◆  もげたの ひき吊る傷跡  ◆

―― 笠井 論  

 

アレクセイ(田中幸一)

 

 今回は、笠井潔という「人間」の本質について、正面 から論じてみたい。これをお読みいただくことで、私の笠井潔批判(笠井潔葬送)の根本認識がご理解いただけよう。

 拙稿お荷物としての「解説」――「探偵小説研究会」所属評論家・柳川貴之の力量 において、私の提示した「笠井潔は、本格ミステリで直木賞が取れるようにと、いろいろ画策している」という見解について、友人のFIVEPLACES氏が次のような疑義を提示してくれた。

最初に私が「深読みし過ぎかな」と思ったのは、笠井潔自身が直木賞が欲しいかどうかといえばYESかもしれないけれど、「本格ミステリで直木賞が欲しいか」と言えばどうかなと感じたからでした。
私は笠井作品では矢吹三部作+『哲学者の密室』と『天啓の宴』『天啓の器』しか読んでいませんが、作者はそれほど本格に拘っていなかったように思えました(この感想には異論もあるかと思います)。「本格評論を書くこと」には熱心だと思われますが。 また、本格ミステリに賞を与えるには選考委員の壁が厚すぎるようにも思いました。もし本当に直木賞が欲しいのであれば直木賞向きの作品を書くのが近道ではないかなあと。

BBS「アレクセイの花園:2004年2月29日

 FIVEPLACES氏の言う『笠井潔自身が直木賞が欲しいかどうかといえばYESかもしれないけれど、「本格ミステリで直木賞が欲しいか」と言えばどうかな』という疑問は、私もまったく正しいと思う。そして、それは「笠井潔が「直木賞の、本格ミステリによる、受賞」まで射程に入れて『本格ミステリ・マスターズ』を企画し、その編纂にかかわった」という「私の読み」と、なんら矛盾するものではない。すなわち、

(1) 笠井潔自身は、「本格ミステリ」での直木賞受賞に固執するつもりはない。

 しかし、

(2) 「本格ミステリ」で直木賞が受賞できる道をつける、または道をつけることに大きく貢献したと「業界関係者から評価される」ことは、笠井潔の「本格ミステリ業界」での「地位 」をさらに確かなものにする。

ということなのである。

 つまり、問題は、実際に「本格ミステリで、直木賞が取れるようになる」ことであるよりも、むしろそのような「業界への貢献を示すこと」が、笠井にとっては重要なのだ。
 例えば、このような「業界への貢献」に対しては、笠井潔の考え方には異論のある本格ミステリ作家であっても「ひとまず感謝」しなければならないだろうし、本当に誰かが「本格ミステリ」で受賞することにでもなれば、それは「笠井潔の貢献」によるものだと、ある程度は認めざるを得なくなるからである。

 だから、笠井自身としては「自分が受賞できるに越したことはない」けれども、たとえそれが適わなくて他の本格ミステリ作家が受賞したとしても、「本格ミステリ業界」内ではその受賞の「半分」は「笠井潔の功績」だと評価されであろうから、それはそれでさらに自己の業界内における地位 を強化できるという見込みが立つのである。また、実際の受賞には至らない場合でも、それに向けての笠井の貢献は、当然評価されることになろう。つまり、いずれにせよ笠井潔にとって、そうした活動は「結果 はどうあれ、自分の業界内での地位を強化する」ものだということなのである。

 ――そしてこれが「戦略的思考」というものなのだ。

 だから、笠井潔が「本格ミステリでの直木賞受賞の実現」を目指したとしても、それは単に「自分の所属する業界への利益誘導」ということではない。実際、自分の所属している業界への利益誘導が達成されれば、それは「自分の利益」にもなるのだから、その達成に吝かではないにしろ、たとえそれが達成できなくても、それをやっているというパフォーマンスもまた、決して自己に無益なものではないのである。

 これを分かりやすく譬え話にすれば、自分の「選挙基盤」の土地に、新幹線の駅を(あるいは、空港を)作るという活動をすることは、それが達成されようとされまいと、彼のに結びつく、ということなのだ。
 つまり、今回の場合、笠井潔はこのような「地元利益誘導型の政治家
(党派理論政治家)」であり、「本格ミステリ業界」はそういう「政治家」をありがたがる「田舎(=地方)の選挙民たち」だということなのである。

