●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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「富山房百科文庫・・・塚本邦雄撰『清唱千首』」をアップ。 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 2月10日(月)21時53分50秒

・ 「本」のシリーズです。
・ 僕自身がネットで知りたいことの一つが、ここにこんな面白い本があるぞという情報です。
・ ネットでは、書影や数行の印象記は、けっこう目にします。
・ ただ希望としては、もう少し言葉を費やして頂けると、探索しようという気力が、さらにおきるように思います。
・ 楽古堂が、古書の収集の世界に足を踏み入れたのは、澁澤龍彦氏の懇切丁寧な文章の影響が大です。
・ 自分からも、そのように発信しようと思っています。
・ もちろん、彼の筆に及ぶべくもありません。
・ 実践例の一つとして、未熟ですが提示することにいたします。
・ 今回は、富山房百科文庫・・・塚本邦雄撰『清唱千首』です。


  2003年2月9日(日)

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


レスポンス 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 2月10日(月)20時47分21秒

keen様へ。
> インターネットカラオケ

・ そうかもしれません。
・ あそこで、僕は歌っているのかもしれません。
・ 詩の講義というのは、いちばん楽しいです。
・ 「地上の星」は、常磐線の通勤電車内での、二人の女子高生の会話がヒントです。
 A「ねえ、どして、ツバメなんだろうね?」
 B「しらネエよ。手紙とか、配達するからじゃネエの〜」
・ ここで、楽古堂は、それは「伝書バト」だろうと、ツッコミたくなっています。
 A「ワシとかタカなら、かっこいいのに」
 B「ヒヨコも、かわいいかも〜」
・ 楽古堂の頭が爆発します。
 「ヒヨコよ〜、地上の星は〜、今、何処にあるの〜」
・ 実話です。
・ レス漏れになっていました。
・ すみませんでした。
・ 体調に気をつけてください。


AOI様へ。
> 予備校ではバレンタインデーには机の上がチョコでうまるとか(笑)。

・ 小生48歳で、子どもが二人、妻が一人(笑)おります。
・ もう関係ありません。

> 歌詞が古いということなのでしょうか?

・ 歌そのものは、万葉集にあります。
・ 調べてみると、並みの推理小説よりも面白いですよ。
・ 使えそうな歌が、他にいくつもあります。
・ なぜ、この歌だったのか?
・ いろいろと、推理をめぐらせることができます。

> かつて、地域の住民運動といえることはしていました。

・ やはり。
・ そういうことをしていたことを、記録に残せませんか?
・ 子どもたちへの、励ましになると思うのです。
・ 大人も、これだけがんばっていたんだということを、報せるために。
・ 友人の奥様にも言うのですが、存命中の人のことを考えると、いろいろと差し障りがあって書けないという返事でした。
・ ネットの匿名性は、こういう時にこそ有効だと思うのですが。
・ 今、全国の草の根の運動が、急速に忘れ去られて行きます。
・ 残念です。


テクネチウム様へ。
> 講師とは「エライ人」「間違わない人」と他人に見せたがる。

・ これも「テクネチウム名言集」ですね。
・ 至言です。
・ 「間違わない人」ということで、金をもらっているわけです。
・ これは、仕方がありません。
・ しかし、長いこと、この仕事をしていると、そのことに違和感を覚えてきます。
・ ここに書く文章は、答えではなくて、主に自分に疑問が発生する過程そのものを、表現しています。
・ 間違うことを、きにしないようにしています。
・ 気分転換になりますよ。
・ もっとも、小生は分からないことは分からないと、正直に学生の前で白状することにしています。
・ その代わり次回までに睡眠時間を削っても、正解を持っていきます。
・ 正解をすべて教えないで、わざとヒントに止めておき、学生に発見させるというのは、僕らの常套手段ですが。
・ こちらこそ、いろいろと教えて下さい。  


  2003年2月8日

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html

 

ひとつだけ、訂正。 投稿者:Keen  投稿日: 2月 9日(日)22時49分20秒

☆園主さま

>> 「覚醒」したばっかりなのに〜☆

>申し訳ございません(^-^;)。しかし、誰かが傷つくからと言って、批判を差し控えていては、批評はありえません。誰一人傷つかない批評なんて、本当はありえないのでございます。(以下、続く)

これは単純な誤解です。「覚醒」したばかりなのにもう「眠い」、というだけの意味でつけたタイトルでした。「田中幸一」相手に、そんな泣き落としが通 じると考えるほど、私は「甘ちゃん」ではありませんことよ〜(笑)。
とはいえ、お気遣い頂き、ありがとうございました。
身辺が落ち着きましたら、また書き込みに来ますねー。

皆さま、お元気で。


食べられたい。 投稿者:影姫青夜  投稿日: 2月 9日(日)09時16分56秒

園主様、『死体の食卓』届きました。これから読みます。
読んだら感想文を書きます。ありがとうございました。

しかし人肉食・・・というかわたしはなぜか人肉を食べることにも
自分が食べられることにも全く違和感がないのです。なぜかというと
人間とて牛・豚・鶏を同じ哺乳類、なぜ人間だけ食べてはい
けないのかわたしには不思議なのです。しかし
人様を食べることは倫理的・法律的にゆるされないでしょうから、
自分が食べられてみたいのです。わたしの死後、わたしを食べて
みたいひとは連絡ください。おいしいですよ。(ニヤリ)

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


因みに 投稿者:賢ちゃん  投稿日: 2月 9日(日)09時15分28秒

☆園主さま

掲示板の名前は『BRIGHTON ROCK』です。>AOIさま
由来は、QUEENの曲名から捕っております。
訂正しておいてください。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/6709/


匣のすみ 投稿者:AOI  投稿日: 2月 9日(日)04時46分26秒

☆ホランドさま

>やっと姿を見せて下さいましたね!(笑)

あのねー。私のこと、ひまなのに、何してるんだって思ってるでしょ(笑)?
ふらふらゆらゆらしてるわけじゃないんですよ〜。


☆楽古堂さま

>・ 世間で身を処すというのは、つくづく難しいことです。

・・・ほんとうに。

>・ 小生にできることは小さいのですが、たとえば「昴」は宮沢賢治への応援歌でもあるということを、若い学生に示すことで、(インフルエンザのワクチンのように、)集団の危険な方向に発展する可能性のある熱狂に、加担しないような免疫ができれば良いと考えています。
>・ 自分の頭で感じ考えるということを教えたいのです。
>・ 中央大学時代に、家永三郎教授から話を聞いて以来、忘れられません。
>・ 家永先生の気持ちが、この年になって分かってきました。

ある意味、長い学校教育で相対的に評価されることに馴らされた人たちが自分に自信を持って自分の頭で考える人になっていって欲しいですね。
楽古堂さまが、家永さんから影響を受けられたように、若い人はいつも信頼できる大人、師を求めていて、ご本人が思われる以上に影響力は強いのだと思います。
私自身、今でもなんとなく心に残っていてある時ふいに思い出す先生の言葉ってあって、そのときのニュアンスや表情まで思い出したりしますよ。
楽古堂さまやテクネチウムさまがどのような講義をされているのか、拝見してみたいですね。
予備校ではバレンタインデーには机の上がチョコでうまるとか(笑)。

>・ 「海ゆかば」は、1880年に東儀季芳氏によって、海軍の礼式用の曲として作られました。
>・ 同年10月25日、宮内庁式部寮雅楽科が「君が代」を作曲します。
>・ 11月3日、ドイツ人エッケルトが編曲し、天中節宮中御宴で初演奏がなされています。
>・ この二曲は姉妹編のようにして、生まれているのです。
>・ ご存じでしたか?

