長文のご感想を、ありがとうございます。
>「君のいる場所」はとても普遍的な、よくわかる設定ですーっと入り込めました。
この作品は珍しくえっち無しの作品でございますが、私も大好きな作品でございます。もともと男女の設定で構想されたというのが、悔しく感じられた程でございますから(笑)。
>もう一つ、今まで読んだ限りで特徴的だな、と思ったのはこの人の作品群では「守る」「保護する」「かばう」、というのが愛情の大事な部分をしめているのですね。
これは鋭い指摘でございます。ご意見を読んで、ハタとあることに合点がいきました。と申しますのも、私、こう見えて、けっこう保護欲の強い人間でございまして、弱いものや頼り無いものを構うのが好きなのでございます。私の子供好きというのも、そういう部分が強いからでございましょうし、それは自覚していたことなのでございますが、今回のご指摘を読ませていただいて、なぜ私が星崎作品に惹かれるのか、その理由の一端が解明できた、というわけなのでございます。
ちなみに『受難な日々』『2×2チャンネル』のなかでは、「MY
BROTHER」と「2×2チャンネル」と「きみのいる場所」が、私のお気に入り。「MY
BROTHER」なんて、モロに「君を守る」という作品でございますよね(笑)。まあ……「2×2チャンネル」は、えっちなところはもちろん、けっこう身につまされる部分なんかもあったりして……(^-^;)。
あと、誤解を招くといけませんので、いちおう念のために書かせていただきます。私は本をお送りいたします際に『もし好みに合わなければ、できたら本を送り返して下さい。また布教用に使いたいと思いますので』という主旨の手紙を添えましたが、もちろん少しでも気に入っていただけましたならば、ぜひお手元に置いておいていただきたいと考えております。送り返すのは、あくまでも「合わなかった」場合ですので、その点、誤解の無いようにお願いいたします。
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きみのいる場所 投稿者:ホランド
3月 9日(金)23時26分54秒
◆ をとめざさま
園主さまの危険な趣味におつき合いくださり、ホントにありがとうございます。そうですか、最初の2冊をお読みになられたのですね。ボクも「きみのいる場所」は好きですよ。なんだか心が温かくなって幸せな気分になれる作品ですものね。こんな作品ばかりなら、べつに男同士のマンガだって抵抗は無いんだけども、あとの2冊は・・・かなりハードです。もう今時分は読み終えられているんでしょうね。どう思われたでしょうか?・・・(^-^;)
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いるはずのない堕天使 星崎龍私論 投稿者:M.U
投稿日: 3月11日(日)14時19分18秒
いるはずのない堕天使 ――
星崎龍 私論
M.U
一連の作品を読んで、思い出したのが、ウォン・カーウェイの「ブェノスアイレス」です。この映画は監督も認めてますが、ゲイのカップルである必然性は感じられませんでした。それを作品の弱さと取るむきもあった様ですが、私はむしろ「どっちでも一緒じゃないか」というメッセージを感じました。私の狭いゲイ関連知識の範囲で上げるなら、作者、題名共にわすれましたが、漫画に一つ面
白いのがありました。ストーリーも今では定かでありませんが、男の子二人に女の子一人が、渡米してそれぞれが、それぞれと(男同士も)結婚し、つまり三通
りの関係があるわけですが、子供の父親もどちらかは不明という状況で、一家族として暮らしていくという結末に拍手しました。もう一つは「桃尻娘」です。クラスメートの同性愛を彼の属性の一つとしてしかとらえていないという環境設定に作者の「本来この程度のことなのよ」という思いを感じました。殊更にカミングアウトを気張らなければならない立場にある人々は、やはり差別
されているのでしょうから。同性愛は社会的には限界があるかとも思いますが、個人レベルでは徐々に認知されつつあるように思います。
