●●● BSS『アレクセイの花園』バックログ ●●●


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まだ早そうだ 投稿者:野茶坊  投稿日: 7月17日(木)00時11分25秒

inoさんはまだお休みになった方がよさそうですね。
よおわからん言葉が踊っているだけですよ〜。
しっかり休んでますか?
楽しく語れる時は必ずきます。どうぞ焦らないで・・・。

目下超多忙。仕事の山。きゃ〜。あと少し・・・。
そのうちまた・・・。


「曖昧さ」について(8) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)00時03分42秒


                 ○


このように、AOIさまの議論(レス)は、

(1) マムさまのお気持ちは充分理解しています(自明の前提)
(2) しかし、私は『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言に釈然としないものを感じ、「言い過ぎ」ではないかと思います。(感想)
(3) なぜなら、私は他人を『議論の中で議論の本質とは関係なく性的に貶めることはないんじゃないか』と思うからです。(飛躍した根拠)

というところを「堂々回り」しております。

この議論の問題点は、(1)(2)が本件『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言に関するものなのに、その根拠と思しき(3)との因果 関係が何ら証明されることなく短絡している点なのでございます。


つまり、結論的に申しますならば、AOIさんの「意見表明」というのは、今回のことに限らずいつでも、「否定疑問」の形でしか提出されないということなのでございます。

具体的に言えば、「○○は正しい」「××は間違いである」という意見に対して、「必ずしもそうとは言えないのではないでしょうか?」という形での意見表明しかしない、そう「否定疑問」で問いかける自身の「認識」については何も語らない、問われれば「引っ掛かるのです」と曖昧に答える、ということでございます。

しかし、これは意見表明の形式としてはいたって「不誠実」でございましょう。相手は「リスク」を背負って(完璧たり得ないことを承知で)意見表明しているのに、それに対し否定的に疑問表明する方は、その否定の根拠を「曖昧」にすることで「リスク」を背負うことを避けているのでございますから。

むろん、AOIさまがこのようなことを自覚的になさっているとは思いません。しかし、その「無自覚」は、自己の「根拠検討」をなおざりにしてきた結果 、完全にパターン化してしまったものなのでございますから、「自覚がないから」許されるということではございません。

AOIさまの「否定疑問」は、見掛け上は言い訳がましくございませんから気づかれにくいのでございますが、この意見表明のパターンは、私やマムさまに批判されたinoさまの「私のどこがおかしいのでしょうか? ご教示願います」というのと、 本質的な違いはないのでございます。また、だからこそ、マムさまの『質問!』(7月15日(火)23時17分29秒 )には、inoさまの「堂々回りの議論」に対するのと同様の、「ハッキリしてよね!」という苛立ちがにじむのでございましょう。


ですから、今後AOIさまに望まれるのは「否定疑問」形式の意見表明ではなく、ごく普通 の「私はこう思います。なぜなら、こうこうだから、そうあるのが正しいからです。したがって貴方の意見は、ここが間違っています」という形式での「リスクを背負った」意見表明でございましょう。

たぶん、AOIさまの根底には「他人を傷つけるのが嫌だ」という気持ちが強くあるのでございましょう。しかし、その一方で、他人が人を傷つけるのを看過することも出来ない。だから、無難な「否定疑問」の形によって、「積極的な批判」せずに、相手に「自己批判」を促そうとするのではないでしょうか。

しかし、「他人を傷つけるのが嫌だ」という気持ちのさらに根底には「自分が傷つきたくない」という意図が伏在しております。なぜなら「他人を傷つけるのが嫌だ」というのは「他人を傷つけたら、そんな自分がさらに傷ついてしまう」ということでございますし、他人が「自己批判」で傷つくのであれば、それは「私が傷つけたことにはならない」という計算も、そこには潜んでいるからでございます。


さて、AOIさま、これが私の「AOI論」でございます。この論説が、AOIさまの本質を、どの程度、射抜いているかは「神のみぞ知る」でございましょう。
しかし、当然、AOIさまにはAOIさまご自身の見解があろうかと存じます。もちろん、そのご見解が、私の見解に同意するものであれば、根拠の提示は必要ございません。ですが、否定するものであれば、根拠の提示は必要でございましょう。それが「否定意見」を出す者の義務であり、リスクを背負って発言している者への最低限の礼儀だからでございます。

ご意見は急ぎませんので、一般に「説得的な」ご意見をお願いいたします。大西巨人も申しておりますとおり『早きが手際には非ず』なのでございます(笑)。





みなさまへのレスは後日ということで。

それでは、みなさま、おやすみなさいまし。


【追伸】 なお、この文章は、マムさまのご投稿『キリ番ゲット賞はないの?』(7月16日(水)19時36分21秒)を読む前に書かれたものでございます。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


「曖昧さ」について(7) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)00時01分39秒


>> 一般論ではなく、あくまで今回の件において問題があったということを強調されているかのように受け止めました。

> 問題があったというのは、語幣があると思います。何回も言っていますが、マムさまの真剣な気持ちはわかっていますから。ひっかかってしまうということですね。
> それは私が二流で本物ではないからなのかもしれませんが(苦笑)。

『問題があったというのは、語幣があると思います。』……これは面喰らう発言でございます。これでは、最初の『言い過ぎではないか』というご意見が、「言い過ぎだが、問題はない」という訳のわからない「感想」となってしまいます。

『何回も言っていますが、マムさまの真剣な気持ちはわかっていますから。』……この「繰り返し」は何を保証するのでしょうか? AOIさまは、マムさまの気持ちについては「分かっている」とおっしゃいますが、そもそもご自分の気持ちを、どれほどわかっておられるのでしょうか。『ひっかかってしまうということですね。』という言葉を「繰り返す」だけの、この状態で?

> もちろん『議論のなかで議論の本質とは関係なく性的に貶めることはすべきではない』は、『性に対する感受性は違う』の結論ではありません。関係はありますが。

なぜ『もちろん』なのか、どう『関係は』あると言うのでしょうか? ここにも「説明」はございません。

> 私にとって鉄則のようなものです。でも例外があります。リスクに対しての自覚と覚悟をもって言われたのであれば、否定するつもりはないんです。すごいと思う。

『否定するつもりはない』というのは、「積極的に肯定するつもりもない」ということでございましょう。なぜなら、そこに『リスク』がつきまとうからでございます。しかし、では、『リスク』を背負わないで、何かを言うことができるのでしょうか?

「リスクを背負わない意見表明」は、基本的には存在いたしません。しかし、ひとつだけ「誤魔化し」の方法はございます。それは、「論理的に一貫した意見を言わない=根拠の曖昧な意見表明をする」ということでございます。そうであれば、その意見は「根本的」に批判されることはございません。ただし、それは、その意見そのものが、意見としての結構を欠いて、意見としての「根本的な力」を持っていないということでもあるのでございます。





( 以下は「「曖昧さ」について(8)」につづく)


「曖昧さ」について(6) 投稿者:園主  投稿日: 7月17日(木)00時00分54秒


>> で、「どうしても残ってしまうんですね」とカキコされていますし、同様のご指摘を何度も頂いてますから議論を継続する必要があるのかなぁと思いました。

> ごめんなさいね。分割に失敗したのと、レスしていたら何度も同じようなことの繰り返しになってしまっていますね。

問題は『分割に失敗した』とか『レスしていたら』とかいったことではなく、単純に「繰り返しにしかなっていない」ということなのでございます。

>> マムの今回の件に限定して主観的にどう感じたかという点で議論しますか?それとも一般 論に敷衍して議論しますか?

> 主観的にどう感じたのかということについてはすでに書いてあるわけですし、マムさまの書き込みを拝見したことに関して、書かなければいけないと思っていたのですが、ちょっと時間がかかりそうだったのと、特にこれ以上書くこともないように思ったのですね。で、つっこみだけになってしまった(笑)。

マムさまがここで提案しておられるのは『主観的にどう感じたか』をおたがいに書こうということではございません。それならば、AOIさまのおっしゃるとおり、双方すでに書いております。
そうではなく、マムさまがここでおっしゃっているのは『主観的にどう感じたかという点で議論しますか?』つまり「その主観の出自について問う、議論をしましょうか?」という意味なのでございます。

そして、これはマムさまとしては、私が、

> むしろ問うべきは、なぜ「あの時・あの場で・マムさまには」それが「必要」と感じられたのか、ということなのございましょう。

と問うたことへの応答にもなりましょうし、AOIさまが「その主観の出自」について何ら言及していないという認識があったからでもございましょう。

> 一般論というのであれば、「性差別」ということになるのかなあ、そうなると今回のこととちょっと離れてしまうような。「場」ということもあったと思います。議論ということに対しての認識についての相違。
>「性差別」ということに関しては今急いでしなければいけないということでもないと思いますが。
>マムさまがそれについて積極的に書きたいと思われるのであれば、お話は出来ると思います。

言うまでもなく、マムさまが『それでもチ○チ○ついてんのか!』と発言なさった時、そこには「性差別 =性的イヤがらせ」の意図はまったくございません。ですから、マムさまご自身としては「AOIさまが、そのようにご理解なさるのなら、ご意見をお聞かせ下さい」ということではあっても、ご自分から言うべきことはございませんでしょう。しかし、AOIさまご自身が今回のこと「性差別 」とは関係ないとお思いなのなら、もとより本件には何の関係も無い「性差別 」にかんする議論のなされる必然性は、マムさまはもちろん、誰にもないのでございます。

