●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


● 2003年6月中
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皆様に幸あれ 投稿者:ino  投稿日: 6月17日(火)20時04分47秒

みなさま、お気を煩わせましたが、今日付けで退園いたします。
皆様に花の降りそそがんことを祈りつつ。お元気で。


返歌 投稿者:Keen  投稿日: 6月17日(火)17時06分25秒

「アヴィニョンの橋の上で」〜フランス語バージョン〜

すゅる・ぽ〜ん、だ・ゔぃ・にょ〜ん、おーに・だんす〜、おーに・だんす〜
すゅる・ぽ〜ん、だ・ゔぃ・にょ〜ん、おーに・だんす〜とぅ・さん・ほ〜ん

れ・べる・だむ・ふぉん・こ〜むさ〜、えーぴゅい・あんこーる・こ〜むさ〜

すゅる・ぽ〜ん、だ・ゔぃ・にょ〜ん、おーに・だんす〜、おーに・だんす〜
すゅる・ぽ〜ん、だ・ゔぃ・にょ〜ん、おーに・だんす〜とぅ・さん・ほ〜ん

Sur le pont d'Avignon, on y danse, on y danse
Sur le pont d'Avignon, on y danse tous en rond

Les belles dames font comme ca, et puis encore comme ca

Sur le pont d'Avignon, on y danse, on y danse
Sur le pont d'Avignon, on y danse tous en rond

日本語の歌詞はよくわからないのですが、意味は
「アヴィニョンの橋の上で、みんな輪になって踊ろうよ。綺麗なご婦人方はこうするのさ、それから、もう一度こうするさ」といったところです。

☆影姫さま

カラオケを歌う元気が出たようですね♪よかったよかった。(^0^*

>インターネットからおけぱあと3(keen様に捧げます)
>岩崎宏美『橋』(歌詞に一部変更あり)

とても光栄なのですが、元ネタを知らなくて……ゴメンナサイ☆
そ・それと、歌詞が何だかとっても意味深〜(ぽっ)、照れちゃうじゃないですかあ〜☆(ぽりぽり)

☆園主さま&AOIさま

……誘惑の囁きに負けました。
今日、ファミマーにて「パンダ コパンダ」つきジュースを買いまして、「おかえりパパンダ」ゲット。確かに、実物の方がはるかにカワイイですね。ミミ子が、パパンダのふかふかのお腹にめりこんでる……気持ちよさそう♪
これは、「いかにも」園主さま好みですねえ〜。(^0^*

『北野勇作どうぶつ図鑑』シリーズも、全6巻、完結しました。5&6巻のカバー裏がジオラマになってて、完成した折り紙の動物たちを配置して遊べるようになってます。でも、折り紙、けっこう難しいんです……(T-T)


ところで、↓に貼ったリンクは、竹本健治『カケスはカケスの森』の舞台となったベルギーの古城の近くの都市、ナミュールです。
個人の方のHPですが、作中に出てくる地名のいくつかはご覧になれます。
皆さまのイメージと違ってるかもしれませんが……ちょっと雰囲気をご紹介。

http://homepage3.nifty.com/iwayanagihome/namur.htm


インターネットからおけぱあと3(keen様に捧げます) 投稿者:影姫青夜  投稿日: 6月17日(火)05時58分28秒

岩崎宏美『橋』(歌詞に一部変更あり)

人をのおおお〜〜〜〜〜心てええええ〜〜〜〜〜
河の橋ですねええええ〜〜〜〜
幸せにイイィ・・・留まれずゥゥゥ・・・
海へええええ、、、流れる。。。。

誰も・・・悪くない・・・そうよ、、、弱いだけ〜〜〜〜〜
サダメの道シルベにいいいいい〜〜〜〜〜〜
従う〜〜〜〜哀しみイイイイ!!!

ありがとう!愛させてくれて!!
ありがとう!愛してくれて!!!

この髪にイイィ、、、目蓋に、唇に、、、
まぶしい日々があああ燃えますゥゥゥ!!

傷つけるかわりに傷ついて荒野へ消えてゆくひと、、、、、・・・・・・

ありがとう!!愛させてくれて!!!
ありがとう!!愛してくれて!!!
もう一度〜〜〜〜この世にイイィ生まれたらアアァ
貴女を夢へ渡せる・・・・・・・・・・・

橋に・・・なります、、、、。。。。。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


しつこいinoでした。 投稿者:ino  投稿日: 6月16日(月)21時49分09秒

☆マムさま

削除のことは知りませんでした。「過剰な謝罪」仰るとおりです。
私はほどほどが分からなくなることがあります。
曲解:相手の言葉などを素直に受け取らず、ひねくれて解釈すること〜仰るとおりだと思います。
頭と心を冷やして、考えるべきことを考えることにします。


過剰な謝罪は不要 投稿者:マム  投稿日: 6月16日(月)19時59分47秒

井上さま

繰り返し繰り返しの過剰な謝罪は、逆に言い訳っぽくなるし、謝罪に見せかけて自分を正当化したいの?と思われてしまいますよ。マムが気にしてないと言ってるのですから、それでいいじゃありませんか。

第一、井上さんが気にしている同時代掲示板の発言は、よっぽどお気に召さなかったのか、ツリーごと総て削除されているし^^

同時代掲示板の住人と任じるのだったら、余計なことにわずらってないで、殺伐としている同時代掲示板を井上さんが盛り上げないとね。
元はといえば、今回の双方の掲示板での混乱は井上さんの誤解ではなく、曲解から出発したものであることをよくよくお考えくださいな。

前向きにいきましょ、前向きに^^


お気をわずらわせ、すみません。 投稿者:ino  投稿日: 6月16日(月)00時06分11秒

☆AOIさま

一年単位で書き込みませんと大見得を切りながら来てしまいました。

例の歌は、友川かずきのアルバム3枚目

「千羽鶴を口に咬えた日々」(1977)(1993再販?)

の「殺されたくないなら殺せ」

でした。私はこの歌を恣意的かもしれませんが、国家の魂胆への友川のプロテストを感じます。

☆アレクセイさま

真心のお言葉有難うございます。私は病的やも知れませんが、貴BBSへの禁則処分を自らに課しました。仰る様「逃げ」かもしれませんが、自分では言語化できていません。大西巨人を読み始めます。
 さて、私の誤解に基づいた認識「同時代を考える」のマムさんの書き込みNO.41に対しての
私のナーヴァスなあるいはシニカルな言葉のお詫びをNO.42で致しました。なぜかと申しますと、私の頭では、その時は「同時代の掲示板」過去ログの保存、またアレクセイさんの同時代への書き込み禁則について、アレクセイさんと夢野さんは対立関係にあったと認識していました。
 その中で、私の頭は、マムさんのHNは、マムさんの記事のすぐうえにあったトムさんのHNを真似た男性の悪意ある書き込みだと短絡したのです。
 こんな病的な心理は、長い間お世話になった「同時代を考える」掲示板が、アレクセイさんの掲示板と対立している。私の心情では私は「同時代掲示板」の住人(バーチャルな)である。したがって夢野さん、「同時代掲示板」への中傷は認めがたいというものです。
 アレクセイさんにはいままで申し上げませんでしたが、アレクセイさんは何度か夢野さんの発言内容というより、人格否定をなさったと私はとらえています。この一点が私には認めがたいのです。
 このようないくつかの心情のまま、貴BBSには参加できないと判断いたしました。

融通の利かない頭なのです、私は。
もうしばらく書かないといいながら、書き込んでしまいました。
 


(無題) 投稿者:トム  投稿日: 6月15日(日)20時51分48秒

アレクセイさん

>もちろんトムさまのように「鬼神アレクセイ」の掲示板なんか怖くて見れないという方もいらっしゃいましょうが、

なんで上のような言葉がでてくるのか、私の常識では捉えにくいところがありますが、ちょっと景気付けのレトリックのようなものでしょうか?あまり必然性のない、つまり無くてもいいようなレトリックだとおもいますけど。「同時代を考える」の私の書き込みに続くマムさんの書きこみと、またそれに続く井上さんの書き込みの意味が分かららなかったので、ここにおじゃましなかっただけなのですが、いやはや「華麗な」レトリックでほんのかすかに「トム」が話題になっていたので、一応挨拶のつもりで書きこみました。では。


日曜日だというに・・ 投稿者:マム  投稿日: 6月15日(日)08時47分27秒

アレクセイさま

マムは最近になってですが、たまに同時代掲示板を見ていました。最近ではその関係からこの掲示板も見るようになりました。両方見比べていますが、同時代掲示板は管理人さんの性格からなのか、意味もなく反発するだけの発言者が多いですね^^

>ネットで執念深く延々長々悪口書く人とかいるみたいやけど、凄いエネルギーやね。書いてる途中に気分悪くなったりせえへんのかな。いくら暇でもせっかくの休みには私はほかの事するけど、皆さんどうですか?ま、良いかそんな事、寂しい人もいる、という事で。(同時代:LINK:たまQ:テスト用掲示板:ノーラ:03/06/14(Sat) 23:38)

書きぶりからみて、同時代の学会員常連さんなのでしょうが、これなどは揶揄するだけのお決まりのパターンといっても、いい例でしょう。同時代掲示板を応援しているつもりなのでしょうが、かえって品位 を下げてしまうことに、そろそろ気づいても良いのではないかと思います^^。しかるべき反論も主張もなく、あっちに立つ、いやこっちに立つと、子供のごとき反応する人が掲示板で後を立たないというのはコミュニケーションの未成熟さを見せつけられているようで情けない限りですね。

『君よ、如説修行の行者たれ』は批判される創価学会の人々にとって、『創価学会の人々』では、創価学会を批判する人々にとって、それぞれ数多くの示唆を含んでいると思いました。マムが咀嚼するには時間がかかりそうですが、「まじめ過ぎる人たちの姿」を中心にして、「信仰をする者」の知的懐疑の必要性への指摘と、「批判する者」の世間にありがちな差別 意識や偏見に対する指摘、この両者への指摘はまさにその通りだと思いました。また、立場が違うというだけで、どちらも一人の人間の中に裏表として潜んでいて、一体化した同じ病根からどちらにもなりうるというようにも感じました。

>どんな組織に所属しようと、どんな信仰を持っていようと、そこに生きる人間も基本的にはただの人なんだという、この当たり前でありながら忘れられがちな事実(アレクセイの花園:創価学会の人々)

というところから、批判する人も、批判される人もスタートし、多様な議論がなされていたら、多くのものが生み出されていたに違いないと思うと残念です。夢野さまのアレクセイさまに対する出入り禁止などという強権発動が何故なされたのか、今でもその理由がわかりません。夢野さまの門前払いのごとき頑なな態度が残念ですね。しかも今度は23条憲法制定ですもの^^「投稿者間のそれぞれの想いを最大限に生かし、横の繋がりを作っていただき、また議論の推移に信頼する」と標榜する掲示板であればなおのこと、個人の所有物だとは言い切れないはずですけどね^^;

コン太さんの同時代への最後のカキコはホッとする思いでした。おつかれさまでした。書かれていることはだれもが少しづつ感じていることだと思うけど、婦人部はなかなかそれを容易に言葉として紡ぎ出せないでいるのです。何せ口より手と足が先だから。

マムは今日も朝から日曜出勤です。女だ男だと差別しないので嬉しいような悲しいような会社なのです。まだ若いのに、このままだと家族に愛想つかされてしまいそう。まあ、梅雨でどこにも行けないからいいか^^洗濯は旦那に押し付けちゃえ!


