●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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なにが何でも春が来た(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月27日(木)23時43分09秒


 杉澤鷹里 さま
 はじめまして! ボクは、このサイトでアレクセイ(園主)の「助手」を務めます「ホランド」と申します。以後よろしくお願いいたします。

> 「楽古堂主人論」

 ご投稿、ありがとうございました。楽古堂さまの批評の特徴を、とてもよく掴んでおられると思います。

> 楽古堂主人さまの論文、竹本健治論を中心に読まさせていただいております。

> 楽古堂主人さまは、奥深いところにまで突き進む蛮勇ある評論家であるということ。

>  論じやすいことを、仲間内で共有されている図式に依拠し機械的に論じる評論家が多い中で、楽古堂主人さまは貴重なお方だなあ、と思いました。

 そうですね。同感です。たしかに楽古堂さまの批評は、類例を見ない「個性的な視点」に貫かれていて、ミステリプロパーの評論家の「竹本健治論」とは、かなり赴きを異にしていると思います。

 ボクが思うには、かつて法月綸太郎さんらが批判した「古いタイプの、ミステリプロパーの評論家」は、「人間が描けているか否か」とか「社会と時代を見据える目」といった「現代小説としてのミステリ、という側面 」にのみ捕らわれ過ぎていたように思うんです。ですが、その一方、法月さんを含む「笠井潔以降」の「昨今のミステリプロパーの評論家」の評論というのも、「分析・解読主義」に偏りがちで、非常に「論理的」なんですが、えてして「理に落ち過ぎる」きらいがあると思うんですよね。で、この両者に共通 するのは、「言葉」というものに対するこだわりの薄さなんです。彼ら新旧のミステリプロパーの評論家たちは、共通 して、「作品の内容」ばかりを問題にして、「言葉の声を聞く」といった「感覚的」理解(感性)に乏しく、ある意味で「文学的に鈍感」な部分があるように思うんです。
 その点、楽古堂さまは、そういうのとはまったく逆で、『言霊を信じる』とおっしゃられるくらいだから、「言葉」を「記号」として見るではなく、「生き物=囁き、語りかけるもの」として捕らえ「耳を傾ける」という姿勢を鮮明にしておられるんですよね。その点で、ミステリプロパーの評論家には見られない「魅力」が、たしかにあると思うんです。
 もちろん、この魅力は、杉澤さまもご指摘のとおり、『蛮勇』という「危うさ」をも含み盛っていて、そのあたりについて園主さま(アレクセイ)は、注意を喚起する指摘を行ってもいるんだと思います。

 ともあれ、「新しさ」と「構築性」に偏りがちな「ミステリプロパーの評論家」には、どちらかと言えば「古風」で「脱・構築的」な楽古堂さまの「文芸批評」から、学ぶべき点が多々あるように思います。

 ところで、杉澤さまは、どこで楽古堂さまをお知りになったのでしょうか? 「竹本健治」で検索してヒットしたとか、そういう経緯でしょうか? もし差し障りがなければ、ご教示下さい。

 それから、やっぱり竹本さんのファンなんですよね? なら、ボクのハンドルネームの由来には、当然、思い当たる節(?)があるでしょ?(笑)


 園主 さま
 なかなかお忙しいようですね。『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』がもう始まっており、それが気になっています。まあ、三ヶ月くらいのロングランはすると思うんですが、できれば隙を見て、観に行きたいものですね。どうでしょうか?





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


なにが何でも春が来た(中) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月27日(木)23時42分24秒


 ino さま
> 最後に私の大事にしている御書「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞いにて候けるぞ」(崇峻天皇御書p1174)

 これは現代語訳すると、どうなるのでしょうか?

> ここでは私のいう「器」とは「法」の顕現される場としての手段としての「器」ではなく、生命そのもののである「法」とまた生命そのものである「器」としての私(個)は同じという意味で言っています。

 う〜〜ん、つまりそれは「人間」というものも含めて「世界」は、「法」の「現れ」である。つまり「私(個)」も、「法」の現れのひとつの「形」であるということでしょうか?
 でも、そうすると、世の中に「悪」は、なぜ存在するのでしょうか? これはキリスト教の「世界は神が創った」という主張に対し「では、なぜ悪魔が存在するのか?」と問うのと、同種の問いだと思いますが。

> 池田SGI会長は「創価学会は人間宗でいく」と何度も公式に発言しています。さらに「宗教のための人間」から、「人間のための宗教」への革命をするんだと何度も発言しています。「宗教」が「人間」を手段化することへの警鐘だと思います。

 基本的には同意しますが、ただ『「宗教」が「人間」を手段化すること』を宗教家の方が批判なさる場合、それは同時に「「人間」が「宗教」を手段化することは間違いではない(正当である)」というところまで意味しているのでしょうか? 
 たとえば、仏教でもキリスト教でもイスラム教でもいいんですが、「人間」を幸せにするものなら、べつに何でもかまわない、ということなのでしょうか? 
 たぶん、このあたりに園主さまは引っかかりを感じてると思うんですよね。あんまり物わかりが良すぎるのも嘘くさい感じがする、というような感じで。

> 自己紹介のときふれなかった歌い手たちに以下の人たちがいます。それは私が14,5歳のころ好きでたまらなかった主にフォークシンガー達です。

 すみません。ボクはそのあたりの人は、まったく無縁な世代ですー(^-^;)。

> うれしいです。

 音楽の話のできる人がいてヨカッタですね(^-^)。


 Keen さま
> 80000ヒット、おめでとうございます(^0^*

 ありがとうございます! こないだうちは「使用料金滞納」で、上下に二つも広告をつけられちゃって、とっても見苦しかったけど、でもこれは「花園」の掲示板が今の「TeaCup」に変わって、いつのまにか丸二年経っちゃったってことですよね。
 その前の掲示板は、いきなりサーバ・データが吹っ飛んじゃって「サーバー攻撃だ!」「ホントかよ!」とか何とかで大騒ぎになったレンタル掲示板でした(笑)。・・・まだ、あそこは続いてるんだろうか?

> キリ番ゲッターロボ(またホランドくんに「古〜☆」って言われちゃうわね)

 先回りされちゃいましたね(笑)。
 でも、さすがはアーニャの実家のご主人だけはありますね。きっとアーニャは、Keenさまに感化されたんでしょう。昔は、子猫のアーニャを膝に載せて、古いテレビ番組の再放送を、懐かしがりながら見てたんじゃないですか?(笑)

> でも、昨今のメーカーの製品は、フィギュアにばかり走って、お菓子はロクなものじゃない、というのが多く、「このままではイカン!」と危機感を持ったお菓子メーカー「北陸製菓」と、フィギュアメーカー「海洋堂」がコンビを組んで、「お菓子も美味しい、フィギュアも素晴らしい」というシリーズを製作し始めたのです。

 なんだかちょっと・・・『プロジェクトX』的に、ドラマ化してませんか?(^-^;)





( 以下は「なにが何でも春が来た(下)」につづく)


なにが何でも春が来た(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月27日(木)23時41分39秒

 みなさん、こんばんは! すっかり春めいてきました。・・・今度こそ、間違いなく!(^-^;) 





 ハムちゃま さま
> 80000ヒットはワたちがゲットしまちた!!!

 ありがとうございます! ところで、ハムちゃまさまは、切り番は初めてでしたっけ?

> 館長様が本日「デジカメ」を買ってこられまちた!!!これでいままで
> できなかった黒猫図書館に本の書影をいれられまちゅ!!!

 デジカメ、いいですねえー。うらやましいー!!
 でも、書影だけじゃなくて、いろんなものを見せて下さいね!

> みなちゃまお待ち金の「稀少な雑本」の書影がはいりまちゅ!!!

 ところで、ハムちゃまさまは「古書マニア」ではなかったはずなのに、その興奮ぶり・・・かなり感化されましたね(笑)。


 AOI さま
> アカデミー賞受賞でTVに写っている宮崎駿さんの表情をみていると、サイン会でまじかに拝見して「何かひとこと、お願いします」と言った時に、ちょっと躊躇していらした竹本さんのお顔とだぶります。頭の大きいところも(笑)。
> 似てません?特に口元(笑)>園主さま、楽古堂さま

 う〜んと、たしかに『頭の大きいところ』は似てますね。『口元』は竹本さんの場合、口ひげの下だから、あまりハッキリした印象が無いなあー・・・。
 でも、お二人とも、基本的にシャイなんでしょうね。竹本さんは、それをのほほんとした雰囲気で誤魔化し、宮崎さんは露骨に出しちゃうって違いはあると思いますが。

> 授賞式でブッシュを痛烈に批判したマイケル・ムーアは「ボウリング・フォー・コロンバイン」の監督です。
> アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞、おめでとうございます!

 アメリカの「銃社会」の問題を、批判的に取り上げたドキュメンタリー映画ですよね。日本でも、まもなく公開されます。
 それに監督のマイケル・ムーアさんは、映画がアカデミー賞を取る以前に、その著書『アホで間抜けなアメリカ白人』(柏書房)が日本でベストセラーになっている人でもあります(ご自身「アメリカ白人」です)。あの目立つ表紙は、「花園」を覗いて下さっている本好きのみなさんなら、一度はご覧になってるんじゃないでしょうか? ボクもあの表紙にはちょっと「退いた」方なんですが、ムーアさんは、アカデミー賞の権威もクソくらえで、会場からのブーイングにも怯むことなく、言いたい放題言ったことからもわかるように、我が道を行く、相当な「個性派」のようです。そんな人の撮ったアカデミー賞受賞作映画って、とても興味が湧いてくると思いませんか?(笑)

> ♪ばかだな〜、ばか〜だな〜、ついでに自分の手も切って〜♪
> ♪ぼく〜は、すわってギターを弾いてるよ〜〜〜ん、カレ〜〜ライス♪

 今なら、ほとんど「明るいサイコホラー」になりかねない歌詞ですね(笑)。

> (-_-;)
>「いろいろありまして・・・」いいわね〜(羨)。
> 少しは良いこと分けて!