さて、私は、星崎龍の作品から、「タブーを冒そうと誘いかけてくる堕天使への渇望」を読み取りました。(相手を傷つけることに快感を感じる類の性癖を持たないと言う意味で)ノーマルな人間が、たまたま、第二次性徴の表れていない子供に恋するという宿命を負った場合、この世では恋が成就する可能性は殆ど無いとの理性的判断をすることでしょう。そういう人にとって、無垢なままで、性愛をも含む恋を仕掛けてくる美少年の存在は、人であることをやめることなく境界線を跳び超え得るという夢をみせてくれるのでしょう・・・幻想にすぎないとしても。
ほのぼのと幸せそうに描いてある少年達の痴態をそのままに受け取れず、その背後に無理矢理不可能愛の哀切を読み取らなければならない私の感性と常識は、星崎龍の作品群を消化する為には、捻りを「気持ち」に加えなければいけませんでした。。曰く、「表現の自由」という高所からの「理解」、あるいは女性である作者が男性の同性愛(少年愛)を表現する「情熱のあり方」への興味、とか、とか・・・。そういう一般
女性である私をも捉えるような「少年愛」物語は、もしかしたら、むしろ今よりもっと先鋭化した作品なのかもしれません。
と、いうことで星崎龍様
勝手にほざいてみました。私の個人的希望といたしまして、上記しました様に、ほのぼの系とは別
に哀切に涙を絞り取るような「長編」を所望いたします。どうやら、怠け者様と、おみうけいたしますが、ヨロシク。
通りすがり以上、ファン未満より
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理想と現実 投稿者:ホランド
投稿日: 3月12日(月)20時32分36秒
◆ M.Uさま
『いるはずのない駄天使 星崎龍 私論』拝読いたしました。M.Uさまの意見に概ね同感いたします。ボクも、同性愛がいけないことだとは思わないし、その意味で性愛の対象を「異性」に限定しなければならない理由はないと思います。また「異性愛」を無条件に絶対化するような言い方は、多数派の高圧的傲慢を感じて、不愉快すら感じます。だけど人が「異性愛」でないかぎり「子孫」が残せないように出来ている以上、同性愛が好ましい(理想的な)ものだとは思いません。できたら(無理なく自然に)「異性愛」であった方が、誰もが幸せで、その意味で「好ましい」のではないかって思うんです。もちろん同性愛者の人は「無理なく自然に」異性を愛することができないから、それは仕方のないことなので、それを無理して異性を愛せなんて言うつもりはありません。そんなの文字どおり「無理」ですから。でも、現実的な「例外」の問題を抜きにして、単純に・機能的な面
で評価するなら、「異性愛」の方が「望ましい」とは言えるんじゃないかとは思うんですね。なぜ、神様は、こんな「罪な例外」をあえて作られたんでしょう?
「少年愛」あるいは星崎作品が、『タブーを冒そうと誘いかけてくる堕天使への渇望』に発する魅力を備えているというのは、よくわかります。『ノーマルな人間が、たまたま、第二次性徴の表れていない子供に恋するという宿命を負った場合、この世では恋が成就する可能性は殆ど無いとの理性的判断をすることでしょう。そういう人にとって、無垢なままで、性愛をも含む恋を仕掛けてくる美少年の存在は、人であることをやめることなく境界線を跳び超え得るという夢をみせてくれるのでしょう・・・幻想にすぎないとしても。』あるいは『その背後に無理矢理不可能愛の哀切』を読み取ってしまうというのも同感です。園主さまという実例に則して言うならば、それはたぶん園主さまが誰よりも「常識人」であり「モラリスト」であり「ロマンチスト」であり「快楽主義者」であるといったところから、おのずと「禁止」にともなうエロチシズムの高まりを、かなり意識的に享受している結果
なのではないかと、ボクには思えます。これってある意味では、とっても冷淡な、自分の欲望に対してすら「忠実ではなく」、むしろそれをコントロールして楽しむような、皮肉なスタンスを感じないこともありません。「快楽主義者