『君が代』は古歌ということで、もっと古い歌なのかとおもっていました。意外と新しいのですね。歌詞が古いということなのでしょうか?


>・ 一度、聞こうと思っていたのですが、あなたは地域の住民運動に参加されていますか?
>・ 二十年来の友人の奥様に、たまたま結婚して嫁いだ村に原発があったために、その反対運動に取り組んでいる方がいます。
>・ それまでは、政治にも無関心の方でした。
>・ 発言や発想に、たいへん似たところがあるように思います。
>・ もし、そのような経験があれば、ルポして頂けたら幸甚です。

かつて、地域の住民運動といえることはしていました。湾岸戦争のころは、集会やデモもしました。
今は政治的な活動にはほとんど関わっていないです。(ある女性議員のサポーターにはなっています)
わたしは基本的に政治には関心のない人間なのですね(笑)。ただ、しょうがなくてやっていた(いる)ということなんです。
原発は世界的に撤廃されつつありますね。その潮流に逆らっているのは日本くらいでは。9・11の目標の一つは原発だったということも言われていましたが、実行されていたらと思うとほんとに怖いです。ご友人の奥様にも頑張っていただきたいです。

アフガン空爆での劣化ウランの被害は湾岸戦争の比ではないという情報を友人が送ってくれました。イラクの攻撃をなんとか回避しようという論調がでてきたことが望みです。

☆園主さま

>「お猿の掲示板」

サイト名は『鬼神降臨』ですよ(笑)。
賢ちゃんが訂正にきてくれるとよかったんだけどね。


にんげんだもの 投稿者:テクネチウム  投稿日: 2月 8日(土)21時21分55秒

☆楽古堂主人様
・ 予備校で、現代文、古文、小論文を教えています。
 
私の苦手部門ばかりですね。本を読むのは好きなんですが、
勉強するのは苦手でした。羨ましい。

・ 講師は小生を含めて、ヒトクセもフタクセもある人物ぞろいです。

ホントにその通りです。(あ!失礼しました)
謙虚でない私は、自分だけはまともだと思っています。
ほとんど例外なく、自分のカラを持っていて、他人の意見を聞かない。
講師とは「エライ人」「間違わない人」と他人に見せたがる。
こんな方が多いようです。世界が狭いからでしょう。
偉そうな事言ってますが、私自身まだまだ未熟だと思ってますので、
これからも色々教えてください。
カラオケの件、いい話ですね!
講師仲間で、カラオケに行ったとき、最後まで「アニメソング」ばかりの
方がいましたが、拍手してやれば良かった。反省。

☆園主様
>質の悪い酔っぱらいほど「俺は酔っていない」と抗弁するものでございます。

「酔っぱらい」を「嘘つき」に換えてみると、より正確になると思います。
酔っぱらいを説得するほど、難しい事はありません。
私だったらほっといて逃げちゃいますが、親切な園主様は、説得なさるんですね。

「酒場での教訓」

 正しい言葉は、人を傷付ける。

私たちは通常虚構の会話を交わしている訳なんですが、酔いが回って
つい真実を言ってしまう場合があります。後から謝ってももう遅い!
刃傷沙汰にでもなった日にゃ、一生後悔します。
真実と悲しみは、胸の中にしまっておくべきものなんです。


ダメなものはダメ(11) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時42分40秒


 アーニャ
> おかげさまで、左前足はほぼ全快、ネコエイズも大丈夫だったわ(^0^*

よかった、よかった(笑)。

> さて、Keenさまなんですけど、復帰早々、またトラブル発生で、『クレシェンド』の感想まとめる余裕がないようです。ユルユルふらふら♪(笑)なので、私のサポートが必要ですから、またしばらくお休みするかもしれないわ。
> ホントに、ネタだけは山ほどあるっていうのにね☆

Keenさまからメールをいただいたよ。残念だが、そういう事情なら仕方がない。しっかりとサポートしてさしあげるんだぞ。

> Keenさまは、議論自体を恐れているわけじゃないわ。むしろ、一旦やり始めたら、寝食忘れて夢中になってしまうご自身の性格と、それによる日常生活への影響を恐れているのよ。

そのへんの「バランス感覚」の重要性と言うか、「自制力」こそが、底力のバロメーターなんだろうな。「戦えない」のもダメだけど、「のめり込み」過ぎる(退けない)のも、余裕(地力)のない証拠だからね。自制の利かなかった「弱さ」の典型例が、広大なアジア大陸に侵攻し、退くに退けなくなって、なかば自滅した日本軍だと言えばわかりやすいだろう(笑)。

> 私のこと褒めてくれるなら、その私がいつしか住み着いた、この「アレクセイの花園」も、大した「知の楽園」(戦場、かしらね?/笑)だっていうことよ。フフフ♪

どちらでもあるだろう(笑)。どちらとして顕現するかは、受け手の心映えしだいだ。


 ホランド
でも、『クレシェンド』の後は……マンガだなあ(-_-;)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


ダメなものはダメ(10) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時41分40秒


 AOI さま(つづき)

概して谷村新司の歌は、「主情的」であり「理性的」反省を欠いております。まあ「エンターティンメント」ですから許容範囲内だとも申せましょうが、事実は事実でございます。

例えば、彼のヒット曲のいくつかは、子供っぽいまでの「ドラマ性」を帯びて、現実から遊離しております。その代表例が、

  Fade Away いくつかの恋もしたけれど
  目の前の幸福に心も揺れたけど
  Espionage 悲しき運命
  Espionage 命は風に吹かれるまま

  Every Day All Over The World
  Every Night All Over The World
  拳銃を胸に握りしめたまま
  夜空に祈り続けた

と歌う、「スパイ小説」に取材した『エスピオナージュ』でございますが、このような紋切り型に「ロマンチックな」スパイ小説は、ちょっとやそっとでは見つからないことでございましょう。