なのに、こういう「一般論」を、マムさまがここで問題とされたのは、AOIさまがマムさまの『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言に『「女のくせに」「不感症なのでは」』という『議論の中で議論の本質とは関係なく性的に貶める』行為を関連づけて論じられたからに他ならないのでございます。

また、AOIさまの、ここでの『「場」ということもあったと思います。議論ということに対しての認識についての相違。』というお言葉も「意味不明」でございます。なぜならば、これらの言葉が「説明」抜きで、唐突に語られているからでございます。





( 以下は「「曖昧さ」について(7)」につづく)


「曖昧さ」について(5) 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時59分34秒


次はホランドくんへのレス。

> これについては、園主さまへのレスに書いたように、ちょっと、違います。
> 議論の中で議論の本質とは関係なく性的に貶めることはないんじゃないかということですね。
> 一般論として「性的比喩を用いて、悪口を言う」ことを否定しているわけではないですので。

二行目の『議論の中で議論の本質とは関係なく性的に貶めることはないんじゃないかということですね。』については、ここではもうマムさまが『議論の本質とは関係なく性的に貶め』をしたのが「自明の前提」のように語られておりますが、その証明は未だなされておらず、今この段階でこう言ってしまうというのは、AOIさまが本件『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言と、仮定として持ち出した『「女のくせに」「不感症なのでは」』発言を混同している証拠だと申せましょう。

『一般論として「性的比喩を用いて、悪口を言う」ことを否定しているわけではない』のだとすれば、もとより仮定としての『「女のくせに」「不感症なのでは」』発言を持ち出すことは出来ないのでございます。


次はマムさまへのレス(『おやすみ〜☆☆☆』7月16日(水)01時44分40秒 )。

> 私が書き込むときには、マムさまの書き込みは見ていませんでした。マムさまがどういうお気持ちで書かれたのかも拝見しました。真剣な気持ちであったのも分っていたし、マムさまとしては日常的なギャグの延長のようなお気持ちもあったのかなあと思いました。

『私が書き込むときには、マムさまの書き込みは見ていませんでした。』……これについては私が保証いたします。マムさまの『ミイラ取りがミイラに(^^;』とAOIさまの『おはようさん』は、7月15日の正午頃に、私が同時にアップしたものでございます。

さて、AOIさまはここでも『真剣な気持ちであったのも分っていた』と「自明の前提の確認」をなさっておられるのですが、そのあと『マムさまとしては日常的なギャグの延長のようなお気持ちもあったのかなあと思いました。』と書かれておりますが、ここが問題でございます。
この「感想」は、マムさまの、

> マムの世界(会社とか近所とか女友達とか男友達とか)では、シモネタ大好きみたいなとこあってその延長でサラリと書いたつもりだったけど、AOIさまに指摘していただいて、違う見方をする人もたしかにいるかも・・ってことでした。

という言葉をうけて書かれたのでございましょうが、これを『日常的なギャグの延長』としたのでは、まるで、真剣であるべき議論に「日常のおふざけ」を持ち込んだと言っているようなものなのでございます。
マムさまがここでおっしゃっておられるのは、「日常のおふざけ」というようなことではなく、「親しき間柄では許されている、議論における性的な比喩」といった話なのでございます。

> そのことから考えれば、「チ○チ○発言問題」は性差別というよりは、やはり相手との関係性としての問題だったように思う。親しいお友達との会話の中で「マム、おまえ不感症だろ」と言われれば、「感じさせないオトコが悪いんじゃん!悔しかったら感じさせてミソ!アハハ」ってとこかな。でも、真摯な議論の関係であったら、相手がオトコだろうとオンナだろうと「超サイテイ!」ってことになるんだと思う。

つまり、議論が『真摯』なものになれば、比喩もそれにしたがって、誤解を避けるべく「直接的」なものになりがちでございます。すなわち「最低」「下衆」「バカ」「非論理的」「無知蒙昧」等など。……しかし、言葉が「直接的」であるということが、その議論の「真摯」さを保証するわけではございません。ですから、親しき仲では「誤解というリスク」が少ないとの判断から、言葉に「幅」を持たせることも可能となり、その意味で「性的な比喩」も使用可能となるのでございます。つまり『「マム、おまえ不感症だろ」と言われれば、「感じさせないオトコが悪いんじゃん!悔しかったら感じさせてミソ!アハハ」』という議論は、単に「ふざけた」ものとは言えず、本質的には「「マム、おまえ知的に鈍いんだろ(おまえ鈍感だな)」と言われれば、「理解できるように明晰に語れないアンタが悪いんじゃん!悔しかったらもうちょっとシャープに語ってごらん!アハハ(アンタが表現能力皆無なだけ)」」という議論の「柔らかな言い換え」なのであって、これは議論に無関係な、単なる『ギャグ』などではないのでございます。





( 以下は「「曖昧さ」について(6)」につづく)


「曖昧さ」について(4) 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時58分04秒


> もちろん、その時のマムさまの表現の必要性を否定するつもりはありませんし、最初にも言ったようにマムさまの真剣さは十分分った上で言ったつもりです。
> また、私がこのように言ったからといって、外部の影響ということで決定されるものではないはずですね?

『もちろん、その時のマムさまの表現の必要性を否定するつもりはありません』が「否定」、『最初にも言ったようにマムさまの真剣さは十分分った上で言ったつもりです。』が「自明の前提の確認」、『また、私がこのように言ったからといって、外部の影響ということで決定されるものではないはずですね?』が「反問」。……ここにも「説明」はございません。

> このように言われるのは十分分りますが、私には表現(比喩)とは受け取れなかったと言うことであり、私の言ったことは老婆心だったのかなとも思っていますが、それでも、釈然としないものは残ります。
> どうしても残ってしまうんですね。だから、言ったんです。

ここはすべて「くりかえし」でございます。必要なのは「何に、どのように、釈然としないのか」、それを「説明」することなのでございます。

> マムさまの言われていることはすべて了解できたとしても、「女のくせに」「不感症なのでは」と言われたらその部分について了解できないということです。

ここでも『「女のくせに」「不感症なのでは」と言われたらその部分について了解できない』という「関係のない」話が、強迫的に「繰り返され」ております。

『十分分りますが』『了解できたとしても』……この執拗なまでの「自明の前提の繰り返し」は、いったい何を意味するのでしょうか? それは、これが無かったら、AOIさまの発言は「単なる・思い込み語り」にしか見えないということでございましょう。





( 以下は「「曖昧さ」について(5)」につづく)


「曖昧さ」について(3) 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時57分22秒


> 今回の議論の本質には直接関係ないこと(性的に貶めること)でダメージをあたえることは必要ないのではということを言いたかったんです。

このご意見は、『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言が『本質には直接関係ないこと』『性的に貶めること』だというのを証明して、初めて意味を為すものでしょう。でなければ、このご意見は、今回のこととは「関係のない一般 論」となってしまいます。

> マムさまのキャラクターは十分承知していますけれども。
> たとえば、私が言われる立場として、マムさまの真剣な気持ちは十分分っても、また、言われていることが正しいと思えたとしても『女のくせに』『不感症か』といわれたら、それは議論の本質とは関係がない、感情表現だとしてもその部分は許容できないということです。

『たとえば私が〜と言われたら』という「仮定」に『それでもチ○チ○ついてんのか!』が入るのなら意味もございますが、ここに本件とは「関係のない(歴史的文脈が違う)」『『女のくせに』『不感症か』』が入ったのでは、この場合、この譬えは何の意味も持ちません。
そっちはそっちの話であり、それをAOIさまが『許容できない』としても、そのことがそのまま本件の『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言を『許容できない』とする「根拠」にはならない。つまりこの場合、AOIさまは、本件を『許容できない』とする「根拠」については「何も語っていない」のでございます。

ちなみに『マムさまのキャラクターは十分承知していますけれども。』という「前提確認」は、ほとんど無意味でございます。わかっていないと思っていれば、もとより否定的な発言などしないからでございます。……しかし、この後にも指摘するとおり、AOIさまは、こうした「自明の前提の確認」をくどいくらい繰り返されます。

> もちろん、議論で言えばそうおもいます。
> 『それでもチ○チ○ついてんのか!』が適正だと思えなかったということです。

これは「全面否定」でございます。なぜなら私たちは「議論」をしているからであり、当然、AOIさまも「議論」をしているからでございます。
そして、ここで『適正だと思えなかった』というのは、AOIさまが「否定的見解」を示している以上、これも「自明の前提」であり、その反面 ここには、語られるべき「(不適正だとした)判断の根拠」がまったく語られていないのでございます。

> 「(主旨が同じで、もっと穏当な)違う表現もあっただろう」という意味ではありません。
> 言う必要があったのか、言い過ぎではということです。
> (園主さまは必然だったということですね?)