」だと言いながら、その快楽に自分を投げかけるようなことは決してしないだろう、冷静さをボクはそこに感じます。そこが園主さまの徹底したところ、例えば『負けるケンカはしない』と嘯いてみせる部分と見事に一貫していて、それはそれで大したものだとは思うのですが、ちょっと寂しいことでもあるんなんじゃないかって気もします。心底バカになれないというのは快楽主義者失格なんじゃないかと思うんですね。・・・だから、園主さまも、そして星崎さんも、M.Uさまが望んでおられるような『哀切に涙を絞り取るような「長編」』はあまり望まないような気が、ボクにはします。
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天使流離譚 楽古堂主人
投稿日: 3月13日(火)23時21分14秒
天使流離譚 ――
星崎龍ノート
楽古堂主人・大内史夫
1・まれびと神
園主様から、星崎龍の本四冊を郵送していただきました。
雨に濡れないように丁寧で堅牢な梱包をしています。こんなところに、田中幸一さんの本質がはっきりと見えています。過激な言葉を周囲にぶつけながら、女性読者を引き付けているらしいのは、この繊細な配慮にこそ原因があるのでしょう。
同封の手紙に、「誉めなくても良いし貶しても良いから何か原稿を」との要望がありました。
しかし、誉めずに貶すのは、あまりにも簡単なことです。
「人間が描けていない」という「伝家の宝刀」(実は鈍刀)を振り回せば済むのです。「ワンパターン」だと言っても良いでしょう。「ショタコンなんて、ダサ〜イ」と趣味的に断罪することも容易にできます。
しかし、そんなことでは、この作品世界の魅力を、何も切れはしないと思います。
だから、大上段に振りかぶります。(でも、この作家自体が、ぼくの父性本能というのかなあ、心の中のやわらかい部分を刺激するので困るのですが。後で書きますが、二十代前半に好きだったある作家を連想させるのです。)
どうしても言葉は人を切り裂きます。
星崎の、無限に愛を受容する少年たちの魅惑を分析します。ぼくは、彼等は人間ではなくて神だと思うのです。
折口信夫博士によれば、日本の神々の特徴は三つあります。
1・少年であること。
2・両性具有であること。
3・流浪すること。
日本武尊(やまとたけるのみこと)に始まって、牛若丸や源義経を思い出してください。星崎龍の作品群は、この系譜に繋がる由緒正しい物語です。
博士は、それらを一括して「貴種流離譚」と命名されました。
たとえば「愛しき客人」を読んでみます。一九九二年のデビュー作です。まだ「少年」も神もいません。
「客人」(まれびと)は、折口によれば、古代の日本に、海の彼方の異境から、時に応じて来臨するもののことを指します。まれびと神とも呼ばれていました。「まれ」は、おそらく「稀」に来たる者の意味でしょう。
鴻(こう)という名前の忍者の若者が、山奥で修業しています。そこで見知らぬ男に命を助けられます。
この男は抜け忍でした。ある忍者の集団から脱出してきたのです。
鴻のなかに、恋愛に近い暖かい感情が芽生えて来ます。しかし、男はこう言います。
「お前が俺といて、追っ手に殺されてもしらないからな」
彼は命を狙われて、諸国を「流浪」しています。
しかし、「少年」ではありません。「両性具有」でもありません。
鴻の好意を受け入れても、次のような物騒な独白をしています。
(イザとなったら殺しちまえばいいし。)
作者は登場人物に、分身である作品を殺されないために、少年神を求めての旅を始めなければなりません。
創造者としての星崎が生誕します。
2・少年神
旅のひとつひとつの記録が、作品になっていきます。
現代の漫画家の標準からすれば遅筆ですが、それは少年神に会うことが、とても希有な事態だからなのです。
怠惰なだけではないでしょう。
それが、どれだけ大変なことであるか。ある「あとがき」に次のようにある独白は本音です。
「まとめるのがムズかしくて……。でもしかたないんですよ。私描くの遅いしあきっぽいし…… ←最悪(汗)」
夢みることだけならば、多くの人がしているのです。他の人にも理解できる形で「まとめ」て作品にする努力が、さらに生みの苦しみとして加重されるのです。
