●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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『天酒房』閉店と、これから。 投稿者:楽古堂主人  投稿日: 7月31日(木)16時10分36秒

園主様へ。皆様へ。
・ 今日で『天酒房』は閉店となります。
・ ご愛読ありがとうございました。

・ 本当に、たくさんの出会いがありました。
・ 7月に入ってからでも、以下のメールがありました。

・ 長野県の中学校の音楽の先生から、「夢のあとさき」を『少年時代』の合唱の教材に使用したいという旨のメールを頂きました。
・ SM雑誌の挿し絵画家と、お近付きになりました。
・ 2時間ほど、お電話で話しました。
・ 今度、横須賀で飲もうと考えています。
・ 大学4年生には、8月に京極夏彦の新作が出るという情報を頂きました。
・ 大学を退官した国文学の先生から、新古今和歌集の電脳授業を、春から継続して受けています。
・ 黒猫館館長のHPに、ゲームの『クーロンズ・ゲート』ノートである『懐かしき異世界の伝説』を掲載して頂きました。
・ ここには影姫青夜さんに捧げた「象形文字精霊奇譚」も、推敲が出来しだい掲載される予定になっています。
・ 竹本健治関係については、江藤蘭世氏が小生のためにHPを作成してくれました。
・ まだ公表できる段階ではありませんが、文庫の解説を一本と、ある映画の企画の仕事をする予定になっています。
・ どちらも、このHPからのご縁が大きいです。

・ 最後になりましたが、やはり親しいこの名前で、感謝の言葉を述べさせて頂きます。
・ 田中幸一君、いままでの熱い友情に感謝します。
・ 言葉よりも、微力ですが小生が批評活動を継続していくことが、君への恩返しになると考えています。
・ 『花園』の皆様、これからも、楽古堂をよろしくお願い申し上げます。

 楽古堂・大内史夫


   2003・07・31



一時帰宅 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月31日(木)03時09分50秒

先ほど旅から戻って、子どもを寝かしつけて、洗濯して・・・。ふひふひふひ〜。

大韓航空は寝心地よかったぞい。片道12時間、往復とも座りっぱなしの姿勢で一家五人熟睡。
それにしても、私ら家族が飛行機に乗り込んだとたん、韓国人スチュワーデスが「いらっしゃいませ」と日本語であいさつしたのには驚いた。「どうして日本人だってわかるんですか?」と尋ねても、にこやかに微笑むだけ・・・。
臨席の若者と英語で会話・・・。ふと思う。「何で隣の国の人間と英語で話すんだ?」。
私の居住地からは、距離的に韓国は東京よりはるかに近い・・・。

行く先でも英語で用を足す。付け焼き刃のドイツ語がものの役に立つはずはない。へたにドイツ語で話しかけようものなら、相手は一気にまくし立てる。自慢じゃないが、私は英語もロシア語も発音だけはいいのだ。文法はおろかアルファベットも知らぬ まま、2週間、通勤のクルマの中でドイツ語のテープを聴いた成果は、それらしく聞こえる(らしい)発音のみである。英語もロシア語も、私の最初の一言が相手に安心感を与えてしまい、昔、何度も手痛い目にあった。
しかし、性懲りもなく今度はドイツ語で同じ轍を踏んでしまった。急遽英語に切り替えたときの相手の失望の顔・・・。その英語とて、むろん流暢ではない。アタマの中で受験英語的な英作文をしてから、しどろもどろに話すのである。容易に通 じるはずはない。しかし、相手にとっても英語は外国語である。相手の言葉の中からキーワードをどうにか聞き取って、何とか互いに意思の疎通 はできる。

それにしても、ドイツ語式の英語発音には大いに戸惑った。
「ウンテルシュタンッツ?」
「はあ・・・? あ、Understandね。OK.I understand.」
最後だけドイツ語で「ダンケ・シェーン」。
これは5歳児もすぐ覚えてしまい、私を先取りして、可愛らしく「ダンケ・シェーン」。
それで私はカッコつけて「フィーレン・ダンク」。
駅のインフォメーションの女性にクスリと笑われた。

田舎に行くと英語は通じない。
人のよさそうなおっさんに道を尋ねると、私の片言英語に真剣な眼差しで頷きながら行く先を聞き取り、懸命にところどころに英語(らしい言語)の混ざったドイツ語で教えてくれる。
「わん ふんどらった めーとる おおく うんと ずぃい かん ふぁいんと」
100メートル歩いたら目的地を見つけられると解した私は、眠りこけた2歳児(16?)を抱き、背中に荷物をしょって汗だくになりながら歩く。1キロ以上歩いてもたどりつかない。今度はそこらで遊んでいた子どもに声をかけると、母親を呼んできてくれた。母親は、子ども連れで目的地まで歩くのは不可能だと、身振り手振りをまじえて必死に訴える。なんのことはない、最初のおっさんが「わん ふんどらった めーとる」で見つけられると言ったのは、バス停のことだったのだ。力が抜けた・・・。

・・・というわけで、子連れスイス旅行の珍道中、傑作でしたね(笑)。詳しくはそのうちに・・・。

さて、今度は船の旅だ。私は船には滅法強い! 最後に船酔いしたのは5歳の頃だっけ・・・?

では、みなさま、ごきげんよう。



追記 投稿者:ino  投稿日: 7月30日(水)22時25分59秒

「悪事とは」の引用>で表された一番上が、「このような書き込みが貴殿の志を成し遂げさせなかった要因の一つ」という意味で>引用しました。 その下が先日の「園主」さまの>を示したものです。わかりにくい表示になりました。お詫びします。


悪事とは 投稿者:ino  投稿日: 7月30日(水)18時57分29秒

☆アレクセイさま

お仕事お疲れ様です。昨日の貴殿の問いにお答えする前置きとして、以下の貴殿の書き込みを引用します。なぜなら、私は「人情」の無視は、正しいことではないと思うからです。このような書き込みが貴殿の志を成し遂げさせなかった要因の一つだと私は考えます。

>(同時代BBS)4・16
 私は、夢野さんよりも貴方(酔夢さん)の方を高く評価しております。
(略)つまり夢野さんの「批評」とやらは『凡庸な批評文』以下だということです。ただし「この掲示板には不似合い」とは言えないということです。貴方ならばこの意味が理解できるでしょう(笑)

> ここで話題を、最初の『私が「同時代を考える」掲示板の「隠蔽された過去ログ」を、自サイトにアップした行為の正当性』について戻しますと、貴方さまは、夢野さまの「不適切な隠蔽工作」によって惹起された「止むに止まれぬ (補填)行為」について、その原因である夢野さまの「不適切な隠蔽工作」については、何ら説得的な説明をすることもなく「私は認める」として済ませ、その結果 、引き起こされた「好ましからざる事態」だけを『非難に値する』とおっしゃる。

> ならばお尋ねいたしますが、宗門法主 日顕が「芸者遊びしている写真」は、日顕の許可を得て公開されたとお思いですか? 先の大戦時になされた、ナチスドイツやソビエト共産党による、あるいは日本軍(731部隊等)による虐殺の「記録」、つまり、一時は事件当事者(加害者)によって隠蔽されたその種の「記録」(=極秘文書など)が、戦後、当事者の許可をとってから、第三者によって公表されたとでもお思いですか? 汚職の、犯罪の「隠蔽された記録」(領収書・手紙などの私文書)が、その「隠蔽者本人の許可」の下に公開されたとでもお思いなのでしょうか?
> ……貴方さまが『非難に値する』がご主張なさっている行為とは、こういう「隠蔽された悪への(証拠を示しての)告発」行為なのでございますよ。

