●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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「「日常」という名の戦場で」をアップ!(下) 投稿者:園主  投稿日: 7月20日(金)21時01分49秒

 楽古堂主人さま
>45歳のぼくは、ある理由から、おそらく漢文の素読をやらされた最後の世代ではないでしょうか。
>あの方法は、もちろん子どもの記憶力と集中力を鍛える、最適な方法であると思います。
>ずいぶん鍛えられたと思います。ことに読書力が付きました。

私は昔から「暗記もの」が嫌いでございました。ですから「漢字テスト」は大嫌いでしたし、丸暗記が嫌いだったせいで、いまだに「歴史(年号)」は苦手ですし、「英語(単語・文法)」もダメ。「数学」は方程式、「科学」は法則を憶えるのがイヤで、酷い成績を取っておりました。その結果 が、「直観」と「連想」と「理屈(レトリック)」がすべての、現在の私なのでございます(^-^;)。


 ホランド
ひと聞きの悪い言い方をするな。私はただ、バランスを考えているだけだ。全体が、滑らかにバランスよく進行するようにと、気を配っているだけなのだ。以前、楽古堂主人さまも私の「気配り」を誉めて下さったことがあるだろう。私は本来、そういう人間なのだ。「天秤座のアレクセイ」なのだ。うんうん。

そんなわけで(?)、藤田宜永の『愛の領分』は今度貸してやるよ。

ところで、東野圭吾さんがまた直木賞を落選してしまったな。業界の噂によると、今回の直木賞候補者のなかで、東野さんと奥田哲朗さんが「候補」を辞退すると申し出たんだが、遺留を求められて候補に残ったんだという話があった。だから、この二人が受賞するんじゃないかという予想もあったわけだが、結局そういうことにはならなかったな……。まあ、噂の真偽はどうあれ、東野さんが「候補 - 落選」の繰り返しには、そうとうウンザリしているのは事実のようなので、次に候補に名が挙がった時は、本当に辞退してしまうかも知れない。もうあの人も、喰うには困らない程度の売れっ子にはなっているようだしな。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「「日常」という名の戦場で」をアップ!(上) 投稿者:園主  投稿日: 7月20日(金)21時00分26秒

みなさま、本日はお約束どおりRyu's Milk Barの方へ「作品解題 」の目次を追加して、「作品解題」を完成させました。

それから、私の「歴史的仮名遣ひ」問題に対する基本的なスタンスを示すものとして「「日常」という名の
戦場で ――「正字正仮名」問題についてという論文もアップさせていただきました。本来は、いったんこの「花園」にアップしてからと思っていたのでございますが、結構な長さになってしまいましたので、読み勝手も考慮して、最初からサイト・ページとしてアップさせていただいたのでございます。みなさま、ぜひ上のリンクをご利用いただき、小文をご笑読下さいまし。






 影姫青夜さま
>昨日の昼はなぜか頭に血がのぼっていたようで、木村様に変なイチャモンをつけてしまいました。木村様、園主様お騒がせして、誠に申し訳ありません。

過ちを素直に認めることは、たいへん大切なことでございますし、なかなか出来ることでもございません。ですから、それ自体はとても立派なことなのでございますが、ただし「謝ればお終い」ではいけません。大切なのは、なぜ自分が過ちを犯してしまったのか、それを「掘り下げること」、つまり語の本来の意味における「反省」をすることでございます。

なぜ、あの時「頭に血がのぼっていた」のか? なぜ「変なイチャモンをつけて」しまったのか? それを誰に語る必要もございませんから、自分なりに掘り下げてみるのでございます。そうすることによって、人は成長できるのでございます。

ホランドに続いて「偉そうなこと」を書いてしまいましたが、それもこれもすべては「友情」の故と、私に都合よく考えて下さいまし(笑)。


 木村貴さま
たくさんの書き込みを、ありがとうございます。ROMのみなさまも多少はビックリしているかも知れませんが、なに、ここではけっこう議論も多ございますから、お気遣いには及びません。一投稿の字数制限など技術的な制約はございますが、どうぞこの調子でいろんな書き込みをなさってくださいまし(笑)。

なお、「歴史的仮名遣ひ」問題に対する私の基本的なスタンスは、前記論文に書いたとおりでございます。どのようなご反論がいただけるものか、ラブレターの返事を待つような心境で、ドキドキしながら待たせていただくことにいたします(笑)。





( 以下は「「日常」という名の戦場でをアップ!(下)」につづく)


瓦礫の家(2) 投稿者:木村貴  投稿日: 7月20日(金)07時53分37秒

歴史的假名遣には、かうした論理的混亂がありません。では、なにゆゑ現代の文學者が「現代かなづかい」を使用して恥ぢないかと云ふと、理由は三つ。第一に、文部省すなはち國家の御墨附であるから。第二に、物心ついて以來ずつと使用して慣れ親しんでゐるから。第三に、周圍の皆が使つてゐるから。しかし、この三點は、非論理的な言葉の使用を正當化する根據にはなり得ません。

森鴎外は「假名遣意見」を著し、歴史的假名遣の擁護を訴へました。その鴎外の作品を「現代かなづかい」に改竄して出版する事が、いかに冒涜的な所行か、お判りいただけると思ひます。鴎外が論理的な表記で美しく仕上げた「供物」を、腐つた代替材料で安つぽい代物にして仕舞ふ行爲なのです。無論、「現代かなづかい」でも、「雁」や「阿部一族」の筋は理解出來ます。しかし、それだけで良い筈がない。ガラクタで建てた家にも人間は住めますが、「こんな家に住めるか」と怒るのが全うな人間です。

恐らく、「ガラクタとは言過ぎ」「何をガラクタと感ずるかは個人により樣々」「ガラクタにはガラクタなりの良さがある」等々の反論があると思ひます。再反論の用意はあるのですが、くたびれたので、今日のところはこれで御勘辨を。數日留守に致しますので、續きはその後で。


瓦礫の家(1) 投稿者:木村貴  投稿日: 7月20日(金)07時51分44秒

>樂古堂樣

さう云ふ御職業の方とは知らず、いやいや、以前、プロフィルを拜見した筈なのに忘れてゐまして、大變失禮致しました。釋迦に説法になつて仕舞ひますが、今更引込みがつかないので、もう暫く續けさせてください。なほ、林武畫伯は御存命中、「國語問題協議會」http://www5b.biglobe.ne.jp/~kokugoky/list.htm の會長だか副會長だかを務められた事があり、私は未讀ですが、立派な見識をお持ちだつたやうです。

私の正字正假名のバイブルは福田恆存氏の『私の國語教室』(中公文庫版は恐らく品切。文藝春秋版全集に收録)ですが、この本には、表記の違ひによる文學作品の値打ち云々を正面 から論じた箇所は無いやうです。從つて、御質問には私自身が無い智慧を振り絞つてお答へせねばなりません。時間稼ぎをした割には、碌な考へが浮ばないのですが、取敢へず簡單に書いてみます。

皆さんの方がお詳しい中井英夫氏が、どこかで「小説は美神への供物。一句たりとも腐つてゐてはならない」(うろ覺えの爲、字句は不正確)と書いてゐましたね。要するにこれなのです。俗字新假名で書いても、論理的に書きさへすれば、意味は判ります。しかし文學とは、いやいや、凡そ文章とは、意味が判りさへすればそれで良いものでせうか。

例へば、「故郷え歸る」と書いても、意味は判ります。ああ、「故郷へ歸る」の誤りだな、と推測出來るからです。だからと言つて、「故郷え歸る」と書いて恥ぢない文學者がゐるでせうか。一人もゐないでせう。ところが、その同じ文學者が「故郷を思ふ」と書かずに、「故郷を思う」と書いて恥ぢない。それは矛盾ではないかと私は思ふ譯です。「腐つた言葉」を使つて平氣なのは解せないと思ふ譯です。

なぜ「現代かなづかい」が腐つた言葉かと云ふと、論理的な一貫性が無いからです。「言ふ」を「言う」と表記すると、文法上、いかなる混亂が生ずるか、私のサイトに説明した文章「なぜ書くか、『古い』表記で」 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/8991/bbs/swippy01naze.html があるので御參照ください。「なぜ書くか、古めかしい漢字と假名遣で」 http://members.aol.com/kimura39/hihan/01nazekaku.html にも「現代かなづかい」の不合理を説明した箇所があります。


「作品解題 ― 『僕の恋愛計画』篇」アップ! 投稿者:園主  投稿日: 7月20日(金)00時18分05秒

みなさま、歴史的仮名遣ひ問題の議論も盛り上がっているようでございますね。おおいに結構なことでございます。日々精進、日々勉強、「我以外、皆我が師なり」というのが、私の座右の銘でございます(嘘)。

さて本日は、引き続いてRyu's Milk Barの方へ、「作品解題 ―『僕の恋愛計画』篇をアップさせていただきました。これに「作品解題 目次」を加えれば「作品解題」は、いよいよ完成でございます。また、これに引き続き「私のベスト5」に取りかかる予定でもございます。みなさま、どうぞ『Ryu's Milk Bar』にご注目下さいまし。


なお、みなさまへのレスは、本日はお休みとさせていただきます。「作品解題」を完成させた上で、ゆっくりと書かせていただくつもりでございます。また、「歴史的仮名遣ひ」問題についても、そろそろ私の基本的なスタンスを示させていただこうかとも思っております。どうぞ、ご期待下さいまし(笑)。




それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


ゲームの達人 投稿者:ホランド  投稿日: 7月19日(木)20時06分19秒

 みなさん、こんばんは! 「歴史的かな遣い」問題が盛り上がってますね。こんな話題で盛り上がることは、めったに無いことでしょうから、みなさんもこの機会にいろいろ考えてみられてはいかがでしょうか? 