次に、少年神との幸運な出会いの記録である作品を、ひとつ読みましょう。
「僕の恋愛計画」の帝貴(たいき)くんは、名前からして皇帝であり貴種なる存在です。
少年神は、全身全霊をあげて相手を愛してくれる存在です。ここでは、先生がその対象です。
「初めて会った時から好きになると思ったんだ。だって先生はぼくの理想の人にピッタリあてはまる人だったから」
帝貴くんは、「理想の人」を求めて「流浪」して来たのです。
少年神は、美と純潔のすべてを捧げようとします。これほどの清潔な愛を、人間は受け入れることができるでしょうか。
だから先生は、こう言わずにはいられません。
「……帝貴くんがね。もう少し大人になって、もっといろんな事が気持ち良くなったら、いろいろ教えてあげるから。だから、帝貴くんは、そんなに急がなくていいよ」
先生は、詩人ゲーテと同じように、祈らずにはいられないのです。
「時よ、止まれ。お前はあまりにも美しい……」と。
「少年」は空間の中だけではなくて、時間の中も漂流していく存在です。
「そんなに急がなくていいよ」という言葉は、人間が少年神に手向けることができる、究極の愛情表現でしょう。
星崎龍が神に語りえた、もっとも純粋な愛の言葉です。
なぜなら、もし急いだとしたら、「両性具有」の「少年」は人間としては死ぬのです。愛の成就の時が、その最期の時でもあります。(「大天使様にお願い」参照)
無限の時間の「流浪」という、転生の運命が「少年神」を待っています。
作者がどんなに重い仕事をこなしているのか、お分りになったでしょうか。
作者は登場人物とともに少年神の愛を、人間として受けとめようとしているのです。もし、イエス・キリストに愛されたとしたら、人間に何ができるでしょうか。モーツァルトの運命を思い出してみてください。
3・天使
作者が、「天使」や「悪魔」に関心の重心を移行させているのは、ごく自然な成り行きでしょう。
彼等は、時の腐食に耐えられる神性であるからです。
ただこの人に、長編が書けるかというと、(M.Uさんのようにその要望は多いと思いますが)ぼくにはある懸念があります。
少年神そのものの成長を描きたいというのは、論理的な自己矛盾です。その構想は必ず破綻するでしょう。(「好き好き大好き」の後日談すら難しいでしょう。)
そんなに簡単にできることではありません。
少女マンガの世界でも、萩尾望都の『トーマの心臓』が、稀な完成の例だと思います。
悪魔によって、天使の羽をもがれたと考える「両性具有」の「少年」が、主人公です。黒い天使に化身しています。
彼が翼を取り戻すまでの物語です。
その成就のためには、二人の光の天使の尊い自己犠牲が必要でした。
一人の天使は、自ら命を投げ出します。もう一人も無傷では済みませんでした。
「少年」が、この世で死んだ天使を弔うための、孤独な信仰の生活という「流浪」の道を選ぶからです。
その終幕は、神の愛に満たされた静謐なものです。明るい風景が、旅立つ「少年」の汽車の窓の外に、広がっています。
「週刊少女コミック」誌上の連載の最終回を初めて読んだ時には、光の天使である「少年」の優しい穏やかな心臓の鼓動に重なって、天上からパッフェルベルのカノンが聞こえてくるような宗教的な感動がありました。
しかし、「少年」も「天使」も「人間」も、生きることの寂寥に耐えていかなければなりません。お互いに相手を深く愛しているがゆえに、孤独の生を歩んでいく選択をします。
少年神は「流浪」しなければならないのです。
これほどの飛翔は、(戦後の少女マンガの世界で、誰が選んでもおそらく五指に入る天才である)萩尾望都でさえ、ただ一度しかしていないと思います。
わずかに『ポーの一族』が、これに継ぐでしょうか。
萩尾望都の天才の半分は、燃えつきました。以後の華麗で膨大な作品群でさえ、『トーマの心臓』までの仕事と比較すれば、余生にすぎません。残酷な言い方で、説明が必要だと思います。が、時の流れが評価を決定していくことですから、ここでは詳述はしません。萩尾望都論の場所でもありません。(ぼくは、萩尾望都の最近作まで読んでいますが。)