ふにふに 投稿者:野茶坊  投稿日: 6月15日(日)05時03分26秒

☆園主さま

>新聞など見ておりますと、私は「教育の現場」が心配でなりません。

アレクセイさんが「教育の現場」におられた頃(小中高校生だった頃)はいかがでしたか? 
学校はお好きでしたか? 
私は大嫌いでしたね。学校嫌いが教員になって・・・これはもう悲惨なものです(笑)。
状況は昔も今も本質的には変わらないと思います。学校は、学校制度発足当初より、教育の場ではなく、調教の場なのです。ただ、最近とみにその本質が顕在化してきたということです。
調教の場を教育の場に変えていこうということの困難性を承知の上で、もう少しあがいてみようかと思っています。そのうち、放り出して逃亡するかも知れませんが・・・(笑)。

>もちろん野茶坊さまのように、あんな出来損ないでも同じ学会員なんだから、見放さずに何とかしてやろうという「奇特な人」もおられます

「同じ学会員なんだから」ということではありませんよ〜。「うちらの看板」しょっての行動は、そのまま「うちら」の評価につながってしまうということです。別 に「奇特」なのではありません。

>かの「夢野式23箇条」に違背しないでいて、「骨抜き」にされないというのは困難でございましょうね。

貴方のように露骨ではなかったにせよ、自分ではとっくに違背しているつもりなんですが・・・。ああ、旧掲示板に「23箇条」はなかったんですね。

>私には子供がおりませんから、個人的には、やるだけやって「ダメだった」で済まないこともございません。しかし、子供さんのおられる方は、それでは済みませんからね。私以上に頑張ってもらわねばなりません。

アパルトヘイト下の南アフリカで、白人警官に集団で投石した咎で警察の護送車に放り込まれていく子どもたちを助けようと、「Any child is my child!」と絶叫しながら警官隊に挑みかかっていくおじさんの映像を見たことがあります。
「どの子も私の子!」。貴方にはこの境涯をめざしていただきたいのですが・・・。

>思うんだが、「趣味」の話であれ何であれ、真剣に突っ込んでいけば、すべては繋がってくるはずなんだな。その意味で「軽い話題」と「重い話題」というのは、本質的にはない。あるのは「浅い話」か「深い話」なんだと思う。

犬オタクの野茶坊が犬のことを語りだしたら、長いぞ〜。
今日はちょっとだけ・・・・。

「袁世凱は犬が好き!」ということを聞きつけたイギリスの外交官が、本国から血統書付きの立派な犬(たぶんテリア系の小型犬)を取り寄せて進呈、「これはこれは、いい犬をどうもありがとう。」と喜ぶ袁世凱。後日、件の外交官に会った袁世凱が改めてお礼を述べる。
「やあ、この前はいい犬をありがとう。とても美味しかったよ。」
「・・・」

文化の違いですね、これは・・・。
欧米においては犬は家畜というより伴侶(いや、それだけではない。道具のひとつ?)。
中国では犬も牛や豚と本質的に変わらぬ家畜。したがって食用にもなる。そういえば、中国原産のもとはチャウチャウも食用犬だった。

日本では犬を食べていたか? 場合によっては食べていた。
私の郷里奄美では昔、「犬はネリヤカナヤ(沖縄で言うニライカナイ=水平線の彼方の理想郷)からの使者だから、食べてはいけない。」と言われていた。ということは、場合によっては食べていたということ。現に私の幼少時まで、野良犬を捕らえて食べる人はいた。文句あるか?

鯨を食うのは野蛮だと欧米人は言う。ならば牛を食うのはどうなんだ? 

・・・話があらぬ方向へ行きそうなので、この辺で・・・。眠い。風邪ひいた。熱っぽい。
オヤスミナサイ。


笠井潔のじつに人間的な欲望 投稿者:園主  投稿日: 6月15日(日)01時34分31秒

 みなさま
過日、アップいたしました拙稿笠井潔が、真に望んだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性に、補記・笠井潔のじつに人間的な欲望を加えました。ご笑読のほど、よろしくお願いいたします。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


日本人の責務(11) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時57分02秒


 アーニャ
> 「政治」や「信仰」の云々に関わらず、お気軽に「趣味」の話でも書き込んで下さいね。

思うんだが、「趣味」の話であれ何であれ、真剣に突っ込んでいけば、すべては繋がってくるはずなんだな。その意味で「軽い話題」と「重い話題」というのは、本質的にはない。あるのは「浅い話」か「深い話」なんだと思う。

「政治」にしろ「宗教」にしろ「社会問題」にしろ「哲学」にしろ、「浅い話(=形ばかりの話)」なら誰にも可能だが、「小説」にしろ「マンガ」にしろ「フィギュア」にしろ「深い話」は、マニアやオタクにも容易にはできないだろう。言うまでもなく、思考の「深さ」とは「質」的なものであり、知識の「量 」とは関係ないからだ。

また、だからこそこの掲示板は「誰でも参加できるし、誰でも参加できるわけではない」ということにもなるんだろうな。


 ホランド
> マムさんのご報告でわかったことですが、まさかあそこまでやっているとは思いませんでしたね。これはもう、文字どおりの「排外主義」で、今の日本の姿そのままだと思います。

> (1)批判的・対立的スタンスをもつ人、(2)イチャモンをつけ揶揄する人、(3)一方的見解を押し付ける人、(4)削除されて言論弾圧と勘違いする人、(5)えらぶる態度の人、(6)独善的な人、(7)批判的な人、(8)わがままな人、(9)笑いを多用する人、(10)傲慢な人、(11)見下す人、(12)自分勝手な人、(13)自らのスタンスを語らない人、(14)文句や批判に終始する人、(15)事柄批判にとどまらず個人攻撃をする人、(16)不利益な人、(17)自分を棚上げして他者を非難する人、(18)論点をそらす人、(19)主張に一貫性のない人、(20)倫理的態度をないがしろにする人、(21)知識と才能をふりまわす人、(22)才知を気取る人、(23)傲慢な人」は、「断固として、異議を申し立てをし、書き込みをする者を拒否する (<夢野氏)

きっと夢野さんは、アメリカのイラク攻撃を『断固として』して「支持した」だろうし、北朝鮮との対話による「国交正常化」も『断固として』『拒否する』んだろうな。

なにしろ、フセインのイラクや、北朝鮮は、「夢野式23箇条」の大半に当て嵌まるんだから(笑)。





それでは、みなさま、本日はこれにて失礼します。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


日本人の責務(10) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時56分04秒


 野茶坊 さま
> 『同時代』過去ログ復刻感謝。取り急ぎお礼まで。

いいえ、お礼には及びません。あれは、いろんな意味で、公開する価値のあるものでございますからね(笑)。

> イラチの虫が多忙に紛れる昨今。

そうでございますか。新聞など見ておりますと、私は「教育の現場」が心配でなりません。どうか、現場のみなさまには、権力の押しつけに抗して、子供たちの未来のために頑張っていただきたいと存じます。

> 見放すにはあまりにも・・・。何せうちらの看板しょってますから・・・。
> 忠犬コン太の後は、野生児・野茶坊が引き継いでみましょうか。
> あ、俺はまともじゃないんだ(笑)。

かの「夢野式23箇条」に違背しないでいて、「骨抜き」にされないというのは困難でございましょうね。「徴兵制」が布かれてからでは、合法的な徴兵忌避ができないのと同じことでございますから(笑)。

> 子どもの寝顔、いつ見てもいいですね。『有事関連三法案』。奥歯を噛みしめる。

そうでございますね。私には子供がおりませんから、個人的には、やるだけやって「ダメだった」で済まないこともございません。しかし、子供さんのおられる方は、それでは済みませんからね。私以上に頑張ってもらわねばなりません。


 Keen さま
> 昨日の「TVチャンピオン」は、何やら「親子漢字王選手権」のようなものでした。
> 熟語の反対語を書かせる、というパターンで、「あ、ナルホドねー」という感じでつらつら見てたら、チャンピオンシップ・ポイントである最終問題が、「寛容」でした。
> 私は「狭量」と考えましたが、正解は「格」でした。
> 「ええ〜っ?違うんじゃないの〜?」と、思ったのは私だけでしょうか。
> ちなみに、「厳格」の反対語は、と問われたなら、私ならば「寛大」と答えるでしょう。

> よくよく考えるに、これは「用法」の違いかなあ、と。
> 例えば、「〜な処置」という表現にふさわしいのは、「寛大」と「厳格」であって、「寛容」ではない、ということです。
> それと、「狭量」というと「広量」がありますから、「偏狭」の方がよさそうですね。
> つまり、どちらが「正解」か、ということが問題なのではなく、どういう文脈で使われるか、にかかっているのでしょう。言葉は、単語だけで使うものではありませんからね。

私は、最初の「疑問」の方が(後者の「納得」より)重要だと存じます。なぜならば、言葉の意味が『どういう文脈で使われるか、にかかっている』のだとすれば、そもそも「熟語の反対語」などというもの(単純化)は成立しないからでございます。

ですから、問題は、言葉の多様性に対して、答(意味)を一元化するような問題の立て方であり、それを支える「暴力的な思想」でございましょう。

たしかに、ある場合には「寛容」と「厳格」が「反対語になる」こともございます。しかし「反対語にならない」場合も、多々もございます。つまり「寛容」と「厳格」が並立するような場合もあるのでございます。「アニメファンならいらっしゃい(それ以外はお断り)」「どんな趣味の方でもいらっしゃい(ただし人柄は厳しく問います)」というような場合でございますね。……一般 に、前者は「寛容」に見え、後者は「厳格」に見えますが、本当は「何に対して厳格か(寛容か)」という違いがあるだけなのでございますね。その意味で両者は、共に「厳格であるとも寛容であるとも言える(=とも言えない)」のでございます。

ですから、プラスイメージの大きい「寛容」の反対語として「厳格」を対置するということは、「厳格」を単なる「狭量 」と同一視させることにもつながりましょう。
一般に、「寛容」というのは「質・量ともに問わない」ものであり、「厳格」は「質を中心に問う」ものであり、「狭量 」というのは「量を中心に問う」ものでございます。つまり「寛容」の反対語は一つではないのに、「正解」を一つとしてしまうのは明らかに誤りであり、……これはちょうど『我々に協力しないものは、テロリストの味方である』という、ブッシュ米大統領の発想とまったく同じだと申せましょう。

「寛容でなければ、狭量である」「厳格であれば、寛容たり得ない」という、粗雑な「二者択一」的発想は、「あなたには協力しないし、テロリストにも協力しない」という、重要な「第三項」を暴力的に消し去ってしまうものなのでございます。ですから、そういうものに対しては「違和感」を持ち続けるべきなのでございます。





( 以下は「日本人の責務(11)」につづく)


日本人の責務(9) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時55分09秒


 AOI さま(つづき)

> ファミマーに行っ来ました(笑)。そう!『パンダコパンダ』(笑)。
> こちらでは、清涼飲料のおまけになっていますが、他地域でもそうなのでしょうか?