ここでは、一行目が「否定」。三行目が「反問」。間の二行目は自説(結論)の「繰り返し」であり、相変わらず「説明」はございません。

> もうちょっと、説明するべきでしたね。
> つまり、『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、性的な言葉であり、私には「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージだというだけには受け取れなかったということです。
> 前回も書きましたが、私は議論には関係ないと思える性的に貶めることがいいと思えません。
> 性に対する感受性は人それぞれでかなり違うということですね。
> 今回の議論と離れたところであれば気にならなかったとは思います。

> もうちょっと、説明するべきでしたね。

問題は、ここまで『ちょっと』でも『説明』があったのか、ということでございます。
言うまでもなく、「私はこう感じた」というのは「説明」ではなく「感想表明」であり、説明とはその「感想」へいたる「論理的筋道」を語り、「感想」の一般 的妥当性を証明することでございます。

> つまり、『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、性的な言葉であり、私には「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージだというだけには受け取れなかったということです。

ここに書かれているのは「感想」でございます。なぜなら「性的な言葉=負(否定性)の言葉」ではないからでございます。

> 前回も書きましたが、私は議論には関係ないと思える性的に貶めることがいいと思えません。
> 性に対する感受性は人それぞれでかなり違うということですね。

これは「自明の前提」であり、私やマムさまも共有している常識でございます。だから、この言明自体には、ほとんど意味はございません。

> 今回の議論と離れたところであれば気にならなかったとは思います。

これも、具体的には何も指さない「無意味な仮定」であり、本件とは関係ありません。





( 以下は「「曖昧さ」について(4)」につづく)


「曖昧さ」について(2) 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時55分35秒


                 ○


以下、AOIさまの『おはようさん』(7月15日(火)10時31分51秒 )へのレス形式で、上に指摘した「AOIさまのパターン」を浮き彫りにしてまいりましょう。

>マムさまの発言について

> 私の言いたかったこととずれているように感じますので、少し説明します。
> まづ、最初にも書きましたように、マムさまのいわれている真剣さは十分感じた上で言ったことですのでそれを前提に聞いてください。

ここで注目すべきは、『少し説明します』と書いておられる点。それから『最初にも』書いた『マムさまのいわれている真剣さは十分感じた』という自明の『前提』を確認している、という点でございます。

> そうではないですよ。
> ダメージが議論の本質以外のところにおこるという危惧から言ったものです。(そういうのはリスクであり、仕方のないことということだということですか?)

『「否定と問い返し」のパターン』……このレスでは、『そうではないですよ。』が「否定」で、『そういうのはリスクであり、仕方のないことということだということですか?』が「問い返し」でございます。

ここでの、AOIさまの『危惧』は、「一般論」としては正しくとも、今回のマムさまの発言に当て嵌まるかどうかは、甚だ疑わしゅうございます。
しかし、AOIさま個人は、『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言が『議論の本質以外のところ』に「当てはまる」と判断なさったからこそ、それを『言い過ぎではないか』と否定評価なさったのでございましょう(もちろん「〜ではないか(ないのか)」というのは、形式的には「疑問」の形をとっておりますが、本質的には「否定」であることは明白でございましょう)。しかし、マムさまの『それでもチ○チ○ついてんのか!』という発言が『議論の本質以外のところ』だとする意見の「根拠説明」自体は、どこにもございません。

一方、AOIさまのご意見に反して、『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言が、今回の「マムさまとinoさまの議論」の本質から出てきたものであるというのは、私の説明や、それを追認するかたちでの、マムさまの、

> 今思い返してみると、マムの「チ○チ○発言問題」は言葉そのものに意味があったというよりは、言葉そのものに含まれる「情」に意味があったということかなぁ。今回の井上さまの場合、ネットでのやりとりだから必ずしも身近なお友達ではないし、議論といえば議論なのかもしれないけど、途中から井上さまのレス見てると議論というより、「もっとしっかりしてよ!」という感覚になってきた。その時点から、もうマムのほうとしては「対面 して」議論するという世界ではなく、井上さまの「横にいて」しゃべっているような感覚だったと思う。そして「チ○チ○発言」の後に続く言葉としては「議論したいのか、単にお話をしたいのかはっきりしてよね!」ってことだったと思う。

という自己分析にも明かでございましょう。また、これは、普通に読めばわかることなのではないでしょうか。

こうした「(「しっかりしろよ」という)主旨の明確な発言(『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言)」に対して、『ダメージが議論の本質以外のところにおこるという危惧から言った』のだとしたら、どうして「この程度」の発言で、そこまで『危惧』したのかを、AOIさまは説明しなければ、他人には〈単に「性的比喩による批判」を、紋切り型に批判した〉としか受け止められることはございません。なぜなら、この事例にたいする明確な否定「理由=根拠」があるのであれば、当然それは求められずとも示されていたはずですし、逆にそれが現に書かれていないというのは「紋切り型を用いて、無思考に批判した」からだ、としか取れないからでございます。

AOIさまは、続けてここで『そういうのはリスクであり、仕方のないことということだということですか?』と問われておりますが、これについては既に回答済みでございます。つまり「リスクを伴わない意見などない。大切なのはリスクマネージメントである」というのが私の回答だったのでございますが、AOIさまはそれをきれいに忘れて「反射的に反問」をしておられます。こうしたことが、たびたび繰り返されているからこそ、全体にAOIさまのご意見は「堂々回り」の印象をあたえ、マムさまからも、

> で、「どうしても残ってしまうんですね」とカキコされていますし、同様のご指摘を何度も頂いてますから議論を継続する必要があるのかなぁと思いました。

という妥当な印象を持たれてしまうのでございます。もちろん『同様のご指摘を何度も』というのは、ここで言われていることがらに限定されるわけではない、ということのでございます。





( 以下は「「曖昧さ」について(3)」につづく)


「曖昧さ」について(1) 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時54分03秒

みなさま、本日は、過日より議論の続いております、マムさまによる『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言問題について、私の包括的な意見を述べさせていただきたいと存じます。
したがいまして、今回は、マムさま、AOIさまそれぞれへのレスという形式を取らずに、以下のとおり、論文形式とさせていただきます。


                 ○


まず最初に、「今回の議論」の中心にあるのは、「マムさまによる『それでもチ○チ○ついてんのか!』発言」そのものではなく、それを『言い過ぎではないか』と評価したAOIさまの「根拠の曖昧さ」だということを指摘しておきましょう。その意味で、以下の論文は、AOIさまその人を論ずるものとなるはずでございます。


>>『マムさまとinoさまの関係』というのは、結局のところ、そこで語られた「言葉」にしかないのでございますから、その「言葉」を適切に(つまり、一般 に説得力のある論理によって)評価するしかないのではないでしょうか? 「個別 事例」を評価するに当っても、その評価基準となるのは、「一般的公正さ」以外にはありえないと存じますし、AOIさまの議論には、そのあたりに混乱があるものと存じます。

> このように言われるのは十分分りますが、私には表現(比喩)とは受け取れなかったと言うことであり、私の言ったことは老婆心だったのかなとも思っていますが、それでも、釈然としないものは残ります。
どうしても残ってしまうんですね。だから、言ったんです。
> マムさまの言われていることはすべて了解できたとしても、「女のくせに」「不感症なのでは」と言われたらその部分について了解できないということです。

ここには、AOIさまの「発言の仕方」の特異性と、個人的な「こだわり」の本質部分が露呈しております。
つまり、例えば、AOIさまの『言い過ぎではないか』という「否定的評価」は「なんとなく、そう感じた」ということであって、AOIさま自身、その「根拠」を明確に把握していないのでございますね。だから、根拠を問われても自分から「具体的には、何も示せない」し、私やホランドくんが推察にもとづいて「こういうことではないのか?」と尋ねた場合の返答は、必ず「否定と問い返し」のパターンになってしまうのでございます。





( 以下は「「曖昧さ」について(2)」につづく)


??? 投稿者:園主  投稿日: 7月16日(水)23時49分34秒

 ino さま
どうも下の依頼文の意味が解しかねますが、ひとまず私の判断で、そのまま残すことにいたします。

推敲二十ぺんとは申しませんが、五回は推敲なさって下さいまし(笑)。

http://homepage2.nifty.com/aleksey/LIBRA/index.htm


削除 投稿者:ino  投稿日: 7月16日(水)22時02分11秒

☆管理人さま

先ほどの書き込みは、削除または閲覧に供するに値するものと思われますので、ご判断いただき、削除または閲覧用としていただきたく存じます。


人となり 投稿者:ino  投稿日: 7月16日(水)20時21分15秒

☆マムさま

もし、対話に移行すると仮定させていただくならば、その前に独白をさせてください。    

「○ん○んついてんのか!」=最低最悪、と私が認識するとなると、私自身の「男性」という名の、人格としての自分は、どう標準値を満たしていないのか、正確にはどう最低最悪なのかと思考せざるを得ないのです。

 勿論「○ん○んついてんのか!」が、その時点、あるいは今の人格としての私の何が欠落しているのか、欠落や混乱はどうしておきているのか、真剣に考え自己変革しないとどうしようもないよ、というあなたのプラスメッセージと受け取ります。

 人格形成には乳幼児期を含め、生育環境は無視できません。私に限って申し上げれば、統合を失調し病んでいた父を悲しいことに、かけがえのない父だったと思えると言い切れない自分がいまだにいるのです。父は病んだまま亡くなりました。何故こういうことを申し上げるのかと言うと、私にとって社会的な成功者としての男性イメージは自分で作らざるを得ないのです。自分を否定し続ければ生きてはいけないのですから。

 このようなことを書くことが自己耽美と言われるのかと考えているのですが、20代前半で、人に晒すことの「悲しみの情」は捨てましたので、そこはご理解いただき、inoという者の理解に役立てていただけるものなら幸甚です。

 誰にだって親を乗り越える闘いや葛藤があるのは申し上げるまでもありません。確率的にinoは少しだけ特殊かもしれないと申し上げておきたかったということです。

  