作家を、その最高の達成の時点で評価するのは、理不尽な行為ではないと思うので、あえて書きました。運動選手を自己最高記録で記憶するのと同じことです。
星崎が、天使を描くまでには、さらに時間が必要でしょう。
しかし、遠い将来には、天使に出会ってしまった人間の「流浪」を書くことになるかもしれません。天使ではなくて人間の流離譚が始まるでしょう。
作者には、他者には分からない重い苦労があります。(『受難な日々』の「あとがき」に「ストレスで胃を悪くしたり太ったり……」と書いてありましたが。)
星崎は、これからも天使と人間の出会いの物語を、織り成していくことでしょう。それが、このオルフェウスの宿命なのです。
ただ、今は多くの読者の意見を代弁しておきたいと思います。
「だから、星崎くんは、そんなに急がなくてもいいよ……」と。
健康に留意されて、ご精進下さることを希望して。
(2001・03・12)
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みなさん、すごいです 投稿者:をとめざ
投稿日: 3月15日(木)00時04分08秒
星崎龍さんの作品、私最後まで読めませんでした、ごめんなさい。緊張の糸がぷつんと切れてしまったんです。自分とのあまりの関係のなさに、なにかコメントを、とは思うのですが、そうすると楽しめないし、う〜ん、う〜んと思っていましたら楽古堂ご主人の批評が目に入りました。そう、そう、そうなんです。私の印象ととても近かったです。こういう風にかみ砕いて文章にできたら、人生楽なのに・・と思いました。(学んだことその1)達意の文章は、あなたの人生を楽にする!
それから、いろんな科学雑誌で拾い集めた雑学なのですが、専門の方おられたらごめんなんしょ!
生物としての種が衰退に向かうとき(増えすぎたり、遺伝子が不都合になったり)集団自殺がおきたり、子をなさない交合が起きたり、精子や卵子の生殖系の異常の頻度が高まったり、雌だけになったり、と種としての異常が起きるらしいです。人類が進化し続けたあげくの爛熟、退廃の象徴がこの漫画の主題かもしれません。だから、私などが思うよりずーっと時宜を得たトピックで、かつ、生存し続けることが生まれてきた最大の課題である、生物としての人間の本能が忌み嫌う題材なのかもしれません。(学んだこと、その2)たまに使う抽象的語彙は、かみ砕いてできるだけ具象の言葉にすること。自分でも何を言いたかったのやら、わからなくなりました。
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「少年愛」をめぐって 投稿者:園主
投稿日: 3月15日(木)23時26分39秒
★ M.Uさま
『いるはずのない堕天使 星崎龍私論』を、ありがとうございました。
貴女さまがおっしゃられていることは、「性愛」という現実的局面においては、全くそのとおりであろうと存じます。けれども「少年愛」というものは、単にそれだけのものでもございません。稲垣足穂が澁澤龍彦に関して「澁澤くんのエロティシズムは、ブッキッシュ(書物的)だ」というようなことを言ったことがございますが、これは決して否定的な意味合いで言われたものではない、と私は理解しております。つまり「エロティシズム」とは、単に「本能的・肉欲的」なものではなく、「人間的」つまり「観念的=書物的」でもあるべきだ、と私は考えるのでございます。ですから、私の「少年愛」もたぶんに「ブッキッシュ」でございますし、私はそのことに負い目を感じることはないのでございます。言い換えますれば、私にとって「美少年」とは、一種の「観念的オブジェ」なのでございますね。それを、そういうものとして偏愛できるか否か、そのあたりで、「物」を愛することに対する、貴女さまと私との根本的な感性の違いがあるのではございませんでしょうか。
★ をとめざさま
>星崎龍さんの作品、私最後まで読めませんでした、ごめんなさい。緊張の糸がぷつんと切れてしまったんです。自分とのあまりの関係のなさに、なにかコメントを、とは思うのですが、そうすると楽しめないし、う〜ん、う〜んと思っていました。
