●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年1月下
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可愛くはないけど、カワイイ方? 投稿者:ブギーポップ・モコナ  投稿日: 1月31日(金)16時14分20秒

わたしの悪い癖の一つに、深く考えもせずに直感的に語ってしまうという欠点があります。その反面 、直感的であるがゆえに、偽らざる本音も垣間見られるわけですけども……。
●麻耶雄嵩さんの『鴉』と『木製の王子』の読後感、【聖なるものと俗なるもの】に関しては、次のような意味合いで書きました。いわゆる本格ミステリの名探偵物では、探偵役と犯人役が互いに好敵手と認識されるくらい、聖なるもの(虚構的な特権階級的存在)同士でなければ、本格ミステリとして成立しません(高く評価されません)。その代表が、笠井さんの矢吹駆シリーズですね。犯人役が俗なるもの(日常的な一般 市民)である場合、わざわざ名探偵が登場して解決するほどの犯罪が行なわれることは普通 あり得ません。例外は、ベクトルが聖なるものと逆方向に働いた、狂気の(非日常的な狂人の論理による)犯罪だけでしょう。この二作品では、探偵役が俗なるもので、犯人役が聖なるものであるように、わたしには受け取れました。ゆえに、本格ミステリとして釈然とせず、聖なる犯人側の記述はそれなりに楽しめ(評価でき)、俗なる探偵側の推理や記述が退屈でつまらないように感じられたのです。
●『網状言論F改』は、大部分が講演と鼎談の文章のため、全体的に薄味というか、論旨が漠然すぎるように感じられました。第三部の二人の批評は、それなりにまとめられていましたけど……。読了後に、東さんのサイトに初めて寄り、本書のきっかけとなったウェブ版の討議「網状言論」を読むことで、ようやく納得できました。ウェブ版が問題提起編で、本書はその討議を補足、総括した続編みたいなものだったのですね。ウェブ版の方が濃い味というか、読み応えがありました。
わたし的に気になったのは、小谷真理さんの『少女革命ウテナ』に関する指摘でした。トラウマのない(戦う明確な理由のない)【戦闘美少女】のウテナと、トラウマがある(戦う内的理由と、具体的な因果 が存在する)【超少女】のアンシーという二つの分類。そして、アンシーがウテナを剣で刺し、ウテナが消えてしまうといった、TV版のラストについての解読。
ホントに『少女革命ウテナ』って、深読み可能な奥の深いアニメ作品です。夕食の団らん時の放送だったにもかかわらず、ウテナの初○○シーンはあるわ、レ○あり、ホ○あり(第二部は、完璧にやおい編だし)、近親○○あり(問題の男は、実の妹はもちろん、婚約者の母親にも手を出すわ、男も食べ放題!)と、「網状言論」と『網状言論F改』で抜け落ちていた女性側のセクシュアリティを論議するには、最適な材料なんだけどなあ……。アニメイトの情報誌の最新号では、50年後に残したいアニメ作品として取り上げられていて、20歳女子のコメントで【残酷さとアホらしさと耽美さをミックスしたすごいアニメ】と評されてました。言い得て妙ですね!
★§@_@§★


暁に吠える電気釜(1) 投稿者:テクネチウム  投稿日: 1月31日(金)09時30分01秒

☆園主さま

>また『今度使わせていただきます。』というのも謎。……これは「今度利用させて(食べに行かせて)もらいます」という意味なのか、それとも「『ラーメンウォーズ』の舞台として、使わせていただきます」という意味なのでございましょうか???

どちらでもありません。なぞなぞのネタです。

「ドイツでは、国民がみんな食べてる有名なラ−メンがあるんだって」
「知ってるかい?」
「う−ん、わかんない−。な−に」
「フォルクスラ−メン」
 バコン!(殴る音)

そう言えば、思い出しました。私の投稿書評は「産経新聞」に出した物でした。
園主様は、十年来の愛読者だったのですか。
因みに、投稿したのはこの1件だけでした。

 さて、私今年に入ってADSLを導入したばかりの初心者です。
マナ−等について、可笑しいことがありましたら、
(さりげなく)教えてください。

 窓の外の電線に雀が4羽仲良く止まって日向ぼっこをしています。
雀は裸足で、冷たくないのかなあ。
同じ雀を見ても 「可愛い」と思う方もいれば
「旨そう」と見る猫がいて、「うるさい」と腹たてる受験生がいます。
自分はどの人種かなと鑑みる間に、
彼らは飛び立っていきました。


娘がねじれる時(7) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時25分21秒


 アーニャ
アーニャを家族に迎えるまでは、あまりネコには興味がなく「イヌ派」だった私も、最近はネコに関することが目につくようになってきた。最近『猫に時間の流れる』とか『猫に関する恐怖小説』なんかを読んだのも、そうした心境の変化の現れだ。で、

> アリョーシャ〜、ホランドく〜ん、私、お昼頃に、この辺じゃ見慣れぬ猫(アメリカン・ショートヘア種?)にご挨拶しようとしたら、いきなり襲いかかられちゃったのよ〜(泣)。

このあいだ、新聞に挟まっていたペットショップのチラシを見ていて、「これは可愛いな」と思ったのが「アビシニアン」と、件の「アメリカン・ショートヘヤ」という種類のネコだった。まあ、広告用だから特に可愛い子猫をモデルに使っているのかも知れないが、アーニャの災厄の話を聞いて「あんな可愛いネコが!?」と思ってしまったよ(笑)。……でも、やっぱり一番可愛いのは、うちのネコだけどな(笑)。

それにうちのネコは「可愛い」だけではなくて、人語もあやつれば、文学愛好家でもあり、

> 「花園」の備忘録、と呼んで頂こうかしら?フフフ♪

と記憶力まで良いときてる。さらには、

> 私、あっさり味が好みなので、こってりしてない和風ラーメンって、あるかしら?

とラーメンも食し、猫舌も克服しているらしい様子。まさに「端倪すべからざるネコ」と言うべきであろう。
これで戦闘能力を身につければ、世界征服も夢ではないかも知れないなあー(笑)。

ところで、私はアーニャの声に、声優の白石冬美さんのイメージを持ってるんだ。
白石さんと言えば、古いところでは藤子不二夫原作の『怪物くん』の声や、Keenさまが好きそうなところでは魔夜峰央原作の『パタリロ!』の声など、「元気な男の子」の声を得意とした(変わったところでは、『機動戦士ガンダム』でミライ・ヤシマという女性役をやった)声優さんで、『花の子ルンルン』という魔女っ子アニメでは「キャトー」という「オスの子猫(少年ネコ?)」の声もやっている。「少女ネコ」の役はやってないはずなんだけど、話し方が何となく白石冬美さんをイメージさせるんだよなあー、アーニャは。


 ホランド
> お借りしている神野さまの差し上げる分のブラッドベリ、まもなく読み終わりますので、もうすこし待って下さいね。

神野さんに差し上げる分は確保できたので、それはおまえにあげるよ。ゆっくりと楽しんでくれ。私も近いうちに、未読のを読もうと思う。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


娘がねじれる時(6) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時24分35秒


 AOIさま
> 耳で聞いていてとんでもない勘違い。みなさん、ありません?

もちろんございますが、すぐには思い出せません(笑)。

漢字が読めない子供の頃には、アニメの主題歌を番組で直接聞いて憶えました。漢字の入った歌詞のテロップなど小さな子供には関係ございませんし、ひらがなばかりでは意味がわからない場合も少なくございませんからね(笑)。ですから、後年になって「ああ、ここはそういう言葉だったのか」という経験が何度もございましたよ。
ホランドくんが例示していたアニメ『巨人の星』の主題歌の「思い込んだら→重いコンダラ」は、もっとも普遍的でもあれば象徴的でもあり、後に有名になった代表的事例でございましょう。
同じく、最近『飛雄馬&ジョー』で話題になった『あしたのジョー』のアニメ版主題歌の歌詞もそうでございましょう。『憎いあんちくしょうの顔めがけ』という歌詞の「あんちくしょう」は、多く子供には「固有名詞」だと理解されていたことでございましょう。昔の子供は、腹が立った時に使う言葉として「こんちくしょう」は知っておりましたが、これが「この、畜生」だとは理解しておりません。ですから日頃使わない「あんちくしょう」は「似てるなあー」と思いつつも、『憎いあんちくしょう』という文脈から、何となく「固有名詞」だと理解し、「こんちくしょう」とは別 種の言葉として認識していたのでございましょう。子供は子供なりに、論理的なのでございます(笑)。

> とくに賢治の日蓮宗徒としての行動。満蒙開拓武装移民団になる青年たちに『芸術概論』や、詩や短歌を教えたという事実。また「高等遊民」(このこと自体批判の対象)であったはずの賢治が戦中転向といえる「雨にも負けず・・・」の詩を書いたことによって、戦地に赴く青年たちに戦うことの口実を与えたという文学者賢治の責任。

チョムスキーも申しておりますように、現実の「知識人の役割」は、一般市民の牙を抜いて飼いならすことでございます。そして最近では「知識人」の一端につながっているらしい「芸術家」の、「芸術」という美名に隠れての「権力への迎合」という問題は、充分に今日的な問題でもございましょう。

そして、私が個人的に興味を持っていることと言えば、立派な学歴を誇り知的であることを誇示する「本格ミステリ作家」が、日本が再び戦争を始めた時に、どんな理屈を語り出すか、ということでございます。
なにしろ、笠井潔一人批判できないのが彼らの「現実」でございますから、先の大戦時と同様、大半の者は国策ミステリーでも書くのが関の山でございましょう。たしか天城一が「本格ミステリが興隆する時には全体主義が高まる」というようなことを書いておりましたし、真っ先に「腰砕け」に迎合するだろう法月綸太郎も、似たようなことを書いていたと記憶いたします。……まあ、有事に備えての「前振り」は、充分になされていると言っても良うございましょう。

>>『女は何を欲望するか?』が、まだ古本屋で入手できません。
>>「あまりにも素晴らしい本」なので、買った人が誰も手放さない、という可能性も無くはないのでございますが(笑)。

> その可能性あります(笑)。あとがき、みごとに男性の本音が語られているんだも〜ん。

前回は書き落としましたが、私が古本で入手できていないのは『女は何を欲望するか?』だけではなく、『「おじさん」的思考2 期間限定の思想』もでございます。
こちらも『「あまりにも素晴らしい本」なので、買った人が誰も手放さない、という可能性』のある本でございますが、問題は、なにしろ『期間限定の思想』でございますから、内容の「賞味期限」が切れてしまわないか、ということでございます。この本は「古本で買うな」ということなのでございましょうか? ともあれ、少なくとも古典にはなりそうにございませんね(笑)。





( 以下は「娘がねじれる時(7)」につづく)


娘がねじれる時(5) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時23分47秒


 楽古堂主人さま
「緊密な世界・・・書評 佐藤さとる『随筆集 だれも知らない小さな話』」

私も佐藤さとるのこのシリーズは読んでおりませんが、ホランドくんが言っていた講談社文庫の児童文学(AA)シリーズを蒐めておりますので、文庫で刊行された分については、たぶん所蔵していると存じます。

>・ 佐藤さとるさんは、あまり注目されませんが、実はメタ・フィクション (!)を書いているのです。
>・ シリーズの最終巻『小さな国の続きの話』は、童話『だれも知らない小さな国』がみんなに読まれて、有名になっている世界での話なのです。

これも「おやおや」と思った記憶がございますので、たぶん最終巻まで持っているのでございましょう。

> 村上勉が描くところの、この本の中をとびまわっている、コロボックルの頬のこけ加減は、一度だけ遠くから拝見したことのある作家本人の横顔に、とても近いように思われた。

たしか、白目のない黒い瞳をもった小人でございましたよね。そう言えば、へんに頬が痩けていたような記憶もございます。

ところで、佐藤のこのシリーズは、私がまだ子供の頃(中学生頃?)にテレビアニメ化されているのでございますが、ご存じだったでしょうか?
放映時のタイトルは『冒険コロボックル』。アニメのキャラクターには白目があって、村上勉描くところの神秘さはなく、人間ぽいキャラクターデザインになっておりました。……と申しましても、私は先にアニメを知っており、ずいぶん後に「これが原作だったのか」と佐藤の本をながめたくちでございます。私はあまりこの種のファンタジー的なアニメには興味がございませんでしたので、このアニメもたぶん五回と見てはおりませんし、見たとしてもさしたる記憶は残っておりません。たぶんこのアニメも、『ムーミン』と同様、原作とはかなり印象の違った作品になっていたのでございましょうね。

ちなみに、私の耳に残っている主題歌の出だしは『♪ 白ーい白ーい風に乗って、ふんわりふわふわ飛びたいな』というようなファンタジーらしい可愛い歌詞でございました。





( 以下は「娘がねじれる時(6)」につづく)


娘がねじれる時(4) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時15分27秒


 テクネチウムさま
> 実は、私、大のラ−メンフリ−クでして、一杯のラ−メンを求めて、全国を、行脚しております。

それはそれは。私もラーメンは好きでございますが、根本的に「味オンチ」なのに加えて「せっかち」の「早食い」でございますから、味を求めて行脚したり列をなしたりすることができない、不粋者でございます(^-^;)。
そのせいか、テーマは何でもありのこの「花園」ではございますが、グルメな話題が出たことは、ほとんど無かったように存じます。「花園」としての新境地開拓ということで、もちろんこの話題も大歓迎させていただきますし、私も勉強させていただきましょう(笑)。

> 「ニンニクげんこつ」を武器に、世界制覇をもくろむラ−メン花月。

大阪人ですと、どうしても『ラーメン花月』なら、各種の吉本(新喜劇)ギャグ・ラーメンを想像してしまいます。「吉本の面 々(岡八ほかの面々) VS たこ八の面々」といったラーメン屋人情コメディー(笑)。

>>「フォルクスラ−メン」

> 知りませんでした。いかにも一般大衆受けしそうなネ−ミングですね。今度使わせていただきます。

『いかにも一般大衆受けしそうなネ−ミング』でございますか???