また、この系列の「ロマンチック・ドラマ」としては、

  つかみかけた 熱い腕を
  ふりほどいて 君は出てゆく
  わずかに震える 白いガウンに
  君の年老いた 悲しみを見た

  リングに向う 長い廊下で
  何故だか急に 君は立ち止まり
  ふりむきざまに 俺に
  こぶしを見せて 寂しそうに笑った

  やがてリングと 拍手の渦が
  ひとりの男を のみこんで行った

  立ち上がれ もう一度
  その足で 立ち上がれ
  命の炎燃やせ

と歌う、『あしたのジョー』などの「ボクシングマンガ」の影響色濃い『チャンピオン』がございましょう。

『昂』『群青』『エスピオナージ』『チャンピオン』……。見てのとおり、谷村新司という人は「ドラマチックな悲愴感」が大好きな、とても「無邪気な人」なのでございます。ですから、彼が『海軍士官学校(?)の白い詰襟』を着たとしても、それはせいぜい「かっこいい制服」以上のものではなかったと推察されます。

つまりAOIさまもご承知のとおり、谷村には「戦争」や「軍隊」や「散華の思想」を肯定するつもりはございませんし、「特攻精神」を「美化」するつもりもございませんでしょう。しかし、その「つもり」はなくても、谷村の「無防備」な「無邪気さ」や「主情性」は容易に、そうしたものへと転化利用される危険性を秘めております。

讃えられるべき「愛国心」が、容易に「排外主義」「外国人差別」へと転化するように、「自己批評性を欠いた自己肯定」は容易に「他者蔑視」「他者排斥」に傾くのでございます。
例えば、中島みゆきの『地上の星』を愛唱する中年サラリーマンの「注目賞讃が無くとも、地道に頑張る自己(地上の星)」を肯定しようとする(自己激励)意識の裏には、「地位 」や「名声」や「金儲け」に走る人たちを「見下し返して」溜飲を下げようとする「ルサンチマン」の潜んでいることも、決して珍しくはないのでございます。





( 以下は「ダメなものはダメ(11)」につづく)


ダメなものはダメ(9) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時40分15秒


 AOI さま
> 一つ「昴」について気になったことを書いておきます。
> 作者の谷村新司が『連合艦隊』のテーマソングをつくったということもあるのではと思いますが、TVで、海軍士官学校(?)の白い詰襟を着て、『昴』を歌っていた記憶があるんですね。つまり、彼のイメージとして特攻隊が『昴』のイメージと矛盾しないのではと思います。そうであれば、この歌が容易に特攻隊の散華の思想と結びついて特攻精神が美化されることもありうるのではないかと気になりました。この歌がすばらしいだけにそうなって欲しくないと思います。

> たしか主題歌は、出だしが『空を染めてゆく、この雪が静かに、海につもりて、波を氷らせる』で、最後が『せめて海に散れ、思いが届かば、せめて海に咲け、心の○○○』って感じで、戦争で戦って死んでいく人への「哀悼の意」を詠った歌だったと思います。その意味で「美化」してると言えば美化してるでしょうね。「戦死」を肯定はしてないけど、否定もしてませんし、「きれいごと」の範疇だとは思います。「悲愴感」に酔っちゃうタイプの歌でしたから。(<ホランドくん)

映画『連合艦隊』の主題歌は、谷村新司 作詞作曲の『群青』でございます。歌詞を探しましたが、見つけられなかったので、私の記憶で可能なかぎり再現いたしましょう。

  1.
  空を染めてゆく この雪が静かに
  海につもりて 波を氷らせる

  空を染めてゆく この雪が静かに
  海を眠らせ あなたを眠らせる

  手折れば散る 薄紫の
  野辺に咲たる 一輪の
  花に似て 儚きは 人の命か

  せめて海に散れ 思いが届かば
  せめて海に咲け 心の○○○

  2.
  我より先に逝く 不幸は許せど
  残りて悲しみを 抱く身のつらさよ

  君を背負い 歩いた日の
  ぬくもり背中に 消えかけて
  泣けとごとく 群青の海に降る雪

  せめて海に散れ 思いが届かば
  せめて海に咲け 心の○○○

見てのとおり、ホランドくんが『戦争で戦って死んでいく人への「哀悼の意」を詠った歌』と言ったとおり「英霊よ、安らかに眠れ」という内容であり、突き放して言えば『「悲愴感」に酔っちゃうタイプの歌』、観客の涙を搾り取るタイプの「センチメンタルな歌」だと申せましょう。

AOIさまは『TVで、海軍士官学校(?)の白い詰襟を着て、『昴』を歌っていた』谷村新司の姿を見て、『昂』が『容易に特攻隊の散華の思想と結びついて特攻精神が美化されることもありうるのではないか』と危惧なさったわけですが、これは達見でございましょう。





( 以下は「ダメなものはダメ(10)」につづく)


ダメなものはダメ(8) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時37分02秒


 楽古堂主人 さま
幸福の王子の物語 ―― 中島みゆき「地上の星」

ご投稿、ありがとうございました。

> ・ ワイルドの『幸福の王子』を知らない世代が誕生しています。

私も未読でございます。さすがにその存在だけは知っておりますが(笑)。

> ・ しかし、楽古堂が、田中幸一を信頼するのは、この「醒めた批評性」の存在が、いつも根底にあるためなのでしょう。

恐縮でございます。しかし、

>・ 僕は、今までどうしてあなたが長時間の(特には五、六時間も)ハードなカラオケ・マラソンをするのか、よく分からなかったのです。
>・ 田中幸一の自分への応援歌が、アニメ・ソングだというのは「花園」で前にも話題になりました。
>・ しかし、「醒めた批評性」によってアニメ・ソングを、自分へのジョークとして熱唱していても陶酔の時は、なかなかに訪れないでしょう。
>・ トリックスターは、まず自分を笑わなければ、トリックスターではないでしょう。
>・ それが訪れてくるのは、歌い疲れて声も出なくなったような、ある一瞬のことなのでしょう。
>・ だから、あなたは粘っていたのですね。

というようなことではございません。これは誤解でございます。

私にとってのカラオケは、もっぱら「肉体的な快楽」「スポーツ」の類いでございまして、『自分への応援歌』という意味はほとんど無いと断じても差し支えないと存じます。
ですから、私がカラオケで歌う曲は、「歌詞の良い曲」ではなく、「歌ってスッキリする曲」。つまり「発声音域いっぱいまで使える曲」「技巧を必要とする曲」「テンポの良い曲」などでございます。