この問いの「不適切な隠蔽工作」をどうあなたは考えているかと言うことですが、始めに書きましたように、あくまでも私の予想ですが、貴殿の参加された価値ある書き込みの数々の中に、「同時代を考える掲示板」の管理人氏には公開できないと判断した中傷その他が含まれていたからだと、思います。これは確率は高いと思います。

仰っている過去ログは、保管されているようです。いつでも公開できるように。同時代管理人氏は悪人ではありません。価値ある過去ログを公開できないものにした要因は、貴殿にもあるのではありませんか。

 イラク戦争をめぐっての学会員の、様々な意見を貴殿のHPにアップすることが、議論参加の目的であった。それを会外の人に見てもらい、学会員を人くくりで見ることは正しくないと言うことを貴殿は示したかった。それについてとやかく言うつもりはありません。
 私が言いたいのは、あなたがそれに参加し、そこ=「同時代を考える掲示板」で発言された内容に中傷を含んでいた。中傷された同掲示板管理人氏は、貴殿のHPへの同時代掲示板のアップを拒否した。
 これは至極当然だと思います。本気でご自身の初志を貫徹されるつもりであれば、もっと人の人情への想像力を以って望まれるべきではなかったのでしょうか。
 さらに、中傷は間違いだったと思われるのでしたら、同時代管理人氏とこの件で交流なさるべきです。


アリアをうたえ! 投稿者:AOI  投稿日: 7月30日(水)08時01分17秒

みなさま、おはようございます。
梅雨ばれと思いきや、こちらは朝から雨、雨、あめ、;;;;;;;;;;;;;
おくればせながら、

:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:* :・゜☆。.:*:・'゜

     ☆〜花園100000突破 おめでとうございます〜☆

:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。:*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:* :・゜☆。.:*:・'゜


みなさまを代表して私が100000を25日、22:33分に踏ませていただきましたわ。どうも、ありがとう〜♪☆

園主さま、ホランドさまには花輪を首にかけ、チュッ!!としたいところですけどそこまで代表するのもね(笑)。と、投げキッスくらいにしておきましょうか。
チュッ!チュッ!(かわしちゃダメ!)


☆園主さま

AOI論恐縮に存じます(笑)。
大西巨人著『三位一体の神話』を読むように、「早きが手際に非ず」とのことですので、読んでからレスをしたいと思いますが、現在図書館から借りた本の奥が深くて、関連図書も読むことになるやもしれず、おそくなると思います。あしからず。
キリ番報告もそのときと思っていましたけど、ちょっと、時間かかりそうなので。

あ、それから、キリ番賞は餃子食べ放題はけっこうよ(笑)。
私の作った方がゼッタイ美味しいんだもん♪

☆ホランドさま

「セクハラ」について、私の言いたかったことが伝わっていないようですね。
このことについても、いずれ(笑)。


主体はどこにある? 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)23時56分07秒

 ino さま
貴方さまに「最後っ屁」を書かせるのも、「鬱病」だとおっしゃるのでしょうか?

> 私の病名は鬱病です。言わせていただきたいことは
> 貴殿が鬱病の治療を 

>> 無責任な状態に安住している「大人」>自己の「無責任な逃避状態」

> と言っておられることです。だれも好き好んで病気にはなりませんよ。良くなると信じるからこそ服薬もし、休養もし、祈りもするのです。

お言葉ですが、私は、『鬱病の治療』を『無責任な状態に安住している「大人」』とか『自己の「無責任な逃避状態」』などとは言っておりませんよ。
貴方さま固有の「言い訳がましさ」「逃避」「無責任」を、「病気のせいにするな」と言っているだけでございます。貴方さまは「鬱病」の人が皆、貴方さまと同様に「言い訳がましく」「逃避」的で「無責任」な人間であり、鬱病を患えば「みんな私のようになる」とでもおっしゃるのでしょうか? 

自分「固有の欠点」を明確にすることも出来ない貴方さまが、ご自身で鬱病のマイナス面 だけを強調するとすれば、それは自分固有の欠点の「病気による正当化(=隠蔽工作)」としか言えますまい。

貴方さまは結局のところ、今回も、

> ここで話題を、最初の『私が「同時代を考える」掲示板の「隠蔽された過去ログ」を、自サイトにアップした行為の正当性』について戻しますと、貴方さまは、夢野さまの「不適切な隠蔽工作」によって惹起された「止むに止まれぬ (補填)行為」について、その原因である夢野さまの「不適切な隠蔽工作」については、何ら説得的な説明をすることもなく「私は認める」として済ませ、その結果 、引き起こされた「好ましからざる事態」だけを『非難に値する』とおっしゃる。

> ならばお尋ねいたしますが、宗門法主 日顕が「芸者遊びしている写真」は、日顕の許可を得て公開されたとお思いですか? 先の大戦時になされた、ナチスドイツやソビエト共産党による、あるいは日本軍(731部隊等)による虐殺の「記録」、つまり、一時は事件当事者(加害者)によって隠蔽されたその種の「記録」(=極秘文書など)が、戦後、当事者の許可をとってから、第三者によって公表されたとでもお思いですか? 汚職の、犯罪の「隠蔽された記録」(領収書・手紙などの私文書)が、その「隠蔽者本人の許可」の下に公開されたとでもお思いなのでしょうか?
> ……貴方さまが『非難に値する』がご主張なさっている行為とは、こういう「隠蔽された悪への(証拠を示しての)告発」行為なのでございますよ。

という私の「反問」にお応えにならなかったし、ご自分が人の助言をなおざりにして「推敲」を怠ったことについても、口を噤んで言及なさいませんでした。つまり今回も『人の問いにはまったく応えようとせず、都合が悪くなったら「さよなら」を繰り返』すばかりだったのでございます。

こんな貴方さまの問題点も、すべて「鬱病」だからなのでしょうか? 鬱病の方はみなさん、このような方ばかりだとでもおっしゃるのでしょうか?
私は「鬱病」患者を責めているのではございません。私は、貴方さまのお望みどおりに『「あなたがた」でなく「あなた」であるinoについて』書いているのでございます。「鬱病」であることも含めて、inoさまという個人を問題としたのであり、鬱病者全般 を問題にしたことなど一度もないのでございます。問題を「鬱病者(全般)」に摺り替えようとなさったのは、むしろ貴方さまご自身ではございませんか。

だから、私は問うのでございます。
『貴方さまに「最後っ屁」を書かせるのも、「鬱病」だとおっしゃるのでしょうか?』と。


 みなさま
前回の書き込みで、目印記号を間違えてしまいました。これは、掲示板のソースを開いて、前の書き込みの記号部分をコピぺする習慣から起こったミスでございます(ソースには、色がございませんので)。
まぎらわしくて申し訳ございませんが、「過去ログ」収録時に訂正いたしますので、どうぞご勘弁下さいまし。