当地でもそうでございますし、たぶんいずこも同じでございましょう。

> ちょっと塗りが甘いです(笑)。

特に塗りが甘いということはないと存じます。原作が昔のアニメであり、もともとのカラーリングがシンプルなため、原作が実写 の怪獣などにくらべますと、塗りが「シンプル」だとは申せましょうが、これは『甘い』ということではないと存じます。細部の塗りや暈しなどは、じつにしっかりしておりますよ。

> Keenさまの守備範囲ではなかったようですけど、『ミミ子ままとパンちゃん』(ゲット!)は、足をハの字に開いて座ったミミ子ままのパンちゃんを優しく抱く手や表情がたまりませ〜ん!
> パンちゃんの片目がうっとり幸せそうです。温もりと重みが伝わってきますね。

『ミミ子ままとパンちゃん』のミミ子の表情が、いちばん良いかも知れませんね。あとのものは単純に「笑顔」が可愛いだけでございますから。

それにしても外袋に刷られた小さな写真ではなく、実物を見られたら、Keenさまの評価も変わるのではないでしょうか?

> 『おかえりパパンダ』(ゲット!)も気持ちよさそう。トトロの原型かな?

間違いなくそうでございましょう。

> ペットボトルは、ちょっと困るんだけど・・・ベムラーに噛みつかれそうだったんだもんねー(反動)。

人間が人間らしく(文化的に)生きようとすれば、程度の差こそあれ、自然を犠牲にせざるをえません。ですから、問題はどこに「妥協点」を見い出すかなのでございましょう。そして、その妥協点は、誰か特定の人が決めるものではなく、それぞれが責任をもって決めるものなのだと存じます。





( 以下は「日本人の責務(10)」につづく)


日本人の責務(8) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時54分11秒


 AOI さま(つづき)

> 特に、より社会的に弱いものは、時代や社会から要請された「らしさ」によって、本来の主観的な「好悪・優劣」が歪められてしまうというように。そういう歪みは内的葛藤となって精神の均衡をも失わせてしまうこともあるでしょう。
> 高村智恵子が何故精神を病んでしまったのか?
> 白人の主人以上に黒人を見下す黒人奴隷とは?

したがいまして、私に言わせれば、人間に『本来の主観的な「好悪・優劣」』などございません(存在しません)。すべては、後天的に、それぞれの「環境(=外部)」の中で「作られたもの(=虚構)」でございます。ですからこそ、問題としうるのは「『今現在の=今ここの』私の内面 )(=虚構)」そのものの価値なのでございます。

したがいまして、そこに『歪み』や『内的葛藤』が発生したり、それで『精神の均衡』を狂わせたりというのも、それは単に「矛盾した価値を(自己の内面 で)両立させようとしたから」であって、「非本来的な価値観を内面化しようとしたから」ではないと存じます。つまり「悪の論理」に徹すれば、『歪み』や『内的葛藤』も発生しないし、『精神の均衡』を狂わせてしまうこともない、ということでございます。

このように、AOIさまの議論は「性善説」に依拠したものでありながら、「性善説」の根拠を示しておらず、結果 として手前味噌な議論にしかなっていないため、「悪の論理」を論破しえないものになっている、と私にはそう思えるのでございます。

これまでも何度か書きましたとおり、私の立場は、

『導師は、地上に戻って悪の勢力と闘うことなしには、第三の、究極の離脱には到達しえないと告げた。この言葉自体が僕には謎だ。導師は、世界は仮象であり善も悪も存在しないことを僕に教えたのだから。』
             (笠井潔『サマー・アポカリプス』より)

というものなのでございます。
この世界には、先験的な『善も悪も存在しない』。しかし、私は「悪」と戦い、「悪」に勝たねばならない。私の戦いとは、常にこのレベルでなされるものでなければならないのでございます。

> いずれにしても、園主さまが『「型(=硬質性)」に対するこだわりみたいなもののように思えるのでございます』といわれていることについてはとてもよく分かります。つまりは、境界が厳然とあって、その境界を侵犯しようとするところにエロティシズムを感ずるということなのではないでしょうか?境界がなければエロティシズムを感じられないというように。

そうでございましょうね。私が「男女の型」に固執するのも、「先験的な『善も悪も存在しない』」という事実に固執するのも、それは「その向こう」にこそ「私を魅惑するもの」があると感じているからであり、だからこそ「妥協的な形式」を嫌悪するのでございましょうね。





( 以下は「日本人の責務(9)」につづく)


日本人の責務(7) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時53分10秒


 AOI さま
>> 私は自覚的には「反・差別」者であり、「性差別」についても反対しております。
>> しかし、現実に「ごつい男が女装していたら、気色悪い」と感じます。これは「らしくない」ことへの「違和感・反感」であり、「らしい」というのは文化的に虚構された「型」であり「偏見」でございましょう。

> (つっこみ/笑)しなやかな男性が女装していることに関してはいかがですか?

もちろん『ごつい男』が女装しているよりは好ましゅうございましょう。しかし、『しなやかな男性』なら『しなやかな男性』のままの方が、私には好ましゅうございます。無理に『女装』する必要はございません。それは私が、「退廃的耽美美少年」よりも「子鹿のごとき美少年」を好むという事実からも明らかでございましょう。

> 人間の歴史は個人の内面の中へも流れ込んでいて影響を受けないでいられるということもまた、不可能なことだといえます。
> 気をつけなければならないことは、本人の自覚としての「好悪・優劣」が個人の内面 の問題としてあるかどうかは甚だ不確かだということですね。

むしろAOIさまの議論は、「内面と外部に区切りがある(基本的に、先験的独立性を持つものである)」ということを前提になさっているように思われます。だからこういう議論になるのではないでしょうか?

私にとっての「内面」とは、「外部」を分節化することによって得られた「流動的な世界認識」というようなものでございますから、もとより『影響』を受けるも受けないもない、ものだと考えます。つまり「内面 」とは「常に外部との交流の中にある」もの。しかし、それを前提としながらも、さしあたり「今ここ」の(私の)根拠として、それを「選ぶしかない」ものだと思うのでございます。

> 例えば、男性が女装していることが気持ち悪いと思っていたが、ある日余興でやらされて、以来女装することに快感をおぼえる。というようなこともあるわけですね。園主さまだって女装してみたら・・・ってことも(笑)。

もちろん、そういうこともございましょうが、それは「私が女装することは気持ちいい」という認識を得た、ということであって、それで他の男性の女装まで「美しく見えるようになる」ということではございません。つまり前者は「客観」を排除した、徹底した「主観」の問題であり、後者は「客観的事実への主観的評価」の問題だからでございます。

> つまり、いままで個人的内面的なものとして持っていた「好悪・優劣」は社会的に認知されているものを自分の個人的な「好悪・優劣」だと思い込んでいたに過ぎないとということもあるわけですね。ですから、「好悪・優劣」もあくまで、絶対的なものではなく、今現在のということになるでしょうね。

つまり、ここでおっしゃっていることは、すくなくとも私にとっては「自明の前提」であり、だからこそ人は『今現在の=今ここの』私の内面 に依拠するしかないということなのでございますね。

なぜ私がこのようなことにこだわるのかと申しますと、AOIさまはここで「差別 」などの「否定的な問題」を扱っておられますから、議論がどうしても「でも、その実感を絶対化してはいけないよ」という話になるのですが、そうした言い方は「逆の場合」にも当て嵌まるということに対して、あまりにも不用意なのでございます。

つまり、「殺人」や「戦争」や「身勝手」が「いけないこと」だという『今現在の』私の内面 の判断も、じつは「外部の影響」によって醸成された「偏見」でしかなく、案外、自分の手で人を殺してみれば病みつきになって「そんなに悪いものでもない。人間だって動物なんだから、弱肉強食の原理を否定する必要はない。弱者はどんどん殺されればいい」ということになるかも知れませんよ、と言ってるも同然だということなのでございます。

ですから、「外部の影響」などということで「自他の内面の価値観」を相対化するのは、正しい(有効な)批判ではございません。問題はいつでも『今現在の=今ここの』その人の内面 のみなのでございます。また、ですからこそ私は『今現在の=今ここの』私の内面 の価値観を「私のもの」として責任をもって明確に提示するのでございますよ。





( 以下は「日本人の責務(8)」につづく)


日本人の責務(6) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時51分18秒


 マム さま(つづき)

> まともな人というか、真面目な人だったら書く前に腰が引けちゃいますね。

正確に申しますと、『まともな人』『真面目な人』だったら「バカバカしく書かない」でしょうね。『書く前に腰が引けちゃ』うのは「気の弱い人」でございましょう。もっとも、ここで言う「気の弱い人」とは、私を基準にしておりますから、「普通 の人」と言い換えてもかまいません。

もちろん野茶坊さまのように、あんな出来損ないでも同じ学会員なんだから、見放さずに何とかしてやろうという「奇特な人」もおられます。これは「仏法」が「慈悲」行である以上、当然と言えば当然のことなのでございますが、問題はその「慈悲」行がその実行に際して、どういう形を取るのかでございます。それがただ単に「馴れ合い的おつきあい」つまり「見放さないだけ」に止まるのか、一歩踏み込んで「理非曲直」を正し、積極的に健全化を図るのか、ということでございますね。

> 一体夢野さんはどうしちゃったのでしょうか。夢野さん自体、多くの人と言葉のやりとりが全然続かず、二言目にはキレて「気に入らなければ来なくていいとか、自分でHP作ってそっちでやれとか、自分の費用で運営しているのだから文句いわれる筋合いはない」とかいって終わっていますが、ご自身も検閲の対象に充分入ると思いますよ。

要するに彼は「ちやほやして欲しい」だけなのでございますよ。そして、彼自身にはそんな自分がまったく見えていない。なまじ評論家の岡庭昇さまと知り合いになったものだから、自分まで一人前の言論人になれたつもりになっているのでございましょう。こういう「精神的田舎者」は、どこにでもおります。

彼が「池田先生の弟子」を強調するのも、それは「それだけ池田先生に心服随従している」ということではなく、創価学会内での「絶対権威」である池田氏について、その「コネ(繋がり)をひけらかしている」ということでしかございません。つまり夢野氏は、徹頭徹尾「田舎者の権威主義者」なのでございますが、私がそういう権威を片端から相対化したものですから、拠って立つ足場を失い「情緒不安定」になっているのでございましょう。

> 長々とくだらないことを書いてしまいました。すみません。
> アレクセイさまとホランドさまの暖かいお言葉への感謝と、井上さんへのご返事のつもりでした。残業終わって会社から取り急ぎ書いているものですから、今度カキコするときは、もっとましなことを書きます。

お仕事、たいへんでございましょうが、ご無理をなさらない程度に、この「花園」にお出でいただければ嬉しゅうございます。そして、いろんなお話をお聞かせいただければと存じます。





( 以下は「日本人の責務(7)」につづく)


日本人の責務(5) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時50分35秒


 マム さま
> 今回のマムの反省点としてもうひとつ
> それはマムがカキコする前に、同時代の掲示板の《注意事項》というのを読んでいなかったことですね。粗> 忽ものですね^^