どうして『ハードなカラオケ・マラソンをするのか』と言えば、それは私が「快楽」に対して貪欲であり、かつ「(歌唱についての)体力」があるからでございましょう。私が何時間も歌うのは、私が本を貪欲に読み、がしがしと書き続けるのと、まったく同じことで、それが楽しいし、ちょっとやそっとでは満足できないからなのでございます。

ただ、意識的にアニメの曲をよく歌うというのには、子供の頃から愛唱したアニメソングに対する「愛情と忠誠」ということのほかに、物事を「レッテル」で判断する人たちに対する皮肉(批評)の意識も含まれております。つまり、私はアニメファンではない人とのカラオケでもアニメソングを歌うのでございますが、その時には相手から「子供の歌(マンガの歌)を歌うのか」と笑われるのを承知で歌う一方、そのような場合にも相手に謙って「笑いを取るため」にアニメソングを歌うのではなく、「普通 の曲」を歌う人たち以上に「きっちりと美しく」アニメソングを歌い上げることで、人(や歌)を「見かけ」や「肩書き」で判断する人たちの愚かさを批判し、気分だけ大人になったつもりの人たちを未熟さを嘲笑するのでございます。

>・ 『少年時代』や『昴』を歌っている時の自分は、恥ずかしいことですが、外部から見ると自己陶酔している鼻持ちならないオジサンだと思います。

ですから、人(外部)がどう見るかは問題ではございません。人がどう見るかを、自己批評として自分の意識(内部)に繰り込めるかどうかが問題なのでございます。





( 以下は「ダメなものはダメ(9)」につづく)


ダメなものはダメ(7) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時34分03秒


 テクネチウム さま
> S.F.は大好きだったんですが、最近は読んでませんね。
> 虚構の世界を旅することが、苦手になってきてます。

歳をとれば、たいていはその傾向が出てまいりましょう。もう十代の頃の「のめり込み」は望むべくもございませんから、その分、正確に読み取り、細やかに味わいたい、とは思うのでございます。

> 大人という者は、つらい者ですよねえ。

そうでございますよね。「選ばれし者の恍惚と恐れ」という言葉がございますが、大人はそうした位 置にあるのでございましょう。「責任を担えることの喜びと、担わざるをえないことの恐れ」ということでございます。

> 酔人観察

「酔う」という現象は、何も「お酒」によってのみ、ひき起こされるわけではございません。人は常に、「時代」「思想」「立場」あるいは「言葉」など、ありとあらゆるものに酔っているものであり、問題は酔って「乱れるか否か」なのでございましょう。質の悪い酔っぱらいほど「俺は酔っていない」と抗弁するものでございます。

> 私は、サッカ−スタジアムという、非日常の閉空間では許される物だと思います。
> なぜならサッカ−においてはスタジアムの観客も、戦闘員だからです。
> (もちろん放火したり暴力をふるったりするのは、論外ですがね)

私が「サッカーはスポーツではない。戦争だ」とか「サポーターは12番目の選手だ」というレトリックを問題視するのは、人が「言葉」に酔いやすい(すぐにその気になりやすい)からでございます。

たとえば「サッカーはスポーツではない。戦争だ」というレトリックから「汚い手を使ってでも、勝てばいいのだ」という考えが容易に引き出されます。「フェアプレーをしても、負けは負けだ。勝てば官軍だよ」と考える人も当然おりましょう。また「戦争」という比喩から、サッカーがスポーツの中でも「特別 (厳しい)」なものだ(そして「私はそのファンだ」)という「選良意識」を持つ人もあるでしょう。もちろん、これは「独りよがりな自己規定」でございます。

また「サポーターは12番目の選手だ」という言葉に酔って、選手とサポーターのけじめを見失う人もいるでしょう。彼は「戦争」勝つためには「汚い手」も辞しませんし、「お国(チーム)」ためなら、自分がドロを被って犠牲になることも辞さないでしょう。

馬鹿げたことですが、現実には「この程度のこと」しか考えない人も多いのです。だからこそ「言葉(表現)」には気をつけなくてはいけない。サッカーファンが考えるほど、言葉の問題は、軽くはないのです。言葉は、人間を作り替え、人間を殺しもする、「呪」なのだということを忘れてはなりません。

> 図書館にて「しをんのしおり」と「ウロボロスの偽書」借りてきました。文字が小さいので苦労しそうなんですが、読み始めています。

興味を持っていただけたようで嬉しゅうございます(笑)。
『しをんのしおり』は素直に楽しんでいただけましょう。『ウロボロスの偽書』の方は好みの問題もございますが、できれば続編の『ウロボロスの基礎論』まで読んでみて下さいまし。

> 「利害関係の無い相手が、一番の飲み友達」

> 考えてみると、ネットでの会話もそれに当たるのかな?

そのとおり。だからこそミステリ業界関係者は、私を敬遠するのでございます。身も蓋もなく真実を直截に語るからこそ、危なくて仕方ない。万が一にもそんな「田中幸一の仲間」だと思われたら、業界で生き難うございますからね。私の主張に内心で賛同していたとしても、それを公にはしないのでございます。その意味では、私は、戦時中の「赤」か、あるいは「被差別 部落民」みたいなものでございましょう。個人的には私本人を嫌っていなくても、私の仲間だと見られ差別 迫害されるのが怖くて、保身的に私を敬遠している人が、ミステリ業界関係者には少なくないのでございます(笑)。





( 以下は「ダメなものはダメ(8)」につづく)


ダメなものはダメ(6) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時33分20秒


 Keen さま
> 「覚醒」したばっかりなのに〜☆

申し訳ございません(^-^;)。しかし、誰かが傷つくからと言って、批判を差し控えていては、批評はありえません。誰一人傷つかない批評なんて、本当はありえないのでございます。

もちろん、多くの人は「身も知らない人」を傷つけるのは平気で(批判をし)、「知り合い」が傷つく場合には物わかりよく批判を差し控えます(自己保身のために)。今回、私が賢ちゃんを厳しく批判したのも、彼の批判がこの類いのものだったからでございます。

ともあれ「やりやすい相手」「反論が返ってくる怖れのない相手」だけを批判するというのは、端的に「卑怯」なことだと申せましょう。ですから、私は必要とあれば、愛する人を傷つけてでも、批判をするのでございます。それが私の批評家としての責任の取り方であり覚悟なのでございます。


 神野恭治 さま
> 園主サマ、ブラッドベリの作品に関してずいぶんとお手数をおかけして申し訳ありません。
> 急いではおりませんのでどうかあまりお気遣いなさらないで下さい。
> …でも楽しみにしております(笑)

今日明日中には届くことでございましょう。おまけも含めて、お楽しみいただければ、幸いでございます。


 影姫青夜 さま
> もうひとつの未来

> 本日の投稿はひさしぶりに『万華鏡』に収録してください。よろしくお願いいたします。

さっそく『影姫青夜の万華鏡』に収めさせていただきました。

ただ、このご文章は『仮面ライダー龍騎』を見ていなかった者には、ほとんど理解不能で、エッセイとして充分に自立しておらず、したがって影姫さまの解釈の是非の検討もできません。もうすこし誰にでも読めるものとして書いた方が良かったのではないでしょうか。





( 以下は「ダメなものはダメ(7)」につづく)


ダメなものはダメ(5) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時30分25秒


> 私は、焦点がずれた批判に対して、
> 反論する気も毛頭ありませんし、

自分の『焦点がずれた批判』についても、「反省する」気は毛頭ありませんと言うのでしょうか?
また、私がここまで再反論を加えてきた、ご自分の書いた文章が「反論ではない」とでも言うのでしょうか?