 では、「なぜ笠井潔が、単純に「直木賞の公平な分配」を目指すだけの人間だとは考えられないのか?」と言えば、それは笠井が『日本型悪平等起源論』(島田荘司との共著・光文社文庫)という著書を持つほどの、日本的な「横並びの平等」を嫌悪する人間だからである。つまり、彼は「本格ミステリで直木賞が取れないのは不公平だ」などと、単純に言ってのけられるような「戦後民主主義的」な人間では、決してないのだ。

 例えば、東浩紀は、笠井潔との往復書簡集『動物化する世界の中で』(集英社新書)で、

確かに、笠井さんが指摘されたように、八〇年代、マスコミで若手知識人=ポストモダニストとして取り沙汰された人々のなかには、六〇年代の運動の総括という点では非倫理的だった方がいたかもしれません。それを弾劾しなければならない立場があるのも理解できます。
 しかし、あえて率直に言わせていただきますが、僕はその問題にほとんど関心をもつことができない。というのも、僕には、そこで行なわれた「転向」や「闘争」なるものは、一部論壇あるいは運動業界(そういうものがある、と僕の友人の市民活動家からはウンザリした表情で愚痴られたことがあるのですが)内部の、しかも特定の世代だけが関わった小さなエピソードにしか思われないからです。
 実際、糸井重里や高橋源一郎が「一九六九年を前後する断層についての徹底的な思考を回避し、連合赤軍事件の共犯者としての政治世代には避けることのできないマルクス主義との闘争に日和見を決め込ん」でいたのだとしても(おそらくそのとおりなのでしょうが)、そんな事情が、糸井のコピーにつられてセゾングループになけなしの小遣いを注ぎ込み、高橋が登場するワープロのポスター(あれは八〇年代でしたか?)を呆然と見上げていた当時の僕に何の関係があったでしょう。糸井や高橋の言葉は、笠井さんが指摘した「闘争」の場所を単純に迂回し、消費社会が用意した新しい回路を通 って高校生の僕に届いてしまっていた。ポストモダニズムの流行も同じことです。その働きに全共闘の総括は関係ありません。マルクス主義も関係ない。

かつて『批評空間』がらみで業界内の党派争いに巻き込まれた経験をもつ僕としては、とにかく、この往復書簡が、団塊と団塊ジュニアが野合していまさら新人類批判を行なっている、と捉えられるのがもっとも不愉快でした。その理由は、第五信でも書いたとおり、そもそも僕は、個人的な記憶をもたない六〇年代や七〇年代より、八〇年代のほうにはるかに強い親近感を抱いているし、また、抱かざるをえないからです。一九七一年に生まれた僕としては、全共闘世代から「一緒に八〇年代(※ ポスト・モダンの時代)を批判しよう」と言われても、「それはそちらで勝手にやって下さい」としか答えようがない。

と書いて、笠井潔が未だに『糸井重里や高橋源一郎(あるいは、坂本龍一) といった、笠井と同じ『全共闘世代』の『ポストモダニスト』の、『八〇年代』における活動を憎悪している事実を指摘している。

 ――では、笠井潔が憎悪した『八〇年代』『ポストモダニスト』の活動(運動)とはどのようなものであったのであろうか。

 笠井潔や糸井重里らの『全共闘世代(=団塊世代)』と東浩紀ら「団塊ジュニア」に挟まれた、「狭間の世代」に属する大塚英志は、新著『「おたく」の精神史 一九八〇年代論(講談社現代新書)のなかで、それを次のように説明している。

糸井重里はいかなる勘違いを若者たちにさせることで「後期新人類」を誕生させたのか、そして、そもそもそれはいかなる目的であったのか。誰もが時代の仕掛人と勝手に称すことができた八〇年代にあって(中略)、けれども糸井重里を含む何人かの人間は八〇年代という実像の成立に確信犯的に関わっている。ぼくにはそれが全共闘世代勝ち残り組によるある種の(仮想の、と形容していいかもしれない)左翼革命であったように思えてならない。(中略)
 それでは八〇年代初頭の「革命」とは何だったのだろう。例えば、単行本にまとめられた「ヘンタイよいこ新聞」に目を通 して気づくのは、読者投稿の中に細野晴臣や南伸坊といった人々が「素人」たちに混って掲載されていることだ。今となっては珍しくない事態だが、「ヘンタイよいこ新聞」は投書欄という場を介して、意図的にプロと素人の差を喪失させようとしていた感がある。同じことは
(※ 糸井重里が司会をつとめた、NHKの若者討論番組である)「YOU」にもいえるのではないか。