 『いろいろ』が「良いこと」だとは限らないと思いますが、その一方、普通 の人には良くないことでも、園主さまには楽しいことだって場合もあるので、なかなか一概には言えないところもあって・・・。

 ところで、AOIさま、そんなに楽しいことに恵まれてないんですか?(^-^;)





( 以下は「なにが何でも春が来た(中)」につづく)


「楽古堂主人論」 投稿者:杉澤鷹里  投稿日: 3月27日(木)08時45分52秒

>楽古堂主人さま
 どこに投稿しようか・どう伝えようか迷ったのですが、結局、一番自然であると思いここに投稿させていただくことにしました。

 楽古堂主人さまの論文、竹本健治論を中心に読まさせていただいております。
 現段階での、感想(全体的な印象)を述べたいと思います。

 楽古堂主人さまは、奥深いところにまで突き進む蛮勇ある評論家であるということ。
 以下の2点において、そう思いました。

1)論じる範囲において
 視野に収めている範囲が広大でありながら、かつ微細なところまで踏み込んで網羅的に言及する、その手法に感服しています。

2)論じ難い論点を論じるという点において
 重要だけれど曖昧で決定不能な論点というのが、小説にはあると思うのです。そういう、論じ難い箇所についての己の意見を堂々と表明する態度に、心地よいものを覚えます。
 もちろん、曖昧で決定不能なことについての個々の意見に全面的に賛同ということはないですが、そこに論点があるのだと指摘されるだけでも、様々なことを教えられます。

 論じやすいことを、仲間内で共有されている図式に依拠し機械的に論じる評論家が多い中で、楽古堂主人さまは貴重なお方だなあ、と思いました。

具体的な内容については少しだけ。
「◆ 喪失の主題による十三の変奏曲 ◆」から。
 9「空白について」についての「言葉に対して不信を表明する作家の、言葉への信頼の強さ」という表現の仕方、好きです。11「蝶の弔い」に対する、塚本邦雄から引用した返歌は適確だと思いました。13「白の果 てへの扉」の位置づけは、私も全く同感です。14「フォア・フォーズの素数」では、友というキーワードを示唆されたことが重要でした。
 楽古堂主人の評論には共感する・示唆されたという感想が、交互に訪れるかんじです。
 もう少しつっこんだ話は、後ほど出来たらいいなあと考えております。とりあえず、今はこれだけで、失礼します。

>アレクセイさま、みなさま
 はじめまして。すぎさわ・たかり と言います。今日は、楽古堂さんのところに宿題を提出に参りました。きっちりとした挨拶はいずれ果 たしたいと思います。そのときは、よろしくお願いします。ぺこり
 

http://www4.rocketbbs.com/141/ouro.html


うれしいです。 投稿者:ino  投稿日: 3月26日(水)03時12分36秒

Keen@眠い・・さま

 >「サトリ」好きでしたよ♪
うれしいですねー。ギター石間秀樹、あこがれでしたよ。
おととし「ピタゴラス パーティー」というバンドでCDがでて20年ぶりに再会?しました。

AOIさま

うれしいです、ひじょーに!
>シャイだったエンケンさんが親分肌になっていて
エンケンさんはスターですねずっと。一時壊れてしまったと噂され心配でした。
>早川義夫
このひとの「サルビアの花は」なぜかこわいくらい悲しかった。でもすきでした。

Keenさま
AOIさま
ありがとうございました。きょうは某掲示板にたくさん書いたのに、送信で失敗し、また書いていたらこんな時間になってしまいました。


今日こそは早寝! 投稿者:Keen@眠い……  投稿日: 3月26日(水)00時01分05秒

というわけで、80000ヒット、おめでとうございます(^0^*
キリ番ゲッターロボ(またホランドくんに「古〜☆」って言われちゃうわね)、もとい、ゲッターは、ハムちゃまでしたのね。
これまた、おめでとうございます(^0^*
お尋ねの「フィギュアつきお菓子」については、↓URLをご覧いただけると、一番わかり易いと思います。
要するに、「グリコのおまけ」が逆転して、「フィギュアのおまけにお菓子がついている」ということなのですわ。でも、昨今のメーカーの製品は、フィギュアにばかり走って、お菓子はロクなものじゃない、というのが多く、「このままではイカン!」と危機感を持ったお菓子メーカー「北陸製菓」と、フィギュアメーカー「海洋堂」がコンビを組んで、「お菓子も美味しい、フィギュアも素晴らしい」というシリーズを製作し始めたのです。
ハムちゃまが好きそうな「ハムスターズランチ・ひま種」は、私はお店では見たことがありません。上の方の「商品情報」をクリックすると、外箱のデザインからお菓子の成分まで、詳しくわかります。「フィギュア情報」をクリックすると、フィギュアのひとつひとつが見られます。
「アリスのティーパーティー2」も、首都圏では発売になったようですね。
(↓HPの、左側をクリックしてみてね)
何しろ、まだまだ「この道」ではペーペーですので……詳細は、「先達・園主さま」にお聞き下さいませ。


☆ino さま

>フラワー・トラベリン・バンド

うわー、懐かしいですねえ〜。「サトリ」好きでしたよ♪
ちなみに、私は園主さまよりも年下ですが、ひねこびた子供でした。

今夜こそは、早寝するんだってばっ☆

http://www.horico-web.com/ham15/index.html


♪ばかだな〜、ばか〜だな〜、ついでに自分の手も切って〜♪ 投稿者:AOI  投稿日: 3月25日(火)22時01分53秒

♪ぼく〜は、すわってギターを弾いてるよ〜〜〜ん、カレ〜〜ライス♪

「だめでしょ!座ってギターをひいてちゃ、怪我してるのにー」って、ツッコミ入れたことあり(笑)

☆ino さま

でも、君の血入りカレーを食べちゃうエンケンさん好きです〜。ラブ。
一年半まえほど、「早川義夫、あがた森魚、遠藤賢治」のコンサートに何年ぶりかで行きました。シャイだったエンケンさんがすっかり親分肌になっていて楽しかったです。最近のライヴでは、必ず最後に歌う「夢を叫べ」を聴くたび胸が熱くなります。ご存知ですか?
このサイトにファンの多い建石修志さんはあがた森魚のファンだそうですよ。直接お聞きしたのでたしか(笑)。

三上寛は、NHKの朝ドラマ「おしん」でのおしんの先生役は秀逸でした。
俳優に転身かと思うくらい。ちょっと、宮澤賢治を思わせて。
年に一回やるかやらないかのユニット、重低音パンク「VAJRA」(ばさら:三上寛G/Vo、灰野敬二G、石塚俊明DR)は、お気に入りで、2度ほど聴きました。お勧めですわ。

友部正人さんは去年の秋(?)、田島征三さんの展覧会の会場でのライヴを、初めて聴きました。「遠い日の日時計」は持っているのですけど。
張り詰めた神経の伝わってくるようなライヴでした。かつてほどではないようですけど。

> 友部正人〜アルバム「誰も僕の絵をかけないだろう」(ピアノ坂本龍一)・・・これは擦り切れるほど聴きましたね。

このアルバムがすばらしいのは、やはり、かつての友部大ファンだった友人から聞いていますわ。

私の擦り切れるほど聴いたのは「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」by早川義夫です。


☆ハムちゃま

>黒猫図書館に本の書影をいれられまちゅ!!!

いってみましたよん。まだなのねん

>これで「デパートみたいなHP」とは誰にも言えなくなるわけでちゅね!!!( ̄ー ̄)・・・

どういう意味でちゅか?


☆園主さま

>今の日本政府の「アメリカ追従政策」の問題点を理解するためには、日本人はもっと「アメリカの実態」を知らなければならないと存じます。
>ですから、辺見さまなどは、アメリカを批判しブッシュを批判して、その実態を日本人に伝える努力をなさっているのだと存じます。まずアメリカというものを押さえておかなければ、日本政府の選択の問題点を適切に理解することができない、ということなのではないでしょうか? 

チョムスキーが世界に向かって発言していることからも明らかなように、アメリカの実態を知り、アメリカの批判をすることが悪いと言っているのでは当然ないわけですね。それを知ったならば、アメリカ批判に止まらず、日本人として責任のある日本の問題点・過ちについて追求するべきだという意図です。書き方が不十分だったかもしれませんけれども。ですから、辺見さんを批判したというのではなく、一般 的に政治的活動が陥りがちの離れたものはよく見え批判しやすいが、足元の問題は見えにくいし批判しにくいということだと思います。

>チョムスキーが、どこまでそうした一般日本人の「アメリカ認識」というものを知っているのか、いささか疑問に思う部分もあるのでございます。

もちろん、知っているとは思えませんし、そこまで求めるのは酷というものではないでしょうか。

ただ、思うんですけどね。日本人っておとなしいなあって。
先日、ある会で某心理学者のおはなしを聞きながら思ったことですけど、日本に心理主義というものが蔓延し、外部の問題を内部の問題として捉えることで、一握りのトップエリートとコントロールしやすいその他大勢の人間を作ろうという目には見えにくいけれども確かな流れがあって、その流れが上手く機能しているということなのかなあ・・・なんて。
「一木一草にも天皇制」と言った思想家がいましたけど、天皇制が染み込んでいるということか。

究極ですね。ひねくれも(苦笑)。


>また、そうやって、人をはめようとなさる……(^-^;)。

(-_-;)
「いろいろありまして・・・」いいわね〜(羨)。
少しは良いこと分けて!

 

キリ番ゲット!!! 投稿者:ハムちゃま  投稿日: 3月25日(火)21時15分46秒

80000ヒットはワたちがゲットしまちた!!!
まずはゴホ〜〜〜〜〜〜〜〜〜黒まで!!!