キリ番ゲット賞はないの?(3) 投稿者:マム  投稿日: 7月16日(水)19時44分20秒

☆AOIさま(つづき)

と、ここまでカキコしたけど、う〜んまだAOIさまの仰りたいことがマムに咀嚼できてないような気がする^^;なんかどっかスッキリしないんだよねぇ。どっかにマムの中で蓋をしてるものがあるのかもしれないねぇ・・

☆inoさま

オオ!待ってたよ^^いらっしゃ〜い!元気だった?
でも来たからには、前回みたいでなくきちっとレスしてくれるんだよね?そういう意思表明も含まれていると見ていいんだね。前回、皆さまから井上さまへの宿題もいくつかあるってことも忘れてないよね。

それと、そもそものなりそめが同時代での井上さまだったから、これまで敢えて井上さまと書いてきたけど、そろそろinoさまと変更したほうがいいね。まぁ、なにはともあれ、お帰りなさい^^

>私はマムさまは同時代をこまめにチェックされていると思いあの記事を書きました

特にこまめにチェックしてるわけじゃないんだよね。自動巡回ロボットでマーキングセットしておけば、パソが勝手に変更箇所をチェックアップしバッチでアップフォルダーに格納してくれるの。まめなのはパソであって、ずぼらなマムはインデックスに従ってそれを見るだけ、いらないものはゴミ箱にポイ!見たいものはクリック!ただそれだけ^^マムは会社の内製ソフト使ってるけど、ネットで捜せば似たようなソフトあると思うよ。興味あるのだったらそういうところから捜してみるといいよ〜。

inoさまへのレスはこれから飲み会あって幹事役をやらなきゃならないので、今日はカキコできないや。まぁ、とりあえずあいさつということでまた明日ね!

さてと、飲み会じゃあ!またシモネタでみんな騒ぐんだろうなぁ・・(^^;


キリ番ゲット賞はないの?(2) 投稿者:マム  投稿日: 7月16日(水)19時39分48秒

☆AOIさま(つづき)

その一方で、例えば、議論していて、マムが「そんなことばっかり言ってたらハゲてヅラのお世話になっちゃうぞぉ!」と言ったとするよね。で、そのマムの発言は相手を見る限りその頭はフサフサだから問題ないとなにげに判断してのものだったとするよ。でも、その人が本当はアートネイチャーさんとかアデランスさんで、その発言に「ギクッ!」としたらどうなの?AOIさまのボーダーから見ると、こういう無自覚でもあり自覚的でもある発言も差別 的発言であり許されないものなの?それとも許されるものなの?言われた本人にしてみたら性的不能と同じくらい悩んでいるんだと思うし、実際ある意味では性的な問題も含む身体的な問題でもあるしダメージも受けたと思うんだよね。

あるいは、不妊症に悩んでる奥さんが密かにクリニックに行く途中、近所の親しいおばちゃんに出会って話し込んでしまって最後に「ちょいとアンタ!いつまでも若いつもりで遊んでんじゃないよ。早く子供作ったほうがいいよ。旦那にしっかりしろといっておきな!」て言われたとき、その夫婦は「余計なお世話だ!なんでこんなこと言われなくっちゃいけないの・・」と思うかもしれないけど、だからといってそのオバちゃんを責められるのかなぁ。このオバちゃんはその夫婦が不妊症だということを知らないのだから。

上記事例では、議論内容とか世間話においてそれと直接関係ない発言で相手がダメージを受けてるけど、こういった性的或いは肉体的発言も許されないとするならば議論や会話以前に日常生活自体が成立しないよね。なんでもかんでも許されないということをAOIさまが仰ってるんじゃないとすれば、相手との関係性(上下関係や対立や親和性)が先ずあって、性差別 的発言というのはそのあとにくる問題ということになるんじゃないかなぁ。問題となるのは、何の貸し借り関係もない純粋な議論相手(全くフラットな状態)に対して、意図的に別 の次元で決定的なダメージを与えようとする動機が存在していた場合ということを仰りたかったんじゃなくって?そうするとそれは全要素を含む増減とか濃淡とかいったボーダーではなくむしろガイドラインといったほうが正確でもあるし、そのガイドラインゆえに実際に臨床摘要するとなると結構難しい問題じゃないかなぁと思う。

実際場面での摘要という点から見れば、結局元に戻ってしまうけど、議論する相手との関係性とか、場の理論(集団的関係性を含む)とか、個の感受性(社会的意識に取り巻かれての個としての価値付け)といった問題とか、あるいはホランドさまのおっしゃる一定の受忍義務=寛容とといった問題は決して的を外してはいないと思うんだよね。またそこから議論していけば、差別 属性や差別意識としての個人意識・集団意識・社会意識とか、同質性・異質化・他者比較による優位 化・権威付けといった議論に発展していくものでもあるかもしれないと思う。

>なるほど。そうでしたか(笑)?ご質問したのは、『「チ○チ○」自体は不用意な言葉であったと思う。』といわれていますが、私はゼンゼン不用意だとは思っていないということを言いたかったんです。

広範な性差(別)用語の中には肉体的なものもあるだろうし、一方では男女の社会的役割とかジェンダーみたいな社会的通 念や価値観の変化から表面化してくるものもあるよね。

社会的問題ということであれば、例えば敬語としての女中という言葉の意味変容とか、スチュワーデスからアテンダント、看護婦から看護士へといった職能名称の変更みたいなものから、女は不浄だといった宗教的差別 に至るまで広範な世界があると思うんだ。そういうものは多様な社会的通念や価値観で変化したり表出してきたりするものだから、それぞれのスタンスやキャリアによってその解釈や意味づけも幅広いものとなってくる。

けど、「チ○チ○」という言葉は単純に考えれば、直裁的には肉体表現する言葉だよね。そして、「チ○チ○」は肉体そのもののというよりはその一部或いは局部を表現する言葉だから、そこから連想する外延的思考は、より狭くより直感的解釈であり類似感情・擬似感情に近いと考えることにそれほど無理はないと思う。

「チ○チ○」自体は事実でありそこに価値は含まれていないけど、「チ○チ○」という言葉から性差別 的なものを連想したりそれを不快に思ったりする人が多くいるとすれば、「ネット」という相手の顔も見えず何の貸し借りも関係性もない純粋な議論相手には不用意な言葉だったと思うし、慎重であるべきだったかもしれないという意味であり、そういった認識が薄かったという前提のもとでのカキコです。


キリ番ゲット賞はないの?(1) 投稿者:マム  投稿日: 7月16日(水)19時36分21秒

オッ!カウンターが10万に近づいてる!電卓はどこだぁ!えっ〜とえっ〜と、ピッポッパと・・う〜ん一日当たりページビュー100カウントってことかぁ・・ということは、あと三週間で10万達成!?キリ番ゲット賞はないの?^^

☆AOIさま

>一般論というのであれば、「性差別」ということになるのかなあ、そうなると今回のこととちょっと離れてしまうような。
>「性差別」ということに関しては今急いでしなければいけないということでもないと思いますが。マムさまがそれについて積極的に書きたいと思われるのであれば、お話は出来ると思います。
>「場」ということもあったと思います。
>問題があったというのは、語幣があると思います。何回も言っていますが、マムさまの真剣な気持ちはわかっていますから。ひっかかってしまうということですね。
>もちろん『議論のなかで議論の本質とは関係なく性的に貶めることはすべきではない』は、『性に対する感受性は違う』の結論ではありません。関係はありますが。
>私にとって鉄則のようなものです。でも例外があります。リスクに対しての自覚と覚悟をもって言われたのであれば、否定するつもりはないんです。

真摯な議論との落差が大きすぎる表現だという意味で、その延長として≪性≫差別 を問題にされたいのかと思ったのだけど、「今回のこととちょっと離れてしまう」とか「思われるのであれば」ということから判断すると、そうではないみたいですよね。かといって、「場ということもあった」とされてるから≪場≫の理論が必ずしも主題ではないということですよね。そして「議論のなかで議論の本質とは関係なく性的に貶めることはすべきではないは、性に対する感受性は違うの結論ではありません。関係はありますが。」とカキコされてるから、≪個≫の感受性というのも主関係ではないということですよね。

「どうしても残ってしまうんですね」とか「ひっかかってしまう」とか「釈然としないものは残ります」という表現をされ、また「私にとって鉄則のようなもの」或いは「リスクに対しての自覚と覚悟」という強い表現をされてるし、アレクセイさまやホランドさまのカキコに対してもAOIさまはあまり肯定的な評価はされていないような感じを受けたし(マムはフンフンなるほどぉと読んでたのだけど)、それが一体何であるのか・・う〜ん、ここんとこがマムにはいまひとつ理解できないんだよね。

それで、読めないときはスタート時点を捜せということで、カキコを遡ってざっと読み返してみた^^。で、AOIさまのおっしゃりたいのは、「チ○チ○はついてんのか!」という言葉から男性の性的不能者やセクシャルマイノリティを先ず連想され(AOIさまのおっしゃる疾患とはそういう意味だと思うのですが)・・そこから同列に性的不能者としての女性の不感症を取り上げて置き換え・・もし議論する相手が疾患を有する人であった場合は、間違いなく回復不可能な決定的ダメージを与えることになるのだから、それが意図的であったにせよ、無自覚であったにせよ、議論と直接関係ないのであればすべきことではない。議論するというレベルでの関係性において、相手が疾患がないという確認保証はどこにもない。疾患をもっているかどうかについてはパートナーレベルに属する問題であり(ここではAOIさまは奥さんという言葉を使っていたと思うけど)、その当事者間だけで言葉のやりとりとして許される問題だ。それが議論をしていく上でのAOIさまのボーダーであり鉄則である・・ということですか?そういうところに単純に絞り込んで、或いは限定して理解していいのかなぁ?