> この文章を読んで、あなたが更に批判文章を投稿されても、
> それに対して対応するつもりもありません。

べつに私は対応を「強要する」つもりはありません。ただ、他人を批判するからには、それなりの責任を「自主的に」担うのは、大人として当然のことだと言いたいだけでございます。

ともあれ、一般にこういう言い種は「当て逃げの抗弁」としか申せません。
賢ちゃんは、ご自分が批判した「反米本」を出した著者や出版社が、私と同じ論旨で反論してきた場合、今回のような「逃げ口上」をするのでしょうか? 私の予想では、あっさり謝罪して、それで終りでございましょう。賢ちゃんは相手が私だから、こんな甘えたことが言えるのでございます。

> アメリカに対し、不満なり批判なりがあるのなら、
> あなた自身の掲示板でやればいいことで、
> わざわざ、私の管理する掲示板で書く必要はないでしょう?

言われなくても、私が私の掲示板でアメリカ批判をやっていることは、賢ちゃんも承知の事実でございます。

また今回、私が賢ちゃんの掲示板に書き込んだのは、「アメリカ批判」ではなく「賢ちゃん批判」なのも、普通 に読めば明らかな事実でございましょう。
ともあれ、どっちの掲示板かにこだわって、論点をズラすのは、自己のなした批判の責任を担い切れないので、単に逃げたがっているためだと申せましょう。

> 私は、今回のあなたの批判に対し、悪意を感じています。
> しかしながら、それについても批判するつもりはありません。

批判に『悪意』を感じるという不平不満も、幼稚極まりないものでございましょう。そんなことを言うのなら、厳しい批判というものは、すべて「悪意」によってなされたものだと言えるでしょうし、当然、賢ちゃんが日頃書いている各種の批判も「悪意」によるものだと申せましょう。賢ちゃんの言い分は、私の批判に「激怒」した笠井潔や木村貴なみでございます。

人が何かを批判するのは、それが「間違っている」と感じるからでございましょう。そして人は「間違っている」ものには「怒り」と「敵意」を感じます。それを批判される側から「主観的に」見れば「悪意」と思えるというだけのことでございます。
賢ちゃんの『悪意を感じています』という言い種は、親に叱られた子供が「僕が憎いんだな」と言うのと、全く同じレベルだと申せましょう。私に言わせれば「頼まれもしないのに、賢しらに他人を批判するのならば、ちょっとくらい自分が批判されたからといって、いちいち泣き言を言うな」というにもなりましょう。

ともあれ、もちろん賢ちゃんには、まともな反論はできません。これは『批判するつもり』があるとか無いとかいうレベルの話ではないのでございます。

もちろん、私は「反論」に応じます。ですが、そこでなされるべきは「つもり」の説明(言い訳)ではなく、私の批判への論理的で積極的な「反論(論駁)」でなくてはなりません。しかし、それはたぶん不可能でございましょう。「反論しない」のではなく、単に「反論が不可能だから、できない」のでございます。

すこし頭を冷して、反省していただきたいと存じます。





( 以下は「ダメなものはダメ(6)」につづく)


ダメなものはダメ(4) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時29分29秒


> それ!この時!!とばかりに「反米本」ばかりを出版する、その姿勢を皮肉ったわけです。

『「反米本」ばかりを出版する』と非難されているのは、「出版社」か「作家」でございましょうが、言うまでもなく、本当に『「反米本」ばかりを出版』しているのは、昔から「反米本」ばかりを出版する反米的な「出版社」や「作家」でございましょう。彼らは、その意味では「一貫」しております。また、『それ!この時!!』とばかりに「反米本」を出版する「出版社」や「作家」の行動は、すでに説明したとおり「時宜を得た」正当なものでございましょう。

つまり、賢ちゃんの言う『「反米本」ばかりを出版する』というのは、前者のタイプの出版社(や作家)と、後者のタイプの出版社(や作家)を十羽ひと絡げに同一視し、不当に「機会便乗者」呼ばわりしたものであり、それは批判対象を見定めずになされた「無責任な批判」なのでございます。

もちろん、「機会便乗者」がいないとは申しません。しかし、そうしたものがいるという「当たり前の事実」だけで、「今この時」にアメリカ批判をする人たちを十羽ひと絡げに「ブーム便乗者」のごとく言うのは、明らかに間違いでございましょう。喩えばそれは、日頃ほとんど語ることもなかった作家の死去に際して、追悼文を発表する人をして「機会便乗者」だと非難するのと同じなのでございます。

> ま、あなたの癇に障ったのなら、しょうがないですけれどね。
> 故に、あなたの長々と書かれた批判は、「的外れ」とまでは云わないですが、
> 方向性が違うと思います。

私の『癇に障った』のは、賢ちゃんの書いたことが間違っていたからなのでございますから、それを『しょうがない』では済まされないのでございます。

また、いきなり『故に』ときましたが、賢ちゃんが「機会便乗者を批判した、つもり」だったという弁明が、どうして私の批判を『方向性が違う』とすることの説明になるでしょうか?
これも喩えで申しましょう。……アメリカの「アフガン空爆」を、事実に則して「民間人の虐殺」だと批判した者に対し、アメリカが「我々はテロリストをやっつける為に空爆したのだ。民間人を虐殺する意図などなかった。したがって、貴方の批判は『「的外れ」とまでは云わないですが、方向性が違うと思います。』」と応じた場合、この論理は正当なものと言えるでしょうか? ……賢ちゃんの「理屈」はこういうものなのでございます。

>それに、私はあなたを含めた

>> この種の「職業批評家」的言いぐさは、
>>「批判」なんかアメリカに対しては何の効果もないということを承知で、
>> それでもそれをせざるをえない人たちの神経を逆撫でするものです。

> そういった人たちを批判していないし、肯定もしていないでしょ?
> それを、あえて「「職業批評家」的言いぐさ」などという誇張した言い方で
> 批判される覚えはありません。