 木村貴さま
>私は正字正假名が(少なくも略字新假名よりは)正しい國語表記だと考へますので、當然、それを普及させたい氣持ちはあります。しかし、こればかりは強制するわけにはいきません。

 そうですね。ボクは、むしろそこがポイントなんだと思います。つまり「正しいこと」「優れたもの」を「相手の意志を反してまで押し付けるのは正しいことなのか(結果 よければ、すべて善しなのか)?」という問題ですね。こう問えば、大抵の人は「それは間違いだ」って答えるでしょう。でも、人間の歴史は「正義の押しつけあい」の歴史であるとも言えるんです。「他人の正義」だから「押しつけるなよ、迷惑だ」って思いますが、その人自身が案外「自分の正義を押しつけている」ことってあると思うんです。

 例えば「禁煙」の押しつけ。これなんかも「傍迷惑」という錦の御旗があるから、なんの躊躇もなく、それを通 そうとする人がいますけど、問題は本来、そんなに簡単なものじゃないと思うんです。だって、傍迷惑なことでも、迷惑をかけている方が圧倒的に多ければ、それは通 っちゃうわけでしょ? かつての喫煙みたいに。今だってそういうことはいくらでもありますよね。すると「傍迷惑」というような根拠は、ホントは建て前で、実際は「数の論理」に過ぎないということになります。で、そういう「正義」って嘘臭いと思うんですよ。でも、一方で「数」を無視した「正義の押しつけ」は、テロリストの論理とぜんぜん変わらないようにも思うんですよね。

 つまり「正しいこと」「優れたもの」であっても、「正しく」利用されなければ、より大きな「悪」に招いてしまうことがある・・・というようなことだと思うんです。「歴史的かな遣い」問題は、そういう部分で、より普遍的な問題と接続しているように思うんですよ。


 影姫青夜さま
 ふふふ。早とちりしちゃいましたね(笑)。なにか腹のたつようなことがあったのですか? 例えば、古本屋さんで、年来探していた本を見つけて「やった!」と思った瞬間、横にいた人にその本を抜かれてしまったとか(笑)。・・・これは冗談ですが、まじめな話、園主さまもよく言っていますが「勢いで書いた文章をろくに推敲もせずに投稿したら、きっと後悔することになる。誤字脱字といった技術的な面 も含めて、冷静な目で自分の文章を見られるようになるまでは、できれば文章を公にはしない方がいい。俺のような天才的即興性を、持っていない人間は特にそうだ」そうですよ(笑)。まあ、いつもの自慢話なんですが、真実の一面 はついていると思います。「原稿は一晩寝かせよう」というようなことを書いている作家さんは多いですしね。

 勉強になったと思えば良いと思います。だから、懲りずに書き込みに来て下さいね。偉そうなこと書いちゃって、ごめんなさい。


 楽古堂主人さま
>だから、先生への言葉咎めは、内心の声でそう言えれば良いと考えたことです。

 同感です(楽古堂さまの真似)。「理想」を言えば『内心の声』をそのまま「言語化」すれば良いんですよね。ただ問題は「言葉」は「対自的なもの」に止まらず、「対他的なもの」とならざるをえないという点でしょう。逆もまた真なりで、エスペラント語の問題なんかもそうだと思います。


 園主さま
 嫌なことを書くようですが、……絶妙の「間の手」でしたね(笑)。
 さすがは「情況を演出する」演出家を自称するだけのことはあると思いました。これからは、こういう「当事者」じゃない時の『ゲームの達人』(ほとんど誤訳)的発言を、もっと読ませてもらいたいです(笑)。

 あっ、それから買っておられた藤田宜永の『愛の領分』(文芸春秋)が、直木賞を受賞しましたね。よかったら貸して下さい。お願いします。




 それでは、みなさん、また今度(はーと)。


「歴史的仮名遣ひ」問題 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月19日(木)18時24分37秒

木村貴様へ。
>このやうにも言へるでせう。「現代かなづかい」も、「常用漢字體」も、確たる基準無しに作られたものだから、自づから、それらの性格・特色を的確に言ひ表す事が難しく、呼稱も非論理的なものにならざるを得ない――。        

・ 「略字新仮名遣い」の問題了解しました。
・ 非論理的な相手に、論理的な戦い方しかできないという、困難な状況が見えてきました。

>正字正假名でも愚かな事を書く人間はゐるし、略字新假名でも立派な意見を述べる人はゐます。だから私は、ただ單に略字新假名で書かれた文章だと云ふ理由だけで、その文章を馬鹿にしたりはしません。                 

・ この宏量が好ましいところです。
・ 木村さんのような場合は、群盲象を撫でるの世界で、唯一目を開いている勇強者のように、自分をみなしがちです。あなたには、そういう臭みがありません。正正堂堂としてらっしゃいます。

>私が福田恆存さんや松原正さんの文章を讀んで感動し、正字正假名に「轉向」したやうに、私の讀者にも「轉向」して貰ひたい氣持ちは大いにあるのですが、それが成就するかどうかは、私の腕次第と云ふわけです。 

・ この腕と、楽古堂の第一の質問は関係すると思うのです。
・ どのように実感を持った言葉で、啓蒙と教育が可能かという問題です。
・ 二つほど、自己紹介を訂正しておきたいと思います。
・ 楽古堂大内史夫の職業は、予備校の国語教師であります。
・ 現代文、古文、小論文を教えております。
・ したがって、「歴史的仮名遣ひ」については、ある程度の知識はあります。
・ その意味では、無知ではありません。
・ 別に自分をソクラテスの立場に持ってきたかった訳ではありませんが、言葉が不足していらぬ 配慮をさせたように思います。
・ ちなみに、ぼくの歴史的仮名遣いを学生に教える時のあんちょこは、『国語の建設』(林武・講談社・昭和47年・第三刷)所収の「正仮名づかひ習得法」であります。
・ 画家の本ですが、その世界ではある程度の評価は得ているのでしょうか。素人の真剣さに好感を持っております。
・ 楽古堂は、小学校低学年の頃には正字正仮名遣いが、ほぼ自由に読めておりました。(正確であったかどうかは怪しいです。)
・ つまり、木村さんのような「転向」の必要がもともとありませんでした。
・ 古い世代の人間なのです。
・ 45歳のぼくは、ある理由から、おそらく漢文の素読をやらされた最後の世代ではないでしょうか。
・ あの方法は、もちろん子どもの記憶力と集中力を鍛える、最適な方法であると思います。
・ ずいぶん鍛えられたと思います。ことに読書力が付きました。
・ しかし、同時になんというのでしょうか、あれは孔丘先生の頭脳の働きを、幼児の柔らかい頭脳に、憑依させるようなものすごい教育方法だと思うのです。
・ ぼくは教育心理学には詳しくありませんが、最近の英語の教授法によると、幼児の場合は、単語は運動をつかさどる脳に記憶される。それに対して年齢が高くなるほど、単語は普通 の学習の脳に記憶される。
・ 前者は、体に覚え込ませ、後者は、頭に記憶させるといっても、それほどに検討違いではないと思われます。
・ 楽古堂は小学校入学前から、この脳髄の中枢に侵入してきた孔子という精神の異物と、自分の精神の自由をかけた真剣勝負を強いられたのです。
・ 他の理由もあるのでしょうが、小学校入学当時から、ぼくはどもりになってしまいました。
・ 言いたいことは山のようにあるのに、言葉が出てこないのです。
・ この症状は、中学校一年生ぐらいまで続き、ぼくを苦しめました。
・ だから、先生への言葉咎めは、内心の声でそう言えれば良いと考えたことです。実際にそう流暢に言えたのではありません。
・ 柄にもなく、格好を付けてしまいました。
・ 以上二点、訂正しておきます。
・ 第一の質問の答えを楽しみにしております。
・ 単に文書名と書名をご教示頂ければ十分なのですが、何かご面倒をかけているようで申し訳ありません。


園主様へ。
・ 「山化粧」の問題は、ワープロの情報を読み込むこちらの能力の限界ではないか。という気がしてきました。
・ 「掌編集」の文章は、実際は一つのファイルになっていますね。
・ それが、全体として読み込めないために、おかしな反応をしているのではないでしょうか。
・ 楽古堂だけの問題であれば、訂正の必要は無論ありません。




  2001年7月19日(木)

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


布教の手管 投稿者:木村貴  投稿日: 7月19日(木)09時11分08秒

あれれ、あつさり謝られると何だか拍子拔けです。折角なので、少々。

熱心なクリスト教徒が、己が信仰を非クリスト教徒に布教するのは理解出來るし、布教の自由は認められるべきです。正字正假名は宗教ぢやあありませんが、私の姿勢としては似たやうなものです。自分が正しいと思ふものは、他人にも勸めます。但し、勸め方にもいろいろあつて、ただ闇雲に「正字正假名は素晴らしいから使へ」と押附けたつて、誰も振り向いてくれないでせう。だから、「すべては私の腕次第」なのです。

私は宗教の布教と違ひ、いきなり自宅を訪問したり、路上で引き止めたりはしません。ただ、書くだけです。だから影姫さんも、そんなに怖い顏をしないで、どうか大目に見てやつてくださいな。私の言ふ事に納得出來なければ、無視するなり批判するなりなさつてください。もし私の言ふ事が面 白いと思はれたら……新しい世界が待つてゐるかもしれませんよ! まあ、それほど大袈裟なものぢやあありません。背筋を伸ばすか伸ばさないか程度の違ひです。

前囘、「正字正假名が金ならば、俗字新假名は鍍金だと考へてをります」と書きましたが、この比喩は適當でありませんでした。「正字正假名が正しい姿勢ならば、俗字新假名は惡い姿勢です」の方が宜しい。私は、正字正假名が無謬だとは考へてゐません。しかし、俗字新假名に比べれば「まし」だと考へます。この關係を比喩にするならば、「金と鍍金」よりは「正しい姿勢と惡い姿勢」の方がふさはしいでせう。金は滅多に見つかりませんが、正しい姿勢は努力さへすれば誰でも出來るからです。

樂古堂さまへの御返事は、もう暫くお待ちください。

http://members.aol.com/kimura39/


木村様、園主様へ 投稿者:影姫青夜  投稿日: 7月19日(木)02時10分50秒

昨日の昼はなぜか頭に血がのぼっていたようで、木村様に変なイチャモン
をつけてしまいました。木村様、園主様お騒がせして、誠に申し訳ありま
せん。


影姫青夜さまへ。 投稿者:園主  投稿日: 7月18日(水)19時18分04秒

本日は時間がございませんので、簡単に書かせていただきたく存じます。

まず、貴方さまの木村さまへの批判は、あまりにも穴だらけで、あれでは木村さまも反論のしがいがございません。

いったい何をそんなにムキになっておられるのでございしょうか? 木村さまは何も強制してはおられず、ただ自らの信ずるところを、大勢にこびずに語っておられるだけでございましょう?

もういちど冷静に、木村さまのご意見を読んでみて下さいまし。
「常識」を批判したのは、誰よりもニーチェなのでございます。


木村貴さんへ 投稿者:影姫青夜  投稿日: 7月18日(水)14時18分05秒

木村さんは歴史的仮名ずかいを「普及させたい」とのことですが、
それはおかしいのではないですか?自分が使いたければ、使えば
よいしそれをだれも否定しません。しかし、あなたが「普及させ
たい」というとなろと、ことは一変します。要するにあなたは私
に「使え」と強制しているのです。歴史的仮名ずかいにたいする
木村さんの思い入れ、おおいに結構です。しかし私は歴史的かな
ずかいを使いたくありません。また現代仮名ずかいを使うことは
現代の「常識」です。歴史的仮名ずかいを使っている新聞が一誌
でもありますか?つまり歴史的仮名ずかいを使うことは、特殊で
あり、趣味的なことなのです。「常識」がいかに大切かは福田恒存
をご愛読なさっている木村さんならご存知ではないのですか?


