●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年5月下旬(1)
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「怪奇・幻想・推理」系(6) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時57分03秒


 楽古堂主人 さま
>・ 多忙のため『二つの塔』を、まだ見られません。
>・ ビデオになってしまうかも。

楽古堂さまが『二つの塔』を観に行けないとは、なんともはや……。
ご健康にお気をつけ下さいまし。

>・ 明らかに、意味を深読みしすぎたための誤読。
>・ 注意しなければ。

私がこの種の『深読み(過剰解釈)』に慎重なのは、一般に人は、この種の「面 白い深読み」に対し、当初は「そういう読解もできる(可能性がある)」と客観性を保持しているのでございますが、それがあまりに「面 白い」ものだと、やがてそれをつい「真実だ」と思い込むようになりがちだからでございます。これは「宗教」において、端的な形で見られる現象なのでございますが、だからこそ私は、その種のこと(神秘主義=存在しない背景を読む)には厳格なのでございます。

「過剰解釈」が楽しめる傑作小説『薔薇の名前』の作者で、記号論学者のウンベルト・エーコが、「過剰解釈」について批判的なスタンスを取っているのも、興味深いところでございましょう。エーコは『永遠のファシズム』と題する著書を持つことからもわかりますとおり、現実の政治・社会問題にも積極的な発言を続けている方でございますが、例えば「英雄・ヒットラー」や「現人神・天皇ヒロヒト」による「ファシズム」も、人々の「過剰な、物語への欲望」に支えられていたという側面 がございましょう。その意味では、「過剰解釈」の問題というのは、決して「文学」の世界に止まるものではございませんから、記号論学者のエーコが「過剰解釈」に対し批判的になるのも、決して故なきことではないのでございましょう。


 ホランド
> 最近、また個人的に買っておきたい本が、ぽつぽつ出てるんですよねー。

だいたい、今日、私が紹介したところと重なるんじゃないか? まあ、あえて買うまでもないものは貸してやるよ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「怪奇・幻想・推理」系(5) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時56分15秒


 マルメラードフ さま
> 実践に関しては少しずつですが、誠実さをもって語る努力していきます。

それで結構でございます。

> 「私はちっぽけな人間。私が何かをしたからといって、それで社会が変わるわけでもない」という言葉を何度となく耳にする。その無力感こそが、"黙って従っていればよい"との退廃をもたらし、現実変革の可能性を減じてしまうのではないか

このような『頽廃』は、実力不相応の「高望み」に発するのでございます。「何もできない」と嘆く前に、一円の募金から始める。それを見栄をはって「そんな小額ではみっともない」などと考えるから、何もできなくなるのでございます。自分にできることをやっていれば、たとえそれが「人並み」ではなくとも、何ら恥じる必要はございません。恥じるべきは「できることもやらない」ことなのでございます。
ですから、無理をせず(見栄をはらずに)できることから少しずつ実行していけば良いのでございます(笑)。

> アレクセイさんの参加する座談会なんて想像するだけで面白そうでしょ?(笑)
> なあなあでは済まされない峻厳かつ鍛えの場となるでしょうし、途中退場者続出必至(笑)

そうだと良いのですが、現実はそう甘くはございません。文章ならば、人は否応なくそれを読まざるをえません。読まないことには、反論もできませんからね。しかし、口頭ですと、言葉は発せられた端から消えていきますので、相手の言葉をろくすっぽ聞かずに、勢いだけで反論するということも充分に可能でございます。それに、そうして発した自分の反論の言葉も、端からどんどん消えていきますから、よけいに無責任な発言になりがちなのでございましょう。

ですから口頭での議論は、議論する気のある人間相手でないかぎり、基本的には不可能なのでございます。まして、その場の雰囲気が「議論から縁遠い」ものだとすると、そういう人たちは、お互いに「凭れあい」「正当化しあう」ことで、「議論の拒絶」を正当化いたしますから、まともな議論にはならないのでございますよ。

したがって、こういう場合は、「意見発表」という形で、まずは一方的にこちらの意見を述べ、この段階で想定される反論に対してもすべて釘をさしておく、といった程度のことはしておく必要がございましょう。でないと、感情論に流されてしまう怖れは充分にございます。さらに理想を言えば、座談会の前にレジュメを作って配っておき「これについて議論したいと思いますので、みなさん、それぞれに感想文を書いてきて下さい」とやれれば、現場でごたつく怖れも無くなると存じます。

ともあれ、口頭での議論というのは、自他の意見を検討する時間的余裕に乏しくなりがちで、そのためどうしても感情的な議論に傾きがちでございます。ですから、そのあたりを押さえておかないかぎり、誰が参加しても、実りのある議論は容易なことではないのでございます。

もちろん、野茶坊さまならば、このあたりへの配慮も、きっとなさっていることでございましょう。そういうところは、抜かりの無さそうな方(陰謀家)でございますからね(笑)。

> 彼の硬直した思考に対しては確かに僕の目線は下に向いているかもしれません。
> しかし僕の不遜な態度にも拘らず、彼の示す限りない献身と師への盲信に、
> 賢治的なるものを見、非常な好感を持っているのも確か

「神聖痴愚」に憧れる(「そういうものに、私はなりたい」)気持ちは、よくわかります。
しかしそれは、華やかな生活を送る芸能人を見て「みんなにチヤホヤされて、きっと最高に幸せなんだろうな」と憧れるのと同様で、あくまでも「外から見た上での、幻想」に過ぎません。と申しますのも、「一般 人には一般人の悩みがあるように、芸能人には芸能人の悩みがある」のと同様、「天才には天才の悩みもあれば、痴愚には痴愚の悩みもある」のでございますよ。つまり人の悩みとは、「絶対的なもの」ではなく「主観的なもの」ですから、「悩み」そのものから逃れることは、何人たりとも(原理的に)不可能なのでございます。それに「痴愚」の「純粋」とは、大抵の場合、現実には、単なる「単純」でしかないのでございます。





( 以下は「「怪奇・幻想・推理」系(6)」につづく)


「怪奇・幻想・推理」系(4) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時53分44秒


 AOI さま
>>私の場合は「片手で抱えるように毛布を抱き、もう片方の手の親指を吸っている、パジャマ姿の愛くるしい美少年(幼児)」を想像なさって下さいまし(笑)。

> その毛布って水色?パジャマからは白いおなかにオヘソがのぞいて。親指には吸いダコ(笑)。
> チューチューチュー♪

おお、まるで幼時の私を見知っておられるかのよう!!!(笑)


 野茶坊 さま
> 園主さまが会合に参加されなくなった経過、おもしろく読ませていただきました。人並み(?)に手の込んだご苦労をなさってたんですね(笑)。ちょっと意外だったかな・・・?

いやいや。今でこそ自他共に認める『傍若無人』でございますが、なにしろ私、小中学生時代は、決して掃除をサボったことがないという、典型的な「優等生タイプ」でございましたからね。当時は「勉強しないのは自分一人のことだけど、掃除はみんなのことだから、サボることは許されない」というような、真っ当な考えの持ち主でございました。ですから、学会の会合に誘いに来て下さる方があると、端的に申しまして「ありがた迷惑」だったのでございますが、「せっかく誘いに来てくれたのに、申し訳ないなあー」という気分になって、断りにくかったのでございます。ですがまあ、今では「情に流されることなく、イヤなものはイヤと言うべし」という、断固たる考えの持ち主なのでございます(笑)。

> あなたの疑問に「素っ頓狂な」回答しかできない人をうらやむ必要はありません。そうした「うらやみ」は、裏を返せば「軽蔑」です。相手を軽んずることは、自分を軽んずることにつながります(この点、私も偉そうなことは言えませんが・・・)。(<マルメラードフさま)

これはいかにも正論でございますが、ややマルメラードフさまの気分を掴み損ねておられるように存じます。
私が前回、マルメラードフさまへのレスとして、

> 言葉は悪うございますが、理屈は抜きにして「痴愚の幸福」というものが存在するように見えるのは、否定できない事実でございましょう。すくなくとも、その事実を、理屈でむりやり否定するのは「観念的自己回復」という「欺瞞」だと、私は考えます。

> ですから、ただ「幸福(安穏)」を求めるのなら、「痴愚の幸福」を選ぶのも、「快楽殺人者の幸福」を選ぶのも、それは「客観的な良し悪し」である以上に、「個人の宿命」の問題のように、私には思えます。つまり、それを「選べるか否か」、その選択を「自己の美意識が許すか否か」ということでございます。

というような書き方をしたのも、そのようなことがあるからでございます。

人間というものは「知的に他人を見下すことは、好ましいことではない」と理屈ではわかってはいても、現実には心のどこかで「知的に劣った者」を見下し、またその一方で、その「痴愚性」に憧れてもいるものなのでございます(ドストエフスキー『白痴』のムイシュキンなどに見られる、「神聖痴愚」という観念)。ですから「善悪判断」とはべつのところで、「そういう気持ち(いっそあれほど単細胞なら幸せだろうな)の存在」を押さえておかないと、正論は「紋切り型の教条」に堕して、現実を捉え損なうことになってしまう怖れがあると思うのでございます。

> まあ、当時私のいた地区の男子部が「んな会合行ったってしょうがないだろう」ってな人間ばかりでしたからね・・・。私が地区を任されてから、会合の連絡に行くと、返事は大体次のようなものでした。
> 「行く予定にしておこう。但し、予定は未定である。」
  (中略)
> 「もしもし、創価学会の者でございますが・・・」→「間に合ってます!」
> エトセトラ・・・。茶番そのものでしたね(笑)。

きっとみなさま、貴方さまのなかに、自分と共通のものを感じていたから、言い易かったのでございましょうね(笑)。

> 目下、地区の2人の同志(!)と謀略(?)を進めつつあります、ケケケ・・・。作戦第一弾は成功しました! その中身をいったんここに書きましたが、やっぱり消しました。今のところはマル秘にしておきます、ムフフフ・・・。

> 自分たちの組織だもの、自分たちで楽しくしなきゃ・・・と思う昨今です。

貴方さまが「謀略」を仕掛けた座談会なら、退屈せずに済みそうでございますね(笑)。
どうぞ、頑張って下さいまし。今、創価学会は、下(草の根)からの改革を必要としております。





( 以下は「「怪奇・幻想・推理」系(5)」につづく)


「怪奇・幻想・推理」系(3) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時45分23秒


 Keen さま
> 90000ゲット(^0^* 

おめでとうございます。そして、ありがとうございます。
ちかぢかプレゼントが届くことでございましょう(^-^)。

> 「身落とし」は、なさいませんように。まあ、園主さまのことですから、心配してませんが(笑)。

「身逃し」てばかりでございますよ(笑)。

>> ♪カステラ1番、電話は2番〜♪

> というCMは、小学生の頃に読んだ、楳図かずお『まことちゃん』で知りましたが、未だTVにて見たことがありません。

『まことちゃん』というのが良うございますね(笑)。私、昔はあの手のドタバタギャグが好きではなかったのでございますが、最近では、子供が主人公である限り、楽しめるようになりました。『まことちゃん』しかり『クレヨンしんちゃん』しかりでございます(笑)。

>『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』

>>……で、私のイメージは?(墓穴)

> エルフやローハンの姫君、そして(美)少年にもモテモテのアラゴルン……といきたいところですが、彼、「口下手」なんですよね〜☆(致命的/爆笑)

