●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年5月中旬(1)
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祝再会 投稿者:ino  投稿日: 5月15日(木)06時51分53秒

☆マルメラードフさま

あなたのおっしゃるとおり、ピアソラをいただいたinoです!その節はありがとうございました。
お気持ちや意見を軽蔑するわけがありません。ましてやそれが真剣なものであるなら。偉そうに言いますが、情けないと自分で思っていても(これ私です)それを書くことに意味があるのではないではないでしょうか。それを呼んだ人と対話が始るのですから。
 アレクセイさんはCP(批判的大人の自我)の高い方〜これ私の独断ですが〜ですので、こちらに大きなものを要求されることがあるのを感じますが、それは感情ではなく理性なので何とかついていこうと思っています。私は「断片的思考」(アレクセイさんによると)の傾向が強いので、ガクットきたりすることが(ショックに近いかな)ありますが、自分のためになると現状(すみませんアレクセイさん)思っています。
 それに、同じく知的且つ受容的なホランドさんが、フォロウもしてくださるので、個性的な掲示板ですね。

☆ホランドさま

近々レスさせていただきます。悪しからず・・・。


意外な結果?(5) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月15日(木)05時27分15秒


 園主 さま
笠井潔が、真にのぞんだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性

> どうだろう? かなりわかりやすく書いたつもりなんだが。

 ええ、加筆によって、全体観が見て取りやすくなったように思います。もっとも、このあたりの内容は、ボクも周知の事実ばかりだから、イマイチ、白紙の読者の感じはわからないんですが。

 ボクがいちばん「あーあ」って思ったのは、法月さんの『法月綸太郎の功績』の書影でした。

『と断じ(※ て、文学賞の政治性を)批判した貴方(※ 笠井潔)が、今ではミステリの公募新人賞である「鮎川哲也賞」の選考委員をつとめ、かつては批判していた「日本推理作家協会賞」を受けては、今度はその選考委員となって山田正紀や法月綸太郎という「手ゴマ」の受賞の後押しをし』

という文章の横に、『日本推理作家協会賞受賞!』と大書された帯を巻いた書影が置かれてるんですからね。・・・それに、なんといっても、本のタイトルが皮肉です。これじゃまるで「法月綸太郎の(笠井潔への)功績」により「日本推理作家協会賞受賞!」みたいですもんね。・・・もちろん、偶然なんですが(^-^;)。





 ではでは、みなさん、おやすみなさい(ハート)。


意外な結果?(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月15日(木)05時26分41秒


 よたろう さま
 ようこそ、いらっしゃいました! 『少年回廊』からのお客さまですね。じゃあ、ボクのことも、よくご存じですよね(笑)。でも、ここでの「ホランド」は、園主さまの「助手」をつとめております。以後、よろしくお願いいたします。

> 鷹里さまともども、早速アリョーシャの「洗礼」を受けられたようですわね(笑)。
> でも、ここの常連の方々は、皆さま通ってきた道ですのよ。(<アーニャ)

 アーニャの言っているとおりです。ボクも、よたろうさまの率直な態度は、むしろ人並み以上に、立派だと思いましたよ。ちょっとくらい「言い訳」したくなるのが人情なんですが、それを完璧に自制されたのは、すごいなと思いました。
 園主さまも、そのあたりは認められると思いますし、反省する人に対しては決して根に持たない人だから、安心して書き込みにいらして下さい。

> しばらくは文章を書くことが怖くなるかもしれません。

 その気持ちさえあれば、だいじょうぶだと思います。

 それに、園主さまは、同じこと『産経新聞』の文化部の記者や、島田荘司、芦辺拓といった小説家など、プロの物書きにも言い放っているんですから、なにも、よたろうさまだけが、特にどうこうということではないんです。
 プロの作家が、アマチュアに「責任のもてる文章が書けないんなら、貴方は娯楽小説だけ書いていればいいんだ。それで食っていけるだろう」と言われた日には・・・(^-^;)。

 でも、この人たちは、そこで率直に反省できなかった点で、よたろうさんよりも、人間的に劣るんですよね。大切なのは、そこなんだと思います。


 アーニャ
>> 杉澤さまについても、貴方さまについても、厳しく批判を加えましたが、それは身も知らぬ 貴方がた個人が、憎くて書いたわけではありません。(>よたろうさま)

> アリョーシャったら〜、こんなところでまで「幸の君」しなくっていいのよ〜☆
> 「身も知らぬ貴方がた」……「変換の妙技」、というべきかしらね(爆笑)。

 う〜〜ん。これは座ぶとん3枚だね。

 でもさあ、『身も知らぬ貴方がた』ってのもアレだけど、「身だけ」知ってても困るよねえー(笑)。

>> 福島さんには、個人的な思い出もあるんだが、自慢話的になると嫌なので、そのうちコッソリと教えてやろう(笑)。

> それは楽しみね♪ ただし、「忘れなかったら」でしょ?(笑)

 あっは、鋭いなあー(笑)。

> そのうち、アリョーシャと一緒に『バーディ』観たら、感想聞かせてね。

 うん。ボクも楽しみにしてるんだ。なかなか日程が合わないんだけどね。

> 私としては、ネコが「悪役」になってることに、いわく言いがたい思いがあるけれど、主役が「鳥」である以上、仕方ないわね。

 昔は、洋の東西を問わず、ネコというのは、執念深いとか、悪魔や魔女の化身、あるいは使い魔、といった感じで、どちらかというと「悪役」が多かったんだけど、少なくとも日本じゃ、その印象は薄れてきたようだね。昔はよく「黒猫は不吉」だとか言ったけど、最近は聞かないもんなあー。





( 以下は「意外な結果?(5)」につづく)


意外な結果?(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月15日(木)05時25分46秒


 マルメラードフ さま
 ようこそ、いらっしゃいました! ボクは、このサイトで園主アレクセイの「助手」をつとめます、「ホランド」と申します。以後、よろしくお願いいたします。

 マルメラードフさまも、園主さまの『平和旅』(笑)のせいでおいで下さった、創価学会員の方ですね。inoさまや野茶坊さまが最初においで下さった時にも書きましたとおり、この「花園」は何でもありの「ノン・テーマ」ですので、信仰の話でも何でも、自由になさってください。どんな話題でも「すべては人間に通 ずる」というのが、園主さまのお考えですから。

> 実は結構ロムってました。少々怖いのですが、お邪魔してみます。

 怖がることないですよ。「山よりデカい、鬼は出ん」です(^-^)。
 もちろん、ここでは、みんなが率直に、自分の意見・感想を言い合える雰囲気を重要視しています。「他人の意見(感想)」というのは、自分のそれとは違っていて当然ですから、同意・追認ばかりを期待していると、期待外れでガックリってことにもなるでしょうけど、世間にありふれた、形ばかりの馴れ合いじゃなくて、ほかの人の本音の意見が聞けるのって、とても大切なことだと思いませんか。だから、マルメラードフさまも、率直に語られれば、みんなもそれに応じてくれると思いますよ。大切なことは、真摯な姿勢なんだと思います。

> >園主様(う〜ん、様って慣れないなぁ・・)

 無理なさらなくてもけっこうですよ。inoさんみたいに「アレクセイさん」でも問題ありません。でも、すぐに馴れます(笑)。

> 園主様の文章を読みますと、残念ながら確かに大雑把ながら「持てる者」と「持たざる者」が存在することを認識せざるを得なくなりますね。

 これは「才能の有無」の存在をおっしゃっているのでしょうか? そのように理解して、話を進めます。

 園主さまが「ある種の力」を持っているのは、事実でしょうね。ボクも、そう思います。でも、それを最大限に発揮しているからこそ、怨みを買い、誹謗中傷をされているというのも事実なんです。

 多くの人は、園主さまと同じか、それ以上に優れた「才能」を持ちながら、でも、それを充分に発揮できないでいます。それは、例えば「悪口を言われたくない」とか「憎まれたくない」といった気持ちが強く働くから、思考も言葉も「畏縮」しちゃって、結果 としては、平凡なところに止まってしまうんだと思います。ひとまず平凡ってのは、安全ですからね。

 ですからもし、マルメラードフさまが、園主さまの「思考力」や「読解力」を「才能」だと思われているのだとしたら、それは理解が不十分だと思います。園主さまが非凡なのは、そういう点ではなく、「考えること」「発言すること」を怖れぬ 勇気であり「覚悟」なんだと、ボクは思っています。そして、たぶんそれは「男の意地」みたいなものでもあるんでしょうね。泣き言は言わない、涙は見せない・・・みたいな、とても「古風」な(笑)。

> 文章裏からすべてを見透かされそうな怖さがあるのですが、
> ええ、どんどん見透かしてください。何も持ってやしませんので、ハハハ(カラン♪コロン♪)

 『見透かされそうな怖さ』を感じている人は、だいじょうぶ。騙しおおせると考える人が、失敗するんですよ(笑)。

 ところで、『(カラン♪コロン♪)』って???





( 以下は「意外な結果?(4)」につづく)


意外な結果?(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月15日(木)05時23分12秒


 AOI さま
>> 映画『カストラート』

> 宦官といっしょにしちゃダメー!?
> 萎びた締りのないおじさんじゃあありませーん!!
> 赤江瀑的題材よ!観るべし!(笑)但し、異性愛なので、落胆の向きも?(笑)
> 美少年もでてきます。
> ヘンデルの歌曲を歌う後半部分はすばらしい!音声を合成しているようですが。

 わかってますよ(笑)。「萎びたおじさん」が出てくるんじゃ、誰も観に行かないですもん。当然、耽美っぽい部分はあると思っています。でも、いちばん興味があるのは、カストラートの歌声かな。

 ところで園主さま、興味のないものには、いたっていい加減で、カストラートを「カステラート」って言うんですよ。で、ボクが指摘すると「♪ ハニー、カステラーとは文明堂ー」なんて言ってます。・・・たぶん、レトロギャグ?(^-^;)

> 今日は「あずみ」を観にって、時間に間に合わず、「魔界転生」を観て来ましたわ。ガラガラ〜。冒頭「島原の乱」のシーンは迫力ありました。ちょっと、長かったかな。麻生久美子が妖しく美しかったです。

 NHK版『虚無への供物』を撮った、平山監督による『魔界転生』ですね。率直に言って、どうでした? この感想では、まあまあかなってところでしょうか?

> タイムスリップグリコはもう、買うのやめましたわ。だって、ウルトラマン系が2個(ケムール人2)ほか11個。カタログからするとウルトラマン系とほかは2対3の割合なのにね。ぷんぷん。

 うふふ。『2対3』というのは、おまけの種類の比率でしょ? でも、それで出てくるんなら、園主さまが紹介しておられた値段はつかなかったでしょうね。でも、にもかかわらずケムール人がダブったおかげで、ボクがいただけたんですが(笑)。・・・ちなみに、ケムール人は、今もボクの机のうえで走っていますよ。もちろん、動いてるわけじゃないけど(笑)。

> ま、いずれにしても100000は、わたくしめがいただきよ!
> オーッホッホ♪!