訂正と追加 投稿者:木村貴  投稿日: 7月18日(水)09時21分02秒

>私がホランドさん宛の投稿では「俗字」と書いたやうに、

「俗字」と書いたつもりだつたのですが、「略字」でしたね。この部分は削除です。

序でに一言。以上の説明でお判りと思ひますが、私は「現代かなづかい」「常用漢字體」を全うな國語表記と認めず、出來損ないとして差別 してをります。正字正假名が金ならば、俗字新假名は鍍金だと考へてをります。私は、雙方の價値を同等に認める博愛主義には立ちません。

このやうに書けば、大内さんの第一の御質問への囘答のヒントになるでせう。でも、詳しくは後日。


正字正假名について(2)  投稿者:木村貴  投稿日: 7月18日(水)08時55分43秒

次に漢字です。文部省が定める「常用漢字表」の漢字の字體は、そのまま素直に呼べば「常用漢字體」でせう。一方、『新潮國語辭典』には、「正字」の語義の一つとして、「俗字などに對して、畫を略したりしない正統とされる漢字の字體」とあります。つまり、私がホランドさん宛の投稿では「俗字」と書いたやうに、「正字」の對義語は「俗字」と云つても好いし、畫を略さないのが正字だと考へれば、「正字」の對義語は「略字」と云つても好いでせう。戰後出來た字と云ふ意味で「新字」と呼ぶ場合もあるでせう。私の立場からは正字を「舊字」と呼ぶべきでないのは、假名遣の場合と同樣です。

このやうにも言へるでせう。「現代かなづかい」も、「常用漢字體」も、確たる基準無しに作られたものだから、自づから、それらの性格・特色を的確に言ひ表す事が難しく、呼稱も非論理的なものにならざるを得ない――。

さて、漸く第一の御質問にお答へするところまでたどり着きましたが、少々くたびれたので、續きは近日中に御返事します。それでは。


正字正假名について(1) 投稿者:木村貴  投稿日: 7月18日(水)08時36分48秒

>樂古堂主人・大内樣

御質問、有難う御座います。詳しく書くと相當長くなつて仕舞ひさうなので、取敢へず簡單な囘答で御勘辨ください。

便宜上、第二の御質問から行きます。まづ假名遣ですが、現在一般に使はれる文部省公認の假名遣は、正式には「現代かなづかい」と云ひます。一方、私が使つてゐる假名遣は、學問的には「歴史的假名遣」或いは「契冲假名遣」と呼びます。これら二つを短く約めて呼ぶ場合、前者は戰後新しく出來た假名遣だから「新假名遣」、後者は主に戰前使用された古い假名遣だから「舊假名遣」と呼ぶ事が多いやうです。これなら、「新」「舊」が對になつて、整然と見えます。

しかし、歴史的假名遣・契冲假名遣を奉ずる人間としては、「舊假名遣」と云ふ呼稱には異議を唱へたいのです。なぜなら、「舊」と云ふ言葉には、「古臭くて今の時代に合はないもの」「捨て去るべきもの」と云ふ意味合ひが附きまとふからです。事實、さうした效果 を狙つて呼ばれる場合が多いのです。

ここでは詳述出來ませんが、私は、歴史的假名遣・契冲假名遣は古臭いどころか、勝れて近代的な表記だと考へます。寧ろ「現代かなづかい」の方こそ、時代遲れの思想を引き摺つてゐます。從つて、歴史的假名遣・契冲假名遣を使用する人間は、「正しい假名遣」と云ふ積極的な意味合ひと誇りとを込めて、「正假名遣」と呼ぶ場合が多いのです。

言葉の對應關係を重視するのなら、私は「現代かなづかい」の事を「新假名遣」でなく、「邪假名遣」とか、「誤假名遣」とか呼ぶべきなのでせう。しかし國語として通 用しないので、「新假名遣」でお茶を濁してゐるわけです。「略假名遣」と云ふ呼び方は、適切でありません。「現代かなづかい」は、歴史的假名遣を「略」して作つたものではないからです。ではどう云ふ理窟に基いて作つたかと云ふと、場當り主義の出鱈目で、理窟も糞も無いわけです。これを話し出すと長くなるので、またの機會にします。


すべては腕次第 投稿者:木村貴  投稿日: 7月18日(水)07時08分51秒

>ホランド樣

こちらこそ宜しくお願ひします。私が獨裁者にでもなれば、國民全員に正字正假名を強制する事も出來るわけですが、殘念ながら、そんな望みは無いやうです。正字正假名でも愚かな事を書く人間はゐるし、略字新假名でも立派な意見を述べる人はゐます。だから私は、ただ單に略字新假名で書かれた文章だと云ふ理由だけで、その文章を馬鹿にしたりはしません。

私は正字正假名が(少なくも略字新假名よりは)正しい國語表記だと考へますので、當然、それを普及させたい氣持ちはあります。しかし、こればかりは強制するわけにはいきません。私が福田恆存さんや松原正さんの文章を讀んで感動し、正字正假名に「轉向」したやうに、私の讀者にも「轉向」して貰ひたい氣持ちは大いにあるのですが、それが成就するかどうかは、私の腕次第と云ふわけです。


下に同感!! 投稿者:ホランド  投稿日: 7月18日(水)00時44分58秒

 みなさん、こんばんは! ということで、今日は3人で楽しく遊んできました(笑)。


 ナイルズ
 諄いようだけど、園主さまとのデュエット、『アジアの純真』とっても良かったぞ。まだ練習不足なのは仕方ないとしても、あの「演出」がすごい。時間いっぱいの最後の曲で、あれを持ってくるなんて!
 園主さま、本気で感動してたぞ。つきあいの古いボクが言うんだから間違いない。おまえって結構、中年キラーだよなあー(笑)。


 園主さま
 もう休まれているでしょうね? 頭痛、そんなにつらかったのなら、そうおっしゃって下されば良かったのに。でも、明日起きたら、きっと治っていますよね。

 今日はホントにありがとうございました。




 ではでは、みなさん、おやすみなさい(はーと)。


楽しかった!! 投稿者:ナイルズ  投稿日: 7月18日(水)00時07分56秒

園主さま、ホランド兄さん、今日はとっても楽しかったです!ありがとうございました!

『東京マリーゴールド』は、淡々とした恋愛ストーリーでいまいち「わかんないなあ」って感じでしたけど、田中麗奈の演技は自然で、よかったです。綺麗でした。チラシに「劇的東京大恋愛」って書いてあったけど・・・僕にはどのへんが劇的だったのかわからないまんまでした・・・。

園主さま、おつかれだったのに、ありがとうございました。ゆっくりお休み下さい。

僕も今日は朝から歩き回ったのでちょっと疲れてしまいました。園主さまにお借りした十二国記も読み終わったので、夏休みに入ったら感想とか、書きこみに来ます!それでは、おやすみなさい。


ご報告まで。 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(火)23時47分36秒

みなさま、私、本日は、昨日ご報告いたしましたとおり、ナイルズ・ホランドの両君と、映画・カラオケ・お酒に行ってまいりました。内容はべつにして、映画の方は田中麗奈の演技が素晴らしく、ますますファンになってしまいました。またカラオケでは、今回はナイルズくんと陽水の『アジアの純真』をディエット。前回、冷やかされた復讐だとばかりに、ホランドくんにさんざ冷やかされて、……つまり楽しい時間を過ごすことができました(笑)。ただ、体調が万全ではなかったせいか、お酒を飲みはじめると頭痛が始まり、けっこう我慢したのでございますが、帰途はかなり弱っておりました。二人と別 れる際にも「今日は帰ったら、バタンキューだ。さすがに書き込みは出来そうにない」と言ったのでございますが、まあ覗くだけは覗いてみるか……と、それがこの始末でございます(^-^;)。



 楽古堂主人さま
申し訳ございません。こちらではご指摘の不具合を確認することができませんでした。もう一度くわしくご説明下さいまし。

【みなさまへ】 楽古堂主人さま、ご指摘の不具合に気づかれた方は、どうかご連絡下さいまし。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。


 ホランドナイルズ
今日はありがとう。楽しかった。また今度な。




それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


お願いとご質問 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月17日(火)23時16分56秒

園主様へ。
・ 楽古堂掌編集の「収録作品」の画面で「山化粧」をクリックすると、「収録作品」の画面 が出ます。作品に、飛びません。
・ アドレスが違うのではないでしょうか。
・ 付け替えて頂けるようにお願いします。
・ 急ぎませんので、いつでも結構です。


木村貴様へ。
・ はじめまして。楽古堂と申します。
・ 貴HPを、一部ですが拝見させていただきました。
・ 「正字正仮名遣い」を、この平成の御代に啓蒙しようとする、高潔な志を持った方がいる。
・ そう思うだけで、21世紀の日本の風通しが、若干良くなった感じがいたしました。
・ 涼風に出会えた気分です。
・ 私は、ホランドさんと同じ立場に立つ人間でしょう。
・ このHPに、掲載してもらっている拙文を、いくつかを読んで頂くと分かると思います。
・ およそどのように書くかということには、漢字や仮名遣いも含めて、自分で文書を書く際には無関心です。
・ (あえて言えば一つの文章が、自分の意図したものとは別の意味に取られないように注意する、ということだけでしょうか。)
・ 何を書くかということに、全力投球しております。
・ しかし、詩の読解で正字を調べると、思いの他に作品の意味がはっきりとするという体験には、何度も出会いました。
・ 吉川幸次郎博士の「杜甫詩注」は、最愛の書であります。
・ 他者の文章の「精読」は、ぼくの方法の根幹です。
・ そうした体験から、「正字正仮名遣い」の作品の場合は、引用も原典によるべきだという主張に賛成いたします。
・ そこで二つ質問があります。
・ 一つ目。
・ 木村さまのHPを拝見していて不思議だったのは、文学作品への言及があれほど多彩 でありつつ、「正字正仮名遣い」が、そうでない場合よりも、作品そのものの完成度をより高め、表現を充実させているということの証明が、脱落しているように思えることです。
・ 二つを比較する場合に、片方の優位を証明したいのであれば、当然その長所がどこにあるかを説明するはずです。
・ 日常生活の、普通の商品の比較においても、だれもがしていることです。
・ そして、たとえば「正字正仮名遣い」の文学作品が、「新字新仮名遣い」になった時に、何が損なわれてしまったのかということについての、作品に即しての具体的な証明は当然できることでしょう。
・ 私は、見逃しているのでしょうか。
・ それとも、何かの書籍で、すでにまとまった形で展開されているので、あえてHPではする必要もないことなのでしょうか。
・ 具体的に、ここにあるとご教示頂ければ幸甚です。
・ 二つ目。
・ 楽古堂は、「正字正仮名遣い」の問題については、まったくの無知です。
・ たとえば、その反対語は「略字略仮名遣い」ではないでしょうか。
・ 「新字新仮名遣い」の反対語は、「旧字旧仮名遣い」であるように、論理的には、考えます。
・ それが、時に「略字新仮名遣い」になっているのは、なぜなのでしょうか。
・ 私は、木村さんの行為に、自分と同じ資質を認めます。
・ それを一言で言えば、言葉の「厳密の探求」への意志です。
・ こう言うと前言と矛盾するようですが、創造活動の場よりも日常生活の方で顕著な性癖です。
・ (文章を書こうとするときには、考える速度は、字を書く速度よりもはるかにはやいので、手が頭に追い付くので精一杯という、物理的な限界があります。)
・ 本当は言葉に対して、何かがおかしくて、それに引っ掛かるという、小さいが日常生活で度重なる違和感です。
・ 卑俗な事例で申し訳ありませんが、楽古堂は小学校の低学年の頃、先生に「黒板」は緑色だから「緑板」ではないかとか、「白墨」は赤も黄色もあるから「色チョーク」と呼んだ方がいいとか、「黒板消し」は、黒板を消すのではないから、「字消し」としようとか、いろいろ難癖を付けるような児童でした。
・ その目が文学作品に向けられると、ぼくの文章になります。 
・ 木村さんが、政治的な活動に主眼を置く方だと弁えつつ、無知な一市井の学究として教えを請いたいと思います。
・ 焦りません。暇な時間がある時でかまいません。
・ 以上の二点の質問、よろしくお願い申し上げます。