だとすれば主軸としてはやはり差別を中心とした性に関する問題ということになってくるんじゃないのかなぁ?そして、限定的に議論するとすれば性的不能とかセクシャルマイノリティとかセクハラに代表されるような性的問題、あるいは男らしさや女らしさという性差やジェンダーみたいないわゆるそっちの方向になるのだと思うんだけど。


おやすみ〜☆☆☆ 投稿者:AOI  投稿日: 7月16日(水)01時44分40秒

☆マムさま

>カキコが同じような時間なのでマムの朝のカキコを見ていただいた上でのカキコなのかそうじゃないのかわからないのだけど、主観的に見てその時どうだったかはカキコしたとおりです。

私が書き込むときには、マムさまの書き込みは見ていませんでした。マムさまがどういうお気持ちで書かれたのかも拝見しました。真剣な気持ちであったのも分っていたし、マムさまとしては日常的なギャグの延長のようなお気持ちもあったのかなあと思いました。

>で、「どうしても残ってしまうんですね」とカキコされていますし、同様のご指摘を何度も頂いてますから議論を継続する必要があるのかなぁと思いました。

ごめんなさいね。分割に失敗したのと、レスしていたら何度も同じようなことの繰り返しになってしまっていますね。

>マムの今回の件に限定して主観的にどう感じたかという点で議論しますか?それとも一般 論に敷衍して議論しますか?

主観的にどう感じたのかということについてはすでに書いてあるわけですし、マムさまの書き込みを拝見したことに関して、書かなければいけないと思っていたのですが、ちょっと時間がかかりそうだったのと、特にこれ以上書くこともないように思ったのですね。で、つっこみだけになってしまった(笑)。
一般論というのであれば、「性差別」ということになるのかなあ、そうなると今回のこととちょっと離れてしまうような。「場」ということもあったと思います。議論ということに対しての認識についての相違。
「性差別」ということに関しては今急いでしなければいけないということでもないと思いますが。
マムさまがそれについて積極的に書きたいと思われるのであれば、お話は出来ると思います。

>一般論ではなく、あくまで今回の件において問題があったということを強調されているかのように受け止めました。

問題があったというのは、語幣があると思います。何回も言っていますが、マムさまの真剣な気持ちはわかっていますから。ひっかかってしまうということですね。
それは私が二流で本物ではないからなのかもしれませんが(苦笑)。

>AOIさまが「性に対する感受性」は個別に違うということをおっしゃるのであれば、それは個々の主観的な問題であるからというところから一歩も進まないのであり、AOIさまのおっしゃる「議論とかけ離れた性的に陥れるような表現はすべきではない」という一般 化には進まないと思います。

もちろん『議論のなかで議論の本質とは関係なく性的に貶めることはすべきではない』は、『性に対する感受性は違う』の結論ではありません。関係はありますが。

私にとって鉄則のようなものです。でも例外があります。リスクに対しての自覚と覚悟をもって言われたのであれば、否定するつもりはないんです。すごいと思う。

>>「チンチン」って可愛いと思います。全然抵抗ないです。○にすることもないと思う。何故、○なの?

>これは単に個人の感性の問題でしょ。チ○チ○って表現カワイイじゃん^^

なるほど。そうでしたか(笑)?ご質問したのは

>「チ○チ○」自体は不用意な言葉であったと思う。

といわれていますが、私はゼンゼン不用意だとは思っていないということを言いたかったんです。


無題 投稿者:ino  投稿日: 7月16日(水)00時33分40秒

☆マムさま

私はマムさまは同時代をこまめにチェックされていると思いあの記事を書きました。


策だったか 投稿者:ino  投稿日: 7月16日(水)00時25分07秒

☆マムさま

iがMさまと来れば、inoからマムさまへというのは私の感覚から言えば、分かるのはマムさまと私と判断しましたが、まずかったですか?


顔出します。 投稿者:ino  投稿日: 7月16日(水)00時05分58秒

☆みなさま

 お久しぶりでございます。

☆マムさま

 早速のお取り上げ、誠に有難うございます。おっしゃるとおりinoがこそこそと、書いた物でございます。さようなら宣言から日も浅く、全く人格崩壊かと思われるのもストレスになりますので書き込みました。野茶坊さまからも休むがよいと言われましたし、アレクセイさまからも、今度来るときは、仏智をいただいて、その結果 結論し議論に来るべしと言われておりましたが、マムさまのお声に黙ってはいけないと思いまして、再び?参上いたしました。
 さてここからすすみませんが、マムさまにいいたかったことは、恥じと呼ばれたそのことです。おっしゃるとおり私は現在も恥とは何かと理解しかねますので、どうぞご教示の程。
 歪んだサインとの自覚も、自己耽美との自覚もないのですが、この二つもどうぞご教示の程、お願いいたします。


質問! 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)23時17分29秒

☆AOIさま

>このように言われるのは十分分りますが、私には表現(比喩)とは受け取れなかったと言うことであり、私の言ったことは老婆心だったのかなとも思っていますが、それでも、釈然としないものは残ります。
>どうしても残ってしまうんですね。だから、言ったんです。
>マムさまの言われていることはすべて了解できたとしても、「女のくせに」「不感症なのでは」と言われたらその部分について了解できないということです。

カキコが同じような時間なのでマムの朝のカキコを見ていただいた上でのカキコなのかそうじゃないのかわからないのだけど、主観的に見てその時どうだったかはカキコしたとおりです。

で、「どうしても残ってしまうんですね」とカキコされていますし、同様のご指摘を何度も頂いてますから議論を継続する必要があるのかなぁと思いました。

ネットでの議論というのはどうしても拡散しがちな傾向があるので、有用なものとするため議論の前提条件を確認したいのですが・・マムの今回の件に限定して主観的にどう感じたかという点で議論しますか?それとも一般 論に敷衍して議論しますか?

>つまり、『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、性的な言葉であり、私には「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージだというだけには受け取れなかったということです。
>前回も書きましたが、私は議論には関係ないと思える性的に貶めることがいいと思えません。
>性に対する感受性は人それぞれでかなり違うということですね。
>今回の議論と離れたところであれば気にならなかったとは思います。


>>議論の流れからすると『「差別」と「差別表現」の問題』だと思ったんですが。
>一義的には違いますね。マムさまとinoさまの関わりをみていてということです。

一般論ではなく、あくまで今回の件において問題があったということを強調されているかのように受け止めました。AOIさまが「性に対する感受性」は個別 に違うということをおっしゃるのであれば、それは個々の主観的な問題であるからというところから一歩も進まないのであり、AOIさまのおっしゃる「議論とかけ離れた性的に陥れるような表現はすべきではない」という一般 化には進まないと思います。

主観的にどう感じたかということであれば前回のカキコの延長であり補足みたいなものになるので、マムとしては今回の性差別 、或いは差別という一般論として議論していくことが有効な議論になると思うけど、そのへんはいかがですか?

一般論として議論するというのであれば、差別という問題ではなく性差別という問題に絞っていいのでしょうか?それとも差別 の中のひとつとして性差別をとりあげるということでしょうか?或いは差別 全般としてですか?差別意識の心的メカニズムとかプロセスといった点ですか?差別 意識と非差別意識の生成メカニズムみたいなことですか?それとも別の視点ですか?それによって議論の方向性が違ってくると思います。

>「チンチン」って可愛いと思います。全然抵抗ないです。○にすることもないと思う。何故、○なの?

これは単に個人の感性の問題でしょ。チ○チ○って表現カワイイじゃん^^


歪んだ表出 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)22時55分45秒

☆iさま

同時代掲示板リンクのたまQは面白い。こういう臭い猿芝居はやはりトラップサイトですね(笑)カキコ内容と文体見ればどなたが書いたか一目瞭然。ここまでして恥の上塗りしたいのかなぁ。アハハ、恥を恥と思わない人だからそれは無理かぁ。多分、この人はカクレンボして隠れていて、それでいて「早く見つけて!」と物陰から手を出しているんだろうなぁ・・こういう人たちは、自分に気づいて欲しいとか、認めと欲しいとか、顔を向けて欲しいみたいな感情を「歪んだサイン」にして表出してくるんだと思うけど、自己耽美に耽らないで花園に顔だしなよ!正義はどこいった?

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投稿時間:03/07/15(Tue) 22:01 投稿者名:i タイトル:男おとこ
Mさま

「それでも○○○○○○○んのか!」とは「超最低」と見て、ああ僕の情動は盲目的であったのかと思い、いややはり僕は許せないことを許せないと言う根拠に動かされていたと思い直します。いい子になりたかったのではありません。物言いなどはなっていなかったと思いますが、僕は間違ったことをしたとは思いません。
 僕には社会モデルであるべき父親の存在はなく、統合を失った父と毎年盆と正月に逢っていました。髭の剃り方も知らず、服の買い方も恐ろしく・・・。学会で初めてネクタイの締め方を知りました。
 Mさんは何も悪くありません。あの書き込みを読まれてお感じになったことが真実です。
 男性は男として生まれるのではない男になるのだ。と誰かが言っていましたね。
 PS この話はここだけにしてください。
    そしてコメントしていただくお手間をかけるつもりもありませ     ん。

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つっこみ(笑) 投稿者:AOI  投稿日: 7月15日(火)22時26分31秒

やらなくっちゃいけないことがあるっていうのに、誘惑に負けてしまうバカな私(笑)。

☆マムさま

>言葉のもつ「事実」という意味からすれば「チ○チ○」自体は不用意な言葉であったと思う。

「チンチン」って可愛いと思います。全然抵抗ないです。○にすることもないと思う。何故、○なの?