 前に園主さまが「100000は、ぜひAOIさまに」って書かれた時は、100000なんて、ずいぶん先の話のように思えたんですが、もうすこしなんですよねえー(しみじみ)。


 Keen さま
> ホランドくん、赤江瀑『春喪祭』(徳間文庫/多分絶版?)所収の「宦官の首飾り」もお忘れなく!赤江さんの筆にかかったら、宦官も「萎びたおじさん」ではなく、妖しい中性的魅力があふれてますわよー。私、あの「オチ」がけっこう好きなんです。(^0^*
> ……でも、きっとこれも忘れてるだろうな〜☆(苦笑)。

 は〜〜い、もっちろん、忘れてまーーーす!(と、開きなおり)

> ◆本格ミステリ大賞に乙一さんら

> 第3回本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ主催)は13日、小説部門に乙一(おついち)さん(24)の「GOTH」(角川書店)、評論・研究部門に笠井潔さん(54)の「探偵小説論序説」(光文社)が選ばれた。

> 園主さま、これが「実利」でございますね。

 わざわざ、ご報告ありがとうございます!

【最終候補作品】
   ● 小説部門
    『オイディプス症候群』笠井潔
    『GOTH』乙一
    『法月綸太郎の功績』法月綸太郎
    『マレー鉄道の謎』有栖川有栖
    『聯愁殺』西澤保彦

   ● 評論・研究部門
    『怪奇幻想ミステリ150選』千街晶之
    『殺す・集める・読む』高山宏
    『探偵小説論序説』笠井潔
    『迷宮逍遥』有栖川有栖

 でも、この「最終候補作品」じゃあ、笠井さんが『評論・研究部門』を受賞するのは当然だから、笠井さん自身としては、『オイディプス症候群』で受賞できなかったことの方が大きいんじゃないでしょうか?

 なにしろ、「矢吹 駆シリーズ」は笠井さんの看板シリーズだし、これだけは次々と書けないとおっしゃってましたし、今までの刊行ペースからしても、次の「矢吹 駆シリーズ第6作」は、笠井さんが還暦を迎えた後になる可能性が高い。でも、ほかのミステリ(「飛鳥井シリーズ」「大鳥シリーズ」など)では、どんどん若手が出てきて意欲作を発表している「本格ミステリ界」の現状下での受賞は難しいでしょうね。第一、奇抜なアイデアを必要とする「本格ミステリ」は、「歳を取ると傑作が書けない」というのは、ほとんど宿命的なものですからね。・・・ある意味でこれは、「園主さまの呪い」の結果 なのかも知れません(笑)。





( 以下は「意外な結果?(3)」につづく)


意外な結果?(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 5月15日(木)05時22分01秒

 みなさん、おはようございます! Keenさまからご報告のありましたとおり、注目された「第3回 本格ミステリ大賞」(本格ミステリ作家クラブ 主催)の小説部門受賞作は、笠井潔さんの『オイディプス症候群』ではなく、乙一さんの『GOTH』に決まりました。

 『2003 本格ミステリ・ベスト10』(「探偵小説研究会」編著・原書房)
   『オイディプス症候群』 第1位
   『GOTH』        第5位

 『このミステリーがすごい!』(宝島社)
   『GOTH』        第2位
   『オイディプス症候群』 第10位

 「文春ミステリーベスト10」(「週刊文春」発表)
   『オイディプス症候群』 第3位
   『GOTH』        第7位

 「SRの会 2002年度ベスト5」(「SR MONTHRY」発表)
   『GOTH』        第8位
   『オイディプス症候群』 第11位

 これまでに発表された、めぼしい「ベスト10」の結果を見ると、『GOTH』が「やや優勢」という感じでした。でも、その反面 、「探偵小説研究会」編著になる『2003 本格ミステリ・ベスト10』、それから「文春ミステリーベスト10」と同様、「探偵小説研究会」のメンバーがそのまま参加している「本格ミステリ大賞」では、『オイディプス症候群』が優勢かとも思われたんですが、結果 は『GOTH』の方に軍配が上がりました。

 これはたぶん、同賞の「評論・研究部門」を、笠井さんの『探偵小説論序説』(光文社)が受賞したせいだと思うんですが、みなさんはどう見ますか?





 ino さま
>> inoさまってゴッホに似てますね。・・・一途なところ。(シツレイ)(<AOIさま)

> こう言っていただいて、私はぜんぜん気を悪くしませんよ。もうずいぶん前、「みずゑ」という美術雑誌で合田佐和子氏が「ゴッホに興味はあるけど、お付き合いはできない」というようなことを言っていたように思います。なんか分かりますね。

 あっは。でも、園主さまは、そういう人こそ好きなんですよ。もちろん「世慣れている人」が嫌いというわけではないけど、「面 白味に欠ける」と感じるようです。これを園主さまは「変人好き」と言ってますどね(笑)。

> まるで、園主さまの分身ではと思えるような表現ですね。おっしゃりたいことは十分分かります。私の師匠もこのことを言っていました。

 鋭いですね(笑)。そりゃあ、十年以上もつき合ってますからねえー。
 それに、ここでは「園主と助手」ですけど、もともと園主さまは、僕の「師匠」筋ですからね。昔、ミステリの同人誌をやっていた頃には、園主さまとボクの対談形式で、園主さまの評論シリーズがありました。『黒孔庵座談』というタイトルで、つまり園主さまの号が「黒孔庵」なんです。で、弟子のボクが「黒孔庵先生」に質問し、先生がそれに応えてミステリを語るというシリーズだったんです。本来なら、このシリーズも、ここ『LIBRA』に納めるはずだったんですが、・・・残念ながら、未だに実現していません。お忙しい園主さまですが、何とかしてほしいところです。

 ちなみに「黒孔庵」の意味は、「黒い孔」つまり「ブラックホール」のこと。つまり蒐書家である園主さまは、どんどんお好きな本を買い込んでいって切りがなく、いったん取り込まれて本は二度と世に出ることがない・・・というような意味だったはずです。でも、近年は、やっぱりどこかに「ホワイトホール」が存在しそうな、しないと困るような状況になってきているみたいですね(笑)。





( 以下は「意外な結果?(2)」につづく)


またカキコ逃げかな・・ 投稿者:マルメラードフ  投稿日: 5月15日(木)00時11分24秒

実は結構ロムってました。少々怖いのですが、お邪魔してみます。
花園に立ち入るには相応しくない京都の四畳半貧乏学生です。
知識・経験ともに乏しく、引き出しの少ない人間ですが、
世界中の雑多な音楽の話はできるかもしれません(かなり歪な嗜好性です・・)

>園主様(う〜ん、様って慣れないなぁ・・)
園主様の文章を読みますと、残念ながら確かに
大雑把ながら「持てる者」と「持たざる者」が存在することを
認識せざるを得なくなりますね。
文章裏からすべてを見透かされそうな怖さがあるのですが、
ええ、どんどん見透かしてください。何も持ってやしませんので、ハハハ(カラン♪コロン♪)
園主様はやはりイワン的な雰囲気が御座いますね。

>ino様
僕は貴方にありがた迷惑極まる物を送り付けた人間ではないでしょうか。
勘違いだとしたら、申し訳ありません。
僕の書き込みの卑劣さに軽蔑されたかもしれません。あれが本音なのです。
inoさんの詩が読みたいな。

>AOI様
僕も「夜のカフェテラス」「星月夜」好きです。

>アーニャ様
僕もレディオ・ヘッドの「キッドA」持ってます。
彼らに影響を与えたオウテカとか電子・音響世界も昔よく聴きました。

僕は
マラヴォワ「au Zenith」 廃盤
ユッスーン ドゥール「set」
ボブ マーリィ「legend」
ジョン・ゾーン「masada」シリーズ
カサンドラ・ウィルソン「new moon daughter」
ジョニ・ミッチェル「both sides now」
アストル・ピアソラ「live in Wien」etc
などが好きです。
他にもイロイロあるのですが、きりがありませんので、これまでに。

http://www.twentyfirst.net/gogh/gogh_34.jpg


ゴッホ 投稿者:ino  投稿日: 5月14日(水)22時58分31秒

☆AOIさま

>inoさまってゴッホに似てますね。・・・一途なところ。(シツレイ)

こう言っていただいて、私はぜんぜん気を悪くしませんよ。もうずいぶん前、「みずゑ」という美術雑誌で合田佐和子氏が「ゴッホに興味はあるけど、お付き合いはできない」というようなことを言っていたように思います。なんか分かりますね。
 私は彼のエピソードで忘れられないのは、書店の店員に雇われたけど、ゴッホの嫌いな本を買おうとする人に、そんな本を読んじゃいけないというところや、自分の絵を理論的に批判したゴーギャンにかみそりで切りかかり、しかられて、自室で自分の片耳を切り、それを封筒にいれ、一番好きだった女性のところに持っていったことなどです。
 このような炎とは対照的な色彩の(タッチは別にして)冷静な扱いが時々話題になりますね。
 うーむ、ゴッホか。言えているかもしれない。彼と隔たっているところはきっと私の臆病さかな。

 間違っているかもしれませんが、スラヴァはカウンターテノールと呼んでいいのですか?
お暇なときにでも・・・。

 聖歌の情報有難うございます。

>どうやらキリスト教誕生以前のユダヤ教の聖歌などから発展してきたもののようですね。名ので紀元前。
 今日たまたまテレビで、ブルガリアの農村で働く女性の歌や、歌へのトルコなどの影響とか取材していました。信仰や生活と歌は密接に結びついていたのでしょうね。

歌はいつの時代も心をうつのだなと思います。


そういえば・・・ 投稿者:AOI  投稿日: 5月14日(水)21時33分28秒

☆inoさま

inoさまって、ゴッホに似てますね。
ご家族もいらっしゃるので、ゴッホのように孤独ではないし、危ないことにはならないはずですけど。
気を悪くされたら、ごめんなさい!
ゴッホって名前を聞いて、私のゴッホイメージとinoさまとが重なってしまいました(笑)。一途なところ。(シツレイ!)

スラヴァ「アヴェマリア」、聴いてくださってありがとうございます。
気に入っていただけたようでよかった!