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


人間 投稿者:ino  投稿日: 3月25日(火)12時12分04秒

シネマパラダイス(上)ホランドさま

 マザーテレサについては、日蓮正宗悪心坊主集団(創価学会の呼び名では宗門)が「マザーテレサは悪魔だ」と平然と言ったことに、聖教新聞紙上では「・・・あきれてものが言えないほどだ・・」と断罪しています。
 マザーテレサは、人々に勇気を呼び起こす、偉大な人だと思います。
 
>宗教とは「人の人格表現の器(形式)」なんじゃないかということです。

 私は創価学会入会後「私」(個)とは「法器」である。ゆえに「自殺」という形で最も尊い命と言う「器」を破壊することは最大の罪だと教えられました。だからといって「自殺」した人を負けた人とか地獄に落ちた人などと、いうことは間違いで、「心に寄り添えなかった」ことを生きているものは考えなければならないと思っています。ここでは私のいう「器」とは「法」の顕現される場としての手段としての「器」ではなく、生命そのもののである「法」とまた生命そのものである「器」としての私(個)は同じという意味で言っています。

>ボクはやっぱり「宗教」より先に「人」があるとしか思えないんです。

おっしゃるとおりだと思います。全面 的に同意します。池田SGI会長は「創価学会は人間宗でいく」と何度も公式に発言しています。さらに「宗教のための人間」から、「人間のための宗教」への革命をするんだと何度も発言しています。「宗教」が「人間」を手段化することへの警鐘だと思います。

ではまた。
今後ともよろしくお願いいたします。


 投稿者:ino  投稿日: 3月25日(火)10時13分54秒

園主様

いつもお世話になります。某BBSについては判断停止中につき、コメントはいたしませんがお許しください。
 本日は、自己紹介でふれなかった、私に影響を与えた?唄について書きたくなりましたので、ある意味適当に読んでください。
 園主様の年齢については存じ上げませんが、これから書きます歌い手になにがしか心動かされるようでしたらレスいただけると幸いです。
 自己紹介のときふれなかった歌い手たちに以下の人たちがいます。それは私が14,5歳のころ好きでたまらなかった主にフォークシンガー達です。
 興味がおありでしたら読んでいただけると幸いです。

 友部正人〜アルバム誰も僕の絵をかけないだろう(ピアノ坂本龍一)・・・これは擦り切れるほど聴きましたね。
誰も 僕の絵を かけないだろう あのこは ついに やっては 来ないだろう 僕の失敗は 僕の引き出しの中にしかない この砂のような夜を 君に見せたいんだ だからもう5時間も この丸テーブルのまえに すわりこんでる。 心臓をかすめて通 るは ビルディングの直線 直線のなかで 人は気が狂うだろう 大女のスカートに 丸呑みされるのを見たんだ・・・。
このアルバムは僕の「孤独」を十分満たしてくれました。このころのリリシズムはこの人には見当たらないので、今のアルバムはもう聴きません。

 三上寛〜あなたもスターになれる・・・このアルバムも好きで好きで・・。
遠くに見えるもなあ、ありゃあなんだ。月賦で買ったテレビじゃないし ストリップ劇場ののぼりじゃないし 落ちたこの世のかけらじゃないし 糞でもないし まさか幸せのせた 夢の小島じゃないだろう。月賦で買ったテレビに誘われ 幸せだからと手をたたき 悪の季節を恋の季節にすりかえられて また会う日まで 空に太陽あるかぎり。(どっこドッド ドドット ドッ)
ミカミカンという僕のスターはまた特別 でした。ただし悲しかったのは、非常に悲しかったのは、この人が学会員をやめて、しかもその後「七識」というアルバムで「ジャパン ジャパンを三唱す」と唄っていた事です。このスターのことはあまり語りたくありません。

遠藤賢司〜今も健在。カレーライス〜「君もねこも僕も みんなすきだね カレーライスが 君はとんとん ジャガイモにんじんを切って・・・

フラワートラベリングバンド〜ロックに目覚めさせてくれた。

尻つぼみですが、今日はこのへんで。
これからもよろしくお願いします。
最後に私の大事にしている御書「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞いにて候けるぞ」(崇峻天皇御書p1174)


春霞 投稿者:AOI  投稿日: 3月25日(火)09時51分02秒

アカデミー賞受賞でTVに写 っている宮崎駿さんの表情をみていると、サイン会でまじかに拝見して「何かひとこと、お願いします」と言った時に、ちょっと躊躇していらした竹本さんのお顔とだぶります。頭の大きいところも(笑)。
似てません?特に口元(笑)>園主さま、楽古堂さま

授賞式でブッシュを痛烈に批判したマイケル・ムーアは「ボウリング・フォー・コロンバイン」の監督です。
アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞、おめでとうございます!


黒猫図書館本格始動!!! 投稿者:ハムちゃま  投稿日: 3月25日(火)00時40分53秒

はむは〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!
ハムちゃまひさびさとうじお!!!
ここでみなちゃまに老〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ホウでちゅよ!!!
館長様が本日「デジカメ」を買ってこられまちた!!!これでいままで
できなかった黒猫図書館に本の書影をいれられまちゅ!!!

と〜〜〜〜〜〜〜〜〜いってえ盲!!!
「探偵小説」・「ミステリィ」はほとんどでまちぇん!!!これは館長
様がもっていにゃいのだからしょうがニャイでチュね!!!
しか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜師!!!
みなちゃまお待ち金の「稀少な雑本」の書影がはいりまちゅ!!!

一例をあげると・・・

・『小さな柩』
・『怨念人物史伝』
・『天刑病考』
・『サドの卵』
・『寝台と十字架』
・『犬の静脈に嫉妬することから』
・『Mプレイ48手全集』
・『秘蔵画集 痴人の愛』
・『聖液詩集』

などな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜怒!!!
おおおっと〜〜〜〜〜〜〜おおおおお!!!下のみっつはセーヤの担当本
でちゅね!!!こりは失礼!!!!!!!

とにかく書影が入って「黒猫図書館」が「黒猫館」の設立当初の予定だっ
た「中心的コンテンツ」になるのはまちがいなし!!!これで「デパート
みたいなHP」とは誰にも言えなくなるわけでちゅね!!!( ̄ー ̄)・・・

こうしてアクセス数は急増、各種文学館から問い合わせが殺到、かくして
黒猫館は「2ちゃんねる」をしのぐ巨大サイトへと成長してゆくことでち
ょう!!!!!!

ふぉおおおおお〜〜〜〜ほっほっほっほ!!!
ではではみなちゃま硬ご期待!!!!!!!!!!!!!!!!!

☆keenちゃま>アリスのフィギュアを買えばお菓子が貰えるのでちゅ
か!?詳しく教えてくだーーーーーーーーーーーちゃい!!!

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


シネマ・パラダイス(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月25日(火)00時24分26秒


 Keen さま
> WOWOWで、『ロード・オブ・ザ・リング』・1「旅の仲間」観ました。
> ガンダルフのシーンで、涙が出ました……イアン・マッケラン、やっぱり大好きですっ♪

 「いい顔」してますよね。人格の深みと度量の大きさと温かな人柄を感じさせる顔。あんな風(な顔になれるよう)に歳をとりたいなって思います。

> 『マルホランド・ドライブ』も、ビデオ録画しました。
> こちらは、家人をはばかって、堂々と観られないようですので、そのうち、コッソリ観ようかな、と……

 この映画では、主役の女性のマスターベーション・シーンがあるんですよね。で、どんなエッチなシーンかと思っていると、これがすこしもエッチじゃなくて、とっても「みじめ」ったらしくて「悲惨」なシーンなんです。考えてみれば、たぶん成人映画なら、女性のマスターベーション・シーンもたくさん前例があるはずで、それ自体は話題になるほどのことじゃなかったんでしょう。ところが『マルホランド・ドライブ』のそれは、「エッチ」にも「キレイ」にも描かず、あえて「みじめ」ったらしく描いたから「よくもこんなことやらせたよな」という感じで話題になったんでしょうね。
 ……まあ、それ以外は、特に問題はないと思いますよ。ただ、小さい子供が見たらトラウマになるようなシーンは、いっぱいありますけど(笑)。

 ボクのお薦めは「深夜の劇場」のシーンです。観たらご感想をお聞かせ下さいね!


 園主 さま
 園主さまは「宗教は信じない」とか「信じられない」とか「この先、一生そうだろう」なんておっしゃりながら、やっぱり「宗教」の問題からは離れられないみたいですね。その意味では「お釈迦さまの掌の中の孫悟空」みたいな存在なのかも知れません(笑)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


シネマ・パラダイス(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月25日(火)00時23分46秒

 みなさん、こんばんは! すでにKeenさまからご報告がありましたとおり、『千と千尋の神隠し』(宮崎駿 監督)がアカデミー賞(長編アニメーション部門)を受賞しましたね。やっぱり、日本人として、アニメファンとして、うれしいとしか言い様がありません。

 もともとアカデミー賞の候補になったこと自体に、さほどの喜びを示さなかったらしい宮崎さんですが、やっぱり授賞式にも参加しなかったんですね。まあ、あの人の経歴と「作品」を見れば、「イラク戦争」をどれほど批判的な目で見ているかは想像に難くないですから、こんな時に、のこのこアメリカまで足を運ぶ気にはならなかったんだろうな、とは思いました。

 欲望のままに喰らい続ける、獣のような大人たち。そんな大人たちの支配するこの世界であっても、子供たちは生きていかねばなりません。争いの止むことのないこの世界であっても、子供たちよ、「強くなれ!」そして「生きろ!」。宮崎さんの作品は、そのように「生きる力としての夢」を語りかけているのではないでしょうか。世界のすべての子供たちにむけて。





 ino さま
> 新「人間革命」第6巻には、戦後の絶望した、自暴自棄となった庶民が流れ着き、土管に住み、賭博、ヒロポンその他犯罪が多発していた「ドカン」地域に、大聖人の仏法が広まり、彼らが自信を蘇らせていくドラマが綴られています。

> つまり「観念」は、国をつくり、国を滅ぼし、一人の平凡な市民を「英雄」にもすれば「絶滅収容所の所長」にすることもできるもの(=力)なのでございます。ですから、「宗教」の実態が「観念」でしかなくても、「再生のドラマ」は充分に起こりうるのでございます。(< 園主さま)

 ボクは「無宗教」ですし、創価学会のことはよく知りません。でも、例えばこの議論で思い出すのが、マザー・テレサです。自らの二つの手を貧者にさしのべ、その救済に一生を捧げた、貴い人。たしかにキリスト教には「十字軍(異教徒虐殺)」や「魔女裁判(異端審問=虐殺)」といった血なまぐさい歴史があり、それはキリスト教の「教義」そのものに、問題点を求めることも充分可能な「歴史的事実」なのかも知れません。しかし、だとしても、それでマザー・テレサの貴さは少しも損なわれることはないと思います。
 ボクが思うのは、宗教とは「人の人格表現の器(形式)」なんじゃないかということです。器が無いと、人はなかなか自分を表現できないんですが、器は器に過ぎなくて、大切なのはそこに盛られる「中味(人柄)」なんだと思います。たしかに「器」は、人を規定する部分はあるでしょうが、「人」が「器」を乗り越え、「器」を引き立てることだっていくらでもあるんじゃないでしょうか?