> --------------------------------------------------------------------------------
> 「あまり気にせずに気軽にお願いします。当掲示板は管理人による管理を最大限に排除しようとしています。投稿者間のそれぞれの想いを最大限に生かし、横の繋がりを作っていただき・・・ 」と書かれた後に、
> --------------------------------------------------------------------------------
> 「(1)批判的・対立的スタンスをもつ人、(2)イチャモンをつけ揶揄する人、(3)一方的見解を押し付ける人、(4)削除されて言論弾圧と勘違いする人、(5)えらぶる態度の人、(6)独善的な人、(7)批判的な人、(8)わがままな人、(9)笑いを多用する人、(10)傲慢な人、(11)見下す人、(12)自分勝手な人、(13)自らのスタンスを語らない人、(14)文句や批判に終始する人、(15)事柄批判にとどまらず個人攻撃をする人、(16)不利益な人、(17)自分を棚上げして他者を非難する人、(18)論点をそらす人、(19)主張に一貫性のない人、(20)倫理的態度をないがしろにする人、(21)知識と才能をふりまわす人、(22)才知を気取る人、(23)傲慢な人」は、「断固として、異議を申し立てをし、書き込みをする者を拒否する 」と書いてますね。
> --------------------------------------------------------------------------------

> よくもここまで書いたりという感じですが、これを見て同時代の掲示板にカキコできる人っているのでしょうか。

また「おもしろい」ご報告をいただき、まことにありがとうございました(笑)。私も早速『同時代の掲示板の《注意事項》』を読んで、大いに笑わせていただきました。夢野さまは、完全に「幼時退行」しておられますね(笑)。……いや、笑ってはいけません。それだけ夢野さまが「深く傷ついた」とか「プライドをずたずたに引き裂かれた」ということなのでございますから(笑)。

> それにしても、マムのカキコは一体どの人にあてはまったのでしょう^^

う〜ん、どれも当て嵌まりませんね。ついでですから「(24)余計なことを書く人」という項目を増やしましょう。どうでしょうか?(>夢野さま)

> 一方で、新掲示板にカキコし削除されていない記事は、こういう人に当てはまる人ではないということでしょうか?その基準がよくわかりませんね。2チャンと変らないようなカキコしかないように思うのですけど。

その後、井上さんが加わって、少しはまともな議論も出てきておりますね。それを見て、夢野さまもその「尻馬に乗って」おられるようでございます。つまり、私が指摘したとおり、相変わらず、他人を利用しての「知識人ごっこ」をなさっておられるということでございます(笑)。

ちなみに夢野さまの「削除」の基準は、《注意事項》に記された上記の条件に「客観的に合致する場合」ではなく、あくまでも夢野さま個人にとって「主観的に合致する場合」なのでございますから、それを傍から客観的に見れば、『その基準がよくわかりません』ということになるのは、当然の結果 でございましょう(笑)。





( 以下は「日本人の責務(6)」につづく)


日本人の責務(4) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時48分15秒


 ino さま(つづき)

言うまでもなく、人は誰しも『歴史』から自由ではなく、だからこそ『歴史』の問題は重要なのでございます。そして、これは何も「国家」レベルの問題に限ったことではございません。

所詮、夢野氏は「同時代を考える」掲示板の管理人でしかなく、そこでなされた「議論」は、その議論に参加した者の共有財産であり、彼の個人的な都合で「無かったこと」にされては困るし、それを許してはならないのでございます。

「新しい歴史教科書問題をつくる会」などは、「従軍慰安婦問題」などの「日本の過去の醜行」をできるだけ隠蔽して、日本の歴史の「体裁を繕おう」としているのでございますが、夢野氏のなさっていることが、これと一体どう違うというのでございましょう? たぶん貴方さまは、自分の身近で「国家神道」問題や「現人神天皇」問題、「従軍慰安婦」問題などについての議論がおこれば、それらについての批判的な意見表明を、控えたりはなさらないでしょう。 しかし、夢野氏の「歴史隠蔽」を「黙認」する貴方に、いったいその権利があるのでございましょうか?

夢野氏は、

『日本はアメリカの植民地だ、という人もいますね。
世界で唯一の超大国=米国政府には逆らえず、従属するしかない――という厭世感が(政治家を含めて)日本に蔓延していますね。これではまるで、井上さんの言われるように米国のひとつの州じゃないのか、という怒りが出るのも当然でしょう。』(6月14日)

などと書いてますが、日本の「恩人」であり「管理者」である「アメリカ」を批判できないというのは、貴方さまの夢野氏に対する態度そのものではございませんでしょうか?

しかし、そうした「誤魔化し」が「公明党」や「創価学会」を腐らせて、今の醜態にいたらせたという事実を忘れてはなりません。自らも責任の一端を担っているものについて、その責任を担わずに「腐るにまかせておいて」、いざ腐りきって腐臭を漂わせはじめると、それを「臭い」と批判して、それで良しとする。そんなことでいいのでございましょうか? 貴方さまはそうした「愚行」を、繰り返すおつもりなのでございましょうか? そこに本当に「反省」などといったものがあったと言えるのでございましょうか?

……もちろん、これは貴方さま一人にかぎった話ではございません。あの掲示板に出入りした者で、管理人である夢野氏を明確に批判したのは、私ただ一人であり、あとの方は「曖昧」な形で「感想」程度のことを言ったに過ぎないのでございます。そして、その程度のことしかできないくせに、「権力の魔性」と戦うなどと「寝言」を言っているから、「創価学会」は腐ったのでございますよ。「創価学会」がダメになったのは、会員一人ひとりが、大聖人の「折伏精神」を受け継がなかったからでございます。「角がたつから」といって、当たり障りなく「助言」「感想」くらいで済ませておいて、それで「権力の魔性」と戦えるのならば、もとより「信心」など無用なのでございます。

> 最後に、ロムのみさせていただけるようご配慮いただけると幸甚です。

もちろんでございます。貴方さまを「慰めるだけの助言」なら他所でも聞けましょうが、貴方さまを「少しずつでも変えることができる批判」は、ここでしか聞けないことでございましょう。ここには「創価学会」には無いものがあるのです。……そう断言しておきましょう。反論のできる学会員はいないはずでございます。





( 以下は「日本人の責務(5)」につづく)


日本人の責務(3) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時47分24秒


 ino さま
> 正直な気持ち、私は同時代BBSと花園のBBSの同居が可能であろうと考えたのですが、アレクセイさんの言葉では「事実の直視」を避けた(アレクセイさんにとっては、夢野氏のBBSの過去ログ「放棄」に対して私が直視を避けている状態、「善悪」を判断しない状態)では、それは不可能と判断しました。

どうも、この文章は意味がわかりません。『同居』が不可能だというのは、ここ「花園」と「同時代を考える」掲示板の「両方に出入りすること」が不可能だということなのでしょう(から、『同居』という言葉は、この場合不適切だと存じます)が、なぜそうなるのでしょうか? そのような結論が導き出されるのは、変だとはお思いになりませんか?

> 仰る様、50mも走れず、マラソンも完走できないのは当然です。
> しばらく年単位で、又は本日以降このBBSを離れます。

『50メートルを完走できない者に、フルマラソンは不可能』なのですから、それならば貴方さまは、まず「短い距離=身近な問題」にきちんと対応すべきでございましょう。つまり、「同時代を考える」掲示板の「過去ログ隠蔽」問題こそ、貴方が当然対応すべき、身近な『情報戦』のひとつなのではございませんか? その欺瞞を見過ごしにしている人間が、どうして「世界政治レベルの情報戦(欺瞞)」について、何がしかの貢献が為しえましょう?
結局のところそれは、ホランドくんが紹介していた「声の届かないような遠い相手ならば、それがたとえどんなに強大な存在であっても、批判するのは比較的容易なことだ。本当に大変なのは、手の届く距離にいる相手を批判すること。こちらが殴れば、殴り返される可能性のある身近な相手を批判するのは、決して容易なことではない。しかし、それができてこそ、初めてそれは批判…批評の名に値するものになる」という、私の常識的な意見に反するものだと申せましょう。

つまり、貴方さまに、そうした「身近な問題」と戦う気があるのならば、貴方さまが出入りの禁じられているわけでもない、二つの掲示板の両方に出入りすることは、まったく可能なのです。なのに、それができないというのは、貴方さまが、「身近な戦いの必要性」を説くこの私から、「逃げ出した」ということにしかならないのではございませんか?

例えば、貴方さまが「黙認」している(これは池田大作氏が「公明党の選択」を「黙認」しているのと同じ問題) 夢野氏は、「同時代を考える」掲示板の『過去ログ問題に関して』

『これまで僕は、サイトの歴史とかあまり考えたこともないし、そのようなご意見をいただくこともありませんでした。僕自身は新しくまたやっていけばよいのではないか、と思っていましたが、どうなんでしょうか? 他の方のご意見をお聞きしたく思います。』(6月3日)

などという「しらじらしいオトボケ」を言っておりますよね。貴方さまは、日本の為政者が「これまで僕は、日本の(戦争の)歴史とかあまり考えたこともないし、(従軍慰安婦や朝鮮併合など)そのようなご意見をいただくこともありませんでした。僕自身は(過去のことは忘れて)新しくまたやっていけばよいのではないか、と思っていました」などと発言することをお許しになりますでしょうか? 





( 以下は「日本人の責務(4)」につづく)


日本人の責務(2) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時45分30秒



*********以下、転送・転載 大歓迎*********


    ☆「シャヒード展」京都連続プレ企画 第2回 ☆
  
        占領下のパレスチナを撮る
      ― 土井敏邦さんの西岸・ガザ報告 ―

       625日(水)19時〜21時

       京都大学文学部新館第3講義室
      学生500円/一般800円・手話通訳あり

 2002年4月、イスラエル軍の大侵攻によって虐殺が行われた、ヨルダン
川西岸地区のジェニン難民キャンプ。長年パレスチナを取材してきた土井
敏邦さんは、いち早く現地に駆けつけ、まだ死臭が漂うキャンプで、いっ
たい何が行われたのかを記録しました。今年に入ってからは、イスラエル
軍による家屋破壊が急増しているガザ地区に滞在し、その暴力のありよう
とそこでの人々の生活を撮影されています。イスラエルの侵攻と占領の実
態がどのようなものであるかについて、土井さん自らが撮影された映像と
ともに、お話していただきます。

■土井敏邦(どい・としくに):1953年生まれ。中東専門誌の編集者を経
てフリー・ジャーナリスト。'85年以来パレスチナを取材。'93年からビデ
オ・ジャーナリストとしても活動し、テレビ各局でパレスチナやアジアに
関するドキュメンタリーを放映(NHK「BSプライムタイム」やTBS「報道特
集」など)。「日本ビジュアル・ジャーナリスト協会」設立世話人。著書
『占領と民衆―パレスチナ』(晩聲社)、『アメリカのユダヤ人』(岩波
新書)など。

会場へのアクセス
京都駅→市バス17号か206号○四条河原町→市バス201号○地下鉄今出川→
市バス203号○京阪出町柳→徒歩8分

駐車場はありません。お車でのご来場はご遠慮ください。バイクでお越し
のかたは、正門の案内板に従って駐輪してください。

会場:京都大学文学部新館第3講義室(地図↓)
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=kokosp&F=mapi0508000030612021454