>聴いていて、天を強く感じさせる歌であるとも、主観的ですが、思いました。
>でも声の強さ清らかさは確かにこの地で発せられていることに思いを馳せました。

私も同じような感慨でかつて、聴いたことを思い出しましたわ。

>相手をしてくださったAOIさま、申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

なにを謝ってくださっているのでしょう?
やっぱりゴッホだ!自責の念の強いところも。(笑)
「あーこの音につつまれ、はやくあの世に行きたい」っていうのですか?
かつて、葬送の音楽は何がいいか?というのをみんなで話したことがありますわよ(笑)。
「はやく」ではなくて、「いつか」ということにするのは如何でしょう?
浅知恵ならぬ遠浅知恵っていうだろな(笑)>園主さま

>聖歌はいつ頃から歌われ始めたのでしょう。

ちょっと調べたところによると、どうやらキリスト教誕生以前のユダヤ教の聖歌(祭司の祈祷と犠牲の儀式の聖詠)などから発展してきたもののようですね。なので紀元前。
今私たちの耳にするグレゴリアンチャントなどは典礼のために9世紀ごろに整えられたもののようです。

>ゴッホの作品に、オーヴェールの教会を描いたものがありますが、少人数で敬虔な祈りを捧げ、自然発生的に生まれたものでしょうか。

きっと、もともとはそうなのかもしれませんね。
「オーヴェールの教会」、小さな村の教会の存在感。空が蒼暗いのに、道はなぜか明るく照らされているようで。好きな絵ですわ。
「夜のカフェテラス」「星月夜」などもすきです。


ニュース速報。 投稿者:Keen  投稿日: 5月14日(水)10時07分56秒

本日の読売新聞朝刊によりますと、

            ※
 
◆本格ミステリ大賞に乙一さんら

第3回本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ主催)は13日、小説部門に乙一(おついち)さん(24)の「GOTH」(角川書店)、評論・研究部門に笠井潔さん(54)の「探偵小説論序説」(光文社)が選ばれた。

            ※

とのことです。
日本一の発行部数を誇る新聞だそうですが、「てにをは」の用法が間違ってるあたりも笑えます。大変小さな記事でしたので、そこまでチェックしてもらえなかったんでしょうか。

園主さま、これが「実利」でございますね。


雨が降っています。 投稿者:ino  投稿日: 5月13日(火)21時26分38秒

☆園主さま

 誤解を招くような物言いを致しまして申し訳ありませんでした。私は見知らぬ 浄土真宗の寺院の住職や、見知らぬ信者の方相手に法論は致しません。が、友人とは法論を致します。信仰に関することでのおふざけを今後致しません。相手をしてくださったAOIさま、申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

☆AOIさま

 今日、レンタルショップで、ヘリング・ミコワイ・グレツキとスラヴァ「アヴェマリア」を探しました。スラヴァがありました。聴きました。オーバーヒートぎみの頭が、極上の声に癒されるのを感じました。
 陳腐な言い方ですが、抑制されたシンセ(であろう)アレンジが最大限に声の力を引き出していると感じました。高音の少しテンションを落とした声が好きです。
 聴いていて、天を強く感じさせる歌であるとも、主観的ですが、思いました。でも声の強さ清らかさは確かにこの地で発せられていることに思いを馳せました。
 私はキリスト教のことはあまり知りません。聖歌はいつ頃から歌われ始めたのでしょう。ゴッホの作品に、オーヴェールの教会を描いたものがありますが、少人数で敬虔な祈りを捧げ、自然発生的に生まれたものでしょうか。ご存知のことがおありでしたらご教示ください。

☆影姫@カンノンサマさま

 レンタルショップで「筋少」探しましたが見つかりませんでした。残念ですまた探してみます。
 サウンド的には「筋少」が好きでしたので、手始めにと・・・。

☆アーニャさま

 わざわざありがとうございます。「レディオヘッド」探してみます。楽しみです。keenさまにもよろしくお伝えください。


ランダムな亀レス。 投稿者:アーニャ  投稿日: 5月13日(火)17時35分28秒

☆AOIさま

>ご明察!47000は私めがいただきましてよー!おーっほっほ!

じゃあ、Keenさまと全く同時刻にアクセスなさってたのね。だって、Keenさまが「投稿」した時のカウンターが「47001」だったそうですもの(笑)。

>でも、ラッキーなことばかりではありませんわ。

「禍福はあざなえる縄の如し」ですわね。それにしても「アリス・2」がもう、だなんて、都会は回転が早いのねー☆
ちなみに、Keenさまは昨日、ついに念願の「セイウチ」をゲット&9種類全員集合を果 たされました。数えてみたら、これがまたしても「21個目」で、前回と全く同打率なのですわ……「暗合の女王」健在。

『カストラート』、まだ観てません(泣)。近日中には、きっと!

☆アリョーシャ

>杉澤さまについても、貴方さまについても、厳しく批判を加えましたが、それは身も知らぬ 貴方がた個人が、憎くて書いたわけではありません。(>よたろうさま)

アリョーシャったら〜、こんなところでまで「幸の君」しなくっていいのよ〜☆
「身も知らぬ貴方がた」……「変換の妙技」、というべきかしらね(爆笑)。

>最後にホランドくんは、私の顔をマジマジと見て「貴方はだれ?」とカマシてくれましたので、私は「何語なんだ、今の言葉は?」と返しておきました(笑)。

うーん、このオチも悪くないけど、やはり古典的に「ここはどこ?」「私は誰?」も捨てがたいわね〜。(^0^*

>福島さんには、個人的な思い出もあるんだが、自慢話的になると嫌なので、そのうちコッソリと教えてやろう(笑)。

それは楽しみね♪ただし、「忘れなかったら」でしょ?(笑)

>> 『シャドー・オブ・ザ・バンパイア』
>> ……デフォーさまっ♪
>> 断末魔のシーン、サイコーですっ♪♪

>なんだかなあー……。(^-^;)

え〜?なんでよお〜!
バンパイアの「演技」としての断末魔と、ラストの「本物」とを比較すれば、デフォーさまの演技力が歴然とわかるじゃないのー!それに、ジョン・マルコビッチ演ずる「ムルナウ監督」の冷徹な目とセリフまわしが、すごくイイと思ったわ♪オープニングの妖しげな雰囲気といい、なかなかの出来ばえ。「原作」の『ノスフェラトゥ』とあわせて観るのがお薦めね。

☆ホランドくん

そのうち、アリョーシャと一緒に『バーディ』観たら、感想聞かせてね。
私としては、ネコが「悪役」になってることに、いわく言いがたい思いがあるけれど、主役が「鳥」である以上、仕方ないわね。

☆よたろうさま

別の場所でニアミスしてるはずですけど、きちんとご挨拶するのは初めてかしら。
「アレクセイの花園」の飼い猫、アーニャです。現在は「アレクセイ邸」よりも実家の「Keen家」で過ごすことが多いのですけど、気まぐれに出没しますので、よろしくお願い致しますわ。

鷹里さまともども、早速アリョーシャの「洗礼」を受けられたようですわね(笑)。
でも、ここの常連の方々は、皆さま通ってきた道ですのよ。この「花園」は、別 名「虎の穴」とも申しますの……(よたろうさまなら、このギャグご理解頂けますわね?/笑)。
アリョーシャも言ってますけど、恐れることはありませんわ。ぜひ、またのお越しを。

☆inoさま

亀レスですが、Keenさまからの伝言です。

ブリティッシュ・ロックがお好きでしたら、「レディオヘッド」がお薦めです。
ギター中心の、いかにもロックらしい構成の「OK COMPUTER」、抽象性が増した「KID A」、少しブルースかジャズっぽいテイストが加わった「AMNESIAC」が好きです(発表もこの順)。輸入盤しか持ってませんので、日本でのタイトルが違ってるかもしれませんが、あしからず。
なお、薦められたモノを、「マジメに」全部そろえたりなさいませんように(笑)。
売れてるバンドですからレンタルもありますし、気が向いたら、でいいですよ。


それでは皆さま、ごきげんよう。にゃあ〜♪


とりあえず 投稿者:AOI  投稿日: 5月13日(火)13時15分05秒

☆園主さま

>> 謝罪についてはお受けします。
>> お時間がないということについても再三言われていることでもありますし、よくわかります。
>> ホランドさま、園主さまも同様と思いますし、ホランドさまもそのことは十分了解されているはずと思います。(AOI>杉澤さま)

>もちろん『時間がないということ』については承知しております。ですからこそ、短くとも「誠実」な回答を期待するのでございます。したがって私の場合、こんな「謝罪」は受けられません。「とにかく、謝っとけば済む」という「議論拒絶」を、看過するわけにはいかないからでございます。(園主さま>AOI)

・「ホランドさま、園主さまも同様と思います」と書いたのは、おふたりともお忙しいと言う点では杉澤さまと同様だと思うという意味です。
・「ホランドさまのそのことは十分了解されている」というのは、杉澤さまがお忙しいということは十分了解されているはずという意味で書いたものです。

おふたりも謝罪を受けられるはずだという主旨で書いたものではありませんでした。紛らわしい書き方でごめんなさい。一応お断りしておきますね。


*杉澤さまもあえて何を言われているのかきっとわかってくださるはずですね。


>『いじわる』ではなく、前のカウンターが一度停止した後、一時復旧したかに見えた時に表示されていた、誤ったカウントを記録していたのでございます。

間違いだったのね(笑)。
おかしいなあ。4万もへってるけど、カウントの方式を変えられたのかなと思ったり(ほか掲示板のカウントは別 にしたとか)

>『3れんちゃんできず』というのは、来園の度に「切り番」を踏むことができなかった、と意味なのでしょうか? 

87000が踏めなかったっていうことです(笑)。85000、86000、87000で3れんちゃん。47000は一瞬のタイムスリップですね。
そういえば、タイムスリップグリコはもう、買うのやめましたわ。だって、ウルトラマン系が2個(ケムール人2)ほか11個。カタログからするとウルトラマン系とほかは2対3の割合なのにね。ぷんぷん。

ま、いずれにしても100000は、わたくしめがいただきよ!
オーッホッホ♪!


園主様に 投稿者:よたろう  投稿日: 5月13日(火)09時08分57秒

「笠井潔の件」について
長文に渡る詳細なご説明ありがとうございました。
>笠井潔は「権力を握り」「人の上に君臨すること」で、自己の欲望が満たされる、つまり「気持ちよくなれる」と感じている人間なのでございます。
この部分が私の肝になっていたように思います。

恐らくですが、私は園主様より一段低い場所を考えていたようです。子供じみた例えですが、「米大統領になって」→「世界を支配したい」と考えるとき、権力を握る(米大統領になる)ことは手段であって、目的は「世界を支配する」ことだと言うレベルですね。ところがその先に「世界を支配する」ことは「気持ちが良い」という、より根本的なレベルがあったということに気がつかされたのです。幼児的全能感の回復という言葉は知っていても、それは、こう、「小学生が泣いてただをこねる」程度のものだと漠然と想像していたのであって、これほど人間を骨絡みに捕らえているものだという認識はありませんでした。

これは私がこのように納得をしたということであって、園主様の本意とはまた別 のものなのかもしれませんが、とにかくそのように納得いたしました。

「杉澤鷹里さまの件」について
これに関しましては、一言半句とも反論できる余地は残されておりません。まさに心裡を覗かれ、指摘され、恥じ入るばかりです。「ごめんなさい」と園主様に対して謝ってしまいそうになりますが、恐らく求められているものは事なかれ的な謝罪などではないと思われます。自分自身の愚かさを認めることだけが求められているのだと思います。ですから、

私は私の愚かさを認めます。

今回のことは、私にとって良い教訓になりました。いかに自分が傲慢で、自分の文章に対して無責任に放言していたかと思うと、まったく恥じ入るばかりです。しばらくは文章を書くことが怖くなるかもしれません。

それでは、失礼します。


カウント数修正報告 投稿者:園主  投稿日: 5月13日(火)03時53分13秒

みなさま、新しいカウンターの始期設定が間違っていたことに気がつき、先程、修正させていただきました。



 AOI さま
> いつの間にか、目減りしているんですもの3れんちゃんできず、いじわるなんだからー!>園主さま

『いじわる』ではなく、前のカウンターが一度停止した後、一時復旧したかに見えた時に表示されていた、誤ったカウントを記録していたのでございます。修正の結果 、88000を通り越してしまいましたが、悪しからずご勘弁下さいまし(^-^;)。



それでは、みなさま、今度こそ本当に、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


ご報告とお詫び 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)23時27分01秒

みなさま、私、『確かに・・・ 投稿者:AOI  投稿日: 5月12日(月)00時31分35秒 』のご投稿を見落としており、先ほど、アップさせていただしました。そのため、一部、会話に食い違いがでておりますが、ご容赦下さいまし。




 AOI さま
たいへん失礼いたしました。記してお詫びいたします。

> ご明察!47000は私めがいただきましてよー!おーっほっほ!