それでは、みなさま、おやすみなさいまし。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


信心へ・・・。 投稿者:ino  投稿日: 7月29日(火)20時57分47秒

☆アレクセイさま

>精神科医が「引きこもり」の価値を語るのは、それなりに意味もあることでございましょう。しかし、無責任な状態に安住している「大人」が、自己の「無責任な逃避状態」を「引きこもり」と自称して「正当化」することに、どんな価値があるとおっしゃるのでしょうか? いったい貴方さまは、『繭』に引きこもる前に、どれだけ『桑の葉(という現実を)をもりもり食べ』たとおっしゃるのでございましょう

>無責任な状態に安住している「大人」が、自己の「無責任な逃避状態」を「引きこもり」と自称して「正当化」すること

仰るように「引きこもり」と自称して「正当化」致しました。これは私の間違いであります。私の病名は鬱病です。言わせていただきたいことは

貴殿が鬱病の治療を 

>無責任な状態に安住している「大人」>自己の「無責任な逃避状態」

と言っておられることです。だれも好き好んで病気にはなりませんよ。良くなると信じるからこそ服薬もし、休養もし、祈りもするのです。

>(略)どんな『教示』も無駄でございます。「他人をわずらわす」ことについて、もっと考えるべきでございましょう。「時は金なり」なのでございますよ。誰しも「猫に小判」を提供する余裕は無いのでございます

解ります。よってマムさまへの、迷惑な質問を取り下げます。

>無駄なのでございますよ。今の貴方さまに、何を言っても。
「説明」で、貴方さまの現状が変わるのであれば、信心なんて不必要なのでございます。

理解できます。やはり野茶坊さまの、またマムさまの言われたよう、ネットをしばらく離れた方が
良いようです。

☆マムさま

最新の記事の質問、すべて取り下げさせていただきます。「頑迷な」inoは、お題目に挑戦します。新聞に「目的を忘れると、人間は堕落する。敗北の人生の道に入ってしまう。」とありました。敗北者にならないよう心して参ります。


痛みの忘却(8) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時21分22秒


 アーニャ
> 「アリス・EX」は、その後「白の騎士(B)」「ジャバーウォック(A)」「イモムシ(A)」が出てるわ。

昨日、いつものフィギュア屋に行ったんだが、結局『アリスのお茶会・エクストラ』は買わなかった。どうもイマイチという印象が拭えなかったからだ。今の海洋堂のレベルから言えば、もっと良いものが出来たと思うんだが……。

それと同じく海洋堂の『ワールド・タンク・ミュージアム』の第3弾が、「日本の現代戦車」だったのは、正直ちょっとイヤだったな。戦車に罪はないというものの、現代の世界情勢をすこしでも知っておれば、こうした企画については引っかかりを感じないわけにはいかないはずだと、私は思う。例えば、模型雑誌などで「湾岸戦争」をあつかったジオラマ(情景模型)が載ったりしたこともあると思うが、これを作った人には「悪意はなかった」と言うよりも、「悪意すらなかった=単なる無知・無神経」ということなのだろうと思うし、それこそが問題だと、私は思うんだ。

そう言えば、以前に話題になった写真集『少女アリス』の限定復刊を本屋で見かけたな。以前は、影姫さまも「(通 称)児童ポルノ法」の関係で「この写真集を売買すると警察に捕まるという噂がある」と書かれていたほどだったんだが、そろそろほとぼりも冷めてきたといったところだろうか(笑)。……いろんな意味で、人は「痛みを忘却」していくということなんだろうな。


 ホランド
> 「大西赤人問題」というのは、大西巨人さんの代表作『神聖喜劇』のなかに描かれた、主人公東堂太郎による「軍規にもとづいて、軍の横暴に抵抗する戦い」を地でいったものとして注目されるものなんですが、園主さまの『ティーカップ・コミュニケーション』社との論争も、「法律」を盾にとって問答無用で「削除」させようとする『ティーカップ・コミュニケーション』社に対し、まさにその「法律」の精神を根拠に抵抗するというものでしたから、「大西赤人問題」が連想されたんだと思います。

これは、inoさまの「権利」意識の問題ともかかわることだろう。
まず、「法」が必ずしも正しいとは限らない。これは「独裁国家における法律」に顕著だし、本邦においても、先の戦時下における思想統制のための名高き悪法たる「治安維持法」の存在に明らかだろう。つまり「法」が必ずしも正しいものとは限らなければ、それによって支えられた「権力」や「権利」が正しいとも限らないというのは、理の当然なんだ。
つまり人間は、最終的には、「法」にも「権力」にも「権利」にも拠らず、己が「理性」において誠実に「何が正しいのか」を問い、その「倫理」にしたがって生きなければならない。そうでない人は、inoさまのように、自分の都合の良い「権利」に関しては、それが「法に保証された権利」だと主張する一方で、自分に都合の悪い「法」は「悪法」だと難じて従わないという、「ダブル・スタンダード」を演ずることになるんだよ。

所詮、「法」や「権力」に支えられた「権利」など、大西巨人のいう「強弱」の問題でしかない。だから、私は「法の精神」というものを信じて「正邪」に賭けなくてはいけないと思うんだよ。





それでは、みなさま、本日はこれにて失礼いたします。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


痛みの忘却(7) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時20分04秒


 マム さま
貴方さまの、inoさまへの文章を読み、それに対するinoさまの反応を見た上での感想を申しますと、貴方さまの書かれているものは「わかっている者にはよく解るけれども、わからない相手にはほとんど何も伝わらない」ということでございます。

と申しますのも、貴女さまの書かれていることは、あまりに「原理的」であり「総論的」でありすぎて、普遍性のある意見としての面 白味はあるものの、具体性に乏しくなりがちで、そこで語られている、問題のある当事者にとっては「で、どうしてこれが私の話になるんですか?」というような印象しか与えないのでございますね。だから、inoさまも、

> 「あなた・の恥さらしで卑怯な振る舞いの姿」を具体的に指摘してください。「あなたがた」でなく「あなた」であるinoについて。

と書くのでございましょう。

私の今回の書き込みが、inoさまの「書き込みタイトルの、異常な変容」という「事実」の指摘を冒頭においたのも、そういうことからでございます。

残念ながら、inoさまには「原理論」は届きません。残酷でも、今のinoさまが「いかに異常か」を具体的に教えてさしあげる必要があるのでございます。それぐらいしないと、inoさまの発達した「自己防衛(逃避=思考放棄)システム」としての『繭』を貫通 して、声を届けることは不可能なのでございます。

> マムもキリ番ゲット駄目だった・・予想より早いペースでカウントが進んでたんだ!超くやしいけど、まあ111111のゾロ目が10〜11月頃にあるだろうからその時に期待しよっと!でもゲットしたのは誰だったんだろ・・?????