*当日、会場では土井敏邦さんの『パレスチナ ジェニンの人々は語る
──難民キャンプ イスラエル軍侵攻の爪痕』(岩波ブックレット)な
どを頒布します。

◇「シャヒード展」京都連続プレ企画 今後の予定◇
第3回  7月08日  映画『プロミス』上映
第4回  7月21日  森沢典子さんのパレスチナ報告「パレスチナで暮らして」

主催  「シャヒード展」京都準備会
連絡先  090-8167-7498
メール  kyoto-shaheed@mail-office.jp(「-」は二つともハイフンです)
郵便振替  00980-7-246197「シャヒード展京都準備会」
協力  「シャヒード展」大阪企画実行委員会・さぼてん企画

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ○「シャヒード、100の命〜パレスチナで生きて死ぬ こと〜」展○
【今年8月15〜31日、立命館大学国際平和ミュージアム(京都市北区等持院北町)に
て開催】

「シャヒード」とはアラビア語で「殉じて亡くなった者、証しびと」の意味。2000
年9月末に始まった第二次インティファーダ(イスラエルの占領に対するパレスチナ
人の抵抗運動)の中で、この2年半の間に約2500名のパレスチナ人が殺されています
(うち子ども469人、5月10日現在)。同展は、その最初の犠牲者(シャヒード)100
人の追悼展です。シャヒード一人ひとりの肖像写真と、彼/彼女が生前愛用した品を
展示します。シャヒードそれぞれの固有の生に私たちが出会うことを通して、彼らの
生を奪った出来事の意味をとらえ返す試みです。東京・沖縄などでの開催情報ほか、
詳細は公式サイト[http://www.shaheed.jp]をご覧ください。

─────────────────以上──────────────────





( 以下は「日本人の責務(3)」につづく)


日本人の責務(1) 投稿者:園主  投稿日: 6月14日(土)18時44分02秒

みなさま、私、さる今月5日、AOIさまがご紹介くださったパレスチナ映画上映会+報告に行ってまいりました。そこで、レバノンのパレスチナ難民キャンプの実状をつたえる映画を観、「里親制度」により現地に「里子」を持つ日本人女性(大学教員)による、現地視察報告を聞いたのでございますが、それで感じたことは、やはり「私たちは世界の現実に対して、あまりにも無知だ」ということでございました。
しかし、その一方、その後読んだ『有事法制批判』(憲法再生フォーラム編・岩波新書)により、私が無知なのは何も「世界の現状」ではなく、「日本の現状」についてすら無知だということを、痛感させられたのでございます。そして、そこで思い出したのが、チョムスキーが辺見庸に求めた「日本人としての日本の現状に対する責任」でございます。
日本が軍国化して日本人が死ぬのは、いわば「自業自得」でございます。しかし、日本が軍国化し、アメリカへの従属度を強めれば、迷惑を被るのは諸外国でございましょう。ですから、パレスチナの問題など放っておけとは申しませんが、我々日本人は、最低限、まず日本の問題については、その責任を、世界の人々に対して全うしなければならないのだと、私は斯様に考えたのでございます。

なお、前記パレスチナ映画上映会+報告を企画した「シャヒード展」京都準備会からメールが届きましたので、以下に転載しておきます。関西在住のみなさまは、ふるってご参加下さいまし。

===================================

◇◇「シャヒード展」京都準備会からのお知らせ◇◇

みなさま、先日はシャヒード展プレ企画第1回にお越しください
まして、本当にありがとうございました。前回、アンケートで
連絡先をくださったみなさまにこのメールは送信させていただい
ています。ご都合が悪い方はどうかお知らせ下さい。

前回もお知らせした第2回のちらしができましたので、ここに
メール版でお知らせします。要望が多かった映画「プロミス」の
日程も決まりました。よろしかったら、ご友人、お知り合いに
転送くださいませ。(また、紙のチラシもありますので、メール
で枚数をご連絡いただけましたら、送付いたします。その際は
送付先をお知らせ下さい)

第2回講師の土井敏邦さんは、昨年のジェニン大虐殺、今年のガ
ザでの家屋破壊の様子を映像で(TBS「報道特集」など)伝えてき
たジャーナリストです。サイードのNHKの番組なども撮られてきま
した。

関西で土井さんのお話を聞ける、数少ない機会だと思われます。
どうかふるってご参加下さい。土井さんの撮られた映像も流します。

(お知らせ、重複になる方、すみません)
どうかよろしくお願いします。

「シャヒード展」京都準備会
連絡先  090-8167-7498
メール  kyoto-shaheed@mail-office.jp





( 以下は「日本人の責務(2)」につづく)


『パンダコパンダ』2 投稿者:AOI  投稿日: 6月13日(金)21時11分24秒

ファミマーに行って来ました(笑)。そう!『パンダコパンダ』(笑)。
こちらでは、清涼飲料のおまけになっていますが、他地域でもそうなのでしょうか?
食玩のフィギュアとは違って、フィギュア入りの袋がペットボトルの首にかかっているだけで、ほんと“おまけ”です。そのへんがチープな感じで物足りないひともいるかしらね?
ちょっと塗りが甘いです(笑)。
Keenさまの守備範囲ではなかったようですけど、『ミミ子ままとパンちゃん』(ゲット!)は、足をハの字に開いて座ったミミ子ままのパンちゃんを優しく抱く手や表情がたまりませ〜ん!
パンちゃんの片目がうっとり幸せそうです。温もりと重みが伝わってきますね。
『おやすみパンちゃんととらちゃん』もかわいいです。とらちゃんの無防備・野放図な寝顔。パンちゃんが寝ぼけた顔でベットから落とされてるところに関係が見えてますね(笑)。
これが当たるまで買うでス!
『おかえりパパンダ』(ゲット!)も気持ちよさそう。トトロの原型かな?

ペットボトルは、ちょっと困るんだけど・・・ベムラーに噛みつかれそうだったんだもんねー(反動)。


よくよく考えるに 投稿者:Keen  投稿日: 6月13日(金)15時14分57秒

これは「用法」の違いかなあ、と。
例えば、「〜な処置」という表現にふさわしいのは、「寛大」と「厳格」であって、「寛容」ではない、ということです。
それと、「狭量」というと「広量」がありますから、「偏狭」の方がよさそうですね。

つまり、どちらが「正解」か、ということが問題なのではなく、どういう文脈で使われるか、にかかっているのでしょう。言葉は、単語だけで使うものではありませんからね。


字面の意味と 投稿者:Keen  投稿日: 6月13日(金)11時11分38秒

昨日の「TVチャンピオン」は、何やら「親子漢字王選手権」のようなものでした。
私はキチンと見てなかったのですが、最後の出題とその正解に違和感を覚えました。
熟語の反対語を書かせる、というパターンで、「あ、ナルホドねー」という感じでつらつら見てたら、チャンピオンシップ・ポイントである最終問題が、「寛容」でした。
さて、この反対語は何でしょう……
私は「狭量」と考えましたが、正解は「厳格」でした。
「ええ〜っ?違うんじゃないの〜?」と、思ったのは私だけでしょうか。
ちなみに、「厳格」の反対語は、と問われたなら、私ならば「寛大」と答えるでしょう。

単なる、言語感覚の違いかなあ。それとも、私の力不足か。
言葉の意味は、発信者と受信者との間で、かなり大きな違いがあるかもしれないな、と感じました。


おやすみなさい。 投稿者:野茶坊  投稿日: 6月13日(金)00時25分43秒

☆園主さま

『同時代』過去ログ復刻感謝。取り急ぎお礼まで。

イラチの虫が多忙に紛れる昨今。

>もはや、あの掲示板は、(同じところで足踏みをなさっている井上さま以外の)まともな人には見放された様子でございますね。

見放すにはあまりにも・・・。何せうちらの看板しょってますから・・・。
忠犬コン太の後は、野生児・野茶坊が引き継いでみましょうか。
あ、俺はまともじゃないんだ(笑)。

それにしてもここは、つい反応したくなる書き込みが多すぎていかん!  
とりあえず今夜は飯食って風呂入って勤行して寝ます。実は今帰ってきたところでして・・・。

子どもの寝顔、いつ見てもいいですね。『有事関連三法案』。奥歯を噛みしめる。

ではまた。みなさま、おやすみなさい。


♪手の中の星をあなたの空へ〜 投稿者:AOI  投稿日: 6月12日(木)09時22分08秒


今日もまた遊びに
骨を折る
手の中の星を
あなたの空へ

勢い惜しむらく
限りあるゆえ
花にたとえの生ならば
手の中の星をあなたの空に

長雨の窓に
種を吹く
ふうふうとグミの
種を吹く
侘び侘びの数ほども
怒れる数ほども
花は哀れの生ならば
手の中の星をあなたの空に  

―『星のプロセス』 友川かずき―

☆inoさま

大先輩より宿題です(笑)!

>「ふーるさとの 丘にいて ざらざら乾いた のどかさが 俺の刃物に 泥を塗る 殺されたくない なら 殺せ 殺したくないなら 首くくれ」

次にお越しの時には、この曲(↑)のタイトルを教えてくださいませ。
友川さんのCDは、9枚ほど持っていますが、初期のもの(?)はよく知らないのです。
よろしく〜!(^-^)/~~

☆園主さま

>私は古風な「男らしさ」「女らしさ」に惹かれるところがございまして、言うまでもなくこれは「性差別 」を含むものだと存じます。

>私は自覚的には「反・差別」者であり、「性差別」についても反対しております。
しかし、現実に「ごつい男が女装していたら、気色悪い」と感じます。これは「らしくない」ことへの「違和感・反感」であり、「らしい」というのは文化的に虚構された「型」であり「偏見」でございましょう。

(つっこみ/笑)しなやかな男性が女装していることに関してはいかがですか?

>ですから私は、そうした「男性の女装の自由」の「権利」を認める反面、個人的にはそうしたものを「好みません」。……私がこうした中途半端な立場に止まっているのは、「公」のものとしての「差別 」は認められないものの、「個人の内面」の問題として「好悪・優劣」の主観的決定は避けられない、と考えるからでございます。
>つまり「不美人よりは美人を選ぶ」というのは「しかたのないこと」であり、それは「差別 」ではない、と考えるのでございます。

以前、内田樹さまの著書についての感想でも言ったことでもありますが、『「個人の内面 」の問題として「好悪・優劣」の主観的決定は避けられない』ということについては異論はありません。

人間の歴史は個人の内面の中へも流れ込んでいて影響を受けないでいられるということもまた、不可能なことだといえます。
気をつけなければならないことは、本人の自覚としての「好悪・優劣」が個人の内面 の問題としてあるかどうかは甚だ不確かだということですね。
例えば、男性が女装していることが気持ち悪いと思っていたが、ある日余興でやらされて、以来女装することに快感をおぼえる。というようなこともあるわけですね。園主さまだって女装してみたら・・・ってことも(笑)。
つまり、いままで個人的内面的なものとして持っていた「好悪・優劣」は社会的に認知されているものを自分の個人的な「好悪・優劣」だと思い込んでいたに過ぎないとということもあるわけですね。ですから、「好悪・優劣」もあくまで、絶対的なものではなく、今現在のということになるでしょうね。
また、人間の歴史や時代が個人の中へ流れ込んでいる以上、それらによって個人の「好悪・優劣」も影響を受け、その影響を自己のうちに内面 化してしまうとこと危うい面もありますね。
特に、より社会的に弱いものは、時代や社会から要請された「らしさ」によって、本来の主観的な「好悪・優劣」が歪められてしまうというように。そういう歪みは内的葛藤となって精神の均衡をも失わせてしまうこともあるでしょう。
高村智恵子が何故精神を病んでしまったのか?
白人の主人以上に黒人を見下す黒人奴隷とは?