また『今度使わせていただきます。』というのも謎。……これは「今度利用させて(食べに行かせて)もらいます」という意味なのか、それとも「『ラーメンウォーズ』の舞台として、使わせていただきます」という意味なのでございましょうか???

> 皆様方の地方では、多分見かけないと思いますが、静岡市には「牛乳ラ−メン」を食べられるお店があります。とんでもないことに3軒もあるんです。腹が立つことに、意外と美味しいんだな、これが。

うーむ、たしかに見かけたことはございませんが、ありそうな感じではございますね。美味しいのなら一度食べてみたい気もいたします。

>>『俺たちは天使だ!』っていうTVドラマ

> 主題歌(オ−プニングテ−マだね)の中でリフレインされる、「運が悪けりゃ死ぬ だけさ」というフレ−ズは、印象的でした。

同世代でございますなあ(笑)。では、カラオケマニアとして、ここで記憶による歌詞の再現をば。

   走りだしたら 何か答が出るだろうなんて
   俺も当てにはしてないさ してないさ
   男だったら 流れ弾の一つや二つ
   胸にいつでも刺さってる 刺さってる

   ○○○○ ○○ ○○○(英語部分、失念)
   どうせ一度の人生さ
   ○○○○ ○○ ○○○○○○(英語部分、失念)
   運がわるけりゃ死ぬだけさ 死ぬだけさ

さっそく次のカラオケで歌ってみましょう(笑)。





( 以下は「娘がねじれる時(5)」につづく)


娘がねじれる時(3) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時13分53秒


 神野恭治 さま
> やっとのことで「ウロボロスの偽書」読了しました。

ご苦労さまでございました(笑)。

『ウロボロスの偽書』の「ラストの弱さ」については、かの笠井潔も同意見なのでございますが、しかし「なぜそうなったのか」の理由説明が、笠井潔の場合には「手前味噌」な「牽強付会」で、私にはとても同意しかねるものでございました。笠井の論説はしばしば、「相手の弱点」をそのまま「自己の正当性の証」にすり替えてしまうといった態のものあり、この場合にも、その傾向がハッキリと出ていたのでございます。……で、笠井潔のこの意見については、『偽書』の続編である『ウロボロスの基礎論』の中でも触れられており、笠井潔の意見に対する「小文字の竹本健治」の率直な感想も語られております(笑)。そんなわけで、ひきつづき『ウロボロスの基礎論』をお楽しみ下さいまし。


> まだまだ部屋には読んでいない作品が積まれていますが、「1冊読み終わったら1冊買う」という私のなかで勝手に決めているルールにのっとって近日中に買おうと思います。

ものすごくストイック(禁欲的)な「ルール」でございますね。強制ではなく、それを自主的に自分に科し、かつそれを実行なさっている神野さまを、私は心から尊敬いたします(^-^;)。

なお、代表的な短篇「万華鏡」を収めるレイ・ブラッドべリの代表的短編集『刺青の男』(早川文庫)を入手しましたので、他二冊とともに近日中に送らせていただきます。今しばらくお待ち下さいまし。


 芙宮さま
こちらでは、おひさしぶりでございます(笑)。

> また構成カラーが変わってる…

って、何のことでございますか? さっそく謎語……。

> 久しぶりになにも予定のない休日があったのでキウイジャムをつくったの。あまくて、すっぱくて素敵な味よ。緑色のジャムなんてちょっと珍しいでしょ?

ホランドくんも書いておりましたとおり、以前、友人の車で古本屋めぐりの遠出をした際、その友人が植物マニアだったので、ついでに立ち寄った植物園の、その土産売り場に各種売られていたジャムをいくつか買ったのでございますが、そのなかに「キウイジャム」もございました。

閑話休題。これは以前にも書いて大受けした、わが母のエピソード。
母は昭和5年生まれの古い人間でございますから、若い頃には無かった、馴染みのない果 物や野菜の名前をいい加減にしか憶えておりません。「キウイ」も(私が何度訂正しても)「キューイ」としか発音できず、「きゅうり」としか聞こえません。そんな母の最高傑作だったのが「ブロッコリー」でございます。
母は長らくクリームシチューなどといった「しゃれた料理」は作れなかったのでございますが、ある時、何を思ったかクリームシチューを作り、そこへブロッコリーを入れたのでございます。で、母が私に言いましたのは「このブッコロリも美味しいやろう?」。……私は思わず「そんなもん食うたら、死んでまうわ」と親不孝な返事をしたのでございました(笑)。

芙宮さまほか、古い方はご存じでしょうが、せっかくの傑作ですので、どうぞ再録をお許し下さいまし(笑)。

> どう?園主さま、芙宮はだいぶトゲとれちゃったでしょう?

またまた、ご冗談を(^-^;)。





( 以下は「娘がねじれる時(4)」につづく)


娘がねじれる時(2) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時12分32秒


言うまでもなく、「未成年」の人権(自由)が制限されているのは、彼らにまだ充分な判断力が無いため、保護者や国が、彼ら自身に代わって、彼らを「保護」するために科している、彼らのための「制限」なのでございます。ですから、保護者や国がその「保護(教育)責任」を放棄して、彼らの「自己責任」を問い「罰する」と言うのであれば、当然、「成人」と同様に、彼らにもそれ相応の「人権(自由)」を与えるべきでございましょう。
しかし、未成年者の「売春」を罰せよという大人に限って、自分の子供にセックスの自由を与えようなどとは考えないものでございます。つまり、彼らは大人としての未成年に対する「保護責任」も充分果 たせないくせに、「未成年」者には一方的に「服従」を要求するのでございます。ここにはもう「大人としての誇り」「保護者としての誇り」など欠片も無く、あるのは「所有者意識」だけだと申せましょう。

つまり法を定め、未成年者に対して一方的に人権(自由)を制限している(優位 者・強者である)大人としての「責任感」や「弱者保護」の建て前を、「未成年者の法的処罰強化」を叫ぶ人たちは、無責任にも放棄しているのでございます。そんな大人が、未成年の「自己責任」を問うのは、まさに本末転倒というものでございましょう。

それに、「出会い系サイト」に関わるものだけではなく、そもそも「買春」や「売春」そのものがいけないと言うのであれば、まずは「買春」や「売春」をする「大人」への処罰規定を強化すれば良いのでございます。道路交通 法が改正され、飲酒運転の罰金が30万円に跳ね上がった途端、飲酒運転が激減したというのでございますから、「買春」行為についての処罰規定を厳格化し取締りを徹底すれば、間違いなく(成人も未成年も含めて)「売春」も減ることでございましょう。しかし、「それでは困る」という本音を持つ「大人の男」が多いために、今も「売春」は半ば暗黙のうちに容認されているのでございます。

とは言え、私は今のところ「売買春」の問題を、すべて引っ括めて「悪」として一刀両断にするつもりはございません。私個人はそれを必要としなくても、ことは微妙な問題を含むでしょうから、朴念仁の私がこれを一刀両断にするには、まだ躊躇があるからでございます。

しかし、大人の間では「なかば容認されている売買春」について、子供(未成年)の保護の努力をしようともせずに、弱者である彼らの「自己責任」だけを問おうというのは、あまりにも大人の身勝手というものでございましょう。むしろお灸が必要なのは、「誘われたから」と言い訳をしながら「買春」をし、「時間が無かったから」と言い訳をして「外食産業」のお世話になりながら、それをおくびにも出さずに、「憂国の高説」を垂れることの出来る、多くの「欺瞞的な大人」の方なのでございます。

ちなみに、たしか今月、文春文庫から、この『産経抄』をまとめたものが刊行されたはずでございます。まさか、私やホランドくんがここで紹介したような「お粗末なもの」を収録していないとは存じますが(そう信じたい)、いずれにしろ同じ著者の文物でございます。どんなに偉そうな顔をして売られているか、いちど書店で手に取って確かめてみて下さいまし(笑)。





( 以下は「娘がねじれる時(3)」につづく)


娘がねじれる時(1) 投稿者:園主  投稿日: 1月30日(木)21時11分46秒

みなさま、また産経抄に『笑える』エッセイが掲載されておりました(『ただし笑えたのは、明るいユーモアとしてでなく、悲しいギャグとして』)。今回は私が全文引用して、その『産経新聞』らしい論理展開をご紹介いたしましょう。同紙平成15年1月25日掲載分でございます。

『このところ国際ニュースは気が重いものが多かったが、これには笑った。ハンバーガーを食べ過ぎて肥満になったニューヨークの若者たちが、マクドナルドを相手に起こした訴訟である。ただし笑えたのは、明るいユーモアでなく、悲しいギャグとしてだった ▼しかしさしもの米国訴訟社会でも、普通 の常識が勝った。先日、ニューヨーク連邦地裁はこの訴えを棄却している。判事は「法律は暴飲暴食をした人を守るためにあるのではない。体に悪いかもしれないとわかりつつハンバーガーを食べたのだから、本人の責任」と述べたそうだ ▼そりゃそうだろう。日本にも「腹も身の内」ということわざがある。節制もできずにハンバーガーやフライドポテトを食べ過ぎた責任は自分にはない、世間が悪い、他人が悪い、企業が悪いとする風潮はT戦後民主主義Uの典型のようなものである ▼しかし、だからといってファーストフードの肩を持つつもりもない。拡大と成長をつづけたこの巨大外食産業はT世界を食い尽くしU経済の構造を崩し、社会の姿を変えてしまった。「食」の安全を心配する声もあるが、この外食産業もようやく曲り角にさしかかったらしい ▼ただ判決は原告の訴えも根拠を補強すれば一理ありと認めており、弁護士は再度訴訟の構えだ。となれば紛争のゆくえはまだわからない。日本でも携帯電話の「出会い系サイト」禁止案で、売春をもちかける少女も処罰の対象にしようとした ▼彼女たちにも何らかのおキュウ(灸)が必要だろうと思うが、日本弁護士連合会は反対の意見書をまとめている。「法規制は子供の人権擁護の視点から重大な問題がある」そうだ。Tハンバーガー訴訟Uにどこか似ているところがある。』

このエッセイが「何を狙って書かれたものか」は明白でございましょう。著者が言いたいのは「未成年者も厳しく罰しろ(自己責任を取らせろ)」と言いたいのであり「それを擁護するのは、戦後民主主義の悪徳だ」と言いたいのでございます。
もちろん冒頭に振られた「ハンバーガー訴訟」は、「戦後民主主義」の「弱者保護」の思想に「悪いイメージ」を擦りつけるためのもので、著者がこの事件そのものに左程興味は持っていないのは、原告側の「一理」に全く触れていないことからも窺えるところでございましょう。

言うまでもなく、「ハンバーガー訴訟」の被害者たち(の大半)は「成人」であり、完全な「選択権(自由)」を与えられているが故に「自己責任」が問える存在でございます。ところが、「出会い系サイトに関する未成年者による買春勧誘を処罰する法律」は、法的に「人権」を制限された「未成年」を対象としたものなのでございます。つまり、両者は「一律」には論じられないものであり、『Tハンバーガー訴訟Uにどこか似ているところがある。』というのは、明らかに「悪意あるレトリック」だと申せましょう(「現代アメリカの訴訟社会」と「日本の戦後民主主義」を短絡させるのも、同様の「悪意あるレトリック」でございます)。





( 以下は「娘がねじれる時(2)」につづく)


感受性と世界観(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月30日(木)15時35分37秒


 芙宮さま
 おひさしぶりです!

> 年始の挨拶にも参らない程度に失礼でごめんなさいね。あ、もうあきらめられてるよね。

 あっは。たしかにめったに来ていただけないとは思ってますけど、諦めているわけじゃないですよ(笑)。

> 私なりに忙しくてね〜寝る以外におうちに帰れないとか、帰れないとか。そのせいか肌の衰えを感じるわっ。

 そんなに忙しいんですか? もちろんお勉強も忙しいんでしょうけど、ほかに何か活動でもなさっているんですか? 前は大道芸の練習をなさっているとおっしゃってましたけど。

> 久しぶりになにも予定のない休日があったのでキウイジャムをつくったの。あまくて、すっぱくて素敵な味よ。緑色のジャムなんてちょっと珍しいでしょ?