おめでとうございます(笑)。

> いつの間にか、目減りしているんですもの3れんちゃんできず、いじわるなんだからー!>園主さま

『目減り』というのは、カウント数のことでしょうか? それならば「欲」をかかない程度に、調整できたということでございましょう(笑)。

『3れんちゃんできず』というのは、来園の度に「切り番」を踏むことができなかった、と意味なのでしょうか? だとすれば、2れんちゃんでも充分に凄うございますよ。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


知性の微睡み(16) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時42分11秒


 アーニャ
>>「薔薇色の骨」(福島泰樹)

>『創元推理 4 <'94年春号> 』の「追悼・中井英夫」という特集に載ってたものじゃないかしら。
> Keenさまが引用してた弔歌を含む7首が「薔薇色の骨」と題されてて、それとは別 に、「幻町より海辺の墓地を眺望せよ」という文章もあるわ。

そうだったかな。たぶん、おまえの記憶の方が確かだろう。太鼓判を押すよ(笑)。

ちなみに「幻町より海辺の墓地を眺望せよ」が収められている同名の単行本は持っている。本多さんから「署名本がありますが、いりませんか?」と言われたので、つい買ったんだが……、まだ読んでいない(^-^;)。

福島さんには、個人的な思い出もあるんだが、自慢話的になると嫌なので、そのうちコッソリと教えてやろう(笑)。

> 他には、笠井潔、竹本健治、綾辻行人、本多正一……といった方々の寄稿も。
> ここに「田中幸一」もあったらよかったのになあ☆

取り合わせの妙で、古書価が上がっただろうな、将来(笑)。

> 『シャドー・オブ・ザ・バンパイア』

> ……デフォーさまっ♪
> 断末魔のシーン、サイコーですっ♪♪

なんだかなあー……。(^-^;)


 ホランド
> 『動物化する世界の中で』にかんする「笠井潔批判」論文を楽しみにしております(笑)。

笠井潔が、真にのぞんだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性

どうだろう? かなりわかりやすく書いたつもりなんだが。

> さて、ここで私には判らないことがあるのです。それは笠井氏がそれほどの八面 六臂の活躍ぶりで「文壇政治」に精を出し、それが実りつつあるとして、その事実が笠井氏に一体いかなる利をもたらすのかということです。これは「気分がいい」などと言ったことではなく、あくまでも実利があるのかと言う疑問です。(<よたろうさま)

まさか、こんな質問が出てくるとは思わなかった。やっぱり、いろんな人の感想を聞いてみるものだな。今回の説明で、より多くの人に、私の論文の意図するところを、さらに理解してもらえるだろうと思う。




それでは、みなさま、本日はこれにて失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


知性の微睡み(15) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時40分54秒


 よたろう さま(つづき)

> 不愉快に思われたのでしたら、謝ります。

そして、最悪はここ。
すでに杉澤さまのところで書いたことですが、これは「自分の非」を認めていない者特有の、「無反省」で「内容空疎」な「形ばかりの謝罪」でございます。

言うまでもなく、「謝罪」というのは、自己の「罪を謝る」行為であり、自分に罪がないのに、相手が「不愉快に思」ったからといってするものではございません。つまり、謝罪とは、自分の間違った「思い」や「主張」や「言葉」によって、他者に不当に「迷惑」や「不快な思い」をさせたと自覚できた時に、「その事実を認めた上で」なされる行為なのでございます。

ところが、杉澤さま同様、貴方さまも「自分の非」は一切認めていない。その上で『素直』ぶって『謝罪』してしまう。これは『不誠実』そのものでございましょう。

つまり貴方さまの選んだものは、「話がややこしくなってきたので、ひとまず謝っておけ」という、いたって「不誠実」な態度なのでございます。

今後も、公の場所で文章を書かれるおつもりでしたら、私が、念のためにお教えしておきましょう。これが最低限の「マナー」であり、「常識」でございます。

(1)他人に文章を読ませるからには、その文章については「責任」を負わなければならない。
(2)「責任を負う」とは、その文章の意図が伝わらないようであれば、それに関する懇切な説明を加える(アフターケア)。あるいは、明らかに「間違い」があれば、その事実を認め、謝罪して、訂正する、ということ。
(3)もし、「責任を負えそうにない」と思える文章(意味不明、論旨曖昧、推敲不足など)なら、それを責任をもって「非公開」とする。

> そんなに恐がらないでくださいな。(^_^;)
> 曖昧な考えを曖昧なままに書いて「不誠実だ」って言われたことは、今までないはずですわ。(断言)(<AOIさま)

AOIさまが、とても気を使って下さっているので書きますが、私は、相手がプロであろうとアマチュアであろうと、間違い(だと判断したこと)を「間違いだ」と指摘することに遠慮はいたしません。しかし、それは「決めつけ」ではなく、「反論」に応じる構えのあることを自明の前提とした、「意見表明」に過ぎないのでございます。ですから、相手が納得できる説明(反論)をすれば、私はその意見を撤回することもあるし、謝罪もいたします。しかし、納得のいかない反論なら、その意見の納得いかない部分について、さらに意見を言い、説明を求めます。……これが「議論」というものなのでございます。

言うまでもなく、他者に対する「意見表明」には、おのずと、この「議論」がついて回ります。たまたま相手が、発話者と同様に「自己の発言に無責任な、議論を避ける人」であれば、うやむやのうちに済んでしまうこともあるでしょう。ですが、それは「例外」であって、そのようなことを「一般 」に期待し、無責任な意見表明を繰り返すことは許されません。それでこれまで通 ってきたから、今後もすべてそれで通るというわけではない。それは、笠井潔が「ミステリ業界では、それで通 った」が、東浩紀や私には「政治の論理」は通らなかった、というのと同じことなのでございます。

私は、アマチュアとは言え「批評」を書いております。ですから、自他の対して、いい加減なことは書けません。ですから、杉澤さまについても、貴方さまについても、厳しく批判を加えましたが、それは身も知らぬ 貴方がた個人が、憎くて書いたわけではありません。あくまでも「書かれたもの」に納得がいかなかったから、「納得がいかない」と書いたに過ぎません。

ですから、私を恐れる必要はございません。私が求めているのは、世間並みの「常識」に過ぎないのでございます。貴方がたが、無用な「気取り」や「怯え」を捨てて、率直に書くのならば、何も恐れることなどないのでございます。

以上は、あえて書くまでもない「常識」ばかりですが、『暗黙の了解があるなら先に言っといてくれ。』とのご希望にそって書かせていただきました。これが「社会常識」でございます。よく読んで、ご理解下さいまし。





( 以下は「知性の微睡み(16)」につづく)


知性の微睡み(14) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時39分52秒


 よたろう さま(つづき)

さて、ここまで書き上げた後に『こんにちは  5月12日(月)00時45分05秒 』を確認いたしましたので、以下に、追加のかたちで書かせていただきます。

>> 杉澤さまは明確に〜

> え〜、これは私の書き間違いですね。正しくは「ある言動が「不誠実」で「はぐらかし」だと受け手が感じることには、二つの場合があります。」です。その意味で書きました。ここで訂正させていただきます。

これは『書き間違い』ではすみません。主語が変わったのでは、話にならないではないですか。それに「一般 論」の結果、どうして『この掲示板』への「個別の提案」がなされるのでございましょうか? 「杉澤さまの件」で『この掲示板』への提案がなされるのは筋が通 っておりますが、「一般的な話」を理由に、いきなり『この掲示板』だけに提案がなされるというのは、文字どおり「理不尽」でございます。

また、そもそも、訂正した後の「一般論」としての主語である『ある言動が』が正しく、もとの『杉澤氏の言動が』が間違いだったというご主張は、著しく信憑性に欠けて説得力がなく、「誤魔化し」という印象が否めません。
なぜならば、ここに使われている『不誠実』『はぐらかし』という言葉は、明らかにホランドくんの言葉を踏まえたものであり、そのホランドくんの言葉は『ある言動』などという「曖昧」なものに対して向けられたものではなく、明確に『杉澤氏の言動』に向けられたものだからでございます。したがって、『「不誠実」で「はぐらかし」だと』などと「かっこ」書きで書くのであれば、ここで語られるのは、当然、今回の『杉澤氏の言動』の問題でなければ「無責任」だということにもなりましょう。
つまり、よたろうさまのご主張は、著しく一貫性を欠いており、普通に読めば、ことが荒立つのを恐れて、「一般 論に回収し」て「逃げをうった」としか見えないのでございます。

> 曖昧な考えを曖昧なままに書いたときに、一方的に「不誠実だ」と言われるのは「怖い」から、暗黙の了解があるなら先に言っといてくれ。という恐怖感が先走った文章だと思って下さい。

ここの『一方的』という言葉も、意味不明でございます。貴方さまがおっしゃったように『己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述』したというのなら、それを他者から「不誠実だ」と言われた場合、「相手の見解」の間違いを、貴方さまが反論して、実証すれば済むことだからでございます。

「曖昧なこと」を書けば「誤解」が生じるのは、当然のこと。それが嫌なら「曖昧を曖昧と承知で書く」ような無意味なことをなさらなければ良い。それを、あえてするからには、それ相応の覚悟が必要でございます。つまり、批判が出た場合、自分の発言にたいして「説明責任」を果 たすのが、当然の義務なのでございます。なのに、貴方さまは『一方的』という形容詞を付すことによって、他者の否定的意見表明を封じようとなさっている。これは「わがままな甘え」以外のなにものでもございますまい。

要するに、貴方さまは「自分はなんでも好きなように書きたい(言いたい)。しかし、それに対して、否定的な意見を言ってもらっては、私が恐ろしく感じてしまうから、やめてもらいたい。曖昧なことを言ってはいけないと言うのなら、先に言っておいてくれ。でないと、私は自分の発言に責任を取らないよ」と言っているのでございますよ。これこそ、典型的に『一方的な』要求なのではございませんか?