いずれにしても、園主さまが『「型(=硬質性)」に対するこだわりみたいなもののように思えるのでございます』といわれていることについてはとてもよく分かります。つまりは、境界が厳然とあって、その境界を侵犯しようとするところにエロティシズムを
感ずるということなのではないでしょうか?境界がなければエロティシズムを感じられないというように。


>すなわち「差別」とは、「公(客観)の問題」であり、「個人の内面(主観)の問題」ではない。なのに、それらを混同するところから、「差別 」の問題が発生するのだ、という考え方でございます。

>そしてそれは、「公(客観)の問題」を「個人の内面(主観)の問題」化するパターンと、逆のパターンがあり、前者は政治的に作られた「階級=身分」を個人が内面 化することにより発生する「部落差別」「外国人差別」などのパターンであり、後者は、個人の主観を社会化することにより発生する「容貌差別 」「障害者差別」などでございましょう。

パターン化するとこういうことはいえると思いますが、お互いに絡み合っている問題であり、差別 の問題の難しいところですね。
個人的には人間の欲望に大きく起因していると思います。


あえて問う。どちらが「正義の言論」か。 投稿者:園主  投稿日: 6月12日(木)01時38分20秒

 みなさま
「同時代を考える」掲示板の管理者 夢野氏による意図的な「過去ログ隠蔽」のせいで、リンク切れが発生していた創価学会の人々―― 討論・戦争と組織と信仰をめぐってに、大幅改訂増補を加えて、「同時代を考える」掲示板の「過去ログ」についても、可能な限り復刻いたしました。

特に、夢野氏が隠蔽しようとした部分と、創価学会員のみなさまによる「イラク戦争」をめぐる議論の大半は、再現することができました。どうぞ、ご覧になって、何が「正義の言論」かを、しかとご確認下さいまし。


なお、本日は時間がございませんので、みなさまへのレスは後日とさせていただきます。悪しからず、ご了承下さいまし。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


(無題) 投稿者:マム  投稿日: 6月11日(水)23時31分56秒

アレクセイさま、ホランドさま

ご迷惑をおかけしたにもかかわらず、暖かい言葉ありがとうございます。

井上さま

謝罪といわれましても、なにかピンときません。何も気にしていませんというか、カキコするとき井上さまの記事は私の頭の中にはなかったのですよ。
トムさんの、「コン太さんはどこ?」を見て、「みんなここ(アレクセイの花園)にいるよ」と直裁に書いただけのつもりが、井上さんに誤解を与えたのですから、謝罪すべきはマムかもしれないですね。こんな簡単な言葉でも、人の受け止め方によってはいろいろだと思うと、つくづく言葉は難しいなあと思いました。ということで、マムのことは気にしなくていいですよ。


今回のマムの反省点としてもうひとつ
それはマムがカキコする前に、同時代の掲示板の《注意事項》というのを読んでいなかったことですね。粗忽ものですね^^

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「あまり気にせずに気軽にお願いします。当掲示板は管理人による管理を最大限に排除しようとしています。投稿者間のそれぞれの想いを最大限に生かし、横の繋がりを作っていただき・・・ 」と書かれた後に、
--------------------------------------------------------------------------------
「(1)批判的・対立的スタンスをもつ人、(2)イチャモンをつけ揶揄する人、(3)一方的見解を押し付ける人、(4)削除されて言論弾圧と勘違いする人、(5)えらぶる態度の人、(6)独善的な人、(7)批判的な人、(8)わがままな人、(9)笑いを多用する人、(10)傲慢な人、(11)見下す人、(12)自分勝手な人、(13)自らのスタンスを語らない人、(14)文句や批判に終始する人、(15)事柄批判にとどまらず個人攻撃をする人、(16)不利益な人、(17)自分を棚上げして他者を非難する人、(18)論点をそらす人、(19)主張に一貫性のない人、(20)倫理的態度をないがしろにする人、(21)知識と才能をふりまわす人、(22)才知を気取る人、(23)傲慢な人」は、「断固として、異議を申し立てをし、書き込みをする者を拒否する 」と書いてますね。
--------------------------------------------------------------------------------

よくもここまで書いたりという感じですが、これを見て同時代の掲示板にカキコできる人っているのでしょうか。

それにしても、マムのカキコは一体どの人にあてはまったのでしょう^^
一方で、新掲示板にカキコし削除されていない記事は、こういう人に当てはまる人ではないということでしょうか?その基準がよくわかりませんね。2チャンと変らないようなカキコしかないように思うのですけど。

まともな人というか、真面目な人だったら書く前に腰が引けちゃいますね。

一体夢野さんはどうしちゃったのでしょうか。夢野さん自体、多くの人と言葉のやりとりが全然続かず、二言目にはキレて「気に入らなければ来なくていいとか、自分でHP作ってそっちでやれとか、自分の費用で運営しているのだから文句いわれる筋合いはない」とかいって終わっていますが、ご自身も検閲の対象に充分入ると思いますよ。

長々とくだらないことを書いてしまいました。すみません。
アレクセイさまとホランドさまの暖かいお言葉への感謝と、井上さんへのご返事のつもりでした。残業終わって会社から取り急ぎ書いているものですから、今度カキコするときは、もっとましなことを書きます。


だって、ネコですもん。 投稿者:アーニャ  投稿日: 6月11日(水)16時52分32秒

☆ホランドくん

>アーニャは「ネコ」で虎と親戚関係だから、タイガースのファンなのかな?

「猛虎・花形満」は好きだけど、野球自体には、あんまり興味ないのよね。

>それとも名古屋出身(?)ということで、ドラゴンズファン?

先代シンボルキャラの「青いコアラ」、その名も「ドアラ」(!)には恐れ入ったものだけど、格別 の思い入れはないわねえ〜。

>それともボクと同様、特に好きなプロ野球チームは無いっていうことなのかな?

そう。Keenさま同様、「赤鯱(グランパス)」よ♪
ボールは、やっぱり棒で打つより、足で転がして遊んだ方が楽しいわ。私は前足、人間は後ろ足(?)という違いがあるようだけれど。(^0^*

それにしても、ネコがのんびりお昼寝してられるような世の中であって欲しいものだわね。
昼寝のフリして、諜報活動してるかもしれませんけどね……フフフ♪

☆ご覧の皆さま

「政治」や「信仰」の云々に関わらず、お気軽に「趣味」の話でも書き込んで下さいね。


それでは皆さま、ごきげんよう。にゃあ〜♪


時代の空気のなかで(4) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月11日(水)13時52分06秒


 マム さま
> 同時代の掲示板にコン太さんはどうしたのみたいなカキコがあったから、
> 皆さんここの掲示板にいるみたいだよと書きました。

> それだけなのに、次にアクセスしたら
> ----------------------------------------------------
> あなたたと同一のホストの方が過去不適切な発言を行ったため
> 残念ながらしばらくアクセスできません
> ----------------------------------------------------
> と表示され同時代の掲示板が見れなくなっちゃいましたよ^^
> アレクセイさんとマムは何の関係もないのに被害妄想もここまでくるとお笑いですわ

> ご迷惑をおかけしてはいけませんので、説明と念のためお詫びしておきます

 ご報告、ありがとうございました!

 それにしても、ロムもできないなんて、つまらないですね。きっと、夢野さんが信仰なさっているのは「小乗仏教」なんだと思います(笑)。

 でも、真面目な話、同じ信仰をしていながら、人によってこれほどの開きが出るなんて、曰く言いがたいものを感じます。
 本来、信仰っていうのは、人間のダメな部分を改善してくれるものなんだと、信仰を持たないボクなんかは思ってるんですが、「同時代」掲示板を見ていると、信仰っていうのは「良い人をさらに良く、ダメな人をさらにダメにする」んじゃないかという印象をうけました。たぶんこれは、「信仰」とは「聖性と魔性」が激しくせめぎあう場所だから、ということなんでしょうけれど。

 またのお出でをお待ちしております。信仰の話にかぎらず、なんでも気楽にお書き込みにいらして下さいね!


 アーニャ
 そう言えば、アーニャは「ネコ」で虎と親戚関係だから、タイガースのファンなのかな? それとも名古屋出身(?)ということで、ドラゴンズファン? それともボクと同様、特に好きなプロ野球チームは無いっていうことなのかな?


 園主 さま
> 夢野さんの「過去ログ隠蔽」を支持しているのは、私にこてんぱんに論破された「Jonathan」さんだ。彼は夢野さんに「暗証番号」付き掲示板の使用まで提案している。彼らの欲望するものとは、まさに「タコツボ=愚者の楽園」だな(笑)。

 マムさんのご報告でわかったことですが、まさかあそこまでやっているとは思いませんでしたね。これはもう、文字どおりの「排外主義」で、今の日本の姿そのままだと思います。

 その一方、こういう人が素面で「世界平和」を語るんだから、つくづく「字面 」は信用できない。やはり紙背まで読まなければと思いました。これは「日本政府の言うこと(公式見解)」についても、同じことなんでしょうけどね。





 ではでは、みなさん、また今度(ハート)。


時代の空気のなかで(3) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月11日(水)13時51分34秒


 ino さま
> 正直な気持ち、私は同時代BBSと花園のBBSの同居が可能であろうと考えたのですが、アレクセイさんの言葉では「事実の直視」を避けた(アレクセイさんにとっては、夢野氏のBBSの過去ログ「放棄」に対して私が直視を避けている状態、「善悪」を判断しない状態)では、それは不可能と判断しました。

>しばらく年単位で、又は本日以降このBBSを離れます。

 せっかく復帰なさったのに、さっそく暇乞いだなんて、とても残念です。
 でも、「花園」の基本方針は「来る人は拒まず、去る人は追わず」で、個人の判断を最大に尊重するというものですから、あえて引き止めはいたしません。
 ただ、帰ってきたくなったら、いつでもそうして下さいね。明日だってかまいません。園主さまも「同時代」掲示板で、『君子、豹変す』なんていって、退去宣言を撤回して、すぐに復帰したりしたでしょ(笑)。

 でも、これからは直截に叱咤激励してくれる人がいなくなるわけですから、その意味では、道を過たずに進むことは、とても大変になりますよ。向こうでは「それは違う。なぜならば」とやってくれる人はいないでしょうからね。
 そして、今度はinoさまご自身が、それをやらなければならないのだと思います。拝見していると、今までは「どう思いますか?」という「問いかけ」形式が多かったようですが、これからは一歩踏み込んで「それは違うんじゃないでしょうか? なぜならば」とやるべきだと思います。そうでないかぎり、議論が深められることは、ほぼ無いだろうからです。