あ痛たたっ…。

でも(けろっ)、私自身のセルフイメージ(自己美化像)としては、隆 慶一郎の『一夢庵風流記』(新潮社文庫・集英社文庫)の主人公 前田慶次郎でございますね(漫画化作品『花の慶次』集英社)。いつもは酒に女にと遊び呆けておりますが、いざ戦さに臨んでは剛勇無双の男の中の男。生きたいように生き、「風流」「けれん」(つまり、無駄 )を愛する「傾奇者」というあたりが、私に共通いたします(笑)。

> ここは「父性」をかって、裂け谷の王・エルロンドでしょうか?娘を案じつつも、結局援軍を派遣するあたり、イイ役どころですねー♪でも、園主さまなら、自ら剣を取って駆けつけるでしょうから、やっぱりダメか。

べつに良いのですが、映画でエルロンドを演じているヒューゴ・ウィービングの顔を見ると、いつも「宇宙人みたいだなあー」と思うのでございますよ。印象としては、『スター・トレック』のミスタースポックに近いイメージ。そのエルロンドは「人間とエルフ」の合の子なのですが、これはミスタースポックが「地球人とバルカン星人」の合の子だというのと重なりますし、「境界的存在」という意味では、「トリックスター」である私にも重なりますよね(笑)。

> むしろ『マトリックス』のエージェントとしての「彼(ヒューゴ・ウィービング)」の方が……(笑)。
> 劇場で『マトリックス・リローデッド』の予告編も観ましたが、「彼」が進化して、増殖するんですよね〜!面 白そうですっ♪

私も、増殖エージェントとの格闘シーンを楽しみにしております(笑)。

> 座布団、全部取り上げられそうなので、やめておきます(苦笑)。

賢明でございましょう(笑)。

> 今からでも、改名なさればよろしいのですわ。「タイガーマルちゃん」とか、「マルメロ」とか。(^0^*(<マルメラードフさま)

これはどちらも捨てがたい傑作でございますね。どちらも私好みにカワイイ(笑)。座布団を2枚差し上げましょう。


 影姫青夜 さま
> いんたーねっとカラオケぱーと2(AOI様に捧げます。)

これでひとまず、「花園」カラオケメンバーは、楽古堂さま、影姫さま、マルメラードフさま、ホランドくん、私の5人になりましたね。他の方はいかがでしょうか?


 ino さま
> めったに事象に対しての好意的な評価をされないであろう(?)アレクセイさまの、評価の喜び(?)を共有できた(笑)と心から思います。これもアレクセイさんの厳しい私への言論のおかげです。感謝いたします。

私は大抵の場合『好意的な評価』をしておりますよ。ただ、その「好意」故に「甘い評価」ができないのでございます。つまり「愛の鞭、ピシピシ」でございます(笑)。

> 今日はウェーバーの「職業としての政治」を買ってきました。「心情倫理」「責任倫理」の記述がありました。おっしゃるよう誰も答えてくれないかもしれません。

ええ「参考意見」は言ってくれますが、自分の答は自分で見い出すしかございませんからね。
ちなみに、貴方さまもお読みの姜尚中さまに『マックス・ウェーバーと近代』(岩波現代文庫)がございます。ご参考までに。

> しばらく書き込み控えます。なんのマイナス感情もありません。調子が悪いと思ってくださると幸いです。

「鬱」のある友人は多ございますから、慣れておりますよ(笑)。どうぞ、ゆっくりなさって、波をやり過ごして下さいまし。





( 以下は「「怪奇・幻想・推理」系(4)」につづく)


「怪奇・幻想・推理」系(2) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時42分10秒


(2)『変身のロマン』澁澤龍彦編・学研M文庫(930円+税)

『日本幻想小説集の佳品『暗黒のメルヘン』と対をなす、澁澤龍彦が渉猟し偏愛した世界の代表的変身譚アンソロジー。(中略)神話的寓意から人間の深淵を見据えた、古今東西の「身体変容」をテーマとする幻想小説、評論、童話の古典的傑作十五編を収録』

収録作品は、次のとおりでございます。

 ・「メタモルフォーシス考」(澁澤龍彦)
 ・「夢応の鯉魚」(上田秋成・『雨月物語』より)
 ・「高野聖」(泉鏡花)
 ・「山月記」(中島敦)
 ・「魚服記」(太宰治)
 ・「デンドロカカリア」(安部公房)
 ・「牧神の春」(中井英夫)
 ・「牡丹と耐冬」(蒲松齢・『聊斎志異』より)
 ・「美少年ナルキッススとエコ」(オウィディウス・『転身物語』より)
 ・「悪魔の恋」(ジャック・カゾット)
 ・「オノレ・シュブラックの失踪」(ギョーム・アポリネール)
 ・「みどりの想い」(ジョン・コリアー)
 ・「断食芸人」(フランツ・カフカ)
 ・「野の白鳥」(アンデルセン)
 ・「変形譚」(花田清輝)

「定番中の定番ばかり」と言うなかれ。だからこそ「古典的アンソロジー」なのでございますし、幻想文学に馴染みのない方には、最高の入門書だとも申せましょう。


(3) 伝奇ノ匣 5 夢野久作 ドグラ・マグラ幻戯』東雅夫編・学研M文庫(1600円+税)

帯に曰く『空前絶後の幻魔怪奇ガイドブック』『『ドグラ・マグラ』のすべてが解る!』『夢野宇宙に対峙するミニ写 真集や、呉秀三の奇書『磯辺偶歩』復刻など満載!』。

『ドグラ・マグラ』の抄録と、入手困難な関連資料を集めた、極端にマニアックな一冊。マニアは「ひとまず買っておく」べき本であり、それ以外の方は本書巻頭に収録された猪瀬光の写 真集を、立ち読み(立ち見?)でけっこうでございますから、是非ご覧になって下さいまし。見事に『ドグラ・マグラ』の世界が印画紙の上に定着されております。


(4) 倉阪鬼一郎句集 魑魅』倉阪鬼一郎・邑書林(1905円+税)

怪奇小説家のもう一つの顔は「怪奇俳人」。本書は、『怪奇館』『悪魔の句集』に続く第三句集。ブームに乗って作者が量 産したホラー小説には食傷した私でございますが、句集ならば気楽に楽しめるので、少々値は張りますものの、購入いたしました。もちろん、詩歌音痴の私の評価はまったく当てになりませんが、見かければ一度手に取って下さいまし。ゲテモノやイロものにも、それなりの楽しさがございます(笑)。


(5)『新本格猛虎会の冒険』有栖川有栖、いしいひさいち他・東京創元社(820円+税)

帯に曰く『前代未聞?!』 『阪神タイガース熱列応援ミステリ・アンソロジー』『今年こそ優勝や』。

多くを語る必要はございますまい。はっきり申しまして、これも「ゲテモノ、イロもの」の類いでございます(笑)。たぶん、内容的にも楽屋落ち乱舞の、アマチュア的やりたい放題でございましょうが、そこが楽しいという可能性もございましょうし、まあ「変なものは一応買っておく」というコレクターの本能に従って、購入した本でございます(笑)。
……ちなみに私は、特に阪神ファンということでも、野球ファンということでもございません。まあ、地元民として、それなりの愛着はあるといった程度でございます(笑)。





( 以下は「「怪奇・幻想・推理」系(3)」につづく)


「怪奇・幻想・推理」系(1) 投稿者:園主  投稿日: 5月25日(日)19時41分22秒

みなさま、私、先日来「社会科学」系の硬い本をご紹介して参りましたが、本日は私のもともとの守備範囲である「怪奇・幻想・推理」系の新刊をご紹介いたしましょう。

(1) 『ノヴァーリスの引用』奥泉光・集英社文庫(480円)

過日、ホランドくんへのレスにも書きましたとおり、本書は初版単行本が新潮社で刊行され、「瞠目・反文学賞」と「野間文芸新人賞」をW受賞した、奥泉初期の傑作中編でございます。

奥泉光は、第一短編集『滝』(表題を『その言葉を』として、集英社文庫)所収の「滝」、第二短編集『蛇を殺す夜』(集英社)所収の「暴力の舟」などの短篇で「芥川賞」候補となって純文学界で注目を集めた後、初の長編『葦と百合』(集英社文庫)で「アンチ・ミステリーを書く純文学作家」としてミステリ界の一部から注目され、その次に刊行したのが本書『ノヴァーリスの引用』なのでございます。この後、奥泉は短篇「石の来歴」(同名短編集所収・文春文庫)で「芥川賞」を受賞するなど、当時の奥泉光は、強烈な光芒を放つ剛腕の新鋭作家でございました。
芥川賞受賞後、奥泉光は「売れる本を書いてこそ作家」という信念にしたがって、長編小説中心に、「純文学」色の強いもの(『バナールな現象』『浪漫的な行軍の記録』など)と、「ミステリ・エンターティンメント」色の強いもの(『「吾輩は猫である」殺人事件』『グランド・ミステリー』『鳥類学者のファンタジア』など)をほぼ交互に発表してゆきます。

しかし、私の評価では、奥泉光の最盛期は「初期」だと存じます。奥泉は、『葦と百合』の作中で『虚無への供物』にも言及しているとおり、観念的かつペダンティックで重厚な作品を好む傾向があり、好きな作家として、夏目漱石や大江健三郎を挙げる一方、「小栗虫太郎」の名を何度も挙げておりますが、小栗虫太郎・中井英夫系の小説を書く作家は、概して「初期」に代表作的傑作を書き上げ、そこからは技術的錬磨と並行してパワーダウンをしていく傾向がございます。私が見たところ、奥泉もこのタイプであり、近年の作品も「凝ったエンターティンメント」にはなっておりますものの、初期作品の「変奏」という印象は否めず、かつ初期作品のストレートな迫力には及ばないという印象を受けるのでございます。そうした意味で『ノヴァーリスの引用』は、奥泉光の最も油の乗り切った時期の傑作とだと言えるのでございます。

とは言え、なにしろ当時の奥泉は、まだまだ若手「純文学作家」でしかございませんでしたから、一般 の認知度はいたって低うございました。そのせいか、「瞠目・反文学賞」と「野間文芸新人賞」をW受賞しながらも、『ノヴァーリスの引用』の単行本はそれほど売れなかったようで、その結果 、新潮文庫に収められることもないまま、今回の集英社文庫入りを待たねばならなかったのでございます。

ちなみに、私の「奥泉光ベスト」は、以下のとおりでございます(『鳥類学者のファンタジア』『浪漫的な行軍の記録』など、未読の作品もございます)。

 (1)『葦と百合』(集英社文庫)
 (2)『ノヴァーリスの引用』(集英社文庫)
 (3)『その言葉を』所収「滝」(集英社文庫)
 (4)『蛇を殺す夜』所収「暴力の舟」(集英社)
 (5)『グランド・ミステリー』(角川文庫・上下巻)

『ノヴァーリスの引用』の装丁は、ご存じ建石修志さまで、たいへん美しいものとなっております。ですが、ホランドくんへのレスにも書きましたとおり、帯が無くなると、デザインのバランスが崩れてしまうという難点もございます。残念ながら、この文庫も、「初刷」切りで、さほど売れないものと予測されますので、みなさまにも、帯のついている内に買っておくことを強くお奨めしたいと存じます。

なお、本文庫解説者の島田雅彦は、一度きりで終った「瞠目・反文学賞」の主催者でございますが、当時私は、この賞の公開選考会の会場に乗り込んで、そこでも傍若無人ぶりを発揮してまいりました(笑)。この思い出については、後日ご報告いたしたいと存じます。





( 以下は「「怪奇・幻想・推理」系(2)」につづく)


中継ぎのレス 投稿者:Keen  投稿日: 5月25日(日)13時37分13秒

☆楽古堂さま

>「文字謎シリーズ」

天野さんの名前は、「不巳彦」ですよー(苦笑)。「彦」は神聖な「男」の尊称ですから、ハズレではないですが。
で、文字通り、「蛇ではない(=女性を堕落させない)高貴な男」と読みますが、いかが?実際、親友のフィアンセである美貌の女性に手出ししない、「鉄壁」の男性ですし(ニヤリ)。

それに、「ふみお」って、楽古堂さまのお名前じゃあ……?

