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◆ 男たちの自負 ◆ |
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映画『突入せよ!「あさま山荘」事件』
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アレクセイ(田中幸一)
映画『突入せよ!「あさま山荘」事件』(原田眞人監督)は、とても面 白い映画だった。この映画は、まず「エンターティンメント」としてたいへん良く出来ており、その意味でも多くの人に薦めたい作品である。
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すでに歴史的事件となって久しい「あさま山荘事件」は、日本の(左翼)学生運動の断末魔とも呼ぶべき事件であった。この事件を引き起こすに先立ち、連合赤軍のメンバーは、絶望的な革命成就への殉教的覚悟を問う「総括」において、仲間の命を自らの手で奪うという悲惨で倒錯的な殺人事件を引き起こしていた。しかし、その事実が明るみに出るのは、彼らが「あさま山荘事件」で逮捕された後の、警察での取り調べにおいてであり、「あさま山荘事件」発生当時は、この事実を知らずに、無邪気に彼らを「聖戦完遂の英雄」視して、テレビを見ながら応援していた人も、決して少なくなかったはずなのだ。だが、観念的倒錯による「総括殺人」というこのグロテスクな「現実の露見」によって、「理想」を目指して立ち上がったはずの日本の学生運動は、決定的に自滅して果
てたのである。
このように「思想と人間」「理想と現実」の相克とも呼ぶべき根源的難問(アポリア)を提起した連合赤軍の「総括殺人」事件は、だからこそその後も、多くの有意の人たちの「思想的課題」となり、切実な「難問」ともなった。
「あさま山荘事件」の映画化は、以前からたびたび企画に登っていたそうなのだが、結局は今回の実現を待たねばならなかった。これはたぶん、この事件が後世に「思想的課題」を科す連合赤軍の「総括殺人」をその前段に措いていたためだったであろう。その扱いの困難さが、どうしても事件との「時間と距離」を措くことを要請した結果
だと、私は見る。だから今回の映画化の成功の秘訣は、まず「犯人(連合赤軍)側」の事情を一切描かず、思想的な問題には一歩も踏み込まなかったという、その「割り切り」にあったのであろう。つまり中途半端に「思想的難問」に関わることなく、「犯人側」については外面
的事実(つまり、警察からの逃走行の果てに、何の関係もない山荘管理人夫人を人質にとっての立て籠り事件をひき起こした、ということ)の描写
に徹し、「人間ドラマ」の部分については、もっぱら「警察側」に限定して、連合赤軍の「総括殺人」という難問から「時間と距離」を措いたが故に、この映画は「破綻」を免れて実現し、成功したのであろう。
ちなみに『「人間ドラマ」の部分については、もっぱら「警察側」に限定した』映画だということは、「警察の見解を代弁した映画」だということと同じではなく、「警察の側から事件を見た映画」だということを意味するに過ぎない(これを混同する論者は多かろう)。つまりこれは、この映画が、ちょうど世間のそれまでの常識の「反対側から現実を映して見せた」、かのオウム・ドキュメンタリー映画『A』『A2』(森達也監督)と逆さまに「共通
した(稀有の)視線」を獲得した作品だったということなのである(森達也は「映像表現において、中立ということはありえない」という主旨の発言をしている)。
犯人や、犯人と「思想的な課題」を共有した者にとっては、「思想的難問を突きつけた象徴的事件」であった「あさま山荘事件(を含む、連合赤軍事件)」も、「警察」の側にとっては「身勝手な思想にとらわれた、学生たちの許されざる凶悪犯罪(凶悪犯罪のひとつ)」でしかなかったのだということが、この映画では、言葉にしてあえて語るまでもなく語られる結果
となったのである。そしてこれは、そのわかりやすさ故に、これまで特に配慮されることもなかったであろう「視点」なのだが、これは善かれ悪しかれ連合赤軍の「倒錯観念」の対極にある普遍的な「常識論理」であり、本来決して軽視すべきではなかった(きちんと配慮されるべき)「視点」だったのである。
この映画が「エンターティンメントに徹している」というのは、その主人公の「英雄」的造形や、長野県警を警視庁の「引き立て役」として露骨に役割分担して見せさせたことにも明かであろう。ここにも「思想課題にはかかわらず、エンターティンメントに徹する」という原田監督の意志ははっきりと示されている。そして、この映画がエンターティンメントとして描いた見せたのは、「男たちの物語」であった。これはある意味で非常に類型的なテーマだとも言えようが、しかしここで原田監督はこの映画の素材が「現実の事件」をベースにしているという利点を生かし、単なる「泣かせ」に止まらない「人間ドラマ」をきっちり描いて見せたのである。そして、私が「感動」したのも、まさにそうした点だった。
役所広司が演ずるところの主人公
佐々淳行(原作者と同名)は、「まとまりのない(縄張り意識に硬直した)警察組織という内部的問題」と「人質の無事救出」という二つの難問の板挟みになり、苦悩し疲労しながらも、それを乗り越えていく主人公として、非常に感じ良く描かれている。しかし、この評価は裏返して言えば、彼が絵に描いたような「英雄的(ヘラクレス的)主人公」だということでもあり、私は彼の人間的苦悩ぶり(その描写