 ボクもキウイジャムを園主さまにいただいて食べたことがありますよ。どこかのお土産でした。

> 庭でとれたOOでOOをつくって食べるような手間のかかる生活がしたい。というフレーズは私の中にもあるもので、キウイジャムをつくったのはその一環としてのごっこなのかもしれない。今はまだ程遠いけど、ごっこしながら目指すわ、そんな生活。

 優雅な生活をめざしてるんですねえー。ボクは一日中ゴロゴロしながら、本を読んで暮らしたい方だから、「手間のかかる生活」は無理だなあー(^-^;)。

> ホランドさま、お肌の調子はいかがかしら?芙宮はぼろぼろではないけれど荒れてるわ。

 えっ? べつに変化はないですよ。そりゃ歳をとった分は老化してるでしょうけど、荒れるような生活もしてないし(笑)。

 お忙しいでしょうけど、もう少しお立ち寄り下さいね!


 アーニャ
> アリョーシャ〜、ホランドく〜ん、私、お昼頃に、この辺じゃ見慣れぬ猫(アメリカン・ショートヘア種?)にご挨拶しようとしたら、いきなり襲いかかられちゃったのよ〜(泣)。
> 左手は掻き傷&噛み傷だらけで、キーも打ちにくいわ。
> 手当てよりもまず、Keenさま宅の玄関の血痕を拭いとって、気分はミステリキャラ……(笑)

> 毛並みのよさそうな飼い猫だったんで、油断したのがいけなかったわ。世の中には、いきなり攻撃してくるタイプもいるのね。
> 今後は、気をつけるわね☆

 そりゃ、災難だったね。やっぱり人を見掛けだけで判断してはいけないのと同じで、ネコも見掛けだけで判断してもいけないということだね(笑)。「社民党」に左派と右派がいるように、「アメリカン・ショートヘヤ」にも穏健派と武闘派がいたというわけ。

> 気まぐれで火遊びしちゃいけないってことだわね、きっと。
>(賢ちゃん、聞いてる?/笑)

 アーニャと違って、賢ちゃんは逃げ足が早いから、怪我をしないんだよ(と、フォロー。・・・になっていない?)。

> お若い方はご存じないでしょうけど、『俺たちは天使だ!』っていうTVドラマがあったのよねー。テクネチウムさまは覚えてらっしゃるかしら?
> 主演・沖 雅也、共演は神田正輝、柴田恭平、小野寺昭、渡部篤(名前?)……という、ちょっとした「探偵コメディ」で、私もKeenさまも大好きだったわ♪
> 沖 雅也さん、ステキだったわよねえ……(遠い目)

 うちのサイトの美術監修をしてくれている「文芸同人 幻人舎」以来の仲間も「沖 晶夫」さん。もちろん中井英夫さんが『虚無への供物』を刊行した時のペンネーム「塔 晶夫」に由来してて、しかもアナグラムになっています。沖 雅也さんほどのイケメンかどうかは・・・ノーコメント(笑)。

 沖 雅也さんは自殺なさった人で、死後、同性愛の相手に宛てた「遺書」が表に出て、週刊誌なんかが興味本位 に書き立てたので、ボクなんかはそっちの情報の方が先でした。後で沖さんが出演しているテレビドラマなんかを見ると、先入観もあるのかも知れないけれど、なんとなく影のある美青年でしたね。
 同性愛者がけっこう多いといわれる芸能界でさえ、公に語られることのない同性愛ですから、たぶん、彼の自殺にも「同性愛者差別 」が絡んでいたのではないかとボクは思いました。

 ネコの世界では、同性愛差別なんて不合理なこともないんだろうね、きっと(>アーニャ)。

> 竹本健治さんの新作『クレシェンド』(角川書店)が発売のようですし(笑)。

 今度は「ホラー」。でも、竹本健治は通常のジャンル区分に収まらない「一作家一ジャンル」の作家だからね。とっても楽しみ!


 園主さま
 お借りしている神野さまの差し上げる分のブラッドベリ、まもなく読み終わりますので、もうすこし待って下さいね。





 ではでは、みなさん、また今度(ハート)。


感受性と世界観(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月30日(木)15時34分08秒


 AOIさま
> 耳で聞いていてとんでもない勘違い。みなさん、ありません?

 そりゃ、ありますよ。誰にだってあるはずです。でなければ、『重いコンダラ』なんてのがギャグになったりしませんもん(笑)。

> 『宮沢賢治殺人事件』というタイトルを考えると、実像の宮澤賢治の殺された事件を探偵吉田司が解明し、犯人を割り出すということなのだとおもいますが、同時に虚像宮澤賢治を殺し、その確信犯は吉田司ということもいえると思いました。

 後者は吉田さん自身が語っている「立場」説明ですけど、前者はなるほどそのとおりですよね。つまり宮澤賢治を「誉め殺し」にした犯人から、賢治を救い出そうとしているのが、「名探偵」というよりは、ハードボイルド(固茹で卵)な「私立探偵」の吉田司さんだというわけです。これはこの本の本質を突いていると思いますよ。

> やはり、私の知っている賢治像といえばいわゆる『聖人』であったので、ある意味この本の内容はショッキングでもありました。でも、それは虚像を壊されたショックというのではなく、賢治が封建的な田舎町の商家のひ弱な長男として、現実をを乗り越えようともがきながら乗り越えられずに「高等遊民」であり、肺病という不治の病を隠しながら、童話の中に自らを昇華させたのだという実像に生身の人間の格闘を感じたという意味のショックです。

 でも、それだからこそ賢治が人間として立ち上がってきて、愛おしくなるってこともありますよね。
 彼はたしかに「弱い」人間だった、でも「弱い」なりに精一杯「世界」と戦った、と園主さまなら言うかも知れません。

 園主さまは以前「中井英夫が元気な頃に知り合っていたら、俺はきっとケンカしていたことだろう。『中井さん、第二の『虚無』を書く書くっておっしゃいますけど、いったい何時になったら書かれるんでしょうか?』・・・なんて、中井さんが太宰治に言った皮肉をなぞって、皮肉のひとつもかましたことだろうな」って言ってましたけど、これは吉田さんの賢治に対する態度に近いものがありますよね。ただ園主さまの場合は眼前に「アルコール依存症の哀れな書けない作家の姿」を見ていたから、あえて非難しなかったのに対し、吉田さんの場合は「虚飾に満ちた、きらびやかな賢治像」を見せつけられていたから、逆にあえて批判したんだと思います。

> ホランドさまの感じられた「屈折の度が強すぎるきらい」というのはどのあたりですか?

 『宮澤賢治殺人事件』でも吉田さんは、AOIさまが『語り口がちょっと、投げやり』と評した、ことさらに挑発的な文体を採用していますよね。園主さまは、ここでのこの文体が、ラストで「まじめな文体」に変化している点を指摘して「これは意識的に文体をつくる吉田が演出的にやったことなのか、それともラストにおいて本来の真面 目さが露呈したと見るべきなのか? たぶん正解は、そのどちらか一方ではなく、両方だということなのだろう」という見解を(賢ちゃんのとこの掲示板に)示してましたが、つまり吉田さんには「真面 目な文体」で書き通すことに対する「抵抗」があるんだと思うんですよ。たぶん吉田さんは、そういう「一見の真面 目さ」の欺瞞性というものに、必要以上にこだわっておられるんだと思います。その点でボクは、屈折の度が強すぎるきらいがあるって言ったんです。これはデビュー作である『下下戦記』(文春文庫)では、さらに露骨ですよ。





( 以下は「感受性と世界観(4)」につづく)


感受性と世界観(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月30日(木)15時33分09秒


 神野恭治 さま
> やっとのことで「ウロボロスの偽書」読了しました。
> 簡潔に感想を述べますといい意味で「さっぱりしない読後感」がしました。
> 「匣の中の失楽」もそう思ったのですが、「ウロボロスの偽書」の方が何故かより一層そう思えました。

 ある程度は楽しんでいただけたようで安心しました。と言いますのも、『ウロボロスの偽書』は途中までは色んなことが起こってとっても面 白いんですが、ラスト(締めくくり方)がやや中途半端な感じだというのが、ボクと園主さまに共通 した意見だったからです。せっかくのユニークな作品なのに「ラストで印象を悪くしているなあー」という感じだったんですね。

 『いい意味で「さっぱりしない読後感」がしました。』とのことですが、これは竹本さんの「メタ・フィクション」的な作品には共通 する特徴です(その他の作品にも、それに通じるところはありますが)。つまり、現実から始まった物語に「虚構」または「幻覚(狂気)」が交ざり込んできて、両者の境界が曖昧な世界が展開し、最後には「一応の現実」に着地するんですが、その「現実」はもう「最初の現実」とは「似て非なる別 の現実」であり、普通の小説のように「めでたしめでたし」的に「安定」した世界観を取り戻すことはないんです。それで『さっぱりしない読後感』がするんですが、その「不安定感」が「面 白い」と感じられるかどうかが評価の分かれ目なんですよね。普通の小説やミステリみたいに、事件が解決されて「事件以前の安定した世界」に回帰して「安心」したいタイプの読者は「何だコレ?」ってことになるんですが、そもそも「事件以前の安定した世界」そのものが「疑わしい安定の世界(嘘っぽい世界)」だと感じている人には、むしろ竹本健治的な「不安定感」の方が「世界の実相」に迫っている感じがして、「面 白い」と感じられるんですよね。

> これでやっと「ウロボロスの基礎論」が買える準備ができました。

 それでは『ウロボロスの基礎論』、よろしくお願いします(笑)。きっとビックリしますよ・・・。


 楽古堂主人さま
「緊密な世界・・・書評 佐藤さとる『随筆集 だれも知らない小さな話』」

 ご投稿、ありがとうございました!

 ボクも読んだことはないんですが、以前は古本屋さんでよく見かけましたよね。講談社文庫で児童文学シリーズが出てましたから。

 ご論文を拝読して感じたのは、この「現実世界」に少しも「違和感」を感じないで生きている人って、逆に心(感受性)に問題があるんじゃないか? ということです。
 ご論文は「精神的に安定している人」「緊密な世界」をキーワードとして展開されていると思うんですけど、結局これは、この「現実世界」に多かれ少なかれ「違和感」を持っており「安定(安心)」できない人ほど、かえってこの「世界の実相」に迫ろうとすることができ、「緊密な世界観」を持つことができるようになる、ということだと思うんです。
 その意味では、今日、神野さまへのレスに竹本健治さんの「メタ・フィクション」的作品の特徴を書きましたけど、佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』シリーズが「メタ・フィクション」構造になっているというのも、決して偶然ではないんですよね。竹本さんが「現実と虚構(幻覚・狂気)」という二重性において世界を見ているのに対し、佐藤さんは「人間とコロボックル(小人)」という二重性で、この世界を相対化して見ているんじゃないかと思います。つまり、この「現実世界」に少しも「違和感」を感じないで生きている人の「精神的安定」とは、ちょっと厳しい言い方をすれば、「眼前の世界」に一面 的にべったり貼りついた、運動性を欠いた「死んだ精神」なんだと言えるのかも知れません。





( 以下は「感受性と世界観(3)」につづく)


感受性と世界観(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月30日(木)15時32分22秒

 みなさん、こんにちは! いまは園主さまからお借りしているレイ・ブラッドべリを読んでいます。本当にひさしぶりだけど、さすがに面 白いですね。いま読んでいるのは短編集だし、昔の作品ですから、今となっては「どこかで読んだことのあるお話」も少なくないんですが、これは本末転倒で、ブラッドベリの影響の大きいアメリカの人気テレビ番組『ミステリー・ゾーン』(邦題。原題・映画化題は『トワイライト・ゾーン』。『世にも奇妙な物語』などもこの流れ)などを経て、内外の多くの作家がブラッドベリの影響をうけた短篇をたくさん書いているせいでしょう。それでも、レイ・ブラッドべリが面 白いというのは、やっぱりプロットの面白さには還元できない、ブラッドベリ固有の文体(個性)があるからなんですね。そのどこか寂しく懐かしい世界。これは誰にも真似ようがないし、プロットの面 白さだけではないからこそ、ブラッドベリは古くなっても古びない作家、「懐かしい未来」を描いた作家として、永遠に生き続けるんだと思います。





 ハムちゃまさま
> 花ジョノの諸君お元気鐘!?
> いやいや本日8時『555』オンエア〜〜〜〜〜〜〜〜亜!!!
> もう興奮して寝られ魔チェン!!!
> う〜〜〜〜〜〜〜〜夢!!!わくわくゑクワクワ倭苦琶句!!!!!!!

 もう『龍騎』ショックから回復されたんですね(笑)。

 『仮面ライダー555』は、再び「原点回帰」して「孤高の仮面ライダー」を目指すそうですが、どうなるんでしょうか? でも、デザインがメカっぽ過ぎないかなあー?


 テクネチウムさま
 はじめまして。ようこそ、いらっしゃいました!
 ご挨拶が遅れましたが、ボクはこのサイトの「助手」を務めます「ホランド」と申します。以後よろしくお願いいたします!