                     楽古堂主人・大内史夫拝
 


 2001年7月17日(火)

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「宴」の支度 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(火)00時31分57秒

みなさま、本日は(正確には、もう昨日でございますが)、昨日(一昨日)に引き続きましてRyu's Milk Barの方へ、「作品解題 ―『2×2チャンネル』篇「 同 ―『CHILDISH』篇をアップさせていただきました。

さて、このところ怒濤の更新を続けてまいりましたが、明日はちょっとひと休み。またナイルズ・ホランドの両君と遊んでまいります。すでにホランドくんも書き込んでおりましたとおり、明日は私の大好きな田中麗奈主演の映画『東京マリーゴールド』を観てまいります。その後は……やっぱり、カラオケ・お酒の定番コースでございましょうか(^-^;)。

そう言えば、このところ私たちばかりで遊び歩いておりますよね。しばらくオフ会を開いていなかったので、今月下旬か来月上旬にもオフ会「LIBRAの宴」を開きたいと考えております。ご都合などお聞かせ願えれば幸いでございます。どうぞ、メール等でお知らせ下さいまし。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

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更新情報2点 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(月)00時52分16秒

みなさま、本日は更新情報が2点ございます。
ひとつは『Ryu's Milk Bar』の方に「作品解題 ―『受難な日々』篇をアップさせていただいたこと。
もうひとつは「LINKS」のページに、木村貴さまのサイト『地獄の箴言』を加えさせていただいたことでございます。

「作品解題 ―『受難な日々』篇は、なかなか手間のかかるページでございましたが、これがフォーマットになりますので、あと3巻分の「作品解題」は、わりあい早期に完成・アップできるのではないかと存じます。

「LINKS」に加えさせていただいた木村貴さまのサイト『地獄の箴言』は、たぶんうちの「LINKS」の中では、均一蝋さまの『反幻想文学ページ 氷沼黄司』とはまた違った意味で、もっとも異色のサイトとなりましょう。今後は、さらに多様なサイトを「LINKS」にコレクトしていきたいものと存じます(笑)。





 木村貴さま
わざわざのお運び、恐縮いたします。

光栄にも、そちらの「リンク集」へお加えいただいたわけでございますが、この上はそちらの「リンク集」でもっとも異彩 を放つ「異形」「異貌」「異端」のサイトとなれますよう、さらに精進したいものと存じます。そして、その目指しますところは、木村さまが「ああ、もうこことリンクしておくのは恥ずかしい!」と音をあげるような「愉しい」サイトでございます(笑)。

>いつかまた、大西巨人や他の話題やについて議論したいですね。今度は私がバッサリやられる番かもしれませんけれども。

自信に満ちた謙遜のお言葉、まことに気持ち良うございます。そうでございますね。いずれ機会があれば、本気で議論いたしましょう。言葉で、お互いの命をやりとりするくらいの、本物の論争をやりましょう。貴方さまとならば、きっと皮膚がぴりぴりするような緊張感の中で、血も踊るような論争が適うことでございましょう。

ともあれ末永くおつきあいをいただきますようお願いいたします。それからたまにはこちらに書き込みに来ていただいて、秘められた「軟派」な面 もお見せ下さいまし(笑)。


 ホランド
「田中麗奈が好きなら、美少年趣味者じゃない」というような発想は「大西巨人のファンなら、大西赤人を批判したりはしない」というような発想と同じで「貧困短絡的な発想」というものだ。だから、そんなバカどもの言うことなど気にする必要はない。私が部屋に田中麗奈のポスターを貼ったからといって、妬いたりする必要はないんだぞ(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

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大切なもの(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月15日(日)11時08分43秒

 木村貴さま
 はじめまして。ボクは『LIBRA』の助手を勤めますホランドと申します。

 お噂はかねがね伺っておりましたし、木村さまのホームページ地獄の箴言も、ざっとですが、すでに拝見させていただいております。だから、今はちょっと緊張しております。それにしても、「花園」で、かの「正字正かな」(?) の文章を読ませていただくのは、何とも独特の感慨がありましたよ(笑)。

 木村さんも同じでしょうが、ボクは生まれた時から「新字新かな」だったので、ほとんどそれに疑問を感じることはありませんでした。たとえ「言葉を大切に」とか「きれいな日本語を」と思っても、それはあくまでも「新字新かな」の枠内でのことでした。だけど「日本語」というものを真剣に考えようとすれば「正字正かな」の問題は避けて通 れないものだとも思います。その意味で、「正字正かな」にこだわっておられるみなさんの活動は、とても意義深いものだと思っています。
 だけど正直な気持ちを言ってしまえば、ボクは「日本語そのもの」よりも、それによって「表現されたもの」の方に興味があります。つまり木村さまの書かれたものが「正字正かな」であろうと「新字新かな」であろうも、ほぼ同じように「その内容に」興味を持つだろうということです。そんなボクですから「正字正かな」の問題は、いちおう木村さんたちにお任せして、ボクはボクなりの「大切な問題」に取り組ませていただきたいと思っております。この気持ちが嘘でない以上、木村さまは「立場のちがい」というものを、きっと理解して下さると、「大西赤人批判」を読ませていただいて、ボクは確信いたしました。

 「快楽主義者」を自認する園主さまのサイトですから、『自由と規律』とは大違いの「好き放題」って感じですけど(笑)、これを機会に末永くおつきあいください。よろしくお願いいたします。


 園主さま
>たいせつな人物を忘れているぞ。美少年と言えば、誰を差し置いてでも、ジル・ド・レ侯だろう。

 あっ、そうか。誰か書き忘れてるような感じもしてたんですが、ジル・ド・レを忘れてたのか。ホントにうっかりしてました。

 さて、明後日はいよいよ園主さまの大好きな田中麗奈主演の『東京マリーゴールド』ですね。でも、美少年趣味の園主さまが、お部屋に田中麗奈のポスターなんか貼ったりしたら、また人から『偽・美少年趣味者』だって言われますよ。まあ、ボクとしては、妙な誤解をうけなくて済むから、大助かりではあるんですけどね(笑)。





それでは、みなさん、また今度(はーと)。


大切なもの(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月15日(日)11時07分36秒

 みなさん、こんにちは! 梅雨明けに合わせたかのように、ここのところ「花園」が賑やかで、とっても感激しています。だけど、書き込みをしてくださるのは、「花園」を覗いて下っているいる方のごく一部。ボクだって、いつも覗いているサイトに必ず書き込みをするわけではないですから、偉そうなことは言えませんが、できれば思いきって書き込みをしていただけたらなあと思います。ROMのみなさん、柵のこちらがわに入ってきませんか?





 翠ぼしさま
>わたしのお仕えするペルセウスさまと園主さまは、どこか似ているの。

 翠ぼしさまが煽てるものだから、園主さまったら、すっかりその気になっちゃってるじゃありませんか・・・(^-^;)。

 そうですか。星崎龍さんの著書プレゼントにご応募くださったんですね。ありがとうございます。

 でも、お兄さまがたに本を取り上げられてしまったのは、ちょっとマズかったかも知れないですね。あとで何と言われるのかが心配です。まさか、読み終えた後、ここに感想を書き込みに来て下さる・・・なんて、うまい話は無いだろうなあー。それこそ「うちの可愛い妹に、なんてものを読ますんだ!」って、ねじ込まれる怖れもあり。・・・でも、案外お兄さまがただって、ドキドキしながら読んでたりするのかも知れませんが(笑)。


 小野町子さま
>『ルー・ガルー』や『黒祀の島』は未読ゆえに楽古堂様の文章も読む事ができなかったので、今回の随筆を久しぶりに楽しませていただきました。

 そうですね。楽古堂主人さまの読書(執筆)スピードには「なかなかついていけない」というのが、難点と言えば難点です。でも、また間もなく新しい原稿が読めると思いますよ。と申しますのも、出たんです。待望の小野不由美の新刊。『十二国記』シリーズ 初の短編集『華胥の幽夢』(講談社文庫)が!

 すでに雑誌掲載された「華胥」「冬栄」の2本に、書き下ろしを3本くわえた作品集だそうです(ちなみにホワイト・ハート版は、9月だとか)。楽古堂主人さまは、お仕事がお忙しいようなのですが、でも『ルー=ガルー』の時と同じで、なんだかんだと言いながら、あっと言う間に『華胥の幽夢』ノートを書いて下さるのではないでしょうか。大いに期待して待ちたいものですね(笑)。


 楽古堂主人さま
というわけで、がんばって『華胥の幽夢』ノート、書いて下さいね(笑)。

 ところで、ボクは楽古堂主人さまの凄さを認めつつも、

>・ 大内巨星と呼んでください。参院選には出ませんが。

っていうような、いかにも「おじさん」くさい「はずしたギャグ」をたまにおっしゃるところに、けっこう心惹かれるものを感じるんです。「ああ、楽古堂主人さまも人間なんだなあー」って(笑)。

 園主さまも、どうしようもないダジャレ好きで困るんですから(笑)。文章ではあまり書かないけど、おしゃべりの合間に突然ダジャレをはさんで、人を退かせるのが大好きなようなんです(^-^;)。でも、最近は「昔ほどダジャレが出なくなった」と真剣に「才能の枯渇」を心配している様子に、ボクは心惹かれるものを感じます。こういうのって、やっぱり「変」なんでしょうか?(笑)





( 以下は「大切なもの(下)」につづく)


リンクの件 投稿者:木村貴  投稿日: 7月15日(日)06時24分59秒

アレクセイ樣、わざわざ御聯絡有難う御座いました。勿論、御自由になさつてください。私の方も、近々、リンク集にこちらのサイトを加へる積りです。

大西掲示板の過去ログでアレクセイさんの論爭を讀んで、「これは面白い人がゐる」と思つたのが、あの掲示板で投稿を始めた一つの動機でした。短い期間でしたが、期待通 り、大いに勉強になりました(他の人は大いに迷惑だつたかもしれませんが)。『神聖記』、今後も樂しみにしてをります。私のサイトの大西コンテンツも、一服入れたら少し追加する積りです。大西掲示板は無くなりましたが、いつかまた、大西巨人や他の話題やについて議論したいですね。今度は私がバッサリやられる番かもしれませんけれども。