残念でございました。せっかくキリ番を狙っていただきましたのに。
さて、次のキリ番はマムさまでしょうか、淳さまでしょうか、それとも、また別 の誰かなのでございましょうか?(笑)

> マムも今週からお出かけしちゃいますのでしばらく留守にいたしま〜す

楽しんでいらっしゃいまし(笑)。


 影姫 さま
> ☆その代わりといってはなんですが、遠藤周作『沈黙』300部限定本を
> ゲットしました。これがまた豪華です。背革装・総革ちつ入り。かぶせ箱
> ・著者識語署名入りです。わたしの好きな作品であるだけに喜びもひとし
> おです。ちなみに内容はキリスト教の永遠の難問とも言える「神の沈黙」
> の問題に自らキリスト者である遠藤周作が鋭く迫った力作となっておりま
> す。未読の方にはご一読をお薦めします。

それは面白そうなテーマでございますねえ。ぜひ読んでみたいと存じます。

> ☆ひょんなところから赤江ばく『禽獣の門』豆本をゲットしました。確か
> 以前園主様が
> ・よく出来た豆本>『解剖学者ドン・べザリウス』
> ・ダメな豆本>『禽獣の門』
> とあげていた気がするのですが、この『禽獣の門』背コーネル革装・平ク
> ロス装で私的には「エエ感じ」です。園主様はどこがダメだと思われたの
> でしょうか?

限定本なのですから、『背コーネル革装・平クロス装』だということ自体に、私はさしたる価値を認めません。それは「当然」のことだと思うからでございます。

つまり、「何を使っているか」というようなことではなく、どのように「精魂込めて作られているか」が問題なのでございますよ。そうした基準で見てみると、豆本『禽獣の門』は、その外箱の作りにも見られますように、造本に対するこだわりが薄く、「ちゃち」な印象を私に与えたのでございます。
「限定豪華本」というのは、そういうものであるからこそ、「こだわり」を持って「丁寧」に作られていてこそ意味があるのであり、「金にあかして作られた少部数の本」だというだけでは、悪趣味な、きんぴかの「成り金趣味」と何ら選ぶところはないと考えるのでございます。





( 以下は「痛みの忘却(8)」につづく)


痛みの忘却(6) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時19分22秒


 ino さま(つづき)

> 繭の例えは思春期に引きこもりをしている「子ども」を、周りがどう肯定的にとらえればいいかを示唆したものです。私は医学的な診断は鬱病ですので、この例えは適切だったか確かに疑問を呈されてもおかしくありません。一つ言わせていただければカイコは桑の葉をもりもり食べますが、繭になると食べないのです。それがこの例えの例えであるゆえんです。

精神科医が「引きこもり」の価値を語るのは、それなりに意味もあることでございましょう。しかし、無責任な状態に安住している「大人」が、自己の「無責任な逃避状態」を「引きこもり」と自称して「正当化」することに、どんな価値があるとおっしゃるのでしょうか? いったい貴方さまは、『繭』に引きこもる前に、どれだけ『桑の葉(という現実を)をもりもり食べ』たとおっしゃるのでございましょう。

聞き齧りの知識で「自己正当化」するのは、見苦しいだけでございますよ。またご自身が「引きこもり」であり、それに意味があると言うのならば、徹底して引きこもってご覧なさいまし。何ごとにおいても言い訳がましく中途半端だから、いつまでたっても『堂々回り』なのではございませんか?

> 仰るとおりです。僕は変わりたいのです。どう変わりたいのか具体的に、書いておられるように挑戦します。

これが「嘘」でございます。他人の書いてくれたことを、きちんと読むこともしなければ、他人に向けての文章を(指摘されてもなお)推敲しようとはせず、思いつきのまま感情のままに垂れ流すばかりの貴方さまに、どんな『挑戦』が可能だと言うのでございましょうか? 貴方さまは、いつでも『口先』ばかりではございませんか。

> とは、どのようなことを指しておられるのか是非ご教示ください。

きちんと読まない人には、どんな『教示』も無駄でございます。「他人をわずらわす」ことについて、もっと考えるべきでございましょう。「時は金なり」なのでございますよ。誰しも「猫に小判」を提供する余裕は無いのでございます。

> とは、よく病の元といわれる全てか無かという志向形態から来る強迫観念と理解してよろしいですか?

ご自分でお考えなさいまし。

> 「分離体験の失敗」、「関与不在の病的な感覚」については、僕なりに調べたり考えたりしましたが、言語化できません。忌憚なく仰りたいことを仰ってください。

無駄なのでございますよ。今の貴方さまに、何を言っても。
「説明」で、貴方さまの現状が変わるのであれば、信心なんて不必要なのでございます。

他人とコミュニケーションしたいというのであれば、相手の言葉を正しく理解する努力をし、自分の言葉を相手に正確に伝える努力をなさいまし。
人の話を聞かずに、ただ独り言を聞いて欲しいというのなら、夢野さまのところのように「独り言」が行き交っているだけの場所で、それをなさいなさいまし。そこならば、誰も貴方さまの言葉を深く検討しようとも為さらないことでございましょう。





( 以下は「痛みの忘却(7)」につづく)


痛みの忘却(5) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時18分39秒


 ino さま(つづき)

> ここでなさっていた書き込みは、ずっと読ませていただいていました。返答をと思ってもいましたがどこへしたものかと、メールアドレスもさがそうと思いましたが果 たせませんでしたので、またこうやって「恥じをしのんで」書き込ませていただきます。

例えばこれも、本気で『恥じ』だと思うのなら、マムさま宛てにメールアドレスの教示を乞う書き込みをすれば、それで済むことなのでございます。その程度のことすらせずに、何を「恩着せがましく」おっしゃるのでございましょうか?

> つまり自らが中傷された記事を含んだものを、わざわざ晒しておくことを、同時代の管理人氏がしないことは常識のうちだと僕は結論したということです。

『を』という接続詞の連続は、「文章的」推敲をしていない証拠でございましょう。

> 僕は「同意なき転載」と「転載通知をしたこと」が同じということが、ネットの常識だということは、あの状況で言えるということが、間違いだと申し上げたはずです。

これも「文章的に」まったく推敲されていないことは明らかでございます。

> 仮に「敵」が「同意なき転載」は正しいと言って、それ以上の意見は中傷だと言われれば引き下がるを得ないでしょう?

これは「内容的に」も推敲されておりません。『仮に』とは、いったいどういうことなのか? 私がそう言ったのか、言わなかったのか、この文章はそうした点で「意味不明」なのでございます。……無論、この文章に『仮に』は不必要でございました。なぜなら、私は「今回の場合」夢野さまからの『「同意なき転載」は正しい』と言ったのでございますからね。
つまり「内容的」な推敲がなされておれば、ここに『仮に』という的外れな言葉が残ることも無かった、ということなのでございます。

> こうして思いが書けているのですから、激鬱は去って、波を休養でとっていく段階で、復帰は9月に出来るかと思っていましたが、12月までは無理と主治医に言われました。

これも「文章的に」推敲がなされておりません。

> マムさんに伝わるかどうか分かりませんが、僕が病気のことを掲示板に書くのは、なにも同情を引くためなどではありません。同じ状況を味わっている人のなにがしかのプラス情報になれば幸いだと思うからです。

貴方さまはその「つもり」かも知れませんが、貴方さまがこの程度の「不誠実」で「混乱した」文章しか書けないとしたら、それは『同じ状況を味わっている人』に『プラス情報』を提供するどころか、「マイナス情
報」をもたらすことでございましょう。

もちろん誰にでも「ミス」はございます。私は、それを上げつらおうというのではございません。私が指摘するのは、貴方さまの「文章的難点」が「ミス」の範囲をはるかに越えているというという事実なのでございます。





( 以下は「痛みの忘却(6)」につづく)


痛みの忘却(4) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時15分58秒


 ino さま(つづき)

> マムさんは、同時代にアレクセイさんが関わられた間の記事(参加した人々は他にも数々、僕もその一人)の扱いに何もコメントしておられませんがそれにコメントされた上で、「あなた・の恥さらしで卑怯な振る舞いの姿」を具体的に指摘してください。「あなたがた」でなく「あなた」であるinoについて。

このように、貴方さまは人に問うばかりで、人の問いにはまったく応えようとせず、都合が悪くなったら「さよなら」を繰り返す、「不誠実な方」なのでございます。それがどうして、『病的な状態』のまま、他人を非難できるというのでございましょうか? ご自分が病気で「まともな思考もままならぬ 」と言い訳なさるのなら、もう少し「身のほど」わきまえるべきではございませんか?