言うまでもなく、「発言」には「責任」が伴います。そして、これはわざわざ断るまでもない「常識」でございます。
他人に向けて、理由もなくいきなり「君はバカ面しているな」と言えば、相手にぶん殴られても仕方がございません。後で「私に、君をバカにする意図はなかった。ただ一般 的には、君の顔はバカ面だと認識されるんだろうなあー、ということを、客観的に指摘したに過ぎないんだ。ボクが君の顔を、そう評価していることではない。君が、話を聞く耳持たぬ と言うのなら、あらかじめそう言ってもらわないと困る」などと間抜けな主張をするのと、同じことなのでございます。





( 以下は「知性の微睡み(15)」につづく)


知性の微睡み(13) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時38分12秒


 よたろう さま(つづき)

> これらを許さないということであれば、やはりこの掲示板の書き込みにはある種の規定を設けたほうがよいと思います。例えば「己の明瞭な思考のみを記述し、曖昧な思考はこれを表出しない。文学的な表現はせずに、記号の如く記述せよ」というような縛りを投稿者に課すべきではないでしょうか。

ここに言う『これら』とは、『ひとつめ』の『不誠実な態度』と、『ふたつめ』の『己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述』でございますが、これが『これらを許さないということであれば』というようなかたちで、一括りにできないものであることは明白でございます。ですから、正確を期して申しますと、

(1)もちろん『不誠実』は許しません。また、それに由来する「失礼」も同様でございます。私は「管理人」としての務めを、適うかぎり果 たしますから、「無責任な言動」を野放しにはいたしません。

(2)『己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述』は、それが可能なことであれば、もちろん許されます。
ただし、「許す」というのは、「表現すること」を許すのであって、その「内容」まで無条件に承認するということではございません。

また(2)が、別して意味するのは、「ハッキリしていることを、うやむやにさせはしない」「誤魔化しは許さない」ということなのでございます。

そして、何度も申しますとおり、今回、ホランドくんが問題にしたのは、杉澤さまのそれが『己の明確な思考を「不誠実に」曖昧化した記述』だったということ。つまり「誤魔化し」だったということなのでございます。

ちなみに、「本掲示板(あるいは、私)への提案」として、貴方さまが例示しておられます、

> 「己の明瞭な思考のみを記述し、曖昧な思考はこれを表出しない。文学的な表現はせずに、記号の如く記述せよ」というような縛り

は、ほとんど意味がございません。
なぜなら、曖昧な思考しかできない人は、自己の曖昧な思考を、曖昧だとは認識し得ないからでございます。それを本人に望むのは「無理=非論理」でございましょう。
つまり「自己の内部」では「明瞭な思考」であったとしても、それが他者の前に提出された段階で、それは「他者の基準」によって測られます。ですから、本人としては「明瞭な思考しか語らない」努力をしていても、残念ながら、他者にとっては、それが必ずしも充分に「明瞭な思考」だという保証にはならないのでございます。「明瞭さ=曖昧さ」というものは相対的なものであり、そもそも他者のそれとの(第三者による)「比較」なしには、存在しないものだからでございます。

また『文学的な表現』と「『記号』の如き『記述』」と対置するのも、無意味でございましょう。たぶんこれは『文学的な表現』を多義的、「『記号』の如き『記述』」を一義的、と理解したうえでの対置なのでございましょうが、『文学的な表現』の「多義性」というのは、「デタラメ」や「無内容」や「無意味」や「曖昧」や「思わせぶり」の言葉ではなく、「意識的な」つまり「明晰な」多義性であり「豊かさ」を指すのでございます。

つまり「豊かな意味」がくみ出せる表現を「文学的」と評するのであって、何の意味もなさない「貧困=無意味」な表現を「文学的」とは言わないのでございます。そして、「無意味」なものに、非論理的に「意味」を見い出す行為は、一般 に「妄想」あるいは「オカルト」と呼ばれます。
そうした意味でも、「曖昧な表現」と『文学的な表現』を短絡させるのは、厳に謹まなければなりません。でなければ、かつてのポストモダン思想ブームの時のように、読んでもいない『ミル・プラトー』を小脇にかかえて、意味もわからず「器官なき身体」だの「リゾーム」だのといった言葉を唱えていた、多くの「恥ずかしい大学生」の二の舞いを踏むことになりましょう。





( 以下は「知性の微睡み(14)」につづく)


知性の微睡み(12) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時37分18秒


 よたろう さま(つづき)
さて、つぎは「杉澤鷹里さまの件」でございます。

> それから杉澤氏の問題で、少々考えたことがあるので意見を述べさせていただきます。杉澤氏の言動が「不誠実」で「はぐらかし」だと受け手が感じることには、二つの場合があります。

> ひとつめには、明瞭な考えを敢えて不明瞭に記述している場合。これは確かに不誠実な態度でしょう。

> ふたつめには、己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述している場合です。この場合受け手にはひとつめと同じように不誠実に映るかもしれませんが、本人にとっては誠実な行動であるでしょう。

> これらを許さないということであれば、やはりこの掲示板の書き込みにはある種の規定を設けたほうがよいと思います。例えば「己の明瞭な思考のみを記述し、曖昧な思考はこれを表出しない。文学的な表現はせずに、記号の如く記述せよ」というような縛りを投稿者に課すべきではないでしょうか。

> 思考の明瞭、不明瞭について問題にされたのではないということはおわかりになりませんでしたでしょうか?(<AOIさま)

これはAOIさまのおっしゃるとおりでございましょう。ホランドくんが問題にしているのは、杉澤さまの、

> そうだ、このかんじ。この議論のための議論に堕していくような、細部に嵌入していくような徒労感。すっかり忘れてた。懐かしいと思った。

といった言葉に代表される『高校生程度の国語能力があれば、相手に対して失礼なものだということくらいわかる』はずの「物言い」なのでございます。もちろん杉澤さまが「私には、その能力もないのです」と認めれば、一見は落着。無い物ねだりをしても、無駄 でございますからね。
ところが、杉澤さまはご自身、自分は長年いろいろ考えてきた、ただそれが非常に微妙なものを含むので、普通 の言葉ではうまく表現できないでいるのだ、という主旨のことを書かれ、平たく言えば「人並み以上の、感性と知性」を自ら主張なさっているのでございます。で、それならば当然「そんなに賢いんだったら、あれが失礼な言い方だったということくらいは、当然わかっているだろう。つまり意識的に失礼な発言をしたということだ。ならば、それが許されないことだってのもわかるはずだ」となります。

つまり、杉澤さまは「失礼な発言を無自覚にする程度の頭の持ち主であることを認める」か「失礼な発言をして、それで通 ると思うほど、思い上がった人間であったことを認める」かの、いづれかしか選択の余地はないということなのでございます。





( 以下は「知性の微睡み(13)」につづく)


知性の微睡み(11) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時36分21秒


 よたろう さま(つづき)

> それとも、こうした活動の涯にもたらされるものは、やはり精神的な充足感だけなのでしょうか。かつて自分がアイドルになれなかった夢を子供に託す母親のように、全共闘時代にできなかったことを今、ミステリ業界で達成しようとしているのでしょうか? 江戸の敵を長崎で、という理屈なのでしょうか。その笠井氏の動機の部分が理解できないので、どうにも園主様の批評及び主張がすっきりと納得できません。この辺り差し支えのない範囲で結構ですので、説明頂ければと思います。

『それとも、こうした活動の涯にもたらされるものは、やはり精神的な充足感だけなのでしょうか。』
……この問いにかんしては、前述のとおり。本当にもたらされるものならば、『精神的な充足感だけ』で充分なのでございますよ。……しかし、笠井潔のようなやり方では、最終的には、そうしたものは得られないだろう、と私は考えるのでございます。また、だからこそ私は、笠井潔やその取り巻きたちと同じようなことをしようなどとは考えないのでございます。

『かつて自分がアイドルになれなかった夢を子供に託す母親のように、全共闘時代にできなかったことを今、ミステリ業界で達成しようとしているのでしょうか? 江戸の敵を長崎で、という理屈なのでしょうか。』
……ですから、これは『江戸の敵を長崎で』というようなことではございません。笠井潔の行動は「権力指向」という点で、一貫しております。ただ「環境=舞台」が変わったに過ぎないのでございます。

『その笠井氏の動機の部分が理解できないので、どうにも園主様の批評及び主張がすっきりと納得できません。この辺り差し支えのない範囲で結構ですので、説明頂ければと思います。』
……したがって、動機は明白でございましょう。笠井潔は「権力を握り」「人の上に君臨すること」で、自己の欲望が満たされる、つまり「気持ちよくなれる」と感じている人間なのでございます。ですから、彼は、置かれた状況の中で、できるかぎり「上の位 置に立とう」といたします。「他人を支配しよう」といたします。これが究極の目的である「全能感=究極の満足感」に到るための、彼の「手段」だということなのでございます。

貴方さまが、私の『批評及び主張がすっきりと納得でき』ないのは、人間が生きる上での「目的」と「手段」を取り違えているからなのでございます。だから『それとも、こうした活動の涯にもたらされるものは、やはり精神的な充足感だけなのでしょうか。』と問わざるを得なかったのでございます。





( 以下は「知性の微睡み(12)」につづく)


知性の微睡み(10) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時35分30秒


 よたろう さま(つづき)

> 例えば、自分の臣下にしか出版を許さないとか、己に与さない新人作家はデビューさせないなどといった状況があるのでしょうか。もしも、そうした状況があるとしたら、それは笠井氏にとってどんな意味があるのでしょう。笠井作品と氏の亜流作品しか存在しないというお寒い状況を招くことにどんな意味があるのか、私には理解できません。文壇という狭小な社会/世界に君臨することに一体どんな意味があるのでしょうか。

『お寒い状況を招くこと』『文壇という狭小な社会/世界に君臨すること』に『一体どんな意味があるのでしょうか。』……この問いは、いったい誰に発せられているのでしょうか? 笠井潔にでしょうか、それとも私にでしょうか?

笠井潔にそう問えば、どのみち本人に自覚はないのですから、その問い自体を否定することでしょう。私への問いだとすれば、私はもちろん「マイナスの意味しかないですよ。しかし、人はそういうものを無自覚に求めがちだし、それは貴方だってそうでしょう?」と問い返すことでございましょう。

例えば、貴方さまはクラスで一番の成績をとって、天下を取ったような気分になったことはありませんか? 「なんだ、あれくらい簡単じゃないか」と言って、人を傷つけたことはございませんか? ちょっと人に誉めてもらえたり、女の子にもてたりしただけで、有頂天になったことはありませんか? 稀少なコレクターズアイテムを手に入れて小躍りし、人に自慢したりしたことはありませんか?

……このように、人間というものは、価値観を共有しない他人から見れば、まったく無価値なものに、たいへんは価値を見たり、またその逆に、ある人にとってはとても「大切なもの」を、まったく「無価値なもの」と断じたりする生き物なのでございます。つまり、人間の価値は多様ですから、極論すれば、世の中のすべてはそういう「相対的な価値」しか持たないと言っても、決して過言ではないのでございましょう。極端な例で言えば、大抵の日本人にとっては「イラクの罪もなき子供たちの命」はとても「大切なもの」でございますが、アメリカの一部の政治家や大金持ちにとっては「イラクの罪もなき子供たちの命」など、「ペットのインコの命」よりもずっと「無価値なもの」であることは疑いえないのでございます。

しかし、このような極端な例をも含めて、本質的にこれは「お互いさま」なのでございます。ですから、他人の行為を批判する時、自分の価値観で一方的に相手を裁いても、何の意味もございません。大切なのは、相手も共有できる「共通 の価値観」において断罪し、反省を促すことなのでございます。だからこそ、私は、「笠井潔の過去の主張」を引っ張ってくるのでございますよ。「価値観の相違」だと言い逃れをされないように。

そんなわけで、『お寒い状況を招くこと』『文壇という狭小な社会/世界に君臨すること』に『一体どんな意味があるのでしょうか。』というような「自己の価値観」を自明の前提とした(絶対化した)、あらかじめ答の出ている「他人への問い」など、それこそ、ほとんど何の意味もございません。こうした問いは、自分に向けて発してこそ、意味があるものなのでございます。
曰く「自分は、つまらないことをやって、独り悦に入ったりしていないだろうか? 他人は、私の言動を見て、軽薄な奴だと笑ってはいないだろうか? そう思われないように、自身、襟を正そう。そのうえで、他人の理非曲直を質していこう」。





( 以下は「知性の微睡み(11)」につづく)


知性の微睡み(9) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時34分25秒


 よたろう さま(つづき)

