◆ ◆  美しきたちの生と死  ◆ ◆
武侠精神における「無名」性 ―― 映画『英雄〈HERO〉』の世界


 

アレクセイ(田中幸一)

 

(※ 注意 本稿は、映画をご覧になってから、お読み下さい)

 

 中国映画の巨匠チャン・イーモウ(張藝謀)監督 が、武侠映画を撮った。チャン・イーモウと言えば『赤いコーリャン』『菊豆』『紅夢』『活きる』『あの子を探して』『初恋のきた道』など、その都度、作風に変化を持たせながらも、一貫して反権威的な視点に立って、庶民の生きざまを活き活きと描いてきた監督である。そのチャン・イーモウが、かのカンフーアクションのスター俳優ジェット・リーを主演にした「武侠」映画を撮った。……これを意外に思った人は、決して少なくはなかったはずだ。
 しかし、かく言う私は、格別映画ファンということでもなかったので、チャン・イーモウの作品は、そのいくつかのタイトルを耳にしたことこそあるものの、作品そのものは一作も観てはおらず、その意味では、先のような「先入観」もなければ、チャン・イーモウの作品として「意外」だと考えることもなかった。私の先入観といえば、たぶん多くの観客がそうであるように、「様式美に徹した中国歴史アクション映画の大作」といった程度のものだった。



 まず私は、この映画のテーマを象徴するものとして、主人公「無名」が、刺客「残剣」「飛雪」を倒した経緯を秦王に語った回想シーンの中に描かれた、趙国の老書道教師が秦軍の圧倒的な矢掛け攻撃に対し、「学問の底力を見せてくれる!」と飛び交う矢をものともせず、書の座に着きつづける、というシーンを挙げておきたいと思う。

 紀元前220年余、中国大陸は、秦・趙・韓・魏・燕・斉・楚の七国が覇を争う、いまで言う「春秋戦国時代」であったが、そのなかでも「趙」は学問を大切にした国だった。しかし、その「趙」も、やがて「武力」に優る「秦」の軍門に下るのである。
 秦の圧倒的な大軍が迫る中、趙の都に住む大半の者は虐殺をおそれて都から逃げ出していたが、その高名な書道の老師の私塾だけは、いつもと変わらぬ 様子で、そこに止まっていた。そして、その私塾に身を寄せていたのが、「高山」「流水」と名を変えた刺客「残剣」「飛雪」の二人であった。「残剣」はそこで「書」を学び、それを極めることによって「剣」の道も極めたと語る。そして、その極意とは何か? ……それが本作のテーマでもあったのだ。



 閑話休題。私が小学生だった子供の頃、『燃えよドラゴン』に始まるブルース・リーのカンフー映画が大ヒットし、極真会館を開いた伝説的空手家 大山倍達を主人公とした空手マンガ『空手バカ一代』
(原作・梶原一騎)が人気を博し、プロレスラー アントニオ猪木がモハメッド・アリと対戦して「異種格闘技戦」の道を開いて、空前の格闘技ブームが巻き起こった。その影響で、私も年子の弟と共に、町の空手道場に通 っていた。いま思えば、当時その空手道場のあった町の隣の町では、後にアクション俳優となるスティーブン・セーガルが、合気道の道場を開いていた。
 私が通っていた道場は、お寺さんが境内に開いていた保育園の教室と境内を、夜間だけ借りて経営されていた。そんな小さな町道場にも「道場訓」なるものはきちんと存在していて、練習の終了時には、皆でこれを唱和したものである。この道場訓の主旨をひとことで言えば「空手の道を学ぶということは、己を磨くことである。暴力技法を学ぶことではない」ということであった。
 テレビアニメ化された『空手バカ一代』の主題歌にも『空手の道は、人の道』という歌詞があった。おしなべて日本の「武道」は
(実際がどうかはべつにして)、建て前としては「格闘技」の修錬を通 して、人としての「道」を極めようとするもの、つまり「精神修養」のためのものであった。これはなにも「武道」には限らず、「書道」でも「華道」でも「茶道」でも「香道」でも同じ。日本の習い事はすべて「(技)術」ではなく「道」になってしまうと、一部に揶揄されるほど、常識的な認識だったのである。そして、そうした意味では、『英雄〈HERO〉』の作中で「残剣」の語る「書を極めることは、剣を極めることに通 じる」といった思想は、決して目新しいものではなく、むしろかつての日本では、陳腐なまでありふれた「思想」なのであった。