団塊世代の送り手たち(※ 全共闘世代の勝ち残り組)は何故、自らと一世代下の素人たちの差異を無いもの、としようとしたのだろう。「素人」たちをかくも甘やかしたのだろう。いずれにせよ、そのおかげで「新人類」たちはすっかり勘違いをして、例えば以下のように屈託なく語るに至るのだが。
〈全てが等価だっていうのはあるよね。
(※ 田中)康夫ちゃんもいってるけどね。すべては均質化してのっぺりとした平面 を……っていうんじゃないのね。そうじゃなくて差異の歴然とした(!)項を暴力的に並列するという極めてダイナミックな運動なんだよね〉(田口賢司の『週刊本28 卒業』における発言)
 すべてが「等価」であることの演出のために、何者でもなかった彼らがメディアの中で語ることを許されているのだという自覚は、この時点の田口にはない。

(※ 糸井重里の)「おいしい生活」(※ という、時代を象徴する傑作コピー)を支持した時点での上野(※ 千鶴子)が、同時に支持していた事態がいかなるものであったかをうかがい知ることができる。それは、消費というふるまいにおいて、上下間の差異の根拠をただの記号上の差異とみなすことで「階層」を消滅させようというもくろみのように思う。ヨコナラビの差異においては選択基準を説明しなくてもよいと八二年の時点で上野は語るが、こういった意味の放棄という「暴力」が水平化には必要だった。それはいわば消費による「階級」の解体であり、ぼくが、八〇年代初頭の消費社会の担い手たちの行動を革命と形容するのはそれゆえである。だからこそ団塊世代の神々(※ 糸井重里・坂本龍一・田中康夫らは、当時『朝日ジャーナル』誌の連載インタビューのタイトルを受けて、『若者たちの神々』と呼ばれた)は「新人類」という素人と自らの階級差はない、と説いた。何者でもない彼らを引き上げることで、「階級」を支える意味の秩序を解体しようとしたのである。

 つまり、笠井潔が「憎悪」した『八〇年代ポストモダニスト』の運動とは、『ヨコナラビ』の思想の普及であり、これを笠井潔風にいい変えれば『日本型悪平等』思想の普及運動だったのだ。

 『八〇年代』に『ヨコナラビ』の思想を普及しようとした 『ポストモダニスト』たちは、大塚英志の書いているとおり『全共闘世代勝ち残り組』である。それに対し、笠井潔は、六〇年代において過激な暴力革命をめざす「新左翼」の一グループに「党派理論家」として加担し、同じ方向性をもっていた「連合赤軍」の「仲間殺しによる自滅(=総括殺人)」を目の当りにすることで、自らの方向性の誤りに直面 して、単身パリに「逃亡」せざるを得なかった――という事実は、本人がくり返し語っているとおりである。 つまり笠井潔は、自業自得による、歴然たる「全共闘世代負け落ち組」の一人だったのだ。

 しかし、笠井潔が、糸井重里坂本龍一田中康夫ら「軽やかなポストモダニスト」を「憎悪」する理由は、単に彼らの思想の「お手軽さ」や「無責任さ」にあるのではない。笠井自身「党派理論家」として「多くの仲間を、誤った方向に導いたこと」については「一度も謝罪したことはない」のだから、他人の「同じような過ち(=無責任)」をなじることなど、本来できるわけはないのである。

 なのに、笠井潔はなぜ、自分の責任は棚上げにしてでも、『八〇年代ポストモダニスト』を批判したがるのか? あるいは、「全共闘世代負け落ち組」の「ルサンチマンの発露」でしかないと冷笑されないためにもと、東浩紀ら「団塊ジュニア」と結んでまで、『八〇年代』『ポストモダニスト』を批判したがるのか?