私は、賢ちゃんの無責任な「無自覚」を批判しているのでございます。「批判される」べき事実行動(的外れな批判)があるのに、『批判される覚え』の無いのが、問題なのでございます。

また『あえて「「職業批評家」的言いぐさ」などという誇張した言い方』をしたのは、賢ちゃんの「批判」がその種の「一言居士」的な「脳天気」さをぷんぷんと放っていたからであり、「イラク空爆」を目前にして、必死で言葉を紡いでいる人たちに対して、あまりにも「無礼」だと判断したからでございます。

「「職業批評家」的言いぐさ」とは、そこそこの小説すら絶賛してみせる批評家の、身銭を切る一般 読者への無思慮と同様、その対象に切実に関わっている人たちのことを忘れ去った、暢気で無神経な批評家のことを言うのでございます。





( 以下は「ダメなものはダメ(5)」につづく)


ダメなものはダメ(3) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時28分09秒


私の最初の「批判」に対し、このような「つもりだった」でしか反論できないのであれば、総論的な説明をしても無駄 だと存じますので、今回は賢ちゃんの反論について「虱潰し法」で反論いたしましょう。

> 普段はアメリカ万歳で、こういったアメリカ批判的な風潮が
> おきて、それ!この時!!とばかりに「反米本」ばかりを出版する、
> その姿勢を皮肉ったわけです。

ここで賢ちゃんの批判の対象となっているのは、いったい「誰」なのでしょう?
結論から言えば、ここでは賢ちゃんは「雰囲気でものを言っているだけ」でございます。

> 『普段はアメリカ万歳で、こういったアメリカ批判的な風潮がおきて、それ!この時!!』

なぜ今、アメリカに批判的な『風潮がおきて』いるのでしょう。それは「9.11」以後のアメリカの専横を、多くの人が目の当たりにしているからです。そして、今しも「イラク空爆」が目前に迫っているからでございます。そんな『この時!!』に、アメリカを批判する声の高まるのが、どうしていけないのか? 多くの人が、アメリカは「自由と民主主義の国」だというプロパガンダに騙されてきましたが、ソ連が解体し、ライバルを倒して一人勝ちしたアメリカは、今や怖いものなしの我が物顔で「専横」を振るっており、それを多くの人たちに鮮明に印象づけたのが「アフガン空爆」でございました。「9.11」よりも多くの民間人が犠牲となったあの「アフガンの悲劇」をアメリカが再演しようとしている「今この時」に、アメリカを批判する本を書く人が大勢出てきて、いったい何が不思議なのか? これまで親米派であった人までがアメリカ批判に転じることが、どうして不思議なのか? どうしてそれが不満だと言うのか? この「転向」にはわかりやすい「正当な理由」があるのに、どうして賢ちゃんはそうした『姿勢を皮肉った』りできたのでしょうか? ……答は簡単です。賢ちゃんは「反米本」が増えたという「事実の表面 」だけを見て、その意味するところを考えもせずに、それを他の「ブーム現象」と短絡させ同一視したからです。その上で、「私はそうではない」というところを示してみせたのでございます。

たとえば、あるアイドルのファンが、そのアイドルの「音楽の方向性」の変化や、安易な「商業主義」が目につき始めたことたから、そのアイドルを批判し始めたとしましょう。彼の批判には、きちんとした「根拠」があるにもかかわらず、別 の盲目的なファンは、彼の批判の中味も問わず、ただ現象面だけを表面的にとらえて、彼のことを「変節者」「転向者」だと非難することでございましょう。……つまり、賢ちゃんのやったことは、これと同じことなのでございます。





( 以下は「ダメなものはダメ(4)」につづく)


ダメなものはダメ(2) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時27分11秒


 これに対する賢ちゃんの反論は次のとおり。

『普段はアメリカ万歳で、こういったアメリカ批判的な風潮が
おきて、それ!この時!!とばかりに「反米本」ばかりを出版する、
その姿勢を皮肉ったわけです。
ま、あなたの癇に障ったのなら、しょうがないですけれどね。
故に、あなたの長々と書かれた批判は、「的外れ」とまでは云わないですが、
方向性が違うと思います。
それに、私はあなたを含めた

>この種の「職業批評家」的言いぐさは、
>「批判」なんかアメリカに対しては何の効果もないということを承知で、
>それでもそれをせざるをえない人たちの神経を逆撫でするものです。

そういった人たちを批判していないし、肯定もしていないでしょ?
それを、あえて「「職業批評家」的言いぐさ」などという誇張した言い方で
批判される覚えはありません。

私は、焦点がずれた批判に対して、
反論する気も毛頭ありませんし、
この文章を読んで、あなたが更に批判文章を投稿されても、
それに対して対応するつもりもありません。
アメリカに対し、不満なり批判なりがあるのなら、
あなた自身の掲示板でやればいいことで、
わざわざ、私の管理する掲示板で書く必要はないでしょう?
違いますか?
私は、今回のあなたの批判に対し、悪意を感じています。
しかしながら、それについても批判するつもりはありません。
以上。 』




( 以下は「ダメなものはダメ(3)」につづく)


ダメなものはダメ(1) 投稿者:園主  投稿日: 2月 8日(土)05時26分19秒

みなさま、私、本日は賢ちゃんのサイトの掲示板BRIGHTON ROCK に、以下にご紹介するような「批判」の書き込みをし、反論をいただきました。賢ちゃんは、私の批判に反論した後『あなたの長々と書かれた批判は、「的外れ」とまでは云わないですが、 方向性が違うと思います。』と言い、アメリカ批判は『あなた自身の掲示板でやればいいことで、 わざわざ、私の管理する掲示板で書く必要はないでしょう? 違いますか? 』とご自分の掲示板での再反論の受付を拒否なさいましたので、私はこちらの掲示板に舞台を移して、賢ちゃんの『的外れ』な抗弁に対する再批判 をしたいと存じます。

まずは、議論の流れをご紹介いたします。
私は、賢ちゃんがご自分のサイトの独白のページに書いた、問題の文章を以下のように引用して、それに批判を加えました。 

『> 最近、新刊書店に「反米本」がズラリと並んでいる。
> 何事も右に習えの日本人らしい出版攻勢である。
> 勿論、何事も武力によって解決しようとする、米国の姿勢は批判されねばならないが、
> それと同様に、イラク、北朝鮮の挑発的な態度にも問題があるのではないか?
> 米国を批判すれば、それで良しという風潮は、私には奇異に思えるのだが・・・
(2月6日付け「独白」より)

それは端的にいって、君が無知であり、アメリカのプロパガンダにやられているからだ。アメリカが、エルサルバドルで、ニカラグアで、グアテマラで、ブラジルで、ベトナムで、アフガニスタンで、その他世界のあちこちで、どんなことをやってきて、その結果 がどんなものかを知っていれば、そんな脳天気なことは言っていられないはずだ。

世界で唯一圧倒的な力を誇る国が、自己の利益のためではなく、世界の平和のために「軍隊」を動かすと思いますか? たしかに一個人や小さな団体レベルなら「善意」で動くこともあるでしょうが、他人を食い物にすることを辞さない巨大産業を抱え、それに抱えられる「国家(権力者)」が、(建て前は別 にして)一文にもならない「善意」なんかで「あかの他人」のために動くはずなんかないんです。それはご自分の会社を見てもわかるでしょう?