☆ホランドさま

>「セクハラ」ってのも、所詮は「解釈の問題」だってこと。つまり、「セクハラ」っていう概念が無かった時代には、「セクハラ」は存在し得なかった。概念が生まれた途端に「セクハラ」は「セクハラ」になった。そして、個人レベルでもそれは同じだということです。

『「セクハラ」っていう概念がなかった時代には、「セクハラ」は存在し得なかった』
というのは、今の概念の「セクハラ」は存在し得なかった。という意味ですか?
今の「セクハラ」といわれているものについて、ヘンと思うことはいろいろあるし、考えなくっちゃいけないと思っていますが、例えば、職場で上位 の立場を利用して女性に性的な行為を迫るというのは、昔からよくあったことですね。そういうことに苦しんだ女性は沢山いたわけで、その女性がしっかりしてさえいればいいというようなことだけではないと思うんですけど。
不公正があるという認識なしには「セクハラ」ということも出てこなかったと思います。


おはようさん(下) 投稿者:AOI  投稿日: 7月15日(火)10時42分07秒

(園主さまつづき)

>『マムさまとinoさまの関係』というのは、結局のところ、そこで語られた「言葉」にしかないのでございますから、その「言葉」を適切に(つまり、一般 に説得力のある論理によって)評価するしかないのではないでしょうか? 「個別 事例」を評価するに当っても、その評価基準となるのは、「一般的公正さ」以外にはありえないと存じますし、AOIさまの議論には、そのあたりに混乱があるものと存じます。

このように言われるのは十分分りますが、私には表現(比喩)とは受け取れなかったと言うことであり、私の言ったことは老婆心だったのかなとも思っていますが、それでも、釈然としないものは残ります。
どうしても残ってしまうんですね。だから、言ったんです。
マムさまの言われていることはすべて了解できたとしても、「女のくせに」「不感症なのでは」と言われたらその部分について了解できないということです。


>大西巨人の『三位一体の神話』(光文社文庫)

昨日遠出をした帰りに買いました。50ページほど読みましたよ。
ミステリーとも思えませんが(笑)
落ち着いたら、つづきを読みたいと思います。

そう、「ノヴァーリスの引用」も面白かったですわ(笑)。

>> 『この世に善も悪もない』のであれば、「無自覚に」「何にも考えずに」「考
えるのを避けて」いたとしても責められることではないのではないでしょうか?

>たぶん「善悪」というのは、「行為」に先立って存在していたのではなく、「行為」の後に「観念」されたものでございますから、事後的に「観念」されたそれがなくとも、「責める・責められる」ということは可能であり、それが可能であれば、それを適正に運用するための検討も必要不可欠でございましょう。

たしかに、可能かどうかということでいえば、「責める・責められる」は可能でしょう。
特に宗教的な意味でいえば。
しかし、ここでも、ボーダーが問題になってくるのではないでしょうか?
「自覚的」「考える」ということはあくまで個人の意思であり、強制することは出来ないということもありますね。
また、過酷な状況にあり、現実をそのまま受け入れ生きていくしかないのであれば、「無自覚に」「何にも考えずに」「考えるのを避けて」いたとしても第三者にそれは責められないと思います。


☆ホランドさま

> 議論の流れからすると『「差別」と「差別表現」の問題』だと思ったんですが。
だって、AOIさまが引いておられた、

一義的には違いますね。マムさまとinoさまの関わりをみていてということです。

>> 男性が女性の論客に「不感症」だの「男が寄り付かない」などというといった事例は「性的いやがらせ」でしょうし、その根底には「性差別 」があるんじゃないでしょうか? そして、それを承知でAOIさまはこうした事例を紹介なさったのではないのですか? また、そうだからこそ、
>> 男の人たちはチ○チ○ついてるとかついていないとかということは、冗談でも言ったりすることでもあるでしょうし、私が過剰反応なのかもしれませんが、女性から言われるというのはまた別 の意味合いがあるのではないですか?

>と問われたのではないでしょうか。
> マムさまのinoさまへの発言をめぐる今回の議論は、基本的には、「一般 論」としての「性的比喩を用いて、悪口を言うべきではない」という主題に沿っての議論だとボクは理解したんですが、この理解は間違っているんでしょうか?

これについては、園主さまへのレスに書いたように、ちょっと、違います。
議論の中で議論の本質とは関係なく性的に貶めることはないんじゃないかということですね。
一般論として「性的比喩を用いて、悪口を言う」ことを否定しているわけではないですので。

>でも、風邪気味の頭で考え過ぎて、知恵熱を出さないで下さいねー(笑)。

知恵熱だすのはお子ちゃまよう(笑)

>> でも、大丈夫よ。他にもお子ちゃまはいますからッ(笑)。ねっ!?ホランドさ
ま!!
> そればっか・・・(-_-;)。

いいでしょ?愛されてるんだから(笑)!


おはようさん(中) 投稿者:AOI  投稿日: 7月15日(火)10時37分53秒

>『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、明かに「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージを「強く」含んでおり、『議論には関係ない』などとは到底申せません。言うまでもなく、メッセージというのは「イコール・論旨」ではなく、そこに込められた「言外の感情」も含むのでございます。ところが、ここでのAOIさまのおっしゃり方は〈「論旨」さえ伝われば、リスクを犯してまで「感情」を伝える必要はない〉とおっしゃっているも同然なのでございます。「めくら」という表現のリスクが大きければ、「目の不自由な人」と言い換えれば良いという発想は、この二つの言葉の間の「明かな違い」を平然と無視するものであり、まさにそこに問題があるのでございますが、今回の場合は『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉に込められた「感情」を検討する以前に、そのままその言葉を「無価値」として切り捨てようとするものだと、私には思われるのでございます。


もうちょっと、説明するべきでしたね。
つまり、『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、性的な言葉であり、私には「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージだというだけには受け取れなかったということです。
前回も書きましたが、私は議論には関係ないと思える性的に貶めることがいいと思えません。
性に対する感受性は人それぞれでかなり違うということですね。
今回の議論と離れたところであれば気にならなかったとは思います。

>『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、明かに「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージを「強く」含んでおり、『議論には関係ない』などとは到底申せません。言うまでもなく、メッセージというのは「イコール・論旨」ではなく、そこに込められた「言外の感情」も含むのでございます。ところが、ここでのAOIさまのおっしゃり方は〈「論旨」さえ伝われば、リスクを犯してまで「感情」を伝える必要はない〉とおっしゃっているも同然なのでございます。「めくら」という表現のリスクが大きければ、「目の不自由な人」と言い換えれば良いという発想は、この二つの言葉の間の「明かな違い」を平然と無視するものであり、まさにそこに問題があるのでございますが、今回の場合は『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉に込められた「感情」を検討する以前に、そのままその言葉を「無価値」として切り捨てようとするものだと、私には思われるのでございます。


もうちょっと、説明するべきでしたね。
つまり、『それでもチ○チ○ついてんのか!』という言葉は、性的な言葉であり、私には「そんな情けないことでどうするんだ!」というメッセージだというだけには受け取れなかったということです。
前回も書きましたが、私は議論には関係ないと思える性的に貶めることがいいと思えません。
性に対する感受性は人それぞれでかなり違うということですね。
今回の議論と離れたところであれば気にならなかったとは思います。


>『必要』というものは、「その時・その場で・その人に」あったり無かったりするもので、それがすでに過去になった時点で「その必要を問う」ても、あまり意味はないのでございます。まして「他人」には、その「必要」性が共有できるものではないのでございます。
むしろ問うべきは、なぜ「あの時・あの場で・マムさまには」それが「必要」と感じ
られたのか、ということなののございましょう。

もちろん、その時のマムさまの表現の必要性を否定するつもりはありませんし、最初にも言ったようにマムさまの真剣さは十分分った上で言ったつもりです。
また、私がこのように言ったからといって、外部の影響ということで決定されるものではないはずですね?



おはようさん(上) 投稿者:AOI  投稿日: 7月15日(火)10時31分51秒

☆マムさま

>いいな、いいな!でも風邪みたいだから、お風呂上りのバスタオルでおなか出して寝ないでね。いってらっしゃ〜い!