>ガンダルフに、小生を連想されるとは恐縮。
>これでoff会があっても、顔を出せなくなりましたが。

なんの。
『薔薇迷宮』作中で「日仏ハーフの金髪碧眼、飾り気はなくとも人目を惹く、少年のような美女、アーニャ・キーンスキー」と書いた私ですが、もしもoff会に参加する機会に恵まれたなら、堂々と素顔をさらしに参ることでしょう(高笑)。

☆マルメラードフさま

>ローズ・ガーデンに迷い込んだマルメラードフは皮膚まで縦縞文様の虎党です。

あら、「虎の穴」に虎がいるのは、ネコがいる以上に自然じゃありませんこと?(笑)
ちなみに、「赤鯱(=名古屋グランパス)」もいますわよ〜♪でも、食用じゃありませんので、念のため(笑)。

>「強者の好き放題」も十八年に一回くらいは許されるでしょう(笑)

……久しいんですねえ〜☆マルメラードフさま、前回の記憶はあるんでしょうか?

>もう少しマシなHNにしたかったよ・・トホホ

今からでも、改名なさればよろしいのですわ。「タイガーマルちゃん」とか、「マルメロ」とか。(^0^*


では、「後編」は、また後ほど……(予定)。


3001年へのプレリュード 投稿者:マルメラードフ  投稿日: 5月25日(日)07時29分22秒


★野茶坊さま

>私は誰でしょう・・・?

某掲示板にアレクセイさんが登場して以来、
毎日ココをロムっていたのですよ、バレバレですコン太さん(笑)

>園主の人徳? まさかね・・・(笑)。

強烈に惹きつける何かがありますね。
なんでしょう、言語化できないもどかしい心情を明快に論理的に恐れずに語ってくれる存在として
勝手にアレクセイさんを代弁者として見立てている部分があるのかもしれません。
非妥協的態度に対しては、反射的に拒絶反応を示す人間と、非常な興味を示す人間とに綺麗に二分されますよね。
僕は興味を示す方に分類されたのだと思います。信仰の有無は兎も角、無いものねだりです。
大聖人の御在世時も怨嫉する人間と、敬慕の念を抱く人間とに二分されたのは
非妥協的姿勢を貫かれた大聖人のストイシズムにあったのでしょう。

>そのうち、また、クソまじめに信仰と学会活動を始めるかも知れん。

いっそアレクセイさんの折伏に挑戦されてみてはいかがでしょう?
これは難事中の難事ですぞ(笑)
しかしアレクセイさんを折伏できるくらいの人でなければ
会長になる資格はないでしょうし、真に価値のある組織とはいえないのかもしれません。
だってアレクセイさんの参加する座談会なんて想像するだけで面白そうでしょ?(笑)
なあなあでは済まされない峻厳かつ鍛えの場となるでしょうし、途中退場者続出必至(笑)
牧口先生の座談会もやはり厳しかったと思うのです。
ただ草創期の「厳しさ」と現在の「厳しさ」では意味合いがだいぶ違ってきているのは確かでしょう。
つまり「組織を守る」ことが目的化してしまったという「厳しさ」です。
僕は草創期のストイシズムを求めているのです。

>そうした「うらやみ」は、裏を返せば「軽蔑」です。

美しいと思う感情に軽蔑が含まれているのか、否定したいのですが、、、
彼の硬直した思考に対しては確かに僕の目線は下に向いているかもしれません。
しかし僕の不遜な態度にも拘らず、彼の示す限りない献身と師への盲信に、
賢治的なるものを見、非常な好感を持っているのも確かで、
理性の欠如した高圧的人間(多いですよね・・)であれば話も聞かないでしょう。
野茶坊さんの誰に対しても同じ目線で語るスタンスはイイですね、酔狂の本領?

>目下、地区の2人の同志(!)と謀略(?)を進めつつあります、ケケケ・・・。

価値創造としての場の復権、事後報告期待しています(笑)


私の隠れ家 投稿者:マルメラードフ  投稿日: 5月25日(日)07時23分57秒

★園主さま

長文のレス、感激を持って読みました。
野茶坊さん同様、謂わんとしている事はよくわかります。
実践に関しては少しずつですが、誠実さをもって語る努力していきます。

名誉会長を批判の俎上に載せることも必要なのかもしれません、
僕のような今回の戦争に否の意志を明確にしていた人間の多くは
「平時に盛んな平和旅をされていた名誉会長だから、今回もなにがしかの具体的行動を起こされるに違いない」と、
静かな期待をもってS新聞を読み、動静を見守るだけで、動きが起きたとき列しようという受身の姿勢でした。
しかし情勢が緊迫していく中でもS新聞の伝える情報は世界情勢とは懸け離れた、まるで異なる世界の言葉で埋め尽くされていました。
その時点で僕を含めた殆どの学会員は既に行動を組織に委ねてしまっていたわけです(これは批判に値します)
組織から主体を取り戻すためには、何よりも先ず、園主さまの仰る「客観的視点」の確保が必要かもしれません。

「昨夏、中国新聞が行った世論調査によれば、「核廃絶や平和運動に関心はあるが具体的な行動に参加したことはない」という回答が、前回の60%から70%に増加した。そうした背景にあるものは、何か。
 ノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師会議」の創設者、バーナード・ラウン博士と日本で再会した年(一九八九年)、博士は中国新聞の連載につづられていた。
 すなわち、「私はちっぽけな人間。私が何かをしたからといって、それで社会が変わるわけでもない」という言葉を何度となく耳にする。その無力感こそが、"黙って従っていればよい"との退廃をもたらし、現実変革の可能性を減じてしまうのではないか、と。
 私も同感だ。無力感の克服が大きな課題である。」2002年1月3日「中国新聞」掲載

http://www.sokagakkai.or.jp/peace/teigen/news_p/kikou02a.html

この寄稿は正論ですが、虚しさを覚えます。


★ホランドさま
>ボクは、そんな生活をしたことがないんで、憧れちゃうなあー。

・・・・・是非一度御来訪下さいませ、五分と我慢出来ないこと請け負います・・・・

>強者の『品位、品格』

ローズ・ガーデンに迷い込んだマルメラードフは皮膚まで縦縞文様の虎党です。
「強者の好き放題」も十八年に一回くらいは許されるでしょう(笑)

>この音はたぶん、マルメラードフさまの「内面の孤独」を表わしていたんでしょうね。

鋭いですね・・・繰り返しになるので言いませんが、隠して生きる孤独、
家族を食って生きている孤独(詳述は避けさせてください)。
これがマルメラードフたる所以です。
もう少しマシなHNにしたかったよ・・トホホ


四分の三拍子で 投稿者:マルメラードフ  投稿日: 5月25日(日)07時21分14秒

★inoさま

>ブリジッド・フォンテーヌはCDで聴けるのがありますか?

ブリジット・フォンテーヌは中古CDで
・「ラジオのように」 ―AEOCの土着性と祝祭性も大好き!!
・「私はこの男を知らない」 ―例のアレスキーとの競演作ですね。
・「ブリジット・フォンテーヌは・・・」 ―おもちゃ音楽な曲がお気に入り。
の三作を所有しているんですが、調べてみますと、
最近オーマガトキから廉価で再発盤が出ていて、
上記の三作以外にも「あなた達と私達」「幸福」「ブリジット・フォンテーヌ3」など
比較的容易に手に入りそうです。
また違法コピーして送っちゃおうかなってな勢い(笑)

どうか御自愛ください。

★keenさま
挨拶遅れました。

ピエール・バルーはサラヴァのコンピで知ったのですが、一聴して恋に落ちました。
子供心溢れるトイ・ミュージック、メリーゴーランド・ミュージックって感じ。
街のザワザワ、クルマのブ、ブー、犬のバウワウ、子供のコーラス、おもちゃのピアノ、和みですよね。
鶏の首を絞め、羽を毟り取るようなフリー・ジャズを聴いた後の
極私的チルアウト・ミュージックなのです(笑)
アラン・ルプレストも素敵ですよ。

>ピエール・バルーは、日本語の歌詞も使ったりしてますよね。

日本語の歌詞を含んだ曲は知らないんですが、ピエール爺はニホン通ですからねぇ〜、是非聴いてみたいです♪

>ボブ・マーリイは、『LIVE!』の「No Woman, No Cry」とか 「Trench Town Rock」が好きです。

「LIVE」は文化遺産的名盤(言い過ぎ?)ですね。
「no woman no cry」は女の子にテープを作るとき必ず入れる一曲でした(だって泣かせるでしょ・笑)

>映画『Time will tell』も観ましたよー♪

うぅ・・観てないです。。チェックしときますね。

「音楽に貴賎無し」をモットーに全方位性の興味と守備範囲の広さを持ちますので、
これからもイロイロと御教授ください。


ガンダルフ 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 5月25日(日)04時53分12秒

園主様へ。
・ お久しぶりです。
・ 土曜日の夜に、久しぶりに家におります。
・ これから、妻子と夕食。
・ 小市民の幸せ。
・ 多忙のため『二つの塔』を、まだ見られません。
・ ビデオになってしまうかも。


ホランド様へ。
・ アルゴランではなくてアラゴルンです。
・ 「Ar」は北方王家で、直系の子孫に付けられてきた、王家を意味する接頭辞。
・ たとえばアラゴルンの父は、アラソルン。
・ トールキンの世界では言葉の背後に、長く深い歴史があるのが魅力的なのです。


Keen様へ。
・ ガンダルフに、小生を連想されるとは恐縮。
・ これでoff会があっても、顔を出せなくなりましたが。
・ ちなみに「gandalf」は、古英語「gand」(杖)と「elf」(妖精)からの造語。
・ 杖をついたエルフの意味。

・ 「文字謎シリーズ」。
・ 天野不巳男(あまのふみお)の「巳(み)」は蛇のこと。
・ 「蛇」でない男の意味。
・ 「蛇」を聖書の象徴のように「悪魔」ととれば、「悪魔」でない男。
・ つまり、天なる「神」。
・ 「蛇」を「ウロボロス」ととれば、天野は「ウロボロス」の円環から外に出る男。
・ 偉そうに書いていますが、ついこの前まで「不己男」だと思っていました。
・ つまり、「己(おのれ)」でない男。
・ アイデンティティの不安。
・ 明らかに、意味を深読みしすぎたための誤読。
・ 注意しなければ。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/ohuti_rakkodo.html


「本編・前編」−2 投稿者:Keen  投稿日: 5月24日(土)21時26分33秒

☆園主さま

>>「 身も知らぬ貴方がた」……「変換の妙技」、というべきかしらね(爆笑)。
>なるほど。二回は読み返して推敲したんだが、完全に見落としていたなあ(苦笑)。(>アーニャ)