 そうですか、ラーメンマニアなんですね(笑)。ボクもラーメンは大好きですが、それを目的に出歩くほど熱心ではありません。たまたま美味しそうな店を見かけたら入るとか、美味しそうなカップラーメンを見かけたら買ってみるとか、その程度です(笑)。やっぱりカップラーメンは邪道でしょうか? ボクは下手なラーメン屋のラーメンより、カップラーメンの方がずっと美味しい場合も少なくないと思うのですが(それに値段は3分の1だし)・・・(^-^;)。

 最近は、ここへも遊びに来てくれる賢ちゃんと園主さまとボクの3人でよくカラオケに行くんですが、その帰りには必ずそのカラオケの近くにある「四天王ラーメン」という店で食事をします。ここもチェーン店だと思うんだけど、関西以外にもあるのかなあ? ボクたちはここでいつも美味しくラーメンをいただいているんですが、でも、6、7時間もカラオケをやって、お腹がペコペコになってからの食事だから、客観的な評価ではないかも知れませんね。ましてマニアの方なら、どう評価するのか・・・。

 また、いろんな話をお聞かせ下さいね。「ラーメンウォーズ」も意外な展開を期待しています。有名な『包丁人 味平』みたいな(というのはUSO/笑)。





( 以下は「感受性と世界観(2)」につづく)


俺たちは弁士だ! 投稿者:テクネチウム  投稿日: 1月30日(木)09時36分03秒

☆ア−ニャ@全快さま

>お若い方はご存じないでしょうけど、『俺たちは天使だ!』っていうTVドラマがあったのよねー。テクネチウムさまは覚えてらっしゃるかしら?

主題歌(オ−プニングテ−マだね)の中でリフレインされる、「運が悪けりゃ死ぬ だけさ」というフレ−ズは、印象的でした。
そう言えば 「涅槃で待つ」 というのもありましたね。
「オカンが待つ」のは大阪の家。
「利家とまつ」は NHK。
「私祈ってまつ−」は、オヤジの持ち歌です。

>「フォルクスラ−メン」

知りませんでした。いかにも一般大衆受けしそうなネ−ミングですね。今度使わせていただきます。

 皆様方の地方では、多分見かけないと思いますが、静岡市には
「牛乳ラ−メン」を食べられるお店があります。
とんでもないことに3軒もあるんです。
腹が立つことに、意外と美味しいんだな、これが。


沖 雅也さま…… 投稿者:アーニャ@回復中  投稿日: 1月29日(水)15時00分35秒

☆テクネチウムさま

>「エビフライラ−メン」て、ほんとにあるんですか?

う〜ん、いかにもありそうで、なさそうなラーメンねえ(苦笑)。

>静岡ラ−メンは 細麺 和風あっさり味が主流です。

ナルホド、ラーメンにも「お国柄」ってあるのねえ。
私が今までで一番おいしいと思ったのは、去年の夏、Keenさまたちとご一緒した、長野県松本市の「酒粕ラーメン」だわ。店名は「松本ラーメン」だったかしら?以前は「フォルクスラーメン」だったと思うんだけど、店名変更なさったらしくて……ゴメンナサイ☆。テクネチウムさまなら、もうご存じかしらね?

>「たこ八」の ハン・ソロ こと「沖」隊員。

お若い方はご存じないでしょうけど、『俺たちは天使だ!』っていうTVドラマがあったのよねー。テクネチウムさまは覚えてらっしゃるかしら?
主演・沖 雅也、共演は神田正輝、柴田恭平、小野寺昭、渡部篤(名前?)……という、ちょっとした「探偵コメディ」で、私もKeenさまも大好きだったわ♪
沖 雅也さん、ステキだったわよねえ……(遠い目)

「ラーメンウォーズ」、次回が楽しみです♪
ちなみに、『親指スターウォーズ』も大好きよ。フフフ♪♪

>サルモネラ菌には気を付けてね。

ありがとうございます。元気が出ましたわ(^0^*


☆AOIさま

お元気そうで、何よりです。
Keenさまは現在冬眠中ですけど、きっかけさえあれば、真冬でもお目覚めになると思うわ。
今月末には、竹本健治さんの新作『クレシェンド』(角川書店)が発売のようですし(笑)。

>『女は何を欲望するか?』
>あとがき、みごとに男性の本音が語られているんだも〜ん。

私も、読んでみたくなったわ(笑)。

>感想は、またいずれ(笑)。

私も、楽しみにしててイイかしら?(笑)


それでは皆さま、ごきげんよう。
各地で冷え込みそうですので、お気をつけて。
にゃあ〜♪


続ラ−メンウォ−ズ 投稿者:テクネチウム  投稿日: 1月29日(水)10時57分05秒

>ア−ニャ@泣さま
名古屋と言えば「台湾ラ−メン」の店と、溶き卵で和えたラ−メンを見かけましたが、
「エビフライラ−メン」て、ほんとにあるんですか?
静岡ラ−メンは 細麺 和風あっさり味が主流です。

前回までのあらすじ

 「ニンニクげんこつ」を武器に、世界制覇をもくろむラ−メン花月。
その野望を粉砕すべく、わが「たこ八」軍団は 「麻ちゃん」「川ちゃん」
 両隊員を派遣したが、あえなく玉砕。
 この最強部隊を退けるとは、恐るべしラ−メン花月。
善後策を練る「たこ八」軍に、とんでもない助っ人が!

 と言うわけで、今日もたこ八で飲んでいますと、
ラ−メンには(それ以外でも)うるさい あの人が
「ニンニクげんこつみそラ−メン」 
と突然つぶやき始めたのです。
 その人こそ、「たこ八」の ハン・ソロ こと「沖」隊員。
今夜はカレ−南蛮をキャンセルして、ぜひとも対決する と、頼もしい一言。
早速お供に 「チュ−バッカ 杉」を連れて、現場に向かいました。
 前回の失敗を教訓に、早速の「サ−ビス券」攻撃で先制。
「川ちゃん」は どっかん卵、沖はノリ、杉はキャベツで、
三位一体のコンビネ−ションだ。
 おお 沖ソロは、例によって おね−ちゃんに下品ビ−ムを放っているぞ。
挙げ句の果てには、生ビ−ル(小)3連打攻撃だ。
怒濤の攻勢を掛ける「たこ八軍団」だ。
 一気に王者「ラ−メン花月」を追いつめたが、敵もさるもの、
引っ掻くもの。サルモネラ菌には気を付けてね。
 ニンニクげんこつみそラ−メン登場だ。
あれほど威勢が良かった ハン沖が、黙り込んでしまった。
なんと、丼一杯にノリが縁取ってある。
 箸を付ける場所が見当たらない。困った。
ノックアウト寸前の 沖、このまま海の藻屑と散るのか。
 頑張れ!
 沖隊員!
 しかし、奇跡はそのとき起こった。
丼を探る沖隊員が、恐るべき事実を発見したのだ。
 「俺のに チャ−シュ−が入ってない」
これは、致命的なミス。
 一気に攻勢に出る、「たこ八」軍、勝利は目前か!
 
と期待を持たせつつ、次回に続く。


お恥ずかしい話 投稿者:AOI  投稿日: 1月29日(水)00時37分31秒

ひょんなことから「出来レース」という言葉を知りました(笑)。実をいうと「デッキレース」とばかり思っていたのですね(無知/暴露)。本気でやるのじゃなくて、デッキでやるようなレースかなーと(笑)。結構あるんですね。こういう知ってるつもり(恥)。耳で聞いていてとんでもない勘違い。みなさん、ありません?
少し前に読んだ『神聖喜劇』にも書いてありました。「ぐうぐう空腹を感じて・・・」「ぐうぐう私が昼寝をしてしていたら・・・」というので、空腹か鼾の擬制音ことかとおもっていたら、「偶々(たまたま)」を「ぐうぐう」と言っていた。というのが。(第3巻)東堂一等兵もそういう間違いをよくやるというので安心したばかりだったのね。そういえば(笑)。

以下、カメレスです(笑)。

☆ブギーポップ・モコナさま

>わたしのイメージは、どのように映っているのでしょうね、○×△□かな?

カワイイ方だと思いまーす。(^-^)
リカちゃんに叱られるかな?

☆ホランドさま
>> 『宮沢賢治殺人事件』『女は何を欲望するか?』読みました。感想は、いずれ(笑)。

 >楽しみにしております!

(ぽりぽり)たのしみにしないでくださ〜い!

>ボクも吉田司さんについては、ちょっと屈折の度が強すぎるきらいがあるんじゃないか、なんて危惧も無いではないんですよ(笑)。

『宮澤賢治殺人事件』はとっても厳しい賢治論になっていますね。語り口がちょっと、投げやりだったり(笑)。私立探偵風かな。
わずかに賢治の作品に触れて評価しているのは2箇所くらいだったと思いますが、特に童話作品を評価していないわけではないにもかかわらず。文字通 りの近親憎悪というのか、作者にとっては、作品の向こう側にいる賢治その人があまりに鮮明に感じられてしまうからなのかなあ?
『宮沢賢治殺人事件』というタイトルを考えると、実像の宮澤賢治の殺された事件を探偵吉田司が解明し、犯人を割り出すということなのだとおもいますが、同時に虚像宮澤賢治を殺し、その確信犯は吉田司ということもいえると思いました。
今ここで、『聖人伝説』を壊さなければ、実像が歪められ、聖人伝説が再生産されていってしまうという危惧を感じたからなのでしょうね。自分が書かなければ誰も書くものはいないというような気概が感じられます。
とくに賢治の日蓮宗徒としての行動。満蒙開拓武装移民団になる青年たちに『芸術概論』や、詩や短歌を教えたという事実。また「高等遊民」(このこと自体批判の対象)であったはずの賢治が戦中転向といえる「雨にも負けず・・・」の詩を書いたことによって、戦地に赴く青年たちに戦うことの口実を与えたという文学者賢治の責任。批判されないまま、それらが利用されることが我慢できないのだろうと思います。
やはり、私の知っている賢治像といえばいわゆる『聖人』であったので、ある意味この本の内容はショッキングでもありました。でも、それは虚像を壊されたショックというのではなく、賢治が封建的な田舎町の商家のひ弱な長男として、現実をを乗り越えようともがきながら乗り越えられずに「高等遊民」であり、肺病という不治の病を隠しながら、童話の中に自らを昇華させたのだという実像に生身の人間の格闘を感じたという意味のショックです。

ホランドさまの感じられた「屈折の度が強すぎるきらい」というのはどのあたりですか?
それにしても、上手く書けません(泣)。感想苦手です。書くつもりで読まないので、ゼンゼンだめ。読みながら付箋していくといいのかな?

☆園主さま

>『女は何を欲望するか?』が、まだ古本屋で入手できません。
>「あまりにも素晴らしい本」なので、買った人が誰も手放さない、という可能性も無くはないのでございますが(笑)。

その可能性あります(笑)。あとがき、みごとに男性の本音が語られているんだも〜ん。
今まで、書かれていることなんですけど。感想は、またいずれ(笑)。

ラーメン食べたい!


武闘派☆ 投稿者:アーニャ@泣  投稿日: 1月28日(火)16時56分54秒

アリョーシャ〜、ホランドく〜ん、私、お昼頃に、この辺じゃ見慣れぬ 猫(アメリカン・ショートヘア種?)にご挨拶しようとしたら、いきなり襲いかかられちゃったのよ〜(泣)。
左手は掻き傷&噛み傷だらけで、キーも打ちにくいわ。
手当てよりもまず、Keenさま宅の玄関の血痕を拭いとって、気分はミステリキャラ……(笑)

毛並みのよさそうな飼い猫だったんで、油断したのがいけなかったわ。世の中には、いきなり攻撃してくるタイプもいるのね。
今後は、気をつけるわね☆
気まぐれで火遊びしちゃいけないってことだわね、きっと。
(賢ちゃん、聞いてる?/笑)

☆テクネチウムさま

早速の書き込み、ありがとうございます。
私、あっさり味が好みなので、こってりしてない和風ラーメンって、あるかしら?
現在は「アレクセイ邸」から実家の「Keen宅」(名古屋近郊)に里帰り中です。
お隣県民ですわね(^0^*


それでは皆さま、ごきげんよう。
(ちょっと傷心の)にゃあ〜☆


「緊密な世界・・・書評 佐藤さとる著『随筆集 だれも知らない小さな話』」をアップ。 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 1月27日(月)21時11分05秒

園主様へ。皆様へ。
・ 久しぶりに、新刊書店をのぞきました。
・ 佐藤さとるさんの『随筆集 だれも知らない小さな話』(偕成社・2003年1月・初版刊)がありました。
・ 帰りの通勤電車で読みおわって、これを書いています。
・ 活字が大きいので簡単に読めます。
・ 『だれも知らない小さな国』を読んだことのある人には、ぜひおすすめしたい本です。
・ 読んだことのない人でも、最近のファンタジー・ファンには、目を通してもらいたいと思います。
・ 佐藤さとるさんは、あまり注目されませんが、実はメタ・フィクション (!)を書いているのです。
・ シリーズの最終巻『小さな国の続きの話』は、童話『だれも知らない小さな国』がみんなに読まれて、有名になっている世界での話なのです。
・ ロブ・グリエなどよりも、成功していると思います。