 「宗教」とは、そういうものであってはいけないのでしょうか? ボクはやっぱり「宗教」より先に「人」があるとしか思えないんです。





( 以下は「シネマ・パラダイス(下)」につづく)


咀嚼中です。 投稿者:ino  投稿日: 3月24日(月)23時16分57秒

園主さま

いつも丁寧に長文を書いてくださるのに、私のほうは短くなってしまい申し訳なく思います。御容赦のほど・・・。
 早速ですが、さきの質問にお答え下さって有難うございます。
「ただで済まない」>最悪の場合は経済制裁だな。それで反省しないなら、今度はイラク同様軍事制裁だな。
 理解できます。いたるところでやっていると思われる事ですね(文証なしで申しますが)。

 これまで書いてくださったものを読み、咀嚼?していました。
「勇気ある叫び」(2)で書かれた

>4つの要件の並立が困難になったため、いろんな矛盾が出てきたのでございます。
>「日本の政治家」という立場と「絶対平和主義の信仰者」という立場に引き裂かれる矛盾した存在とならざるを得ない。
 
私はここでひっかかるのです。果たして公明党国会議員は「妥協の術」である政治を全て、期待されうる信仰心によって行わなければならないのだと考えることは妥当なのかと。また今回のイラク攻撃に反対するという連立与党決定(をする可能性を論議したのではないかというふしが某公明党国会議員のHPにありました)は、日米同盟の解消に繋がる=アメリカに反旗を翻すこと=そこまでして自国民を困難な世界に導くのは無謀だと自公保政治家たちは判断したのでしょう。
 公明党内では連立を離脱すべきだとの意見もあったようです(某公明党国会議員HPから)。結果 的には政権にとどまった(どのくらいの割合で離脱すべきという意見があったかは不明)わけです。
 以下公明党国会議員のHPから引用します。

>日本外交にとって喫緊の課題である北朝鮮をめぐる問題にしても、この米国依存は厳然としてありますし、解決の前提にさえなっています。イラクというと「どこか遠い国の戦争」ととらえ、だから賛成・反対も簡単に決められるという態度がもし私たち日本人の中にあるとすれば、それは不幸なことです。米国という戦後日本にとって良かれ悪しかれ最も深い関係を持つ国の行動に関してモノ申すということは、私たち自身の問題として相当な覚悟をもって決断しなければならないことであることは忘れてはならないと思います。(3・15遠山氏HP)

 この文は非常に正直に書いてあると思います。
 この人が、アメリカに反旗を翻さなかったのは、信仰を失ったからだと言えるでしょうか。神崎代表がアメリカの単独武力行使は避けられないと渡米して気づいて、帰国後すぐにこの人はイランに(アメリカに悪の枢軸と呼ばれている)代表代行と飛びました。難民受け入れを求めるためです。

>勇気ある叫び(4)
>したがいまして、学会員である貴方さまが、神崎氏をはじめとした「アメリカのイラク攻撃を容認支持した公明党議員」を批判なさるとすれば、それは「平和仏法の信者の選択ではなかった」という、この一点に絞られると申せましょう。

 園主さま、貴殿のおっしゃる心情は、理会しております。しかし今は、傲慢なアメリカ中枢の権力者たちと、自国民を何十年も恐怖政治で抑圧してきたフセインとその政権の権力者たちに、私の矛先(といってもじっとしたままの)は向いています。
 まだ私の心はうろうろしています。
 信仰に関してはまたの機会に書かせていただきます。まとまりませんが悪しからず。


ニュース速報! 投稿者:Keen  投稿日: 3月24日(月)10時53分34秒

オスカール、アンドレ!じゃなくって、やりましたよ!
『千と千尋の神隠し』、オスカー受賞!!!
キャメロン・ディアスが、宮崎さんのかわりに受け取ってました。

ではまた。


やっぱり、劇場で観たかったな 投稿者:Keen  投稿日: 3月24日(月)01時03分47秒

WOWOWで、『ロード・オブ・ザ・リング』・1「旅の仲間」観ました。
ガンダルフのシーンで、涙が出ました……イアン・マッケラン、やっぱり大好きですっ♪
今、劇場で「2」やってるんですよね?観たいけど、無理だろうなあ……
とりあえず、原作、かな。文庫で9巻でしたっけ?体力いりそう〜☆

『マルホランド・ドライブ』も、ビデオ録画しました。
こちらは、家人をはばかって、堂々と観られないようですので、そのうち、コッソリ観ようかな、と……

とか書いてる内に、また夜更かししちゃいました☆
実は、ちょうど1年前の過去ログも読んでたんです。楽古堂さまによる、『ロード・オブ・ザ・リング』についての書き込みがイロイロあったので。
それと、クラウス兄の初書き込みも見つけたりしました。
現在、オーバーワークでふらふらになってます。「ポックリ」いかないよう、気をつけてますが……園主さまもお忙しいご様子ですし、この年代の殿方は、仕方ないんでしょうね。

『きみの血を』は、賢ちゃんになら迷わずお薦めしますが、園主さまのシュミかどうかは、私には判定致しかねるところ。「少年」は登場しますが、「美」はつかないようですし(笑)。
楽古堂さまの推薦を信じて、読んでみてはいかがでしょう?
さほど時間はかからないものと思われます。

明日はもっと早く寝ま〜す☆
でも、明日(今日)は、オスカー発表がありますわ!
「戦時下なので、地味に」とかいうお達しが出てるとか。
何言ってんだ?という気がします。


信仰の根幹にかかわる問題 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)23時10分01秒

 ino さま
> 園主さまにお聞きしたいのは「ただで済まない」と表現された園主さまの心の中には、どのようなただで済まない状況が描かれているのかご教示ください。

最悪の場合は『最初は経済制裁だな。それで反省しないんなら、今度はイラク同様、軍事制裁だ』というような状況でございます。
アメリカに反対するのなら、当然そこまでの覚悟が必要だということでございますね。自分だけが「安全地帯」にいて、他人を救おうなどという発想が、そもそも「甘え」であり「間違い」であり「烏滸がましいこと」なのでございましょう。もちろん、私とて、そんな目にあわないよう願っておりますし、そうならないように努力しなければならないとも思っております。しかし、そうした「努力」は、「他人の犠牲」を交換条件とするようなものであってはならない、まず優先されるべきは「人の命」だ、ということなのでございます。

> 小説「人間革命」の前文「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命を転換し、ひいては全人類の宿命の転換を可能にする」この悠久の革命のテーマは、私は貧困のアジアをはじめ、ラテンの発展途上国で、かつて貧困の日本で庶民衆生の心の狼煙となった、またなっているという現実は、私は否定できないと思うのです。新「人間革命」第6巻には、戦後の絶望した、自暴自棄となった庶民が流れ着き、土管に住み、賭博、ヒロポンその他犯罪が多発していた「ドカン」地域に、大聖人の仏法が広まり、彼らが自信を蘇らせていくドラマが綴られています。
> 私は、このドラマが私たち日本人が搾取し貶めてきた(主に)アジアの民衆のもとで繰り広げられていると認識しています。

しかし、こうした『ドラマ』は、何も「創価学会の信心でだけ起こっているのではない」という「事実」を忘れてはならなりません。
「大聖人の仏法」が、明確に「誤り」だとする「キリスト教」「イスラム教」「ユダヤ教」あるいは「仏教他宗」はもとより、あらゆる「思想」「信条」「信念」の下に、「人間再生のドラマ」が繰り広げられてきたという「事実」は、「歴史」に明らかなのでございます。
その意味では「大聖人の仏法」による『ドラマ』は、なんら「特別」なことではございません。しかし、大聖人はこの仏法を「唯一正しいもの」つまり「特別 なもの」と明確におっしゃっておられます。したがって「この矛盾を、どう説明するのか」という難問を乗りこえずして、「誤魔化しでない信心」などありえない、ということなのでございます。

> 公明党は、岡庭昇さんの言葉を借りれば「創価学会の政治的表現」。私は本来はそれが「観念論」とは思いません。「きれいごと」とも思っていません。ただし園主さまの言われるよう、戦争を止めることができなかった宗教とその政治的表現者である公明党の言動は観念でしかなかったとおっしゃる心情は理解できますが、私はそう言い切れません。大聖人の魂を実現するための「何か」が足りなかったのだと考えます。

「観念論」とは、貴方が考えておられるようなものではありません。単なる「無力な」「きれいごと」ではないということでございます。
「宗教」とは違い、『「思想」「信条」「信念」』の類いは、基本的に「観念論」(=「考え方の問題」)でございましょう。しかし、その観念が「フランス革命」や「ロシア革命」を成就させ、一方「連合赤軍」の総括殺人などといった行為も「実現」させたのございます。つまり「観念」は、国をつくり、国を滅ぼし、一人の平凡な市民を「英雄」にもすれば「絶滅収容所の所長」にすることもできるもの(=力)なのでございます。ですから、「宗教」の実態が「観念」でしかなくても、「再生のドラマ」は充分に起こりうるのでございます。