なぜアメリカはあらゆる兵器を保有し、開発し、使用することが出来て、ほかの国はそれを国連に届けないとできないのか? また正直に届ければ保有することができるのか? もちろん、できるわけありません。力はアメリカが独占したいのだし、それに逆らえば、イラクや北朝鮮のような扱いを受けるんですよ。つまり、弱小国はアメリカの言いなりになって搾取に応じない限り、悪党扱いにされて潰されるんです。……バブルで「ジャパン・アズ・No.1」と言ってた頃、アメリカはどれだけ日本を虐めました? 同盟国にたいしてすら、そうなのですから、どこの国だってアメリカと同じ権利(同じ力ではなく)を主張することなんか許されない。核兵器保有国から自国を守るための核を保有することを許されないのが、イラクなどの弱小国なんです。

戦争に負けて以来、日本はずっと「アメリカの子分」でした。だから潰されない。……例えば、日本最大の暴力団である山口組の傘下の二次(三次)団体のチンピラやくざが、山口組の傘下ではないやくざが「独自にしのぎ」をした結果 、山口組に潰されるのを見たら、「あいつらが挑発的なことをするからだ」と言うことでしょう。これと同じことです。

日本で「反米本」が売れるのは、「逆らえない子分としてのルサンチマン」のはけ口が必要だからです。もちろん、言いなりの子分だという自覚がない人は幸せでしょう。

> 勿論、何事も武力によって解決しようとする、米国の姿勢は批判されねばならないが、

この種の「職業批評家」的言いぐさは、「批判」なんかアメリカに対しては何の効果 もないということを承知で、それでもそれをせざるをえない人たちの神経を逆撫でするものです。

少なくとも私は、アメリカが「批判されねばならない」存在だから批判しているんではありません。「批判しないでいられない」からしているのであり、たとえ自己満足だと言われても、それくらいしかできないからしているんです。』




( 以下は「ダメなものはダメ(2)」につづく)


「醒めた批評性」について 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 2月 7日(金)21時24分39秒

田中幸一様へ。
・ レス漏れでした。
・ 大事なことを言われていたのに、通り過ぎてしまいました。
・ 批評家論になる場合は、例によってこの呼称を使わせて頂きます。

>ジョークで「♪ がんばれ、俺!闘え、俺! 戦う俺は美しいー!!」などと歌うのは「♪ あんたが大将、あんたが大将、あんたが大将ーゥ!!」と 歌うのと同じで、醒めた批評性が感じられるから良いのでございます。」

・ なるほど。とてもよく分かりました。
・ 僕は、今までどうしてあなたが長時間の(特には五、六時間も)ハードなカラオケ・マラソンをするのか、よく分からなかったのです。
・ 田中幸一の自分への応援歌が、アニメ・ソングだというのは「花園」で前にも話題になりました。
・ しかし、「醒めた批評性」によってアニメ・ソングを、自分へのジョークとして熱唱していても陶酔の時は、なかなかに訪れないでしょう。
・ トリックスターは、まず自分を笑わなければ、トリックスターではないでしょう。
・ それが訪れてくるのは、歌い疲れて声も出なくなったような、ある一瞬のことなのでしょう。
・ だから、あなたは粘っていたのですね。
・ 批評家として生きるというのは、実にシンドイことです。
・ しかし、楽古堂が、田中幸一を信頼するのは、この「醒めた批評性」の存在が、いつも根底にあるためなのでしょう。
・ 僕には、どうしても無理な場所です。
・ 『少年時代』や『昴』を歌っている時の自分は、恥ずかしいことですが、外部から見ると自己陶酔している鼻持ちならないオジサンだと思います。


  2003年2月7日(金)

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


「幸福な王子の物語 ―― 中島みゆき「地上の星」」をアップ。」 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 2月 7日(金)21時05分23秒

園主様へ。
・ 架空の詩の教室・中島みゆき「地上の星」です。
・ ある方からリクエストされました。
・ ワイルドの『幸福の王子』を知らない世代が誕生しています。

> 竹本健治の『クレシェンド』

・ いろいろと書かれているようですが、例によってすべての情報をシャットアウトしています。
・ 感想は読後に。


AOI様へ。
・ 世間で身を処すというのは、つくづく難しいことです。
・ 小生にできることは小さいのですが、たとえば「昴」は宮沢賢治への応援歌でもあるということを、若い学生に示すことで、(インフルエンザのワクチンのように、)集団の危険な方向に発展する可能性のある熱狂に、加担しないような免疫ができれば良いと考えています。
・ 自分の頭で感じ考えるということを教えたいのです。
・ しかし、これだけのことが羞恥をともないます。
・ 「昴」と宮沢賢治の関係などは、「疾中」詩編まで読むような彼のファンであれば誰でもわかることです。
・ それでも、そのような発言を見た記憶は一度もありません。
・ 宮沢賢治ファンのみなさんが、良識を守って沈黙していることを、得意げに吹聴して回っているような気がする時があります。
・ 小生も、別に盗作だと言っているわけではなく、淡い影響関係を指摘しているだけですが。
・ たったこれだけのことに、勇気がいります。
・ 「海ゆかば」は、1880年に東儀季芳氏によって、海軍の礼式用の曲として作られました。
・ 同年10月25日、宮内庁式部寮雅楽科が「君が代」を作曲します。
・ 11月3日、ドイツ人エッケルトが編曲し、天中節宮中御宴で初演奏がなされています。
・ この二曲は姉妹編のようにして、生まれているのです。
・ ご存じでしたか?
・ 中央大学時代に、家永三郎教授から話を聞いて以来、忘れられません。
・ 家永先生の気持ちが、この年になって分かってきました。
・ 一度、聞こうと思っていたのですが、あなたは地域の住民運動に参加されていますか?
・ 二十年来の友人の奥様に、たまたま結婚して嫁いだ村に原発があったために、その反対運動に取り組んでいる方がいます。
・ それまでは、政治にも無関心の方でした。
・ 発言や発想に、たいへん似たところがあるように思います。
・ もし、そのような経験があれば、ルポして頂けたら幸甚です。
・ 小生も、みんなが同じ方向を向いているという景色が、たとえ流行歌であっても、気持ちが悪くて仕方がありません。
・ 生理的といってもいい、不安感を覚えます。