  2003年1月27日

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


さらにご参考♪ 投稿者:アーニャ  投稿日: 1月27日(月)11時10分06秒

>ヴァレリーの「失われた美酒」

中井英夫『虚無への供物』作中の、第一章・20『虚無への供物』(※ページは、版によって違うので略)の断章の、終わりの方よ。
「花園」の備忘録、と呼んで頂こうかしら?フフフ♪

☆アリョーシャ

相澤啓三さんと中井さんの関係は、アリョーシャと笠井さんのそれに勝るとも劣らぬ ……甲乙つけがたいものだったのでしょうね。
でも、まさかアリョーシャは、笠井さんのお宅で自殺未遂はしないでしょう?
凄絶よねえ〜……


大雨になりそうなんですって。皆さま、お気をつけて。
にゃあ〜♪


ラ−メンウォ−ズ 投稿者:テクネチウム  投稿日: 1月27日(月)09時30分39秒

ご歓迎ありがとうございます。テクネチウムです。
実は、私、大のラ−メンフリ−クでして、一杯のラ−メンを求めて、
全国を、行脚しております。
静岡の近くでおいしい店をご存じの方、ぜひお教え下さい。

園主さまに甘えて、拙文を一つ。
 ラ−メンウォ−ズ
 2×××年 銀河系の遙か遠く、
ここ「たこ八村」では平和に酒を酌み交わす 村人たちの姿が。
 そこへ、急を告げる知らせが。
村外れに怪しい建物ができたとか。
早速偵察に出かけた、川ちゃん。相棒は、「麻ちゃん」だ。
(たこ八村の常連です)
昨年末出かけた 「ラ−メン花月」の報告を一つ。
 キャッチフレ−ズが「にんにくげんこつラ−メン」 
ちなみに「げんこつ」とは、豚の足の骨のことです。
その名の通り、こくのある、背脂がどっさりと浮かんだス−プでした。
場所は、清閑町で 国道1号沿い。
これもラ−メンの有名店「豚豚」の向かいと言う、
何とも大胆不敵な出店。これは自信の現れか。
 出向いたのは午後7時半で、店内はかなりの混みようでした。
入り口横の券売機で、「ニンニクげんこつラ−メン」 620円を押す。
すかさず店員に
 「カウンタ−ですか、テ−ブルですか」 と聞かれるのは
開店直後というのを割り引いても、感じがいいと思う。
 席に着くと、お冷やとサ−ビス券が出された。
10枚綴りで、100円のトッピング (卵、ワカメ、ニンニクなど)
がサ−ビスになるものだ。
まず水がうまいのに感心する。何となく味にも期待が持てそうだ。
パンフレットには、全国チェ−ン店と書かれている。
200店ほど出していて、専門誌で、何度か見たことがある。
静岡市では2店目の急成長店だ。
 待つほどに、ラ−メン登場。
丼を皿に載せた、背脂タイプに独特のスタイル。
丼の縁にも背脂がどっさりと 付いている。
具は2枚のチャ−シュ−、メンマ、ノリ、卵半分。
 何はともあれ、胡椒を掛ける。
おや、麻さんそれ、掛けすぎじゃないですか。
さすが、ペッパ−フリ−クは凄いね。30回は振ってました。
 麺は太めのストレ−トで、歯ごたえあり。
こってりしたス−プに合っている。
ス−プを一口。 こくのある、いい味だ。
かすかにニンニクの風味がする。
あまりくどくないのが良い。最近静岡市内に増えてきた「背脂タイプ」
その中でも、上位に入るだろう。
 チェ−ン店は、開店後しばらくすると味が落ちる事が多いが、
この店は、そうならないことを祈りたい。
なお、営業は深夜12時までだそうです。
 難癖付けようと、勢い込んで出かけた二人は、
ニンニクげんこつで、ノックアウトされたのでした。
全国チェ−ン店なので、皆様のお近くにもあるんじゃないでしょうか。


また構成カラーが変わってる… 投稿者:芙宮  投稿日: 1月27日(月)00時34分30秒

Nasuさまか私かというくらいの出没頻度を誇る芙宮、約半年ぶりにまいりましたよ。園主さま方。年始の挨拶にも参らない程度に失礼でごめんなさいね。あ、もうあきらめられてるよね。ふふ。私なりに忙しくてね〜寝る以外におうちに帰れないとか、帰れないとか。そのせいか肌の衰えを感じるわっ。

久しぶりになにも予定のない休日があったのでキウイジャムをつくったの。あまくて、すっぱくて素敵な味よ。緑色のジャムなんてちょっと珍しいでしょ?CMでもあったけど、庭でとれたOOでOOをつくって食べるような手間のかかる生活がしたい。というフレーズは私の中にもあるもので、キウイジャムをつくったのはその一環としてのごっこなのかもしれない。今はまだ程遠いけど、ごっこしながら目指すわ、そんな生活。

どう?園主さま、芙宮はだいぶトゲとれちゃったでしょう?
ホランドさま、お肌の調子はいかがかしら?芙宮はぼろぼろではないけれど荒れてるわ。

ねむいわ。ねるわ。おやすみなさい。


やっと読了。 投稿者:神野恭治  投稿日: 1月26日(日)22時11分45秒

お久しぶりでございます、神野です。
やっとのことで「ウロボロスの偽書」読了しました。
毎度の事ながら自分の読書スピードの遅さには溜息をもらすばかりです…(汗)

簡潔に感想を述べますといい意味で「さっぱりしない読後感」がしました。
「匣の中の失楽」もそう思ったのですが、「ウロボロスの偽書」の方が何故かより一層そう思えました。
うーん、あんまり気の利いた感想を書けないので申し訳ないのですが…
『酉つ九さん』は私の理想の女性ですね、ああいう女性になりたいと思ったりします。

これでやっと「ウロボロスの基礎論」が買える準備ができました。
まだまだ部屋には読んでいない作品が積まれていますが、「1冊読み終わったら1冊買う」
という私のなかで勝手に決めているルールにのっとって近日中に買おうと思います。

それではこの辺で失礼します。


三浦しをんと保田與重郎(下) 投稿者:園主  投稿日: 1月26日(日)21時37分14秒


 テクネチウムさま
はじめまして、ようこそいらっしゃいました。
私が、当『LIBRA アレクセイの星座』のサイトマスターであり、掲示板「アレクセイの花園」の「園主」アレクセイでございます。以後、よろしくお見知りおき下さいまし。

> 10年ほど前、新聞に投稿した記事が引用されているではありませんか。

よく憶えておりますよ(笑)。私はあの寸評の、

> 一見、子供向けの絵本ですが、実は大人に向けた鋭いメッセージがちりばめられています。例えば「みみ」の項には「どんなかたちの耳も、りっぱな犬になるのには かんけいない」。「ろうけん」のところには「りっぱな犬も 年をとるが 年をとった犬が りっぱな犬とはかぎらない」と書かれています。

という紹介に、とても惹かれて切り抜きをし、それをいつか自分の文章の中で使おうと、何年も机の前にはりつけていたのでございます。……しかし、茶色に焼けたその紙片も、今は使命を果 たして、失われてしまいました(笑)。

> 前後の内容を拝見しましたが、面白いですね。久々に活字中毒になりそうです。
> 若い頃は良くこんな議論をしたものですが、さすがに今は拝見するだけで十分。
>  時々拝見させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。

そうおっしゃらずに、短文でも結構でございますから、たまにはお書き込みをお願いいたします。アーニャも申しておりましたとおり、お好きなもの気楽にご紹介いただければ、かつての書評と同様、私たちも勉強になり楽しめもするのでございますから。

……それに、私はテクネチウムさまと同年でございますよ。まだまだ年寄りぶるのは早うございます。もちろん、若ぶる必要もございませんが(笑)。

またのお出でを、心よりお待ちしております。


 アーニャ
> テクネチウムさま、ようこそ「花園」へ。

お客さまのお出迎え、ご苦労さまでした。

「犬」の奇縁でお立ち寄りになられた掲示板で、いきなり「ネコ」に出迎えられて、テクネチウムさまも面 喰らわれたのではないかな?(笑)

>>(参考)「失はれた美酒」ポール・ヴァレリィ
>     堀口大学・訳 『月下の一群』(新潮文庫など)所収

>この詩は、中井英夫『虚無への供物』(創元ライブラリ、講談社文庫など)作中にも全文引用されてるわ。

私もすっかり失念していたよ。どこだっけかな? あとで確認しておこう(笑)。

> ただし、意図的なものか、多少の異同があります。
> この異同については、「創元ライブラリ」版の相澤啓三さんの解説に詳しく書かれてますので、そちらをご参照下さいませ……

『相澤啓三さんの解説』と言えば、その「愛憎渦巻く」濃厚さだけが印象に残っているな。とても良い解説だったと思うけど(笑)。


 ホランド
> そんなわけで、笠井さんと仲良く話していたから、笠井さんと仲が良いとは限りませんよ。園主さまなんか、家に来た宗教の勧誘の人と「朗らかに宗教論を交わして楽しんでいる」と言ってますからね(笑)。

なんだか、すごくタチの悪い奴のように聞こえるじゃないか(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


三浦しをんと保田與重郎(中) 投稿者:園主  投稿日: 1月26日(日)21時36分22秒


 ブギーポップ・モコナさま
> ●DVD版『ラーゼフォン』の最終巻でラストの3話を観て、ガッカリ!
> 「ああ、観なければよかった」と地団駄を踏んで後悔するくらいに、大失望してしまいました。ここまで『エヴァ』のマネっこをする必然性があるのでしょうか? もうGW公開の劇場版『ラーゼフォン』なんて、絶対に観てやらないぞ!
> プンプン! >§▼_▼§<

かなりお怒りのようでございますね(笑)。
しかし、前にも書きましたとおり、私がテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト2』の製作を知った時の「失望と怒り」に比べれば、まだまだかと(笑)。

なにしろ『ラーゼフォン』の場合は、監督に「能力が無くて」猿真似しかできなかった、ということでございますから、ある程度は同情の余地もあるのでございますが、『ヤマト』の場合は単純に「金に目がくらんで」、公約(「続編は作らない」)を違えたのでございますからね。この差には、「過失」と「故意(の犯罪)」という本質的な違いがあるのでございますよ。

しかし、私はこうした残念な経験からも色んなことを学びました。それは「世の中には、欲に目がくらんで、恥も外聞もない行動にでる者もいる」という現実を学んだことであり、そのようなことだけは金輪際してはならないという「自戒」を得たことでございます。

例えば、私と同じ世代のスタッフが作った『新世紀エヴァンゲリオン』の「ガイナックス」が、あれだけのヒット作であるにも関わらず、安易に「続編」を作らない一方、自らキャラクター商品をどんどん売り出すという戦略を取るというのも、『ヤマト』でプロデューサー西崎義展が道を踏み誤ったのを目の当たりにした経験に由来する、「ひとつの見識」なのでございましょう。


 ハムちゃまさま
> PS2 館長様から伝言でちゅ!!!園主様は「ダイアモンド
> スクリーニング」という技法の絵を「版画」と見なしているか?
> それとも「ポスターの延長」とみなしているか?という質問
> でちゅ!!!ぜひお答えも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜酢!!!

私はその技法を存じません。しかしまあ、基本的には「コピーも版画の一種」と認める私でございますから、それも「版画」のうちだと認めることでございましょう。

問題は、それが「版画か否か」ではなく、それが「印刷技法として魅力のある仕上がりを見せるものなのか否か」ということなのでございます。つまり、これも「言葉の定義」が問題なのではなく、「実際」が問題なのだということでございます。

> 花ジョノの諸君お元気鐘!?
> いやいや本日8時『555』オンエア〜〜〜〜〜〜〜〜亜!!!
> もう興奮して寝られ魔チェン!!!
> う〜〜〜〜〜〜〜〜夢!!!わくわくゑクワクワ倭苦琶句!!!!!!!

すっかり元気になられたようでございますね。良うございました(笑)。

……ところで『仮面ライダー龍騎』の最終回は、どうだったのでございますか?

> ぜひお答えも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜酢!!!