 ――それは、笠井潔が(糸井重里らとは対称的に)本質的・生理的に「『ヨコナラビ』の思想」つまり『日本型悪平等』を嫌悪する「反・日本」的、「反・戦後民主主義」的な「階級主義者」であったからにほかならない。「東京が一面 焼け野原になった光景を、高台から見おろしてみたい」という「戦後民主主義的な日本への、憎悪に満ちた破壊願望」を、(その初期には)何度の語らなければならなかったような、「真っ黒なルサンチマン」に満ちた心性の持ち主だったからにほかならないのである。

 つまり、笠井潔は単に「本格ミステリで直木賞が取れないのは不公平だ」などと考えて「ジャンル的平等」を目指すような人物では、金輪際ない。笠井が「本格ミステリで直木賞を取ろう」と画策するのは、直木賞が「大衆文学」をその対象とした本質的に「大衆指向」のある賞であり、それが「本格ミステリ」という「知的エリート指向」の強いジャンルを疎外しているという事実が、「全共闘世代」における「勝ち残り組」と「負け落ち組」(である自己)との関係を相似的に連想させるものとして、我慢ならないからなのである。

 つまり、笠井としては「本当に優れた人間が評価され、高い位置につき、大衆をリードしていくのは、当然のことである」という感覚なのだ。なのに「やつら(『八〇年代ポストモダニスト』や、現行の「直木賞」主流派の大衆作家)は、大衆に迎合し、その歴然たる階級的(知的)差異(=優劣)を隠蔽することによって、自己の地位 を確保しているのだ」と考えているのである。

 しかし、なにしろ笠井潔は「戦略的政治家」だから、「大衆」を敵にまわすような露骨な表現は謹み、その本音を隠蔽して、時には自身を(自身が嫌悪する)「戦後民主主義的」平等主義者であるかのように「擬態」することも厭わない。

 その何よりの証拠が、笠井潔が実質的リーダーをつとめる「ミステリ界の前衛党」たる探偵小説研究会において、ずっと自身が「リーダーであることを隠蔽」し続けている事実である。

 例えば、「探偵小説研究会」の「編著」になる『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)では、「探偵小説研究会」は(奥付のページで)次のように紹介されている。

1995年に創元推理評論賞の選考委員と受賞者らを中心に結成。おもに探偵小説に関する多面 的な研究、評論活動を行なっている。編著に『本格ミステリ・ベスト100 1975 〜1994』(東京創元社)、『本格ミステリ・クロニクル300』(原書房)などのほか、各メンバーが各紙誌書評、評論活動などで活動している。
 2003年末現在のメンバーは、市川尚吾・岩松正洋・円堂都司昭・大森滋樹・笠井潔・佳多山大地・小松史生子・小森健太朗・笹川吉晴・椎谷健吾・末國善己・千街晶之・鷹城宏・竹内彰・巽昌章・田中博・つずみ綾・蔓葉信博・戸川安宣・中辻理夫・濤岡寿子・並木士郎・法月綸太郎・波多野健・廣澤吉泰・諸岡卓真・柳川貴之・横井司

 言うまでもなく『創元推理評論賞の選考委員』だったのは、笠井潔巽昌章法月綸太郎の3人であり、『受賞者』は千街晶之・鷹城宏・濤岡寿子・佳多山大地などである。そして、あえて付け加えておくならば、戸川安宣は『創元推理評論賞』の勧進元である東京創元社の、当時の社長(編集者)である。

 われわれ一般人の常識からすれば、こうしたグループのなかには、自ずと非公然的な「階級」が存在するものだと言えよう。
 しかし、この「紹介文」には、誰が『創元推理評論賞の選考委員』だったかが書かれていないし、現会員の名も『戦後民主主義』的、つまり「見掛け上の、平等強調主義的」、言い換えれば『日本型悪平等』的に「50音順」となっており、事情を知らない読者は、彼ら28人が『すべては均質化してのっぺりとした平面 を……っていうんじゃないのね。そうじゃなくて差異の歴然とした(!)項を暴力的に並列するという極めてダイナミックな』関係にあるかのように「錯覚されられてしまう」のである。

 例えば、歌野晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝春秋「本格ミステリ・マスターズ」)に「歌野晶午論」を書いた、「探偵小説研究会」の柳川貴之(大塚英志いうところの)何者でもない』『素人』であることは、柳川の「歌野晶午論」とやらを読んでいただくだけで容易にご理解いただけようが、いずれにしろ柳川のような『素人』が、公募評論賞の『選考委員』をつとめうる「批評家として、プロの力量 を持つ」笠井潔・巽昌章・法月綸太郎の3人と、「50音順」で「平等」に紹介されている事実が、露骨に『八〇年代ポストモダニスト』的(「ヘンタイよいこ新聞」投稿欄・的)「欺瞞」であり、さらに悪質だと言いうるのは、「探偵小説研究会」における「平等」の欺瞞(=演出)は、自己(笠井潔)が批判している相手である『八〇年代ポストモダニスト』への「擬態」的な瞞着である、という点なのである。(しかし、「探偵小説研究会」という「笠井潔の趣味」を露骨に反映したサークル名が、そうした欺瞞をハッキリと裏切っていよう)