> さて、ここで私には判らないことがあるのです。それは笠井氏がそれほどの八面 六臂の活躍ぶりで「文壇政治」に精を出し、それが実りつつあるとして、その事実が笠井氏に一体いかなる利をもたらすのかということです。これは「気分がいい」などと言ったことではなく、あくまでも実利があるのかと言う疑問です。

つまり、貴方さまは「ただ『気分がいい』だけではつまらない。やはり『実利』を求めるはずだが、では、それは具体的に何なのだ?」と問われておられるのでございますが、笠井潔が求めているのも、所詮は『気分がいい』状態であり、貴方のおっしゃる『実利』というのは、その目的を達するために「手段」に過ぎないのでございます。

もちろん、前述しましたとおり、「手段としての、実利」が得られなければ、なかなか「結果 としての、気持ちよさ」は得られませんから、当然、何らかの「実利」を得ようとはすることございましょう。ですが、それが「目的」ではないし、そこが「肝心」でもないのでございますね。
したがって『実利』を列記しても、あまり意味はないのでございますが、具体的に書かないとピンと来ない方も多ございましょうから、ひとつだけ代表的な『実利』をご紹介いたしましょう。

それは、自作『オイディプス症候群』が、「2003 本格ミステリ・ベスト10」(「探偵小説研究会」編著・原書房)で堂々の(?)第一位 に選ばれ、本の売り上げが増えたこと(栄誉と実益)。また、その余勢をかって、「本格ミステリ大賞」(本格ミステリ作家クラブ 主催)の第3回小説部門受賞作になる可能性も大だということ。
同賞第3回では、評論部門でも笠井の本が候補に挙がっており、予選委員の面 子と、選ばれた候補作を見れば、これが笠井の「文壇政治」の成果であるのは、明らかなことでございましょう。

ともあれ、詳しくは、「過去ログ」の以下の文章を、ご参照下さいまし。

(1)天路の奈落、あるいは必然的頽落 (2002年12月 8日分)
(2)『文春ミステリーベスト10』に見る推理小説業界の「勢力地図」 (2002年12月28日分)
(3)「本格ミステリ大賞」の実態(2003年3月11日分)
(4)戦いは続く(2003年3月30日分)





( 以下は「知性の微睡み(10)」につづく)


知性の微睡み(8) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時33分22秒


 よたろう さま(つづき)

ここで少し遠回りをして、一般的な「人間心理」について書いておきましょう。

まず「人は何を求めて生きるのか?」という人間存在の根源的問いでございます。これにはいろいろな答え方が可能でございますが、異論のありえない答のひとつが「気持ちよくなるために」というものでございます。つまり人間は、「気持ち良さ」を求めて生きております。これに、例外はございません。

食事をするのも、睡眠を取るのも、いやいや仕事をするのも、恋をするのも、セックスをするのも、子供を育てるのも、テレビを見るのも、哲学書を読むのも、難問を解こうとうんうん唸るのも、喧嘩をするのも、慈善運動をするのも、挨拶をするのも、刺青を入れるのも、絵を書くのも、小説を書くのも、世界平和を願うのも、信仰をするのも、革命家になるのも、金儲けをするのも、権力者に擦り寄るのも、人を馬鹿にするのも、体力の限界に挑むのも、パンチドランカーになるまでボクシングを続けるのも、手術しなければ死ぬ とわかっていて手術しないのも、金儲けをするのも、立身出世を願うのも、整形手術をするのも、自殺をするのも、SMクラブで女王さまに鞭でしばかれるのも、犯罪をおかすのも、……人が、強制されることなく、自分からなすことのすべては、(直接的・間接的の違いはあれ)何らかの「快楽=気持ちよさ」をそこに期待し、それを得るためになされるのでございます。

例えば、歌の歌詞にも『君の行く道は 果てしなく遠い だのになぜ 歯を食いしばり 君は行くのか そんなにしてまで』というのがございますが、この『なぜ』という問いへの究極の答は「それが気持ちいいから」なのでございます。もちろん、これは言い換えれば「それをしないと気持ち悪い(満足できない)から」ということでもございます。

人が、「お金儲け」をするのも、「地位・名声」を欲するのも、「美貌」を欲するのも、その究極の目的は「気持ちよくなるため」でございます。もちろん中には、その目的を見失い、「金儲け」や「地位 ・名声」「美貌」などの獲得といった「気持ちよくなるための・手段」を「目的」だと勘違いする人も多数出てまいりますが、それは一種の「倒錯」でしかございません。人は、もし「何をしなくても(何を得なくても)」幸福感(気持ち良さ)に満たされるのであれば、あえて行動は起こさないものなのでございます。

ですが、発達心理学の知見が説明しますとおり、母胎の中で全能感(完璧な幸福感)に微睡んでいた子供も、この世に生まれでた途端、そこから始まるのは「喪失の歴史」であり、それを補完する形での「幸福感回復活動の歴史」でございます。つまり、人はこの世に生まれた瞬間から「欠落感(=不満感=不快感)」を持っており、それを埋めようとする本能が、そのまま「生きる力」ともなっているのでございます。そのような意味で、人が生きることの「究極の目標」は、平易に言えば「気持ちよくなること」。ちょっと硬い言い方をすれば「全能感の回復」なのでございます。

さて、ここまで説明すれば、貴方さまの質問が、ある種の倒錯にとらわれているが故に発せられたものであることがお分かりいただけましょう。





( 以下は「知性の微睡み(9)」につづく)


知性の微睡み(7) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時14分28秒


 よたろう さま(つづき)
まずは「笠井潔の件」について。

> さて、ここで私には判らないことがあるのです。それは笠井氏がそれほどの八面 六臂の活躍ぶりで「文壇政治」に精を出し、それが実りつつあるとして、その事実が笠井氏に一体いかなる利をもたらすのかということです。これは「気分がいい」などと言ったことではなく、あくまでも実利があるのかと言う疑問です。

> 例えば、自分の臣下にしか出版を許さないとか、己に与さない新人作家はデビューさせないなどといった状況があるのでしょうか。もしも、そうした状況があるとしたら、それは笠井氏にとってどんな意味があるのでしょう。笠井作品と氏の亜流作品しか存在しないというお寒い状況を招くことにどんな意味があるのか、私には理解できません。文壇という狭小な社会/世界に君臨することに一体どんな意味があるのでしょうか。

> それとも、こうした活動の涯にもたらされるものは、やはり精神的な充足感だけなのでしょうか。かつて自分がアイドルになれなかった夢を子供に託す母親のように、全共闘時代にできなかったことを今、ミステリ業界で達成しようとしているのでしょうか? 江戸の敵を長崎で、という理屈なのでしょうか。その笠井氏の動機の部分が理解できないので、どうにも園主様の批評及び主張がすっきりと納得できません。この辺り差し支えのない範囲で結構ですので、説明頂ければと思います。

このご質問は、たいへん面白うございます。と申しますのも、東浩紀の「笠井さんの党派争いに巻き込まれるのは御免だ」という批判的な指摘に対し、

『一体、どんな思考回路からこのような妄想と邪推が生じるものか、僕は「愕然」あるいは「呆然」とします。「かつて『批評空間』がらみで業界内の党派争いに巻き込まれた経験」の傷が、背景にあるのでしょうか。』
                   (『動物化する世界の中で』より)

などと臆面もなく応えてみせる笠井でございますから、私の当該論文による批判に対しても「一体、どんな思考回路からこのような妄想と邪推が生じるものか、僕は「愕然」あるいは「呆然」とします。そんなことまでして、僕にどれほどの実利があると言うのでしょう。」などと、とぼけてみせる可能性が大いにあるからでございます(笑)。

さて、貴方さまのご質問を要約いたしますと、『「文壇政治」に精を出し、それが実りつつあるとして』『実利があるのか』『やはり精神的な充足感だけなのでしょうか』ということになります。
そして、こうまとめれば、貴方さまの「質問(疑問)の立て方の問題点」も見えてまいりますし、答も自ずと明らかなのではございませんでしょうか。

つまり、ご質問の答は「もちろん実利もある。ただ、それは副次的なもので、最終目的は『気持ちがいい』ということである」ということになりましょう。
つまり、問題は「二者択一」ではないのでございますね。なぜなら「気持ちいい」という「結果 」は、「実利」と密接に絡んでおり、別々に存在するものではないからでございます。





( 以下は「知性の微睡み(8)」につづく)


知性の微睡み(6) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時13分21秒


 よたろう さま
はじめまして、ようこそおいで下さいました。こころより歓迎いたします。

私は、かつての「掲示板荒らし」の件で、連帯責任を取らされて(笑)、今は『少年回廊』掲示板を閲覧できないのでございますが、聞くところによりますと、当時とはかなり常連さまの面 子が変わったようでございますね。楽古堂さまも書き込みをしておられるようですし、今はどんな雰囲気なのか、ちょっと覗いてみたいところなのでございますが、それが適わないのは、まことに残念なことでございます。

> 今回、園主様の批評『笠井潔が、真に望んだこと。--往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性』を拝読いたしまして、「あ〜、オレも少年回廊で『モーツァルト竹本とサリエリ笠井』って書き込んだなぁ」と、自分と同じことを考えていた人を発見できて喜んでおります。

いいえ、あれは、そういう発言があったというのを伝え聞いて、「それは傑作だ!」と思い、紹介させていただいたのでございます。したがって、あの発言は、貴方さまのものでございましょう(笑)。

さて、今回は「笠井潔の件」と「杉澤鷹里さまの件」につき、ご質問をいただきましたが、こうした疑問を持つ方も少なくなかろうかと存じますので、みなさまへのご説明を兼ねて、ご回答させていただきたいと存じます。





( 以下は「知性の微睡み(7)」につづく)


知性の微睡み(5) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時12分27秒


 芙宮 さま
レスが大幅に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

しかし、父はこうして「あいかわらず」の好き放題で、楽しい日々を送っております。父に似て、なにかと問題児の娘も、顕微鏡など覗いたりして、楽しい日々を謳歌して下さいまし(笑)。


 Keen さま
> ホランドくん、赤江瀑『春喪祭』(徳間文庫/多分絶版?)所収の「宦官の首飾り」もお忘れなく!赤江さんの筆にかかったら、宦官も「萎びたおじさん」ではなく、妖しい中性的魅力があふれてますわよー。私、あの「オチ」がけっこう好きなんです。(^0^*
> ……でも、きっとこれも忘れてるだろうな〜☆(苦笑)。

宦官に『萎びたおじさん』のイメージを持っているのは、私ですので、ホランドくんについては、どうぞご心配なく(笑)。

ちなみに『赤江瀑『春喪祭』(徳間文庫/多分絶版?)所収の「宦官の首飾り」』は、私も読んでおりますが、すっかり失念しております。たぶん、ホランドくんも同じでございましょう(笑)。
私たち二人は、記憶力がないことでは、それぞれに自負をもっており、以前はどっちが記憶力がないかの「自慢し合いっこ」をいたしました。最後にホランドくんは、私の顔をマジマジと見て「貴方はだれ?」とカマシてくれましたので、私は「何語なんだ、今の言葉は?」と返しておきました(笑)。