( 以下は「三浦しをんと保田與重郎(下)」につづく)


三浦しをんと保田與重郎(上) 投稿者:園主  投稿日: 1月26日(日)21時35分41秒

みなさま、私、現在、在宅時用と通 勤時用とで二冊の本を同時に読み進めております。在宅時用の本は、若手小説家 三浦しをんのエッセイ集『しをんのしおり』(新潮社)。通 勤時用は、先の大戦時に国粋主義文学観唱えて一世を風靡した「日本浪漫派」の中心人物で、戦後「帝国主義日本の戦争協力者」「御用文学者」として批判された保田與重郎の、昭和15、6年のエッセイを集めた『近代の終焉』(保田與重郎文庫 9・新学社)でございます。
三浦しをんのエッセイ集『しをんのしおり』の方は、以前に読んだ小説(角川書店『白蛇島』)の「気持ちの良い人物描写 」や雑誌などで時々見かけるエッセイから看取できる「作家の人柄」に好感を持っていたのと、つい先日、読書友だちから『私的にいい話です。』と薦められたのが、今回同書を手に取ったきっかけでございました。一方、保田與重郎については、私がここのところ興味を持っている「ナショナリズム」批判の流れから、いずれ避けて通 れない人物だと考えていたところ、先日、手軽な文庫版を見つけたのが直接のきっかけでございます。

『しをんのしおり』を六割がた、『近代の終焉』を八割がた読んだ現段階での私の評価を申しますと、前者は予想どおり、たいへん感じの良い愛嬌あふれるエッセイ集であり、後者は『血』『神ながら』『至誠』などという言葉が頻出する、一種の「(非論理的な=宗教的確信を主張の大前提とする)教祖の文学」であり、ゴリゴリの論理的思考家 大西巨人を「心の師」と仰ぐ私には、こちらも予想どおり、その「独りよがりの美学」にイライラさせられる評論集でございました(もう少し骨のある理論家かと思っておりましたのに、その意味でも期待外れでございました)。

この二人の作家を比較するというと、年配の文学ファンならば、それを暴挙だとおっしゃるかも知れませんが、いずれにしろ、その種の慣習的「権威主義」を排して私の率直な感想を申しますならば、三浦しをんにあって保田與重郎に決定的に欠落しているのは「ユーモア感覚」であり、これを言い換えれば「自分を笑い飛ばす、強靱な自己批評性」だと申せましょう。
たしかに保田與重郎は日本の古典文学に通驍した古風な教養人ではあったのでございましょうが、彼には根本の部分で「自分の確信を疑う能力」が欠落しておりました。ですからこそ彼は、一般 にその価値が疑われにくい「権威的なもの」、つまり「古典文学」や「皇国史観」的なもの惹かれ、戦後も無反省にそれに固執せざるをえなかったのでございましょう。保田與重郎には、三浦の「私はマンガ馬鹿だからなあー(でも、マンガは素晴らしいよ)」というような感覚が欠片も無かったのでございますね。仮に保田與重郎が、マンガについて同じことを言ったとすれば、それは「マンガの真の価値を知っているのは、私だけである。他の者はその本質を見落として、何もわかっていない」というようなことになるのでございましょう(笑)。
(ちなみに、講談社文芸文庫『保田與重郎文芸論集』の編者である文芸評論家の川村二郎は、その「解説」で『「みやらびあわれ」から、保田與重郎は戦後の文筆活動を開始した。それは戦後という時代にいささかも迎合することのない、一貫した信念にもとづく活動だった。数々の文学界の長老たちが、戦争協力を指弾されて、懺悔や弁解にあわただしく奔った醜悪さとは、全く無縁だった。』と、いかにも時代迎合的な保田與重郎賛を書いております。しかし、ここで川村が誉めているものは、所詮、「地下鉄サリン事件」以降もその「宗教的確信」を貫く、オウム真理教の教祖 麻原彰晃のそれと、まったく同質なものに過ぎないのでございます)

さて、これは本当にたまたまなのでございますが、本日、書店に立ち寄りました際に、「2002年のマイ・ベスト本」というようなアンケート特集を組んでいた『活字倶楽部』誌を手に取りましたところ、三浦しをんもこれに寄稿しており、そこで彼女が挙げていた「2002年のマイ・ベスト本」は、何を隠そう(笑)……大西巨人の『神聖喜劇』だったのでございます。

『しをんのしおり』に収録されたエッセイは、すべて「ボイルドエッグズ(三浦の著作権エージェント)」のウェブサイト「Boiled Eggs Online」の「しをんのしおり」コーナーに掲載されたものでございます。みなさまも是非お楽しみくださいまし。





( 以下は「三浦しをんと保田與重郎(中)」につづく)


いらっしゃいませ。 投稿者:アーニャ  投稿日: 1月26日(日)14時56分38秒

テクネチウムさま、ようこそ「花園」へ。
私、当園の飼い猫のアーニャと申します。
「若い頃は……」なんておっしゃらずに、どうぞお気軽に書き込んで下さいませ。
ここの話題は、何でもありですのよ(笑)。
園主・アレクセイたちからのご挨拶もあると存じますが、まずは私から歓迎させて頂きますわ。
またのお越しを。

にゃあ〜♪


突然ですが、ご挨拶まで 投稿者:テクネチウム  投稿日: 1月26日(日)11時32分31秒

 突然ですが、自己紹介させていただきます。
先日 「ヤフ−」の検索エンジンで「私の本名」を検索したところ、
このBBSがヒットしました。
全く身に覚えがないので、不安になりながらも開いていくと、
10年ほど前、新聞に投稿した記事が引用されているではありませんか。
自分自身が全く忘れている内容なので、非常に驚きました。
前後の内容を拝見しましたが、面白いですね。久々に活字中毒になりそうです。
若い頃は良くこんな議論をしたものですが、さすがに今は拝見するだけで十分。
 時々拝見させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。

「いぬの本」を紹介した ×××× (40)自営業 静岡市 です。


555前夜祭!!! 投稿者:ハムちゃま  投稿日: 1月26日(日)00時36分59秒

はむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
花ジョノの諸君お元気鐘!?
いやいや本日8時『555』オンエア〜〜〜〜〜〜〜〜亜!!!
もう興奮して寝られ魔チェン!!!
う〜〜〜〜〜〜〜〜夢!!!わくわくゑクワクワ倭苦琶句!!!!!!!
そういえば『ハリケンジャー』も本日最終回!!!
ウ〜〜〜〜〜〜〜夢・・・ごーるでん・・・。。。

PS セーヤのやつ古本オークッションに夢中でちゅね!!!
全く!!!また「某有名詩人の第何詩集」だとか・・・
豚でもない値段で落札してナキをみなきゃいいんでちゅが!!!
全く金銭感覚も教えてやらないとわからにゃいんでちゅから!!!

PS2 館長様から伝言でちゅ!!!園主様は「ダイアモンド
スクリーニング」という技法の絵を「版画」と見なしているか?
それとも「ポスターの延長」とみなしているか?という質問
でちゅ!!!ぜひお答えも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜酢!!!

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


(参考)のご参考。 投稿者:アーニャ  投稿日: 1月25日(土)12時05分52秒

>(参考)「失はれた美酒」ポール・ヴァレリィ
     堀口大学・訳 『月下の一群』(新潮文庫など)所収

この詩は、中井英夫『虚無への供物』(創元ライブラリ、講談社文庫など)作中にも全文引用されてるわ。

ただし、意図的なものか、多少の異同があります。
この異同については、「創元ライブラリ」版の相澤啓三さんの解説に詳しく書かれてますので、そちらをご参照下さいませ……

私ね、今、中井さんの傍にいる気分なのよ。
にゃあ〜♪                                         


人に歴史あり(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月24日(金)18時57分18秒


 アーニャさま
> Keenさまは、幼少のみぎりより、名うての「アイアン・ショルダー」でいらっしゃることよ。

 やっぱりなあー。でも、まさか中井さんや園主さま、Keenさまと出会う前から、肩に乗っかかっていたってわけじゃないでしょうねえー?(^-^;)

> 失われた饅頭

 ボクは、ヴァレリィーの原詩を読んでないんだよ。だからアーニャのパロディー詩を、充分に味わえないんだ。ゴメンね。・・・でも、なんだかスゴイ詩だね(笑)。

> んにゃあ〜♪(じゃれつく)     

 あっは(笑)。                                          


 園主さま
 遅ればせながら、こないだのビデオ上映会、ありがとうございました!

 ボクが一番気に入ったのは『クレヨンしんちゃん』でした。次はまた、別 の劇場版『しんちゃん』を見ましょうね(笑)。
 ・・・それにしても、あれを劇場で子供たちに見せたのかと思うと、曰くいい難いものがありますね。ある意味では、トラウマになるかもしれない「無気味な話」でしたから。でも、そのトラウマは悪くないトラウマだとは思いますが(笑)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


人に歴史あり(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月24日(金)18時56分16秒


 ブギーポップ・モコナさま(続き)

> 講談社を通した関係で、笠井潔さんとも気が合うようですしね。

 笠井さんが大塚さんと『別冊小説現代 メフィスト』誌(講談社)で対談してたのは知っていますよ。

 笠井さんの行動をチェックしている人にはすぐわかることなんですけど(笑)、笠井さんは「他のジャンルの権威」とコネを作るのがお好きなようですよ。思想家とか学者とかSF作家とか、まったく縁遠くも無いけれど、ミステリ界の人間でもない人と「仲良く対談」なさっているのが、とても目につきます。
 結局これは、笠井さんが「外部の専門家」を味方につけることによって、「内部」に対して自己の「権威」付けをしようとしているということだと思うんですよね。そういう姿を見せることによって、「私の理論は、専門家の評価にも耐えうるものなんだぞ」ということを、暗に誇示しているんです。もちろん、笠井さんご本人やその周辺の人たちは、それを認めはしないでしょうけど、これは「オルガナイザー(組織者)」である笠井潔なら当然考えていることなんです。「組織者」というのは、力や才能のある人材(組織目的に貢献できる人材)を集めて「強い組織」を作る人のことで、「仲良しクラブ」の中心者のことではないですからね。

 笠井さんはもともと左翼学生運動の闘士でしたが、もちろん基本的には「理論家」であって「肉体武闘派」では無かったと思います。そんな笠井さんの当時の主たる仕事は「オルグ(議論によって組織に人を引き入れること)」だったと思います。それは笠井さんの、あの「断言口調」にもよく現れているでしょう。「君の考えは間違っている。君は自分一人だけが良ければ良いと言うのだな!」なんてやってたんでしょうね(笑)。少なくとも「私はこう思うが、考えは人それぞれですからね。君は君の思うとおりにやればいい」なんてことを言ってたら「オルグ」はできないし、笠井さんがそんな調子で書いている文章なんか一度も見たことないから、「運動家」であり「組織者」であった当時の笠井さんは、今よりももっと極端な「決めつけ」を語っていただろうことは、容易に推察できると思います。

 つまり笠井さんが今やっているのも、基本的には「オルグ」なんですよ。そうして「組織(自党派)」に取り込んだのが、法月綸太郎さんを始めとする「探偵小説研究会」のみなさんや、SF作家の山田正紀さんや、大学教授の山路龍天さんなんかだと思いますし、最近、オルグしようとしたのが、森博嗣さんや東浩紀さん、大塚英志さんなど、若い人に人気のある人たちだったんじゃないでしょうか。

 でも、オルグは必ずしも成功するわけではありません。みなさん、大人ですから、笠井さんがニコニコしながら近寄ってくれば、それは仕事だし「仲良く対談」するくらいのことはなさるでしょうけど、それはそれでそれっきりという人も少なくないし、しばらくは付き合ってても縁遠くなる人も少なくないはずです。
 付き合っている人の顔ぶれを見ると、だいたいその時期、笠井さんがどういう活動をしていたのかがわかるというのも、逆に言えば、昔からずーっと変わらずにつきあっている、「この人とは親友なんだな」というほどの人が、案外少ないんじゃないか、ということでもあると思うんです。だって、利用されているとしたら、それは親友ではないですからね。

 ちなみに笠井さんは十年ほど前に、竹田青嗣さんなんかと『オルガン』という同人誌(書店に並ぶ評論誌)を出していましたが、このタイトルはもちろん楽器のオルガンじゃなくて、「組織」という意味での「オルガン」です。

 そんなわけで、笠井さんと仲良く話していたから、笠井さんと仲が良いとは限りませんよ。園主さまなんか、家に来た宗教の勧誘の人と「朗らかに宗教論を交わして楽しんでいる」と言ってますからね(笑)。





( 以下は「人に歴史あり(5)」につづく)


人に歴史あり(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月24日(金)18時55分32秒


 ブギーポップ・モコナさま(続き)

 ちなみに『作者の意図・狙い』を読むというのは、実際のところは、作品がある程度のレベルに達していないと無理なんですね。例えば、作者(や監督)が「この作品は戦争の悲惨さと平和の大切さを描きました」と言ったところで、実際には「描けていなかった」という場合が少なくないからです。もちろん、描けていなかったとしても、読者(や観客)の方が「豊富な作品鑑賞経験」に照らして、その「残骸的断片」のなかに「作者の意図の幻影」を読み取ることは可能です。つまり「こういうことが描きたかったのだろうなあ、たぶん」と。でも「これじゃあ、描いているとは言えないよなあー」ということなんですね。

 優れた作品には「『作者の意図・狙い』を読む」喜び、つまり「読解の喜び」というのがあります。それは暗号解読の喜びとも一脈通 じるところがあるでしょう。でも、駄作にはもともと「奥行き」が無いから(見たまんまだから)、読解のしようが無いんです。だから『ラーゼフォン』がシリーズ全体としては、おっしゃるような「凡作」なのだとしたら、それから「読解の喜び」が得られなかったのは当然で、モコナさま個人の向き不向きの問題ではないんだと思いますよ。
 「読解の喜び」ということで言うのなら、例えば、金城哲男さんの脚本の魅力が、金城さんの「沖縄出身という出自」と分かち難く結びついているという「読解」が出てきたのと同様に、榎戸洋司さんの脚本の魅力が何に由来するのかを考えてみる、というのも悪くないでしょうね。単に「文学趣味」で片付けるのではなく、具体的にどんなイメージに惹かれるのか、そのイメージが醸し出す雰囲気とはどういうものなのか。シリーズを超えて表出するであろう「榎戸趣味」を分析してみると、面 白いヴィジョンが見えてくるかも知れませんよ。

> ●兄から借りた『多重人格探偵サイコ・フェイク』(角川書店、02年7月刊)を読了しました。本書は、三池嵩史監督による映像版『多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還』のノベライズ(文庫本版全3巻)をリミックスした単行本版です。大塚英志さんという存在(彼の言論はもちろん、本書を始めとした著作物での「作者の意図・狙い」も含む)はわたしの好みではないけど、雨宮一彦の自己再生物語として、この本が気に入りました。

 そうですね。そういう風に、まず「否定するところは否定し、認めるところは認める」べきだと思います。そのうえで、大塚英志という一人の人間の中に、モコナさまが認められる部分と認められない部分が「矛盾なく同居している」ということの意味を考えると良いと思います。それは自分を知ることにもつながるからです。・・・笠井潔とその作品に対する、園主さまの態度と同じことですね(笑)。





( 以下は「人に歴史あり(4)」につづく)


人に歴史あり(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月24日(金)18時54分40秒


 ブギーポップ・モコナさま
 いつも書き込み、ありがとうございます!