> 病気はそれに逃げるのではなく、やられるのです。鬱は、認知のゆがみが先に起こるからとは言えず、むしろ体内の(脳内の)伝達物質の不足から起き、やがて心理に影響し悪循環を起こす、ととらえた方がよいと思っています。

『ととらえた方がよい』と思うのは、貴方さまの「勝手」であり、そんな『認知のゆがみ』がある人の、「不誠実」で混乱した言動につき合わされる方の「迷惑」も、すこしは考えてご覧になってはいかがでしょうか?
たしかに頭でも身体でも不自由な人には、親切にしてあげる必要がございましょう。けれども、そうした人たちから「親切にしろよ」と命じられなければならない義務は誰にもございませんし、逆に貴方さまのような「甘ったれ」が一人前のこと(身のほど知らず)を言うからこそ、そういう人たちが「疎ましい、社会のお荷物」視されてしまったりもするのでございます。

> マムさんには以前にもたくさん書いていただいて、感謝しています。

> inoさまへのラブレターはとりあえずこれで最後ね。とのことですので、もうお書きにならないかもしれませんが、僕の思いは以上のとおりです。ぎくしゃくしておりつぼを得ていないかもしれませんがご容赦を。マムさまの記事はプリントアウトして綴じています。


貴方さまは「口先」でこそ、このように『感謝』なさいますが、人様からいろんな問題点を指摘していただいていることについて、本気で感謝しているのであれば、過去のそうした指摘を無視しての『堂々回り』などありえないことなのでございますよ。

私は前回も貴方さまに、私の書いたものを十ぺんは読めとか、自分の文章は推敲せよ、といった具体的な助言いたしましたよね。ところが、貴方はそんなことはすっかり忘れておられます。「ログ」を読み返せばわかることにすら、きちんと対応できていない貴方さまが、たとえわざわざ『プリントアウトして綴じて』いたとしても、そんなものは貴方さまの「気慰み」でしかなく、所詮はパルプ資源の無駄 遣いなのでございます。

ここで、貴方さまが「推敲」ということ「思考努力」をまったくなさっておられず、『認知のゆがみ』のままに、不誠実な文章を垂れ流しているという事実を、具体的に指摘しておきましょう。

 ・ また参りました。  投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)11時50分00秒
 ・ また参りました。2 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)12時08分42秒
 ・ また参りました。3 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)13時31分54秒
 ・ その3       投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)14時26分45秒
 ・ その4       投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)22時56分34秒

見てのとおり、これは貴方さまの、7月27日付けの「マムさま」宛ての一連の書き込みに付された「タイトル」でございます。
普通に自分の投稿した文章を確認しておれば、このように「タイトル」が不連続に変わることはございません。このタイトルのいい加減さは、貴方さまが「自分の投稿」をろくすっぽ確認もせずに、思いつきを投稿している証拠なのでございますよ。





( 以下は「痛みの忘却(5)」につづく)


痛みの忘却(3) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時14分23秒


 ino さま
残念ながら、inoさまが再登場なさる度に見せて下さるのは、「成長した姿」ではなく、それ以前の問題を『リセット』して忘却した結果 の、『堂々回り』の姿でございます。

>(1)世間のルール(批判と評価)を無視して平気でいるという病的な感覚(<マムさま)

という貴方さまへの指摘の妥当性について説明いたしましょう。

>>「中傷か批判か」

> については批判も中傷も同じだという意味のアレクセイさんの発言で、もう議論は必要ないと思ったのです。つまり自らが中傷された記事を含んだものを、わざわざ晒しておくことを、同時代の管理人氏がしないことは常識のうちだと僕は結論したということです。目的のためには手段を選ばないことは否定されてしかるべきだと。

私が『批判も中傷も同じだ』などと言う訳もないのでございますが、inoさまの頭の中では、

> 私の場合には「(※ 批判に)根拠はある」のでございますから、「中傷」ではございません。(<園主・私)

という言葉も、『批判も中傷も同じだ』などと都合良く「改変」されてしまうのでございます。

こんな具合に、貴方さまはいつでも「無根拠に」他人を「中傷」なさいます。なのに「根拠ある批判」を「中傷」だという。これが『病的な感覚』でなくて、いったい何なのでございましょうか?

> 僕は「同意なき転載」と「転載通知をしたこと」が同じということが、ネットの常識だということは、あの状況で言えるということが、間違いだと申し上げたはずです。仮に「敵」が「同意なき転載」は正しいと言って、それ以上の意見は中傷だと言われれば引き下がるを得ないでしょう?

についても、6月から7月にかけての議論、というよりは、子供でもわかる程度の「説明」を都合良く忘却しておられます。

この件に関して私は、夢野さまが「同時代を考える」掲示板で求められていたのは「当サイトに内容に関して、無断での転載はかたくお断りします。」ということだけであり、私は「断り」を入れての転載だから「無断」ではないのだと、説明したはずでございます。

貴方は繰り返し「同意を得ていない」とおっしゃいますが、「同意を得なければ転載できない」とは、夢野さま自身、一度も書いておられないのでございますよ。なぜなら、掲示板の管理者でしかない夢野さまには、もともと「ログ」にかんして「独占的な管理権」つまり「利用許可権」など無いからなのでございます。だから夢野さまは「断わりを入れて下さい」ということしか言えないし、断りを入れての転載については、個人の意見として「お断りします」としか言えないのでございます。

ところが、貴方さまは根拠を示さずに、転載には「管理人の同意が必要」だと主張なさる。そして、その根拠を問われたら「さようなら」でございましょう? そして、ほとぼりが冷めた頃に復活したかと思うと、それまでの議論を『夢野式リセット』して、無根拠に私を誹謗中傷なさいます。これが『堂々回り』でなくて、いったい何なのでございましょうか? もしこれが『堂々回り』ではないとおっしゃるのであれば、前回私が、

> ここで話題を、最初の『私が「同時代を考える」掲示板の「隠蔽された過去ログ」を、自サイトにアップした行為の正当性』について戻しますと、貴方さまは、夢野さまの「不適切な隠蔽工作」によって惹起された「止むに止まれぬ (補填)行為」について、その原因である夢野さまの「不適切な隠蔽工作」については、何ら説得的な説明をすることもなく「私は認める」として済ませ、その結果 、引き起こされた「好ましからざる事態」だけを『非難に値する』とおっしゃる。