「身落とし」は、なさいませんように。まあ、園主さまのことですから、心配してませんが(笑)。

>♪カステラ1番、電話は2番〜♪

というCMは、小学生の頃に読んだ、楳図かずお『まことちゃん』で知りましたが、未だTVにて見たことがありません。金沢は多分、放送圏外(泣)。愛知県は「ういろう」のシマですので、やってないんじゃないかと思われます。……でも、パチンコ王国にいながら、ニコラス・ケイジのCMすらたった1回(それも、かなり後期のバージョン)しか見てない私ですので、アテにはなりません☆

>『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』

「ガンダルフ」は魔法使いですから、老人の姿なのは当然ですよね。何百年、何千年って生きてるんでしょ?でも、笑った時の瞳が少年のようで、それでいて「賢者」でもある、そんなところが楽古堂さまに似ているように思うのです。

>……で、私のイメージは?(墓穴)

エルフやローハンの姫君、そして(美)少年にもモテモテのアラゴルン……といきたいところですが、彼、「口下手」なんですよね〜☆(致命的/爆笑)
ここは「父性」をかって、裂け谷の王・エルロンドでしょうか?娘を案じつつも、結局援軍を派遣するあたり、イイ役どころですねー♪でも、園主さまなら、自ら剣を取って駆けつけるでしょうから、やっぱりダメか。むしろ『マトリックス』のエージェントとしての「彼(ヒューゴ・ウィービング)」の方が……(笑)。
劇場で『マトリックス・リローデッド』の予告編も観ましたが、「彼」が進化して、増殖するんですよね〜!面 白そうですっ♪

ちなみに、「墓穴に入らずんば『クレシェンド』を得ず」という格言は、孤島の洞窟で「ずんば」という滑稽なダンスを披露しないと、超豪華特装版『クレシェンド』限定本が納められた岩戸が開かない、という……

座布団、全部取り上げられそうなので、やめておきます(苦笑)。

☆よたろうさま

こちらでは、初めまして。「鬼神・アレクセイ」に真っ向から挑まれるお姿に、感動しましたわ。フフ。

>さしずめアーニャ様はミスターXでしょうか。

アーニャは、どこかへボーイハントにでも行ってしまったようで、最近留守ですが、よたろうさまの↑のメッセージを読んで、
「『レディ』って呼んで頂きたいわね。それに、「虎の穴」にネコがいるのは当然よ」なんて言ってました(笑)。

☆ホランドくん

「黒猫」のイメージアップは、『魔女の宅急便』の功績が大きいと思います。

……あと、映画のこと、もっと書きたかったのですが、今日はここまで。AOIさま〜、待っててね〜☆「後編」に続く!


「本編・前編」−1 投稿者:Keen  投稿日: 5月24日(土)21時22分28秒

☆inoさま

> 「キッドA

>僕らの頭は 串刺しで
>きみたちには 復話師がいる
>僕のベッドの隅っこの影の中に立っている
>ねずみと子供の群れが僕について街の外へ
>おいで子供たち」

……こんな歌詞だったんですか(輸入盤には歌詞カードがついてません)。これって、「ハメルンの笛吹き(パイド・パイパー)」ですね。

>この人を取り巻くものとこの人の強い軋轢のようなものを感じます。
>ボーカルの声、静かで醒めて淡々とした、余裕を感じました。
>声がすごく何というか魅力的です。

ボーカルは「トム・ヨーク」、AOIさまご推薦(実は私もイチ推し!)の映画『ベルベット・ゴールドマイン』で、主役が歌うシーンの吹替えやってます。実は、役者本人も一部歌ってるんですが、レベルの差が、残酷なほど歴然としてますね。私はこの映画でまず、トム・ヨークに惚れ込みまして、サントラCDがすり減るほど(古ネタ/笑)聴き込んだ挙げ句、レディオヘッドにまで手を出した……という次第です。彼の声には、エクスタシーすら感じます(照)。でも、輸入盤は解説もなくて、彼個人のこと、ほとんど何も知りません。英国人だろうな、くらいしか……

>サイケでなく、アヴァンギャルドという言葉が似合うと思います。それも気負いでなく、必然的にアヴァンギャルドであらざるを得なかった・・・。

唯一、私の手元にあるのは、2000年11月23日の読売新聞の「新作『キッドA』大ヒット」「デビュー以来のサウンドに違和感・音も詞も前衛路線に」というコラムで、トム・ヨークのインタビュー記事です。前作『OKコンピューター』で世界的成功を収めた後、バンドは生まれ変わらなくてはならない、と感じたそうです。少し引用します。

             ※

 アイデアが浮かんでも、曲を完成させることができない。「悪戦苦闘の連続の末、一つのアイデアを発展させて曲に仕上げるのではなく、それぞれの断片をつぎはぎする、コラージュ的な手法で、アルバムを作り上げることにしたんだ」
 大半の詞は、グラフィック・デザイナーのスタンレー・ダンウッドが、CDのジャケット用に製作した絵画に触発されたという。
 「彼の描いた幻想的な風景の中に、自分が迷い込んだ気持ちになって、印象を書き連ねた。だから感情の発露ではなく、すごく感覚的な内容になっていると思う。音も歌詞も実験的なアルバムなんだ。でもこれからバンドが向かう方向を示すことはできたと思うよ」

             ※

inoさま、さすがに耳が肥えていらっしゃる。フフ。

>ブリジッド・フォンテーヌの「ラジオのように」の「夏」

これは私が知りませんので、聴いてみたいです。
焦らず、ゆっくりなさって下さいね。いずれまた(^0^*

☆マルメラードフさま

すっかり遅くなってしまいましたが、初めまして。
ピエール・バルーは、日本語の歌詞も使ったりしてますよね。「Le Pollen(ル・ポレン)=花粉」だったかな?  ボブ・マーリイは、『LIVE!』の「No Woman, No Cry」とか 「Trench Town Rock」が好きです。映画『Time will tell』も観ましたよー♪
また、イロイロお話ししましょう。(^0^*

 

90000ゲット(^0^* 投稿者:Keen@暗合の女王  投稿日: 5月24日(土)13時14分35秒

とりあえず、ご報告まで。
き、今日こそは「予告編」の「本編」を……っ!

☆ホランドくん

>ところで、Keenさまは、やっぱりレゴラス派ですか?(笑)

だからー、「ガンダルフ派」だってばー!(笑)
「Keenの渋好み」とも言われてますのよ、ほほほ。

では皆さま、また後ほど……(の、予定)


むせかえるジャスミン 投稿者:AOI  投稿日: 5月24日(土)11時04分44秒

☆影姫@聖母さま

ありがとうございます!
夜空の彼方から、やさしい透明な歌声が・・・
☆☆にぶつかってエコーのかかったビブラート・・・♪

聖母になられた影姫さまはもう、ユウくんをしばくこともないのでしょうか?
・・・フフフ♪
それなら、私がなり代り・・・(にやり)

ビジュアル系ロックのお好きな影姫さまに「ベルベット・ゴールドマイン」お薦め。
http://www.sankei.co.jp/mov/review/98b/velvet_goldmine/

☆園主さま

>私の場合は「片手で抱えるように毛布を抱き、もう片方の手の親指を吸っている、パジャマ姿の愛くるしい美少年(幼児)」を想像なさって下さいまし(笑)。

その毛布って水色?パジャマからは白いおなかにオヘソがのぞいて。親指には吸いダコ(笑)。
チューチューチュー♪

☆ホランドさま

>以前に、ピグモンのことで盛り上がったことがありましたけど、AOIさまって女性なのに、本当に怪獣がお好きなんですね。珍しくないですか?(笑)

そう、アンドロギュノスということで・・・(笑)。
ピグモンはその後ビデオで観たら、赤い風船はピグモンが悪い怪獣ではないと直感した子供が手渡したというのではなく、ピグモンの行く手を追うために、隊員が風船を銃で、ピグモンの背中に打ち込んだということなのですね。
まちがった記憶が原作を凌ぐということはありますね。
シンデレラの靴(革靴→ガラスの靴)みたいに。

午前さまをしてしまいねむいです。おやすみなさ〜い!


ムフフ・・・ 投稿者:野茶坊  投稿日: 5月24日(土)00時05分26秒

園主さまが会合に参加されなくなった経過、おもしろく読ませていただきました。人並み(?)に手の込んだご苦労をなさってたんですね(笑)。ちょっと意外だったかな・・・? 

マルメラードフさん、マネしなくてもいいよ。してもいいけど・・・(笑)。
要するに、自分の責任で自分の思うとおりにやればいいのです。間違ってたら、改めればいい。
「間違ってたら」というのは、「間違い」を自分自身で納得したらということですよ、勿論。
あなたを「息子のように愛してくれる」人に本音を語れないとすれば、その「愛」は束縛でしかありません。あなた自身が相手を信頼していないということです。「愛する」ということは、相手を無条件にまるごと受けとめるということです。自分自身をまるごとぶつけていくということです。

あなたの疑問に「素っ頓狂な」回答しかできない人をうらやむ必要はありません。そうした「うらやみ」は、裏を返せば「軽蔑」です。相手を軽んずることは、自分を軽んずることにつながります(この点、私も偉そうなことは言えませんが・・・)。とことん語り込んで、追いつめてみたらどうですか? 相手と語るということは、自分と語ることにもなります。
・・・まあ、いっぱい悩みましょう。悩む力をなくしたら終わりですから・・・。

※それから、あなたの書き込みがこの掲示板の質を落とすなんてことは多分ないと思いますよ。
私の書き込みなんか、ひでえもんだ。酔っぱらいのクダ巻きだもの。疲れ果 てたときにフラ〜っと昼寝しにきてるようなもんだからね・・・。それでもつまみ出されないんだ、ヘヘ・・・。

私の四畳半時代、夜の仕事(学習塾)をしていたものですから、夜の会合には必然的に出られなくなってしまい、周囲も諒解しておりました。休日の昼間の会合への出席は、物理的には可能だったのですが、寝倒すか他の用事を意図的に作ったりしておりました。始末に負えませんね。そのうち、「昼間の仕事に変わったら? 学習塾なんて、ちゃんとした仕事じゃないよ」といった攻撃が始まりました。これには「今や、教育は学校ではなく、塾にこそあるんです! 戸田先生も学習塾を経営してましたよ〜。」と言い返しておりました。

まあ、当時私のいた地区の男子部が「んな会合行ったってしょうがないだろう」ってな人間ばかりでしたからね・・・。私が地区を任されてから、会合の連絡に行くと、返事は大体次のようなものでした。
「行く予定にしておこう。但し、予定は未定である。」
「気が向いたら行くが、多分気は向かない。」
「それまでにこの本を読み終えたら、息抜きがてら見物に行ってやる。」
「そんなヒマはない! 酒飲みにつきあう時間ならある」
「君は行くの?」→「私は仕事で行けません。」→「なら俺も行かない」
「会合は酒飲みながら日常的にやってるじゃないか。それで十分である。会合は精選すべし。」
「もしもし、創価学会の者でございますが・・・」→「間に合ってます!」
エトセトラ・・・。茶番そのものでしたね(笑)。

今も会合にあまり出られない(出たくない?)状況は昔と大差ありませんが、座談会だけは大事にしようと思っております。といっても、毎回出られるわけではありませんが・・・。参加したときには、気分に任せて言いたいことの6割くらいは言っております。企画の段階(協議会)から参加できればいいんですが、今のところなかなか・・・。目下、地区の2人の同志(!)と謀略(?)を進めつつあります、ケケケ・・・。作戦第一弾は成功しました! その中身をいったんここに書きましたが、やっぱり消しました。今のところはマル秘にしておきます、ムフフフ・・・。

自分たちの組織だもの、自分たちで楽しくしなきゃ・・・と思う昨今です。

Ready madeに価値はない! 
自分自身で築き上げていくんだ。
完全・究極の到達点もない。
創造の道は限りないのだ。


小説 投稿者:ino  投稿日: 5月23日(金)23時44分04秒

☆ホランドさま

「虚無への供物」ですね。読んで見ます。

☆アレクセイさま

しばらく書き込み控えます。なんのマイナス感情もありません。調子が悪いと思ってくださると幸いです。


強者の『品位、品格』(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月23日(金)21時48分27秒


 Keen さま
>> 驚愕の大どんでん返し!!
>>  笠井潔『オイディプス症候群』
>>  第3回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞!!