私がコメントを求めましたばかりに無理をさせてしまい、ほんとうに申し訳ございませんでした。星崎さんの作品は、単純に楽しんでいただくのが一番の作品でございますのに、星崎さんにも申し訳ないことをしてしまったと存じます。……もとより私とて、ああした作品が、人によっては嫌悪感をすら催すものであるというのは承知していたのでございます。だから「私には理解できない。痛々しいだけ」といったような意見でも構わないと思っておりました。大切なことは「実感に則して、正直な感想を書くこと(語っていただくこと)」なのでございます。それが「達意」の第1条件なのではないかと、テクニックのない私などは、斯様に思うのでございます。
>生物としての種が衰退に向かうとき(増えすぎたり、遺伝子が不都合になったり)集団自殺がおきたり、子をなさない交合が起きたり、精子や卵子の生殖系の異常の頻度が高まったり、雌だけになったり、と種としての異常が起きるらしいです。人類が進化し続けたあげくの爛熟、退廃の象徴がこの漫画の主題かもしれません。
星崎さんの作品の「主題」がそうしたところにあるとは思いませんが、星崎作品が生み出される「時代的心性」のなかに、そうした部分が存在するのは、たぶん事実でございましょうね。
「退廃」「衰退」と申しますと、なんだかもう全面的に「いけないこと」のように思えますが、しかし「増え過ぎ」「栄え過ぎ」たものが「衰退・凋落」するのは、「諸行無常」という「理の当然」なのでございます。それこそ、そのまま増え続け、栄え続けたら、そのことによって決定的に「自滅」するしかないのでございます。ですから、ご紹介下さっているような「現象」は、「種の自己保存本能」に基づく、いたって「自然」で「健康」な「自己調整機能」が発現した結果
だとも申せましょう。しかし、一方で人間は「本能の壊れた動物」だとも言われております。例えば、鼠などの動物実験によりますと、動物というものは本来、一定の「個体間距離」というものが必要なのでございます。つまり増え過ぎて「個体間距離」が保てなくなると「本能に狂いが生じる」というのは、むしろ「自然」なことなのでございます。ところが人間は、満員電車にぎゅうぎゅう詰めになっても平気でいられる、「異状適応性」をもっております。その異状性が、ここにきて地球環境を不可逆的なまでに痛めつけ、ひいては自らをも滅ぼそうとしているのでございます。
つまり、そうした意味では「同性愛」を含むあらゆる「性倒錯」というものは、この現代においてはまさに「自然」であり「正常」な動物の「あるべき姿(変調)」だとも言えるのでございます。もちろんすべてがそうなってしまわないのも「自然の偉大なる調整機構」の賜物でございましょう。そう考えれば、おっしゃられているような「世紀末的」とも思える「現象」や、「退廃」「衰退」は、必ずしも否定されるべきものでも、悲しまれるべきものでもないのではございませんでしょうか? ……そして、これをA・C・クラーク風に表現いたしますならば、「壮年期の終わり」あるいは「人類壮年期の終り」とでもなるのではございませんでしょうか(笑)。
ともあれ、をとめざさまのご感想は充分に「達意」でございますよ。そこには、貴女さまの「母性的」温かさがキチンと表現されております。個人の感想とは、そうしたもので良いのでございます。
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どっちが多い? 投稿者:ホランド
投稿日: 3月17日(土)00時08分23秒
◆ をとめざさま
男性でレズの世界を描く作家ですか? そりゃあ、いることはいるでしょうけど、読むに値するレベルでは「いない」と言っても良いんじゃないですか? 世界的に見ても歴史的に見ても、レズビアニズムを扱った作品よりもホモセクシャルを扱った作品の方が圧倒的に多いはずですし、芸術作品としての完成度が高いものも、ホモセクシャルを扱ったものの方に多いように思います。だいいち、レズ人口よりもホモ人口の方がかなり多いように思うんですが・・・専門家の園主さま、ご意見はいかがですか?