つまり、私の「信仰」への疑問は、「力の有無」というよりも、「これが唯一正しい世界観だ」という主張の「信憑性の乏しさ」にあるのでございます。

そして、多くの創価学会幹部や公明党議員の中にも、この種の「不信」があるからこそ、いざという時「世法(=政治)」に流され、それを選ばなければならなかった、……つまり『拙なき者のならひは、約束せし事を、まことの時はわするるなるべし』ということになったのではないでしょうか。

「公明党」が『創価学会の政治的表現』だとするからこそ、公明党が「イラク攻撃」という「重大な問題」の対応にあたって、「仏法的選択」ではなく「政治(=世法)的選択」をした事実に、重大な本質的問題性があるのでございます。つまり、これは「創価学会の信仰の根幹にかかわる問題」だということなのでございますよ。


お礼 投稿者:ino  投稿日: 3月23日(日)08時58分02秒

園主さま

お忙しい中、お考えを丁寧に書いてくださって、誠にありがとうございました。
取り急ぎ全文、目を通させていただきました。今回は、失礼とは存じますが、本日最も心に届いた論述についてコメントいたします。残りは後日に・・・。

>彼の本音は「アメリカも武力行使も支持しない。ただしそう言ったのではただで済まないのは目に見えているから、どちらも支持する」というものでございましょう。

>「暴君アメリカ」を前にして「怯えるな」と言う方が無理だからでございます。ですが、また、彼らが「平和仏法(日蓮大聖人の仏法)」の信者としての「選択は」しなかったというのも「動かない事実」でありそれを「誤魔化そうとしている」というのも「明白な事実」なのでございます。

文章の脈絡を切り文にして申し訳ありませんが、以上はおっしゃることはよく分かります。私はこのことから以下のことを考えます。一つは前者から。神崎氏の陥らざるを得なかった状況は、何に由来するのか。一つは与党にいる連立を担う党首であるため、国益(アメリカに依存している現状を温存するという意味で)優先の発言をせざるを得なかった。彼の本音を貫徹しようとするならば(信仰を貫徹しようとするならば)、イラク攻撃に反対し、新決議に同意しない=連立を離脱する選択をすべきだった。しかしそれは「ただですまない」。だからどちらも支持した。

 次に後者から、「全世界の一切衆生を救え」という日蓮大聖人の教えを実践するには、イラクの民衆を救う使命があった。しかし「日本の政治家である自分は、日本の民衆を守る」という選択しかできなかった。

 そこで園主さまにお聞きしたいのは「ただで済まない」と表現された園主さまの心の中には、どのようなただで済まない状況が描かれているのかご教示ください。
次に
 >もともと創価学会の「絶対平和主義」は口先ばかりの観念論であり、したがって公明党のそれも「きれいごと」の域を出ないものでしかなかった。今回はその実態がたまたま暴露されただけなのだ。

 小説「人間革命」の前文「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命を転換し、ひいては全人類の宿命の転換を可能にする」この悠久の革命のテーマは、私は貧困のアジアをはじめ、ラテンの発展途上国で、かつて貧困の日本で庶民衆生の心の狼煙となった、またなっているという現実は、私は否定できないと思うのです。新「人間革命」第6巻には、戦後の絶望した、自暴自棄となった庶民が流れ着き、土管に住み、賭博、ヒロポンその他犯罪が多発していた「ドカン」地域に、大聖人の仏法が広まり、彼らが自信を蘇らせていくドラマが綴られています。
 私は、このドラマが私たち日本人が搾取し貶めてきた(主に)アジアの民衆のもとで繰り広げられていると認識しています。
 政治だけでは、民衆の幸福は得られないと思います。反面庶民の生活は政治に拘束されるのも現実です。
 公明党は、岡庭昇さんの言葉を借りれば「創価学会の政治的表現」。私は本来はそれが「観念論」とは思いません。「きれいごと」とも思っていません。ただし園主さまの言われるよう、戦争を止めることができなかった宗教とその政治的表現者である公明党の言動は観念でしかなかったとおっしゃる心情は理解できますが、私はそう言い切れません。大聖人の魂を実現するための「何か」が足りなかったのだと考えます。
 現実は時間と共に動き、すすむわけですからこの「何か」を見据え希望に変えなくてはなりません。私はその努力をしていきたいと思います。
 とりあえず、今日はここで。長文の返答有難うございました。
 また書かせていただきます。 


勇気ある叫び(5) 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)02時31分28秒


 Keen さま
> 『きみの血を』(シオドア・スタージョン著 ・ 山本光伸 訳・ ハヤカワ文庫)

>>・ ただし、あまり女性の方向きではないように思います。
>>・ 中井英夫や竹本健治ファンの、男性の読み巧者の方にお薦めします。

> この楽古堂さまの推薦文で、すでに内容の察しはついていたのですけど、果 たして、完璧に正しかったですわ(笑)。
> また、楽古堂さまが「女性向きでない」とおっしゃったのは、

>>『ひねくれモン』ではなくても、中井英夫・竹本健治ファンの女性なら、これは無視し難い言い方でございましょう。なぜなら、これですと「女性には、中井英夫・竹本健治が持っている、肯定的な、ある側面 が理解できないでしょう」と言われているに等しいからでございます。(園主さま)

> という意味ではなく、純粋なお気遣いから、であったことも確認できましたわ。

ふ〜む、そういう意味ではなかったのでございますか。しかも、Keenさまはそのことを正しくお察しになられた……。楽古堂さまのご忠告は、いったい何を意味したのでございましょう?

> そういうわけで、全てを承知の上で読んだ私ですから、「やっぱりそうかあ〜(ニヤリ)」と、満足しただけで、不快感は全くありませんでしたので、ご心配なく(笑)。
> そうですね、以前、読売新聞で連載していた、村上龍『イン・ザ・ミソスープ』を読んでいたからわかったのかもしれません。(ネタばれ?)龍さんのこの作品自体が、スタージョンの影響を受けている可能性もありますが。

私は村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』を読んでいないのですが、ここから拝察するところ、『きみの血を』は『中井英夫や竹本健治』的な魅力を有する一方、それらには無い、女性が嫌うであろう「悪趣味」があるということなのでございましょうか?

> 園主さま、これはご自身でご確認下さいませ(笑)。

問題は、この小説が、あえて時間を割くだけの値うちのある作品なのか、ということでございます。そういう意味での評価は、いかがでございました?

> ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』は、小学生の時に読みましたが、現在のフィギュアブームを予見してるようで、スゴいですね。当時も今も、大好きな作品です。

これは気になる作品でございますね(笑)。でも、何となく内容は予想できるような。


 ホランド
> でも、「目先の欲望」に捕らわれがちなのはボクらも同じで、ただ「権力者」の場合、その「目先の欲望」の規模が大きすぎるから問題なのかも知れません。

なるほどな。一般庶民たる私からすれば、「絶対悪」にも等しい「戦争なんか、なんでするんだろう?」と思えても、権力者にとっては「戦争くらいするさ」というものなのかも知れないな。チョムスキーが指摘しているとおり、アメリカの権力者たちは「野蛮人を数十万人殺したところで、どうということではない」という感覚をしてるんだろう。そこでは「人間」が人間として認識されていないんだろう。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


勇気ある叫び(4) 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)02時30分05秒


 ino さま(つづき)

> 私は公明党(神崎さん)は新決議を=イラクの武装解除を迫る圧力であって、武力行使を認めるとは言っていない、と思っているのです(某平和学者の公明党議員も、神崎さんは武装解除を迫る意味でアメリカに行く。アメリカはどうとるか分かりませんが・・。と言っていた)

したがいまして、私には、神崎氏が本気で「アメリカは支持するが、武力行使は支持しない」と考えたとは思えません。彼は政治家であり(1)の事実をよく知っていますから、そんな「甘い話」が通 用しないというくらいのことは、重々承知していたはずでございます。彼の本音は「アメリカも、武力行使も支持しない。ただし、そう言ったのではただで済まないのは目に見えているから、しかたなく、どちらも支持する」というものでございましょう。

ですから、彼のしたことは、世間の「アメリカの実態に関する無知」につけ込んで、アメリカが受け入れるとは、自分でも「信じていない」「現実味のない」要望を、形式的にアメリカに伝えるという自己の「アリバイ作り(のデモンストレーション)」に過ぎない、ということなのでございます。
もちろんアメリカ側は、そんな本音を見透かしておりますから、その場では神崎氏の顔を立てて「検討しましょう」とか「貴重なご意見、たしかに承りました」と答えておいたのでしょうが、いざ本番では、当然そんな「要望」なんか歯牙にも掛けない行動を取りましたし、神崎氏もきっと「予想どおりの展開になった」と思ったことでございましょう。

> 日本政府は政治力学でアメリカを支持し、与党である公明党は獰猛で冷酷なアメリカから、日本人を守るために(将来的な不安材料を考え)国連での新決議を支持(フランスが拒否権を使うことはほとんど間違いなかったわけですから)した。
> 経済制裁や武力での抑圧はお手のもののアメリカから日本を守るために、究極の選択をしたのではないか。だからといってイラクのことを忘れてはいない。だからイランにイラク難民の受け入れを訴えに浜四津、遠山両議員を送った。
> 神崎さんは訪米で、アメリカの冷酷さを肌で感じ、イラクへの手をうった。
> 私の、頭ではこうなるのです。

ですから、ここで貴方のおっしゃっているとおり、神崎氏や公明党議員のみなさまは、ある意味で、自分が悪役になってまで、ぎりぎりの駆け引きをして、「現実的な選択」の下、被害を最小限のものに止めようと努力なさったのだと存じます。少なくとも私は、そのことを否定はしません。……しかし、それは与党「自民党」も同じだということなのでございます。
彼ら(公明党議員)の選択は、理想的ではなかったとしても、「普通の人間として」「日本の政治家として」特に恥ずるべきものではなかったと存じます。なぜならば「暴君アメリカ」を前にして、「怯えるな」と言う方が無理だからでございます。ですが、また、彼らが「平和仏法(日蓮大聖人の仏法)」の信者としての「選択」はしなかったというのも「動かない事実」であり、それを「誤魔化そうとしている」というのも「明白な事実」なのでございます。