皆樣、どうか、園主さまが論爭をやりに何處かにすつ飛んで行つても、温く見守つてやつてくださいますやう。それでは。

http://members.aol.com/kimura39/


ヘルメス的知(下) 投稿者:園主  投稿日: 7月15日(日)02時53分29秒

 小野町子さま
>「女性には気に障る部分もあるかもしれないが」とのことですが、わたくしは全く気に障ったりはしませんでした。大体この話を楽古堂様に語られたのは女性だったのでしょう? 楽古堂様の方が気にし過ぎておられるのではありませんか。

たぶん、自然のなかに暮らしていた昔の人は、「自然」というものを、もっともっと「生々しいもの」として「実感」していたのでございましょう。……たしかに「イメージ」の連想としては、単純だとは申せましょう。しかし、それは「イメージ(実感)」を言語化して、論理的に「整理」した(実感の細部を切り捨てた)から「単純になってしまった」、あるいは「単純化してしまった」結果 だ、とも言えるのでございます。
論理というものは、たいへん大切なものでございます。ですが、都市化され論理化されてしまった私たちが失ってしまったものも、また確かに存在するはずでございましょう。下手な「絵解き」なら「二流の評論家」でもいたします。しかし「作品の声」をしっかり聞き取ることは「才能」のある「一流の者」にしかできません。「自然の声」を聞き取るというのも、それと同様でございまして、決して「蒙昧野蛮」だとばかりは言えないのでございます。


 楽古堂主人さま
>・ 職場での先輩教師の女性へのセクハラ発言に、かちんと来ることがときどきあります。
>・ どういう常識を持っているのでしょうか。

しかし、それが「これまでの常識」であり、今も深く広く「潜在している常識」なのでございましょう。

>・ しかし、女性の意識の変革は、ぼくなどの気が付かないところで、深く静かに進行しているのかもしれません。

たしかにそうかも知れません。しかし、男の愚かさと長き過ちは、男である自分が何とかしたいと思うのでございます。こういう発想を「マッチョ」だという方も、きっとおいででございましょう。ですが、私はそれで良いと思っております。……これは、日本がアジアの国々に対して、かつて犯した過ちを、その当時は生まれていなかったけれども、今まぎれもなく日本人である私が、日本人としての「誇り」にかけて償わなくてはならないと考えるのと、同じ発想に拠るのでございます。本物の「誇り」とは、「自己正当化」などという惨めったらしいものでは、決して育ちはいたしますまい。自分の責任は、たとえ相手がそれを許してくれてでも取る。自分のために、自分の責任を取る。それが誇り高き「自決」というものなのではございませんでしょうか?               


 ホランド
>レトロな城館に住む 妖艶な黒衣の女主人が、夜毎、その地下室で、鞭とかをふるって美少年たちをいたぶっている・・・というような、サド公爵ともド・ブランヴィリエ公爵夫人ともつかぬ SMチックな「禁断の世界」

たいせつな人物を忘れているぞ。美少年と言えば、誰を差し置いてでも、ジル・ド・レ侯だろう。
『妖艶な黒衣の女主人』の背後にひかえるのは、ほかでもない……この青髯侯だ(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

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ヘルメス的知(上) 投稿者:園主  投稿日: 7月15日(日)02時52分21秒

みなさま、すこし前の話でございますが、7月2日付けの『産経新聞』の「あなたへ絵手紙」のコーナーに『大阪府枚方市の秋山怜士さん(9)』の絵葉書が紹介されておりました(小池邦夫・選)。

葉書の中央には木の枝にとまったフクロウがなかなか上手に描かれており、そのフクロウの右側の空白には『ぼくは、まだふくろうをみたことは、ありません。』とあり、左の空白には『だからこれは、置物です。』と書かれておりました。……私はこれを読んで、このいかにも子供らしい身も蓋もない正直な説明をたいへん愛らしいものと感じつつ、つい吹き出してしまいました。

それでその記事を側にいた同僚に「これイイよ」と言って読ませたところ、その同僚はひとつ頷いて曰く「これは動物園に連れていけ、ということだなあー」。……それは私の予想だにしえなかった解釈でございました。そして、その同僚は、さらにこんな話をしてくれたのでございます。

「知り合いの子供が小学校に上がった時、その人は家が狭いというので、子供に勉強机を買わなかったんだって。そこの子は、そのことに特に文句を言ったりはしなかったそうなんだけど、ある時、親に段ボール箱をくれと言うので渡してやると、その子はその段ボール箱にマジックで『つくえ』と書いて、その上で勉強を始めたそうなんだ。それを見た親は、慌てて勉強机を買ったそうだよ」

……まさしく「恐るべき子供たち」。しかし、それでも私は、そういう子供をも可愛く思うのでございます。やはり、歳はとっても子の「親」の感覚にはなれないようでございますね(笑)。





 影姫青夜さま
影姫青夜の万華鏡の開設、おめでとうございます。さあ、これからはしっかりと働いて下さいましよ。ぴしぴし!(笑)


 翠ぼしさま
>わたしのお仕えするペルセウスさまと園主さまは、どこか似ているの。

私が、ペルセウスとでございますか? あのメデューサを倒し、その血から生まれたペガサスを駆って海獣をも倒し、贄とならんとしていたアンドロメダを救い出した、かの正統派の英雄。言うなれば、アポロ系の英雄「ペルセウス」。……しかし、私はトリックスターを自称いたしておりますとおり、アポロ系ではなく、明らかにデュオニュソス系でございましょう。それに遠慮なく申しますならば、私は、アポロの対極に位 置する、もうひとりの英雄ヘルメス・トリメギウスでございます(笑)。つまりペルセウスが「白の英雄」なら、私は「黒の英雄」なのでございます。ですから、天上の貴女さまに「禁断の書」を与えて、堕落させようとしているのではございませんか(笑)。

ヘルメスは「盗人」でございます。ご立派なペルセウスの下から、貴女さまを盗み出してさしあげましょう。……かの、ルパン3世のように(笑)。

さあ、早く堕ちておいでなさい、この地上に。





( 以下は「ヘルメス的知(下)」につづく)


皆様へ。 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月14日(土)23時39分21秒

小野町子様へ。
>楽古堂様の方が気にし過ぎておられるのではありませんか。 

・ どうもそうかもしれません。
・ 古い世代の人間なのです。気にしすぎているのかもしれません。
・ 想い出の中では、生々しかったのです。
・ 聞いた状況のせいなのかもしれないと、自分の文章を読んでいて感じてきました。

>それに「デリケート」と書かれていますが、わたくしはかなり直接的で単純な連想によるものだと思います。

・ デリケートというのは、山という自然への尊敬の念から、山の神様を女性ととらえて、それについての象徴的な神話や伝説の物語を生み出してきた、日本人の心性への感嘆の念からくる形容詞です。
・ たしかに発想そのものはシンプルで、力強いですね。                                       


影姫青夜さまへ。 
・ 「影姫青夜の万華鏡」の開設おめでとうございます。
・ 暇ができましたら、日夏耿之介の詩の読解をした講義の原稿が、どこかにあるのでまとめなおして送ります。
・ 夏期講習の準備で、天手古舞しております。しばらくお待ちください。
・ 『黒衣聖母』のなかの「書斎に於ける詩人」と『呪文』の「蛮賓歌」です。
・ どちらがお好みでしょうか。
・ 愛書家のサイトへは、ぴったりの詩だと思うのです。    
・ ドイツの「黒森」は、もし日本語の表記に一番近い発音を探すとしたら、「シュヴァルツヴァルト」や「シュバルツバルト」ではないでしょうか。「ガルト」は、「アスガルト」と熟すように、城塞をめぐらした都市の語尾なので、広範な場所の名称としては、おかしいのではないでしょうか。
・ 「黒森」の内部に、「シュヴァルツガルト」という都市があれば、おかしくはないのですが。そうなのかな?


ホランド様へ。
・ 大内巨星と呼んでください。参院選には出ませんが。
・ マタギのおじいさんから聞いた話そのものは、理由があってここには発表できない性質のものです。
・ しかし、別に公開できる、おもしろい山の民の話がたくさんあります。
・ 楽古堂の趣味の一つが、古い民話や昔話の採話なのです。
・ いつかご紹介したいものです。


園主様へ。
>本物の「変革」は短時間で為せるものではないとの覚悟が、革命家には必要なのだと、私はそう思うのでございます。

・ 同感です。
・ 職場での先輩教師の女性へのセクハラ発言に、かちんと来ることがときどきあります。
・ どういう常識を持っているのでしょうか。
・ しかし、女性の意識の変革は、ぼくなどの気が付かないところで、深く静かに進行しているのかもしれません。               





  2001年7月14日(土)

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山化粧拝読 投稿者:小野町子  投稿日: 7月14日(土)20時36分04秒

『ルー・ガルー』や『黒祀の島』は未読ゆえに楽古堂様の文章も読む事ができなかったので、今回の随筆を久しぶりに楽しませていただきました。
色の変化が音として体験できるというのは稀有なことですね。葉っぱ一枚一枚から山全体へという、ミクロからマクロへの広がりが感じられます。一夜にして山全体が紅くなる事があるとは知りませんでした。一夜にして全部白髪になるくらい劇的ですね。

楽古堂様
「女性には気に障る部分もあるかもしれないが」とのことですが、わたくしは全く気に障ったりはしませんでした。大体この話を楽古堂様に語られたのは女性だったのでしょう? 楽古堂様の方が気にし過ぎておられるのではありませんか。それに「デリケート」と書かれていますが、わたくしはかなり直接的で単純な連想によるものだと思います。「紅」、「周期的」から簡単にイメージする事では無いでしょうか。わたくしには特に「生々しい話」とも思われませんし。


「受難の日々」〜北の空より〜 投稿者:翠ぼし  投稿日: 7月14日(土)14時03分02秒

園主さま

きっと、地上は暑いでしょうね。
夏の終わりまで、遊びにいけません。
融けてしまうもの。

この前、「輝きの練習に飽きたら、お読み。」って、渡してくださったでしょ「受難の日々。
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、・・・・・
園主さまも、ドキ、ドキした?

そうしたら、お兄さまたちがやって来て、
「やい!翠ぼし、なに読んでるんだ!」
「まさか、おまえ、地上に遊びにいってるんじゃないだろうなー?」
「いいから、貸してみろ!」って、取り上げられてしまったの。

ウエ〜ン、いつ返してくれるのー?

      北の空のペルセウスさまの足元にいます。
      みつけてね。

>ホランドさま

はじめまして。
私は、まだ、翠いろの星屑です。

園主さまにお目にかかったのは、もちろん、夜空よ。
わたしのお仕えするペルセウスさまと園主さまは、どこか似ているの。


大迷宮『LIBRA』 投稿者:ホランド  投稿日: 7月14日(土)11時36分27秒

 みなさん、こんにちは! いよいよ影姫青夜の万華鏡が開設されましたね。
 園主さまが告示する前に、ご本人からご挨拶がありましたが、これは異例(?)のパターンかも。二人の緊密な連係を感じさせます。やっぱり園主さまは・・・「遺産相続」を狙っているのでしょうか?(笑)




 影姫青夜さま
 ホームページの開設、おめでとうございます!