> どひゃーーーー!!!!
> 恐れ入りましたあぁ〜〜〜!!!

 ボクもびっくりしました。まさか、こんなことになるなんて。
 園主さまの「皮肉」も冴えわたっていますよね。やれやれ(^-^;)。

> 『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』

> えがっだ〜(T-T)
> いやあー、映画って、やっぱりイイものですねえ〜♪
> 『3・王の帰還』が楽しみですっっっ!!!(^0^*

 このシリーズは、同じ監督がまとめ取りした作品ですから、質にバラつきがなくて、安心して観れますよね。ホントに第3部完結編が、心待ちに待たれます。

 ところで、Keenさまは、やっぱりレゴラス派ですか?(笑) ボクは、どっちかって言うとアルゴランかな。でも、アルゴラン、レゴラス、ギムリの3人の「男の友情」がいいですよねー。フロドとサムの友情もいいけど、でも、やっぱり戦う男たちの友情はかっこいい(もちろん、フロドたちも、武器を持たない戦いを、戦っているわけですが)。・・・それにしても『指輪物語』って、女性陣の影が薄いですね(笑)。

 あっ、それと「アルゴラン、レゴラス、ギムリ」の3人は、「熱血漢、クールビューティー、三枚目」という、ロボットアニメなんかによくみられるパターンの原型でもあるんでしょうね。


 野茶坊 さま
> おりょ! マルメラードフさんもここにいらしてたんだ。園主の人徳? まさかね・・・(笑)。

 ごもっとも(笑)。でも、野茶坊さまは、どこに惹かれて「花園」にいらしたのですか?(笑)

> 「京都の四畳半貧乏学生」なの? 四畳半のアパートがまだあるんだ。嬉しくなっちゃうね。
> 私は「東京の四畳半貧乏学生」だったんだよ〜。学生やめてからも四畳半に住み続けたけどね、都合10年間・・・。あの四畳半で過ごした日々こそ私にとって宝だね、まさに・・・。
> 四畳半の生活、目一杯楽しんでください。

 ボクは、そんな生活をしたことがないんで、憧れちゃうなあー。でも、四畳半じゃあ、本も買えないなあ。今だって、できるかぎり本は借りて済ませてるけど、それでも本って溜まっちゃいますからね。園主さまも書いてましたけど、本って「増殖」するんです(笑)。

> 園主さんは「退転者」じゃないもの。ご自分でもどっかで言っておられたような気がするが、クソまじめでバカ正直な「求道者」なんだよ、この人は・・・(笑)。

> ・・・・以上、好き勝手なアレクセイ評(!?)でした。尤も、私はアレクセイという人物の素顔を知らないのですがね(笑)。ただ、生身を相手にするより、書き綴られた文面 と対峙する方が素顔がよく見える場合もありますよね。

 園主さまは、好きなことに関しては、人一倍『クソまじめでバカ正直な「求道者」』なんですが、逆にそれ以外のことに関しては、単なる「グータラもん」だと思います。だって、二言目には「面 倒くさい」「しんどい」「まあ、ええやん」なんですから(笑)。・・・「花園」を読んでても、わからないですよね。


 影姫青夜 さま
> いんたーねっとカラオケぱーと2(AOI様に捧げます。)
> 岩崎宏美『聖母たちのララバイ』(歌詞に一部変更あり)

 なんだかよくわかんないけど、いい味だしてますよねえー(笑)。


 園主 さま
奥泉光の『ノヴァーリスの引用』(集英社文庫)が、やっと文庫に入った。初版の単行本は新潮社で、「瞠目・反文学賞」と「野間文芸新人賞」をW受賞した奥泉初期の傑作中編なのに、結局は新潮文庫に収められることもなく、今回の集英社文庫入りとなった。装丁は建石修志さんが担当していて、これは最高に美しいんだが、帯が無くなると、若干バランスが悪くなってしまう。きっと、また売れないで「初刷」切りだろうから、帯のついている内に買っておくことを強く奨めておく。この文庫は、ぜひ買ってくれ。

 買いましたよ。ホントにきれいな装丁ですね。これは昔、単行本で読みましたけど、この機会にまた読んでみたいと思います。・・・でも、最近、また個人的に買っておきたい本が、ぽつぽつ出てるんですよねー。




 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


強者の『品位、品格』(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月23日(金)21時47分22秒


 よたろう さま(続き)

>> 『自殺』『自傷行為』の問題

> 感想:
> これは自殺者や自傷者との距離が近ければ近いほど、受ける傷は大きくなりますね。実際にこうした問題は私の周囲にもあります。近しい人、愛しい人が自ら命を絶ったり、傷つけたりすることで、自分も傷を受ける。という二者間の状態を見ているだけで(両方ともが友人なので)、こちらも悲しくなります。自分には何も出来ない、という思いだけが募ります。「命は、誰のものか?」 心情的には自分だけのものではないと思いたいですが、自らの意志で死ぬ ことが最後の自由というような状況も想定できますので、とても難しい問題です。

 そうですね。これはとても難しい問題で、実際にはケースバイケースということになってるんでしょうが、その反面 、医療の問題に端的なように、現実的に差し迫った問題ですから、「ケースバイケース」なんて悠長なことも言ってられないんでしょうね。なにしろ、そこにつけ込まれたら、お終いですから。
 これはちょうど「自由」の問題と同じなんだと思います。「自由とは、個人の固有ものか、それとも国家が個人に認可したものなのか?」。……「個人の尊厳」と「公共性」の問題は、「政治」の問題が絡んでくるだけに、厄介なんだと思います。

> 今回は、自分のこうした態度と向き直す機会をいただいたことに感謝しています。出直すとか、修業し直すと言った大げさな意味ではありませんが、今しばらくは日常生活の中で自分の方法を改めるための時間を取りたいと考え、しばらくは発言を控えようと思います。

 独りで考えるより、他人と意見交換した方が煮詰らないと思いますよ。もちろん、意見交換の前提となる徹底した「内省」は重要ですが。

 ともかく、気楽に書き込みに来てくださいね。重い内容じゃなくてもいいんですから。またのお出でを、お待ちしています(^-^)。


 マルメラードフ さま
>>「悪口を言われたくない」とか「憎まれたくない」といった気持ち
>>「発言すること」を怖れぬ勇気であり「覚悟」

> このホランドさまの言葉は僕のネット上での卑怯な立ち回りを言い表しています。

 この件については、園主さまが、マルメラードフさまご自身の「誤解」を斬って下さっているので、ボクには何も付け加えることはありません。マルメラードフさまが卑怯者なんかじゃないことは、みんなわかっていますよ(^-^)。

>> ところで、『(カラン♪コロン♪)』って???

> 僕の内実の乏しさを音響的に表現したものです^^

 ボクは「どうしてここで、ゲゲゲの鬼太郎が出てくるんだろう?」って思ったのでした(笑)。

 でも、この音はたぶん、マルメラードフさまの「内面の孤独」を表わしていたんでしょうね。
 だけど、これからは、ご自分から進んで「外」に出ていき、ご自分から進んで「他人の内面 」に飛び込んでいかれるんでしょうね(笑)。





( 以下は「強者の『品位、品格』(5)」につづく)


強者の『品位、品格』(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月23日(金)21時46分24秒


 よたろう さま
>> よたろうさまの率直な態度は、むしろ人並み以上に、立派だと思いましたよ。

> とんでもないです。今回も自分の意見を訂正することになりましたので、日和見主義とか思われないか心配です。

 『君子、豹変す』あるいは『過ちを改むるに、しくはない』ですよ(笑)。
 最近ベストセラーになっている『バカの壁』にも、そんなようなことが書いてあるとか。たぶん「愚かな人ほど、面 子に固執して、自分の過ちを認めたがらない」ということなんでしょうね。「一貫性」とは、中味があってこそで、愚かさや過ちにおいて一貫しているのは「単なるバカ」だということだと思います。

 ところで、

> 園主様への返信 投稿者:よたろう  投稿日: 5月16日(金)14時16分13秒

 この『()』書きが付かない『園主様への返信』の後に、『園主様への返信(前)』『園主様への返信(後)』と続いたせいか、どうやら園主さまが、この書き込みへのレスを書き漏らしておられるようですね。では、ひとまず助手のボクが、横レスを(笑)。

> 園主様の『「私の人間探求」の部分』すべてについて生かじりの状態で返信するわけにはいきませんが、ひとつの質問と、ひとつの感想を述べさせていただきます。

>> 人が「全能感の回復」を求めて生きるというのは、言い換えれば、人は「死の夢想」を生きるとも言えるのではないでしょうか?

> 質問:
> これは「全能感の回復」を求めるタイプの人間は、「死の夢想」に囚われやすいということでしょうか? つまり「全能感」というものが過去(この世に生まれる前)に存在したのではないかと考えているという理解でいいのでしょうか。人間は「死の夢想」と同じように「死の恐怖」というものも持っていますが、これとの関連はどうなっているのでしょうか。「全能感の回復」を求めるタイプの人間は「死の恐怖」には囚われないか、比較にならないくらい小さいと言うことなのでしょうか。

 これはちょっと違うと思います。園主さまがおっしゃっているのは『「全能感の回復」を求めるタイプの人間』がいる、ということではなく、一般 に人間は「全能感の回復」を求めることで生きているんだ、ということだと思います。
 また、園主さまのおっしゃる「死の夢想」とは、「全能感の回復」と同じことなんですね。それは、バタイユの「人は、エロスの極点(エクスタシー)において、仮りの死を経験する」という主旨の言葉を引用していることからもわかります。つまり、完全に満たされた時に、人間は「生きていく意味を失う」ということなんだと思います。だから、逆に言うと「満たされる」ことを願って生きていく人間は、その「自覚なし」に「死の夢想」を生きていると言える、ということなんだと思います。

 ですから、「死の夢想」と「死の恐怖」は、矛盾することではないんだと思います。前者は「死」に「全能感の回復(希望)」を「夢想」し、後者は「死」に「全能感の実現不可能性(絶望)」を「見る」ということなんじゃないでしょうか。でも「死」が、そのどちらだとも言い得ない(決定し得ない)「死の不可知性」において、「死」は「そのどちらでもありうる」という存在なんですよね。したがって『「全能感の回復」を求めるタイプの人間は「死の恐怖」には囚われないか、比較にならないくらい小さい』ということじゃなくて、逆に「全能感の回復」を強く求めれば求めるほど、人間は「死の恐怖」に囚われるということなんだと思います。

 とにかく、何にしろ、園主さまが書かれていたのは「タイプ論(分類学)」ではなく、人間の「原理論」なんだと思いますよ。





( 以下は「強者の『品位、品格』(4)」につづく)


強者の『品位、品格』(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月23日(金)21時45分37秒


 ino さま
>> つまり、私が「花園」の「父性」であり、ホランドが「母性」を象徴するということでございますね(笑)

> そこまではっきりとは、母性とは申し上げてはおりませんが・・・。私はフォロウに弱いのです。

 「花園」の母親役かあ(笑)。でも、inoさま、なんだか可愛いですね(失礼!)。

> 「黒孔庵(ブラックホール)さまVSホランドさま」の対話があるんですね。ミステリーには縁遠い私ですが興味があります。いつかみせていただけることを期待申し上げます。

 ええ。いつか是非、ご覧いただきたいと思います。
 inoさまは、あまり小説を読まれないようですけど、やっぱり良いものは、ジャンルにかかわりなく良いですよ。inoさまにも『虚無への供物』(中井英夫・講談社文庫)を、ぜひ読んでいただきたいなあー。いろんなものに触れるというのは、視野を広げる意味でも、とても大切なことですからね。


 AOI さま
>> 平山監督による『魔界転生』ですね。率直に言って、どうでした? 