)には、あまり感動することはなかった。むしろ、私を感動させたのは、「脇役」の警察官たちの真に「人間的な姿」だったのである。
後に「あさま山荘」の現場で狙撃され殉職することになる内田 警視庁第二機動隊隊長は、現場に最初に派遣されたのが新設されたばかりの第九機動隊だったことについて、その派遣を決めた警備部の幹部とこんなやり取りをする。 (※ 記憶に基づく再現)
「なんで、うちじゃなくて九機なんですか」
「内田さん、あそこに行きたかったの?」
「(※ 弾の飛んでくるところになんか)そりゃ行きたかないですよ。でも、まずうちに声をかけるのが筋ってもんでしょう」
「いや、新設は素直でいいんだよ(笑)」
この会話が意味するのは、当時、激しかった学生運動に対して治安の最前線に立っていたのが警視庁の機動隊であり、なかでもその花形が第二機動隊だったということなのであろう。「困難な現場は、俺たちが支えてきたんだ」という「自負」が第二機動隊員にはあって、その「自負」が時には「上からの指示にも(現場を知っている人間として)逆らう」という形で現れていたのだと想像される。だから、第二機動隊長の内田としては「なんで、うちに声をかけない(俺たちを差し置いて、九機なんか派遣しやがって)」となり、警備部の幹部としては「君らはなあー(我々の指示どおりに動かんじゃないか)」ということだったのであろう。
結局、最終的には「あさま山荘」の現場には、警視庁の機動隊が1500人体制で投入されることとなり、内田隊長の率いる第二機動隊も現地入りして、現場の実質的最高指揮官である佐々の下、現場に強い(実績のある)二機として、ライフルの銃声が間歇的に木霊する現場の最前線に立つことなる。
私を感動させたのは、現場入りした彼らの「一歩前へ」という姿であった。先にも引用したとおり、彼らも妻や子のある身であれば「できれば弾の飛んでくる危険な現場になど立ちたくはない」というのは、偽らざる本音であり、それが人情でもあったろう。しかし、命令によりいったん現場に立ち、人質を取って立て籠る犯人を対峙した彼らは、状況が困難であればあるほど、「俺が」と前に出ていったのである。
犯人たちの狙撃の格好の目印となってしまう、ヘルメットの指揮官マーク(白線)を外すようにという佐々の指示にもかかわらず、内田は「それでは部隊の志気にかかわります。自分は外しません」とその指示を突っぱねた。また「現場」のほかの指揮官たちも、これに同意しました。その結果
、内田ともう一名の現場指揮官が狙撃をうけて殉職する結果になるのである。
また、最初に「あさま山荘」に突入した「決死隊(救出隊)」は、内田指揮下の第二機動隊の精鋭たちだったのだが、突入部隊の指揮官が山荘内で被弾して重傷を負い、突入はしたものの事態が打開できず膠着状態が続く中、さらに内田が殉職してその指揮系統が寸断されたため、佐々の判断により、他の機動隊の部隊と交代させられることになる。交代の部隊が山荘に入ったところ、退けと命じられた第二機動隊の「決死隊」隊員たちは現場を離れようとせず、佐々の命令に抵抗して「大隊長と中隊長がやられたっていうのに、ここで退き下がれるかよ!」と涙ながらに怒号するのである。
部隊の「志気」にかかわるからと、あえて危険にその身をさらした現場指揮官の「自負」。そしてそんな上司をやられて「ここでおめおめ退き下がれるか」と弾の飛び交う現場に止まろうとした部下。……私はこれを、フィクション故の「英雄的行動」だとは思わない。ここに描き出された「英雄」性は、主人公の佐々の造形に見られた如何にも誇張され美化されたそれとは違うと感じたのである。そして、その根拠は……「私だって、その立場ならそうしただろう」という実感であった。
誰でも危険な場所へは行きたくない。妻や子供を泣かせたくはない。しかし誰かが行かなければならないとすれば、警察官ならば、その使命も甘んじて受けねばならないだろう。だが、「甘んじて受けた使命」など、命をやり取りする「現場」では、所詮ものの役に立つものではない。にもかかわらず、それでも「現場」に止まらせるものは何かと言えば、それは「使命感」でも「正義感」でも「勇気」でもなく、「今ここ」で「俺がやらねば」「俺が仲間を置き去りにして退くわけにはいかぬ 」という、個人の「自負(プライド)」なのであろう。
私が常々「唾棄すべきもの」として嫌悪の情を隠さないのが「知識人の腰砕け」という現実である。日頃ご立派なことを言っているわりには、いざとなると恥知らずな迎合も辞さない多くの「知識人」。太平洋戦争勃発に際し「知的戦慄」をうけた結果 、結局は時局に阿ることしか出来なかった『近代の超克』座談会の問題なども、その端的で象徴的な実例であったと言えよう。……が、ともあれ、「危険な現場になど行きたくない」と言いながら、いざ現場に立つと、決してわりに合わないはずの「危険の最前面 に立つ」という行動をとった「現場の男たち」に、私が(「知識人の腰砕け」と正反対のものを見て)感動したのは、理の当然であったと思う。
私は、彼らが特に「勇敢な人間」だとも「立派な人間」だったとも思わない。彼らの行動は、なかば彼らのおかれた「状況」が作ったものだと思うからだ。しかし、それでも(同じ状況に措かれても)「逃げる者は逃げる」のが現実であってみれば、私は凡庸な彼らの中にもあった「恥ずかしい行動はとれない」「負けられるか」という「自負」の重要性を思わずにはいられないのである。
そしてよくよく考えてみれば、結局のところ、彼らの「自負」とは、人としての最後の「倫理」と同じものだったのだと、私は気づいたのである。
2002年5月27日
初出:BBS『アレクセイの花園』(前同日)