お見送りありがとうございました。
奥日光は肌寒いほどで、バスタオルでドテッは無理でしたよ〜ん。

マムさまの発言についてご本人を前にしての議論になってしまっていますが、マムさまのご意見もお聞かせくださいね。

☆園主さま

>そんな調子で、旅行をなすって大丈夫なのでございましょうか? くれぐれも大事になさって下さいましよ。

ご心配いただきましたけど、一晩寝て、微熱くらいでしたから平気です(笑)。
雨天決行でしたが、歩いている間は運良く雨に降られませんでしたよ(笑)。
晴れ男さんのおかげかな。あまり時間がなくて『戦場ヶ原』(湿原、草原化してる)を途中で引き返して心残り。
鹿にも遭えなかったしー。露天風呂も月が出ていなかったな。
霧が降ってました。は〜

>ちなみに、先日やっと、内田樹さまの『「おじさん」的思考2 期間限定の思想』(晶文社)を読みました。あいかわらず達者な文章であり、見るべきところも多々ありながら、最終的には「自己正当化」になるところも「あいかわらず」でございました。

そうですか。
少し立ち読みしたはずですが、どんなだったかなあ?(記憶曖昧/苦笑)
『見るべきところも多々ありながら』と言われているところをお聞きしたいですね。
『女は何を欲望するか?』は感想を纏めようと付箋を沢山つけていたんですけど、督促が来て返してしまいました。気になっていることはあるんですけどね。


>マムさまの発言について

私の言いたかったこととずれているように感じますので、少し説明します。
まづ、最初にも書きましたように、マムさまのいわれている真剣さは十分感じた上で言ったことですのでそれを前提に聞いてください。

>> 相手に魅力を感じている人から言われたら、当然ダメージ大きいんじゃありません?今までのやりとりを拝見していて、マムさまに魅力を感じるのは当然だと思いますしね。
>> それは別に、美醜に関わる偏見ではないと思いますけど。本音なのでは?

>AOIさまとしては「inoさまがマムさまに『魅力を感じている』可能性が大であり、そんな相手から罵倒されれば『当然ダメージ大きい』だろう、だから言葉を選ぶべきだ」とおっしゃりたいのでございましょうが、この論法を裏返すと「魅力を感じられていないであろう人物が批判する時は、相手への言葉の効果 が弱いと考えられるから、(罵倒的な)きつい言葉を使うべきである」ということにはならないでしょうか? でも、これはおかしゅうございましょう?

そうではないですよ。
ダメージが議論の本質以外のところにおこるという危惧から言ったものです。(そういうのはリスクであり、仕方のないことということだということですか?)
今回の議論の本質には直接関係ないこと(性的に貶めること)でダメージをあたえることは必要ないのではということを言いたかったんです。
マムさまのキャラクターは十分承知していますけれども。
たとえば、私が言われる立場として、マムさまの真剣な気持ちは十分分っても、また、言われていることが正しいと思えたとしても『女のくせに』『不感症か』といわれたら、それは議論の本質とは関係がない、感情表現だとしてもその部分は許容できないということです。


> 批評や批判は、その当事者の「関係性」がどうであろうと、出来うる限り「適正」であるべきであり、その「親密度」に応じて「言葉使い」を変えるべきではないと存じます。
ですから、inoさまとマムさまの場合も、inoさまがマムさまをどう思っていようが、それはマムさまの言葉使いを評価する時には「関係ない」と私は考えます。

もちろん、議論で言えばそうおもいます。
『それでもチ○チ○ついてんのか!』が適正だと思えなかったということです。

>『チ○チ○ついていても、ついていなくても議論には関係ない』というのは、「(主旨が同じで、もっと穏当な)違う表現もあっただろう」という意味なのでございましょうが、これはとんでもない間違いでございます。「桜がきれいに咲いている」も「きれいに桜が咲いている」も「主旨」は同じですが、ある作家がどちらかを選んだ時、そこには他人にはうかがい知れない「微妙な理由」が存在しており、他人
が傍から見ていて「べつにそっちじゃなくても良いだろう」というような大雑把な話ではないのでございます。

「(主旨が同じで、もっと穏当な)違う表現もあっただろう」という意味ではありません。
言う必要があったのか、言い過ぎではということです。
(園主さまは必然だったということですね?)



ミイラ取りがミイラに(^^;(4) 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)09時44分11秒

☆ホランドさま(つづき)

これが一人の人間の、ほぼ同時期のカキコ。「怨念」と「嘆き」と「言い訳」と「ナルシズム」のオンパレード、矛盾だらけで、正義などという世界はどこにもない。まさに、立正安国論に出てくる「旅人さん」の前半部の姿そのもの。

>自分に目覚め他者と出会い、自分を開き真実に迫る唯一の道ではないか(同時代掲示板)

このカキコは、同じ立正安国論の「旅人さん」の末尾セリフ「唯我信ずるのみに非ず。又他の誤りを誡めんのみ。」と相関対比できるけど、糊塗した仮面 ではなく、ホントにこの人にそういう世界が如実知見できていくのだろうか?と思ってしまう。

だってご本人のカキコに当該者が真面目に長文レスしているのに対して、それぞれ

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けんじさまへのレス(がん公)

>あなたは対話ができませんね。
>信心からモノを見る訓練から始められたほうがよいと思います。

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南里boy@杜氏見習いさまへのレス(がん公)

>ありがとうございます。
>以上

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なんですから(笑)

こういった極端な言動が大人になってもなされるってのは決して些細な問題じゃない。彼がコミュニケの中で活動できず、社会的役割を受け止めることができず、その結果 他人とシンクロ(同調)できず、彼の社会生活に有効に関与できていないことを如実に物語ってるんだと思う。彼のいうシンクロできない世界は、少年時代から家族とか友人の間で風変わりで、他人と遊離して「余りにも静か」であるか、「余りにも善良な者」と受け止められていたのじゃないかとも思うし、その中で彼は彼の世界の中で感情を押し殺しながら適当な役割を受け取るすべを決して発展させることもできず、それゆえに彼の思考パターンの中でしっかりと自身を確立させることができなかったんじゃないかなぁ。

だから、ノスタルジックな或いはナルシズム的な空想的生活の中へ進行的に引きこもることに自身が反抗できないし、解決すべき自身の課題さえも喪失している。だからアレクセイさまが指摘するように『新世紀エヴァンゲリオン』の「不適応ゆえの選ばれし民」を自分に投影・投射しているのだと思う。社会行動の領域に関与することを拒絶し、その空想的生活が破壊されない保障を得ることができれば(彼の夢想が完結すれば)、現在も減退し続けている彼の残された社会的領域さえも総てその空想的世界に置き換え、闇の中に落ちていくしかないと思う。そこに彼の危うさを感じてしまうんだよね。だから彼の主張する「魂の救済」はだれに対して言ってるの?ってことになるし、もしも自分ではなく、自分のところに来る人だと言うならば「人を巻き込むんじゃないよ!」ってついつい言ってしまいたくなるし、それは日蓮さまの世界からますます遠ざかっていくんじゃないの?とも言いたくなる。

☆アーニャさま

>私のは、「肉球」スタンプよっ!
>「肉玉」っていうと、何か違うモノみたいじゃないの〜☆

「肉球」スタンプってなんだろ?
マムはお好み焼きデラックス「肉タマ」とか、アニメの「筋肉マン」や「変身前の魔人ブウ」を想像しちゃったのだけど・・


ミイラ取りがミイラに(^^;(3) 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)09時42分30秒

☆ホランドさま(つづき)

>夢野さんの文章は穴だらけなんで、それを指摘しだしたら切りがありません。

同時代にかかれた野茶坊さまへのレスはどう見ても「4.24について語らない」言い訳ばかり。さすがにご自分でも中身が全然ないと思ったか、後でそっと追加修正している(「上根の衆生との出会いは〜とさえ想えるのです。」の部分)。普通 に考えれば、追加カキコとして別に書くと思うけどこのへんがいかにも夢野さまらしい^^

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>ひきこもり、といわれて、ここにタムロっています。
>化粧っていいですね、変身できるから
>僕は、嫌われてます(@_@)
>僕は、ここで現実逃避してますヽ(´ー`)ノ。
>ぼくは、テレビ見て、チャットしてヒッキーしてまーすヽ(´ー`)ノ 。
>家でじーっとしてるんですよ
>ここは、病気だからって誰も責めないのがいいですよ
>「頼むからしっかりしてくれよ・・・。題目あげてる? 精神的な「ひきこもり」状態になってませんか? ・・・生命力なさすぎるよ。」と、書かれてます。(@_@)
>ふつうの奴はキライだ!
>そうそう、お前らの当たり前を押し付けるな! っていうの。
>つい、本音が出ました m(__)m
>ククク 最高!>かべけり
>暴走か――ぶちきれちゃうときはあるからねえ
>いやなことおおいし
>学会員には理解されないことがおおかったから。
>居心地のよさがつづかない…
>いまだに、居場所をさがしてるのかも。
>役に立たないと要らないっていうのは勘弁して欲しいよね。
>自分たちだって、居心地悪いのに、人の下に人を作る――そんなのばっかり。

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>巷に氾濫する狂った幹部が言う「師匠」の虚像に縛られた自分自身を乗り越えておられないのではないか、と推察します。

>どう解釈されるかは、その人の信心によるわけですから、余計な解釈は無用だ、というのが僕のスタンスです。

>幸いにもそうした師に出会い、教えを請い、師との格闘を通して僕は、常識とは異なる「一流」「超一流」のモノの見方・考え方をはじめ多くのことを学んできました。

>「上根の衆生」との出会いは、中途半端なインテリ根性を持っていた自分に「上根に望めても卑下すべからず下根を捨てざるは本懐なり」という不動のスタンスを与えてくれました。(後日追加部分)

>「上慢の四衆不軽菩薩を無智の比丘と罵詈せり、凡有所見の菩薩を無智と云う事は第六天の魔王の所為なり、末法に入つて日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は無智の比丘と謗ぜられん事経文の明鏡なり、無智を以て法華経の機と定めたり。」という文を身で多少は読む事ができたのです。(後日追加部分)