> 園主さま、お疲れさまでした。
> 労作、これから読ませて頂きますね。感想は、また後日。

忌憚のないご感想をお聞かせ下さいまし。

ところで、私も一週間ほど前に、お薦めいただいた『バーディー』(アラン・パーカー監督)のDVDを購入いたしましたよ。忙しくしておりましたので、まだ見てはおりませんが、近いうちにホランドくんと一緒に見ようと思っております。


 影姫青夜 さま
> 影姫@カンノンサマ

最近、すっかり『カンノンサマ』のモードの影姫さまでございますが、まだその歳ではございますまい(笑)。私は、今だ下のような境地でございますよ。

  ゆけ荒野を おいらボクサー
  夕日がぎらぎら 男の夢は

  泣け明日は 今日は狼
  自分の傷は 自分でなめろ

  みんなはこの俺を 情け無用と言う
  月に吼えて 独り

  親なし宿なしの 名もないボクサーが
  鎖を噛み切った

  ゆけ荒野を おいらボクサー
  朝日が登るよ 男の胸に

    テレビアニメ『あしたのジョー』挿入歌
     「力石徹のテーマ」より(作詞 寺山修司)


 神野恭治 さま
> 未だに「刺青の男」をちびちびと読み進めています。それももう少しで読了です。

> そしてお薦め頂いた時書かれていたように、初めて読む作品なのにどこかで読んだ事のある作品のような感覚が味わえるのはこの作品を踏まえて作られた作品が多数あるからなのでしょうね。
> 海外作品を読むのはすごく久しぶりなので新鮮な気持ちで読んでいます。
> (中学の時に読んだホームズ以来ではないかと思います)

お送りした本を、いっぺんに読む必要はございません。同じ作家の短編集を、何冊も一度に読んだら、どうしても飽きがきてしまいますからね。気が向いた時に、拾い読みするというのが、ベストなのではないかと存じます。

ちなみに、わりあい最近の短編集の訳者が「訳者後記」に、正直に『さすがに初期の作品ほどの濃厚な叙情性は無いけれども』と書いておりましたから、やはり読まれるのでしたら、初期作品になさった方が良いのではないかと存じます。ご参考まで。

> 読書スピードが恐ろしく遅い為に読んでいない本が山積みです。
> でも書店に並んでいると「今手に入れないともう手に入らないかも!!」という気持ちになってしまいついつい買い込んでしまいます。

そのとおりでございます。茶道の極意に「一期一会」という言葉もございますしね。

> 自分の中で決めていたルール「1冊読んだら1冊買う」は最近は崩壊気味です。
> 新古書店なんかに行くとそれは顕著になりますね。
> 「今買わないと誰かに買われちゃうかも!!」

まったく、そのとおり。先人曰く「行動しないで後悔するくらいなら、行動して後悔した方が良い」。

> そうして本がどんどんと…私の部屋は2階にあるのですがよく「床が抜けるよ!」と怒られます(汗)

案外、家はしっかり出来ているものでございますよ(悪魔の囁き)。





( 以下は「知性の微睡み(6)」につづく)


知性の微睡み(4) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時11分28秒


 AOI さま
> 謝罪についてはお受けします。
> お時間がないということについても再三言われていることでもありますし、よくわかります。
> ホランドさま、園主さまも同様と思いますし、ホランドさまもそのことは十分了解されているはずと思います。

もちろん『時間がないということ』については承知しております。ですからこそ、短くとも「誠実」な回答を期待するのでございます。したがって私の場合、こんな「謝罪」は受けられません。「とにかく、謝っとけば済む」という「議論拒絶」を、看過するわけにはいかないからでございます。

ホランドくんは言っておりましたよ。「『誤解されて残念だ』って言ってくると思うよ。でも、それを先回りして指摘しても、開きなおられるだけだから、あえて書かなかったけど」と。

じっさい「不適切な(間違った)発言」をした場合の、一般的な(ありふれた)「言い訳(抗弁=正当化の言辞)」は、「そのつもりはなかった」「誤解されて残念だ」「誤解されたについては、当方にも責任がある」でございます。
……これは、かつて私が「独りよがりの『異邦の騎士』」と評した島田荘司が、綾辻行人をはじめとする「新本格派」を十羽一絡げに『コード型本格ミステリー』とし「こういうものには、未来はない」と断罪した結果 、我孫子武丸などから事実に即した批判をされた時に、口にした言葉でございます。
……また、政治家の「失言」事件でも、この種の「言い訳」が必ずなされます。

要は、自分の「発言そのもの(に込めた意図)」の過ちは認めないで、問題を「表現技術の未熟さ」に回収して、本質的な部分で「自己の正しさ」を守ろうとする時に、こういう「レトリック」が必然的に選ばれる、ということなのでございますよ。

>> 『動物化する世界の中で』(東浩紀・笠井潔、集英社新書)

> 私も読みましたわ。オーホッホ!
> 笠井潔批判はさらに、ヒートアップしています(笑)?

笠井潔が、真にのぞんだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性

いかがでございましたでしょうか? 忌憚のないご感想をお待ちしております。
それと、ミステリの門外漢として「わかりにくい」ところがございましたら、それも是非ご指摘下さいまし。党派性に染まっていない「外部の人」の意見は、とても貴重でございますから。

> 今日は温泉帰りに『水没ピアノ』を買って参りましたわ〜。

私も、現在読んでいるものの次は『水没ピアノ』でございます。どこまで「変」で、どこまで「新しい」かが、私の読みどころでございます。

> 未読のままの『動物化するポストモダン』も近々読みた〜い!

この本は、笠井潔とは関係なしに、読んでおくべき本でございましょう。

> さて、カラオケは(笑)?

あっ! ……じつは昨日も会社の同僚とカラオケに行ってきたのでございますが、エンケンさまのことは、すっかり失念しておりました。
「♪ どーしたんだよおー」とは、突っ込まないで下さいまし(素早い先回り/笑)。

> 「カストラート」(監督:ジェラール・コルビオ)

ホランドくんが紹介しておりましたとおり、私が「去勢された男性」にあまり良い「ビジュアル・イメージ」を持っていないのは事実でございますが、もちろん、それがそのまま映画や小説に出てくると思っているわけでもございません。ただ、いちど刷り込まれたしまったイメージは、容易には消すことができず、無意識の心理規制になっているということなのでございます。
ですが、カストラートというものには興味もございまして、以前、Keenさまがお薦めになっておられました『カストラートの歴史』という翻訳書も、未読ながら所蔵はしております。ですから映画も、機会があればぜひ観てみたいものでございます。

ちなみに、八尾の猫さまがお好きな『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のアン・ライスにも、カストラートを主人公に据えた「耽美(やおい)小説」があったと記憶します。

> わ〜〜い!!85000、86000れんちゃんしましたよーん!!

遅まきながら、おめでとうございます。また、ご愛顧、まことにありがとうございます。
87000は、いかがでございましたでしょうか? しかし、AOIさまには是非、100000をゲットしてもらわなくてはなりません。今後ともよろしくお願いいたします。





( 以下は「知性の微睡み(5)」につづく)


知性の微睡み(3) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時09分42秒


 杉澤鷹里 さま
>  最近の私の書き込みが、不誠実なはぐらかしのような印象、相手を小馬鹿にしている印象を与えてしまったことは、素直に謝りたいと思います。

>  ごめんなさい。

>  私としては、小馬鹿にする意図は全くなく、ただ見解の相違があるから、その説明のために待っててほしい、とそれだけをお伝えしたかったのだけれど、結果 としてそれが不快な印象を与えてしまったのは残念に思います。

これでは、ホランドくんを余計に怒らせるだけだということが、貴方さまにはおわかりになりませんか?
『それだけをお伝えしたかった』と言うのなら、それだけを書けばよかった。それ以外に「余計なこと」を書いたので、ホランドくんの怒りを買ったのではございませんか。その「事実」を誤魔化してはなりませんし、衆目にたいして誤魔化すこともできません。

「謝罪」の形式を取りながらも、貴方さまがここでおっしゃっているのは「誤解されて、残念だ」という、自己の見解の「繰り返し」に過ぎません。
しかし、この見解は、裏を返せば「問題の中心は、相手の誤解なんだけど、ここは私が退いてあげよう」ということでしかございません。これは「自分の意見を、他人に伝わる形で、表現する能力がない」と認めた人間の言い分としては、充分に傲慢で筋違いなものと申せましょう。問題は「誤解」なのではなく、貴方さまの書かれた、

> そうだ、このかんじ。この議論のための議論に堕していくような、細部に嵌入していくような徒労感。すっかり忘れてた。懐かしいと思った。

とか、

>  非常に大分量の感想ありがとうございます。私の日常的な感覚を表明した文章が、どのように受け取られるか良く分かり、参考になりました。

という「物言い」の方で、これは「高校生程度の国語能力」があれば、相手に対して失礼なものだということくらいは、充分にわかるしろものなのでございます。なのに、貴方さまがそれをぬ けぬけと書いて恥じなかったというのは、貴方さまが相手の読解力を侮っていたということになり、それが「失礼だ」ということになるのでございます。さらに、それを「正解(正しく読解)」されると、たちまち、臆面 もなく「誤解」だと強弁した点も、自己の発言にたいする「誠実さ」において、大いに問題なのでございます。

ですから、こうした他人に対する「不誠実」さを認めて、それを改めない限り、貴方さまのなさる安っぽい「謝罪」は、「形式的な謝罪」に止まり、ホランドくんの言い方で言えば『内容空疎』ということになるのでございます。

> 素直に謝りたいと思います。

ともあれ、自分のなす「謝罪」について、自分で『素直に』という形容詞を付す感覚は、改めるべきでございましょう。これが、貴方さまが、ご自身でご主張なさっている「特異な感性」に由来するのだとすれば、その感性は「マイナスに特異な感性」だと自覚すべきでございましょう。





( 以下は「知性の微睡み(4)」につづく)


知性の微睡み(2) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時08分24秒


 ino さま
というわけで、「信仰者」に典型される「人間の弱さ」……つまり、「見たくない現実から目を背け、願望を事実と取り違えて、その幻想にすがりついてしまう」というのは、何も「信仰者」に限ったことではございません。これは「人間一般 に見られる傾向」なのでございます。ですが、それが「信仰」においては極端な形で示されるので「わかりやすい」ということなのでございます。

ですから、頭の悪い人(=凡人=一般人)は、「信仰者」がことさらに「弱い」と思って見下しがちなのでございますが、じつはこれは、当の本人に自覚がないだけの話なのでございますね。人間が一般 に「弱い」ものだということを知っておれば、それを知る知性の持ち主であれば、「信仰者の弱さ」は決して「他人事ではない」ということに気づいているはずでございます。ですから、そういう人は「信仰者」を単純に見下したりはいたしません。

ただ、ここでもう一度、視線を転じますと、「信仰者」も同じ人間として「人間の弱さ」ということを自覚するだけの知性を持っておれば、彼は決して「非信仰者=一般 人」の「弱さ=いい加減さ」を笑うことはできないはずでございます。にもかかわらず、「信仰者」のなかには「信仰的な特権的知」を独占しているという自負(じつは幻想)から、何やら自分が「非信仰者」よりも優れた位 置に立つ「優れた人間」であるかのような勘違いをなさる方がございます。