したがいまして、学会員である貴方さまが、神崎氏をはじめとした「アメリカのイラク攻撃を容認支持した公明党議員」を批判なさるとすれば、それは彼らの選択が「平和仏法の信者の選択ではなかった」という、この一点に絞られると申せましょう。
この一点においては、「彼らが本当は何を望んでいたか」とか「彼ら個人は良い人だ」というようなことは、まったく問題にはならないのでございます。例えば、南アフリカ共和国の黒人解放のリーダー、ネルソン・マンデラは「偉大な人物」ではございますが、当然のことながら「日蓮大聖人の弟子」ではございません。つまり「立派な理想を持ち、立派な行動を取る、人柄の良い立派な人」であったとしても、それだけでは「日蓮仏法の信者」すなわち「日蓮大聖人の弟子」だということにはならないのでございます。そして「公明党問題」の論点は、まさに「そこ」にあるのでございます。





( 以下は「勇気ある叫び(5)」につづく)


勇気ある叫び(3) 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)02時29分21秒


 ino さま(つづき)

さて、そこで問題の「公明党」でございますが、(2)で書いたように、彼らも「日本の政治家」、まして「政策決定権(選択権)を持つ(政策に責任のある)与党」の政治家であり、かつ(1)に書いた「アメリカの実態」を知っておれば、当然、好むと好まざるとにかかわらず「自国の安全」を優先するという選択をせざるをえません。
しかし、彼らには「自民党議員」とは違って、「絶対平和主義の信仰」がございます。当然その「信仰」においては「自国も他国なく、人の命に順位 はつけられない」。そこで彼らは「日本の政治家」という立場と、「絶対平和主義の信仰者」という立場に、引き裂かれる「矛盾した存在」とならざるをえないのでございます。

この「矛盾」を解消する方法はあるのでしょうか? ……ございます。どちらか一方を捨てれば良いのでございます。「両立」が不可能である以上、それしか選択肢は無いのでございます。
そこで公明党が選んだのは「絶対平和主義の信仰」を捨てることでございました。彼らが選んだのは「日本の政治家」として「日本の安全」を優先的に守ることだったのでございます。

どちらを選ぶかは「本人の自由」であり、公明党が『「日本の政治家」として「日本の安全」を優先的に守ること』については、私は特に批判するつもりはございません。彼らが「日本の政治家」として背負った「重責」を考えれば、彼らの「選択」を責める権利は、私には無いと思うからでございます。
しかし、問題は「アメリカを支持した公明党議員が、いまだに学会員を名乗っていること」でございます。これは端的に申しまして、「矛盾」であり「欺瞞」であり「ペテン」でございましょう。彼らが誠実に『「日本の政治家」として「日本の安全」を優先的に守ること』を選んだのなら、彼らは誠実に「創価学会員であることを辞める」べきでございましょう。ところが彼らは、そのへんを有耶無耶に誤魔化しており、また学会側もその「誤魔化し」に加担しております。このことから論理的に引き出される結論は、

『もともと創価学会の「絶対平和主義」は口先ばかりの観念論であり、したがって公明党のそれも「きれいごと」の域を出ないものでしかなかった。今回はその実態が、たまたま暴露されただけなのだ』

ということでございます。つまり創価学会に(本気の)「絶対平和主義の信仰」が存在せず(相対的な「平和主義」ではございましょう)、必然的に公明党にも「絶対平和主義の信仰」が存在しないのであれば、公明党は自民党となんら選ぶところのない「ただの政党」だということであり、したがって(4)で書いたことは成立せず「学会員が、公明党を支持する理由は無い」ということになるのでございます。





( 以下は「勇気ある叫び(4)」につづく)


勇気ある叫び(2) 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)02時27分53秒


 ino さま
> アレクセイさまが、某掲示板で勧めておられたチョムスキーの「グローバリズムは世界を破壊する プロパガンダと民意」を買ってきました。

私も買っておりますが、まだ読んでおりません。
今日は新刊の『抗う勇気』(ノーム・チョムスキー+浅野健一 対談/現代人文社)を買ってまいりました。

> 金九の「白凡逸志」も岡庭昇氏の「持ち越された世紀末 新帝国主義を検証する」も長沼恭佳氏の「素顔のパレスチナ」も「パウル・ツェラン、ネリ・ザックス往復書簡」もどれも、少しづつ併読中。活字に集中できなくて、少しだけ困っています。
> チョムスキーは読めそうです。
> 私とアメリカの関係を見つめられそうな気がします。

読書に焦りは禁物でございます。わかってもわからなくても良いから、「良い本」をじっくりと読む、ということが重要でございます。

> ご意見、またはご教示を賜りたく参りました。

「アメリカを支持した「政府与党」の公明党を、どう評価すべきか?」とのご質問でございますね。私の思うところを書かせていただきましょう。参考になさって下さいまし。

まず議論の前提となる事実を列記いたしましょう。

(1)
 アメリカは、世界最強の軍事国家であり、覇権国家、帝国主義国家である。
 したがって、議論は通用しない。

(2)
 日本は、アメリカに「軍事的」「経済的」に依存した国である。
 「日米同盟」とは、こういう関係に基づく「親分子分」関係であり、もとより対当ではない。

(3)
  公明党は、「日本の政党」であり、まず「日本のために」働き、そのためにも「世界に貢献する」政治家集団である。
 公明党議員の大半は、宗教団体「創価学会」の会員であり、そのため「創価学会」の「絶対平和主義」を「党是」としている。

(4)
 創価学会員は、「創価学会」の「絶対平和主義」を支持し、それを支持する公明党を支持する。

つまり、この4つの要件の「並立」が困難になってきたため、いろんな矛盾が出てきたのでございます。

まず、アメリカがその圧倒的な軍事力にものを言わせて「イラク攻撃」をすると言い出した。ここに「正当な理由(大義)」が無いのは論を待ちません。ですから、普通 なら「それは間違っている。そんなことは止めなさい。私は反対です」と言うのが、当たり前ですし、「正しいこと」でございます。

しかし、日本は「アメリカの子分」ですから、「立場上、正しいことが言い難い」ということがございます。もし、そんなことを言ったら、アメリカは日本に、こう言うことでございましょう。
「おまえ、俺に逆らうのか? おまえは『悪の枢軸』であるイラクの味方をするというのか? ……わかった。これからはおまえは、我々の敵だ。つまり攻撃目標ということだ。最初は経済制裁だな。それで反省しないんなら、今度はイラク同様、軍事制裁だ。きっと何万人もの日本人が死ぬ ことになるだろう。覚悟しておけ」

(3)に書きましたとおり、日本の政治家は、まず「日本の国民」の安全についての責任をおっており、「他国の国民」の安全と「自国の国民」の安全を天秤にかければ、当然「自国の国民」の安全を選ぶ「責務」がございます。……こう書くと「天秤にかけること自体が間違いだ」とおっしゃる方もおられることでしょう。なるほど理想を言えばそのとおりですし、その理想を追いうるのが我々「一般 市民」なのでございますが、しかし、時にはその「好ましくない選択」を迫られる立場にあるのが、まさに「政治家」なのでございます。
そこで、当然、日本の政治家は「イラクの国民には申し訳ないが」と思いつつも「自国の安全を優先せざるをえない」ということになり、「親分アメリカ」の意向に唯々諾々と従うということになってしまうのでございます。





( 以下は「勇気ある叫び(3)」につづく)


勇気ある叫び(1) 投稿者:園主  投稿日: 3月23日(日)02時26分27秒

みなさま、昨日『スポーツニッポン』紙を読んでおりましたところ、「イラク戦争」に関わる、次のような二つの芸能界記事を見つけました。
ひとつは、ちかぢか行われるアカデミー賞の授賞式に「派手な服装での出席はひかえるように」という主催者側からの要請が、授賞式参加者たちに伝えられたという記事で、要請の主旨は「兵隊が戦場で命がけの戦いをしているこの時に、派手なお祭り騒ぎは適切ではない」ということらしゅうございまして、「アメリカが人殺しをしている最中に」ということではないようでございます。
もう一方の記事は、日本の芸能人たちが自己のウェブサイトで、次々と「戦争反対」の声を挙げているというものでございました。こちらを以下に引用紹介しておきましょう。

『 紀香ら、芸能人も悲しみの声
     …自身HPで反戦訴える


◆ TAKUROに続き、宇多田、窪塚も ◆

 芸能人からも続々と反戦メッセージ―。19日付の朝日新聞に意見広告を掲載したGLAYのTAKURO(31)に続き、米軍のイラク攻撃が始まった20日には、歌手の宇多田ヒカル(20)俳優の窪塚洋介(23)女優の藤原紀香(31)らも自身のホームページ(HP)に反戦メッセージを寄せた。宇多田は「正しい戦争なんて無い」と強く平和を訴えた。

◆ 宇多田「正しい戦争なんて無い」 ◆
 米軍による空爆開始から約4時間後の午後3時13分。「21世紀が泣いている…」とコメントした01年の米中枢同時テロと英米のアフガニスタン空爆のときと同様、宇多田はHP内の「Message from Hikki」に平和のメッセージをアップした。
 タイトルは「ついに始まりました」。「正しい戦争なんて無い」と書き出し、「でも国を信じて戦場に出ている人達の存在を思うと、”この戦争に意味は無い”とか、ちょっと言えなくなっちゃう」と複雑な胸中も吐露。「ただ、戦争が本当にどんなものかを考えて、心の底から、戦争に賛成している人がいるということが信じられない」と続けた。
 さらに「(戦争に)賛成する人も、無関心な人も、好きじゃないな。賛成する人も、無関心な人も、同罪」と強調。「久しぶりの書き込みがこんなのでごめん。残念です」と悲しみと悔しさをあらわにした。