>我々のやっている祈りの本来持っている姿勢と態度を以って、師に臨めば、下根といえども、上根の衆生の力の本質にやすやすと到達することも可能なのだ、と知りました。

>僕がいったいどこでどのように自らの権威付けに利用したのでしょうか。僕の視点からは理解できません。

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ミイラ取りがミイラに(^^;(2) 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)09時40分41秒

☆ホランドさま

>自分自身の問題をなおざりにしていてはいけないと思います。マムさま自身が、『それでもチ○チ○ついてんのか!』と発言したことの「内的必然性」を検証なさらないものだから、園主さまがそのあたりについて「必然性」はあったはずだという議論を展開されていますが、でも、それについて誰よりも何かを語りうるのは、マムさまご自身なんです。

ホントだね(^^;

先ずは、マムの世界(会社とか近所とか女友達とか男友達とか)では、シモネタ大好きみたいなとこあってその延長でサラリと書いたつもりだったけど、AOIさまに指摘していただいて、違う見方をする人もたしかにいるかも・・ってことでした。

で、その後の「チ○チ○発言問題」に対するAOIさま、アレクセイさま、ホランドさまのご議論に関しては、フンフンなるほど・・なるほど・・そうなんだぁと感じ入っていた次第。(そして、言葉とか差別 とか性差とかいう問題をいろいろ整理してみなくっちゃいけないなぁと考えているところでした←まだ生理中、いや整理中 ^^;)

今思い返してみると、マムの「チ○チ○発言問題」は言葉そのものに意味があったというよりは、言葉そのものに含まれる「情」に意味があったということかなぁ。今回の井上さまの場合、ネットでのやりとりだから必ずしも身近なお友達ではないし、議論といえば議論なのかもしれないけど、途中から井上さまのレス見てると議論というより、「もっとしっかりしてよ!」という感覚になってきた。その時点から、もうマムのほうとしては「対面 して」議論するという世界ではなく、井上さまの「横にいて」しゃべっているような感覚だったと思う。そして「チ○チ○発言」の後に続く言葉としては「議論したいのか、単にお話をしたいのかはっきりしてよね!」ってことだったと思う。

反省点としては、そのへんのところをマムがネットの関係という点を忘れて混同していたと思うし、マムの感じた井上様へのある種の親しみと苛立ち(議論には至らないでそれ以前の世界という認識の変化と受け止め方)は、相手もそう受け取るとは限らない、またそれを見る人がいてその認識と受け止め方もいろいろ。

実際に会っての会話・議論でもないし、文通みたいな当事者だけのクローズな世界でもないコミュニケ手段としてのネット世界の難しさだとも思う。議論の当事者として相手の顔が見えないことや、自分の顔を見ていないなかで、言葉に含まれる感情の世界を(変化も含めて)読み取っていく難しさみたいなことを、考えていく必要があるなぁと思った。よくさぁ、ネットで知り合った人たちとオフ会なんてやってみたら、良くも悪くも「エエ〜!全然違うじゃんイメージ・・」ってことよくあるよね。

そのことから考えれば、「チ○チ○発言問題」は性差別というよりは、やはり相手との関係性としての問題だったように思う。親しいお友達との会話の中で「マム、おまえ不感症だろ」と言われれば、「感じさせないオトコが悪いんじゃん!悔しかったら感じさせてミソ!アハハ」ってとこかな。でも、真摯な議論の関係であったら、相手がオトコだろうとオンナだろうと「超サイテイ!」ってことになるんだと思う。

一方、関係性ではなく「言葉」のむつかしさということでは、例えば「黒人は○○○」と示された場合、そこから何をイメージするか人それぞれだと思う。○○○に「黒人はとても足が速い」とか「黒人はとてもリズミカルに歌う」というイメージをもつ人もいるし、「黒人は不潔だ」とか「黒人は犯罪者が多い」というイメージを持つ人もいる。でも黒人という言葉自体は事実以外の何ものでもないわけであって、多様な価値や評価を含んでいるわけではないから、お互いの暗黙の了解が了解には至っていないことがあるし、そのへんが難しいなぁと思う。だから、顔が見えないネットなんかでの言葉に対する価値付けはややもすると感情的な言葉の投げあいみたいなものに流れやすいということもあるような気もした。言葉のもつ「事実」という意味からすれば「チ○チ○」自体は不用意な言葉であったと思う。


ミイラ取りがミイラに(^^;(1) 投稿者:マム  投稿日: 7月15日(火)09時39分18秒

☆アレクセイさま

>岡庭昇さまが『噂の真相』や『週刊金曜日』に寄稿なさっていることを根拠として、岡庭さまを否定するという論法は、間違いだと存じます。

指摘されてみて、たしかにこういった批判の仕方とかレッテル張りはおかしいなぁと思った。で、マムが何でこんなことを思ったのだろうと思い返してみたのだけど、同時代掲示板の表看板「岡庭昇」という人物は一体どんな人だろう?みたいなところからこういうカキコに飛んでしまったみたい^^;。

最初は、同時代掲示板では夢野さまが佐高信をさんざん批判してるけど、なんでその佐高信が寄稿し続けているメディアに岡庭昇という人物がしばしば寄稿しているのかなぁ・・なんかへんだなぁということでした。

そんなこと考えながら、岡庭昇さまの聖教文化講演会での講演内容(結構有名)とか出版物をネットでつまみ読みしてみると創価学会擁護一辺倒記事ばかり。創価学会員からみれば単に左翼的というか外部の批評家にしてはあまりにも正しく批評してるし美味しすぎる。

恨みみたいなものが紛々と臭う問題のK教授のほうがよっぽど人間くさくて、創価学会と関わっていろ〜んなことがあって、それでそんなことを言ったりカキコしたりしたんだろうなぁとヘンに納得してしまう(笑)。

岡庭昇という人は、信心でもしていなければ分かりえない世界観にも触れているし、ひょっとしてこの人って創価学会の広告塔なのかなぁ・・でも、創価学会員とはどこにも書いてないし・・言論問題をとりだすまでもなく、創価学会の広報セクションは今でも広報部門ではなく鉄壁の外部遮断部門でもあるし・・外部の人が出入りするにはよっぽどの関係性があるんだろうし・・野崎福会長との対談集なんてのはプロバガンダっぽいし・・批判的であるはずの同時代例会にゲストとして谷川副会長、浜四津公明副代表がホイホイと招かれてるし・・なんかやっぱへんだなぁというふうにマムの頭の中身が飛んでしまった^^;。

そして、一方ではジョナサンさまは偉い青年僧侶が後ろ盾になっていると書いてあり(笑)、同時代を考える会のHPのトップページには、「同時代を考える会というのは、何らかの統一見解を有する者の集まりなどではなく、自由な個人の勝手な集合体にすぎません。」とわざわざ書いてあるけど、こんなこと個人でできるのかなぁとか・・。

そういったいくつかの不確かな部分からの推測と同時代掲示板の管理人さまの日頃のカキコがラップしてしまって、「ウン?まてよ・・これってひょっとしてトラップサイト?」と思ってカキコしてしまった^^;でも冷静に考えてみれば、ジョナサンさまの「池田先生の死後へ向かって大きな何かよからぬ 動きがはっきりと動いている・・・。」と同じで、推測の推測でもあるし、「彼らの正義カキコは何だかうさんくさい」という結論が先にあったかもしれない妄想チックな批判の仕方はやっぱり良くないね。この点反省です。

トラップサイトといったもう一つの意味は、
夢野さまご自身が何を考えていようとそれについてはある意味どうでもいいし、自由だと思う。問題にしたかったのは、印籠言葉や権威付けで自分を正当化し、糊塗した仮面 で人を引き寄せ同じ闇の世界に誘おうとしていること。

ジョナサンさまのHPにしても精神的に悩む人たちのサークルであれば問題はないと思う。良いか悪いかは別 として、その人たちにとってオアシス的な意味なのかもしれない。でも、最近はかなり逸脱しエキセントリックな方向に向かっている。そういうところに招きこむとしたら「ちょいと違うんじゃないの?」ってことだった。

>自らの言葉で戦う道を捨てて望んで汚名を着たが故に、言いたい放題に言われても、言い訳さえできず、黙って忍耐するしかない苦痛の日々。信義さえ解らない無明の底にあっても、そこにいくばくかでも志があるからと、頑なな魂に身を任せた人。
>罵詈されることに脆い魂は、そこをどこまで耐え抜けるのか、それとも、儚く身を破ってしまうのか――。ただ、幸いなことに独りではない。暖かく励ましてくれる仲間がいる。(たまQHP:夢野さま)

>小物を切ったら怨嫉だと言われるし、自分の言葉でしゃべっても、妄想だと言われるから、結局あれしかすべはない(ジョナサンHP:ジョナサンさま)

自分を正当化するために掲示板を造り、人を誘いこんで「正義だ!」なんて「よく言うよ。やりたきゃ一人でやってみろよ!」ってついつい言いたくなってしまった。

ほとんどの人は賢明というか冷静な判断をしているけれども、ある一定の人々がその尻馬にのり叫びまくる。それって世の中が混迷してきたときに起こる現象だと思うけど、日蓮さまを読み間違えたら狂気に至るってことじゃないかなぁ。ある人々にとっては日蓮さまは刺激が強すぎて劇薬になるんだと思う。



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