 以前、園主さまは、ミステリ作家の法月綸太郎を批判して「声の届かないような遠い相手ならば、それがたとえどんなに強大な存在であっても、批判するのは比較的容易なことだ。本当に大変なのは、手の届く距離にいる相手を批判すること。こちらが殴れば、殴り返される可能性のある身近な相手を批判するのは、決して容易なことではない。しかし、それができてこそ、初めてそれは批判…批評の名に値するものになる」んだという主旨のことを書かれていました。

 つまり、ボクたち「名も無き市井の日本人」が、「アメリカ」や「小泉首相」をBBSで批判すること自体は、それほど難しいことではないんですね。内容を問わないんであれば、小学生だってそのくらいのことは充分に可能でしょう。
 でも、自分が今いる場所を対象として、批判を繰り広げるのは、決して容易なことではありません。そんなことをすれば、それが有効な批判であればあるほど、「迫害」され「排除」されるというのが目に見えているからです。・・・「それでも、貴方は批判を続けることができるか?」と、園主さまはそれを問われているのだと思いますし、それが「権力に抗する」ということなんだと思います。

> 最後に、ロムのみさせていただけるようご配慮いただけると幸甚です。

 もちろん、ロムは自由ですよ。ボクたちはいつでも、inoさまが読んで下さっているつもりで書いていますから、それを忘れないで下さいね。

> ではアレクセイさん、ホランドさん、皆様お元気で。お世話になりました。

 inoさまこそ、お元気で。ボクたちも、inoさまのご活躍を見守っております(^-^)。





( 以下は「時代の空気のなかで(4)」につづく)


時代の空気のなかで(2) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月11日(水)13時50分28秒


 神野恭治 さま
> レイ・ブラッドべリ短編集『刺青の男』

> 作品の中で登場する「夢のような機械」の数々にほのかにレトロの匂いがするのも良かったです。
> 他の著書も読むのが楽しくなってきました。

 たぶん、今、ブラッドべリを読むことの意味(価値)は、その『レトロの匂い』を味わうことなんだと思います。園主さまも書かれているとおり、技巧的に作られた『レトロの匂い』と、自然にそなわった「時代の匂い」としての『レトロの匂い』というのは、「似て非なるもの」でしょうからね。

 小説では、「筋立ての面白さ」や「被描写物の独自性」などの(エンターティンメント小説では重要視される)「要素」だけが問題なのではなく、いわく言いがたい「雰囲気」「匂い」というものが、とても大切なんだと思います。逆に言えば、いくら「巧みに作られた小説」であっても、そういう「技巧」からの余剰として「雰囲気」「匂い」を持たなかったら、その作品は時代を越えていくことは出来ないんじゃないかと思います。

 だから、今、ブラッドべリを読むということは、かつてアメリカにはこういう「空気」が流れていて、そのなかで、人々が未来に希望を抱いたり失望したりしながら生きた時代があったんだということを、「理屈」じゃなくて、「雰囲気」「匂い」「空気」として直接味わう、ということなんだと思います。言い換えればそれは、自分の生きる「この時代の日本」を知るということでもありますからね。


 さま
>>「内面の問題」だけを考えるのではなくて、それを「外部(現実)の問題」と対応させながら考えることが大切なんだと思います。

> 全くです(汗)どうも内へ内へと向かう性質が・・外へと気持ちを向けようと、最近、高雄あたりで日向ぼっこをしたり・・ってホランドさまの意図が伝わってない?
> ゴメンナサイ。あまり無いアタマでヒネクリ、ヒネクリ考えないようにします。
> 「もっと楽しめよ、淳!」

 そうです(笑)。大切なのは「楽しむ」こと。例えばそれは、いろんな難問にアタマを『ヒネクリ、ヒネクリ考え』ることだっていいんですよ。
 要は、一般に「苦しい」と思われることも、楽しんでやれれば、苦痛じゃないということです。でなきゃ、誰が格闘技とかマラソンとかするでしょう。つまり、そういうものをイヤイヤやってもロクなことはないけど、楽しんでやれるのなら、それは人間のみが持ち得る、すばらしい「楽しみ」になるんだということです。





( 以下は「時代の空気のなかで(3)」につづく)


時代の空気のなかで(1) 投稿者:ホランド  投稿日: 6月11日(水)13時49分37秒

 みなさん、こんにちは! 阪神タイガースが強いですねえー(笑)。連敗したとか言ってますけど、まだ例年の8連敗とか9連敗ってのをやったわけではありませんから、独走体制に変わりはありません。オールスターの人気投票でも、中継ぎピッチャー以外、すべてのポジションでタイガースがトップ。しかも得票数は、他のチーム選手の追随を許さない断トツです。やっぱりタイガースファンって多いんだなあーと感心したんですが、お借りしていた『新本格猛虎会の冒険』(有栖川有栖他・東京創元社)をお返しした際に、園主さまにそう言ったら、園主さまは「まあ、にわかファンがそうとう増えているのは間違いないだろうな。最近は、またサッカーJリーグの人気が下火のようだから、ワールドカップの時のにわかサッカーファンの半分くらいが、タイガースの方に横すべりしたんじゃないか。甲子園球場に言ったら、虎の縦縞のフェイスペインティングをしたのに会えるかも知れないぞ」と皮肉なことを言っていました(^-^;)。

 ちなみに『新本格猛虎会の冒険』ですが、正直言って、いまいちでした。いちばん面 白かったのは、逢坂剛さんの序文「阪神タイガースは、絶対優勝するのである!」でした。「タイガースファンの論理」が見事に再現されていますよ(笑)。
 なお、この本の初版刊行日は『2003年3月28日』で、もちろんタイガースの独走体制など想像もできなかった時期です。さて、逢坂さんの断言は、「今年こそ」予言となるのでしょうか?(笑)





 AOI さま
> 『スキャナーズ』を借りてきました。Keenさまお奨めの『デッド・ゾーン」もありましたよ。次回には。
> でも、クローネンバーグを続けて観てもいいものでしょうか?(笑)。

 いいなあー。最近、映画も観に行ってないし、ビデオも観てない。一人で観に行けば良いんでしょうけど、ボクは熱心な映画ファンというわけではないから、そこまでする気にもならないんですよね。観る前、観た後、ああだこうだと言い合うことの方が楽しい、という部分があるから・・・(^-^;)。


 ハムちゃま さま
> 実はセーヤのやつ、最近本が読めないんでちゅよ!!!なんでもページをめくるだけで疲れるとか、内容に興味がわかにゃいとか!!!

> それと映画も30分観れば眠くなるそうでちゅ!!!セーヤのやつ、最近、どんなことにも面 白さを感じられないとか言ってまちゅよ!!!ゲームのほうもなんとか「面 白さ」を見出そうとしてるらちいでちゅが、なかなか難しいようでちゅね!!!

> なにはともあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜れ!!!ケンカの相手がこれじゃ張り合いがでまちぇん!!!セーヤにはもう一回若返ってもらいたい!!!

 そうだったんですか。ボクも影姫さまには早く元気になっていただいて、ハムちゃまさまと「仲良くケンカ」して欲しいなと思います。・・・子供の頃、見た『トムとジェリー』みたいに(笑)。


 Keen さま
> 日本では、伝統的に「男が泣くもんじゃない」なんて言われますけど、私は「泣ける」殿方が好きですわ。それも、メソメソじゃなくって、何かに「感動して」。
> 『巨人の星』の特別編集版、『猛虎・花形満』やっと見てますが、よく泣きますね〜。フフフ♪

 『日本では、伝統的に「男が泣くもんじゃない」なんて言われます』が、これは「男は、強くあらねばならない」ということだったからでしょうね。つまり、男が一家の「主人」であったり「大黒柱」であるという、「男性優位 社会」としての自己認識があったからでしょう。

 でも、本来「泣く」ことと「強い」こととは別物なんですよね。「泣く」というのは、「笑う」「怒る」と同様、激しい感情の発露なんですが、それらは「強い意志」を持っているからこそ「抑制」できる反面 、「強い意志」を持っているからこそ「開放」できるという性格のものでもあるからです。

 『巨人の星』なんかに見られる「泣き」というのも、「強い」男たちが、「脇目も憚らず、堂々と」泣くから良いんだと思います。つまりそれは「強さ」ゆえの「泣き」なんじゃないでしょうか。

 もちろん、「強く」あることに男女の区別はありません。男も女も「強く」あるべきでしょうし、その強さに支えられた「素直な感情表現」として「泣く」という行為はなされるべきなんでしょうね。





( 以下は「時代の空気のなかで(2)」につづく)


ご挨拶 投稿者:ino  投稿日: 6月11日(水)06時49分44秒

☆アレクセイさま

正直な気持ち、私は同時代BBSと花園のBBSの同居が可能であろうと考えたのですが、アレクセイさんの言葉では「事実の直視」を避けた(アレクセイさんにとっては、夢野氏のBBSの過去ログ「放棄」に対して私が直視を避けている状態、「善悪」を判断しない状態)では、それは不可能と判断しました。
 せっかく今まで、言いにくい事も、私に言ってくださったのにも拘らず、仰る様ご期待に添えなかったようです。申し訳ありません。嘆くのみではなんにもならない(趣意)、信仰に対して不誠実(趣意)、この言葉、しかと胸に刻んでおります。
 仰る様、50mも走れず、マラソンも完走できないのは当然です。
 しばらく年単位で、又は本日以降このBBSを離れます。
 マムさんの謝罪に関しては、同時代掲示板で、失礼なことを申し上げ、お詫びしたかったのです。何にもならないかもしれませんが。
 格好だけの信仰はやめます。人に気に入られようと焦ることもやめます。大聖人にほめていただける人間になることを目指して、生きていきたいと思います。
 ではアレクセイさん、ホランドさん、皆様お元気で。お世話になりました。
最後に、ロムのみさせていただけるようご配慮いただけると幸甚です。


自業自得の潔さ(下) 投稿者:園主  投稿日: 6月11日(水)00時35分15秒


 マム さま
はじめまして。ようこそいらっしゃいました。

> ご迷惑をおかけしてはいけませんので、説明と念のためお詫びしておきます

そうでございますか。こちらこそ巻き添えを食わせてしまい、申し訳ございません。

私は、この掲示板に掲載した「夢野氏宛てのメール」(本年6月2日付け『証拠隠滅――消された「「同時代を考える」掲示板」ログ』所収)にも書きましたとおり、夢野氏の『今後は、出入りをご遠慮いただきたく思います。』という「管理人としての要請」に応じて、『掲示板への「出入り拒否」については、管理者の権利ですから、ご指示に従います。』と約束しましたので、それ以降、夢野氏が管理する『《同時代を考える》会HomePage』の掲示板には書き込みをしておりません。そのせいか、今だに閲覧は出来ております。