◆ 窪塚「小泉先輩、その道行き止まりだよ」 ◆
 窪塚は米中枢同時テロ事件後の米国によるアフガニスタン攻撃のころから、徹底して「平和」を主張してきた。今回のイラク攻撃にも強い怒りを抱いており、米国支持の姿勢を鮮明にしている母校・横須賀高校の先輩である小泉首相を「先輩、その道行き止まりだよ」と痛烈に批判。「どんな理由も知ったこっちゃないんで。俺はいつでも戦争反対!!」と強く訴えた。

◆ 紀香「胸が痛くて息が苦しいです…」 ◆
 紀香も「STOP THE WAR!!」のタイトルで反戦を主張。米国のアフガニスタン空爆後に同国を訪れた経験に触れ「多くの人が愛する人を失い、住居も失い、飢えに苦しみ、生きる権利を奪われました。こんなことを繰り返してはいけない。本当に胸が痛くて息が苦しいです…」と深い悲しみを語っている。

◆ 坂本龍一、円楽、アクネス・チャンも… ◆
 世界の音楽家・坂本龍一(51)はHPにイラク市民の写真を並べ「DO YOU BOMB THEM?(あなたは彼らを爆撃できるか)」と反戦の訴え。ほかに三遊亭円楽(70)アグネス・チャン(47)らも反戦コメントを発表した。』

こうした発言を「売名行為」だと悪意を持って呼ぶ人もあるでしょうが、たぶん彼らはそんなことをするまでもなく充分に「有名」なのでございましょう。むしろ下手に「時事問題」には触れないというのが、「人気家業」にとっては得策なのではございませんでしょうか。

しかし、彼らとて「芸能人」であるまえに「一人の人間」なのでございますから、「戦争の悲劇」を眼前に見て、「人として」声をあげたくなるのは、むしろ当然のことでございましょう。

『坂本龍一、円楽、アクネス・チャン』クラスになれば、思想的にも練れており、今この時にこうした発言をするのも、予想の範囲内でございますが、私としては、まだまだ「拙い言葉」でありながらも、損得抜きで「自分の思い」を率直に語ろうとしている、若い芸能人たちの存在を、たいへん嬉しく思います。
彼らの発言は、社会の片隅で「世界に平和を!」と叫んでいる「多くの無名の若者たち」を励まし、そして彼らの声を代弁するものだと存じます。





( 以下は「勇気ある叫び(2)」につづく)


心のこと 投稿者:ino  投稿日: 3月22日(土)23時43分36秒

ホランドさま

>他人を励ますためにも「自分をきちんと肯定する」必要が出てくるんです。

この言葉、説得力がありますね。納得します。


しんどいけど、負けない!(下) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月22日(土)22時30分48秒


 AOI さま(続き)
> 「エホバの証人」については、詳しく知りませんが、競争してはいけないということのようですね。人間の競争心や闘争心、暴力を生み出すそれらの本能を宗教的に馴化させるということなのかな?
> 競争心や闘争心というのは人間が本来持っているもので葛藤のうちに、理性的に発露された場合には人間にとってのいろいろな意味で向上に繋がるのではないかと思います。ただ、近代社会においてはそれらをシステム化して社会のうちに取り込もうとすることから、いろいろと弊害が出てきているのではないでしょうか?闘争心や競争心を煽るような社会システムが人間を疎外し暴力性へと向かわせているというように。
> そういうことから「エホバの証人」のように競争や闘争を否定するということになるのではないでしょうか。

 でも、「エホバの証人」の「格闘技禁止」は、『理性的に発露された場合には人間にとってのいろいろな意味で向上に繋がる』という部分まで否定していることになるのではないでしょうか。だから、みんな「おかしい」と感じるわけです。

 「長所と欠点が表裏の関係にあり、切りはなしえないものであった場合」、原則的には、ボクたちはそれを「エホバの証人」のように「全否定」してしまうか、さもなければ「全肯定」してしまうしかありません。そのうえで「なるだけ」欠点の部分を抑制するようにしなければならないということです。でも、それは「原則」が弱いだけにしんどいですね。人間の現実がそういうものであるのなら、こんなことを言うのは泣き言でしかないんでしょうけど・・・。

> ホランドさまは「暴力性」についてどのように思います?

 ですから「総論」としての「暴力性」については、まだ何とも言えないんです。だから「各論」として、個々の事例に則して判断しなければならないと思っています。ただ、その場合「原則」が曖昧なので、厳密に言うと、危うい部分があることも否定できないんですよね。

 ただボクは、「単純な割り切り」をして、安心してはいけないと思うんです。


 Keen さま
> 私は星崎龍さんの作品はまだ読んだことないんですよ。このサイトで紹介されてるイラストだけ、です。それだけでも充分に「妄想」しちゃいますけどね〜(^0^*

 あれ? そうかあー。天使を見た人々の頃には、まだKeenさまは「花園」にお出でではなかったんですね。

> 食玩

> クラウス兄なんか、もう全部そろったっていうのに、クッキー欲しさのゆえか、また残ってるの見つけたからって、2箱も買ってきちゃうんですよ〜!残念ながら、シークレットはでませんでしたが☆

 だいぶ毒されてますねえー(笑)。


 園主 さま
> 地球が、あと200年もったら、現ブッシュ大統領は、間違いなくヒットラーとならぶ人物だと評されるだろうな。スターリン以上に酷いと評価されるのは間違いのないところだろう。

 「歴史の目」で自分を見るということが、「時の権力者」には不可能なんでしょうか?

> ……じっさい、あそこまでして、彼は何が欲しいというのだろうか? 地位 も金もあるんだから、もっと人間らしい行動によって名声を求めても良かったはずだ。アメリカを世界一の強国にしたところで、自分がずーっとそのトップでいられるわけではなし、あの強引なやり方では、「世界史」における死後の名声など無かろうことも目に見えているだろうに……。

 本当に不思議ですよね。でも、「目先の欲望」に捕らわれがちなのはボクらも同じで、ただ「権力者」の場合、その「目先の欲望」の規模が大きすぎるから問題なのかも知れません。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


しんどいけど、負けない!(中) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月22日(土)22時29分56秒


 AOI さま
> ホランドくんが『「人間の良心の曙光」を見る』と書いたのは、そこに「戦争回避の可能性を見る」ということではなく、「国連など所詮はアメリカの手先みたいなもの」とまったく期待していなかったのに『意外なほど・・・って言っては失礼ですが、本当によく頑張って』いたからだと存じます。つまり、彼の見たのは「人間の良心の曙光」であって、具体的に戦争回避の希望が持てたということではなかったのだと存じます。たとえ戦争が不可避な状況にあっても、希望を捨てずに頑張れる人が「政治の世界」にもいるんだということを実感できて、そこに彼は「希望」を見たのではないでしょうか?(< 園主さま)

 前回ボクが書いたことは、だいたい園主さまがご解説下さったとおりです。

> 当然「国際法」に基づいていても戦争は暴力だと思いますよ。戦争をはじめた人たちと関係なくそこで生活しているというだけで、不本意に生命が脅かされる人たちが沢山いるわけですから。
> どうしてもやりたいなら、戦争をしたい人たちだけでやってよね。地球も汚さないで。後始末もちゃんとしてね。と言いたい。

 そうですね。でも、絶対にそうはいかないのが人間の現実ですから、結局は、いかなる「法」も「便法」以上のものではないんでしょう。ですから結局、最後の砦となるのは、相対化されてしまわざるをえない性格を持つ「人間の良心」だけということになるのでしょう。ホントに厳しい闘いだと思います。

> 戦争も地球に人口が増えすぎたための淘汰という考えをする人もいるし、戦争によって文明が発達した、自分の遺伝子を後世に残すためのオスの本能、とペシミスティックに言う人の気持ちもわからぬ ではないけれど、自分が爆弾落とされる身になったらそんなことは言っていられないはずです。

 そうですね。それに例えば『戦争も地球に人口が増えすぎたための淘汰』というのは、単なる「結果 論」であり、その粗雑な結果論には「いつの時代でも、身を挺して、平和のため、戦争回避のために努力した人々がいた」そのおかげで「戦争が、あの程度で済んだ」という「事実」が抜け落ちているんですよね。

 それに『戦争も地球に人口が増えすぎたための淘汰』だと言うんなら、その「淘汰論」を信じている人が、真っ先に「淘汰」に応じるべきではないでしょうか? だって、こんな俗論を言ってる人の大半は、特に「衆に秀でた人」ではないはずです。

> 加速した暴力をとめる手立てがすべてなくなってしまったときに、それ以上の力が必要になってしまうわけで、その意味での力の行使(必要悪として)は止むおえないというのが現実ではないでしょうか。

 そうですね。でも、それが「諸悪の根源」でもあるわけで、そこが難しくもあり悲しくもあるところです。・・・でも、ボクたちはそこから逃げちゃいけない。

> 「死刑」は「国家に占有された暴力」だと思いますよ。「死刑」にしなければ、とめる手立てはないとは決して言えないですから。

 そうですね。でも、「刑」というものは、人間が人間に科すものである以上、どこまでを妥当とするかの「線引き」は相対的なものとならざるを得ません。「強制労働」と「鞭打ち」はいずれも「暴力」であり、それらの階層化の有効性を認めれば、「死刑」でしか止められない「暴力」が存在するということも認めざるを得なくなるんじゃないでしょうか。そして「死刑」は『力の行使(必要悪として)』ということになってしまうのではないでしょうか?