テクネチウム様へ。
・ 初めまして。
・ おお、同業者ですね。
・ うれしいです。
・ 予備校で、現代文、古文、小論文を教えています。
「威張り散らす人間はコンプレックスを持っている」
・ この観察に同感。
・ 講師は小生を含めて、ヒトクセもフタクセもある人物ぞろいです。
・ 酒席で荒れる方は、どの職場にもおります。
・ しかし、じっくりと語り合ってみると、その人にしかできない経験をされていることが多いです。
・ ただお互い、そこまで胸襟を開いてなかなか語り合えません。
・ ちなみに小生は、学生とはカラオケによく行きます。
・ 何人もの学生から誘われます。
・ 小生が行くと、不思議に座が盛り上がるようです。
・ 何も特別なことを、しているわけではありません。
・ でも、一つだけ小さなコツがあるのです。
・ それは、他の人の歌を、良く聴かせるということです。
・ 今の学生は、他の人の歌を聴きません。
・ 間奏の部分で、ぱらぱらとおざなりの拍手をするだけです。
・ カラオケの本をめくって、次に自分が歌う曲を物色しています。
・ 何を歌えばカッコウがいいか。モリアガルか。笑いがとれるか。
・ そんなことを、いろいろと思案しているのです。
・ しかし、自分の番になって、せっかく苦心の選曲を歌っても、他の者も同じように次の曲を探しているだけです。
・ それでは、盛り上がるはずがありません。
・ 難しいパッセージを歌った時や、高音部が出たときには拍手してやる。
・ アップテンポの曲は手拍子を取る。
・ それだけで、全然、雰囲気が違います。
・ では、また。


  2003年2月7日

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


ご報告 投稿者:アーニャ@全快!  投稿日: 2月 7日(金)13時03分56秒

皆さま、ご心配ありがとうございました。
おかげさまで、左前足はほぼ全快、ネコエイズも大丈夫だったわ(^0^*

このところ話題になってる竹本さんの新刊『クレシェンド』、私もKeenさまの次に読んだわよ。スゴい話ねー☆竹本さんにしちゃ珍しく、一応のカタルシスがついてるから、皆さま、ひとまず安心してお読みくださいな(笑)。

でも、「恒河大学」が「丸田財閥」によって設立された、とか、かつて軍の施設だった、なんて辺りは、しっかり『闇に用いる力学』との関連を意味してるわね。だから、アリョーシャの推察通 り『赤気篇』の続きというか、「外伝」であることは間違いないわ。

さて、Keenさまなんですけど、復帰早々、またトラブル発生で、『クレシェンド』の感想まとめる余裕がないようです。ユルユルふらふら♪(笑)なので、私のサポートが必要ですから、またしばらくお休みするかもしれないわ。
ホントに、ネタだけは山ほどあるっていうのにね☆

☆ホランドくん

Keenさまは、議論自体を恐れているわけじゃないわ。むしろ、一旦やり始めたら、寝食忘れて夢中になってしまうご自身の性格と、それによる日常生活への影響を恐れているのよ。むろん、現状のKeenさまの体力も、それを許しません。ですから、PCに触れる時間も厳しく自己制限なさってるし、本当は書きたいことが一杯あるのにガマンしてるのも、実は辛いんだと思うのよ。
でも、健康を取り戻すにはそれしかないって、わかってるのよね。全くPCに触らない、というのも、酷ですもの(笑)。

そんなわけで、またしばらく欠席するかも届け、ですわ。

☆アリョーシャ

私のこと褒めてくれるなら、その私がいつしか住み着いた、この「アレクセイの花園」も、大した「知の楽園」(戦場、かしらね?/笑)だっていうことよ。フフフ♪

それでは皆さま、ごきげんよう。
にゃあ〜♪


もうひとつの未来 投稿者:影姫青夜  投稿日: 2月 7日(金)02時33分48秒

 一年間を通じて『仮面ライダー龍騎』というこの不可思議な特撮ドラマ
によってわたしは何度も困惑を強いられました。複雑に錯綜したストーリ
ー、辻褄の合わない設定、TV、劇場版、スペシャル編とそれぞれ微妙に
違うクライマックスなどを見せ付けられるたびに何度もこのドラマを見る
のを止めようと思いました。しかし最終回を観ることでこのドラマが本当
に言いたかったことの輪郭がぼんやりと見えた気がします。

最終回13ライダーは全滅します。子供をかばって命を落した真司、病魔
に蝕まれ力つきた北岡、脱獄犯であるがゆえ警察に一斉射撃で絶命した浅
倉、そしてライダーバトルのゲームマスターであると思われる神崎志郎の
分身であるオーデインと半ば相打ちになった蓮。
 ここでドラマが終わっていたら、このドラマは「単なる絶望」のみを残
して終わることになっていたでしょう。

 しかし神崎士郎の妹である「優衣」がライダーバトルである「ミラーワ
ールド」(優衣の特殊な能力で造られた世界)を閉じる決意をしてミラー
ワールドと共に、神崎士郎、そして自分も消滅させます。
 その瞬間、ガラリと舞台が変わり、13ライダーが生きているもうひと
つの世界が出現します。これを「夢落ち」と言って笑うひともいるでしょ
う。しかしわたしはどうしてもこの一年間のライダーバトルの世界が夢と
は思えないのです。最後に出現した「もうひとつの世界」は「戦わなけれ
ば生き残れない」といった世界の結末が「全員死亡」という絶望しか齎さ
ないという結末から「学習」されたいわば「進化した未来」である、と私
は思いたいのです。そうでなくてはこの一年のドラマはいったいなんだっ
んだと憤慨したくなります。
 『龍騎』ファンの間ではあのラストは「ライダーバトル以前に時間が戻
った」と言う人もいますがわたしはそれでも不満です。わたしとしては「
全員死亡」のあと「戦いの不毛さ」を痛感した神崎士郎と優衣の「願い」
生み出した「もうひとつの未来」であると思いたいのです。

 さて一年間賛否両論が飛び交った『龍騎』をこのように解釈することで
わたしは『龍騎』という物語を完結させたいと思います。
 『龍騎』のスタッフ・キャストのみなさん、一年間ありがとうございま
した。

PS1>園主様>本日の投稿はひさしぶりに『万華鏡』に収録してくださ
い。よろしくお願いいたします。

PS2>「ハムちゃま」は『龍騎』のラストを夢落ちと断定していますが
わたしの解釈もまたひとつの可能性にすぎないので、ハムちゃまの考えを
否定するものではないことを付け加えておきます。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html



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