 なかなか妖しい感じに仕上がってて良いですね。それにしてもタイトルの下の文章、なんだか凄い内容でビックリしました。だって、ホントに「地下の拷問部屋」になっちゃってるんですもん。園主さまのニヤつく顔が浮かぶようですけど、・・・ホントにこれで良かったんでしょうか?(^-^;)

 でも、ここだけ読んだら「古本」が話題の中心だとは、誰も思わないでしょうね。レトロな城館に住む 妖艶な黒衣の女主人が、夜毎、その地下室で、鞭とかをふるって美少年たちをいたぶっている・・・というような、サド公爵ともド・ブランヴィリエ公爵夫人ともつかぬ SMチックな「禁断の世界」が展開されるのだろうと、イケナイ期待(?)をしちゃうんではないでしょうか?(^-^;)

 話題を「古本」に限定しているわけではないんでしょうから、これはこれで構わないんでしょうけど、ホントーに「その世界」へ行っちゃっても困るような・・・。でも、そういうのもちょっと見てみたいような(笑)。

 ま、とにかく影姫さまらしい「怪奇で耽美で多彩な世界」が展開されることを期待しています。頑張って下さいね!


 園主さま
 『LIBRA』の迷宮化が着々と進んでいますね(笑)。「地下の拷問部屋」もホントに出来ちゃったし、今後、どんな部屋が建て増しされるのか、とっても楽しみです!

 それにしても、楽古堂主人さまが「アレクセイの星座」の「巨星」なら、影姫青夜さまはさしずめ「妖星」といったところ。では、園主さまはと言うと、遊び歩くから「遊星」という感じもしますが、でも、やっぱり「黒孔庵」の「黒」のイメージと「不在の中心」というイメージをかさねて「暗黒星」というのはどうでしょうか? 「遊星」は可愛い感じがするので、このように、ちょこちょこ動いているボクがいただきます(笑)。で、ナイルズはと言うと、一瞬現われてすぐ消えちゃう「流星」・・・だって言ったら怒るかな?(^-^;) でも、あいつの場合、燃え尽きずに帰ってくるところが、良いところなんですよね。ホントはナイルズが「遊星」のイメージなのかも知れません。でも、そうとなると・・・ボクの立場は、どうなるんだろ?




それでは、みなさん、また今度(はーと)。


「万華鏡」開設です。 投稿者:影姫青夜  投稿日: 7月14日(土)06時13分32秒

皆様、以前から予告していたとうりサイト内サイト「影姫青夜の万華鏡」
が開設しました。これからはエッセイだけではなく、どんどんいろんなも
のを増やしていきますので、ご期待ください。サイト開設にご協力くださ
った園主さまにはこころより感謝いたします。ではみなさん、ごゆるりと
ご閲覧ください。


「随筆・山化粧」をアップ。 投稿者:園主  投稿日: 7月14日(土)01時33分21秒

みなさま、昨日 楽古堂主人さまがご投稿くださいました随筆・山化粧」を、すでに天酒房 楽古堂「楽古堂掌編集」の方へ収めさせていただきました。まだ、お読みでない方は、ぜひこちらをご利用下さいまし。





 楽古堂主人さま
>女性には村の人たちの信仰は、もしかすると少し気に障る部分があるかもしれませんが、これは本当は自然への尊敬の念のこもった、デリケートな話なのです。

フェミニズムの問題が絡んできますと、どうにも冷静でおられない方がいらっしゃるようでございますね。いったい「女性」が虐げられる以前の「女性」性とも呼ぶべき「大地母神」的なものを、フェミニズムの闘士はどのように考えておられるのでございましょうか? 『原始、女性は太陽であった』と書いたフェミニズム運動の先駆者は、「大地母神」的なものを肯定したのでございますよねえ? 私も、そういう意味での「女性」性まで拒絶する必要はないと思うのですが、いかがなものでございましょう?

ともあれ「男にはわからない」式の議論拒絶の態度で、一方的に意見を吹き捲くるようなことだけは謹んでいただきたいものでございます。無論、そういう方ばかりではないのでございましょうが、あれでは憎しみを買うばかりのように存じます。

偏見は短時間で解けるものではないとの覚悟が、フェミニストには必要でございましょう。本物の「変革」は短時間で為せるものではないとの覚悟が、革命家には必要なのだと、私はそう思うのでございます。


 影姫青夜さま
>私は『三丁目が戦争です』復刻本を「買うべきか買わざるべきか」おおいに悩んでおります。欲しい・・・しかし価値がなかったら・・・?と今日も悶々と悩んでおります。

復刻本に価値が出るか否かは、いわば博打でございましょう。ですから大切なのは、貴方さまが個人的に筒井康隆や永井豪が好きかどうか。その絵本が、本として良く出来ているか否かでございましょう。

私も復刻本といえば、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』や夢野久作の『ドグラ・マグラ』『白髪小僧』などを所蔵しております。これらの復刻本は、値が定価以上になりそうな気配はまったくなく、たまに古書目録
で見かけると、たいがいは定価以下でございます。それでも私はこれらの作品が好きでございますし、初版本はとても買える値段ではございませんので、古書価が上がらなくても気にはなりません。

所蔵している本の値が上がれば、誰しも悪い気はいたしません。ですが、愛着のない本が上がっても、どこか味気のないものでございます。「こんなものが上がるんだったら、私の好きなあの本が上がらないのは変だ」というのが、むしろ正しい感覚なのではございませんでしょうか?

ちなみに私は、個人的愛着だけで、古書価の上がらない本を何冊も買ったりしております。我ながら、愛おしいまでの「愚かさ」でございます(笑)。


 ホランド
おまえが思っている以上に、持ててるかも知れないぞ、私は(巨星ならぬ 虚勢……)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

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復刻本『三丁目が戦争です』の価値 投稿者:影姫青夜  投稿日: 7月14日(土)00時21分28秒

 皆様こんばんわ。ようやく旅の疲れも癒えて参りましたので、リハビリも
兼ねて一文書かせていただきます。さて私は東京の某古本屋のオヤジから驚
くべき情報を聞きました。今夜はその話をさせていただきます。
 筒井康隆が初期に絵本を書いていたことはよく知られています。『かいじ
ゅうゴミィ』など皆様も一度はお耳にはさんだことのある絵本ではないでし
ょうか?また盛光社社版『時をかける少女』などは映画化されたこともあり、
以前からマニアの間で高値を呼んでおりました。
 しかしそれらを軽く上回るほど高い筒井絵本が最近出現したようなのです。
それは筒井康隆、文・永井豪、絵の『三丁目が戦争です』という絵本です。
この本、函入りで15〜20万、函帯でなんと二十万円以上(!!)が相場
というから驚きです。これは明治・大正文学初版本の話ではありません。つ
い20〜30年前の一絵本のお話なのです。信じられますか?皆さん。
 しかし今回の古本屋のオヤジの話はさらにショキングなものでした。なん
と『三丁目が戦争です』の復刻本がもう出ているというのです。私はさっそ
く資料を駆使してその話の真偽をつきとめました。実はこの本、単独の復刻
本として出版されたのではなく、双葉社からでた「ダイナミックBOX」という
永井豪関連の玩具セットの付録として付いているらしいのです。ちなみに「ダ
イナミックBOX」の価格は16000円です。
 復刻本の価値の無さはマニアが最もよく知るところです。ほるぷの「名著
復刻全集」などは新古書店で100円で投売りされています。しかし、漫画
や絵本の復刻本はそういうわけでもないようです。一例として阪本牙城『タ
ンク・タンクロー』(昭和10年刊)の初版の相場が30万円前後として、
戦後でた復刻本の相場は1万5千円とそれほど「ゴミ」扱いされているわけ
ではありません。これはおそらく文学書復刻の目的が「飾っておく」ことに
あるのに対して、漫画復刻は「とにかく読みたい」という欲求からきている
からと存じます。飾っておくだけなら初版のほうがいいに決まってます。し
かし、そこに「読みたい」という欲求がマニアの心に生まれる時、ことは複
雑になるというわけです。
 ともわれ私は『三丁目が戦争です』復刻本を「買うべきか買わざるべきか」
おおいに悩んでおります。欲しい・・・しかし価値がなかったら・・・?と
今日も悶々と悩んでおります。


新星、輝く! 投稿者:ホランド  投稿日: 7月13日(金)23時24分31秒

 みなさん、こんばんは! サーバートラブルがあったんですか? 書き込みをしなかったので気がつきませんでした・・・(^-^;)。
 でも、大事に到らなくて良かったですね。前みたいにデータが飛んじゃったら困りますもん。あっ、そうそう。みなさん、書き込みは出来るだけバックアップを取っておいて下さいね。園主さまは十日にいちどログを「バックログ」に収めておられるので壊滅的被害を被ることはありませんが、最新のいくつかの書き込みが消えてしまう怖れはありますので。ご協力のほど、お願いいたします!





 翠ぼしさま
 はじめまして!
 ボクは、当サイト『LIBRA アレクセイの星座』の助手を勤めます、ホランドと申します(このハンドルは、竹本健治さんの『匣の中の失楽』の登場人物に由来します。まだ、お読みじゃなかったら、ぜひ読んで下さい。大推薦作です)。

 園主さまとは、どこで知り合われたんですか?
『七夕の夜も、ずーっと見ていてくださいましたね。』って???

 いま7月7日の園主さまの書き込みをチェックしましたら、日付けがかわる直前に『やはり今年の七夕も、残念ながら星空を見ることができませんでしたね。』と書かれておられました。
 星は見えなかったはずなのに、翠ぼしさんだけは『ずーっと見て』いたんでしょうか、園主さまは?
 ・・・ちょっと、気になるなあー(笑)。

>早く、上手に輝けるようになって、
>「うわー、きれい!」
>「あ、一番星みつけた!」って、言ってほしいなあ。

 『LIBRA』には、個性的な星が輝いていますよ。よろしければ翠ぼしさまも『LIBRA』を描く、たいせつな星のひとつとなって下さいね。よろしくお願いいたします。


 楽古堂主人さま
『LIBRA』の巨星 楽古堂主人さま、いつも素敵な原稿を、ありがとうございます。

 独りで山へ行かれたりしておられたんですね。すごいなあー。ボクは都会育ちだから・・・ということでもないのでしょうが、独りで山に行って、独りで一泊してくるなんて、怖くてとても出来そうにありません(^-^;)。

 お話も何だか(読んだことはないですが)柳田国男の『山の人生』(でしたっけ?)みたいな感じで、大昔のお話みたいな感じを受けました。そういう民俗社会(と言うんでしょうか?)って、まだ日本でも生きているんですね。
 マタギのおじいさんからは、どんなお話をうかがったんでしょうか? 機会があれば、またお聞かせ下さいね。


 園主さま
 『不在の中心』ならぬ「よく出歩く(星座の)中心」である園主さま。でも、だてに出歩いているわけでもなさそうですね。新しいお客さま(間もなく「仲間」?)が来て下さるのは、とってもうれしいですし、助手としても張り合いがありますよ。そういうことなら、もっと出歩いて、新しいお友だちを連れ帰ってくださいね(笑)。

>ひとまず『Ryu's Milk Bar』専用の「MENU」ページを作った。要チェック!