結局のところ、「信仰者」「非信仰者」の双方に見られるこうした「思い違い」は、「他人を見下す」という行為において、自己が優位 に立っていると「勘違い」しているだけなのでございますね。「他人を見下す」というのは、見下しうる立場にあるから見下すのではございません。単に「見下したい」という欲望が強ければ、どんなに「低い境涯(生命・精神状態)」にあっても、他人を見下すことは可能なのでございます。「目クソ、鼻クソを嗤う」というのは、哀れまれるべき無自覚でございますが、それに止まらず、人間世界では「目クソ、仏を嗤う」ことも、決して珍しいことではございません。ですからこそ、inoさまには、ここでの「他の話題」もしっかりと「身読」していただきたいのでございます。

>  合唱にしても聖歌の影響か、美しい声ですよね。哀音という言葉がありますが、ぼくら学会員は「念仏の哀音」というふうに言うのです。「あーこの音につつまれ、はやくあの世に行きたい」とおもわせる音楽です。

もちろん、こうした「信仰者特有の浅知恵」も、真剣に問われるべきでございましょう。


 野茶坊 さま
> そのままでいい

に対する、ホランドくんのツッコミに、どう応じますか? ……そこで問われるのは、貴方さまの「知性」とともに、「器量 」なのでございます(笑)。





( 以下は「知性の微睡み(3)」につづく)


知性の微睡み(1) 投稿者:園主  投稿日: 5月12日(月)17時07分40秒

みなさま、長らく失礼をいたしました。さて、早速でございますが、常々申しておりますとおり、私の興味の対象は「人間」でございます。ミステリを論じようと、戦争を論じようと、フィギュアを論じようと、それは「題材」であり「入り口」であって、「主題」及び「目的地」は「人間」なのでございます。
ですからこそ私は、前回、拙論笠井潔が、真にのぞんだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性をご紹介した上で、

> この論文では、「推理小説業界」という世界であり、「笠井潔」という作家が告発されるのでございますが、当然のことながら、ここに描かれているのは「人間社会の縮図」であり、「業にとらわれた人間の象徴」でございます。

と書いたのでございます。

ところが、多くの人は、なかなかそのあたりまで理解が及ばないようで、こちらの話題とあちらの話題を関連づけて考えることができず、それは「宗教の話だ」とか、それは「ミステリ界の話」だとかいう風に別 個にとらえて、もともと自分が興味を持つジャンルの話題にしか興味を示して下さらないように窺われます。ですが、これでは私の望んでいるところとは程遠く、とても残念なことでございます。私としては「それはそれ」ではなく、「それも、これも、私のこと」として考えてほしい。それでこそ、書いた甲斐もあったというものでございましょう。たとえば、拙稿アメリカの鬼双児 ――『ボウリング・フォー・コロンバイン』と『ツイン・ピークス』を読んで、Keenさまが、

> 拝読しました。苦い、です。
> 神戸の「酒鬼薔薇」事件が起こったのも、確か、のっぺりした郊外のニュータウンでしたよね。
> 「過剰防衛」が外へ指向したのが『DL2号機事件』、内へと向かったのが『目に見えない子』だというのが、私の課題選定者としての前提だったことを思い出しました。

と書いて下さったのは、我が意を得た思いで、批評家冥利につきました。
このように色々な問題を「我がこと」と捉える視点があるかぎり、人は何からでも多くのことを学び、その身に刻むこともできるのでございますが、ものごとを「他人事」のように捉えていては、どんなに勉強したとしても、それは上っ面 の化粧に止まることでございましょう。そしてそうした化粧は、ちょっとした吹雪にでも見舞われれば、たちまち見苦しい汚れと化してしまうのでございます。





( 以下は「知性の微睡み(2)」につづく)


おはようございます。 投稿者:AOI  投稿日: 5月12日(月)09時01分45秒

☆よたろうさま

早速おたよりありがとうございました。

>不愉快に思われたのでしたら、謝ります。

不愉快なんてゼンゼーン!
よくご存知なんですもの杉澤さまについて書かれてもとうぜんとおもいますわ。
「少年回廊」での杉澤さまの書き込みにわかりにくさってないんですけどなぜなんでしょう?

>曖昧な考えを曖昧なままに書いたときに、一方的に「不誠実だ」と言われるのは「怖い」から、暗黙の了解があるなら先に言っといてくれ。という恐怖感が先走った文章だと思って下さい。

ご、誤解です!
そんなに恐がらないでくださいな。(^_^;)
曖昧な考えを曖昧なままに書いて「不誠実だ」って言われたことは、今までないはずですわ。(断言)

個人的によたろうさまのお書きになるものは楽しませていただいていますわ♪
ヨロシク〜(^0^)/~~


こんにちは 投稿者:よたろう  投稿日: 5月12日(月)00時45分05秒

AOIさま、はじめまして。

>杉澤さまは明確に〜
え〜、これは私の書き間違いですね。正しくは「ある言動が「不誠実」で「はぐらかし」だと受け手が感じることには、二つの場合があります。」です。その意味で書きました。ここで訂正させていただきます。

また、「はじめまして」で後半に書いた「杉澤氏の問題で、少々考えたことがある」こととは、杉澤氏の弁護ではなく、あのような二つの可能性があるということを思ったということで、杉澤氏の書き込みの内容にはなんら踏み込んでいません。

曖昧な考えを曖昧なままに書いたときに、一方的に「不誠実だ」と言われるのは「怖い」から、暗黙の了解があるなら先に言っといてくれ。という恐怖感が先走った文章だと思って下さい。

不愉快に思われたのでしたら、謝ります。

それでは。失礼します。


確かに・・・ 投稿者:AOI  投稿日: 5月12日(月)00時31分35秒

☆Keenさま

ご明察!47000は私めがいただきましてよー!おーっほっほ!
いつの間にか、目減りしているんですもの3れんちゃんできず、いじわるなんだからー!>園主さま

でも、ラッキーなことばかりではありませんわ。
なんてたって、前売りまで買ってたっていうのに、『あずみ』見逃しっちゃったし、『アリスのティーパーティー2』もまたまた、コンビニから忽然と消えてしまってる(泣)。
欲張りは禁物ね(笑)!


おかあさん、ごめんなさい! 投稿者:AOI  投稿日: 5月11日(日)23時32分18秒

今日は「あずみ」を観にって、時間に間に合わず、「魔界転生」を観て来ましたわ。ガラガラ〜。冒頭「島原の乱」のシーンは迫力ありました。ちょっと、長かったかな。麻生久美子が妖しく美しかったです。

☆杉澤さま

謝罪についてはお受けします。
お時間がないということについても再三言われていることでもありますし、よくわかります。
ホランドさま、園主さまも同様と思いますし、ホランドさまもそのことは十分了解されているはずと思います。
ただ、数年来考えつづけたことを理解されずに、悲しかったといわれていますけれど、私なりに杉澤さまの語られる『恥』『ゆるし』については理解していますよー(笑)。

>「ゆるせないものをゆるせ」についてですが。
 (その状態が理想的であるか否かという価値判断よりも)ある状態に到達するのを可能にするシステムについて考える、というのが私の基本的な考え方です。

という点についてもですね。
ただ、理解するというのと賛同するというのは違うということになりますね(笑)。

☆よたろうさま

はじめまして。『少年回廊』からお客さまだなんてうれしいですね♪
私もときどきロムさせていただいていますわ。

>杉澤氏の言動が「不誠実」で「はぐらかし」だと受け手が感じることには、二つの場合があります。

>ひとつめには、明瞭な考えを敢えて不明瞭に記述している場合。これは確かに不誠実な態度でしょう。
>ふたつめには、己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述している場合です。この場合受け手にはひとつめと同じように不誠実に映るかもしれませんが、本人にとっては誠実な行動であるでしょう。

杉澤さまは明確に、数年来考え続けたことであり、ご自分の中では論理的に一貫している、「花園」では伝わりにくいということだと言われているわけですから後者ということではないないわけですね。
あえて書かれるということは、よたろうさまは後者の場合もあるとお考えでしょうか?
ただ、ホランドさまはあくまでこれらのことも念頭において、あえて杉澤さまに苦言を呈されたのだとおもいますが。

>これらを許さないということであれば、やはりこの掲示板の書き込みにはある種の規定を設けたほうがよいと思います。例えば「己の明瞭な思考のみを記述し、曖昧な思考はこれを表出しない。文学的な表現はせずに、記号の如く記述せよ」というような縛りを投稿者に課すべきではないでしょうか。

思考の明瞭、不明瞭について問題にされたのではないということはおわかりになりませんでしたでしょうか?


はじめまして 投稿者:よたろう  投稿日: 5月11日(日)10時12分48秒

はじめまして、よたろうと申します。
日頃は『少年回廊』の方でダラダラと過ごさせていただいております。
今回、園主様の批評『笠井潔が、真に望んだこと。--往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性』を拝読いたしまして、「あ〜、オレも少年回廊で『モーツァルト竹本とサリエリ笠井』って書き込んだなぁ」と、自分と同じことを考えていた人を発見できて喜んでおります。

さて、私は一般人であり、且つ良いミステリ読書ではありませんので、ミステリ業界の内幕などと言ったものなど想像も出来ませんが、確かに表面 に現れている現象だけを取れば、園主様の批評にある通りのことが起こっているのかもしれないとは思わされてしまいます(何事も一方的に盲信または妄信しないというのが私のスタンスですので、お気を悪くされませんように)。

さて、ここで私には判らないことがあるのです。それは笠井氏がそれほどの八面 六臂の活躍ぶりで「文壇政治」に精を出し、それが実りつつあるとして、その事実が笠井氏に一体いかなる利をもたらすのかということです。これは「気分がいい」などと言ったことではなく、あくまでも実利があるのかと言う疑問です。

例えば、自分の臣下にしか出版を許さないとか、己に与さない新人作家はデビューさせないなどといった状況があるのでしょうか。もしも、そうした状況があるとしたら、それは笠井氏にとってどんな意味があるのでしょう。笠井作品と氏の亜流作品しか存在しないというお寒い状況を招くことにどんな意味があるのか、私には理解できません。文壇という狭小な社会/世界に君臨することに一体どんな意味があるのでしょうか。

それとも、こうした活動の涯にもたらされるものは、やはり精神的な充足感だけなのでしょうか。かつて自分がアイドルになれなかった夢を子供に託す母親のように、全共闘時代にできなかったことを今、ミステリ業界で達成しようとしているのでしょうか? 江戸の敵を長崎で、という理屈なのでしょうか。その笠井氏の動機の部分が理解できないので、どうにも園主様の批評及び主張がすっきりと納得できません。この辺り差し支えのない範囲で結構ですので、説明頂ければと思います。

それから杉澤氏の問題で、少々考えたことがあるので意見を述べさせていただきます。杉澤氏の言動が「不誠実」で「はぐらかし」だと受け手が感じることには、二つの場合があります。

ひとつめには、明瞭な考えを敢えて不明瞭に記述している場合。これは確かに不誠実な態度でしょう。

ふたつめには、己の曖昧な思考を「誠実に」曖昧なまま記述している場合です。この場合受け手にはひとつめと同じように不誠実に映るかもしれませんが、本人にとっては誠実な行動であるでしょう。

これらを許さないということであれば、やはりこの掲示板の書き込みにはある種の規定を設けたほうがよいと思います。例えば「己の明瞭な思考のみを記述し、曖昧な思考はこれを表出しない。文学的な表現はせずに、記号の如く記述せよ」というような縛りを投稿者に課すべきではないでしょうか。

それでは。失礼します。



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