> (ネタバレ)
> 冒頭の「島原の乱」のシーンはリアリティーありました。いかにキリシタンを弾圧したか。それに続く妖術使いとなった天草四郎が荒木又衛門を魔界転生させ、柳生家十兵衛に挑むシーンまではなかなかよかったです。ただ、ここまででこの作品の80%くらい見てしまったという感じで、あとは少々長かったという印象が(笑)。

 ご感想、ありがとうございました。たしかにそう言われてみると、平山監督は「人間ドラマ派」であって、「アクション派」ではないみたいですから、対決までの葛藤の方が、よく撮れているのかも知れませんね。ひとまず、ビデオでいいかな(笑)。

 それと『あずみ』がイマイチだって話を聞き、これもビデオかなって思ってます。こっちは、もとからアクションにしか期待していなかったんだけど、その程度では、いざ公開されちゃうと、熱が冷めちゃう部分もありますね。その意味では『Xメン 2』も同じなんですけど・・・(^-^;)。

> 今日、おもちゃ屋さんで開封ものの『バルタン星人』(\500)と『ペギラ』(\800)買いました。(笑)園主さまの言っていた値段よりかなりおやすいでしょ?そういえば、蒸気機関車(冬)は\2000ですって!なかなか良いできなのよね。ラッキー!

 以前に、ピグモンのことで盛り上がったことがありましたけど、AOIさまって女性なのに、本当に怪獣がお好きなんですね。珍しくないですか?(笑)

> ♪〜カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは〜〜〜
> な〜んて、お二階でホランドさまとラインダンスしちゃだめよ〜!
> 神野さまには、「案外、家はしっかり出来ているものでございますよ(悪魔の囁き)」なんていってたけど、ただでさえ重いんだから。(心配)

 これって、園主さまのお宅の現状を知らない方がお読みになったら、ボクと園主さまが怪獣のように重い、おデブかと思っちゃいますよー(笑)。

 でもこれは、園主さまのお宅の2階に置かれた本の量が半端ではなく『ただでさえ重いんだから』、『ラインダンスしちゃ』床が抜けちゃいますよ、という意味なんです(解説)。(<みなさま)





( 以下は「強者の『品位、品格』(3)」につづく)


強者の『品位、品格』(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月23日(金)21時44分44秒

 みなさん、こんばんは! 最近、スポーツ新聞を賑わせているのが、阪神タイガースの独走と、大相撲・横綱 朝青龍の「品格」問題。どちらもファンにとっては、とても大切な問題なんでしょうし、その気持ちもよくわかるのですが、その一方で着々と進んでいる有事法制のことを思うと、複雑な気分になってしまいます。

 こういうご時勢だからこそタイガースの躍進を喜ぶ、という気持ちがよくわかる一方で、それは現実から逃避するための一種の耽溺だ、という印象も否めません。また、朝青龍の問題については、もちろん本人の態度の悪さはあるにせよ、やっぱりどこかで、高まる「排外感情」というのが働いているんだろうなとも思います。モンゴル出身の先輩力士である旭鷹山が、朝青龍について「大相撲は日本だけではなく、モンゴルをはじめ世界各地で放送されているんだから、礼儀正しく頭がよくて親切なモンゴル人というイメージを壊すようなことはしないで欲しい」と批判したそうですが、この「優等生イメージ」を守りたいとする気持ちは、モンゴル力士たちの日本でのマイノリティー性を感じさせるだけではなく、モンゴルという国自体の、世界における「弱い立場」まで感じさせるものでした。じっさい、「さしたる力量 もないくせに、生意気な国だ」と大国から睨まれたら、どうなるのか。それは、イラクや北朝鮮の現状にも明らかです。つまり、強者は好き放題に振る舞えますが、弱者は「みんなに愛される優等生」でなくては生き延びられない、ということなんですよね。

 「強者の好き放題」を強く感じさせたのは、大相撲の横綱審議委員会委員であり、読売グループ本社社長の、ご存じ渡辺恒雄さんの発言。『朝青龍? テレビで見たけど、あの態度は横綱の態度じゃないよ』『心の品位 、品格をどこかで監視しないといけないだろう。今後も続くようなら日本の相撲を汚す。品位 、品格を欠いて引退させられた横綱がいる。双羽黒のようにな』『非常に腹が立ったよ』(『サンケイスポーツ』2003年5月22日付けより)。……「オマエモナー」って思った人も少なくないでしょうね(笑)。
 これまで、その地位にものをいわせて言いたい放題を繰り返し、方々から批判を浴びたにもかかわらず、なんら反省することのなかったナベツネさん。その高い社会的地位 に比して、適当な『品位、品格』を(極端に)欠いていたのは、いったい誰なんでしょう? でも、アメリカと同様、本当に「権力」をにぎっている人たちは、自分たちの『品位 、品格』を棚上げにして、他人を批判するんですよね。そしてまた庶民は、それに何の疑問もなく同調してしまうんです。朝青龍を憎み、ナベツネさんの発言に共感して何の疑問も覚えない日本人って、北朝鮮を憎んで、アメリカの独善に何の疑問も覚えない日本人と、見事に一致しているんだと思います。





( 以下は「強者の『品位、品格』(2)」につづく)


 投稿者:ino  投稿日: 5月22日(木)21時35分09秒

☆アレクセイさんへ

>「迷える自己を嘆く」ばかりであったことを考えれば、池田氏に直接「疑問をぶつける」という行動は、たいへんな進歩、大いなる前進の一歩だと、私は評価したいのでございます。

めったに事象に対しての好意的な評価をされないであろう(?)アレクセイさまの、評価の喜び(?)を共有できた(笑)と心から思います。これもアレクセイさんの厳しい私への言論のおかげです。感謝いたします。

>誰も答えてくれない

今日はウェーバーの「職業としての政治」を買ってきました。「心情倫理」「責任倫理」の記述がありました。おっしゃるよう誰も答えてくれないかもしれません。

☆マルメラードフさま

「個人的な恩」そうですアレ、タンゴですよわざわざ送ってくださった。

>サラヴァ・レーベルのですねー 大好きなレーベルの一つです。

 私はアレスキーとフォンテーヌのLPレコードを以前買いましたが、引越しでレコードが全部行方不明です。PILもロバート・フリップも・・・。ブリジッド・フォンテーヌはCDで聴けるのがありますか?お閑なときに教えて下さい。


いんたーねっとカラオケぱーと2(AOI様に捧げます。) 投稿者:影姫@聖母様  投稿日: 5月22日(木)20時43分50秒

岩崎宏美『聖母たちのララバイ』(歌詞に一部変更あり)

さああああ〜〜〜〜〜ねむりなさあい〜〜〜〜
つかれきいたあああああ〜〜〜〜カラダををなげだしいいいいてええええ〜〜〜
蒼いその目蓋ををを〜〜〜〜くうちびるうでええええ、、、そうとふさぎましょう・・・

あ〜〜〜〜〜〜〜できるのなら・・・生まれ変わり・・・貴女のをを母になってえええ
わたあしの命さえ・・・さしいいいだしてええええ〜〜〜貴女を守りたいのおおおおお
でえええす・・・(じゃんじゃんじゃんじゃんじゃんじゃん!!!)

このおおおお街はあああああ戦場だからああああ〜〜〜女は〜〜〜〜みんな傷をおうた
戦士〜〜〜いまは〜〜〜〜こころの痛みを〜〜〜〜ぬぐううてえええ・・・・
小さな!子供の!!昔に!!!帰って!!!
熱いいいいいい胸に〜〜〜〜〜〜〜だかれてえええええええええええええええええ〜〜〜

(おしまい)

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


私も、「予告編」。 投稿者:Keen  投稿日: 5月22日(木)18時20分18秒

映画のこと、音楽のこと、書きたいことは山ほどあるのに、今日は時間がとれません。

inoさま、レディオヘッド聴いて下さったんですね。嬉しいですわ♪
レディオヘッドは、AOIさまが書いてらした映画『ベルベット・ゴールドマイン』と大いに関係があるのですよ〜♪

マルメラードフさまには、まだご挨拶もしてませんし、「ピエール・バルー」なんて名前まで……ああっ、レスしたいっ!

というわけで、「予告編」のみにて失礼☆


お笑い「本格ミステリ大賞」(5) 投稿者:園主  投稿日: 5月22日(木)01時34分02秒


 マルメラードフ さま
> 本当に苦しいのは、僕を息子のように愛してくれる婦人であり、
> 僕を自分の息子のように真心で接してくれる壮年。
> 「貴方たちは僕の胸を知っても愛してくれますでしょうか?」
> 「貴方たちの愛情はある条件を満たしたときのみ与えられるものではありませんか?」

なるほど。その気持ちは、よくわかります。私にも、信心を抜きにして、親愛の情をもった学会員の方はいましたからね。

しかし、私が貴方さまに求めたいのは、いつまでも「愛される子供」でいるのではなく、「一人立ちした大人」になって、貴方を慈しんでくれた人たちに恩返しをすべきである、ということでございます。

たしかに貴方さまが、会合に行かないと言い出したり、組織批判をしたりすれば、そういう人たちは貴方さまのことを、よくある「退転者」の一人になったと思って悲しむことでございましょう。しかし、貴方さまが、本当にそうした人たちに親愛の情を感じているのなら、貴方さまは、そういう人たちに自分のそうした態度が「逃げ」なのではなく、誠心誠意の「闘い」なのだということを訴えるべきでございます。もし、その人たちが、貴方さまのことを、人として愛してくれていたのなら、その思いはきっと伝わることでございましょう。それは、私の『同時代を考える』掲示板での行動でも実証されたと思うのですが、いかがでございましょうか? ともあれ、貴方さまが慕うべき人ならば、きっとわかってくださいます。逆に、貴方さまが誠心誠意やってもわからない人は、貴方さまが慕うべき人ではないのだとも申せましょう。
ともあれ、貴方さまがなされるべきことは、「愛される子供」から「愛する大人」になって、恩返しをすることだと存じます。そして、時には「叱る」ことも愛であり、恩返しなのでございます。

> 多くのものを失い多くの者を傷つけてしまう覚悟が無しに、
> ときとして真実(これはかなり疑わしい)に生き抜くことは出来ないし、
> バラバラになってしまった自己を統合することは出来ないのかもしれません。

そのとおりでございましょう。自己に誠実に生きるということは、時に人を傷つけます。しかし、他人を傷つけまいとして、自分を偽れば、まさにそのことによって自己を傷つけ、べつの他人をどこかで傷つけているのでございます。
人はだれも、だれ一人傷つけずに生きていくことはできません。だからこそ、なすべきことをなすことにおいて、他者を犠牲にして生きざるを得ない人間の業を直視し、自ら引き受けるべきなのではないでしょうか?