> ならばお尋ねいたしますが、宗門法主 日顕が「芸者遊びしている写真」は、日顕の許可を得て公開されたとお思いですか? 先の大戦時になされた、ナチスドイツやソビエト共産党による、あるいは日本軍(731部隊等)による虐殺の「記録」、つまり、一時は事件当事者(加害者)によって隠蔽されたその種の「記録」(=極秘文書など)が、戦後、当事者の許可をとってから、第三者によって公表されたとでもお思いですか? 汚職の、犯罪の「隠蔽された記録」(領収書・手紙などの私文書)が、その「隠蔽者本人の許可」の下に公開されたとでもお思いなのでしょうか?
> ……貴方さまが『非難に値する』がご主張なさっている行為とは、こういう「隠蔽された悪への(証拠を示しての)告発」行為なのでございますよ。

と問うたことに、きちんと回答してご覧なさいまし。





( 以下は「痛みの忘却(4)」につづく)


痛みの忘却(2) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時12分32秒


 野茶坊 さま
> 寸暇を惜しんで・・・

の書き込み、ありがとうございます。

> 明日はヒコーキぶんぶん、やだなあ・・・。ブレーキとハンドル、自分で操作できないんだもん。
> 同じ理由でジェットコースターも嫌いだあ。ぜったい乗るもんか・・・。

飛行機で旅は、いかがでございましたでしょうか? 恐怖と錯乱のあまり、機内で「わお〜〜〜ん!」なんて吠えておられなければ良いのでございますが(笑)。

各種のご旅行が一段落して、おちついて「花園」においでいただけるのをお待ちしております。


 Keen さま
>> 「100000」越え

> おめでとうございます。(^0^*
> まずは、お祝いまで。

ありがとうございます。

温泉旅行はいかがでございましたか?


 さま
> キリ番逃しちまったよぉ・・100,005でした(哀)

残念でございました。次の機会によろしくお願いいたします(笑)。

> 妹さまの件

どうも、この種のトラブルの「典型的なパターン」のようでございますね。

こう言っては何でございますが、淳さまも

> 今後一切、如何なる形の接触もしないと約束。
> こんな確約にどんな保障があるというのか。

とお書きのとおり、この種の「約束」は実効が薄うございましょう。
なぜなら、このような約束が守れるほど自制心のある人間ならば、女性に暴力をふるったり、見境のない行動に出たりすることはないからでございます。

> 時々見せる表情にまだ少年の名残がある。
> 行状と外貌が一致しない。

つまり、問題はその男性の「幼児性」にあるのでございますよ。だから「自制心がない=欲望に忠実」であり、妹さまから見た場合にでも「可愛い=魅力的な、面 がある」ということになってしまうのでございます。言い換えれば、その幼児性ゆえに「けじめがつかない」とも言え、だから「約束」などということは、たいがい無効なのでございます。

例えば、今後の展開を「よくあるパターン」に沿って予想しますと、まず男が妹さまに連絡をとり「俺が悪かった。もう絶対に暴力は振るわないから、もう一度やりなおすチャンスを与えてくれ」と言ってまいります。妹さまは当然「それは困る」と一応の抵抗はなさるでしょうが、もともと好きな相手なのでございますから、泣いて詫びを入れられれば、結局は許すことになるでしょう。それから、二人のつきあいが再開しますが、しばらくすれば元の木阿弥で男は暴力を振るいだすようになります。しかし、妹さまとしては、貴方さまやお父上に内緒で、男との付き合いを再開したのでございますから、たとえ暴力をふるわれても、そのことを報告することができず、堪えるしかない状態となり、男は余計に調子に乗って甘えてくる……というようなことになる怖れが充分にあるのでございます。

ですから、大切なことは、妹さまに男から連絡があった場合は、相手にならず、すぐに報告をするように、しっかり言いおくこと。それから、貴方さま自身、ときどき連絡をとって、妹さまの様子に変化がないか確認すること。もちろん変化を感じれば、直接、妹さまとあって男とヨリを戻していたりしないか確認すること。そして、もしそのようなことがあれば、もちろん妹さまの同意のうえで、大学を退学させてでも、男と切り離し、「連絡を取れないようにする」ことが必要でございましょう。基本的には「好きあっている同士」を引き裂くのでございますから、そのくらいの覚悟がなければならないということでございます。本人らの自覚で「まともな関係」が築けないからこそ、それに介入するのでございますから、もとより双方に怨まれるくらいの覚悟は必要なのでございます。

ともあれ、「恋愛」というものは、必ずしも「神聖」なものとは言えず、むしろそれはしばしば「魔性」のものなのでございます。そして、それらに共通 した特徴は、「理性」を麻痺させるに充分な「陶酔」をもたらすということなのでございましょう。





( 以下は「痛みの忘却(3)」につづく)


痛みの忘却(1) 投稿者:園主  投稿日: 7月29日(火)17時11分53秒

みなさま、私が最近読んで、わりあい面 白いと思った本について、ご紹介いたしましょう。それは『無垢の力 〈少年〉表象文学論』(高原英理・講談社・定価2400円+税)でございます。本書は、折口信夫、山崎俊夫、江戸川乱歩、稲垣足穂、三島由紀夫などの作品を取り上げて、「少年愛」的なるものの意味を問いなおした長編評論でございます。

全体としては、それほど新しいものとは思いませんでしたが、前半の丁寧な検証に支えられた、後半の『英霊の声』分析において、「天皇と軍人」の関係を「稚児と念者」の関係として捉えなおした点で、私はその斬新さと鋭さに膝をうつ思いがいたしました。
天皇(特に昭和天皇)を「母的=女性的」存在ととらえ、「軍人の忠誠」はそうしたものへの追慕の情に支えられているとする種類の議論は従来しばしば目についたものの、「天皇の包容力」を強調することになるそうした議論には、「どこか違うだろう」という感じが、私にはつきまとっていたのでございます。その点、本書の高原の議論は、「無垢で無力な天皇」のために「軍人が汚れ役」を買って出て、天皇に仕え「その無垢を守る」という論理によって、日本の「軍人」の汚れた行動は「正当化」された、とするものだったのでございます。
ここからは私の理解でございますが、……つまり、天皇が「母=女性」だとすると、「抱擁する天皇(天皇の慈愛)」への恩返しの形で「軍人の忠誠」というものが規定されてしまい、言わば「ギブ&テイク」の関係なのでございますね。ですから、こうした関係を根拠に、「他者」である「アジアの国々」への侵略戦争を正当化する論理は成り立たないのでございます。しかし、「天皇が、無垢で無力な稚児」であり「軍人が、それを一方的に愛し守ろうとして、手を汚す念者」なのなら、この関係は表面 的には、「ギブ&テイク」ではなく、軍人の側の一方的な「自己儀性的な、無償の愛」だということになり、軍人の「汚れた仕事」はその「見返りを求めない無償の愛」に支えられることによって「欲得を離れたもの」として「正当化」されてしまうのでございます。