それにしても「脳乱する」とは、今の夢野氏のような状態を言うのでございましょうね。
夢野氏が、どんな「悪口」を書かれているかと心配して、この「花園」をロムしているのは、まず間違いのないところでございましょう。しかし、そうであれば、私があちらの掲示板に登場して以降、あちらの掲示板から来られ、こちらの常連となられてた方が三人もいるという事実は、とうぜん夢野氏も承知なさっているはずでございますし、そうであれば、あちらの掲示板閲覧者数十人が、ここ「花園」をロムされるようになっているくらいのことも、当然わかっているはずでございます。もちろんトムさまのように「鬼神アレクセイ」の掲示板なんか怖くて見れないという方もいらっしゃいましょうが、大抵の方はこちらの方も覗いて、夢野さまが「隠したがっている事実」の大半をすでに承知しているはずだというのは、普通 に考えればわかることなのでございます。
ところが、貴方さまに対して、そんな「恥の上塗り」にしかならないことをあえてするというのは、夢野氏がすでに「脳乱」して、理性的な状況判断ができなくなっており、「ダチョウの論理」に捕らわれている証拠でございましょう。

「ダチョウの論理」とは、「ダチョウは、猛獣などに襲われ逃げ場を失うと、頭だけを砂の中に突っ込んで、隠れた気分になる」という逸話に由来する「愚かな自己欺瞞」を意味する言葉でございます。つまり、自分の目の前から「好ましくない現実」消してしまえば、その「現実そのもの」までが消えてしまうとするような、子供じみた心理と、それに基づく行動規範を意味しているのでございます。

まことに哀れまれるべきは、夢野さまでございましょう。

ともあれ、「同時代を考える」掲示板とは関係なく、もしよろしければ貴方さまも、ここ「花園」のお客さまになって下さいまし。ここは「思想・信条・信仰」等で、人を区別 したりはいたしません。大切なのは「真実と理想」を真摯に求める「人柄」だけだ、と考えるからでございます。

またのお出でを、心よりお待ちしております。


 Keen さま
> 食玩『パンダ コパンダ』

> 今日、早速ファミマー(笑)行って、チェックしてきました。……せっかくお薦め頂いたのに申し訳ないですが、私の守備範囲外でした。
> どうも、園主さまの「可愛らしさ」への情熱ほどのモノは、私にはないようです。

そうでございますか。それは残念。しかし、好みは人それぞれでございますからね(^-^;)。

> あ、『カケス』の文庫本、発掘不可能でしたら、無理しないで下さいね〜☆

発掘は可能でございますが、無理はしませんので、しばらくお待ち下さいまし(笑)。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


自業自得の潔さ(中) 投稿者:園主  投稿日: 6月11日(水)00時34分31秒


 ino さま
> テレビでアメリカのアーミテージ国務副長官がマイクに向かって、これまでは野球のゲームを観客席から見ていた日本も、イラクについてはグランドに降りてきていっしょにやって欲しいとか何とか言っていました。例えもひどければ、中味もひどい。

そんなことを申しておりましたか……。
私は、アメリカ人が、みんなその程度だとは思いませんし、この男がアメリカ人を代表するとも思っておりません。ですが、今のブッシュ政権は、あまりにも程度が低すぎますよね。もちろん、「奢り」という要素も大きいのではございましょうが。

> あーーーーーーーーーーーーっ。これは嘆きではありません。叫びです。次は行動をさがします。
> 第二次世界大戦の日本で不敬罪で逮捕された何十名かの内、信仰を全うされたのは、初代、二代のお二人です。二代の拷問については三代が語っています。権力に抗すると一口に言いますが、並大抵ではないことが分かります。

私も、できる限り「抵抗」するつもりでございますよ。しかし、私は自分をスーパーマンだとは思っていませんから、「やれるところまでやる」ということにしております(笑)。

もともと「権力に抗する」ことなど、普通にできることではないのでございますから、「できるかぎり」やれば、殺されるまでやれなくても「仕方ない」と思っております。それに「やるぞ、やるぞ」と大声でアピールしてみたところで、やれる人はやれるし、やれない人はやれない。それはしかたのないことでございましょう。ですからまあ、「やれるところまでやる」ことにしているのでございます。もちろん「最後までやれれば、カッコ良いんだけどなあー」という気持ちはあるのでございますが(笑)。

> 反省

マムさまへの謝罪でございますが、いまひとつ意味が取りかねます。その理由のひとつは、貴方さまが夢野さまに『恩義』を感じているため、事実の直視を避けて、なるべく夢野氏を庇おう(夢野氏の行動を正当化しよう)となさっているからでございましょう。
間違ったものを「擁護」しようとすれば、その人の「論理」に狂いが生じるのは、理の当然。公明党を擁護していたのでは、イラクの民衆にきちんとした謝罪ができないのと同じことでございますよ。

良うございますか、大切なことは、どこの誰の言うこと為すことであろうと「間違いは間違い」であり、「差別 」なく、公正に批判しなければならない、ということでございます。

貴方さまは「創価学会」であれ「池田大作氏」であれ「夢野氏」であれ誰であれ、「恩」のあるものに対しては「まともな批判」ができないようでございますね。
しかし、大聖人の仏法は「恩人だからこそ折伏せよ」「その過ちを破折して、この唯一正しき仏法に付かせしめよ」というものでございましょう? それが「大慈大悲」でございましょう? ならば、貴方さまは夢野氏の行いに関しても、その是非善悪を冷徹に評価し、誤りがあれば、慈悲の心を持って、それを厳しく破折すべきなのではございませんか? 誰しも「あんなに世話してやったのに、説教なんかしやがって。この恩知らずが!」と怨まれるのは嫌でございます。しかし、怨まれるのを覚悟で、その人の過ちを正してやることこそが、真の「慈悲」であり「恩返し」なのではございませんか?
少なくとも私に関して言わせていただきますと、貴方さまのその「惰弱な姿勢」は、私のこれまでの期待を裏切り、恩を仇で返すもの以外の何ものでもない、ということをご理解下さいまし。

成長の妨げにしかならない「安易な謝罪」など、誰も欲してはおりますまい。少しは、ご自身成長したところを、その「行動(言動)」をもってお示し下さいまし。それこそが本当の恩返しというものでございます。

そして、自己の「惰弱」に勝てない者は、金輪際「権力に抗する」ことなどできないことをご認識下さいまし。もとより50メートルを完走できない者に、フルマラソンは不可能なのでございます。





( 以下は「自業自得の潔さ(下)」につづく)


自業自得の潔さ(上) 投稿者:園主  投稿日: 6月11日(水)00時33分46秒

みなさま、一ヶ月ほど前にアップさせていただきました拙稿笠井潔が、真にのぞんだこと。―― 往復書簡『動物化する世界の中で』に見る、笠井潔の欺瞞性の中で、私は、

『かつて、

『野間賞や谷崎賞を代表格とした文学賞は、日本の小説市場における非関税障壁の、あるいはダンゴーやケーレツのシステムの悪しき象徴ではないだろうか。
 それらには、もはや文学的価値の尺度という意味などない。選考委員がまわりもちで受賞しているような、「文壇」的ダンゴーとケーレツの産物にほかならない「賞」が、はたして文学賞の名に値するだろうか。それは芸術院会員や文化勲章にいたる、国家に保証された権威大系に組み込まれた、その下位 階梯をなしているものにすぎない。
 文学賞による権威の分配機構と、公共土木事業の分配機構は、基本的に同型のシステムをなしている。後者に金丸信のような調整役が存在したように、前者にも同様のキャラクターが要請されるのはとうぜんのことだろう。噂によれば「文壇の人事部長」某氏が、その役割を演じているそうだ。』
                (『国家民営化論』)

と断じ批判した貴方が、今ではミステリの公募新人賞である「鮎川哲也賞」の選考委員をつとめ、かつては批判していた「日本推理作家協会賞」を受けては、今度はその選考委員となって山田正紀や法月綸太郎という「手ゴマ」の受賞の後押しをし、それだけでは飽き足らずSFの新人賞の選考委員までつとめて、いまや押しも押されもしない「業界の有力者」、正真正銘の『文壇の人事部長』になって『文学賞による権威の分配機構』の中心に居座っているということの事実を、貴方はいったいどう説明するつもりなのか。』

と、笠井潔の露骨な「言行不一致」を批判いたしましたが、先日、友人と古本屋めぐりをしていて、笠井の旧著『道〈ジェルソミーナ〉私立探偵飛鳥井の事件簿』の初版単行本(1996年10月30日 第一刷発行)を見かけ、何気なく手に取りましたところ、同書の帯(裏面 )に、次のような「著者の言葉」を見つめました。

『 自分と、自分が生きているこの時代を直接的に描いてみたい。
  そんなモチーフから、私立探偵飛鳥井をめぐる物語が構想された。
  作者と同年齢に設定せれている飛鳥井は、
  「自業自得の潔さ」において生きるという個人主義的信条においても、
  作者の現在が投影されたキャラクターといえるだろう。
                             笠井潔 』

現在は「笠井潔葬送派」を標榜するとは言え、もともと笠井潔の熱烈なファンであった私は、笠井の本をコンプリート・コレクションしておりますので、当然この『道〈ジェルソミーナ〉』も初版本刊行時に購入しており、この帯文についても目にしておりました。当時すでに、笠井には批判的になっておりましたから、この帯文についても、友人には「笠井潔が新刊の帯にこんなことを書いていた。まったく、どういう神経をしてるんだろうなあー」と、嘲笑と慨嘆の入り混じった言葉を吐いておりました。

もう笠井潔に「回復」も「正常化」も期待していない私でございますから、ここでは笠井にむけて、はっきりと書いておきましょう。

笠井さん、貴方は『「自業自得の潔さ」において生きるという個人主義的信条』を持っているんでしょう? だったら、さっさと「評論家」を止めてしまいなさい。貴方みたいな人が「評論家」を名乗るから、世間一般 の人に、「評論家」というのは「口ばっかり偉そうなくせに、いざとなったら、からっきし行動の伴わない奴」だと思われるんですよ。私は前から、貴方は「評論家」ではなく、黒を白とでも言い包める「党派理論家」だと評していましたが、世間の人はそこまで考えてくれません。貴方がこのまま「評論家」を詐称し続ければ、ほかの真っ当な評論家のみなさんが迷惑をするんです。
貴方には「本格ミステリの小世界」という「タコツボ」があるし、そこでは「一流」扱いしてもらえるんだから、せいぜいその中だけで威張ってて下さいよ。わざわざ外へ出てきて、「真っ黒な墨」を吐き散らさないでいただきたいものです。





( 以下は「自業自得の潔さ(中)」につづく)


『パンダ コパンダ』 投稿者:Keen  投稿日: 6月11日(水)00時14分51秒

今日、早速ファミマー(笑)行って、チェックしてきました。……せっかくお薦め頂いたのに申し訳ないですが、私の守備範囲外でした。
どうも、園主さまの「可愛らしさ」への情熱ほどのモノは、私にはないようです。
『アリスのティーパーティEX』も、ホリコのHPで見ましたが、もうひとつそそられないな〜、という感じで……実物見たら、また違うかもしれませんが。
『タイムスリップグリコ・3』も、あまりそそられなかったのですが、1個だけ買ってみました。洗濯機でしたので、例の「赤の女王&王様」が「ちゃぶ台と朝ごはん」の両脇に立ってるケースの、「王様」の背後に置いてみました。「生活に追われる王様」って感じで、なかなかシブいです。特に「たらいと洗濯板」が(イジワル?/笑)。

あ、『カケス』の文庫本、発掘不可能でしたら、無理しないで下さいね〜☆

☆inoさま

>反省

何やら大変そうですが、あまり根つめないようになさって下さいね。



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