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宿題です。 投稿者:A0I 投稿日: 8月 7日(火)15時20分46秒
アレクセイさま
星崎作品をお送り戴きながら、宿題も果たさず、芙宮さまのようには期限がないことをいいことにずるずると、いつのまにか。
東京は秋風が立ったような、今日この頃です。
「急がねば。キリギリスになってしまふ。」とおもったわけではないのですが。
感じたこと、解かったこと(?)をすこしばかり。
その1、以前から、ホモセクシュアルな関係に関心を持っていることを自覚してはいたのですが、作品の中で、私が惹かれる関係というのは、「僕には君だけ」「愛しき客人」のような、対等な男と男の力の関係、同志的関係のなかから、いつのまにか、次第に、恋愛的関係へと変わっていくという感情の揺らぎのようなものであるように思いました。この2作品はどちらも、一方は意識しながらも、もう一方は、無意識であるにもかかわらず、物語りとしてはすでに、恋愛関係を暗示しています。そして、私が関心を持つというのは、ほとんど恋愛関係になった後というのではなく、恋愛関係に移行していく、その境界線上のところにあるように思いました。
単純にいえば、おそらくは、私が、対等な関係での出会い、恋愛関係を望んでいるからでもあって、男と女との対等な関係に、悲観的なのかもしれません。
男子校だったり、山里だったり、女性のいない閉鎖された社会だからということだけでは、たぶんなく、
何故なのか。
男性は、語ろうとはしない。
生む性としての女性に生理的嫌悪感をもつのでしょうか?
オブジェとして、美少年を愛でたいというだけ?
先天的に男性が好きということとは別に、女性では満足しえない何かがあるのではありませんか?
その2、だからといって、力の不均衡な関係について、心動かされないという訳ではありません。
今回、星崎さんの作品を読んで、もっとも印象深かったのは、「childish」「僕の恋愛計画」です。ほとんどこれはありえない。ありえないからこそ、甘美で、切ない物語です。
相手が、幼いものである故に、自制しなければならない。また、自制できない喜びと苦しみが、胸を打ちます。
「childish2」で、綾人の性に囚われた罪悪感を描いていますが、無垢な者の苦しみが、私を酔わせるというのは一体、何なんでしょうか?
ほとんど、ヘンタイ。
嗚呼、いってしまった!
「アレクセイの花園」BBSの絵の園主さまは、健司にいちゃんに見えますね。
その3、星崎さんの作品を読んでいて、どうしても貴方様のことを思わずにいられません。
御自身でも、受動的と書かれていましたが、そして、少々そうであることで、愉しんでいらっしゃるようにもお見受けしますが、きっと、峠を越えられることお祈りしています。(信仰心はありませんが。笑)
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想いは人それぞれ 投稿者:ホランド 投稿日: 8月 7日(火)20時47分58秒
◆ AOIさま
はじめまして! ようこそいらっしゃいました。
星崎さんの著書プレゼントに応募してくださったんですね。ありがとうございました。
それにしても、感想は人それぞれですよね。好きな作品もそう。やっぱりフィクションの面 白さというのは 、どれだけ感情移入できるかってことが大きいですし、それが特に「恋愛もの」の場合、自分の「好み」とか「経験」ってのが、感動を大きく左右するようですね。
ホモセクシャルというのも、世間的にかなり認知されてきたようですが、それでも場所柄を問われることは少なくないようですね。その点、うちの園主さまは、自分で「たしかに俺はヘンタイだ。だが、ヘンタイのどこがいけないと言うんだ? え? どこがいけないと聞いてるんだーっ !?」というような方(^-^;)ですから、ぜんぜん気を使う必要はありません。たぶん、そんな雰囲気が伝わったから、いろいろと感想を書いていただけたんでしょうね(^-^ )。
ただ、園主さまは「ヘンタイ」でも、なかなか「ヘンタイ」の友達はできないようです(理由はいろいろあるんでしょうが・・・)。ボクなんかも古い友人として「つき合いきれなくて、悪いなー」と思うことも無いではないのですが、こういう「好み」の問題だけは妥協できませんからねー(^-^;)。ですから、もしよろしければ園主さまの「同好の友達」になってあげてはいただけないでしょうか?(-人-) 微妙な差はあるでしょうが、そこはまあ・・・ということで(?)。
とにかく、今後ともよろしくお願いいたします!