 ところが現在ではどうか? 現在の日本では、かつての極真空手の流れを汲む正道会館がはじめた「異種格闘技戦」の色合いのつよい「K-1」がたいへんなブームを巻き起こし、第二次格闘技ブームの様相を呈して既にひさしい。しかし、そのショーアップされた過剰な演出や、とにかく「勝てば官軍」的な雰囲気には、もはや「武道」の面 影は欠片も残されていない。その興行を広域暴力団が仕切っているとかいった裏話も、何の抵抗もなく「さもあらん」と広く受け入れられたほどである。
 つまり、現代の「武道家」に、人並み以上の「倫理」や「人間的高潔さ」を求めても無駄 である、というのが現代日本人のリアリズムであり、例外はあるにせよ、それを現実だと言ってもさほど過言にはならないのだ。


 「武侠」小説、「武侠」映画 ……「武侠」とは、「武」の「侠客」たちの物語に冠する言葉である。
 「武」とは「武道」「武術」の「武」であるわけだが、では「侠客」とは、どういう人たちを言うのか? 現代日本人ならば「侠客」と言えば、高倉健や鶴田浩二などの「仁侠」映画を思い出して、「義理人情恩仇に生きた、古いタイプのヤクザ」を連想するのではないだろうか。
 「侠
(きょう)」という字は「おとこ」とも読み、「侠気」は「きょうき」「おとこぎ」と読んで、「あいつは今どき珍しい、侠気のある男だね」などと使う。では、この「侠気」とは、いったいどういう「気持ち」のことを指すのか、手近な国語辞典(三省堂・第二版)を引いてみると『男 ―ぎ[男気](名詞)弱い者が苦しんでいることを知って、黙っていられなくなる気持ち。きょうき(侠気)。』となっている。……つまり、「侠客」とは、『弱い者が苦しんでいることを知って、黙っていられなくなる気持ち』になり、自分一個の利害に関係なく、抑圧的な権力者と戦ったり、弱者を助けたりする者たちのことを言ったのであって、間違っても「弱い者イジメにいそしむ現代ヤクザ(暴力団員)」のことなどではないのである。言い換えれば、「侠客」とは「人としての道を極めることを人生の目的とし、個人的な損得を抜きにして生きた人々」のことであり、「極道」とは、元来そういう「非庶民的」で「求道的」生き方を言い表わした言葉だったのである。だが、「人の道」が求められなくなって久しい日本の現状では、「極道」という言葉も、正反対の意味で理解されるようになった。現代の極道が極める「道」とは、端的にいえば「畜生道」であり「修羅道」でしかない。現代の極道では、「侠客」と呼べる誇り高き男たちは、「古い」存在として、ほぼ死滅してしまったのである。


 ともあれ、「武侠小説」「武侠映画」に描かれるのは、字義どおりの「武の侠客」。虐げられた庶民のために剣をとって、権力者と戦う者たちである。つまり「武侠」の物語とは、ながらく数々の圧政者の下で、庶民救済の「英雄」の出現を待望しつづけた、中国庶民の「夢」の具現化(=伝奇ロマン)だったのだ。



 だが、「武侠」の物語は、こうした庶民的な精神史的背景を持つだけに、ややもすると庶民的な願望を充足させるだけの、幼稚な「勧善懲悪」の物語になってしまうことも少なくはなかった。主演のジェット・リーは『英雄〈HERO〉』の主人公の特異性を評するにあたって、こんな前振りをしている。『伝統的な武侠アクションの主人公というのは、たとえば修行にうちこんで、それから山をおりて復讐を始めるという直線的な人物です。』 ……だが、『英雄〈HERO〉』の主人公「無名」は、そんな「直線的=直情的=単純な」主人公ではない、というのである。

 虐げられた庶民の復讐意識を体現する「武侠」物語の主人公たちは、ジェット・リーが語るごとく「復讐」や「怨み」を行動原理とすることを恥じたりはしない。なぜなら、彼らの敵は、つねに圧倒的な力を持つ権力者であるからだ。
 しかし、彼らの正当性は、このように「敵」の肩書きによって保証されたものであって、自立的な正当性を持ってはいない。簡単に言ってしまえば「やられたから、やりかえした」という同レベル争いごとを、「強者と弱者」「権力者と虐げられた庶民」という関係性を導入することによって、弱者・庶民意識を持つ観客大衆に対して、正当化して見せているに過ぎない、とも言えるのである。もちろん、この世の中で弱者が生きていくためには、「泣き寝入り」は許されないから、何らかの形での「反撃」は必要であろう。だが、それは「生きるための必要」ではあっても、己を虚しくして「人の道を極める生き方」とまで呼ぶことができないのは、明らかなことであろう。「生きるための必要」とは最低限の要請であり、そこには「侠気」という「高度な精神性」は含まれていないのである。