> ●DVD版『ラーゼフォン』の最終巻でラストの3話を観て、ガッカリ!
>「ああ、観なければよかった」と地団駄を踏んで後悔するくらいに、大失望してしまいました。ここまで『エヴァ』のマネっこをする必然性があるのでしょうか? もうGW公開の劇場版『ラーゼフォン』なんて、絶対に観てやらないぞ!

って、まさかテレビシリーズ版『エヴァンゲリオン』の、あの賛否両論の議論を巻き起こした有名な「ラスト」を真似たんじゃないでしょうねえー。いや、まさかなあー・・・。

> 以前、西尾維新さんの作品を封印、うんぬんかんぬんとカキコした時、【良い想い出だけに、留めておきたかった】と表現しましたが、ラストを観たことにより、もう少しで良い想い出(お気に入りの話)までも穢れてしまうところでした。こういった経験をすると、やはり【「作者の意図・狙い」を気にせずに、「自分の好み」で作品を楽しむ】方が、わたしには向いているのだなとつくづく実感しました。
> よく考えてみたら、『ラーゼフォン』でお気に入りの話は、脚本がすべて榎戸洋司さんでしたし……。彼はTV版『少女革命ウテナ』のメイン脚本家&シリーズ構成を担当し、劇場版『ウテナ』のシナリオも書きました。結局、わたしは『ラーゼフォン』が好きというより、榎戸さんの脚本が好きだったのかもしれませんね。

 そうですね。アニメというのは「集団芸術」ですから、監督の作家性が弱いと、分担したスタッフの力量 がそのまま反映されて、「良いところ」と「悪いところ」差が大きくなってしまいがちです。モコナさまから、お聞かせいただいた範囲で言いますと、設定やラストが『エヴァ』のマネっこの域を出なかったというのは、結局のところ、監督に力量 (強固なヴィジョン)が無かったということだと思います。だから、榎戸洋司さんの担当された部分だけが(不釣り合いに)目立って良かったんでしょうね。
 でも、そういうことはテレビシリーズではありがちなことですよ。こないだ話題になった『ウルトラセブン』でも、内容的に話題の登ったのは金城哲男さんが脚本を書いた回であったり、映像的に評判になったのは実相寺昭男さんが演出した回だったりしましたからね。『ラーゼフォン』とは違い、『ウルトラセブン』の場合は基本的には「一話完結」で、シリーズを通 してのストーリーというほどのものは無かったので、そういう優れた回がけっこうたくさんあったという点で、シリーズ全体の評価も高くなった、ということはあるんでしょうね。





( 以下は「人に歴史あり(3)」につづく)


人に歴史あり(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 1月24日(金)18時53分07秒

 みなさん、こんばんは! 掲示板「アレクセイの花園」が三周年をむかえました。サイト『LIBRA アレクセイの星座』自体は、2001年1月の開設ですから、この元旦で二周年だったのですが、「アレクセイの花園」はその約一年前に開設されているからです(詳しくは「INTRODUCTION」をご参照ください)。ここ「花園」は、もともと園主さまとナイルズの二人で始めた掲示板なんですが、ナイルズの方に個人的なことでいろいろ不都合があって、「花園の助手」の仕事を続けるのが困難になったため、園主さまとはそのずっと以前からの友達であり、「花園」では本来は客分であったボクが、サイト全体の「助手」という肩書きで、ナイルズの代わりを勤めるようになったんです。こないだナイルズからのメールがありましたけど、どうもナイルズの復帰は難しそうなので、これからもボクが頑張らないとな、って感じです。・・・それにしても3年かあー。このサイトや掲示板がいつまで続くのかはわからないけど(園主さまは以前「十年は続けたい」とおっしゃっていましたが)、ボクは最後までつきあうつもりなので、みなさん、今後ともご支援のほど、よろしくお願いしますね(^-^)。





 nasuさま
> 「二十世紀少年のごとく世界はイリイチの手の中で踊っている20世紀の笠井世界」

 園主さま同様、ボクも意味がよくわかりません。

 でもまあ、誉めていないというのはわかりますよ。ニュアンスとして(笑)。


 AOIさま
> ご心配くださって、ありがとうございます。もう大丈夫!

 よかったあー(^-^)。

 でも、新聞を見たら、今頃「インフルエンザ、例年より一月早く流行の兆し」なんて書いてましたよ。とっくに流行してるものだと思ってたのに! もうインフルエンザのワクチンが品薄気味になっているので、特にお年寄りと小さいお子さんは要注意と書いていました。でも、ひいちゃったら熱が出て大変だし、ご家族にうつす可能性も大きいので、みなさんも気をつけて下さいね。

> ・・・先回りするところがなんかア・ヤ・シ・イ・・・(笑)

 ぜんぜん怪しくないと思うけどなあー(笑)。

> 園主さまもヴァイオリンなぞなさいませんこと?美少年に出会えるかも・・・。

 そんな心にもない(現実味のない)ことばかり書いてると、ご意見に信憑性が無くなりますよ(笑)。

> 『宮沢賢治殺人事件』『女は何を欲望するか?』読みました。感想は、いずれ(笑)。

 楽しみにしております!





( 以下は「人に歴史あり(2)」につづく)


しつこく改訂版☆ 投稿者:アーニャ  投稿日: 1月24日(金)17時45分45秒

>「『虚無への供物』饅頭」は、なかなかイイでしょ? 赤ワイン入りなんです(笑)。

  >虚無に捧げる供物にと
  >饅頭ひとつ 海に投じん
  >ひとつだけ (ホランドくん)


  「失はれた饅頭」   アーニャ・戯作

  一と日われ虚海を旅して
  (雁の沖の戴なりけん、今は覚えず)
  饅頭ひとつ海へ投じぬ
  「虚無」に捧ぐる供物にと。

  おお饅頭よ、誰か汝が消失を欲したる?
  或はわれ『奇偶』に従ひたるか?
  或はまた饅頭投じつつ美少年を思ふ
  わが胸のやほひのためにせしなるか?

  つかのまは葡萄酒の薫りたちしが
  たちまちにマドレーヌの如ほとび溶け
  紅茶めく波ばかりのこりぬ……。

  この饅頭を虚しと云ふや? ……波は酔ひたり!
  われは見き潮風のうちに管巻く
  いと畏き(ひねこびし)モノの姿を!


(参考)「失はれた美酒」ポール・ヴァレリィ
    堀口大学・訳 『月下の一群』(新潮文庫など)所収

冥府なる中井英夫に捧ぐ。
んにゃあ〜♪(じゃれつく)                                               


パンドラの箱の中の失望と希望? 投稿者:ブギーポップ・モコナ  投稿日: 1月24日(金)11時20分36秒

●DVD版『ラーゼフォン』の最終巻でラストの3話を観て、ガッカリ!
「ああ、観なければよかった」と地団駄を踏んで後悔するくらいに、大失望してしまいました。ここまで『エヴァ』のマネっこをする必然性があるのでしょうか? もうGW公開の劇場版『ラーゼフォン』なんて、絶対に観てやらないぞ!
プンプン! >§▼_▼§<
以前、西尾維新さんの作品を封印、うんぬんかんぬんとカキコした時、【良い想い出だけに、留めておきたかった】と表現しましたが、ラストを観たことにより、もう少しで良い想い出(お気に入りの話)までも穢れてしまうところでした。こういった経験をすると、やはり【「作者の意図・狙い」を気にせずに、「自分の好み」で作品を楽しむ】方が、わたしには向いているのだなとつくづく実感しました。
よく考えてみたら、『ラーゼフォン』でお気に入りの話は、脚本がすべて榎戸洋司さんでしたし……。彼はTV版『少女革命ウテナ』のメイン脚本家&シリーズ構成を担当し、劇場版『ウテナ』のシナリオも書きました。結局、わたしは『ラーゼフォン』が好きというより、榎戸さんの脚本が好きだったのかもしれませんね。例の【桜の樹の下には、屍体が埋まっている】を利用したストーリーも榎戸さんの脚本ですが、いかにも文学趣向の強い彼らしい小道具の使い方でしたね。
●兄から借りた『多重人格探偵サイコ・フェイク』(角川書店、02年7月刊)を読了しました。本書は、三池嵩史監督による映像版『多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還』のノベライズ(文庫本版全3巻)をリミックスした単行本版です。大塚英志さんという存在(彼の言論はもちろん、本書を始めとした著作物での「作者の意図・狙い」も含む)はわたしの好みではないけど、雨宮一彦の自己再生物語として、この本が気に入りました。
●園主様、レスは後日ということで!


反抗者への攻撃(5) 投稿者:園主  投稿日: 1月24日(金)02時50分01秒


 AOIさま
> ソールフラワーユニオンの『満月の夕』が、阪神淡路大震災のあとに創られた歌だったというのを初めて知りました(爆)。なぜか、戦後の歌だとばかり思っていたのですね。

それはたぶん、歌詞に、

> 時を越え国境線から 幾千里のがれきの町に立つ

> ヤサホーヤ 焚き火を囲む 吐く息の白さが踊る

といった部分があるからでございましょう。

『国境線』からは、どうしても「戦争」を連想しますし、『焚き火』というのも普通 の感覚からすれば「昔」のものでございますからね。
……でも、「震災」がそうであったように、『国境線』や『焚き火』を一瞬の間に過去のものでなくしてしまう「戦争」は、今も私たちのすぐそばにあるのでございますよね。この歌にも、「焼け跡」は過去のものではないんだというニュアンスが含まれているものと存じます。

> 園主さまもヴァイオリンなぞなさいませんこと?美少年に出会えるかも・・・。

確実に出会えて、仲良くなれるのなら、何を差し置いてでも習いにいくのでございますがね(笑)。

> 『宮沢賢治殺人事件』『女は何を欲望するか?』読みました。感想は、いずれ(笑)。

『女は何を欲望するか?』が、まだ古本屋で入手できません。もっと売れてくれないと、古本での入手は難しいかも知れませんね。……もちろん「あまりにも素晴らしい本」なので、買った人が誰も手放さない、という可能性も無くはないのでございますが(笑)。


 アーニャ
> 失われた饅頭

ずいぶん気に入ったようだな。前脚で、饅頭を右に左に転がして弄んでいる姿が、目に浮かぶようだ。これも猫の本能のなせる業なのかな?(笑)


 ホランド
さっき『2003 本格ミステリ・ベスト10』(探偵小説研究会・編著)を見てて気がついたんだが、表紙に『第三の波T新本格ミステリU15周年 この記憶されるべき NO.1は……』と刷られていた。

もちろん「第三の波T新本格ミステリU15周年 この記憶されるべき NO.1は、笠井潔『オイディプス症候群』だ!」ということなんだが、……「臆面 も無い」とはこのことだな。
もちろん、この結果は、笠井さんの一連の「政治活動」の成果として『記憶』されるべきだろうね。私の場合は頼まれなくても、この「『2003 本格ミステリ・ベスト10』事件」を日本の「ミステリ文壇(暗黒)史」に刻み付けてやるつもりなんだけどな(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


反抗者への攻撃(4) 投稿者:園主  投稿日: 1月24日(金)02時49分00秒


 ブギーポップ・モコナさま(つづき)
> ただ、問題はここで終わらず、彼の場合、自分の著作などで気に入らない相手を、関係者が読むとわかる形で批難、揶揄する文章を掲載するところが、悪評の原因になっているものと考えられます。
一例を挙げれば、『多重人格探偵サイコ・フェイク』(角川書店、単行本版のP208)で、【この国の近代文学が「私」と一人称で語り始めた瞬間、「私」があることになってしまったと嘆いたのは自らの「私」が仮構であることに耐え兼ねてとうとう自死した孤独で痴漢を唯一の趣味とした評論家だったが】と書き記しています。
> ここでは、たとえそれが真実であったとしても、【孤独で痴漢を唯一の趣味とした】という相手の人格を批難するような言説は、論旨にとって不必要なものでしょう。こういった形で、自著やあとがき、雑誌の記事で、悪意を持って書いているとしか思えない文章が多すぎるわけです。