 可愛くっていいですね、このMENUページ! じつは、トップページからいきなり「ご挨拶」のページに行く流れには、ちょっと無理があるように感じていたんです。挨拶って、あまり無理矢理聞かされたくないものですし、園主さまの挨拶って、文体は違っても、内容はけっこう重いものがありますからね(笑)。
 MENUページが入ることでワンクッションおけますし、挨拶を選ぶか否かは自由になるんで、この方が良かったと思います。
 次は「作品解題」ですね。頑張って下さい!

>だけど問題は、……私に「H」方面の才能が無いことだ。真面目人間も困ったものだよなあ。う〜む(-_-;)。

 たしかに園主さまは「H」ではないんですよね。・・・おお真面目な「変態」ではあるんですが(笑)。





 それでは、みなさん、おやすみなさい(はーと)。


随筆・山化粧(下) 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月13日(金)21時13分38秒


 ふっと目が開いた。時計を見ると十時を過ぎたばかりだった。ぼくとしては珍しいことだった。普段は、朝が来るまでは何があろうと、目を覚まさないのだ。空気が冷たかった。くしゃみが出た。そして、音がしていた。ざーっ。ざーっ。海の波が、寄せては返すような音だった。風が木々の枝葉を揺らして吹きすぎているのだろうか。それにしては、妙だった。テントから外に出てみた。夜はしんと静まり返っていた。風はいっさいなかった。冷たい空気が、きんと張り詰めていた。耳を澄ますと、谷側のせせらぎがはっきりと聞こえてくる。それに、波のような音が絶え間なく、寄せては返し、返しては寄せていた。

 何なのか分からなかった。おじちゃんから聞いた山津波の話が、生々しく甦って来た。それの前兆なのだろうか。山奥は、いろいろな音がしている。にぎやかな世界だった。夜に活動する動物は多い。しかし、こんな音は初めてだった。正体が分からないのは不気味だった。

 そのまま、しばらく外にいた。降るような星空だった。ひとつ一つの星の光に、手を触れることができそうだった。上空では、風が強いのだろう。光は絶えず瞬いていた。「銀のしずくふるふる星に」という、アイヌの古い神謡の文句が唇に浮かんでいた。
 また、くしゃみをした。空気が冷えきっている。スキットルからスコッチを数口分飲んだ。活動する生きものの気配がない。何か異常を感じて、山のこの地帯から逃げたのだろうか。移動した方が良いと、本能が呟いていた。ぼくは、小心者なのでこの声に従うことにした。テントを畳んで、荷物をまとめた。なぞの波音を周囲に聞きながら、懐中電灯の明かりを便りに、村までの道を急ぎ足に下り始めた。

 半分ぐらい下りた。獣道を出て本道に出た。上のほうから、自動車のライトの明かりが下ってきた。ぼくの手前で、軽トラックがクラクションを鳴らして止まった。おじちゃんが運転席から顔を出して、ぼくの名前を呼んだ。寒いので、様子を見にきてくれたのだという。キャンプの場所にいないので、仕方なく下りてきたのだと言った。
 ぼくは、歯をがちがちと鳴らしながら、かろうじてこの音は何かという質問を、このあたりの山のことなら何でもしっている、物知りのおじちゃんに尋ねた。最初は何を言われているのか、分からなかったらしい。エンジンを止めてもらい、二人で耳を澄ましていた。

 おじちゃんにも、その音が聞こえた。おじちゃんは、それを「やまげしょう」だと言った。寒くて全山の葉が一斉に紅葉する時に、山が立てる音だという。寒いから、早く車に乗れと怒ったような声でせかされた。妙に緊張していた。早く家に帰りたくて、仕方がないという風だった。「げしょう」は、白粉を付けるときのことだというから「化粧」だろう。「山化粧」なのだ。
 ぼくは、音の正体と名称を知って満足した。荷台にテントを放りこむと、軽トラックの助手席に乗り込んだ。

 その夜の気温は、昼の十五度程度から、なんと零下五度まで急降下していた。簡易寝袋では、眠っている内に凍死していたかもしれない。ぼくは、おじちゃんとおばちゃんに感謝した。
 宿の混浴の温泉で、冷えきった肌を暖めていた。最初は一人だったが、途中からたいへんな騒ぎになってしまった。宴会場から、黄色いカラオケの歌声が聞こえていた。今夜は地元の庚辛様で、農協の婦人部が集会をしていたのだという。その流れで、十人程の老若さまざまな女性の方々が、湯に入りに来てしまったのだ。みんな日夜、農業の苛酷な労働で体を鍛えていらっしゃるので、健康でたくましい体躯をしていた。
 出るに出られなくなってしまった。笑顔のおばちゃんが、人数分の酒と肴を木桶に入れて、湯に浮かべてくれた。風呂場での二次会は、物凄い盛り上がりになっていった。村で最高齢の九十一歳で現役の百姓だという、おばあちゃんの背中も流してあげた。途中からおじちゃんとおばちゃんも、加勢に来てくれた。それでも酒の肴にされて、徹底的にからかわれてしまった。

 しかし、思わぬ収穫もあった。おじちゃんよりも、もっと生々しい話を耳にした。この村の山の神は、女性である。ぼくが聞いたのは、女神様が今年初めて流される血に、山が染められる時の音だという。明日は、全山紅葉しているはずだ、と彼女たちはこの時だけは厳粛な表情で、断言した。

 本当にそうだった。次の朝、二日酔いの重い頭を振りながら、仰いだ宿の窓の外には、真紅に染まった美しい山があった。




  2001年7月13日(金) 

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


随筆・山化粧(上) 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月13日(金)21時11分41秒


      随筆・山化粧(やまげしょう)



                       楽古堂主人・大内史夫


 二十代の前半まで春から秋には、山に数回登ることが習慣になっていた。一人になるためである。苛酷な冬山への単独登山は、体力的にも装備にかけられる金銭的にも、自分には無理だと諦めていた。それでも後から考えてみると、恐ろしい結果 になっていたのかもしれない体験もあった。

 十月中旬の土曜日のことだった。ぼくは一人用のテントを担いで、H県のK駅から始発のバスに乗っていた。山の紅葉を見るのが、今回の目的だった。数年前から秋の紅葉を見に、訪れる土地があった。偶然、友人と車で通 りかかり、その豪奢な色彩にうたれたのが始まりだった。まったく無名で、観光地でないところが気に入っていた。

 平坦な田畑の中を走っていた道は、すぐに急峻な山道になる。木々は、ところどころが、赤や黄にちらほらと染まりかけている。茶色の枝と黄緑の葉の間に、目に染みるように青い流れがのぞける。乗客はぼくの他には、中年の男一人だけだった。
 山中の静かな村で下りた。
 時刻表の時間を、手帳にメモして置く。二、三時間に一台しかない。一回乗り過ごすとひどいめにあう。バスは男を乗せて走り去っていった。

 村に一軒だけある旅館兼乾物屋で、一泊分の食料を買うつもりだった。おばちゃんは、ぼくの顔を覚えていてくれた。
「今年は、紅葉には、まだ二、三日はやかったねえ。今夜あたり、冷えると思うけどねえ」
 薄曇りの空を見上げて、寒そうに襟元を合わせている。おじちゃんが取って来たという、豪壮な舞茸を買った。ラーメンの具に入れるつもりである。
 熱いお茶を、ご馳走してくれた。手土産に、真空パックで日持ちのするシューマイを、上野駅で買ってきた。そのお礼にと、おばちゃんは、山菜の漬物を、どっさりと分けてくれた。水筒に、冷たくておいしい井戸水をいっぱいに満たしてくれた。
 テントを張るには良い場所を再度、確認した。九月の台風で、山道が一ヶ所土砂崩れをしている。〇〇沢よりも先には、行けないよと教えてくれた。地元での情報収集はかかせない。林道が二股に別 れる、沢の向こうの空き地で、キャンプするつもりだと言った。工事用の大型車両の、方向転換のために作られた場所だった。こう言っておくのも、保険のつもりである。何ごとかが起こった時の用心だった。
「寒かったら、下りておいで」
 おばちゃんは、村で一軒だけの鉱泉宿も経営している。どうせ、泊り客などいないから、いつでも泊まれるからね。安くしといてあげるよ。大きな口を開けて笑っていた。奥に豪華な金歯が拝めた。この村では分限者の家なのだ。

 なだらかな本道を登る。小一時間も登ったろうか。振り返ると、小さな村を一望に見下ろせる高さになっていた。
 地元の人しか知らない、細い脇道に下りていく。獣の踏み分け道のような、わずかな地面 に注意しながら先に進んでいく。コンクリートで、そこだけは舗装されている橋を渡る。足の下、五メートルのあたりで、青い水が白い波飛沫をあげながら岩を噛んでいる。水流が豊かで流れが早い。これも、大型台風の残した水なのだろう。数年前の鉄砲水で「粉砕」された(おじちゃんの談)、橋をかけなおしたのである。この先で林道は二股に別 れている。
 そこを通り過ぎた先の、空き地の隅にテントを貼った。本道を別れてからここまで、さらに一時間の行程である。

 このあたりは、楓ともみじが多い。紅葉がきれいなのだが。今年は残念だった。月曜からの仕事の都合で、明日は東京に帰らなければならない。山の向こうから張り出した、天蓋のような高層雲が茜色に美しく染まっている。筋雲が金色の糸を引いている。空の紅葉だった。都会では拝めない大きな空だった。大きなくしゃみが出た。空気がぐんぐんと冷え込んで来ていた。

 ぼくは、携帯用のガスコンロで、お湯を湧かした。パーコレーターで、苦くて熱いコーヒーを入れた。水が良いので旨かった。チキン・ラーメンも、茸入りの特製だった。スープに濃厚な旨味が出ていた。山菜を肴に、豪華な晩餐になった。銀製のスキットル・ボトルから、寝酒のスコッチを飲んだ。
 山に来た時の習慣で、暗くなるとすぐにテントに入る。寝袋に包まった。おばちゃんの宿の、混浴だが大きな桧の風呂が恋しかった。





( 以下は「随筆・山化粧(下)」につづく)


園主様へ。 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月13日(金)21時06分50秒


・ [暗い夜空に輝く星]という話との関係で、現実に見た星空の想い出話をします。

・ 最近、信州でマタギをしている老人と話をする機会がありました。
・ 八十三歳で現役であります
・ すごい眼光の方でした。
・ そこで、二十年ぶりに「山化粧」のことを思い出しました。
・ ほとんど同じような情況に、老人が入り込んだ話でした。
・ 随筆の形式で書かせていただきます。
・ 物語ではなくて、実話です。
・ 女性には村の人たちの信仰は、もしかすると少し気に障る部分があるかもしれませんが、これは本当は自然への尊敬の念のこもった、デリケートな話なのです。
・ 原始の自然崇拝の感情に近い、敬虔なものでしょう。
・ 夜の避暑のために、少し我慢して付合って見てください。
・ 涼しい話です。


http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


暗い夜空に輝く星に。 投稿者:園主  投稿日: 7月13日(金)17時13分44秒

みなさま、11日深夜から翌12日正午前にかけてのサーバトラブルでは、ご迷惑とご心配をおかけいたしました。大過無く復旧いたしましたので、どうぞご安心下さい。

さて私、一昨日は(?)いつもの仲間たち(仮称・グループK)と一杯やってまいりました(ちなみに、昨日は仕事)。それにいたしましても、お酒をいただきながら、その場にいない友人のうわさ話を、無いこと無いこと話すのは、本当に面 白うございますなあ。ひとの話を「どこまでホンマやねん?」と思いながらも、こちらも負けずに「それらしい話」をするのでございます。これには日頃の人間観察と、創造性が必要となり、たいへん知的でクリエイティブな暇つぶしなのではないかと、皆、その高尚性に満足しているのでございます(笑?)。