 つまり、笠井潔の行動というのは、徹頭徹尾「政治的」なものであり、決して「評論家」的に「首尾一貫した(誠実な)ものではない」のである。

 笠井潔は、今でこそ「本格ミステリ」の代表的「イデオローグ(党派理論家)」におさまっているが、決して最初からそれを目指していたというわけではない。笠井は、ミステリである『バイバイ、エンジェル』と、左翼思想の観念性の乗り越えを目論んだ思想・評論書『テロルの現象学』でデビューしたことからも明らかなとおり、まずは小説家か思想家として、世に「復帰」したかったのである。

 しかし、当時、笠井の「ミステリ」は黙殺され、笠井は失望にまみれて、当時(夢枕獏・菊池秀行などによって道が開かれ)流行していた「SF・伝奇アクション」の方へと転向する(『ヴァンパイヤー戦争』『サイキック戦争』等)。同時に、当時の笠井は、左翼批判一辺倒から、サブカルチャー評論や当時の流行であったコリン・ウィルソンに代表される「オカルト」方面 にも、その批評対象を拡げていく。
 また「SF・伝奇アクション」ブームが一段落した後は、「本格SF」や「冒険小説」「ハードボイルド」にも挑戦するが、これらはことごとく失敗して、結局「小説家としての笠井潔」に残されたのは、その原点であった『バイバイ、エンジェル』に始まる「矢吹駆シリーズ」に代表される「本格ミステリ」ということになったのだ。

 当然のことながら、笠井潔にも「全共闘世代」の友人は存在しており、その代表的な人物が、角川文庫版『バイバイ、エンジェル』の解説者で『現象学入門』などの著書のある竹田青嗣や、『そうだったのか現代思想』などの思想解説書で知られる小阪修平、『叛乱論』の長崎浩などである。こうした方面 からの強い「党派的プッシュ」もあって、「評論家としての笠井潔」は日本の評論界のなかでは、「ユニークな存在」として「一定の位 置」を与えられてはいる。
 しかし、かつて笠井潔が、ながらく「思想・批評界の中心人物」であった柄谷行人を高く評価する
(好意的な)姿勢を示して見せても、柄谷は、笠井の嫌いな『ポスト・モダニスト』の代表格である浅田彰との関係を重視する姿勢を堅持して、ついに笠井になびくことはなく、自ずと笠井は日本の「思想・批評界」において「主流」が加わることは適わなかったし、また、そうなれる可能性もほとんど断たれてしまった(後には、「柄谷行人への接近」を法月綸太郎が再演し、一方、笠井潔は柄谷行人を批判するようになる)

 だから、笠井潔が「自分に見合った位置(=階級)」に属するためには、結果 として、彼に残された「ミステリ」の世界から「成り上がる」しかなかったのだ。

 前述したように、笠井潔は決して「本格ミステリ」だけに固執してきた人間ではなく、むしろ「流行」には敏感に対応してきた人間で、その意味では、FIVEPLACES氏の、

笠井潔自身が直木賞が欲しいかどうかといえばYESかもしれないけれど、「本格ミステリで直木賞が欲しいか」と言えばどうかなと感じたからでした。
私は笠井作品では矢吹三部作+『哲学者の密室』と『天啓の宴』『天啓の器』しか読んでいませんが、作者はそれほど本格に拘っていなかったように思えました(この感想には異論もあるかと思います)。「本格評論を書くこと」には熱心だと思われますが。

という感想は、まったく正しい。

 つまり、笠井潔が、近年「本格ミステリ」に固執してきたのは、ここ15年来の「新本格ミステリ」ブームに便乗する形こそが、「戦略的」には一番「有効」だったからであり、決して「本格ミステリ」そのものが「特別 に好きだから(固執しているから)」ということではないのである。

 笠井潔が「目指しているもの」は、「本格ミステリの地位向上」などではなく、それを「手段」とした「自らの失地回復」にほかならない。だからこそ妥当に、笠井潔個人は『それほど本格に拘っていなかったように』見えもすれば、その反面 、笠井が依存する「本格ミステリ」を権威づけるべく『「本格(※ ミステリ)評論を書くこと」には熱心だ』とも見えるのである。