> 僕のむさくるしい下宿先に足繁く通ってくれるB大学のS青年、
> はにかみながら信仰の素晴らしさ、「先生」の偉大さを語る。
> こちらはこちらで疑問を呈するすると、彼は小首を傾げ、
> 朴訥とした口調で的を得ない素っ頓狂な回答をしてくれる。
> 僕は何処かで彼の純粋なる盲信を無垢な盲従を羨み、
> ときに美しいとさえ思うことがある。

そうでございますね。言葉は悪うございますが、理屈は抜きにして「痴愚の幸福」というものが存在するように見えるのは、否定できない事実でございましょう。すくなくとも、その事実を、理屈でむりやり否定するのは「観念的自己回復」という「欺瞞」だと、私は考えます。

ですから、ただ「幸福(安穏)」を求めるのなら、「痴愚の幸福」を選ぶのも、「快楽殺人者の幸福」を選ぶのも、それは「客観的な良し悪し」である以上に、「個人の宿命」の問題のように、私には思えます。つまり、それを「選べるか否か」、その選択を「自己の美意識が許すか否か」ということでございます。
言うまでもなく、私の場合は、それに惹かれる気持ちも無いではございませんが、やはりそれを選べはいたしません。それを「勇気が無いだけ」とおっしゃる方もあろうかと存じますが、私はそれを「美意識の問題」だと考えているのでございます。


 ホランド
みなさんには、後日詳細を報告するが、奥泉光の『ノヴァーリスの引用』(集英社文庫)が、やっと文庫に入った。初版の単行本は新潮社で、「瞠目・反文学賞」と「野間文芸新人賞」をW受賞した奥泉初期の傑作中編なのに、結局は新潮文庫に収められることもなく、今回の集英社文庫入りとなった。装丁は建石修志さんが担当していて、これは最高に美しいんだが、帯が無くなると、若干バランスが悪くなってしまう。きっと、また売れないで「初刷」切りだろうから、帯のついている内に買っておくことを強く奨めておく。この文庫は、ぜひ買ってくれ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


お笑い「本格ミステリ大賞」(4) 投稿者:園主  投稿日: 5月22日(木)01時33分13秒


 Keen さま
> 『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』
> えがっだ〜(T-T)

思いきって遠出をなさった甲斐があったようでございますね(笑)。

> ガンダルフ(イアン・マッケラン)見てると、ついつい楽古堂さまを連想してしまいます。
> ……実際は、もっとお若いんですよね〜☆

逆に、私の楽古堂さまのイメージは「三十代前半の、小柄で繊細そうな文学青年」というものでございます。これは、たぶん楽古堂さまが、しばしば青春時代の思い出を語られるので、そのイメージが定着したのでございましょう。……で、私のイメージは?(墓穴)


 野茶坊 さま
> そのうち、また、クソまじめに信仰と学会活動を始めるかも知れん。その時は超過激だろうな・・・。近寄らんとこう(笑)。

私が本気で学会活動に復帰した時は、私の肩書きは「第二代SGI会長」かも知れません(笑)。

ま、これは冗談でございますが、池田氏が、いまだ「牧口の戸田、戸田の池田」に当る、明確な「後継者」を示していないこという事実には、非常に重要な意味があるのではないかと、私は見ております。なにしろ、このまま池田氏が亡くなるようなことにでもなれば、学会は指導者不在の団体になるわけでございますが、学会の現状を見れば、それで学会がこのままで済むわけもございません。しかし、そんなことは池田氏とて先刻ご承知のはず。では、なぜ後事を託す愛弟子を、いまだに押し出されないのでしょうか? ……つまりそれは、そんな弟子が「一人もいない」ということではないのでしょうか。しかし、だとすると池田氏は、創価学会の将来をどのように考えておられるのでございましょう?
私は、当然考えて(慮って)しかるべきこととして、池田氏の心中を忖度し、暗然としてしまうのでございます。……いったい、自称「池田先生の弟子」たちは、池田氏が永遠に生きるとでも思っているのでございましょうか?

> ただ、恐らくまちがいなく言えることは、彼の思想と行動において、大聖人の生命哲学が少なからぬ 比重を占めているであろうということ。そして、彼が最も危惧し憎むものが、「狂信」であるということ。

そのとおりでございます。私は、大聖人を、人間以上の存在たる「仏」としてではなく、一人の「人間」として尊敬し敬愛しているのでございます。あのように生きたいと憧れるのでございます。

それから、私のもっとも嫌うのが「客観性の無さ」つまり「独りよがり」でございます。そうした意味で私は、ニーチェに共感して「畜群」としての人間にたいする憎悪を、たしかに持っているようでございます。





( 以下は「お笑い「本格ミステリ大賞」(5)」につづく)


お笑い「本格ミステリ大賞」(3) 投稿者:園主  投稿日: 5月22日(木)01時32分01秒


 ino さま
> 正直なところ、「同時代を考える掲示板」にあのような様式でアレクセイさんへの返答とすることが、正しいことなのか、分かりませんでした。かつアレクセイさんの厳しい批判・批評を大げさかも知れませんが覚悟していました。

「師匠 池田大作への、弟子からの質問状」という形をとった、貴方さまの「新たな行動」を、私は肯定的に評価しました。もちろん理想を言えば、当事者(池田氏)に事情を問い質す前に、示されている「事実」を自分なりに考え抜くべきであろうとは存じます。しかし、これまで「疑い」を持っては疑い切れずに、ただ、そんな「迷える自己を嘆く」ばかりであったことを考えれば、池田氏に直接「疑問をぶつける」という行動は、たいへんな進歩、大いなる前進の一歩だと、私は評価したのでございます。

> ただし、あのイラク攻撃になぜ私の師匠は提言のみではなくはっきりとご自身からと、党への反対をされなかったのかという問いは難問ですので、今も私の心の中で続いています。

もちろんでございます。問題は、自己の信仰の根幹にかかわる重大事なのでございますから、うやむやは絶対に許されません。
池田氏から返事があった場合、では、その「返事」の内容をどう評価するのか? つまり「鵜呑みにするのか、客観的検討の対象とするのか?」ということが、まずございます。また返事が無かった場合、その事実をどう評価するのか、ということもございますし、いよいよ私が先に書きましたとおり『示されている「事実」を自分なりに考え抜く』という行動を選ばざるを得なくもなりましょう。もう、誰も答を与えてはくれないのでございますから。


 AOI さま
>> ところで、『♪〜カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは〜〜〜』という、ク
マのぬいぐるみがラインダンスをするCMは、聞くところによると、相当に有名なものであるはずですのに、テレビっ子であった私には、それを見た記憶が、とんとございません。このCM、関西では流れていなかったのでございましょうか?

> そうかもしれません。私も、大阪にいるときには見た記憶がないですもの。
> はじめて見た時には「あり〜、これがー!」

やはり、そういうことなのでございましょうね。

> 今もやっていますよ。最近見た記憶あり。
> クマのぬいぐるみのラインダンスも今なら、もっとリアルに創れるでしょうに(笑)。

まあ、下手にCGでやるよりは、あやつり人形の方が、味はございますよ(笑)。

> クマのぬいぐるみ4匹座ってるの私のお茶碗に(笑)。

また、ずいぶん可愛いお茶碗でございますね(笑)。
クマと言えば、私が幼少のころ使っておりました毛布にクマのイラストが印刷されており、私はこの毛布をずいぶん気に入っておりました。たしか『スヌーピー(ピーナッツ)』にも、毛布を持ち歩いている少年がいましたが、私の場合は「片手で抱えるように毛布を抱き、もう片方の手の親指を吸っている、パジャマ姿の愛くるしい美少年(幼児)」を想像なさって下さいまし(笑)。

> 龍の出てくる衝撃をジオラマにするっていうのは、どう?
> これら怪獣をみていたら、龍があっても不思議じゃないわ。竹本さん、大儲け(笑)。

「海の上を飛んでくる龍」のジオラマフィギュアを見ても、誰も『クレシェンド』だとは思わないでございましょうね(笑)。それに龍は竹本健治のオリジナルデザインではございませんから、著作権は発生しないものと存じます(^-^;)。





( 以下は「お笑い「本格ミステリ大賞」(4)」につづく)


お笑い「本格ミステリ大賞」(2) 投稿者:園主  投稿日: 5月22日(木)01時31分11秒


私が得た情報に寄りますと、「本格ミステリ作家クラブ」は総勢150人ほどの団体で、原則としては全会員が「本格ミステリ大賞」に投票する義務を負っているそうでございます。しかし、小説家のみなさまは「書く」ことが仕事であり、「読む」のは副次的な行為。ですから、「小説部門」候補作5冊と「評論・研究部門」候補作4冊を「期日までに読んで、投票しろ」と言っても、どだいそれは無理な話でございます。例えば、今回投票なさったかどうかは存じ上げませんが、ご存じ竹本健治さまなどは「年に一冊も小説を読まないこともある」とおっしゃるような方ですから、投票のために5冊もの小説を固め読みするとは到底思えません(もちろん、竹本さまは、それ以外の各種専門書や囲碁の本などは、それなりに読まれております)。つまり、周知のごとく、小説家には「ほとんど小説は読まない」という方も珍しくなく、そのせいで「本格ミステリ大賞」の投票も、なかなか原則どおりにはいかないようで、本年の投票者数は昨年を下回って、50を割ったそうなのでございます。詳しい数字は、いずれ『ジャーロ』誌上に出ますので、そちらでご確認していただくとして、大まかに言えば、今回の「第3回本格ミステリ大賞(小説部門)」は、全50票弱から、『GOTH』と『オイディプス症候群』がそれぞれ16票づつ獲得し、残りの18票弱をのこり3作が分けたという形になったようでございます。

以上のことからわかるのは、「本格ミステリ大賞」は、(1)たかだか50人弱の投票で決まる賞だということ。それから、(2)ミステリを読んで批評するのが仕事である「探偵小説研究会」のメンバーは、当然のことながら、ほとんどが投票しているであろうということ。(3)「探偵小説研究会」のメンバーは、笠井潔・法月綸太郎の候補者2名を除いても21名おり、彼らが笠井に投票すれば、間違いなく笠井の作品が受賞するという状況にある、ということでございます。

つまり、これを言い換えれば、「探偵小説研究会」のメンバー以外、だれ一人も笠井潔の作品(小説・評論)に投票しなくても、笠井の作品は、「身内票」だけでいつでも「本格ミステリ大賞」を楽に受賞できるということ。また、今回の「16票」という数字を見れば、私が、