本書は、敗戦後に獲得されたアメリカ的な弱肉強食の「異性獲得的恋愛」観を相対視し批判するものとして「憧憬の愛=少年愛的なるもの」というのを立てているわけでございますが、この「憧憬の愛=少年愛的なるもの」が単純に「無力なもの」でないということは、先の「天皇:軍人=稚児:念者」というものにも明らかでございましょうし、 現在においてもなお、それが死滅していないというのも、現代ほど「無垢なもの」が求められている時代もないという事実に明らかでございましょう。例えば、いわゆる「やおい小説」「耽美小説」の流れにつらなる「ボーイズ・ラブ」小説の興隆を支える読者の大半が「女性」だという事実などは、彼女たちが、好むと好まざるとにかかわらず担わされた「女性性」を背負っての「現実的な恋愛」に対して、「ボーイズ・ラブ」に一種の無垢な「ユートピア(存在しない場所)の恋愛(=無垢な恋愛=非ジェンダー的な恋愛)」を見て、それを上位 に置き、尊んでいるからなのではないでしょうか。

そうした意味で、一見、失われたかに見える「憧憬の愛=少年愛的なるもの」は決して失われてはいないし、ある条件が整った場合には、凶暴なまでの力をその「無垢な相貌」の下に発揮するという事実を、私たちは学ぶべきでございましょう。最近、国際紛争の場でよく耳にする「民族問題」そして「民族浄化」の問題と、この「無垢」への指向は、決して無縁ではないのでございます。

「理想」無くしては、人間はまともな社会を築くことはできません。にもかかわらず、「理想主義」が容易に「非人間的な完璧主義」に転化するという事実。つまり私たちが歩まなければならないのは、「理想」と「現実」という断崖絶壁に左右を抉られた、わずかばかりに細道なのでございます。どちらに偏り過ぎても、切り立った断崖を転落するしかない。そうした意味で「無垢」もまた、「現実」を相対化する「力」でありながら、人の転落を招く「危険な断崖」であり「魅惑的な罠」でもあるということを、私たちは銘記すべきなのでございましょう。その意味でも、失われたかに見える「無垢の力=少年愛的なるものの力」というものに、私たちはもっと現実的に気を配るべきなのではないでしょうか。





( 以下は「痛みの忘却(2)」につづく)


肉裂!!マゾ吠え一本鞭!!! 投稿者:影姫  投稿日: 7月29日(火)02時20分38秒

☆タイトルに深い意味はありません。わたしの最近の心境をAVの題名風に
言い表したものです。なぜわたしがこのような心境になったかというと、
先日投稿した「プロジェクトK」で皆さんご存知のとおり『せどり男爵数
奇タン』50部限定本をまた誰かに先を越されたからです。これで3度目
の取り逃がし。しかしわたしはここに宣言しましょう。今日から一年以内
に『せどり男爵』限定本ゲットするぞ〜〜〜〜!!!おーーー!!!

☆その代わりといってはなんですが、遠藤周作『沈黙』300部限定本を
ゲットしました。これがまた豪華です。背革装・総革ちつ入り。かぶせ箱
・著者識語署名入りです。わたしの好きな作品であるだけに喜びもひとし
おです。ちなみに内容はキリスト教の永遠の難問とも言える「神の沈黙」
の問題に自らキリスト者である遠藤周作が鋭く迫った力作となっておりま
す。未読の方にはご一読をお薦めします。

☆ひょんなところから赤江ばく『禽獣の門』豆本をゲットしました。確か
以前園主様が
・よく出来た豆本>『解剖学者ドン・べザリウス』
・ダメな豆本>『禽獣の門』
とあげていた気がするのですが、この『禽獣の門』背コーネル革装・平ク
ロス装で私的には「エエ感じ」です。園主様はどこがダメだと思われたの
でしょうか?

☆うちのゴールデンハムスターは元気です。ただ生来の悪戯好きのためあ
ちこちをネットサーフィンして遊んでいるようです。ちゃんと花園に顔を
だすよう厳命しますのでもう少しお待ちください。

☆もう力つきてしまいました。『R』についての詳細は誠に申し訳ありませ
んがこの次にさせていただきます。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html


その4 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)22時56分34秒

☆マムさま

「分離体験の失敗」、「関与不在の病的な感覚」については、僕なりに調べたり考えたりしましたが、言語化できません。忌憚なく仰りたいことを仰ってください。


その3 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)14時26分45秒

☆マムさま

>「河合隼雄の言葉を借りるならば、そのような状況は、蛾が繭を作り大きく変身をとげるように、有効な状況なのだとも言えると思うのです。かつその繭の中の命の感覚器官は働き続けているのだと。」などとinoさまはカキコされてるけど、現在のご自身の状況を投影して、ほんとにそう思ってるのだったら、とても病的な表現としてのすり替えだと思うけどなぁ^^;単純に考えても、外界と接触し旺盛な食欲を示してこそ「立派な繭」にもなるんでしょう

繭の例えは思春期に引きこもりをしている「子ども」を、周りがどう肯定的にとらえればいいかを示唆したものです。私は医学的な診断は鬱病ですので、この例えは適切だったか確かに疑問を呈されてもおかしくありません。一つ言わせていただければカイコは桑の葉をもりもり食べますが、繭になると食べないのです。それがこの例えの例えであるゆえんです。

>悟りとか本質的直感ってなんだろうとか・・検証による理性的直感ってなんだろうかとか・・冷静な観察と認識で見えてくるものはなんだろうかとか・・見えないものはなんだろうかとか・・根拠を求めても得られない場合の態度はどうするのかとか・・答えながら(応えながら)生成されるプロセスって一体なんだろうとか・・やらなけりゃならないことがいっぱいあるでしょ。「・・思うのです」だけじゃあ何にもならない。

仰るとおりです。僕は変わりたいのです。どう変わりたいのか具体的に、書いておられるように挑戦します。

>心の表層としてのイメージは単なる思い付きじゃないだろうから、当然検証の必要性があるし、経験値としての追認行為も必要だし、議論も必要だし、そういう行為を通 して見えてくるものや生成されてくるものがあるという前提にたって、はじめて論証に向けた意見表明が有用だということになると思うよ。相手のいってることを論証をもって否定できなくても「全然関係な〜い」(これまでのinoさまたちの目的のためには手段を選ばないということも含めて)みたいないい加減さと、なんでもいいからとにかく全面 否定しなければならないみたいな強迫観念が続く限りおよそ対話など成立しないでしょ。

>経験値としての追認行為 >議論
このような行為にいたる前に、僕は表層を漂っていたのでしょう。そして議論したと思っていた。かつ感情は突出していた。これは僕の未熟さでしょうし経験不足です。しかしそうならざるを得なかった。

 >(これまでのinoさまたちの目的のためには手段を選ばないということも含めて)みたいないい加減さと、なんでもいいからとにかく全面 否定しなければならないみたいな強迫観念

>これまでのinoさまたちの目的のためには手段を選ばないということ

とは、どのようなことを指しておられるのか是非ご教示ください。

>なんでもいいからとにかく全面否定しなければならないみたいな強迫観念

とは、よく病の元といわれる全てか無かという志向形態から来る強迫観念と理解してよろしいですか?

inoさまへのラブレターはとりあえずこれで最後ね。とのことですので、もうお書きにならないかもしれませんが、僕の思いは以上のとおりです。ぎくしゃくしておりつぼを得ていないかもしれませんがご容赦を。マムさまの記事はプリントアウトして綴じています。
  