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健次兄ちゃん似 !? 投稿者:園主 投稿日: 8月 7日(火)23時19分08秒
★ A O Iさま
ようこそ、いらっしゃいました。また丁寧なご感想までいただき、まことにありがとうございます。
星崎作品をそれなりに楽しんでいただけたご様子で、私もひと安心いたしますとともに、たいへん嬉しく存じます。
>「アレクセイの花園」BBSの絵の園主さまは、健司にいちゃんに見えますね。
ここのトップの絵でございますが、二人の美少年のイメージについては、星崎さまに、かなり詳細な注文をつけさせていただいたのでございますが、こと私のことになりますと、まさか実物どおりにとも申せませんので「いつも書かれている青年でお願いします」と簡単にお願いした結果 が、あの絵なのでございます。中央の青年は、無論、現実の私とは何の関係もございませんし、年齢からして違います(笑)。あの青年は、星崎さまの描かれる一番オーソドックスな青年だと思うのでございますが、その点でいろいろといらぬ 気を回しもいたしました。と申しますのも、あの青年が美少年たちとHをする作品がたくさんございますものですから、その連想で、あのトップ絵からおかしな妄想をされても困るなー……と。なにしろ私は、無実、潔白の身なのでございますからね(笑)。
>峠を越えられることお祈りしています。
ありがとうございます。いつか私も、あのでっかい星をつかんで見せましょう!
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ヲ 天 使
変 幻
ヲ
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まとまらない「まとめ」にかえて
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アレクセイ(管理人・「アレクセイの花園」園主)
いかがでしたでしたか?
「少年愛」「ショタコン」などと言うと、世間の人はそれを「変態」だと決めてかかって眉をひそめ、一方、そういうものに興味をもつ人たちは、それを「可愛いオモチャ」のごとく扱う。……いずれにしろ、それは真面 目に語られるべき対象として、真摯な扱いを受けてはいないという印象が、私には常々ありました。
まじめに論じることが必ずしも価値のあることだとは言いません。でも私は、私の愛するものが「いったい何なのか?」という疑問は、常に持ち続けておりますから、同じ興味を持つ人の意見も、持たない人の 意見も、ともに耳を傾けてみたいと思っていました。
今回、意見を聞かせて下さった何人かの方は、いずれも「少年愛」や「ショタコン」などといったことには、ほとんど興味のなかった方ばかりであり、その一方、提示された問題には誠実に取り組んで下さる方ばかりでした。そうしたみなさんのご意見を読ませていただいて感じたことは……「思いは、人それぞれ」だということでした。
私は英語に疎い人間なのですが、聞くところによると、英語の「天使」つまり「ANGEL」に、複数形は無いそうです。正確なところとは知りませんが、大胆に私の推論を書かせていただきますと、「天使」というのは、一見「人間」に似ていて「生物(動物)」の一種のように見えますが、言うまでもなく、彼らは「神」の眷属であり、肉体を持たない「霊的存在」なのです。ですから、それは「生物」を数えるように「1匹、2匹」と数えたり、人間を数えるように「1人、2人」と数えるわけにはいかないのです。
「天使」は、人の目には「人間」のように見えても、肉体的な実体はありません。だから彼は、そこにいると同時に、どこにでもいる「遍在する者」ですし、それは同時に彼が「一にして多。多にして一」といった存在であることをも意味します。
しかし、だからといって「天使」が霞のような捕らえどころのない存在かと言えば、またそうでもない。彼は見る者の、心映えに応じて「優しい青年」にも「可愛い赤ちゃん」にも「いたずらな少年」にも「たくましい戦士」にも姿を変えます。……そう、天使は変幻するのです。
だから、この議論に参加してくださった方がそれぞれに思い描く、天使の姿が違っていたとしても、それはある意味で当然だったのかも知れません。けれども、だから「人それぞれ」で済ませて良いかというと、私はそうは思いません。
天使は変幻します。それは私とあなたの間でだけではなく、「私の天使」自体も、時に応じて変幻するのです。では、なぜ彼は変幻するのか? 彼は、私にいったい何を伝えようとしているのか?
たった一度の人生です。私は、私の愛しい天使を追って、その変幻の意味を問う遍歴の旅を続けようと思います。私が彼を求め続けるかぎり、彼はきっと私を導いてくれるでしょう。私の前を行き、時に振り返って、手招きしてくれることでしょう。そうした旅が、楽しくないはずはない。私は、そう思うのです。
2001年5月3日