 翠ぼしさま
ようこそお出で下さいました。心より歓迎いたします。

夜空に輝く『でっかい明星となるために』というのは(若い方にはご存じないかも知れませんが)、『巨人の星』でございます(笑)。まあ、それは冗談といたしまして、それにしても最近は「希望の星」という言葉すら、あまり耳にしなくなったように思うのですが、いかがなものでございましょう? 思うにこれは、日本が豊かな国になったので、他人に希望を託す必要など無くなり、ただ希望とは自分が自分に対して持つものになってしまったからなのではございませんでしょうか。無論、これはたいへん結構なことなのでございますが、しかしそれでも私は、この世の中には目立たないところで「希望の星」を欲している人々が大勢いると思うのでございます。そして私は、自分の希望の実現にむけて努力するのは大いに大切だと思いますものの、さらにそれが他人の希望ともなれるのならば、とても素晴らしいことなのではないかと思うのでございます。

私、先日の書き込みのタイトルを「彼方の星空」といたしました。これは考えてみると、ちょっと変わった表現なのでございます。つまりふつうであれば「星空の彼方」というのですが、私のはそうではないのでございます。この時はあまりよく考えずに、ただ直観的につけたのでございますが、これを今、自己分析してみますと「私のみたい満天の星空は、ここには無く、彼方にある」という意識のもとに書かれたのではないかと思うのでございます。では、私がいま見上げている夜空とは、いったいどういうものなのか? それはたぶん中途半端に明るく、そのために星の乏しい「暗い夜空」なのではないかと存じます。

私のような凡庸な人間は、決して星飛馬のような『でっかい星』「メジャーな星」になることは適いませんでしょう。けれども、そういう『でっかい星』「メジャーな星」には「希望」を託せない少数者、暗い夜空を見上げて絶望的になりかけている、ある種の人たちにとっては、私はささやかながらも「希望の星」になれるのではないかという自負がございます。誰もが夜空の特等席で「でっかく輝く星」になろうとするなかで、私は多くの人が見向きもしないような「暗い方向」で輝く星になりたいと思うのでございます。「あの星があるかぎり、私は独りではない」とささやかな励ましとなる星になりたいのでございます。たとえ私自身がささやかな星であろうと、周囲が暗ければ暗いほど、私の輝きは人の目にあざやかに映ることでございましょう。「満天の星空」が彼方にしかないのならば、私はせめて「暗い夜空に輝く、ささやかな希望の星」となりたいのでございます。

と……「孤高の戦士」風に決めてみました(笑)。

ともあれ、気楽に末永く、おつき合い下さいまし。
またのお出でをお待ちいたしております。


 ホランド
>たしかにRyu's Milk Barが弱いって感じはありました。ボクもできるだけ強力しますので、みなさんが「カワイイ!」って言って下さるような、素敵なサイトにしましょうね!

まあ、見とけって。星崎さんのページらしく、『キュートでHな』サイトを作るからな!
だけど問題は、……私に「H」方面の才能が無いことだ。真面目人間も困ったものだよなあ。う〜む(-_-;)。

ひとまず『Ryu's Milk Bar』専用の「MENU」ページを作った。要チェック!




それでは、みなさま、これにて失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


園主さま! 投稿者:翠ぼし  投稿日: 7月12日(木)15時40分31秒

やっぱり、来てしまいました。
なかなか、辿り着けなくて、落ちてくる時、また何かしちゃったかしらって。

でも、ちょっとだけ。
輝きの練習をしなければいけないの。

だって、暗くなると、夜空に融けてしまって、私のこと見つけてくれるのは、園主さまくらいしかいないんですもの。

七夕の夜も、ずーっと見ていてくださいましたね。

早く、上手に輝けるようになって、
「うわー、きれい!」
「あ、一番星みつけた!」って、言ってほしいなあ。


掲示板のサーバトラブルについて 投稿者:園主  投稿日: 7月12日(木)11時53分38秒

昨夜午前0時頃から、サーバトラブルのため、書き込みが出来なくなっておりました。
この書き込みが掲示板に記録されれば、復旧したものと思われます。



マイペース(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月11日(水)10時46分12秒

 影姫青夜さま
 3日で100軒、1日平均30軒強。ホントにすごいですね!

 東京の古本屋さんのことはよく知りませんが、だいたい開店はお昼からで、夜は9時くらいまででしょ? つまり1日フルに回っても9時間。食事や休憩を一切取らなくても、移動時間を考慮すれば、1時間当たり4軒ペースは崩せない。つまり1軒あたり約15分しかかけられない。毎日行ってるような店なら15分もあれば充分でしょうが、めったに行かない店だと、たとえ小さな店でも「どこかに面 白い本が転がっているかも」って思うから、15分なんてあっと言う間なんですよね。まして神田あたりの立派な古本屋さんだったら、ひととおりチェックするだけでも、1時間くらいはすぐに経ってしまうと思います。

 だから・・・その3日間の影姫さまって、きっと目を血走らせて、半分駆け足状態で古本屋さんを回られていたのではないですか? 側には寄れないような、すごいオーラを放っておられたんではないでしょうか?(笑)

 でも、ますます『影姫青夜の万華鏡』の開設が楽しみになってまいりました。ボクが聞いたこともないような珍本・稀購書の話を、またお聞かせくださいね。期待しています!


 園主さま
 ここのところ、すごく頑張って下さってて、とてもうれしいです。
 たしかに『Ryu's Milk Bar』が弱いって感じはありました。ボクもできるだけ強力しますので、みなさんが「カワイイ!」って言って下さるような、素敵なサイトにしましょうね!





 ではでは、みなさん、また今度(はーと)。


マイペース(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 7月11日(水)10時44分20秒

 みなさん、こんにちは! 園主さまとも話してて、最近よく思うのは、みんなけっこうネットに対する熱が冷めてきてるんじゃないか、ということです。もちろんこれは、ボクらの周囲、つまり「エンターティンメントを中心にした読書家で、ネットをやっている人たち」に限定した話です。ボク自身、去年あたりまでは、掲示板1枚だけだった「アレクセイの花園」でさえ、あれだけ反響があったり事件があったりしたんですから、「ネットって、良くも悪くも凄いんだ」という感じがしていました。三枝さんとか有名なネットバトラーの人がいたり、均一蝋さんみたいにユニークな人がいたり、プロの作家と読者が掲示板上で交流したりして、そういう環境のなかから「新しい何か」が生み出されてくるんじゃないかっていう「漠たる期待」のようなものがあったと思うんですよ。

 ところが最近は、三枝さんの噂もぜんぜん聞かないし、均一蝋さんもなんだか大人しくしているし、プロとアマチュアの交流というのも当たり前の光景になってちゃって、そこから何かがって感じでは全くないし、ネットで小説などを売っている「e-NOVEL」もほとんど話題にならないし、事実ビジネスとしては成り立っていないような話ですね。こうしたいろんな要素が重なって、結局は「まあこんなものなのかなあー」という感じを、ボクはいつの間にか持つようになってたんです。しかもそれはボクだけじゃなくて、園主さまもそうだし、ナイルズもそうなんです。ナイルズが以前にくらべてあまり姿を見せない理由のひとつは、ネットサーフィンをしなくなったってことなんですね。パソコンの前に座る時間が、絶対的に短くなった。ちょっとネットも飽きたなあーという感じがあるんだど思います。

 ネットへの期待というのは、不特定多数の人に見てもらえるという条件に依拠するところが大きかったと思うんです。でも、ネット人口が増え、ホームページがどんどん増えていくと、逆に「個人で見ることのできる範囲」が限定されてしまい、何でも覗いてみるなんてことは出来なくなってきてるんだろうと思います。そうなると、結局は傾向の似た人ばかりで固まってしまって、可能性をひらくような「新しい出会い」が少なくなってしまう、ということなんじゃないでしょうか。また、そうしたことから、ボクの周囲なんかでも、なんとなく「マンネリ」の空気が漂っているんじゃないかと思います。もう何も新しいことは起こらないんじゃないか・・・というような。

 ボクや園主さまは、もともと知り合いにしか読んでもらえないような印刷媒体の同人誌に長い間かかわってきましたから、反応の無さにはかなり堪えられるんですよね。とにかく地道に良いものを作って発表していこう、結果 をすぐに求めちゃいけない、というような感じで頑張れるんです。それに印刷同人誌は面 倒だからというので、ほとんど編集にかかわらなかった園主さまも「ホームページは楽だし、カラーが使えてきれいだし、金もかからなくていい」って言っていますから、ボクたちが『LIBRA』に飽きて、ここを放り出すということはないと思います。なにしろ園主さまの「しつこさ」「あきらめの悪さ」は超一流(?)だし、園主さまが続ける以上、ボクも何だかんだ言いながら、この腐れ縁をいまさら断ち切ることは出来ませんからね(笑)。





( 以下は「マイペース(下)」につづく)


『Ryu's Milk Bar』の充実を目指す。 投稿者:園主  投稿日: 7月11日(水)00時56分05秒

みなさま、本日はひさしぶりにRyu's Milk Barに手をいれておりました。いちばん最初に開設した「サイト内サイト」でございますために、今となっては技術的に不満の残る部分があちこちにございました。トップページなどは、最終的には完全に作りなおさなくてはならないのでございますが、本日はひとまず、『LIBRA』とのリンクを設置するなどのマイナーチェンジに止め、ほかのページにも多少手を加えることにいたしました。

長い間、不十分な状態で放置したままにしており、星崎龍さまにはたいへん申し訳なく、早く何とかしなければと、ずっと気になっていたのでございます。そんな折りも折り、今度は星崎さまの方が、商業誌での活動をほとんど停止されてしまい、新作を拝読することが困難となって、現在この『Ryu's Milk Bar』は今後の見通しが立ちにくい、たいへん難しい局面に立たされております。ですが、こうなったら逆に燃えてくるのが、私でございます。とにかく、今できることを最大限にやって、なんとか愛着あるこの『Ryu's Milk Bar』を人に恥じない立派なサイトに育て上げたい。これから、しばらくは『Ryu's Milk Bar』の充実を目指して頑張っていきたい、と考えている今日この頃なのでございます。

みなさま、どうぞ『Ryu's Milk Bar』を温かくお見守りくださいまし。



それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm



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