この件に関しても、問題は微妙でございます。と申しますのも、この事例は「小説(フィクション)」の中で書かれたことだからでございます。
もちろん、私は、笠井潔の『天啓の器』のような事例を批判しておりますから、「小説中でなら何をやっても良い」とは申しません。しかし、私は、笠井潔のやったことは「個人的な妬みに発する、憂さ晴らし」であり、その「意図」が卑しいと批判したのであって、作中に中井英夫や竹本健治をモデルとした人物を出して批判した「手法」自体を批判したわけではないのでございます。

同様に、大塚のこの事例で挙げられている人物は、大塚とは「個人的な関係のない人物」でございましょう? それを大塚がこのように批判するのは、「その人物個人」を批判したかったからではなく、「その人物に代表される、情けない口先だけの連中」を批判したいがためなのではないでしょうか。

業界に影響力の大きい「大物プロデューサー」に楯つくような大塚なら、この「過去の人」でしかない『評論家』を恐れて名前を書かなかったわけではない、というのは自明であり、要するに大塚にとっては「その批評家個人」などどうでもよかったということなのでございます。つまり彼がここで問題にしたかったのは、今も大勢存在する「その批評家の同類たち」、つまり「自分の情けなさの故に、他人を妬んで批判する人間」、「自分が子分として隷属せざるをえない相手をも堂々と批判する大塚だからこそ、大塚を誹謗中傷しなければ気の済まない情けない奴ら」を大塚は批判している、とも言えるのでございます。

つまり、ただ個人を貶めるために「左翼」だ「ホモ」だと、あたかもその性質が「反・価値」であるかのように言うのは(論理的に)間違いでございますが、彼が「左翼」であり「ホモ」であることが事実であったのならば、彼を正当に評価するために、彼のそうした「性質」に言及すること自体は、なんら問題ではないのでございます。まして「左翼」や「ホモ」などとは違って、『痴漢』というのは「犯罪行為」であり、明らかな「反・価値」であり「非難されてしかるべき」性質のものなのでございます。
たとえば、それは、「掲示板荒らし」に対し「掲示板荒らしのくせに、一人前のことを言うな」と言うのが、間違いではないのと同じなのでございますよ。

したがって、大塚英志のこの種の言動を「問題点」として、ことさらに「言上げ」しなければならないというのは、それだけ大塚が、他人に正当に非難されるようなことはやっていない、という逆証明にもなるのでございます。実際、この程度のことで「トラブルメーカー」などと言われたら、批評家は「皮肉」や「揶揄」といった「批評家の伝統的テクニック」を使えなくなることでございましょうし、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』など、教条的クリスチャンが批判したように「人倫に悖る、論外の悪書」ということになるでしょう。

ともあれ、「多数派」が「教条的な正義」を振り回しはじめたら、それには細心の警戒をすべきでございます。それは「圧倒的な戦力を誇るアメリカ」が、自分に従わない(弱小)国を「悪の枢軸」などと一方的に名づけ、徒党を組んでの「正義の戦い」を喧伝するのと同じパターンなのでございます。





( 以下は「反抗者への攻撃(5)」につづく)


反抗者への攻撃(3) 投稿者:園主  投稿日: 1月24日(金)02時48分19秒


 ブギーポップ・モコナさま(つづき)
> ●大塚英志さんの件。兄の話によると、大塚さんのケンカ好きは有名で、何かにつけて出版社、放送局、音楽業界、同業者と問題を起こすトラブルメーカーらしく、自著のあとがきなどでも、ケンカしてばっかりだと読者に愚痴をぶちまけているとのこと。

私は、大塚英志についてはほとんど何も知りませんので、彼個人のことについては何とも申せません。ただ一般 論としての「世間の不評」というのは、まったく信用がならない、ということは強調されてしかるべきだと考えます。

例えば、私が尊敬する大西巨人は、最近でこそ評価が高うございますが、昔は「反抗者」としていろいろと中傷されてきた人でございますし、最近(平成12年2月)では産経新聞の「斜断機」の欄で『東工大講師 山崎行太郎』という人物から「事実無根の誹謗中傷」を受けたりしております(つまり、新聞に載ったりして、いかにも事実であったかのように喧伝されています)。また、同じく私の尊敬する、南方熊楠、宮武外骨、大杉栄らにしても、生前は何かと誹謗中傷を浴びた「反抗者」でございました。
つまり私の尊敬する「反抗者」ノーム・チョムスキーが、

『批判的な立場をとると、脅迫の手紙を受け取ったり、人から嫌われたり、新聞に悪く書かれたりはする。そういうことが起こりうる、という現実に不慣れな人は驚きはするでしょう。しかし、ここで起こっていることなど、どうということはないのですよ。』
   (『月刊PLAYBOY』誌 2002年6月号掲載「対談・チョムスキー/辺見庸」より)

と言うとおり、世間というものは「数の説得力」で「火のない所に煙」を立てたり、恣意的に言葉の断片をあげつらい、それを意図的に曲解して、「反抗者」を誹謗中傷しようとするものなのでございます。

しかし、これは彼が「反抗者」として、それだけ「誰もしないような批判(保身に走って、差し控えるような批判)」をきちんと実践している証拠でもあるのでございます。みんなと同じようなこと言っておれば、「狙い撃ち」にされることもないのでございますから、ある意味では「業界での評判の悪さ」とは、(私がそうであるように)「彼が自らが関わる場所においても(そこを例外とはせず)、潔癖に批評家としての勤めを果 たしている」証拠だとも言えるのでございます。

ですから、大塚英志が、

> プロデューサーの記名を拒んだため、十分な宣伝がなされなかったという曰く付きのCDです。サイコの企画には直接参加していないのに、プロデューサーとして名前を記載するよう依頼したキングレコード側の要請を突っぱねたそうですね。そのプロデューサーはキングレコードのアニメ部門を一大勢力にまで引き上げた功労者で、彼がいなかったら会社は潰れていたかもしれないし、あの声優の林原めぐみさんをアーティストの歌手として育て、オリコンの上位 常連にさせたくらいの実力者なのです。

というようなことをやっているのならば、この「大物プロデューサー」やその「取り巻き」が黙っているわけもございませんし、大塚が方々にこういう「敵」を作っておれば、「不当な誹謗中傷」の無い方が不思議なくらいなのでございますよ。





( 以下は「反抗者への攻撃(4)」につづく)


反抗者への攻撃(2) 投稿者:園主  投稿日: 1月24日(金)02時47分04秒


 ブギーポップ・モコナさま(つづき)
> ●麻耶雄嵩さんの『鴉』と『木製の王子』を読了しました。文章的にも内容的にも、聖なるものと俗なるものが混交していて、何となく釈然としない読後感を抱きました。聖なる部分はそれなりに楽しめました(評価できました)が、俗なる部分は退屈でつまりませんでした。

『聖なるものと俗なるもの』という言葉の意味するところが、よくわかりませんでした。よろしければご説明願えませんでしょうか?

> 『鴉』が【本格ミステリ・ベスト10】でベストワンを取ったという事実は、他の作品のレベルがいかに低かったかが窺われる結果 ですね。シニカルな感想かな?

まあ、「ミステリ」が10作あれば「ベスト10」は可能でございますから、「本格ミステリ」だけでも「ベスト10」は一応可能でございましょう(笑)。

しかし、あんまり候補作が少ないと、当然「たったこれだけで『ベスト』って言っても、意味無いじゃん」ということになりますので、『本格ミステリ・ベスト10』(探偵小説研究会・編著)では、常識的に考えれば「本格ミステリ」には含まれようもない大沢在昌の諸作など「ハードボイルド」「冒険小説」系のものまでリストに入れて「水増し」をしております。……しかし、いくらリストアップされていたとしても、こうした作品が、わざわざ『本格ミステリ・ベスト10』と題され限定された「ベスト10」投票で票を集めるはずもなく、これらは所詮「本格ミステリ」の「権威付け」のための「噛ませ犬」として並べられている過ぎないのでございます。

もちろん「本格の定義は人それぞれだから、そういう作品にも投票できるようにリストアップしておかないと」と言い訳することも可能でございますが、それなら『このミステリーがすごい!』がいわゆる「ミステリー」を「推理小説」限定せず、広く「エンターティンメント小説」と理解して「時代小説」まで含めるように、「個人の定義を尊重して、何でもあり」とし「リストアップ」を止めてしまえば良いのでございます。なにしろ投票者は、それなりに選ばれた読書人なのですから、リストが無ければ選べないということは、まったく無いのでございますからね。
……つまり、「リスト」の存在は、一般購読者向けの「こんなにたくさんの作品のなかから選ばれたベスト10なのですよ」という示威的なアピールでしかないのでございます。ですから、結果 として選ばれた作品が「それほどのものでもない」ということになるのも、理の当然なのでございますよ。

これは『シニカルな感想』ではなく、「論理的」で「シビアな評価」でございましょう(笑)。





( 以下は「反抗者への攻撃(3)」につづく)


反抗者への攻撃(1) 投稿者:園主  投稿日: 1月24日(金)02時45分59秒

みなさま、私、先日の書き込み(1月21日付け「映画の時間(中)」)に、何を勘違いしたのか、『ブラックムスリム』の説明を『黒人ユダヤ教会』と書いてしまいました。もちろんこれは間違いで、正しくは『黒人イスラム教会』でございます。「バックログ」収録時には訂正しておきたいと存じますので、訂正と共に、ここに記してお詫びいたします。

さて、話はがらりと変わりますが、私は昨日、名探偵エラリー・クイーンがハリー・ポッターと対決する小説を読みました。……と、こう書いて「アレだな」とわかる方は、匿名でも結構でございますから「それは誰某のこれこれという小説だ」とご指摘くださいまし。そうとうなミステリマニアになら、もしかすると回答が可能かも知れませんが、「花園」の読者に限定すると、かなりの難問でございましょう(笑)。





 ブギーポップ・モコナさま
> 精神成熟度に、進歩なし?

先日、私がご紹介しました「精神成熟度に関する図式」は、「加齢」にしたがって自然にそういう過程を経て変化「成熟」を遂げる、という意味合いのものではございません。私に言わせますと、(年齢的)大人の大半(95パーセント近く)は、(2-1)段階に止まっているものと存じます。そして、ここでいったん止まってしまう人が(2-2)や(3)へと成熟するのは、そうとうに困難であり、成熟のためには例外的な「切っ掛け」と「意志力」が必要でございましょう。これはいわゆる「頭の良さ」ではどうにもなりません。なぜなら「頭の良さ」は「自己正当化(観念的自己回復)」の方にしか使われないからでございます。

それに比べれば、(2-2)であるモコナさまが(3)に成長するのは、ずっと楽でございましょう。なぜなら(2-2)には、もともと「自己正当化」の意識が希薄だから、現状に固執しなければならない理由が(2-1)ほどには無いからでございます。

> 今日、書店に寄ったところ、東浩紀さん編著の『網状言論F改』(青土社、1400円)を見つけて即ゲットしました。順番待ちの本がたくさんあるので、読み始めるのはいつになることやら?

私もすでに購入しております。しかし、私の場合、一生読み続けられる分量 の本をすでに購入しておりますから、最後に回したのでは遅すぎます。しかし、いつ読むかというと、これは……タイミングの問題とか申せません。モコナさまが読んで、絶賛なさったとか激怒なさったとかということになれば、それに惹かれて読むことでございましょう(笑)。





( 以下は「反抗者への攻撃(2)」につづく)


「失はれた饅頭」の続き 投稿者:アーニャ  投稿日: 1月23日(木)12時18分23秒

>「『虚無への供物』饅頭」は、なかなかイイでしょ? 赤ワイン入りなんです(笑)。

  >虚無に捧げる供物にと
  >饅頭ひとつ 海に投じん
  >ひとつだけ (ホランドくん)                                   
  おお饅頭よ、誰か汝が消失を欲したる?
  或はわれ『奇偶』に従ひたるか?
  或はまた饅頭投じつつ美少年を思ふ
  わが胸のやおひのためにせしなるか?

  つかのまはヴェチヴェールの薫りたちしが
  たちまちに紅茶の如すきとほり
  隠微にも海はのこりぬ……。

  この饅頭を虚しと云ふや? ……波は酔ひたり!
  われは見き潮風のうちに管巻く
  いとひねこびしモノの姿を!


補足 投稿者:ブギーポップ・モコナ  投稿日: 1月23日(木)10時13分37秒

自分のカキコを読み返してみると、大塚英志さんへの個人攻撃のように受け取られかねないので、補足させてもらいます。
大塚さんの言論は、園主様の書いた通り、【言うべきことを言い、断るべきことを断って、言論人としての当然の責任を果 たし】ているのだとは思います。ただ、問題はここで終わらず、彼の場合、自分の著作などで気に入らない相手を、関係者が読むとわかる形で批難、揶揄する文章を掲載するところが、悪評の原因になっているものと考えられます。
一例を挙げれば、『多重人格探偵サイコ・フェイク』