また参りました。3 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)13時31分54秒

☆マムさま

>地道な検証や論証作業があってこそ、自分の意見(直感に対する検証と裏づけ)を主張できるってことでしょ。それが誠実な態度ってことじゃない?inoさまにしろ夢野さまにしろ、その主張?とか意見?なんてものは、その根拠を問えば(客観性のみならず主観的経験値も含めて)曖昧なものに終始する・・というより肝心なところは答えようともしないし、それじゃあただの夢想や幻想や妄想や願望を表出しているだけでしょってことになるし、自慰行為でしかないと思うよ。相手に対して生きた人間を見ていくことができないからこういうカキコで事足りると思っているのであり、恥ずかしいということ自体が自覚できていない。inoさまのあっちフラフラ、こっちフラフラみたいな態度は定見を持てない(自分の位 置を定められない)実に情けない姿だけど、その徹底できない背景に分離体験の失敗と関与不在の病的な感覚と不真面 目(怠惰)な態度が横たわっているってことでしょ。

>inoさまのあっちフラフラ、こっちフラフラみたいな態度は定見を持てない(自分の位 置を定められない)実に情けない姿だけど、その徹底できない背景に分離体験の失敗と関与不在の病的な感覚と不真面 目(怠惰)な態度が横たわっているってことでしょ

お願いがあります。この>分離体験の失敗と関与不在の病的な感覚

、もし書き込みをされる気持ちになられれば、「分離体験」と「関与不在」を教えていただけませんか。

マムさんには以前にもたくさん書いていただいて、感謝しています。


また参りました。2 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)12時08分42秒

☆マムさま(つづき)

>父親のせいだ!病気のせいだ!社会が狂っているんだ!といって自心を観じない恥さらしな言い訳は、「心外に道を求める」姿でありいくらもがいても(万行万善を修しても)、それは所詮他者が他者として見えないということだし、結果 として他者と関与し続けていくという世界から離れている姿なのだから、どんなに「僕は苦しんでいます!」って叫んだところで総ては他人事となるのだし、仏教からは程遠いところに位 置した無意味な苦行ということでしょう。やるだけ無駄、やらないほうがまだましということであり、そういった姿は「仏法を学して外道となると恥しめられたり」ってことだと思うよ。inoさまが何十年も信仰していて変わらないのは何故か考えてごらんなさいな。

病気はそれに逃げるのではなく、やられるのです。鬱は、認知のゆがみが先に起こるからとは言えず、むしろ体内の(脳内の)伝達物質の不足から起き、やがて心理に影響し悪循環を起こす、ととらえた方がよいと思っています。こうして思いが書けているのですから、激鬱は去って、波を休養でとっていく段階で、復帰は9月に出来るかと思っていましたが、12月までは無理と主治医に言われました。
 マムさんに伝わるかどうか分かりませんが、僕が病気のことを掲示板に書くのは、なにも同情を引くためなどではありません。同じ状況を味わっている人のなにがしかのプラス情報になれば幸いだと思うからです。
 マムさんは僕が入会してから何も変わっていないと思っておられるようですが、入会後統合失調、脅迫神経症は20年全く出ません。功徳だと思っています。また書きます。


また参りました。 投稿者:ino  投稿日: 7月27日(日)11時50分00秒

☆マムさま

 ここでなさっていた書き込みは、ずっと読ませていただいていました。返答をと思ってもいましたがどこへしたものかと、メールアドレスもさがそうと思いましたが果 たせませんでしたので、またこうやって「恥じをしのんで」書き込ませていただきます。

>(1)世間のルール(批判と評価)を無視して平気でいるという病的な感覚

「中傷か批判か」ってのはinoさまのほうから問いかけてきたんじゃなかったっけ?なのにその回答に対してひとつも反論できず逃げてしまい、今にいたっても全くシカトを決め込んでいる。それ以外にも逃げたことで宿題がいっぱいあったはずだけど(レビューするとカキコ長くなるから書かないけどね)、頬被りしていれば忘れてくれるだろうみたいな「甘え」が許されると思っているのかなぁ?世間はそんなに「甘くはない」し、そのことがinoさまの心の中に確実に痕跡として刻まれ、無意識下の世界に沈殿していくことぐらいわかるよね。今のinoさまにはわからないかなぁ。

>「中傷か批判か」

については批判も中傷も同じだという意味のアレクセイさんの発言で、もう議論は必要ないと思ったのです。つまり自らが中傷された記事を含んだものを、わざわざ晒しておくことを、同時代の管理人氏がしないことは常識のうちだと僕は結論したということです。目的のためには手段を選ばないことは否定されてしかるべきだと。

>「最終ラウンドで相手をKOすれば勝ちです」などとカキコされてるようだけど、ケンカを買っておいて尻尾巻いてコソコソ逃げ続けている人間がどうやって最後のラウンドで勝利できるの?第一、リングにあがって戦ってないじゃん。敵前逃亡しておいて冗談が多すぎ(爆笑)。よくそんな恥ずかしげもないことをカキコできるものだとつくづく感心する。世間の常識・ルール(評価)が非情で厳格なものだってことがわかってない。

>敵前逃亡

僕は「同意なき転載」と「転載通知をしたこと」が同じということが、ネットの常識だということは、あの状況で言えるということが、間違いだと申し上げたはずです。仮に「敵」が「同意なき転載」は正しいと言って、それ以上の意見は中傷だと言われれば引き下がるを得ないでしょう?

>日蓮さまは、あなたがたの恥さらしで卑怯な振る舞いの姿を、「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、賢きを人と云いはかなきを畜(崇峻天皇御書)」として「人ではなく畜生」だと厳しく諌めてるはずだけどなぁ。もっと平たく言えばジェイソンみたいなマスクをつけて「これでわたしは自分の顔に責任もたなくてすむ〜」と言ってるようなものか、或いは「ネットだからどうでもいいんだよ!」みたいなことじゃないかと思うよ。

マムさんは、同時代にアレクセイさんが関わられた間の記事(参加した人々は他にも数々、僕もその一人)の扱いに何もコメントしておられませんがそれにコメントされた上で、「あなた・の恥さらしで卑怯な振る舞いの姿」を具体的に指摘してください。「あなたがた」でなく「あなた」であるinoについて。
 さらに「ダウン」は僕の病気の度重なる再発を指しているのですが、そのことの共通 理解は確かめさせていただくまでもないですよね。



(1)世間のルール(批判と評価)を無視して平気でいるという病的な感覚

「中傷か批判か」ってのはinoさまのほうから問いかけてきたんじゃなかったっけ?なのにその回答に対してひとつも反論できず逃げてしまい、今にいたっても全くシカトを決め込んでいる。それ以外にも逃げたことで宿題がいっぱいあったはずだけど(レビューするとカキコ長くなるから書かないけどね)、頬被りしていれば忘れてくれるだろうみたいな「甘え」が許されると思っているのかなぁ?世間はそんなに「甘くはない」し、そのことがinoさまの心の中に確実に痕跡として刻まれ、無意識下の世界に沈殿していくことぐらいわかるよね。今のinoさまにはわからないかなぁ。



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