 幼い頃から抱え持っていた「世界への憎悪」を、時代の最先端を行く、過激な「新左翼の思想的リーダー」(の一人)というかたちで解消できると思ったかつての笠井潔は、しかし「連合赤軍事件」という思わぬ 陥穽に落ち込んで「海外逃亡」を余儀なくされ、『全共闘世代負け落ち組』の一人となってしまう。
 しかし、そんな笠井が海外で「雄伏」を余儀なくされている間に、日本では「その生温い「非本質的」日和見主義の故に、「連合赤軍事件」に責任を負おうとせず、それに距離を取ることで延命した、糸井重里坂本龍一高橋源一郎ら『全共闘勝ち残り組』が、欺瞞的に『若者たちの神々』として君臨している」と笠井に理解される状況が発生していた。それを目の当りにした時、笠井潔の胸に去来した「感情」が、いったいいかなるものであったかは、容易に推察できよう。

 笠井は「本来自分が占めるべき位置(=若者たちの神々)」に、糸井重里・坂本龍一・高橋源一郎ら『全共闘勝ち残り組』がついてしまったことを『欺瞞的』と感じ、彼らを激しく「憎悪」した。そして笠井は、その「失地回復」を行なうことによって、自身の考える「本来性」を回復しようとしたのである。
 そして、その手段として「最終的に選ばれた」のが、「本格ミステリ」だったのだ。

 しかし、笠井潔の「本格ミステリ」利用は、いかにも「政治的」であり「欺瞞的」だと言えよう。笠井は自身語っているとおり、「本格ミステリ」だけが好きな人間では決してなく、「ハードボイルド」も「冒険小説」も「SF」も「純文学」も同様に好きであり、もちろんそうした「小説」だけではなく「思想」「批評」についても強く惹かれた人間である。

 一方、笠井潔の著作を読んでおればわかることだが、彼は自分と立場を異にする人間には決して「寛容」ではない(『天啓の器』における竹本健治の扱いを見よ)。つまり、笠井潔の「非寛容」とは、笠井が憎悪する『八〇年代ポストモダニスト』が広めた『ヨコナラビの差異においては選択基準を説明しなくてもよい』という思想、すなわち平たく言えば「それが好きかこれが好きかの違いはあっても、それとこれに上下の区別 はありえない」という思想(日本的悪平等・相対主義)の対極にある「それとこれの差異は厳格に問われ評価され、その結果 にしたがって適切に位置づけられなくてはならない。無論、その場合には、その位置付けの論理的根拠は厳密に問われてしかるべきである」というものなのである。

 もちろん、この考え方自体はいたって「正しい」のだが、笠井潔の場合に問題となるのは、いつでもこうした「厳格さ」を、他人には課しても、自分には決して課さない、という点なのだ。

 ともあれこのような「非寛容」の故に、笠井潔は、元来、ミステリばかり読んでいる「ミステリ・マニア」という存在を、決して「肯定」的にとらえるような人間ではない(オタク嫌い)。にもかかわらず、そんな笠井が「ミステリ・マニア」出身の「本格ミステリ」作家たちと手を組み、「ミステリ・マニア」出身の若い評論家を結集して「探偵小説研究会」を設立するというのは、ひとえにそうした行動が、笠井潔個人にとっては「本格ミステリの地位 向上」を目的とするものではなく、個人的な「二十数年来の失地回復」が目的だからなのだ。

 「左翼理論家」として『神々』の位 置につきたかった笠井潔は、苦い挫折を経験したあと、今度は本来自分が批判してきた『八〇年代ポストモダニスト』と同じ「私は、君たちと同じ、仲間だ」という甘言を弄することで「本格ミステリ・マニア」たちに取り入り、その勢力を利用して、再度「天」に攻め上ろうとしている。

 つまり、革命のルシファー(堕天使)は、「公平な評価を」と願う凡庸な人々(本格ミステリ作家)の望みにつけ込み、彼らを誑かして利用することで、復讐心に彩 られた「緋色の革命」の成就を、ふたたび目指しているのである。

 

 

執筆・2004年3月7日
改稿・2004年4月15日

初出・BBS「アレクセイの花園(2004年3月8日)

 



関連論文

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 ・ 討論・笠井潔をめぐって

 

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