 『英雄〈HERO〉』の主人公「無名」は、かつて秦王の命をねらった3大刺客を葬った勇士として、秦王に召され拝謁する。彼は王に乞われて3人の刺客を葬った顛末を語るが、明敏な王はその話に疑問を感じ、それが作り話だと喝破する。だが「無名」はそれに動じることもなく、淡々と「真実の物語」を語りはじめる。それは、彼こそが刺客であり、他の3人は彼を秦王に近づけるために、自ら進んでその命を投げ出したのだ、という話であった。だが、「十歩必殺」の技を持つ無名が、その十歩の距離に達しながら、王を殺すことに迷いを感じていることをも王は見抜き、その理由を問うと、無名は、かつて王の命を狙い、「飛雪」とたった二人で王宮三千人の兵士を切り捨てて、王の首を目前にしながら、とつぜん暗殺を止めて引き上げてしまった「残剣」のことを語りだす。

 「残剣」は、「書」を極めて「剣」の奥義を感得した。その結果 、みずから秦王と、直接刃を交えるあいだに「この人を殺すべきではない」と悟ったというのだ。そのことで最愛の「飛雪」にも非難されながら、「残剣」は「無名」にも「殺してはいけない」と語った。そして、その理由を『天下』の二文字に託して見せた。そして、そこから悟ったことを「無名」は、こう語った。

「剣の極める過程とは、まず剣術を極め無敵となること。次に、剣の強さを極めた者は、剣を捨てて剣を使わず、心の剣によって相手を倒せるようになる。だが、それをも極めれば、心の剣さえ捨て去って、相手の心を包み込めるようになる」
「個人の怨みにおいて争うことは、間違いである。人の道の奥義とは、天下万民のために、己一個の感情や命さえ虚しくすることである」

 ……だから「残剣」は秦王を殺さなかった。民衆はいつ果 てるとも知れぬ戦乱の世に疲れ果てていた。戦国の世が平定され、おちついた生活がおくれる日の到来を待ち望んでいた。そして、それを実現できるのは「この秦王しかいない」と、剣を交えることによって「残剣」は悟ったと言うのである。
 その話を「無名」から聞かされ、秦王は「私は、刺客にその最大の知己を得た」と感動の叫びをあげる。そして「無名」に対して「で、おまえは寸鉄も帯びていないが、どうするつもりなのだ」と問うと、「無名」は「陛下の剣を使う」と答える。秦王は剣を「無名」に投げ与えて「私の心が理解された以上、思い残すことはない。私を信じて生かすも、私をここで殺すも、すべておまえに任せよう」と無防備な背中を「無名」に向ける。「無名」は剣を手に取ると、一躍して秦王の背後を襲った。背中の衝撃に眼を剥く秦王。だが、「無名」は秦王の背を、剣の柄で突いただけだった。そして「無名」は秦王の耳もとで言う。「今のお気持ちを、決して忘れないで下さい」。

 「無名」は秦王から離れ、頭を下げて、謁見の間から退出する。その頃には、王から離れて控えていた家来たちも「無名」が刺客であったことに気づく。たくさんの兵士が矢をつがえ、歩を進める「無名」を取り囲む。王の側近たちは、刺客を見逃しては後の示しがつかない、刺客には死あるのみ、「王よ、どうぞ、ご決断を!」と迫る。秦王は「天下平定」の誓いをした者として、その実現のためにも、ここで個人的な感情に流されて、自ら定めた法に反することは出来ないと、苦渋の断を下す。その瞬間、「無名」に向かって数百本の矢が放たれた。無名はその矢にむかって静かな面 持ちで立ち、もはや矢を避けようとはしなかった。
 彼は「長空」や「残剣」から引き受けた「武侠」の心を秦王に託した。だから、もう思い残すことは無かったのである。彼は、ただ歴史に名を残さない「無名」の刺客として生き、「無名」の侠客として死んでいったのである。



 今の世には、およそ「武侠」の徒は、存在しない。「極道」が「人の道を極める者」から「畜生道・修羅道を極める者」に変わったように、「武」を用いる者は、ただ「自己」のためだけにそれを使い、「金」と「名誉」と「地位 権力」を欲する。他人のことは関係ない。虐げられて泣く者は、その「弱さ」に責任があるのであり、同情の余地はない。泣きたくなければ、強くなって、他人を倒せ。……それが現代の「強さ」、つまり「修羅の強さ」なのである。そして、こうした現代的な「強さ」を体現するのが、他でもない……そう、現代の帝国アメリカである。