( 以下は「しんどいけど、負けない!(下)」につづく)


しんどいけど、負けない!(上) 投稿者:ホランド  投稿日: 3月22日(土)22時28分22秒

 みなさん、こんばんは! いよいよアメリカ・イギリスによる「イラク攻撃」が始まりましたね。イラクの民間人に70名くらいの死者が出た一方で、イラク側の攻撃により米英軍の方にも死傷者が出ている・・・なんて報道がなされていますが、これが並べて語るべきことがらだとでも言うのでしょうか? 普通 、自国が一方的な軍事攻撃に曝されれば、防戦をするのは当然のことですから、攻め込んだ『米英軍の方にも死傷者』が出るのは当然のこと。それがイヤなら、攻め込まなきゃ良いんです。まして米英軍の方は「非戦闘員である民間人」を「空爆」により殺しているのですから、これは明らかに「国際条約違反」の戦争犯罪です。なのに、この明らかな「不均衡」を「どっちもどっち」のごとく報道する日本のマスコミ。これはもう、第二次世界大戦時の「御用マスコミ」そのままとしか言えません。ホントに情けないことです。





 せどり公爵 さま
> わあ〜ッハッハッハ!!!皆の衆!!!ワシが誰だかわかるかな!?
> なにわからん!?ウ〜〜〜〜〜ム!!なら教えてやろう!!!バホ!!
> (ここでマントを広げる)せどり界の公爵、題してせどり公爵じゃ!!
> ワああ〜〜〜ッハッハ!!よく覚えておくのだぞ!!!わあああっ
> はっはっは〜〜〜〜〜!!!

 なんだかすっごくキャラクターを造ってますね。これでは普通の会話はできなさそう(笑)。
 ところで、

> せどり界の公爵、題してせどり公爵じゃ!!

って、それも言うのなら「せどり界の公爵、人呼んでせどり公爵じゃ!!」じゃないでしょうか?(ツッコミ/笑)


 ino さま
> 自分を救える(これは自分を好きになれないと他人も好きになれないというような意味で、自分を救えないと他人も救えないと思うので)きっかけが、あるいは答えがあるのではないかと購入しました。


 逆の考え方もありますよ。「他人を救うことで、自分を救う」というやり方です。

 例えば、鬱で自虐的になっている他人を見れば、inoさんもその人を「貴方は決して悪い人ではないんだ」と励ましたくなるでしょ? でも、自分が同じような自虐に捕らわれていたら、他人にそんなこと言えませんよね。だから、他人を励ますためにも「自分をきちんと肯定する」必要性が出てくるんです。
 「自分はどうか?」と内攻する前に、「人が今の自分のような状態になっていたら、私はその人を攻めるだろうか?」と考えてみるんです。このことによって、自分を客観視することができ、無用な主観的「内攻」を止める助けにもなるんじゃないかと思います。





( 以下は「しんどいけど、負けない!(中)」につづく)


ご教示を 投稿者:ino  投稿日: 3月22日(土)12時49分52秒

園主さまへ

ご意見、またはご教示を賜りたく参りました。
「公明党はアメリカのイラク攻撃に賛成した」という私にとっては未消化の件です。ことの始まりは、神崎代表が渡米し、アーミテージ国務副長官に次の発言をしたことに端を発したと私は認識しています。その発言とは
「国際社会が一致してイラク大量破壊兵器の武装解除を迫る圧力になると言う意味で日本政府は新決議案を支持しており公明党も政府と同じ考えだ」という発言です。
 私は公明党(神崎さん)は新決議を=イラクの武装解除を迫る圧力であって、武力行使を認めるとは言っていない、と思っているのです(某平和学者の公明党議員も、神崎さんは武装解除を迫る意味でアメリカに行く。アメリカはどうとるか分かりませんが・・。と言っていた)
 結果的にはアメリカは国連の枠内での解決のポーズを見せ、かつ新決議賛成=武力行使に賛成としかとらなかったでしょう。初めからイラクを攻撃しようとしか考えていなかったと思います。
 公明党は創価学会員の平和解決への願いを裏切ったと言っていくことが、平和行動を(デモなど)できなかった屈折した不満を公明党にぶつけることが、果 たして正しいのかと私は思うのです。
 個人の判断でデモに参加した青年部はたくさんいると思います。その男子部はデモは上(学会本部や青年部長)から言われてやるものではないでしょう、といっていました。
 問題は、アメリカとわれわれの関係ひいては日本という国とアメリカという国との関係を、どうとらえ、生きていくのかということではないのかと私は思うのです。
 日本政府は政治力学でアメリカを支持し、与党である公明党は獰猛で冷酷なアメリカから、日本人を守るために(将来的な不安材料を考え)国連での新決議を支持(フランスが拒否権を使うことはほとんど間違いなかったわけですから)した。
 経済制裁や武力での抑圧はお手のもののアメリカから日本を守るために、究極の選択をしたのではないか。だからといってイラクのことを忘れてはいない。だからイランにイラク難民の受け入れを訴えに浜四津、遠山両議員を送った。
 神崎さんは訪米で、アメリカの冷酷さを肌で感じ、イラクへの手をうった。
 私の、頭ではこうなるのです。
 園主さまのご教示または破折お待ちします。 


ノスフェラトゥ仲間ですから 投稿者:Keen  投稿日: 3月22日(土)02時59分43秒

☆楽古堂さま

> 『きみの血を』(シオドア・スタージョン著 ・ 山本光伸 訳・ ハヤカワ文庫)

たった今、読了致しました。どうせ近隣の書店で見つからないのはわかってたので、『死霊 II 』や、クリストファー・マッキントッシュ『薔薇十字団』(ちくま学芸文庫)などと一緒に、ネット書店で買いました。

>・ ただし、あまり女性の方向きではないように思います。
>・ 中井英夫や竹本健治ファンの、男性の読み巧者の方にお薦めします。

この楽古堂さまの推薦文で、すでに内容の察しはついていたのですけど、果 たして、完璧に正しかったですわ(笑)。
また、楽古堂さまが「女性向きでない」とおっしゃったのは、

>『ひねくれモン』ではなくても、中井英夫・竹本健治ファンの女性なら、これは無視し難い言い方でございましょう。なぜなら、これですと「女性には、中井英夫・竹本健治が持っている、肯定的な、ある側面 が理解できないでしょう」と言われているに等しいからでございます。(園主さま)

という意味ではなく、純粋なお気遣いから、であったことも確認できましたわ。
そういうわけで、全てを承知の上で読んだ私ですから、「やっぱりそうかあ〜(ニヤリ)」と、満足しただけで、不快感は全くありませんでしたので、ご心配なく(笑)。
そうですね、以前、読売新聞で連載していた、村上龍『イン・ザ・ミソスープ』を読んでいたからわかったのかもしれません。(ネタばれ?)龍さんのこの作品自体が、スタージョンの影響を受けている可能性もありますが。
スタージョンは、名前は知ってましたが、初めて読みました。こういう、「いかにも」ではない怖がらせ方って、私、好きですねー(やっぱりひねくれモン?/笑)。

そういえば、ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』は、小学生の時に読みましたが、現在のフィギュアブームを予見してるようで、スゴいですね。当時も今も、大好きな作品です。続きのシリーズがあるそうですが、未読です。楽古堂さまは読まれましたか?

>しかし果たして事実は、どうなのか?(>園主さま)

園主さま、これはご自身でご確認下さいませ(笑)。


☆園主さま

>時を越えて往け(1)

つい一昨日、私も同じようなことを体験しました。
ただ、私の場合は確信犯でして、前から気になっていた「昭和40年発行の50円玉 」を、某JAにて(JAなら、すぐ隣に「銀行」が併設されてますから)レジの若いお嬢さんに、「これ、大丈夫ですよね?」と私から確認したところ、ニッコリ笑ってOKしてくれましたよ。
「祇園精舎の鐘の声」は、ここではいとも明るく、軽やかに鳴り響いたのでした。

私の体調の方はまずまずといったところですが、その他の事情により、ちょっと多忙にて、疲弊しております。
ご心配頂き、ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。それに、友人の娘さんが、見事に第1志望の高校に合格、という嬉しいニュースもありましたので、私も元気づけられてます♪


☆ホランドくん

↑というわけで、「鬼印式部」はしばらく休筆です。いずれまたね。
それと、私は星崎龍さんの作品はまだ読んだことないんですよ。このサイトで紹介されてるイラストだけ、です。それだけでも充分に「妄想」しちゃいますけどね〜(^0^*

「とろけるチーズのプチパン」は、チーズ風味のクラッカーです。
↓HPの、右上の「とろけるチーズのプチパン紹介」をクリックすると、お菓子の写 真と説明になってます。「フィギュア情報」をクリックすると、コレクション5種類が見られますよ。
関西では、まだ発売されてないようですね。本来、私の居住地区もまだなんでしょうが、これはちょっとマニアックな書店に置いてあったので、店主が裏ルートから仕入れたのだと思われます。だって、この書店ってば、フィギュア関連の雑誌が何種類も置いてあるんですもん。園主さまのお友達の経営でしょうか?(笑)
あ、それを立ち読みして、『アリスのティーパーティー2』のフィギュアの写 真も見ました。……確かに、イマイチ、みたいですね〜。でも、クッキーが美味しいから、やっぱり買っちゃいますよ(^0^*
クラウス兄なんか、もう全部そろったっていうのに、クッキー欲しさのゆえか、また残ってるの見つけたからって、2箱も買ってきちゃうんですよ〜!残念ながら、シークレットはでませんでしたが☆

……夜更かししちゃいました☆もう寝ますね。
お休みなさい。皆さま、よい夢を♪

http://www.horico-web.com/heidi/index.html


チョムスキー 投稿者:ino  投稿日: 3月21日(金)21時27分05秒

アレクセイさまが、某掲示板で勧めておられたチョムスキーの「グローバリズムは世界を破壊する プロパガンダと民意」を買ってきました。
 自分を救える(これは自分を好きになれないと他人も好きになれないというような意味で、自分を救えないと他人も救えないと思うので)きっかけが、あるいは答えがあるのではないかと購入しました。
 金九の「白凡逸志」も岡庭昇氏の「持ち越された世紀末 新帝国主義を検証する」も長沼恭佳氏の「素顔のパレスチナ」も「パウル・ツェラン、ネリ・ザックス往復書簡」もどれも、少しづつ併読中。活字に集中できなくて、少しだけ困っています。
 チョムスキーは読めそうです。
 私とアメリカの関係を見つめられそうな気がします。



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