> 今回は「小説部門」と「評論・研究部門」の二つがあった。ということは、「笠井潔に投票する」としても「両方ともに投票する」と「どちらか一方に投票する」という二種類の選択肢が発生いたします。そしてこの場合、前者だといかにも「笠井潔の子分」という印象を第三者に与えますが、後者ならその心配はございません。まして、(『GOTH』と『オイディプス症候群』で)評価のわかれる「小説部門」とは違い、「評論・研究部門」の方では、笠井潔の優位 は客観的な事実でございますから、『探偵小説論序説』に投票して、とやかく言われる心配はない。斯くして、笠井潔シンパを含めた多くの人が、後者の選択、つまり「評論・研究部門」では、笠井潔の『探偵小説論序説』に投票する一方、「小説部門」では『GOTH』に投票して、無難に、保身的「バランス」を取り、「義理」を果 たした結果、笠井潔のお膝元とも言える「本格ミステリ作家クラブ」で、笠井潔の渾身の大作である『オイディプス症候群』が、受賞を逸するという事態に立ち至ったのだ……と、私は斯様に推察するのでございます。

と読んだとおり、「探偵小説研究会」のなかにも『オイディプス症候群』に投票しなかった者がいたということであり、その一方、それ以外からの投票は「ほとんどなかった」のではないか、という「読み」も充分に成り立つということでございます。
ともあれ、「学級委員選挙」のような数字とは言え、どのような面子が笠井潔の『オイディプス症候群』や『探偵小説論序説』に投票したのか。今から『ジャーロ』の受賞作発表号の刊行が、楽しみでなりません(笑)。

最後になりましたが、笠井潔氏の「第3回本格ミステリ大賞」における「小説部門」「評論部門」のW受賞を、みなさまとともに、お祝いたしたいと存じます。笠井潔さま、まことにおめでとうございました(拍手)。





( 以下は「お笑い「本格ミステリ大賞」(3)」につづく)


お笑い「本格ミステリ大賞」(1) 投稿者:園主  投稿日: 5月22日(木)01時30分01秒

みなさま、昨日は、『驚愕の大どんでん返し!!』『笠井潔『オイディプス症候群』、第3回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞!! 』との「予告編」をお届けいたしましたが、これをどのようにお受け取り下さいましたでしょうか? Keenさまはどうやら、そのまま素直に受け取って下さったようでございますが、果 たして、その真相とは?
勿体ぶるのは、止しましょう。これは本格ミステリ作家クラブのホームページにも公表されているとおりで、まぎれもない事実でございます。すでにKeenさまからもご紹介がありましたとおり、マスコミにも正式に結果 発表した後の、文字どおりの『大どんでん返し!!』『驚愕の最終章』でございました。……さすがは「本格ミステリ作家クラブ」と申せましょう(笑)。

詳細は、本格ミステリ作家クラブのホームページにアップされている「第3回「本格ミステリ大賞」受賞作発表についてのお詫びと訂正」をご参照いただくといたしまして、要は「集計ミス」だったということなのでございます。ですが、この「訂正記事」の情報に、私が独自に入手した情報を加えますと、また別 の角度から「本格ミステリ大賞」の性格が見えてもくるのでございます。

当初の集計では、「小説部門」は、『GOTH』(乙一・角川書店)16票、『オイディプス症候群』(笠井潔・光文社)15票ということで、『GOTH』が受賞作に選ばれたのでございますが、『その後、すべての選評を「ジャーロ」誌に掲載するため、事務局で入稿確認をしていたところ』、本来「小説部門」の『オイディプス症候群』に入るべき票が、「評論部門」の『迷宮逍遥』(有栖川有栖)に紛れ込んでいたという『間違いの存在が判明し』て、『GOTH』と『オイディプス症候群』が共に16票で、二作同時受賞ということになったそうでございます。
「大の大人(作家4人+探偵小説研究会・評論家3人)が7人掛かりで、たかだか15、6票程度の集計を間違えるなよ」と言うなかれ。世界の命運を賭けた「アメリカ大統領選挙」ですら「票の数え直し」が行なわれたのは、ついこないだの、現ブッシュ大統領が選ばれた(そして、マイケル・ムーアが「インチキ選挙」と批判した)選挙であり、まだまだ記憶に新しいところなのございます。ですから、日本の本格ミステリの年間ベスト1作品を選ぶ投票で、少々集計ミスがあったとしても、目くじらを立てるほどのことではないのでございます。
まあ、この「釈明文」をそのまま信じるか否かは、読者それぞれの判断でございましょうが、私としては「この程度のもので、よもや陰謀もあるまい(笑)」という判断において、「釈明」を鵜呑みすることにいたしました。それにしても……「第一位 が、16票って、いったい何人くらいでやったんだ、この投票?」。





( 以下は「お笑い「本格ミステリ大賞」(2)」につづく)


嘆きを越えて。 投稿者:マルメラードフ  投稿日: 5月21日(水)23時10分12秒

★園主さま
誠実なレスに感謝しています。

特定の信仰に盲従、盲信している方々が己の信ずるものを否定されたとき、
理性より感情が先立つ瞬間をいやというほど見てきました。
「結局お前は二乗の生命を出ない」(二乗すら疑わしい)
「信心が曲がっている」(某掲示板より)
「そういう思考そのものが魔だよ」etc
我を失っている人と話をするのは楽ですね、
いくら刺激してもこちらの良心は少しも痛みませんから。
本当に苦しいのは、僕を息子のように愛してくれる婦人であり、
僕を自分の息子のように真心で接してくれる壮年。
「貴方たちは僕の胸を知っても愛してくれますでしょうか?」
「貴方たちの愛情はある条件を満たしたときのみ与えられるものではありませんか?」

園主さま仰る僕の嘆きと自虐は自慰行為に過ぎないのかもしれません。
多くのものを失い多くの者を傷つけてしまう覚悟が無しに、
ときとして真実(これはかなり疑わしい)に生き抜くことは出来ないし、
バラバラになってしまった自己を統合することは出来ないのかもしれません。
徐々に分裂気味な存在となってしまった自分を纏めていくため、
具体的行動を起こしていこうと学生との間で対話を始めています。

<独り言>
僕のむさくるしい下宿先に足繁く通ってくれるB大学のS青年、
はにかみながら信仰の素晴らしさ、「先生」の偉大さを語る。
こちらはこちらで疑問を呈するすると、彼は小首を傾げ、
朴訥とした口調で的を得ない素っ頓狂な回答をしてくれる。
僕は何処かで彼の純粋なる盲信を無垢な盲従を羨み、
ときに美しいとさえ思うことがある。


★inoさま
「個人的な恩」といいますと・・アレですか??
「恩」なんて仰られますと汗が出てきますよー。

純粋な電子・音響世界は完全な手詰まり感があって、
アヴァンギャルドの行き着く先が非音楽になっているところがあります。
例えば、ヴォーカルは勿論のこと、メロディー、リズム、展開すら無い、
ただ音響的には凝りまくったサンプル音や電子音などをランダムに配置
した実験的作品が出ています。この先の未来を創造しゆくこと僕にはは想像出来ません。
個人的にはジム・オルークなどのシカゴ派の試みているような
高い音楽性のなかに如何に奇怪な音響を取り込んでいくかという方向性に関心を持っています。
レディオ・ヘッドの昨今の作品にもそうした意図を感じるのですが、、僕だけかな・・・

>ブリジッド・フォンテーヌの「ラジオのように」
サラヴァ・レーベルのですねー、大好きなレーベルのひとつです。
レーベル・オーナーのピエール・バルー!最高なんです。


四畳半万歳! 投稿者:野茶坊  投稿日: 5月21日(水)23時06分15秒

☆マルメラードフさま

おりょ! マルメラードフさんもここにいらしてたんだ。園主の人徳? まさかね・・・(笑)。
私は誰でしょう・・・? 答はちょっと前にうっかりバラしちゃったけどね。

「京都の四畳半貧乏学生」なの? 四畳半のアパートがまだあるんだ。嬉しくなっちゃうね。
私は「東京の四畳半貧乏学生」だったんだよ〜。学生やめてからも四畳半に住み続けたけどね、都合10年間・・・。あの四畳半で過ごした日々こそ私にとって宝だね、まさに・・・。
四畳半の生活、目一杯楽しんでください。

「非日蓮信仰者」たる園主さんが表記に「大聖人」の尊称を用いることへの違和感・・・? 私はあまり感じないな〜。だって、園主さんは「退転者」じゃないもの。ご自分でもどっかで言っておられたような気がするが、クソまじめでバカ正直な「求道者」なんだよ、この人は・・・(笑)。ん・・・? 笑っちゃいかんな。そのクソまじめな求道の過程でクソまじめに信仰し学会活動ていた時期も(たぶん)あっただろう。そしてまた、求道の一過程として今は信仰も学会活動もクソまじめにやめている。恐らくそれだけのことだろうよ。「押してダメなら引いてみな」ってとこかもね。そのうち、また、クソまじめに信仰と学会活動を始めるかも知れん。その時は超過激だろうな・・・。近寄らんとこう(笑)。まあ、このまま信仰も活動もクソまじめにストップしたままいっちゃうかも知れんが、それもいいんじゃないの? 彼のそうした在り方を正面 切って批判するだけのものを、幸か不幸か私は持ち合わせていない。自分の生き方は自分で決めりゃいいんだ。アタリマエのこと。ただ、恐らくまちがいなく言えることは、彼の思想と行動において、大聖人の生命哲学が少なからぬ 比重を占めているであろうということ。そして、彼が最も危惧し憎むものが、「狂信」であるということ。
・・・・以上、好き勝手なアレクセイ評(!?)でした。尤も、私はアレクセイという人物の素顔を知らないのですがね(笑)。ただ、生身を相手にするより、書き綴られた文面 と対峙する方が 素顔がよく見える場合もありますよね。


えがっだ〜(T-T) 投稿者:Keen  投稿日: 5月21日(水)21時44分47秒

いやあー、映画って、やっぱりイイものですねえ〜♪
『3・王の帰還』が楽しみですっっっ!!!(^0^*

ガンダルフ(イアン・マッケラン)見てると、ついつい楽古堂さまを連想してしまいます。
……実際は、もっとお若いんですよね〜☆
しっつれいしましたあ〜♪(下手より逃走)

 

キッドA 投稿者:ino  投稿日: 5月21日(水)21時20分48秒

☆Keenさま

 レディオヘッドの「キッドA」を聴きました。予想とは全く違った音の数々。どこか東洋的なものを感じました。

 「キッドA

   僕らの頭は 串刺しで
   きみたちには 復話師がいる
   僕のベッドの隅っこの影の中に立っている
   ねずみと子供の群れが僕について街の外へ
   おいで子供たち」

この人を取り巻くものとこの人の強い軋轢のようなものを感じます。
ボーカルの声、静かで醒めて淡々とした、余裕を感じました。
声がすごく何というか魅力的です。

サイケでなく、アヴァンギャルドという言葉が似合うと思います。それも気負いでなく、必然的にアヴァンギャルドであらざるを得なかった・・・。
私は何故だか、ブリジッド・フォンテーヌの「ラジオのように」の「夏」を思い出しました。


外出直前☆ 投稿者:Keen  投稿日: 5月21日(水)09時33分00秒

>驚愕の大どんでん返し!!

どひゃーーーー!!!!
恐れ入りましたあぁ〜〜〜!!!

これから、根性で『ロード・オブ・ザ・リング』観に行きまっす!


謎の「予告編」 投稿者:園主  投稿日: 5月21日(水)01時23分12秒

みなさま、本日は時間がございませんので、簡単に「予告編」だけをお届けいたします(笑)。

     驚愕の大どんでん返し!!

  笠井潔『オイディプス症候群』
  第3回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞!!





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm



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