 チャン・イーモウ監督は、従来「恩仇」にとらわれたがちだった「武侠」映画を超える、この映画のテーマ(思想)性について、次のように語っている。

天下の和平は個人の怨念よりも大切、という概念は最初から持っていました。クランクイン一ヶ月後にアメリカで同時多発テロが起こり、その思いを強くしていたのです

 まさにこの映画は、「9.11」からアフガン空爆へという時代を背景にして、撮られた映画だったのだ。

 私は本論の冒頭で、降りしきる秦軍の矢をものともせず「学問の底力を見せてくれる!」と、書の座に着きつづけた趙国の「書」の老師の印象的なシーンを、『英雄〈HERO〉』のテーマを象徴するものと紹介したが、それはこういうことである。
 「書」であれ何であれ(「武術」であれ)、「学問(学び問い続けるという人間的営為)」の真髄は、理不尽な「暴力」には決して屈しない、ということなのだ。道理で論破されないかぎり、たとえ身体的に屈し、命を奪われることがあろうとも、「学問」の心は、決して屈しはしない。そして、そうした「学問」の心は、やがて「暴力」をも屈服させるであろう。それが「学問」の奥義なのだ……というのが、降り注ぐ矢に対峙した老師の心であり、同じ心を老師の「書」の弟子である「残剣」から引き受け、秦王へと引き継いだ「無名」の心だったのではないだろうか。



 私がこの映画を観て思ったことは、私も「無名」のような、「侠気」を持って、すこしでも天下万民のために働ける人間になりたいということである。もちろんそれは、私が目先の欲望に囚われ惑わされるちっぽけな個人でしかないからこそそう思うわけだが、この思いに嘘偽りはない。これまで40年間生きてきたけれども、これから生きられる年月も、たぶんせいぜいが同じくらいのわずかな年月であろう。そのわずかな年月を、わずかな「金」や「地位 」や「名声」を求めてあくせく生きるとしたら、それはあまりにも虚しいのではないかと、そんな思いに捕われることがある。ならば「無名」のように人知れずとも、自分の心に誇り高くあれる生き方を、そんな一種の「極道」を生きてみたいと思えるのである。

 わが「心の師」は、

   果たして「勝てば官軍」か 。
   果たして「政治論争」の決着・勝敗は、
   「もと正邪」にかかわるのか、
   それとも「もと強弱」にかかわるのか。

   私は、私の「運命の賭け」を、
   「もと正邪」の側に賭けよう。

                (大西巨人「運命の賭け」より)

と書き、私はこの言葉を座右の銘としているけれども、これはまさに「暴力に屈せぬ 、学問の心」「力に屈せぬ、理の精神」なのである。

 大西巨人は『物書きは、私怨を公憤にまで高めなければならない』ということも言っているが、これは「怨み」を肯定した言葉ではなく、「無名」が、親を殺され国を滅ぼされた怨み(私怨)に発しながら、それを「天下万民への侠気」(公憤)へと高め、己の命をも惜しまぬ までになった、その行動原理を説明した言葉だと言えるだろう。

 こうした精神のあり方は、個人の欲望を全面的に解放しつつあるグローバルな現代社会、なかんずく現代の日本では、幼い「禁欲主義的ロマンティシズム」として一笑にふされるものなのかも知れない。しかし、現代を被っているものが、アメリカ社会に代表される大量 消費の「物欲」主義や、現代日本における「過去はどうあれ、外国に言われっぱなしじゃ損だ」という功利的な「愛国」主義だとすれば、現代において最高の贅沢とは「物欲」や「功利」から自由な「精神の貴族主義」なのではあるまいか。「私」のためには何も欲せず、ただ理想の実現ために「己」を虚しくできる、孤高の「無名」者であることなのではないだろうか。

 例えばそれは、先に紹介したテレビアニメ版『空手バカ一代』の主題歌の歌詞に『命も捨てた、名もいらぬ 、空手一筋バカになり、果てなき修行をまっしぐら、みつめた星をつかんでやるぞ』とあるのとも通 じるだろうし、また同じ原作者のボクシングマンガ『あしたのジョー』に描かれた、主人公矢吹丈の「永遠のライバル」が、「完璧な世界チャンピオン」「キング・オブ・キングス」とよばれたホセ・メンドーサではなく、自分を追ってくるライバル丈と戦うために、過酷な減量 を自らに科し、わざわざ階級を落としての「ノンタイトル」戦を戦った結果、勝負には勝ちながら、そのリングに命を落とした力石徹であることを、私は思い出す。

 本物の「男」とは、だからこういう「無名」者なのだろう。自らの美意識に殉じることのできるストイックな男たちなのだ。

 放たれた数百本の矢に対峙して、これを静かに受け入れた「無名」に、私はそうした憧れを観ていたのである。

 

  2003年8月28日

 



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